生れ落ちた瞬間人間は産声を上げる。そこには一切の意志等は存在しない。唯の反射であり、生存本能での行動だからだ。なら、生れ落ちた瞬間に悲鳴を上げていた俺はなんだろうか。
混沌の闇からいきなりずるりと這い出るように産み落とされた俺はとある一つの家にいた。いや、用意された家にというべきだろう。家自体は普通のように思えるがあちらこちらから冒涜的な声が囁かれていて、異常な空間になっている。これで狂気に陥っていないというのは唯単にアザトースの加護の所為だろう。でなければ今頃狂気に陥ってしまっているはずだ。
「いや、今はそんな事を考ている場合じゃない。此処がどこで俺は
おそらくだが俺は既に人間じゃないだろう。それこそショゴスなどの存在に近いはずだ。それに俺の事だけじゃなくこの町の名前が分からないと此れから如何すれば良いかわからない。既に生まれ変わらせられたのは分かっている。だからこそ俺はここで夢だとか幻だとか逃避するわけにはいかない。ここで踏ん張らなければいけないのだ。
どうやらこの家は二階建ての質素な家のようだがいたるところに此処が邪神が用意した家だということは分かる。地下室には牢獄が用意されており、見たこともない薬品群、血のにおいがするフラスコなどがあった。さらには地下室の一部屋には広大な図書館が用意されていた。空間が捻じ曲がっているかのような場所の中でいくつもの天を突くような本棚がある。バッキンガム宮殿のような廊下に幾つもの本棚が設置されているといえば良いだろうか? そこに幾つもの本がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。しかも題名がアルアジフ、ルルイエ異本、ナコト写本、法の書が見つかった。幾つかの書を実際に手を取って読んでみたがやはり精神が狂う感覚や汚染された感覚はない。むしろ書の知識を取り込んで逆に書を吸収しかけているような気すらする。
「ダメだ。此処には何の情報もない」
これほどの書なら一冊くらいは今の俺について書かれている本があるかもしれないと思ったが一冊もなかった。只一つだけ分かったことに今の俺には言語の壁というものはないようだ。おそらくはヨグ=ソトースの神格である知識の効果だとは思うがありとあらゆる言語が見ただけで理解できてしまい発音すら完璧に言えてしまう。クトゥルフという発音すらも。
ずっと地下室にこもっているわけにはいかないから俺は地下室を出て散策を再開した。そして物置に無造作に置かれている物の中に輝くトラペゾヘドロン、アルハザードのランプを見つけた。いや、こんな物騒なものを置かれても非常に困るのだが。特にこんな旧支配者の遺産というかアイテムというか。こんなものが近くに有ったらご近所さんが発狂してしまわないか? 一旦物置から地下室へと運んで一時的な応急処置とすることにした。
「さてはて、とにかく今分かったことをまとめてみよう」
今までの探索、確認などで分かったことを箇条書きで紙にまとめていく。この紙は地下室に用意されていた羊皮紙にインク、羽ペンを使って書いている。
一、今俺がいるのは海鳴という土地らしい。
二、どうやら俺はやはり人間ではないらしい。
三、俺の能力について
まず一つ目は偶々だが家の窓から見えた建物に海鳴図書館という看板が張られていたからだ。
二つ目は鏡を見た瞬間分かった。黒髪は変わらないけど、白目の部分が闇で塗りつぶしたかの様に真っ黒だからだ。更に黒目の部分は逆に黄金色に輝いている。これは如何にか対処しないとおちおち外に出られない。更に一つ分かった事に如何やら俺の瞳は見えていないようだ。如何いう事かというと瞳を閉じた瞬間暗闇にならなければならないのに瞼をすかして辺りを見る事が出来たからだ。おそらくこれは推測だが目が見ない代わりに他のなんらかの力で周りを認識して目で見たかのように脳?(今の俺に有るかは不明だが) で処理しているのだろう。更に何故だか知らないが年が若返っている。小学生、いや未就学児位の年齢か。
