夜の倉庫街に響き渡るのは、爆撃機の破壊音に似た轟音だった。
「クッ!?貴女は本当に人間なのですかっ!!」
一際大きく弾き飛ばされたセイバーが驚愕の表情で相手を睨みつける。
「私はただの人間だよ。君のような英雄でもない。地面を這いずり回る…ただの人間だ」
セイバーを弾き飛ばした女性は悠然と前に進む。
「貴女がただの人間だと? ふふ、どうやら“ただの人間”の解釈が私と貴女では随分と異なっているようですね」
セイバーは近付く女性に全力で斬りかかる。
「はあっ!!」
セイバーは人の目では到底追いきれない速度で剣を振るうが、女性は最小限の動きで躱した。
そして女性はその躱す動作をそのまま反撃へと転化させセイバーへと拳を突き出す。
単純な魔力を込めただけの拳だったが、その一撃にセイバーは戦慄する。
その何気ない一撃に見える攻撃で、港の一角を吹き飛ばしたのを先ほど目撃したばかりなのだ。
そして魔力を帯びた攻撃ならばサーヴァントである自分にもダメージを与える。
しかも真っ直ぐに打ち込まれてくる拳の先にはセイバーの霊核があった。
「クッ!」
何とか身を捩りその拳を躱すセイバーだったが、続けて繰り出された追撃にセイバーは驚愕と共に確信する。
“この人間は霊核を狙っている”
それは信じられない事態だった。サーヴァントの霊核を狙って攻撃するなどセイバーにすら不可能な事なのだから。
矢継ぎ早に繰り出される攻撃に、セイバーは堪えきれずに再び大きく距離を取る。
「貴女には私の霊核が見えているのですか!?」
だがセイバーの予想は覆される。恐らくは惚けられると思っていたが彼女の答えは違っていた。
「いや、適当に攻撃しているだけだが?」
首を傾げながら“それで霊核とは何の話だ?”と続ける彼女に何故かセイバーは無性に腹が立った。
「ふざけないで下さいっ!!適当で霊核を破壊されてたまるものですかっ!!」
霊核の破壊はサーヴァントにとって消滅を意味している。
だがその致命的な弱点は、本来なら弱点でありながら弱点ではなかった。
サーヴァントを構成する霊体の核となるものが霊核だが、それは霊体の中を自由に移動できるためピンポイントで狙うことなど実質的に不可能な為だ。
霊核の気配を感じ取れるかといえば、霊核は霊体の中にあっては、その気配と混じってしまいキャスターですら判別出来ない。
勘で狙えるかといえば、セイバーの未来予知じみた勘を持ってしても不可能だと断言できた。
「そう言われても何となくは何となくだからな。うむっ、ここは私が天才だということで納得してくれないか?」
「貴女はさっき、ただの人間だと仰いましたよね!?」
「うむっ、そこら辺に転がっているただの天才なだけの人間だなっ!!」
セイバーとは比べようもない曲線を誇る胸を張って女性は言い放つ。
ぷるんっと震えたソレを見たとき、セイバーの中で何かが切れた。
「うがーっ!!貴女の存在は騎士として認めることが出来ません!!」
セイバーは最優のサーヴァントとしての誇りを懸けて女性に向かっていった。
*
間桐家当主となった雁夜は、魔術師としての力を得る為に知己を得たリース家のダイアナを頼った。
当初はダイアナが自ら指導しようと申し出たが、何故かダイアナの友人であるメアりん(雁夜は変わった名前だと思ったが、指摘するのは失礼すぎるから何を言っていない)がフルフルと首を振って代わりに指導役を申し出た。
それからは間桐邸で雁夜は、昼夜を問わずに魔術の研鑽に励んでいた。などと言えば聞こえがいいが、実際にはメアりんのスパルタ教育で死ぬ一歩手前まで扱かれていた。
「この私に師事できる雁夜は恵まれているのよ」
「いや、俺としては桜ちゃんと同じペースで十分なんだが…」
連日連夜の扱きに雁夜はゲッソリと痩せてしまっていた。
