がわ゙い゙い゙な゙ぁ゙黒゙歌゙ぢゃ゙ん゙ 作:ロングレンジライフル
その日、街に一陣の風が吹き荒れた。
少年は特に何かの功績を残した事がない至って普通の少年である。
幼稚園を卒園し、中学に進学し、高校を中退した。これからわかる通りに成績は下の中で、騒ぎを起こした数も一つや二つではない。むしろそれの十倍程の問題を立て続けに起こした。
間もなく両親からは絶縁を言い渡され、いよいよ少年は一人で生きなければならなくなった。しかしそんな問題児を好き好んで雇ってくれる場所もなく、日に日に体は痩せ細り、自慢の腕っぷしも木の棒のような頼りない存在に落ちていく。
もはやこれまでかと思った時に、少年は運命的な出会いを果たした。白いボディ、最新式のディスク、イカすデザインに痺れるカード。
――Dホイール。世界中、特に少年のいる『ネオ童美野シティ』に住む者であるならば必ずと断言できるほどに有名な代物。それが今、少年の目の前にあった。
何かに取り憑かれたように、そのバイクに跨がる。それだけで、少年は生き返っていく錯覚に陥った。乾ききった喉は声を潤せ、骨と皮だけの二の腕には力が漲り、その眼光には鋭さが戻る。
少年の到来を祝うかのようにカードが閃いた。その瞬間に、少年は始まりに一歩踏み入れた。
長い長い、世界を巡る旅に。
その日、街には一陣の風が吹き荒れた。
黒猫は追われていた。何からか、というと世界中に点在するオカルト好きが発狂するような存在であることは間違いない。蝙蝠に類似した黒い羽根、月光だけが差す森に溶け込むような漆黒の衣類。何よりも震え上がってしまうほどの人間とはかけ離れたその気配。
悪魔、彼らは自らをそう呼称する存在だ。冥界でいつも何か余興を探しており、しばしば人間界に現れては契約を施したり、欲を満たすために殺したり、はたまた犯したり。あまりにも根本から違う存在に欲情出来るなど到底まともな存在には出来るとは思えないが、彼ら自称悪魔は何故か人間に類似した姿を取っている。いや、人間が悪魔に類似した姿なのか。そんな卵か鶏か気になるようなことを言っている時ではないが、つまりは彼らは難しいことを抜きにしてもその誇り高き信念や契約に従順な姿等から見れば間違いなく悪魔である、ということだ。
しかしこの黒猫、これもまた悪魔である。悪魔が悪魔を追いかける、同種を追いかける理由として上げられるであろう理由はいくつかあるが、ここで人間と類似した姿を取る悪魔達は「黒猫は見つけ次第殺せ」と吠えている。それは誇りを汚された怒りか、殺しの罪を償わせなければならないという使命感なのか、はたまた欲の赴くままの余興なのか。恐らくこれだけの人数もいれば全て当てはまるだろう、黒猫捜索隊の数は30を越えているのだから。下手な鉄砲数、撃ちゃ当たる。語り手として、彼ら全ての気持ちを知ることは出来ないが、大体大まかに分ければこれぐらいであろうと目星をつけることは出来る。
閑話休題
ようは悪魔の黒猫は大量の人型の悪魔に追われている状況だと言うことだ。こんな暗闇の包む世界でたった一匹の小さい猫を見つけ出すなど不可能に近いが、それは人間の物差しだ。なんと悪魔には我らには分からないことがわかったり見えないものが見えたり嘘八百を見抜く力があったりするのだ。そして黒猫は数多くの戦いから傷が目立ち、血がほんの少し滴っていた。つまり黒猫はかなりの実力者であったが、今はただの弱りきった袋の鼠であるということなのだ(猫なのに鼠とはこれ如何に)。
いやぁ流石裁きの悪魔だ! 見たか黒猫、これが知性の勝利だ! 主殺しの蛮行を今宵ここで償い土に帰るがいい!
なんてことを捜索隊の一人は考えて静かにほくそ笑んでいた。勝ちは確定、フェイントを決めた後のPKシュート、ホールインワン一直線、奴隷はないと踏んだ王のカード、33-4!
