「チャオズ、道中、身体には気をつけて」
「天さんもお達者で」
僕の背中には僕の体積の二倍程ある
中には寝袋、サバイバルキット、食料などが入れられている。
今日は僕が武者修行の旅に出発する日である。
少なくとも鶴仙人様にはそう言ってある。でなければ、まだ未熟な僕を外に出すとは到底思えなかったからだ。
天さんには僕の目的を教えてある。最初は伝説に縋るような真似は反対されたが、僕の根強い説得で――ねちねちした説得とも言う――とうとう折れてくれた。
この旅に天さんはついてこない。まだ鶴仙人様の元での修行を優先させたいらしく、それに何より
その意見には僕も反対しない。むしろ僕一人の方が色々と動きやすいので、積極的に天さんの案に賛成した。
「チャオズ、お前が何をする為に旅に出たいのかをわしは知らんが、どうせならより多くのことを学んで来い」
鶴仙人様は何時もの姿勢――両手を腰の後ろに回した姿勢で言う。
はは……、武者修行目的じゃないってバレてら……。
この旅において、原動機つきの乗り物の使用を禁止された。修行にならないからだそうだ。
そして意外なことに、舞空術での移動は大丈夫とのこと。一応長距離は控えめにしとけとは言われたが。まぁ、どうせ使うにしても気の総量がまだ少ない僕ではそんなに長くもたない。
だからこの背中の
「そしてさっさと目的を終わらせて帰って来い。お前に教えたいことはまだ山程ある」
「はい。鶴仙人様」
一礼する。
「チャオズ様。私共の助けが必要となった時、どうぞ遠慮なくご連絡ください」
と、これは今までずっと後ろに控えていた耳無し。
出発前に彼からでかい無線機みたいな携帯電話を貰っていた。
「大丈夫。番号もちゃんと入れてある」
辺りにいる一同を見回す。
本当にお世話になった。そしてこれからもお世話になるのだろう。
ここにいるのは間違いなく、僕の家族だ。
「毎日の型の稽古、欠かさずにやるんじゃぞ」
「道中腹を壊さないよう、食べる物には気をつけるんだ」
「金銭に貧窮した時はこの耳無しにご連絡ください」
「……はい。
それでは、みんな。行って参ります」
僕チャオズ、十一歳の夏。
僕は故郷を旅立った。
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さて、まずはどこに行こう……と言うのはあまり考えなくていい。
ドラゴンボールを探すのなら欠かせない道具があり、そしてその道具を手に入れられるのは一箇所しかないからだ。
西の都である。
正確には西の都にあるカプセルコーポレーションの一人娘、ブルマの元にだ。
ここで問題になってくるのは、一体今は原作におけるどの時期であるかということ。
もうドラゴンレーダーは完成しているのだろうか?
「はむ。むぐむぐ……」
椅子に腰掛けながら干し肉を口に入れてもぐもぐさせる。
耳無しが持たせてくれたこれ、美味いな!
中までしっかりと塩味が染み込んでいて、外に振ってある七味唐辛子が程好い刺激を口内に与えてくれる。そして噛めば噛む程染み出る旨み。干し肉ってもっと味気ないものだと思っていたが……。
「あ、あの……お、お坊ちゃん?」
僕の座っている椅子が――おバカなことに、僕に襲い掛かってきた追い剥ぎが、おずおずと僕に話しかけて来た。
「椅子が喋るな」
「ひぃっ」
主人に拳を振り上げられた犬のように、3m近くある身長を小さく縮こませる追い剥ぎ。
僕は干し肉の最後の一切れを口に入れ、またもぐもぐする。
「………………あ、あの~…………わたしはいつまでこうしていればいいでしょう?」
「うん。もう食べ終わった。今殺す」
「ちょっと待ってください! お願いしますお願いします! 殺さないでください!