魔術の実践だけでなく、あらゆる知識も詰め込まれて雁夜の脳味噌はパンク寸前だった。
「何を言っているの? 桜ちゃんと同じになんて無理に決まっているでしょう。桜ちゃんには適正に合わせた危険の少ない方法で魔術師としての最高の英才教育をじっくり時間をかけて施しているのよ。雁夜なんかにそんな手間暇をかけるのは勿体無いわ」
「いや、そこまで正直に言われても困るんだが…」
メアりんのぶっちゃけトークに苦笑いしか出ない雁夜であったが、正直にいえばメアりんには感謝しかなかった。
雁夜も魔術師の家系に生まれたからには魔術というものが、本来は秘匿されるものだという事を知っている。
他の家系の人間に、このような惜しみなく指導してくれる魔術師など他にはいないだろう。
雁夜は心の底からメアりんに、そしてダイアナに感謝していた。
二人に出会えなかったら、今頃自分がどれ程の窮地に瀕していたかを雁夜は理解していた。
メアりんは雁夜が魔術師として、家系を支えられる程度には鍛えてくれると約束してくれた。
雁夜はその言葉に感激した。
しかし雁夜は知らなかった。
“家系を支えられる程度の魔術師”
雁夜は、現代の最低限の魔術師としてのレベルを考えた。
メアりんは、神代の時代において一族を率いる魔術師のレベルを考えた。
この認識の違いに雁夜が気付くのはずっと後になってからだ。
「…この恩は必ず返すよ」
僅かな休憩時間にポツリと雁夜はメアりんに告げる。
その不器用だが、精一杯の感謝の気持ちを込めた言葉にメアりんは薄く笑うと優しく返した。
「それなら桜ちゃんに脳筋な指導をするダイアナを止めて」
「ごめん。それは無理」
メアりんによる雁夜の修行は厳しさを増した。
*
突然、リース邸に呼び出された雁夜は、ダイアナから聖杯戦争について語られた。
「聖杯戦争ですか?」
「うむ、何でもメアりんが興味があるそうだ」
「違うでしょう!?ダイアナが聖杯戦争の為に私を召喚したのよねっ!?」
雁夜はよく分からなかったが、取り合えず自分が呼び出された理由を推測する。
「俺が戦争戦争に参加すればいいのか?」
「話が早いな。そうだ、雁夜には聖杯戦争に参加してもらい魔術師同士の争いというものを経験してもらうぞ」
“私との模擬戦で経験してもらおうと思っていたが何故かメアりんに止められたからな”そう続けるダイアナの言葉に雁夜は感謝の視線をメアりんに向ける。
この一年で雁夜もダイアナの非常識さは身をもって知っていた。
「それで、聖杯戦争とはどういったものなんだ?」
ダイアナは聖杯戦争について、ざっと説明する。ざっとし過ぎていて、呆れ顔のメアりんに説明し直された。
「なるほど、聖杯戦争に参加するには令呪が必要なんだな。それで令呪はどうやって手に入れるんだ?」
「つまり雁夜は参加を了承した。という事でいいのね?」
メアりんの確認する言葉に雁夜は当然とばかりに首を縦にふる。
「師匠でもあるメアりん先生の言葉なら、俺に否応などありませんよ」
メアりんは内心“メアりん先生は止めて欲しいわね”と思っていたが、さすがに今更なのでスルーして雁夜に再度確認する。
「死ぬかもしれないわよ。それでも参加するのかしら?」
「もちろん覚悟の上です。それに聖杯戦争は俺の卒業試験でもあるのでしょう?」
その通りだった。魔術師の家系を率いるという事は、他の魔術師と争う時にその矢面に立つという事だ。
メアりんはこの聖杯戦争を通して魔術師としての雁夜を見定めるつもりだった。
その結果次第では、魔術師を辞めさせることすら考えていた。
「任せて下さい。俺はメアりん先生のご期待は裏切りませ…ぐはあっ!?」
雁夜が決め台詞と共に、男臭い笑みを浮かべようとした瞬間、ダイアナのストレートが雁夜の顔面を捉えた。