なるほど、確かに黒猫の生存は絶望的だろう。たった今黒猫は包囲され、その目には諦めの色が濃厚になりつつあるのだから。
人型の悪魔達が各々の腕に魔力をため始めたその時、黒猫が最後に夢見たのは、自分とは真逆の白光を放つ妹の笑み。それをもう拝むことは出来ない、影からも見守れない、自分の影はここで霧散する。嗚呼、なんと口惜しや。捜索隊の数の暴力という卑劣さにまんまとハマり、こんな所で人生、いや魔生を終えるなど。これ程悔しく悲しいことはない。
死にたくはない、例え今が辛かろうと、その先にはあの笑顔があると信じて動いてきただけに、ますます死にたくない! 生きたい! そう思おうとも、もう無駄なのだ。捨てる神は捨てる、拾う事はもうない。ストックされた悪運は底を尽いている。ほんの少しの暖かみしかなかった彼女の生涯は、ここでピリオドを打つ。
ついに弦は弾かれた。戻ることのない殺傷は、彼女の風前の灯火を確実にかき消す。あがきも悶え苦しむことも許されずに呆気なく細胞という細胞が消失することだろう。サツバツ!
そう、捨てる神は捨てるのだ。
ただ、この世の中には酔狂な考えをする者もいる。
「俺は手札の、速攻のかかしの効果発動!」
薄汚れたそれを手に取るのであれば、それは
「直接攻撃宣言時、このカードを手札から墓地へ送ることで攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」
拾う神なのだろう。
「――で、ここどこ?」
その日、彼女の髪を揺らす一陣の風が吹き荒れた。
◆◆◆
それを現す言葉があるのだとすれば、それはバイクという単語が相応しい。バイクにしてはマフラーもエンジンの駆動音も聞こえないが、確かにその形状はバイクだ。ただバイクにはディスクのような機械は標準装備されていないし、次元を裂いて現れたりもしなければ全ての攻撃を受け止めるかかしを召喚することもない。
ライダーである彼の存在は、今この瞬間、イレギュラーとして断定された。
「……人間風情がこの悪魔たる俺達の攻撃を防ぐとは。貴様、何者だ「って聞きたそうな表情してんで自己紹介させてもらうがよぉ、俺は次元旅行者のトケアイ! 特に意味もなく意図もなく未来の糸も見えずにここまで遥々送られたってわけだ。」……」
ペースとは、彼の信条とする儀式を有利に進めるために必要不可欠な物で絶対無比な者だ(因みに次に必要なのは気合いだ)。ペースを奪い取るということは理性ある行動の選択を狭めることを意味する。だから必ず彼は馬鹿だ阿呆だと罵られるような奇抜な行動をしようとも、先手にあるペースは必ず掴むようにしている。今、この瞬間で彼はこの後の展開が見えているだけに特に意味もないであろうけどとりあえずペースをむしりとった。
「因みにこの名前は偽名ではなく擬名だ、漢字に直すとある者が見えてくるのですがそれはなんでしょぉ~か。はいそこの金髪な彼、君に決めた。ミッション、見事正解をして華々しく先手を打て」
「……そんなこと俺が知るか」
「それ(ミッション)をすてるだなんてとんでもない!」
「……」
「興味が無さそうだってか。もう少し頭を使えよ、ちょっと漢字を使うだけでいいんだぞ」
頭を使えと言うが漢字というのは中国や日本といったアジアの中でも極少数な民族だけが使っている物であり、大抵の人間は漢字が分からないし読めない。ましてや人型に類似しているとはいえ悪魔とは諺さえ違うのだ、普通の悪魔は漢字など知らないし知ったことではない。ただ少年はそれを知らないだけで阿呆のように質問をしているだけだ。実に滑稽である。
「人間、そこを退け。退かねば殺すぞ」
「はぁ? ケンカを売ってきたのはそっちだろ。長い旅が終わったと思ったら俺目掛けて危ない物飛ばしやがって。初手にかかしがなければ終わってたっての」