知らなかったんです! 本当です!」
「”鶴”の紋章、僕の服に大きくある。嘘つきは嫌い。やっぱり殺す」
「いえ嘘です、知ってました。ごめんなさいごめんなさい。いくら”鶴”でも子供なら大丈夫かな~って思ってました。すみません何でもします! お願いだから殺さないでぇ!」
必死に目を”く”の字に
「……お前、さっきまでの威勢、どうした?」
「ごめんなさい、ちょっと調子に乗ってただけなんです。もう二度としません。これからは犬とお呼びください。ですので、何とぞ、何とぞ命だけは!」
追い剥ぎは両手を合わせ、すりすりしながら拝み始める。多分僕を……。
はぁ……。ここまで卑屈になられるとどうも殺しにくい。
……いっか。
「お前の溜めたお金、全部僕に渡す。僕が満足する額があったら、お前殺さない」
「は、はいーー! ありがとうございますぅ!」
冷や汗をかきながらにこにこと揉み手をする追い剥ぎに連れられ、彼の
彼は喜んで全財産を僕に献上した。
僕が言った条件は”僕が満足する金があれば殺さない”だ。
こう言われてへそくりを隠す度胸はコイツにはないだろう。
彼が大して財宝を溜め込んでないことと、溜め込んだ財宝の殆どを宝石に替えてあったことはある意味幸運だった。問題なく僕の
「仲間はいないの?」
「いえ。あっしはピンでやってるもんでして。
これでも中々名の通った――」
「余計なこと喋るな」
「ひぃっ! す、すみません!」
頭を下げる追い剥ぎ。
「喜べ。今回は殺さない」
「は、はい……」
「喜べ」
「はい! や、やったー、嬉しいなぁー」
「それで良い」
「ば、ばんざーい、ばんざーい」
涙目で万歳する追い剥ぎに背を向ける。
そして地図を広げ、目を落とす。続けて指南針を水平に。
西の都は大体この方向だな。
まぁ、ちょっとくらいずれても仕方ない。道中こまめに道を聞いていこう。
後、途中町に寄って宝石の換金もしたいな……。いくらになるか分からないけど、多いようなら通帳でも作ろ。
「ばんざーい、ばんざーい」
よし。
走りますか。
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基本徒歩の旅を始めてなんだかんだで二ヶ月。
山を越え川を渡り野原を駆け抜けてきた。途中何回か盗賊団に出会い、ぬっ殺して資金調達。
そして、まだ西の都には着かない。……広すぎでしょ、世界……。
「西の都? そりゃあっちの方だな」
今僕は若い狐の獣人に道を聞いていた。
彼は黄色いオーバーオールを身に着けて、足には緑の長靴。そして、片手に
ウチの近所の農民が着ていたボロ雑巾のような作業着と比べると随分と文化的な装いである。
狐の彼のように、この世界には様々な獣人が存在する。猫だったり、犬だったり、
いやまぁ、僕はこいつらのことを獣人と心の中で呼んではいるが、実際そんな呼称は無い。
彼らは一律して人間と呼ばれるのだ。つまり地球人類。
……懐広すぎだろ……地球人類……。
「そこをずーっと行ったとこにあんな、多分」
「ずーっとって……。ここ、海」
それに多分って……。
「おう、そうだ。この海のずーっと向こう側だ」
「西の都?」
「そう、西の都」
「……あ、ありがとう。教えてくれて」
「いいんや、別にいいぞ。
おっかさんが近くにいねぇようだが、坊主、ひょっとして迷子だったりするか?」
「あ、いえ、大丈夫です。
どうもありがとうございました」
そう言って軽く一礼する。
最近どうも徐々に地域の文化レベルが高くなってきているようで、こうして僕の心配をする通行人が度々現れる。半月前までの地域では誰もそんなこと気にすらしてなかったんだが……正に人間、衣食足りてなんとやらである。
狐さんが去り、僕はしばらく海を眺めていた。
「……」
う~ん、どうしよう。
実は僕は大して泳げなかったりする。水に浸かるのが嫌で、中学のプールの授業も何かと理由をつけて休んでいたりしたのだ。
まぁ、さすがに小学校での経験分が残っているので、まったく水に浮かばないわけではないのだが……。
いや、やっぱり長距離水泳は今の身体能力があっても無理だな。気持ち的にも。
――ここらで一旦落ち着こう。
人に聞いた方が手っ取り早いということもあって、最近ではめっきり出番の減った地図である。
ええっと……。ここがカバ村で、あっちってことは――。
指南針を取り出す。
……北東、か……。
途中、行き過ぎちゃったのかな? もはや西の都が西にない。
待てよ……、ってことは、この海の向こうか。
地図に表記された西の都とカバ村を経たてる海は、大西洋程の広さがある感じだ。
……これを泳ぎきるの、無理じゃない?
