彼が最後に言った言葉が嫌な予感を伝える。私は慌てて、先ほどまで闇の書の防衛プログラムが存在していた付近をサーチさせる。
嘘! 何この結果!? ロストロギア、いや、それ以上のエネルギー反応!!? 闇の書どころか、ジュエルシードを併せたところでこれほどのエネルギーは生まれない!
「嘘、ウソ嘘うそ!」
何で!? もう終わりじゃないの! これですべてが丸く収まったというのに!
私はアースラの望遠機能を使って、闇の書が存在していた場所を見た。そして、
永遠に広がる深淵の宇宙。周りは星々の光を除いて、全てが暗闇の中に広がる巨大な黒い翼。あたりを見回す、赤い三つの瞳。それらが闇にまぎれて存在するのを。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
何処からか、悲鳴が聞こえる。信じたくないものを突き付けられたような、絶望しか込められていない悲鳴が。聞きなれた声でいつまでも響いている。この声は誰が発しているのだろうか?
ああ、そうか。これは誰が発しているんじゃない。
ク、ロノ君。逃、……げて。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ブリッジにエイミィの悲鳴が響き、私は顔を上げる。
あたりのクルーたちも、その悲鳴に何が起きたのかとエイミィの方を見ている。
「っ! 誰かエイミィを支えなさい!」
私の言葉と同時にエイミィはぐらりと傾いていく。
近くにいた他のクルーが彼女を支えたから、頭から崩れ落ちることは無かった。けど、ならエイミィは悲鳴を上げたの? しかも、気絶するなんて?
「エイミィが何をしていたのか調べなさい!」
私の声とともに、エイミィが見ていた何かを他のクルーが調べていく。
いや、まだ何が起きるかわからない。
「クロノ、聞こえる!?」
「艦長?」
艦長から急に念話で連絡が届いた。しかしその内容が余りにも急すぎた。
「エイミィが!?」
『そう。一体何を見たのかは分からないわ。けれど、何かが起きている。警戒をなのはさんたちに促して、アースラに!』
「はい、わかりました。すぐになのはたちをアースラに」
艦長から受けた念話の内容に嫌な感覚を受けた僕は、すぐさまこの場にいる全員に警戒を促して、アースラへの転移魔法の準備を始める。
「良いか、何が起きるかは分からない。すぐにアースラへ避難するぞ」
僕が言った内容に、他のみんなも納得したのか険しい顔つきで転移魔法を発動していく。これまであった出来事から考えて、一体何が起きるかは分からない。
だが、
「え?」
「な、何だ? 転移魔法が発動しない?」
僕も含めて、ほかの全員の転移魔法が発動しなかった。
「っつ! 全員、あたりを警戒してくれ! 何かが起きている!」
まるで守護騎士たちが張っていた結界のような感覚だ。転移しようとするとエラーを起こして転移できない。
この状態の原因を探して、速攻で解決しなければならない。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』
「「「「「「!!!???」」」」」」
そうして辺りを警戒していたら響いてきた声は、僕たちが知っている声。だが、何故此処で聞こえる!?
「九頭竜君……!」
なのはの向いている方を見て、僕は絶句した。
ボトボトと中身をこぼしながら、彼はそこに立っていた。黒い腕は既に体に取り込んでいるのか、体全体が黒く染まり切っている。そして、そんな彼が虚空のある一点を睨み続けている。
以前の理性のない、化け物としか言いようが無かった彼とは違い、まるで理性があり、歴戦の戦士かのように立ち尽くしている。その姿は禍々しくもありながら、如何仕様もないほどに神々しかった。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
咆哮とともに彼は腕を振るう。何もない空間を薙ぎ払うはずの一撃は、ある一点で縫い付けられたかのように動いていない。
「ば、かな?」
有り得ない。彼の腕の破壊力は目算だけでも、SSSクラスを簡単に越えられるだろうという推測結果がある。そこから考えて、あの腕を止められる者はこの世界に存在しない。そのはずなのに、彼の腕は何も無い空中で止められている。いや、違う。あそこには何かがある。僕たちが知覚できない何かが。
『……』
「くふっははははっはははは!
面白い。此処まで面白い状況になったことは少ないぞ?」
っつ!!!? 何だこの声は! 聞いているだけで、心が悲鳴を上げる。少しでも早く忘れなければ自分が死ぬ。そういう感覚が沸き立ってくる。
「アレを閉じた愚か者がいるようだから私は出てきたが、さらなる愚か者が此処に居たとはな!」
空間が歪む。いや、違う。歪んだんじゃない。そこに居た何かが這い出てきただけだ。
分からない。目の前で繰り広がれている何かが分からない。だけど、心が先に理解してしまう。此処に居る。それだけで死ぬと。
「あっ、がぁ!?」
視界がチカチカと輝いて、初めて気が付いた。僕が今、呼吸をしていなかったという事に。
目の前の恐怖に、僕自身が反応できなかった。訳の分からない恐怖。それから逃げるためだけに、死を選ぼうとしていたのか?
「う、そやろう? 如何いう事や? だって、あれは創作された物語や」
闇の書の主がぽつりと呟く。あれが、あの恐ろしい何かを知っているのか!? あの闇夜で輝く恐ろしい三つの瞳を! 禍々しく曲がった鉤爪を! 歪に広がる巨大な翼を! それらを持つあの怪物の正体が!