黒猫は少年の言葉を聴いて、少なからず失望の意を感じた。聞く限りでは別に少年は自分を助けにわざわざどこからか駆けつけたという訳ではなさそうだ。いや、彼女は犯罪者なのだからそんな白馬の王子様のようなものが駆けつけてくれるような甘い夢物語が起こるとは普通は考えられないのだが、やはりそこは乙女、どうしても願ってしまう者もあるらしい。
「問答の時間すら惜しい。死ね」
ノータイムでの魔力の射撃。射撃というのだから構え、狙い、撃つの三工程があるのだが悪魔は人間と比べ身体能力がこれでもかと言わんばかりに高水準だ。そんな存在であるから故に発射までの工程を一秒も満たずにやってのけることなど朝飯前の顔洗いほど容易いこと。普通の人間ならばその速度についていけず何故死んだかも分からずに脳髄をぶちまけるだろう、実際人型に類似した悪魔達もそう考えていた。
だが、ここで語り手は彼らに残念な報道をしなければならない。
けれど聞き手の皆様は安心してお喜びください。ライダーである彼は、普通ではない。
「俺は手札の、SRメンコートの効果発動! 相手の直接攻撃宣言時にこのカードを特殊召喚!」
なんとこの少年、反応して見せた。しかもまたもや先程のかかしのような攻撃を防ぐ機械の板を召喚し始めたではないか。この時点で、ここにいる悪魔達はこの少年を召喚師のような何かと断定し、人型は二度目の邪魔は看過できないとばかりに魔力を練り上げていく。が、メンコートの効果はまだ終了していない。
「メンコートの更なる効果! 相手モンスターを全て守備表示にする!」
その宣言を聞くと、メンコートは四方にあるジェットを吹かしながら高く空中へと舞い上がり、回転を加えながら一気に下降。そのまま地面に水平に激突したと認識したその時、人型に類似した悪魔達は膝をつく。まるで何かに押さえつけられているような、重力が十倍増しになったような苦しさ。あらゆる攻撃をしようとも体が己の身を守ること以外しようとしない。ありえない状態だった、たかが人間如きにこの悪魔が膝をつき挙げ句の果てには防衛本能を剥き出しにされるとは。30人全てが彼に対して跪くその光景は、まさに人型が彼には叶わないと言っているような、そんな光景にも見える。
「さて、と。じゃあな変なおっさんら。達者で暮らせよ!」
まるで知り合いにでもかけるようなその明るい声は、エンジンよりも静かな駆動音に負けることなく森全体に響き渡る。アクセルを全開にして、漆黒の森へと消えていく。
その直前だった、彼がバイクの角度を機体ごと傾けて地面に倒れ伏せる黒猫を拾い上げたのだ。遠くからでも分かるような大怪我をしている猫を少年は見捨てる気もなかったらしく、今度こそそのまま森へと消えていくのだった。
まるで風のように現れて道化のように嘲笑い滑稽と言わんばかりにこちらの全て捌ききった少年、その彼は今夢だったのではと思うほどに一つの痕跡も残さずに消え去った。
だが、人型達の胸には確かに残っている物がある。ごうごうと燃え上がる怒りの種火だけが、この屈辱が本当のことであった事を証明していた。
「ッ! 探し出せッ! まだ森を抜けたばかりのはずだ!」
気づけば膝をつくほどの重量感は消え去っていた。その事実がさらに胸の炎に火をくべる。そう、悪魔達は覚悟をしたのだ。使命や契約、法律すら放り投げてしまうほどに怒髪は、天をついた。
絶対に殺すという三流が抱く覚悟を。もうそれを抱いた時点で敗けは確定しているとも知らずに。
さてはて無事鬱蒼とした森を抜け出した少年はすぐ側を通っていた高速道路で絶賛逃亡中。あの人型達の反応からここにマジック&ウィザードがないことは既に察している少年は頼れるものが己の勘しかないということを理解していた。とりあえずいざという時のために被害が出にくそうな港へと移動している最中に、彼は呑気にもこんな会話をしていた。
