お試し小説   作:姉川春翠

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いつ書いたか覚えていませんが、なんか発掘したので投稿します。
一応オチはわかりやすくしているつもり。そのつもり。おそらく。多分。分かると、いいなぁ。


邂逅の輪廻

 今日は娘の誕生日だ。同時に妻の誕生日でもあり、命日でもあり、彼女と初めて出会った日でもある。

 妻がこの世を去ってから、もう十九年が経った。十八歳、いや今日で十九歳となった娘ももうすっかり大きくなり、子育て出来るのか心配であった私としては一安心している。顔は妻と、瓜二つだ。

 妻の命日ともあり、私と娘は朝から墓参りに出掛けた。墓の前で手を合わす度、私は思う。娘は一体、どんな気持ちなのだろうかと。自分が生まれた日が、母親の命日というのはどんな気持ちなのだろうかと。毎年考え、そして毎年その答えは返ってくる。

 娘は今日も泣いていた。大粒の涙を流して「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。普段は明るく眩しい笑顔を見せる娘の顔は、ぐしゃぐしゃに崩れていた。

 そんな娘を宥めるため、今日も私は誕生日プレゼントを渡した。いつもは服やバッグなどを買ってやっているが、この日に限って何故私はあれを渡したのか、未だに分からない。あれを渡さなければ、娘は泣き叫ぶことも無かっただろうに。

 最近、やたら胸が苦しい。娘に母親がいない心苦しさからか、時折締め付けられる様な痛みを感じる。今日もその痛みを感じた。きっと妻と同じ顔をした娘が泣くのが、心に響いたのだろう。

 すまない、私の娘。すまない、私の可愛い未来(みらい)。

 

【赤坂輪の手記 2044年12月25日より】

 

 

 

 

 2015年12月25日。この日も日本中はすっかりクリスマスムードになっていた。

 赤坂輪の住む町も、そこら中にクリスマスの装飾が散りばめられ、賑わいを見せている。木に掛けられたイルミネーションは、夜になるとさぞ綺麗なことだろう。

 だが赤坂輪にとって、クリスマスとは忌むべき存在であった。勿論幼き頃は心踊り、毎年来るその日を待ち侘びていた。二十歳にもなってしまった今では、その姿は影一つすら無かった。

 高校生以降、彼はクリスマスとは普段以上に孤独な日と認識している。というのも、彼には愛する人間というものが存在しないのだ。それは生みの両親ですら、例外ではない。「人の輪の中心にいてほしい」という願いから付けられた名前とは裏腹に、赤坂輪は気付けば孤独に生きるようになっていた。

 一方で赤坂輪は、孤独が好きというわけではなかった。現在大学に通っているのも、心の隙間を埋めるが為の事だ。異性との関係を持ちたいとも思っている。何より、孤独であることがこの世の何よりも忌み嫌っていた。

 そんな彼は、むしろ「人の輪の中心に」という願いの通りに生きていてもおかしくはなかった。顔立ちも良く、身長が高い上に体が引き締まっている。勉強も出来、スポーツも万能。率先はしないが、いざ頼られればリーダーシップも取れた。高校生の頃には、「学校のマドンナ」と呼ばれていた女性からも告白される程に、人気が高かった。

 だというのに、何故この男は孤独を感じているのだろうか。それは彼の心中で"運命"を信じているからに他ならなかった。

 別に彼は、自分が運命に選ばれた崇高な人間だと思っているわけではない。ただ、それ以外に心の空白の理由が説明が出来ないと考えていた。

 例えどんな巡り合わせがあろうとも、彼の心は何も感じなかった。学校で一際美人の女子に告白されても、気の利く友人に会っても、教師から天才だと称賛されても、心の空白が埋まることは無かった。両親から誇りだと言われようとも、自分を変えようと努力しても、変わることは無かった。

 

