「むぅ……」
「どうした、エフィ」
私が唸っていると前からテオが声をかけて来た。でも、無視。今は考えることで忙しい。
「おい」
「むむむ」
「……置いて行くぞ」
「あああああ! 待って! 言うから待って!!」
慌ててテオの腕にしがみ付いて止める。危ない危ない。危うく置いて行かれそうになっちゃった。
「何、唸ってんだ?」
「それは乙女の――」
「……」
「ゴメンゴメン! 嘘だから嘘! あ、小さな嘘だ! いただきまーす!」
「……はぁ」
足元に小さな嘘が出て来たのでぽかぽかと叩いてから食べる。うん、今日も美味しい。
「で?」
もぐもぐしていると私の頭を鷲掴みにしてテオが至近距離で睨んで来た。慣れて来たとは言え、さすがにこれは怖い。
「え、えっと……このままでいいのかなって」
「何の話だよ」
「私ってドラゴンでしょ?」
「ああ、そうだな」
「だから、隊長みたいにかっこよくした方がいいのかなって」
隊長は背が高くてとてもかっこいい。それに比べて私はちんちくりん。産まれてやっと5年だけど、背も伸びないしテオの嘘は見抜けないしいいところなしである。
「……お前、鏡見たことある?」
「あるよっ!?」
まさかそんなことを言われるなんて思わなくて吃驚してしまう。
「なら、変なこと言ってないで早く行くぞ」
「待ってよー!」
私を置いて歩き出してしまったテオを追って私は走り出した。
「決めました!」
宿に戻った後、少しだけお昼寝してテオに宣言した。
「……」
「……何か言ってよ」
「いや、今日のお前、とことん面倒だから」
「いいから!」
「デ、ナンデスカー?」
なんか、棒読みっぽいけど気にしない。胸を張ってテオに向かって指を差す。
「今日からテオとお風呂入らない!」
「……はぁ?」
どうやら、テオは私の言葉を理解出来てないみたい。
「私に足りない物……それは威厳! だから、その威厳を少しでも得るためにまずはテオとお風呂入るの止める!」
そう言いながらずいずいっとテオに顔を近づける。私がどれだけ真剣なのか分からせてやるのだ。
「わ、わかった。今日から風呂は別々だ」
「うん! 大人になった私を見ててね!」
「……お、おう」
「じゃあ、お風呂入って来るね!」
若干、顔を引き攣らせているテオを置いて私はお風呂セットを持ってお風呂場に向かった。
「……あいつ、自分の髪すら洗ったことないのに出来るのか?」
何かテオが言っていたような気がするけど、無視してお風呂場のドアを閉めて服を全部脱ぐ。そして、お風呂セットを持って浴室に入った。この宿はとても安いからお風呂もすごく小さくてボロっちい。でも、テオがいない浴室は何だか、広く感じた。そんな思考を首を振って誤魔化し、入って左側にある浴槽に溜まっているお湯の温度を確かめる。うん、丁度いい。
「えっと……まずはー」
始めにテオは私の髪と体を洗い、泡を全部流して私をお風呂に投げる(文字通り。意外と楽しい)。その後、自分の髪と体を洗っていた。
(まずは髪を洗おう!)
そう思って行動しようとする。
「……あれ?」
でも、何をしていいのかわからず、首を傾げてしまった。いつもテオがやってくれていたから髪の洗い方がわからない。確か、シャワーの下に置いてある道具入れの中に昨日、使った円盤みたいな奴を私の頭にかぶせていたはず。
「これかな?」
ピンク色の円盤を手に持って頭に乗せてみる。ピッタリだ。その次に髪を濡らしていたような気がする。
「シャワーシャワー……むぅ?」
シャワーから水を出そうとするけど、水を出すハンドルが2つあった。青いシールが貼られたハンドルと赤いシールが貼られたハンドルだ。どっちを回せばいいんだろう。
「こっちかな?」
そう呟きながら青いハンドルを回す。すると、壁にかけてあったシャワーから水が――。
「きゃあああああああああ!」
冷たい。ものすごく冷たい。昨日はちゃんと温かいお湯が出たのに。慌てて、ハンドルを回してシャワーを止める。
「はぁ……はぁ……じゃあ、こっちだ!」
青いハンドルを回して冷たい水が出たのだから、赤い方のハンドルを回せばお湯が出て来るはず。ニヤリと笑いながら思いっきり赤いハンドルを回し、シャワーからお湯が――。
「きゃああああああああああ!!」
熱い。ものすごく熱い。急いでハンドルを回すが勢いよく回したせいかなかなか、シャワーが止まらない。救いなのはピンク色の円盤のおかげで顔にシャワーがかからなかったことかな。
「はぁ……はぁ……」
どうやら、火傷はしていないようだけど、すでに私は心が折れそうだった。まさか、青いハンドルも赤いハンドルも外れだったとは。
(じゃあ、テオはどうやってお湯にしたんだろう?)
テオはこのハンドルを捻ってお湯を出していた。何度か、ハンドルを回して調節していたけど。
「……あ」
そうだ。この2つのハンドルを回していた。私も昨日のテオを思い出しながら適当に2つのハンドルを回してみる。シャワーからぬるい水が出た。
「おお!」
次は赤いハンドルだけ少し回す。シャワーの水が温かくなって来た。そのまま、シャワーに頭を突っ込む。
(私だって1人で出来るんだから!)