「うわぁ……ひっでぇ怪我。猫相手に何もここまでしなくたっていいだろうに……」
「……早く、降ろして。」
「あっ、喋れるのか。丁度いいや。なぁなぁ、チバってどっち? 通りすがりのおっさんに海はどっちって聞いてもチバとしか答えてくんなくてさ」
「いいから、降ろせッ!」
「うわっちゃあ暴れるなよ猫! 今こんな速度で落ちたら死ぬぞ!」
「うるさいッ。人間等の手など別に求めていない。早く私を適当な場所に降ろせ!」
「悪い。そりゃできねぇんだ」
「出来る出来ないじゃない、やれ!」
「だから無理だって!」「なんで!?」「ここがどこだかわかんねぇからだよ馬鹿野郎!」「はぁ!? じゃあどこ向かってるのよ!?」「港!」「港ぉ!?」「おう!」「船にでも乗って逃げるつもり!?」「船賃ねぇ!」「はぁ!?」「船賃ねぇ!」「威張るんじゃないニャっ!」「多分港はこっちで会ってると思うんだけどチバかどうかはまるでわからねぇ!」「あんでそんなこと分かるニャ!」「潮の匂い!」「犬かよ!」
「……ハァ。もういいニャ……付き合ってるのもアホらしいし」
「港までつけば降ろしてやるから、勘弁な」「それを先に言うニャ!」「痛っっっェェェェエ!?」
なんとも賑やかな会話をしているが、端から見れば明らかに免許も取れない年齢の少年がどこからか聞こえてくる声を聞いてそれを猫に向かって怒鳴り散らしているように見える。つまる所それが何を意味をすると言うと、物凄く目立つと言うことだ。
ドッ、と後方で着弾、けたたましい轟音と爆破が同時に鳴り響く。ヘルメットにぶつかるコンクリート片も気にせず反射的に少年が振り向くと、先程森の中で襲ってきた魔力弾が再び自分に向けられていた。それも一つではなく、60ほど。
「ッ! おいでなすった!」
現状をどうするかと深いことも考えずにアクセルを踏み抜き速度を上昇させ、蛇行運転で回避行動に移る。右、左、後方、前方。次々と弾着し破壊の限りを尽くしていく悪魔共の殺気。だがどれも少年のドライビングテクニックの前には児戯も等しく、まるで背に目でもついているのではと思えるほどに正確に精密にかすることもなく避けていく。それに増々血を上らせるのは喧嘩っ早い一部の悪魔共だ。躍起となって当てようと当てようと無駄に弾数を増やしていくが特に変わることもなくスイスイと避けていくのみ。
要らぬ消耗を防ぐために弾を放つことしか出来ない悪魔共。現状に手詰まりを確かに感じていたが、それは少年も一緒だった。
「ったく。鬱陶しすぎるぜおっさんら!」
「降ろすニャ! あれの狙いは私にニャ!」
自分を捨て置けば少なくともこの少年は逃げ切れるはずだ、もう自分を庇うことも連れていく必要もない。そんな考えが黒猫にはあるのか自分の思いを必死に伝えるが、そんなのは浅ましいとばかり悪魔共の一匹が鼻を鳴らした。
「悪いがそのガキはここで殺す、我等が殺す。絶対にだ。例え主殺しを逃そうともな」
「ッ!」
殺意の宣誓、それを聴いて黒猫に最初に思い浮かんだ感情はなんだろうか。語り手として彼女の心境を覗くことはできるが、あの苦虫を噛んだような表情を見ればなんとなく察せることができた。
間違いなくあれは歓喜だろう。黒猫は先程嫌と言うほど願っていたのだ、生きたいと、あの笑顔をもう一度見たいと。だからこそ喜んだ、これで生き延びれるのだと。そんな自分の愚かしさにヘドが出る、といった所なのだろう。
残念ながら少年にはその事を理解できるだけ、察することができる知能指数はない。だからこそ少年は口走った。
「おい、逃げろ」「えっ」
「今からパーキングエリアとかいう所に寄る。まだ時間的に暗いし、この辺りは森で囲まれてる。おまけに敵の目は絶対に俺を優先するという好条件付きだ。生き延びるための絶好のチャンス、ここを逃したらもう来ないぞ」