――よし、飛んでいこう。
五秒で方針が決まった。
となれば、途中休む為のボートが必要である。今の僕でも飛んで横断出来る自信はあるのだが、さすがに二,三日はかかるだろう。
買い物しに、近くの繁華街まで行こう。
僕は浮かび上がり、繁華街のある内陸に向けて高さ10mくらいの低空飛行を開始した。
「わっ」
「おっとっと」
通り過ぎる町の人たちが驚きの声を上げる。ちょっと面白い。
途中大荷物を背負ったお婆ちゃんを見つけたので、超能力で荷物ごと持ち上げる。
「お? お、お?」
「お婆ちゃん、どこに行きたい? 僕が運んであげる」
「あら? あらあら、坊や、ありがとう。
それじゃあ、この先の白い屋根の家までお願いするわ~」
「うん」
無駄な人助けだと言うなかれ。二回に一度くらいは何かお礼が貰えるのだ。
そうでなくても何らかの情報が得られたり、超能力の特訓にもなったりする。まぁ、良い事ずくめなのだ。まさに情けは人の為ならずである。
「わたし、空を飛んだのはこの年になって初めてだわ~。
そうそう、空を飛ぶで思い出したけどねぇ。この間――――」
お婆ちゃんの話しに適当に相槌を打ちながらゆっくり目に運んであげる。
目の方は焦点を広げて、
なかなか良い気分だ。
――あの……すみません……。
お婆ちゃんの話し声に混じって、右前方から何処かで聞いたことのあるような声が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、なんと、長閑な村の真ん中で、大きな亀を見つけた。
「海はどこでしょう? ご存知ありませんでしょうか?」
亀は四,五人で遊んでいる子供達に道を聞いていたようだ。
「へへへ、あっちだよ、あっち」
「そうそう、あの山のずっと向こうだよ」
「それからずーっとずーっと歩くんだよ。わかった?」
「はい。教えて頂き、どうも有難うございます」
僕が来た方向とは
「おう! じゃあなー」
「ははははは」
駆けていく子供達。
そして亀はのそり、のそりと、まさしく亀の這う速度で山を目指し始める。
「…………」
「どうしたの? 坊や」
「ううん、なんでもない」
…………。
……まさかね。
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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「危ないだろ! このクソガキ!」
いやいや、危ないのはお前の方だと言いたい。
ものすごいスピードで角を曲がった車――ホバリング走行している――は青信号を渡る僕の肩をかすり、ビルの壁に突っ込みそうになったところで慌てて急ブレーキをかけたのか、あわや大惨事の寸前で止まることが出来た。
窓から顔を出して怒鳴る、青いキャップを着けた中年の運転手。
まぁ、僕を避ける気があったことだけは評価する。
『ちょっと、そこの車!』
案の定、お巡りさんが乗ったパトカーが追いかけてきた。
「やべっ。
………………って、あれ?」
いくらエンジンをかけても進まないのは当たり前だ。車のお尻を僕が掴んでいる。
ついでに超能力でも固定。うん、ちょっと楽になった。
パトカーはタイヤもないのにキキーッと音を立てて止まり、そのフロントドアから婦警さんが降りてくる。
「ふぅ……。またあなた?」
「へ……へへ……」
「あなたねぇ、今回こそ免停よ、免停」
「いやすまねぇっ。今度から気をつけるから、なにとぞ、なにとぞご慈悲を」
「はぁ……あるわけないでしょ。そんなの。
――あら? もしかして、あなたが止めてくれてたの?」
ようやく僕のことに気づいた金髪の婦警さん。
彼女はカールする長髪をかきあげつつ、腰を下げて僕と目線を合わせる。
「ありがとう。
坊や、随分と力持ちね」
「うん」
さて、ここら辺で道を聞いておこう。丁度お巡りさんも目の前にいることだし。
「お巡りさん、カプセルコーポレーションのブリーフ博士の家、知らない?」
飛行時間約1.5日。今僕は西の都にいる。予定していたよりも随分と早く着いたのは、僕の気の総量が増大していることが原因だと信じたい。
そしてなんと、西の都に着いてすでに三日目。
まぁ……なんだ。
こんな発展した未来都市は初めてだし、荷物をホテルクロークに預けて、ついつい観光しちゃったわけだ。
苦節ウン年。楽しいと思えるような環境にいなかったわけだしね。
言うなればカンボジアや北朝鮮辺りでずっと過ごしてきたような、そんな感じ。娯楽が、エンターテイメントが発達してない場所だったのだ。大都市に興奮したのもそう可笑しいことじゃないと自己弁護してみる。
「着いたわ。ここよ」
親切な婦警さんはわざわざ僕をパトカーに乗せて、目的地まで連れてってくれた。
パトカーから降りる僕を周囲の通行人が「何かあったのか?」というような目で見てくる。
さー無視無視。
「ありがとう。おねえさん」
実はそろそろおばさんと呼ばれる年代に差し掛かると言うか間違いなく差し掛かっている婦警さんに対し、お礼と同時にお世辞も言ってみたりする。
「うん。これからは青信号でも気をつけてね」
「はい」
僕の頭を思う存分撫で撫でした後、彼女はパトカーに乗って去っていった。
目の前にあるのは大きな半球体の建物。
カプセルコーポレーションだけあってカプセルをイメージしてデザインしているのだろうか?