 現在彼が街に赴いているのも、一種の運命でも感じないかと考えての行動だった。

 時折立ち止まり、周囲を見渡す。老若男女問わず、多くの人が彼を気にも止めず素通りしていく。

 もしこの中に運命の相手がいるのなら、同じように立ち止まって声を掛けてくれるのだろうか。そんな夢に耽る一方で、現実は誰も彼に話し掛けることは無かった。

 大きなため息を吐き、再び歩き出す。暇を持て余した右手が、ポケットの中のスマートフォンの電源を、入れたり切ったりしている。

 今日もきっと、このまま何事もなく一日が過ぎ去って行くのだろう。そう思うと赤坂輪は、刺激のない平穏な日常に飽き飽きしていた。

 つまらない――そんな気持ちが、彼の胸に渦巻く。

 その時ふと、カチャリという音が彼の耳に入ってきた。どうやら他の者は気づいていないらしく、誰も立ち止まったりはしない。

 何だろうか。そう思い、周囲を見渡した。音の感じからするに、何かが地面に落ちたのだろう。

 そして見つけたのは、ハート型のロケットペンダントだった。

 誰かに踏まれないよう、素早くそれを拾い上げる。綺麗な装飾と光沢は、女性でなくとも魅入ってしまいそうだ。

 ペンダントを見ていると、彼は不思議な感覚に囚われた。まるで、このペンダントを拾うことが、決められていたかの様な感覚だ。

 

「あの、すいません!」

 

 これまでにない感覚に首を傾げていると、透き通った綺麗な声が響き渡った。周りが人で騒ついているにも関わらず、その声だけははっきりと、赤坂輪の耳に届いていた。

 声に振り向くと、一人の少女がいた。長く艶のある黒髪と、雪のような白い素肌。愛嬌のある顔。赤を基調とした服を纏う体は華奢で細く、まるで人形がそこに立っているかのように容姿全てが整っていた。

 赤坂輪は思わず見惚れた。これまで見たことのない美貌に。いや、違う。美なんて感じ方は人それぞれだ。言うなればそう、彼は生まれて初めての感覚に戦慄したのだ。

 

「そのペンダント、私の物なんです。落としちゃって」

 

 少女は今にも泣きそうな表情で言った。この様子を見るに、とても大事な物なのだと、輪は察した。

 無言で差し出すと、少女の表情は一転して歓喜を溢れさせた。

 

「あの、ありがとうございます!」

「ああ、いや、たまたま拾っただけだから」

 

 少女に見惚れ中々声を発せずにいた輪は、漸く閉ざした口を開いた。

 

「いえ、本当に。これ、すごく大事な物で」

 

 声を掛けた時の顔でそれは分かっていた。なんてことは言わずに、輪は苦笑する。

 

「あの! 名前を教えてくれませんか?」

 

 突然の切り出しに、輪は驚く。たかが落し物を拾っただけで、名前を教えてくれと言われる物なのだろうか。

 

「えーと、赤坂輪」

 

 なんと答えれば分からず、気がつけば名前を口にしていた。

 再び輪に不思議な感覚が付き纏う。まるでこうなることが決まっていたかのような感覚が。

 

――何なんだ、一体。まさか本当に運命という物が存在するのか?

 

 そんな疑問を抱えながら、ふと少女の顔を見た。少女は驚いて口を大きく開いたまま、微動だにしない。瞳を揺らし、信じられないと訴えているようにも思える。

 

「……どうかしましたか?」

 

 少しぎこちない敬語で尋ねると、少女はハッとして輪の顔を眺めた。

 

「す、すごい偶然もあるもんなんだなぁって」

「すごい偶然?」

「はい。私の名字も、赤坂なんですよ」

 

 すると、輪もまた驚いて少女を凝視した。同じ名字、親戚でもないのにそんな偶然あるのだろうか。

「私の名前は、赤坂みくって言います」

 この時の少女みくの微笑みは、後の輪にとって、一生涯忘れられない物になっていた。

 

 

 思えばあの日出会った時点で、私はみくと結ばれる運命だったのかもしれない。

 初めはただの偶然で出会い、その流れで友人となり、度々会っていただけだった。それが後に彼女から両親がいないと明かされ、一人暮らしの彼女を自分の住むアパートに泊めるまでに親しくなって行った。