三つ目はまだ完全ではないが少しだけ使ってみた。勿論いきなりクトゥルフやニャルラトテップなどは使っていない。ショゴスのように体を自由自在に変形させる事が出来た。正直言ってかなりショックだ。俺の体があんなに気持ち悪い動きをして変形するとこなんて見たくはなかったぞ。san値チェックは絶対入っただろう、あれ。それくらい冒涜的で名状しがたい動きだったぞ。
とにかくここで今必要な情報は一つ目だ。二つ目と三つ目に関しては後々でも考えられるが一つ目はアザトースが言っていた内容に直結する可能性が高い。この土地について調べてみるべきだろう。
そしてさらにそこから二つ目の問題が表に出てくる。この目じゃ絶対に表へ出られん。小説の世界じゃないんだ。出た瞬間悲鳴をあげられて病院へ直結だ。この場所は邪神が用意したところから考えて役所やらなんやらは問題ないだろう。だけどさすがに外にいるすべての人間には手を出していないだろうから救急車を呼ばれることだって考えられる。
三つ目に分かった力を使って如何にかできないかやってみたが如何しても瞳の色は変えられなかった。
「最初はとにかくこの瞳の色を如何にかする手段を探すことだな。それから次はこの土地の情報収集。それで分かる事と、分からない事からさらに推測を深められるだろう」
そう判断した俺はまたあの地下室へと戻り図書館の部屋を開ける。書の中から何らかの方法を探すためだ。そうして先ほどの流し読みとは違い丹念に調べた結果今の俺はどうやら神となってしまっているようだ。それも善神ではなく外なる神。つまり、アザトース達と同類に。アザトースから生み直された結果どうやらこうなってしまったようだ。だからこそ一つの考えが俺に浮かんだ。そのために必要な道具はここにいくらでもある。地下室の一室にあった金属を削り、ある形を作り出す。それはエルダーサイン。旧神の印とも呼ばれるシンボルだ。中心に燃える炎を持った五芒星とも呼ばれる形で旧支配者たちのしもべやクトゥルフに対する武器となるものだ。もしかしたらと思ったのだが皮膚の焦げる音ともに体の中から闇がにじり出てきてエルダーサインから離れようとする。それと同時に黒かった瞳が白く、普通の瞳になる。どうやらこれで明日から探索できるな。エルダーサインをペンダントの様にして常に首にかけるようにしよう。一々外す度に皮膚が焼けるのはキツイものがある。例えダメージを受けなかったとしてもだ。
「完璧に人間踏み外しているな」
思わずため息とともに涙をこぼす。当り前の話だが俺はこの事に一切の了承はない。納得してないし今でも嘘であってほしい。けれどアザトースが言っていることは本当なのだろう。彼らは嘘をつく必要はない。象が蟻の感情など理解できるはずがない。矮小な人間では宇宙より巨大な存在でもあるアザトースに影響などあたえられないという事だ。俺が騒いでもあの時アザトースが言っていた通りに遊び道具にされて魂が発狂していくだけだったろう。ならば納得していなかったとしても生まれ変わり、違う種族になったとしても今の方がましだ。
覚悟を決めてこの世界で生きる事にしよう。そう考えて俺は眠りにつくことにした。まだ外は明るいが少し、いやかなり心労が溜まっている。それを少しでも改善したい。俺は部屋の一室にあったベッドに倒れこみながら眠りについた。
ああ、何処からか不思議な音が聞こえる。まるで引き込まれるかのような、吸い込まれるかのような音が。ああ、頭が痛い。このままではつぶれたザクロのように頭が破裂しそうだ。それと同時に吐き気もしてきた。けど、何故かそれが如何仕様もなく落ち着いた。
san値チェック
主人公 1/1D6
チェック 0%(実質28%) 32 失敗
san値減少 0-1=-1
状態 邪神の狂気
主人公にsan値(正気度)なんて無かったんだ。アザトースを見た時から。