「ほう! 私を知るか。愚かな人間にしては博識であるというべきか? それともその程度の事も理解できない愚図だといった方が良いか?」
その鉤爪で彼の不気味な腕を止めながら、異形は嗤う。全てが馬鹿馬鹿しく、愚かであると突き付けるかのように。
「くははは! お前たちの救い。それら全て無駄になる。何せ、自分たちで選択してしまったのだからな、お前たちは!」
「……なっ、なに、何を、選択し、たと?」
たった一人、なのはだけが目の前の異形が言った内容を尋ねた。僕たちすべてが動くこともできず、言葉を聞くだけで苦痛となっている今の状況で。
「簡単なことだ」
そういって嘲笑いながら話を進めていく。
「お前たちがしたのは、箱を閉じる事だ」
「箱なんて、なかった! そんなものなんて!」
「有っただろう?
ああ、そうだ、確かに目の前の存在は闇と言っても変わらない。いや、違う。闇では生ぬるい。闇の書の闇がこの存在を閉じ込める箱と言われても納得できる。
唯、目の前の化け物の気まぐれで僕たちは死んでいないだけ。嘲笑われながら、面白いという理由だけで生かされている。
「ありえへん! 闇の書は本や! 箱じゃない!!」
「お前たちにはな。だが、違う世界ではあれもまた一つの箱だ。それをお前たちは
違う、違う違う……。
唯、それだけしか話さなくなった闇の書の主を、嗤いながら見続けている。
「ほら、如何した? 私が何か答えないのか? では私もそろそろする事が有るから、行動させてもらうとするか」
拙い! アレが動き出せば何が起きるかは分からない!
『ガァアアア! ギィヤアアアアアアアアアアアア!!』
だが、それを阻害するかのように凄まじい咆哮と、衝撃がアレを襲う。
「これは……九頭竜君!?」
振るわれたもう片方の腕。ただそれも簡単に片手で。いや違う。指一本で止められてしまった! あの一撃を。受け止めることは不可能であり、喰らうこと自体が死ぬ一撃を。
「ふむ。邪魔だな」
あっさりと、あっさりと僕たちの目の前で棒状の何かが落ちていく。まるで、目の前にいる小石を蹴っ飛ばすかのように、気だるそうに、彼の腕は握りつぶされた。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!????!』
悲鳴に似た何かの声。それが辺りを震わせ、消え去った。
「お前のような中途半端な存在はこれからの祭りに邪魔だ。そこで眠っていろ」
切り裂かれて、体が縦に真っ二つに斬り別れていく。一斉に黒い血液が、内臓が、ありとあらゆるものが零れ落ちていく。
「嫌あああああああああああああああ!!!!!」
聞こえるのはなのはの悲鳴だけ。
僕たちは思考する事すら放棄した。あれだけ僕たちを苦しめていた彼を、弱っていたとはいえ、ああも簡単に殺せる存在がいるはずがない。そう思考を納得させようとした。理性を優先しようとした。自分を守るために。壊れないために。
ごとり、と地面に硬い何かとべしゃり、という柔らかい何かが叩きつけられた音がする。全員が動けない中を、なのはだけが彼目掛けて飛んでいく。殺された彼を救おうと。
「ああ、あああ!」
「……早くしてくれないか? 私も暇ではあるし、愚かな人間のする馬鹿馬鹿しい行為というのにはなかなか嗤わせてもらっている。しかし、いつまでも待つほどの価値はない。お前が答えないというのなら私は唯すべてを終わらせるだけだぞ?」
何を、何を彼女は知っている? 目の前の異常な存在を知っているのか?
「ああ、ああああああ!」
ぶんぶんと頭を抱えて、彼女は答えられそうにない。
『答えてくれ、主。貴方は仰ったではないか。私と一緒に戦おうと。今度は私が一緒に戦う。私を狂わせた全ての元凶である存在と』
「リイン。それでも、それでも!」
『認めてください。私たちがいるのと同様に、かの生物は実在すると。そして彼らと戦わなければ、私たちに待っているのは約束された死です」
「……分かった、リイン。私は戦う。そうやね、私がいった事や。私が守らなくて誰が守るんや」
「答えるか? さて、私の名前を言ってみろ。
……そうだな、一つ景品でもやるか。私の名前を当てたら、私がこれからしようとしていることを一つだけ教えてやる」
何かをさせてはいけないのに、目の前のアレは何かをするつもりだ。
僕たちに出来る事なんてない。けれども、知らなくては何もできない。
「アンタは、闇をさまようもの。そして、月に吠えるもの。
燃える三眼であり、ユゴスに奇異なる喜びをもたらすもの。
大いなる使者であり、顔のない黒いスフィンクス。
無貌なる神であり、暗黒神、嘲笑する神性。
そして最も知られている名は、這い寄る混沌」
何を言っている、彼女は。神? 確かに目の前の存在はそういうにふさわしい力を持つ。だが、神などはいない。居てはならない。だって、そんな存在が居たら脆弱な人間なんて、居てもいなくても結果は変わらなくなってしまうのだから。
「這い寄る混沌、ナイアーラトテプ」
「正解だ」
嗤いながら、言う。
san値チェック
全ての知的生命体 1D10/1D100
状態 這い寄る混沌
因みに最後の部分、二つはわざとです。
嗤いながら、言うはああいう形で書いたのと、san値チェックもあの場にいた全ての人間と、アースラクルーは全員san値チェックをしたので。(というより書ききれないby作者)