この西の都において半球体のカプセル型ハウスはちらほらと見かけるのだが、もしかしたらそれら全てがカプセルコーポレーションの製品なのかもしれない。
さて、他にもちらほらと半球体のカプセルハウスを見かけると言ったが、目の前の建築物はある意味それらとは決定的に違っていた。
「何じゃこりゃ!?」的に大きいのである。
ここからは三つの半球体カプセルハウスが見えるのだが、その一つ一つが東京ドーム……は言い過ぎとして、西武球場くらいあるのだ。個人でここに住むのは
って、今まで鶴仙人屋敷に住んでいた僕が言う台詞じゃないな。
行きますか。
ブリーフさん家のインターホンを押す。
少し感動。
おおー。インターホンを、押す。なんと文化的な行為でしょ。
『ドチラサマデショウカ?』
機械音声が流れ出た。
「僕、チャオズと言います。ブルマさんにお会いしたいのですが」
そう、目的はブリーフさんではなくあくまでもブルマさんなのである。
問題は仮にも社長令嬢。ここで会わせてくれるか……。
『ブルマお嬢様ハ学校ニ行ッテオイデデス』
「いつ帰って来るか分かりますか?」
『帰宅予定時刻ハ――はいはい、どなたかな?』
機械音声から男の声に変わる。
「えっと……ブリーフ博士ですか?」
『うんうん、わたしだよ~』
「あの、僕。ブルマさんに、会いたいんですけど――」
『ブルマのお友達かな?
ブルマは今学校に行っててねー。案内を向かわせるから中で待ってるといいよ~』
ドアが独りでに開いた。
……。
…………。
………………。
ええっと……。
「あの……、入って――」
下半身は車輪、上半身は人型のロボットがドアから出てくる。
僕と同じくらいのサイズしかないミニガンタンクは、メイド服を身に着ていた。因みに顔はリアルな人のそれではない。
『ドウゾ、コチラヘ』
随分あっさりと……。
メイドロボ(?)に言われるまま付いて行く。
玄関を抜けるとあたりは植物園のような景観だった。名も知らぬ木、草花は
よく見ると草や木の影に犬、猫、謎の毛玉などの動物がちらほらと。寝てたり、毛繕いしたり、追いかけっこしたりで皆思い思いに過ごしていた。
そして人に飼われる動物だけあって、今し方入ってきた外来人である僕を怖がる様子を全く見せない。
「あはは」
年甲斐もなくウキウキしてしまう。
動物は好きだ。
癒される。
動物の走り回る植物園を案内されてしばらく歩く。人工的な物なのだろうが、高い天井から辺りを照らす光は気持ちがいい。
やがて、東屋的なものが視界に入った。ここが目的地かな?