少年の言っていることは黒猫のスタンスからすればかなり真っ当な事を言っている部類に入っていた。時間、場所、条件。この全てをクリアしていて、尚且つ自分はこれ以上負傷する可能性が最も少ないルートを彼は提示してくれているのだ。これ以上のチャンスは、もう絶対にないだろう。尽き果てていた悪運が芽生え始めてきたのを黒猫は感じた。全快できる時間さえあれば30程度相手にもならない黒猫からすれば、少年を囮にして確実に仇を取るというのは今この状態で出来る最善の方法だ。
だからこそ、彼女はそれを良しとしなかった。
「嫌よ」「はぁ?」「嫌って言ったニャ」
「……茶番は最初の弾着の時点で終わってるんだぞ?」
「私は本気ニャ。嫌って言ったら嫌。逃げないって言ったら逃げない」
それは弱々しかったが、確かなプライドの咆哮だった。本来はもっと天にまで轟くような、圧倒されるような叫びを持ち合わせているであろうことが分かるだけに、少年にはそれがとても美しく思えた。
正直彼はこの黒猫をパーキングエリアに放り捨てた後にカードの力でさっさと別次元にでも逃げようと思っていた。ただその場に居合わせた黒猫を拾ったのも、見捨てるのも良心が傷んだだけ。
すっかり元気に吠えている猫相手に茶番を繰り広げていた時にはもう捨てようと決めていた。間違いなく厄介事の種、いや胞子であるこんな存在を庇っていては自分の悪運が無駄に消費されるだけだとなんとなく分かっていたから。
けれど、それはもう無理になってしまった。こんなにも美しく雄々しき姿を見せつけられてしまっては、捨てることなど少年のちんけなプライドが許しはしない。だが少年は愚かだった。せめて傷が癒えるまでは、彼女を守り抜こうと手垢のついた思いを抱いてしまうほどに。
だからこそ少年は愚かだった。そういうときにこそ、良いことがあるわけがないのだから。
瞬間、何の前触れもなく黒猫の体から力が抜ける。眠ったのかと不思議に思って顔を覗けば、後悔をした。
眼には誇り高きプライドは霧散したかのように何も入っていない。だらしなく開かれた口からは舌が垂れて、それよりも紅い液体が彼女の額から滴っていた。
黒猫の額に、コンクリート片が突き刺さっていた。しかも、様子を見るに脳まで達しているかもしれないほどの長い欠片が。どう見ても、致命傷レベルの物が。
「――――」
飛ばなければならない、少年は直感的に思う。自分の超能力では黒猫の傷を癒すことができないことが瞬間的に理解してしまったからこそ、治せる者がいる場所まで飛ばなければならない。無茶と道理を蹴っ飛ばすほどに、絶対に、確実に。
そのためには、あの蝙蝠共がどうしても邪魔だ。
「俺のターンッ! デルタフライを通常召喚っ。レベル4のメンコートに、レベル3のデルタフライをチューニングッ!」
羽毛を生やしたワイバーンは、術者に命じられるがままに長方形の機械と同調を始める。その後機械の波長と成るべき姿を繋ぐために、緑の光輪へと変化。機械は導かれるように並んだ三つの輪をくぐり、四つのエネルギー球へと昇華し、光を呼び込む。
瞬間、閃光が走る。
「白銀の疾風よッ、美しき幻想を雄々しき鋼翼へと姿を導けッ!」
「シンクロ召喚! 撃ち鳴らせ、レベル7! 『クリアウィング・シンクロドラゴン』ッ!」
その時、30の悪魔共は後悔をした。少年に挑んだ事でもなく、黒猫を追いかけ回したことでもなく、ただその龍の姿を目にしてしまった事を、ひたすらに後悔をした。
それは白銀だった。それは緑光を放っていた。それは鋼の翼を担っていた。それは、次元が違う物だった。
勝ち負けではない、挑む挑まないではない。この場に存在をしているだけで、殺される事が理解できてしまった。力の行使が、己の死に繋がるのだろうと直感が痛いほど叫んでいる。