「ふん、雁夜がメアりんにモーションをかけることなど私が許すわけなかろう」
吹き飛んでいった雁夜を目で追いかけながらも決して関わろうとしないメアりんは、呆れたような目を向けながらも、その口元は楽しそうに笑っていた。
*
メアりんの魔術によって、令呪をあっさりと宿す事が出来た雁夜は聖杯戦争への参加資格を得た。
そしてダイアナが時計塔の知り合いから譲り受けた(脅しとった?)ケルト神話の大英雄の所縁の品まで貸し与えてもらえた。
雁夜はメアりんから指示された、サーヴァント召喚に最も適した日に儀式を行うため、その品は間桐邸で保管していたが、いざ儀式というその直前に保管場所から忽然と消えている事に気付いた。
「こ、殺される。ダイアナさんは気にしないだろうけど、メアりん先生に殺される」
大事な品を迂闊にも無くすような間抜けを超スパルタのメアりん先生(桜ちゃんに対しては厳しくも優しい理想的なメアりん先生)が許さない事は火を見るよりも明らかだった。
雁夜は電光石火の速さで逃走先を想定するが、世界中のどこに逃げても逃げ切れる可能性を見出す事が出来なかった。
「こ、こうなったら一か八か触媒なしで召喚してみるか?」
精神的に追い詰められた雁夜には、素直にメアりん達に報告するという選択肢など無かった。
メアりんによって張り巡らされた間桐邸の結界は、現代の魔術師には解除はおろか忍び込むことさえ不可能だという事実は忘却の彼方に失せていた。
その結界内の保管場所にまで立ち入って、メアりんに気付かれずにいられるのは、予め警戒対象から外されていた雁夜とダイアナ、そして桜の三人しかいない。
つまり犯人は自ずと一人に絞られるのだが、超スパルタのメアりん先生の恐怖に縛られている雁夜にはそんな簡単な事にも気付けなかった。
「そうだっ、うちの倉庫にも何か触媒になるものがあるかも知れないな!」
一縷の望みをかけて雁夜は屋敷中をひっくり返したが、見つかったのはボロボロの曲刀だけだった。
「いかにも伝説に出てきそうな雰囲気があるよな!うんうん、これで大丈夫だな!」
雁夜は謂れも分からないボロボロの曲刀に満足して、儀式を執り行う決心をする。
典型的な視野狭窄といえた。
雁夜はメアりん先生に教えられていた呪文を唱える。
もちろん、メアりん先生お手製の魔力量増幅剤(激マズ味)を一年間飲み続けたお陰で雁夜の魔力量は十分に余裕があった。
(ちなみに桜はこの魔力量増幅剤を飲んでいない。メアりん曰く『こんな身体に悪いモノを桜ちゃんに飲ませられるわけないでしょう!!』との事だ)
儀式を行っている地下室に響く呪文と共に、魔力の渦が巻き起こる。
朗々と呪文を唱える雁夜は、知らない人が見たら立派な魔術師に見えた事だろう。
「――――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
最後の一節と共に眩しいほどの閃光が辺りを覆い尽くす。
その光が消えた後には一人の女性が佇んでいた。
「…貴方が私のマスターなのですか?」
踵まで届く長く美しい髪。何故かボディコンに身を包んでいる抜群の肢体。目隠しをしているのが背徳的でそそられる。僅かに見える顔の一部だけで、その素顔が美人だと認識させられる。ぷっくりとした赤い唇に男の情欲が刺激された。
その匂い立つ女の色香に、彼女いない歴=年齢の雁夜が舞い上がり別次元の人格へと変貌しても誰も(モテない男なら)非難できないだろう。
「グッジョブ!!俺は勝ち組だぜ!!」
長年に渡る葵への淡い想いは木っ端微塵と消え、雁夜は新しい恋に生きる決意を一瞬で決める。
「あの、私の言葉が聞こえているのですか?」
「もちろんだぜっ、マイハニー!!俺達二人の力で聖杯戦争なんかチョチョイのチョイだぜ!!」
誰だ、お前は?