「コチラデオ待チクダサイ」
案の定だったようだ。中にあるテーブルセットに案内される。そしてメイドロボ(?)は立ち去らずに近くに控えた。
「何カゴザイマシタラ、オ言イツケクダサイ」
うなずいて、とりあえず椅子に座る。
帰って来るまでここで待っていよう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あらあら、あなたがブルマのお友達ね」
しばらくすると、三十代後半と
名前は何だっけ? 僕の記憶が正しければ、この人はブルマのお母さんだ。
「いえ、あの、ちが――」
「あらやだ、可愛いわ~。ここまで一人で来たの~? あ、どうぞ、お菓子食べて~」
菓子の載った盆をテーブルに置きながら話し続けるブルマのお母さん。
「いえ、あの――」
「ブルマも随分と小さなお友達がいたのね~。
ねぇ、ちょっとおばさんの話聞いてよ。最近ブルマが構ってくれなくて――」
あ、この人、人の話を聞かないタイプの人だ。旅先でもたまにいたし……。対処法は逃げるか、気が済むまで話を聞いてあげること。
――まぁ、いっか。暇潰しにはなるし、話を聞いていよう。お菓子でも食べながら、ね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ブルマオ嬢様が御帰リニナラレマシタ」
「――てね、あたしはこう言ったのよ。旦那なんか無視して好きにすればいいわって、あら、あの子ったらやっと帰ってきたのね」
「母さん? あたしの友達が来てるって聞いたけど。
…………ってキミ、誰?」
歩いてきたのは短パンにへそ出しシャツの女の子。肩には軽そうな小さなカバンをぶら提げている。青緑の髪は肩に少し触れるくらいで、髪留めなどつけずに自然に流している。
うん、間違いない。ブルマさんだ。
「僕、チャオズです。ブルマさんとお話ししたいことがあって――」
「そう、それで母さんが勝手にあたしの友達だって勘違いしたのね」
彼女は一瞬で全てを察したようだ。さすが長年家族をやっていない。
まぁ、始めに勘違いしたのはお父さんの方だけどね。
「ねぇ、ブルマ~。チャオズちゃんをウチの子にしてもいい? 可愛いの~」
「もう、馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ! それといつも言ってるけど、母さんは勝手に人の会話に入ってこないでちょうだい!
――あたしに何か用があるんでしょ? ならあたしの部屋で話しましょ」
歩き去りながら手でちょいちょいやるブルマさん。そして娘に怒られたおばさんは「うぅ」とか言っている。
「それじゃあ、あの、失礼します」
一礼する。
「うん。チャオズちゃん、またおばさんの話に付き合ってね~」
「はい」
もう一度礼をして、ドアの前で待ってくれているブルマさんを追いかける。
「大変だったでしょ? 母さんの話、長い上につまらないのよね」
「いえ」
相槌を打つだけの簡単なお仕事でした。
「むかしからあーなのよね。もうちょっと緊張感とか持ってくれないかしら」
あの人にそれを求めるのは無茶振りだろう。
「さぁ着いたわ。適当に椅子に座ってて。
飲み物何がいい? コーヒーとジュースあるけど?」
「じゃあ、ジュースで」
「OK」
そう言って部屋に備え付けてある小型の冷蔵庫からジュースを取り出し、グラスに注いでストローを挿す。続けてコーヒーサーバーらしき機械のボタンを押し、カップにコーヒーをドリップさせていく。これは自分用なのだろう。
ブルマさんの部屋はあまり女の子らしいものではなかった。二十畳ほどある部屋の右半分はコンピュータやら工具やら謎の機械――加工用かな?――やらに、乱雑に埋め尽くされていた。左半分にはたんすやベッドなどの生活用品が置かれていて、かなり綺麗に整頓されている。
ベッドに置かれている熊のぬいぐるみが唯一女の子らしい持ち物だろう。
……まぁ、僕の女の子の部屋に対するイメージは中学生で止まっているわけで、あまり参考にならないかもしれないけど……。
「それで? あたしとお話ししたいって?」
と僕にジュースを手渡しながらブルマさん。
「はい。
あの、ブルマさんはドラゴンボールって知ってますか?」
僕がそう聞いた瞬間、ブルマさんは身体を乗り出す。
「あなた、ドラゴンボールを知ってるの!?」
「は、はい」
「ちょっと待ってて」
いそいそと部屋の右半分側にある謎の機械の中から何かを取り出すブルマさん。
それは……うわぁ、きれい……。
「こないだウチの倉庫の整理をしてたら見つけたの、綺麗でしょ?」
「うん、本当、綺麗」
なんとも不思議な玉だった。火
ドラゴンボールである。
「それで文献を調べてみたのよ!」
「七つ集めると、何でも願いが叶う」
「そう! そう書いてあったわ!