それでも、一人だけは諦めなかった。いや、もう気が狂ってしまっていたのだろう。龍が放つ力の半分にも満たない一人の全力が少年に向けられた。そうなれば彼は、高らかに宣言をするのみ。
「『クリアウィング・シンクロドラゴン』の効果発動ッ! レベル5以上のモンスター効果が発動した場合、それを無効にし、破壊する! 那由多の光に消え失せろ、『ダイクロイックミラー』ッ!」
しんとした夜に鼓膜を破るほどの龍の咆哮と共に、その極光は放たれた。狙いは愚かにも力を行使した一人へとだ。
悪魔にとって、光とは毒だ。天使の類いが操る光が身に混じれば、なんの治療も受けなければ数分で滅びる程に。そんな奴らが織天使が行使する力の倍以上の光を放つそれを受ければ、中級悪魔と言えど塵を残される慈悲は受けられない。実際、ここにフィールドから離れ墓地次元に送られた憐れな悪魔もいるのだから。
更には先程の一人の攻撃で、もう少年の頭からは30の悪魔共を逃がすという考えは既に消え去っていた。消し去って黒猫のために飛ぶ。それ以外のことを、もう考えることは出来ない。
「――行け、『クリアウィング・シンクロドラゴン』。雑魚共を蹴散らせ!」
鋼翼から伸びる光が屈折し、白銀の龍を包む。触れただけ、いやかすっただけでも死は免れないであろうその一閃を受ければどうなるか、悪魔共の眼からも光が吸い込まれた時、龍の一撃が無情にも放たれた。
「『旭光のサンシャインストライク』ッ!」
悪魔の人口が、一瞬にして29ほど減った瞬間だった。
◆◆◆
その日、フェニックス領に一陣の風が吹いた。
尋常じゃない程の違和感と共に何かが裏庭に現れた事を、その豪邸にすむ者全ては察知した。まるで何かが無理矢理乗り越えてきたように前触れもなく現れ、この世に存在するどの力にも属さぬ力が無礼にも浸入に使われたのだと理解した。生憎長男と次男は席を外しており、この場にいるのは両親と三男とその妹のみ。
先陣を切ったのは三男だった。当然のように女王である彼女の進言を横に置いて勇往邁進する彼は、謂わば才能に溢れている人間で、感じたことのない力を持つ者が相手だろうと負けることはないと疑いすらしていない。女王はそこを突かれてもしものことがあってはと進言を繰り返しているが、聞く耳を持とうとしない。
それの後ろに駆け寄るのは妹である長女だ。一応三男の僧侶ということでなにとなしに着いてきてはいるが、いつでもサポート出来るの準備は整っているらしく、若干の闘志が目に見える。この兄にして妹と言わんばかりに女王は静かにため息をつく。
裏庭は酷い有り様だった。半分は綺麗に整っているのに、もう半分は何かが引きずられて無理矢理抉られたのが見えるほどの庭の散乱具合。最早異常の域を越えているそれを見て三男、"ライザー・フェニックス"は静かに炎を燃やす。この庭は幼い頃から側についている執事の爺が丹精込めて整備した物、それを知ってか知らずかは置いておいてもここまで荒らすということは、このフェニックス家に喧嘩を売っているも同然。
長女、"レイヴェル・フェニックス"も同じ気持ちなのか、同じく炎を持て余していた。惨状を生み出した者に、絶対なる罰をくれてやると息巻いていると、どこからか咳が聞こえる。聞き覚えのない、男の声だった。
「くそっ。ここはどこなんだ……。まだくたばるなよ黒猫……ッ!」
「貴様か」
それが返答をする前に、ライザーは一秒も満たずに顕現させた炎剣でそれに斬りかかる。ここはもうフェニックス領、しかもその本家の目と鼻の先。誰が死のうとも、過失は向こうにある。ライザーには躊躇はなかった。
「ッ! バトル・フェーダーッ!」
ドスの効いた声は召喚に適しているらしく、少年は隠すこともなく大声を上げて防ぐ術を呼び込む。