ちょっと手間取ってしまったけど、テオがいなくてもシャワーからお湯を出すことが出来た。何だか、それだけで達成感。
「次はー」
髪を濡らした後はシャンプーを使って髪を泡々にする。道具入れの横に置いたお風呂セットからシャンプーを取って左手に出す。
「どのくらいだろう?」
まぁ、多い方がいいかな。シャンプーが入った容器が空になるまで出して頭にべちょっと付けた。空になったシャンプーセットをおふろセットに戻して両手でわしゃわしゃする。「おー!」
どんどん泡が多くなっていく。何だか、楽しくなって来た。私は夢中になって髪を洗う。
「ん?」
笑顔で髪を洗っていると不意に鏡に映った自分が目に入る。頭のてっぺんが泡だらけになっているけど、下の方は全く、泡が付いていない。
(こっちも洗わないと……ありゃ?)
後ろ髪も洗おうとするけど、ピンクの円盤が邪魔で上手く洗えない。
「えい」
だから、私はピンクの円盤を外して道具入れの中に入れた。それじゃ、後ろ髪を洗おう。
「ん?」
後ろ髪もわしゃわしゃしていると頭のてっぺんから何かが垂れて来た。何だろうと不思議に思っているとその何かが目に入った。
「い、いたああああああい!」
思わず、目を閉じて叫んでしまう。目が染みる。
(ど、どうしよう!)
真っ暗な視界の中、私はおろおろしてしまう。今までこんなこと起きなかったからどうやって対処すればいいのかわからない。とりあえず、落ち着こう。
「……」
目をギュッと閉じたまま、痛みが引くのを待つ。何とか、痛みは引いた。
「痛いッ!」
でも、目を開けようとするとまた痛みが走る。目が開けられない。
(これ、どうすればいいだろう……)
テオがいればすぐに解決してしまうのだろう。どうすることも出来ずに、しばらく待つことにした。
――ピチョン
「ひっ!?」
突然、水の音がして吃驚してしまう。
「何!? 何が起きたの!?」
目が開けられないのでどこから音がしたのかもわからない。
――ひゅう
「ひぅっ……」
今度は背中に冷たい風が当たった。後ろを振り返るけど、真っ暗なので意味がなかった。
(何? 何なの?)
音の原因がわからなくて混乱する私。それに伴ってどんどん恐怖が心を蝕んで行く。
「怖いよぉ……テオぉ……」
怖くて寂しくて目に涙が溜まる。目を閉じているから零れることはないけど、ものすごく悲しかった。このまま、独りなのだろうか。
「……全く、お前って奴は」
扉の開く音と共にテオの呆れた声が聞こえた。
「え? わっ!?」
突然、上からお湯が落ちて来て私の髪を濡らす。吃驚して声を漏らしてしまった。
「て、テオ?」
目を閉じたまま、キョロキョロとテオがいる方向を探す。
「目、開けろよ」
「え、でも痛いから……」
「もう大丈夫だからゆっくり開け」
テオの言葉の通り、ビクビクしながら目を開ける。
「あれ?」
さっきまではあんなに痛かったのに今は平気だった。首を傾げていると鏡に呆れたような表情を浮かべているテオの姿がある。お風呂に入り着たわけではないようで、服は着たままだった。
「テオ?」
私の左側に立っていたテオの方を向きながら名前を呼んだ。
「何だ?」
「う、うぅ……」
「?」
「テオぉぉぉぉぉ!」
今、一番会いたかった人がいたから思わず、ジャンプして飛びかかってしまう。
「のわっ!?」
――バシャーン!
2人そろって浴槽にダイブしてしまった。
「いてて……エフィ、危ないだろ! 服、濡れただろうが!」
「テオぉ……テオぉ!」
テオは何か怒鳴っているがそんなことどうでもよかった。
(よかった、会えた……)
「……はぁ。お前って奴は」
泣いている私を見て怒る気はなくなったのかため息を吐くテオ。
「シャワー……冷たくて熱かった」
「……あー、片方だけしか開けなかったのか」
「ものすごく痛かった」
「シャンプーハット、使わないから目に入ったんだよ」
「水の音がした」
「蛇口をきちんと閉めてなかったから水滴が落ちたんだよ」
「冷たい風が背中に当たった」
「この風呂、隙間風がすごいんだ」
「……会えないかと思った」
「……お前を置いてどっか行くわけないだろ?」
そう言いながらテオはポンと私の頭に手を置く。
「……うん」
たったそれだけで私は安心してしまった。
「お風呂の入り方、教えてやるから1人で入るのはまた今度な」
「……まだいいや」
「いいのか?」
「威厳も欲しいけど……もう少しこのままでもいいかなって」
だって、テオの手ってすごく温かいから。もう少しだけこの温もりに守られていたかった。それから私たちはそのまま、お風呂に浸かり続けた。
次の日――。
「へっくち!」
私は風邪を引いて酷い目に遭った。でも、テオに看病して貰ったからちょっとだけ嬉しかった。
私たちの旅はまだまだ続く。
エフィ可愛いよエフィ