それでこのドラゴンボールを解析してみたらなんと微弱な電波を発していることが分かったの! 今はどんなに遠くにあってもその微弱な電波を拾ってくれる装置を作製してるわけよ」
うわぁ……。原作前だったか……。
いや、まだ望みはある。問題はどれくらい前だってことで――
「来月から学校が長期休暇に入るから、それまでには間に合わせて見せるわ!
小旅行も兼ねて、ドラゴンボールを探しに行こうって思ってるの!」
終わった……。
彼女はその小旅行でこの世界の主人公と出会う。
「それで、あなたどうしてドラゴンボールのこと知ってるの?
もしかしたら持ってたりする?」
「ううん。ウチのご先祖様の日記に書いてあって」
「ここに一つあったことも?」
「違う。それは占い師が占った」
「占い師? ……本当にあたるのね……」
「うん。僕もびっくり」
ああ……嘘がすらすらと……。
「それで、どうするの?
あなた、この辺の子じゃないでしょ? 服装が違いすぎるもの。もしかしたら、結構遠くから来たんじゃない?」
「どうもしない。ドラゴンボールが見られたから、満足」
そう言ってジュースを飲む。
葡萄ジュースだった。
「そう? あたしとしては連れてってあげてもいいんだけど……あなた、まだ小さすぎるものね。割と過酷な道中も覚悟しなきゃいけないから、いくらなんでも無理か……」
「うん」
ついては行かない。
悟空の人脈は殆ど全てこの旅で築いたものだ。そのどれか一つがズレても本来の未来より悪くなる可能性がある。そんな危険は冒したくない。
僕の意思表示を聞いて、ブルマさんはドラゴンボールを差し出す。
「もっと見てもいいわよ。せっかく来たんだし」
「ありがとう」
素直にそう言ってドラゴンボールを受け取る。
手の中でぐるぐる回しながら眺める。本当に不思議な玉だ。
「なんなら今夜うちに泊まってく? うち部屋いっぱい余ってるし。
さすがに一人……ってことはないわよね。親御さんも呼んで来ていいわよ」
「大丈夫。僕一人で来たから。
ええっと……、お世話になります」
「本当に?
すごいのね……最近の子供って……」
「明日からしばらく観光します。宿、まだ決めてないから助かりました」
後半部分は本当のことだ。荷物はまだクロークサービスに預けたままだが、昨日まで居たホテルは今朝引き払ってきた。元々今日決着をつけてここを出るつもりだったのだ。
しかし今は少し考える時間が欲しい。
前半部分の出任せ通り、もうしばらく観光していくのも悪くないかもしれない。
「なら滞在中はずっとうちに居てもいいわよ。母さんもあんたのこと気に入ってるみたいだし」
「はい。ぜひ。
ありがとうございます」
こうして、しばらくここに泊まることになった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夜。与えられた客室で僕は横になる。
部屋の掃除も僕のお世話も全てロボットがやっていた。確かにこれなら泊まっていけと軽く言えるかもしれない。全てが全自動化されているのだから。
ふぅ……。
これからどうしようか……?
とりあえず今年一杯は手が出せない。
ドラゴンボールは願いを叶えると一年間ただの石に戻ってしまう。なら
あーー時期が悪かった。
まさかのドンピシャだよ。
はぁ……再来年まで何をしよっか? 帰ろっかな……。修行の続きもしたいし。
でも折角出てきたしな……。
「チャオズ様、夕食ニナリマス」
そうこう考えているうちにロボットが晩御飯をワゴンで運んできた。
早速ベッドを下りてテーブルにつく。
「ドウゾ」
食事の載った皿を一枚一枚テーブルに並べる。それが終わると、ロボットは壁の端によってジッと立った。
僕は久々のナイフとフォークを両手に持ち、今夜のメインであるステーキを切り分ける。
うん、美味しい。
肉を齧りながらサラダ皿に入っているミニトマトをフォークで転がす。
ドラゴンボール、本物は綺麗だったな……。あれなら普通に宝石としても価値があるだろうね。まぁ、そうでなきゃ色んな人に拾われたりしないか……。拾った人もまさかあれからシェンロンが出て来るとは夢にも思わないだろうな……。
……シェンロンか……。本物見てみたいな……。
そう言えばシェンロンが最初に出てくるのはどこでだっけ……?
フォークで転がしていたミニトマトを挿し、口へと運ぶ。
ん~と?