そんなツッコミが聞こえてきそうな程の醜態を晒す雁夜。
彼は気付かなかった。
サーヴァント召喚という重要な儀式をメアりん先生が監視していないわけがない事を。
そして、コメカミに血管を浮かび上がらせながらも何とか自制して儀式を見守ってくれていたメアりん先生の理性を、鼻の下を伸ばしきった雁夜のデレ顔が木っ端微塵に破壊した事を。
この後もしつこく女性サーヴァントに言い寄っていた雁夜は、転移してきたメアりん先生に三日三晩の間、折檻を受ける事となった
*
桜は天才ではなかった。
メアりんの指導を真面目に受けていた。
ダイアナと地味な体力作りを黙々とこなしていた。
桜は素直に言われた事だけをバカみたい繰り返した。
決して言われた事以外はしなかった。
言われた以上の事もしなかった。
向上心が無いわけではない。
二人の先生を――二人の姉を信じていたからだ。
「わたしは最高の魔術師になる」
二人は桜にとって恩人であり、尊敬する先生であり、そしてなによりも、
愛していた。
もちろん、ここでの“愛している”というのは恋愛的な意味ではない。恋愛的な意味での愛している対象は、桜にとって凛お姉ちゃんだけだから安心して欲しい。
何はともあれ、愛している二人の姉が自分を想って指導をしてくれているのだ。
桜が目指すのは“最高の魔術師”以外には考えられなかった。
故に桜は愚直なまでに二人の指導を守る。
神代の時代においてなお魔女と恐れられた魔術師が、己の全てを与えんとする指導を。
遥か神代の時代より闘争のみに明け暮れた一族の後継者が、己をも屠れるようにと期待を込めた指導を。
桜は一を知って十を知るような天才ではなかった。
指導された事だけを理解した。
理解した内容を記憶した。
記憶した内容を知識として活用した。
指導された技術を練習した。
練習した技術を身につけた。
身につけた技術を活用した。
ただそれだけしか出来なかった。
後の世で“最高の魔術師”と呼ばれ恐れられる少女は、決して天才などではなかった。
*
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
ここでわたしは呪文を付け足す。
今のわたしの実力で呼べる低位のサーヴァントを少しでも強化する為に。
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
身体の奥底から恐ろしい勢いで魔力が失われていく。
だけどわたしはそんな事など歯牙にもかけない。
この日の為に魔力はタップリと自分の影に貯めていた。
「ガアァァァアアアアアッ!!!!」
狙い通りのバーサーカーがわたしの前で荒れ狂う。
召喚時に消耗した魔力を補充していなかったら今頃どうなっていたか分からないほどの魔力を持って行かれる。
予想以上に燃費が悪いみたいだ。
ここでわたしは予てからの作戦を実行する事にした。
もしダメだったら、いきなり切り札を失うだけのギャンブルだけど、わたしには自信があった。
「何故なら、わたしはお姉ちゃん達の妹だからっ!!」
胸を張るわたしだったけど、何故か脳裏に頭を抱えたメアりんお姉ちゃんが現れる。
だけど直ぐにサムズアップしたダイアナお姉ちゃんが現れて、わたしの背中を押してくれた!
「わたしのサーヴァントよ、桜が令呪をもって命じます!男の子だったら乱暴は止めなさい!」
「続けて命じます!男の子だったら桜に優しくなりなさい!」
令呪が光ったと思ったらサーヴァントが大人しくなったみたい。
これは成功だよね!
「クク、クククッ、面白え、面白えお嬢ちゃんだな!まさか俺をバーサーカーとして召喚してから令呪を二角も使って狂化を解くとはな!」
「うん、正気みたいだね。クー・フーリンさん」
「ああ、お嬢ちゃんのお陰で頭ん中スッキリしたぜ。だがな、それはいいんだがお嬢ちゃん。お前さん、俺を呼ぶ直前に“低位のサーヴァント”とか抜かさなかったか?」
「えっ、クー・フーリンなんて殆どの日本人は知らないマイナー中のマイナーな英雄さんですよ?」
「なんだとぉおおおっ!?」
「声がデカいです。英雄たるもの常に紳士たれ。ですよ」
「あ、いや。すまなかった。でも俺はこれでもケルト神話の大英雄の『ケルト神話なんて全く知らないです』そ、そうか…」
何故か落ち込んでしまったクーちゃん(クーさんよりクーちゃんの方が可愛いのでこっちにします)だけど、わたしは早速行動を開始する。
「では行きますよ、クーちゃん!!」
「ク、クーちゃん!?なんだそりゃ!?」
「ダイアナお姉ちゃん達は既に出陣しています!わたし達も負けてはいられません!」
「俺の話は聞いちゃくれないのね。はぁ…令呪の影響で反抗する気にもなれねえし、仕方ねえ、こうなったらやってやるぜ!!」
おおっ!?クーちゃんもやる気になりました!これでマイナー英雄でも少しは役に立つかもですね!