剣を止めたのは、鐘と一体化したモンスターだった。バトル・フェーダーと呼ばれたそれは更に仕事を成すために鐘である尻尾のように伸びたそれを左右に大きく揺らす。すると戦意を阻害するような鐘の音が響き渡り、ライザーだけでなくレイヴェルや女王ユーベルーナの魔力を拡散させていく。誰も踏み込みことのできないフィールドを、少年は一瞬にして作り上げた。
「面妖な……。人間ッ、大人しく斬られろ!」
「ふざけんなッ。こんなところで死ねるかよ!」
その見かけ通りの沸点をしたライザーには見えなかったようだが、比較的冷静であったレイヴェルにはそれがはっきりと見えた。人間の腕に抱かれる、今にも死にかけの猫の姿をした悪魔を。
もしかして、とあってはならない考えが長女の頭を過る。少年は、あの悪魔を救おうとここにダメ元で来たのではないだろうか。フェニックス家には財政を支えている大きな要因の一つである霊薬『フェニックスの涙』がある。これは死の淵にいようとも復活させるという所謂エリクサーのような物で貴重な物とされている。
余談だが語り手である私はエリクサーやフェニックスの尾といった全体全快回復系のアイテムというものはどうも使うには渋ってしまい、ラスボス戦であろうとまだフリーザ様のような更なる変身があるのではと疑ってしまい、その実あっさり終わってしまって使いそびれるということを多々経験している。実際、あれはどこで使えばいいのだろうか。最近はそこまで追い詰められるようなゲームも少なく、完全にタンスの肥やしになってしまっているのが悔しくて仕方がない。だが大盤振る舞いするのも……
話を戻そう。そう、レイヴェルは気づいてしまったのだ。小さな悪魔を救うために、わざとこう荒らしたのでは、と。しかしそうだとしても随分とお粗末な作戦と言わざるおえなかった。実際、兄のように襲いかかってくる存在がいるのは分かりきっているのだから、理由の一つや二つは喋るべきではないだろうか。
まぁだとしても『フェニックスの涙』のような高級な品を渡すわけにはいかないが。
「お兄様。あの人間の腕に」
「あぁ、猫又の類いだろうな。弱っていてそれ以上は分からないが……。『フェニックスの涙』欲しさにお涙頂戴の芝居を打つため、わざと傷つけ連行している可能性もある」
「俺がそんなことするかよッ!」
「貴様のような人間のことなど知るか。疾く失せろ」
「こいつ、脳天にコンクリート片が突き刺さっちまってるんだよ! このままじゃ死んじまう!」
「それはご愁傷様だな。墓でも建ててやったらどうだ?」
少年の訴えはライザーに届くことはない。そも、勝手に浸入してきた相手の話を聞くこと事態が間違っているのだからライザーの行動は正しくはなくとも間違ってはいない。貴族として、悪魔として、間違ってはいない行動なのだ。だからこそ、少年は理想から現実に引き戻された衝撃を受けた。
「ッ! 畜生ッ……!」
少年は目の前の景色が滲んでいくのをただ見ていた。今は強がるべき時で、なんとしても意地を通すべき時で、絶対に退いてはならない時だと言うにも関わらず、少年は涙が溢れるのを抑えることが出来なかった。
そこにあったのは先程のような悪魔を葬り去った強者の如き姿ではなく、ただの情けない男の姿だけ。自分の意地も通せずに泣きに逃げる弱い男の姿だけだった。
今までは飛べば全て解決してきた。金も、食料も、友も、女でさえも。飛ぶことが全てで、それ以外の正しい道が信じられなくなっていた。今回も済むと思っていた、本気で、ハッピーエンドに向かうことが出来るのだと信じていた。
そう、少年は弱い。しかも情けないし泣き虫で憐れで愚かだ。神はとっくの昔に彼を捨てている。
「……お兄様」
「……レイヴェル。父上の拳骨は痛いだろうな」
「えぇ、とっても」
そう、だからこそ。無駄に拾う神がいる
「おい人間、着いてこい。墓ではなくベッドで寝かせてやりたいのならな」
語り手がくさすぎる。訴訟