 そうして付き合うこと一年、遂に私はみくに対する思いを告げた。彼女は初めは戸惑っているようだったが、私の告白への答えは甘い口付けという形で帰って来た。

 それからは毎日のように彼女と一緒に過ごした。大学を卒業した後も一緒の会社に就職した。毎日が、思い出だった。

 程なくして、私はみくと結婚した。元々同棲生活していたが、みくが子供を産みたいという思いを持っていたことから、有る程度の収入が入るまで式を上げていなかった。

 結婚してすぐ、彼女は子供を妊った。

 彼女は女の子が産まれると知り、すぐに名前を決めようと言った。明るい未来を歩んで欲しいという彼女の願いから、娘の名前は未来(みらい)に決まった。

 これからきっと三人で幸せに暮らすのだろう。そう思っていた。

 だが、彼女は娘を産んですぐに他界してしまった。出産時の、出血多量のためらしかった。

 私はしばらく塞ぎ込んだ。娘を両親に任せ、家に引き篭もること数ヶ月、私は彼女のふとした言葉を思い出した。彼女は「もし私が死んでも、この子を育ててあげて」と。

 もしかしたら彼女は、自分の死を予期していたのかもしれない。何故かは知らないが、私も、こうなる運命だったのだと思った。

 それから時が経ち、娘は十九歳になった。今見てみても、まるで生き写しのように妻に似ている。何度か、抱き締めてその唇を奪いたいという恐ろしい衝動に駆られたが、私は彼女の父だ。恋人ではない。きっとこの先、娘にも愛する者が現れる。娘はその者に捧げたいと思っているはずだ。私や、妻がそうであったように。

 

 それにしても最近、どうも胸が苦しい。原因は不明だが、時折目眩もする。医師に診断してもらったが、異常が無いというのだから不思議だ。

 だが私には何と無く分かる。きっと私は、もうすぐ妻の元へ旅立つのだ。そんな運命なのだ。

 娘がもうすぐ成人するというのに、一向に独り立ちしない。何故か聞いたら、なんでも私と離れたくないらしい。

 それは嬉しいことだが、何時迄もこのままではいけない。

 だが、娘の独り立ちのきっかけが、私の死というのはあまりに酷ではないか。

 それでは娘が、一人になってしまうではないか。

 そう思っていても、きっと私の死は変えられない。そんな気がする。だからこそ、私は、この日記の最後に言葉を送る。

 

 ああ、娘よ。私の愛する娘未来よ。どうか、私が死んでも、めげずに前へ進んで欲しい。明るい未来へと歩んでほしいという、私達の願いのためにも。きっとお前にも、私と同じように、素晴らしい出会いが待っているのだから。

 

【赤坂輪の手記 2045年12月19日より】

 

 

 

 

 墓の前で、未来は日記を閉じた。

 彼女の父・赤坂輪は、日記の最後の日付の翌朝に亡くなっていた。原因は不明。突然の心臓麻痺という診断が出された。

 葬儀はすぐに執り行われた。輪が前以て葬儀場を用意していたのだ。

 未来の後見人も、すでに決まっていた。輪が絶対の信頼を寄せていた友人夫婦だ。未来もその夫婦によくお世話になっていたため、信頼している。

 だが彼女は、二人と暮らすつもりはなかった。彼女はもう二十歳になる。ならば独り立ちしなければならない、そう考えているからだ。

 それだけでなく、彼女は本当の父以外を父親とは思いたくなかった。

 幸いにも、残してくれた財産は多かった。

 これもきっと、父が死を見越していたからだろう。しばらくはこの財産に頼ってしまう。でもいつか、自分だけで錐揉み出来たらいいなと、未来は思った。

 

「お父さんから貰った、お母さんのペンダント……大切にするね」

 

 二人の思いが詰まった名前とペンダントを胸に、少女は〝未来〟を歩む。二人の願い、明るい未来を。

 

 帰り道、未来は違和感を感じた。今歩いている場所が、自分の知らない世界のような、不思議な感覚。

 思わず立ち止まり周囲を見渡す。

 ここは自分の暮らす町のはず。そう思っていた矢先、未来は思い出す。

 自分が立っている場所が、本来なら墓地から遠く離れているはずの所だと。

 未来は偶然足元に落ちていた新聞を手に取った。

 

――少女の目が、大きく開いた。




如何でしたか。まあオチがわかり、冷静に考えると色々ツッコミどころがあったりするのですが、そこはそれ、まあはい流してください。

ちなみに主人公の名前は輪廻から来ています。これが一大ヒントになるのかな。多分ですけど。

これ以上は語りません。どれだけの人が見てくれているかはわかりませんが、私の作品の基本は今作のようなものが多いと知ってくれたらなと思います。

では、またどこかでお会いしましょう。
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