「あれ、急激にやる気が低下したんだが?」
「グダグダ言ってないで行きますよ!わたしを除け者にしようとしたお姉ちゃん達をクーちゃんの力でギャフンと言わせて下さい!」
「…何故かお嬢ちゃんのいうお姉ちゃん達に会ったら、俺が酷い目に遭わされそうな気がするんだが、気のせいか?」
「…人生は色々ありますから大丈夫です。だから安心して下さいね」
「ちっとも安心できねぇえええっ!!!!」
*
アイリは身の前の光景が信じられなかった。
あのアーサー王がサーヴァントですらない――魔術師といえどただの人間に互角の戦いを強いられている。
「セイバーの対魔力も効果がないみたいね」
セイバーのクラスの対魔力はAを誇る。
だから現代の魔術師ではセイバーには抗う事すら出来ない筈だった。
だけど、この敵は自分の身体を強化して肉弾戦を挑んできた。
常軌を逸しているとしかアイリには思えなかった。
確かにこの方法ならサーヴァントに直接ダメージを負わせられる。だけどその為に一騎当千の英雄を相手に肉弾戦を行おうなどと考える魔術師はいないだろう。
「その常識外れを行う魔術師……リース家で間違いないわね」
セイバーと殴り合う美しい女性。
セイバーの剣を素手で弾いたりしているけど目の錯覚かしら?とアイリに思わせている金髪の女性。
殴りながら笑い出す女性。その笑う姿が怖いから、後はセイバーに任せて私はイリアが待つホテルに先に帰ってもいいかしらと、念話で聞いてみたら『アイリ!?私を一人にしないで下さい!!』と拒否られたアイリ。セイバーにさえ、二人っきりになりたくないと思わせる赤眼の女性。
「ゴックン……強敵だわ」
緊張で唾を飲み込むアイリ。
その時だった。
天空から光り輝く天馬が駆けてきた。
「ダイアナに提案します!マスターを交代して下さい!」
天馬を操っていたのはアイマスクをしている女性だった。僅かばかり見える部分だけで美女だという事が分かる程の美貌だった。その後ろには女性の腰に手を回しているスケベそうなオッサンがいた。
「いや、ちょっと待て!俺達は周囲の監視をするのが任務だろう!?何で戦場に出てくるんだよ!!」
「天馬を操るなんて、彼女はライダーのようね」
しかも、このリース家の魔術師と共闘をしているようだと、アイリは短い会話の中から察するとセイバーにこの場は退却する事を提案する。
「流石に一対二では不利ですね。アイリの提案に従いましょう」
セイバーは一瞬の隙を狙って大きく間合いを離す。
「ふふ、これからが面白いのに残念だな」
リース家の魔術師もこの場ではこれ以上争う気は無いようだった。
「生身の人間でありながら見事な腕前でした。出来ればお名前をお聞かせ願えませんか?」
サーヴァントの自分と違い真名を知られる不利は無いだろうと、セイバーは相手に名を尋ねる。
「うむ、私はダイアナだ。ダイアナ・リースと言うぞ」
「なるほど、良い名ですね。私はセイバーのクラスを得て今回の聖杯戦争に参加しています。真名を告げられぬ非礼をお許し下さい」
「いや、別に気にしないぞ」
名を尋ねておきながら自分は名乗れぬ非礼を詫びるセイバーにダイアナは軽く返す。
その様子が可笑しかったのか、ライダーと思われる女性のサーヴァントが微笑する。
そして、おもむろに次は自分の番とばかりに口を開いた。
「既に察していると思うけど、私はライダーよ。こちらの貧相でスケベな男が残念ながら私のマスターよ」
「おいっ!?その紹介はあんまりじゃ無いかっ!?」
貧相でスケベな男――雁夜はライダーに文句を言うが、その視線はライダーの胸に向いていた。
「では私もご挨拶を致します。私はセイバーのマスターを務めさせて頂いております。アイリスフィール・フォン・アインツベルンと申します」
雁夜の文句は無視された。
「今回はこのスケベなオッサンが私の腰に回した手を胸の方に持っていこうとしたので、ついダイアナにマスターチェンジを願い出てしまいました」
ライダーは聞かれてもいないのに戦場に飛び出した理由を述べる。
そのあまりの内容に女性陣からの白い目に晒された雁夜は狼狽えるが、突然何かを閃いたような顔になると堂々とした態度で大声で語りだす。
「今この場を覗いてる輩は絶対にまだいてるだろう!!この美女揃いの場所を覗いたまま名乗り出ない奴は途轍もない“どスケベ”に違いないっ!!」
まさかの