そうだそうだ。たしかピラフ城だ。
噛み締める。美味しい。
酸味よりも甘みの方が強い。
そこでピラフ一味にドラゴンボールを奪われて、そしてシェンロンを呼び出されて……。
……ん?
あれ?
これ、もしかしたら――
いけるじゃん。
おおー! 全然いけるじゃん!
そうだよ。そうだったよ。
シェンロンだってギャルのパンティを出すくらいなら
そうだった。原作においてはピラフの世界征服を阻止する為、ウーロンが横からギャルのパンティを要求したんだ。酷いことするよね~。やる気があるんだからやらせとけばいいのに。世界なんて誰が上に立ってようとそうそう変わらないんだからさ。
よしっ!
作戦は決まった。
ドラゴンボールは掻っ攫わずに願いだけを掻っ攫おう。
これで、ピラフ達以外は誰も損をしないはずだ。
「えへへ~」
そうと決まればピラフ城を探さないと。
パオズ山と牛魔王の家の近くで、砂漠っぽい場所だったから……ま、地図を見れば大体の場所は分かるか。
後はそこら辺を飛び回って探してみよう。
やることは決まった。
いひひ~、楽しくなってきた。
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ブリーフさんの家に滞在して三日後。僕は帰ることを告げて別れの挨拶をした。
おばさんは大層別れを惜しんでくれて、最後に抱きついて来て、そのまま離してくれなくて大変だった。そしてブルマさんにやめなさいと怒られていた。
何だかんだで西の都の名所観光も粗方し尽くした。もうここに残ってやることはない。
さて。
この三日間に思いついたもう一つの作戦を実行に移す為、僕は携帯電話を取り出す。
忘れてはならない、この地球はこれから様々な強敵に出会うのだ。
そのための備えを今のうちに、出来るだけしておくべきである。
人事を尽くして天命を待つというやつだ。僕に今出来るだけの人事を尽くそうと思う。
耳無しの番号を選択して通話ボタンをブッシュ。
コール音に耳を傾ける。
『はい、耳無しでございます』
「耳無し? 僕、チャオズ」
『これはこれはチャオズ様。お久しゅうございます。
本日はいかがなさいましたか?』
「調べて欲しいことがある。大丈夫?」
『はい、大丈夫でございますよ。どうぞ仰ってください』
「うん。まず、パオズ山の周辺にいる兎の
『かしこまりました。パオズ山の近くで、兎の極道の所在情報、でございますね。
それなりの数になるかと思いますが、よろしいでしょうか?』
「うん。データで送って。それと極道じゃなくても、似たようなことをしてる人でもいい」
『はい、かしこまりました。では後程データをお送りいたします』
「もう一つ。
占いオババって呼ばれる凄腕の占い師の居所が知りたい」
『はい。占いオババっと……。こちらの方は何が特徴はお有りでしょうか?』
「えっと……。ものすごく占いがあたって、ものすごいお金を取る。
でもオババの用意した武術家と戦って勝てば、お金が要らなくなる。結構有名らしい」
『なるほど。では、こちらも調べて参ります』
「お願い。頼んだ」
『いえいえ、存分に頼ってください。チャオズ様。
他にも何かございますか?』
「今の所ない。
ありがとう。必要になったらまた電話する」
『はい。そう言えばチャオズ様の近況はどのようなものでしょうか? 天津飯様が気にされておいででしたよ。
鶴仙人様も口にこそお出しになりませんが、たまに遠い目をする時がございます』
「うん、えっとね――」
その後、二十分程お互いに近況報告をしてから電話を切った。
うんうん、頼れる人脈があるっていいね! これで情報が来るのを待てばいい。
よし。
ここから僕の計画が始まる。
ふっふっふ……。
サイヤ人だか宇宙の帝王だか知らないけど、
今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順
原動機
げんどうき。エンジンのこと。
指南針
しなんしん。南を指す針。つまりコンパスのこと。
因みにコンパスと言っても綺麗に丸を書く為のあれではない。
ブルマの家のサイズ
実際、西武球場程はない。
チャオズが小さいからより大きく感じただけだったりする。
本当のサイズは、せいぜい球場真ん中のフィールドくらい。それでも十分大きいが……。
蛋白石
たんぱくせき。西洋名はオパール。
火蛋白石とはファイアーオパールのこと。オレンジ色の半透明な宝石である。