視線の温度を果てしなく下げていく女性陣に気付かないまま、雁夜は絶好調で言葉を続ける。
「この俺の言葉に尚も反応しないと言うのならば、その様な輩には“どスケベ王”の称号を贈ろうぞ!!」
少し離れた場所で桜は自分のサーヴァントに問いかける。
「えっと、出て行く絶好のタイミングだと思うけど、どうする?」
「お嬢ちゃん、勘弁してくれや。俺はこれでもフェミニストで通しているんだぜ。この空気の中で女性達の前に姿を出すぐらいなら犬の肉を食わされる方がマシってもんだ」
「うーん、わたしとしては出て行きたいけど、クーちゃんが本気で泣きそうだから今回は諦めるね」
「助かるぜ。お嬢ちゃん」
「あのね、そろそろお嬢ちゃんは止めて欲しいな。わたしの名前は桜だよ」
「ああ、わかった。じゃあ、桜と呼ばせてもらうぜ」
「あれ、桜様だよね」
「……」
「えへへ、もちろん冗談だよ」
「は、はは、随分とユニークなマスターに当たったもんだぜ……はぁ」
そんな面白い空気の二人と違い、遠坂時臣は焦っていた。
あの様な侮蔑の言葉に英雄王が耐えられるわけがないと理解していたからだ。
時臣は己の弟子であり、同盟を組んでいる言峰綺礼のサーヴァントであるアサシンの目を通して現場を覗きながら苦悩する。
「如何なさいますか、師よ」
綺礼は聖杯戦争なんぞに興味は全くなかった。父である璃正からも早々に離脱する様に指示を受けていたためヤル気は皆無だったが、一応は師である時臣に尋ねてみた。
「……様子を見るしかないだろう」
「つまり、師が“どスケベ王”の称号を受けるという事でよろしいのですね」
「っんな訳あるかぁあああっ!!!!」
時臣の胃は加速度的に劣化していた。
「ほう、随分と巫山戯た事を抜かす雑種が現れたものだな」
覗き中に雁夜の言葉を耳にした英雄王は“どスケベ王”などと呼ばれるのは絶対に嫌だったから慌てて姿を現した。
「おや、貴殿がたしかあの夜の男ではないか」
英雄王の姿を認めたダイアナは、その男(サーヴァント)が先日の遠坂邸で自分の舞の返礼にと独特な舞を見せてくれたサーヴァントと同一人物だと気付いた。
「なにっ!?お前はまさかあの時の女なのか!?」
英雄王ですら賞賛する程の優美な舞を披露する姿と、サーヴァントを素手で殴る凶暴な姿のギャップのせいで、二人が同一人物だと気付かなかった英雄王。
「迂闊、この場にノコノコと姿を現してしまうとは……どうやら慢心が過ぎたようだな」
まさかの英雄王の反省だった。
慢心を無くした英雄王、この後は彼の一方的な無双で聖杯戦争は幕を降ろすのかも知れない。
「そうか、あの夜は貴殿の舞が途中だったな。律儀にもあの続きを見せに来てくれたのだな」
内心の動揺を何とか収めようとしていた英雄王にダイアナの容赦のない追撃がくる。
あの夜――ダイアナが舞い終えた後、自分に向けた期待の視線に耐えきれずに、英雄王が唯一覚えていた舞を披露してしまった後悔の夜。
英雄王が唯一覚えていた舞とは、前日のテレビの祭り特集で見た盆踊りだったのだ。
盆踊りを踊る自分に微笑ましいものを見る視線が向けられていることに気付いた英雄王は、羞恥のあまりダッシュでその場を逃げ出した。
そして今夜も自分に期待と興味の篭った視線が向けられていることに英雄王が気付く。
あの夜の羞恥が英雄王の心に蘇る。
「ちょっと待て!?あの時のアレは違うのだ!そう何というか、アレがアレしてナニがナニしてというか、今は密かに練習中というか」
テンパる英雄王に対して、ダイアナは慈愛に満ちた聖母の様な微笑みを浮かべる。
「な、なんだ?」
「大丈夫だ。盆踊りも立派な舞だぞ」
ダイアナの慈しむ優しい瞳と声に、バベルの塔よりも高い英雄王のプライドは耐えられなかった。
無言で王の財宝から小瓶を取り出すと、何も言わずに一気飲みする。
ぽわわーん、と煙が上がる。その煙が収まった後には子供に戻った英雄王が呆れた顔で立っていた。
「まさかこの場面で僕と代わるだなんて、情けなくて泣けてきそうだよ」
ショタなギルガメッシュの降臨であった。
*
望遠スコープで監視していた切嗣が小さく呟いた。
「僕はノーカンでいいよね」
いいわけがなかった。
切嗣がセイバーに“どスケベ王”と蔑まれるように呼ばれるのは、逃れられない運命といえよう。
これで全サーヴァントが揃い次回からは総力戦!
と思ったら一人足りないかも?
何処にいる!?
最後の一人!!
次回も頑張ります!