第30話
あれから十年がたった。
今ではクリスマスは祝日ではなく、全世界での慰霊の日になった。あの日、あの瞬間、世界の人口は五分の一まで減った。これはこの世界ではなく、全次元世界での統計だ。地球での人口は、三分の一が亡くなって三分の二が生存した。
彼の力は時空間を無視してしまう。だから彼が力をふるうという事は、全ての世界が巻き込まれるという事。私は地球を守るために、他の世界を巻き込んだ。
私はあれから、魔導師を止めた。いや、正しくはしたくてもできないのだが。あの時邪神とつながっていたことで、リンカーコアが変異して、魔力を喪失してしまった。私が奉げた大切なもの。今では念話も出来やしない。
今では翠屋の二代目店長、そしてただの高町なのはとして生活している。
カラン、とドアに取りつけておいた鈴が鳴る。それはあの時私が得た知識の一部で作った魔除けの鈴。だからだろう。彼女が顔をしかめたのは。彼女の習得している技術は魔の技術。だからこの鈴の音色は不快に感じるのだろう。
「お久しぶりね、なのはさん」
「……リンディさん」
長い間合わなかった彼女がこの店を訪れるとは思わなかった。
あの戦いの後、次元世界とこの世界のつながりは遮断された。当り前だろう。誰だって、あれだけの被害を巻き起こした世界と関わりたくはないだろう。だから、次元世界はこの世界とのつながりを遮断した。無駄な事だというのに。あれはこの世界だから起きたのではなく、偶々状条件が合致したからこの世界で起きたもの。世界が違えば助かるなんてことは起きない。
「少しお時間宜しいかしら?」
「ええ、大丈夫です。開店までまだ時間はありますから」
私はそう彼女に告げて、店の中へと案内する。
彼女にお茶とお茶菓子を用意してから、私も席に着く。
「本当に久しぶりね、なのはさん」
「ええ。もう十年になりますね」
あの時、彼によってニャルラトトテプは倒され、世界は救われた。けど、その余波は人にとって余りにも大きすぎた。多くの人間は発狂して自殺したり、事件を巻き起こした。発狂しなくても多くの人は精神に深い傷が出来てしまった。それは次元世界でも同じだったようで、管理局に務めていたリンディさん達は、すぐさま次元世界に帰らなければならなくなった。その後、今日まで一切の連絡が無かった。正直、忘れられていたと思っていた。
「最初に言うわね、なのはさん」
「何をでしょうか?」
リンディさんが私に、何か伝える事が有ったのだろうか? そう思いながら、私は彼女の話に耳を傾ける。
「ごめんなさい。貴方に辛い役割を押し付けて、逃げ出してしまい」
「……」
「貴方が恋をした人を、私たちは殺させてしまった。仕方が無い事なのかもしれないけど、貴方が負った傷はつらいはずよ。けど私たちは逃げた。あの恐怖から逃げて、この世界を見捨てた。切り捨てた。世界を守るためにとうそぶき、繋がりを私たちが切った」
「仕方がないですよ。あの時はそれを行うのが当然でした。邪神の恐怖に勝てる人間はいないです」
「そう言われると助かるわ。でも、それでも私達は貴方達に大きな負い目がある」
そう言われても、私は気にしていない。いや、確かに彼については今でもつらい。だけど、それは私の選択でしかない。それに、リンディさんだって辛かったはず。
「それを言ったらリンディさんたちもそうでしょう? 私が召喚した邪神の力で、アースラクルーに……」
「ええ、そうね。クロノは死んだ。死んでしまった。正直最初は世界を憎んだし、貴方も憎みかけたわ。でもね、私は多くの事を間違いすぎた。そんな人間が他の人を憎む資格はないわ」
そう言って彼女は弱弱しい笑みを浮かべて、紅茶をすすった。
「あれから十年ね。いろんなことが変わるのには十分すぎる時間が経ったわ」
「それは、如何いう?」
「そうね。次元世界で、管理局というものがなくなったわ」
「え!」
あれほど大きな組織が? 一体なぜ?
「簡単な事よ。あの時の事で高官たちがバッタバッタと倒れて、隠されていた事実が明らかになったのよ。汚職、賄賂、癒着、犯罪者との違法取引。そして一番最悪なのが、最高評議会ね。それらが一気に解放された結果、次元世界の市民は管理局を信じなくなり、新しい組織を作り上げた。その組織は今までの管理局の問題を無くすために、様々なアプローチをしたから昔と違ってかなりクリーンになったわ。それに、魔法はもうほとんど使われなくなったから、管理局は遅かれ早かれ壊滅していたわ。まあ、一つ良いことと言うのなら、多くの犯罪者が捕まったという事ね。その中にはかなりの大物もいたし。ジェイル・スカリエッティとか」
そう言うリンディさんはどこか寂しそうに、けどしっかりと現実を見ていた。
「さて、そろそろ帰らなくっちゃ。無理してこの世界に来たんだから、すぐに帰らないといろいろ面倒になっちゃうし」
「そうですか」
彼女はイスから立ち上がり、そして気が付いた。
「あら?」
それはびっくりと肩を震わせて、物陰に隠れてしまった。
「いらっしゃい」
「う、うん」
あの時、私には一人の家族が出来た。お母さんも、お父さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも失った私だけど、たった一人の新しい家族が。
「そう。初めまして、クトゥ、いえ、高町救人君?」
「え? 何で僕の名前を?」
「秘密よ。ふふふ」
私の近くで、足に隠れながらリンディさんを見ている私の息子を見て、彼女は私に最後の言葉を話した。
「家族は大切にしないといけないわよ? 子供は染められやすいんだから」
「ええ。この子は彼の落とし子。彼の願いである、人を守りたいという気持ちの結晶。邪神となって切り捨てられてしまった願い。大切にしない訳が無いです」
「そう。それなら良いわ。貴方ならきっと良い子に育てられるわ。それじゃ、今度こそさようなら」
「はい」
「バイバイ、お姉さん」
「あら、うれしいわね」
そう言ってリンディさんは翠屋を出て行った。私はこの子と一緒にそれを見送った。
「お母さん、あの人は?」
「お母さんの古い知り合いよ」
そう。もう数少ない古い知り合い。七式君に御崎君は死んでしまい、フェイトちゃんは精神病院にいるだろう。はやてちゃんはヴォルケンリッター達を失って、それでもリインフォースさんと一緒に歯を食いしばって生きている。すずかちゃんにアリサちゃんは家の家業を継いで、疎遠になっちゃった。
あの時、私は闇を覗きすぎた。いや、魔に近づきすぎたんだろう。だから私はできるだけ古い知り合いとは合わないようにしている。私が近づいたら、彼女たちに悪影響が出るかもしれないから。
「さあ、早く学校へ行ってらっしゃい」
「うん」
走っていく私の子を見ながら、お店の中、つまり従業員の休憩室へと向かう。そこにあったのは一つの像。
私の日課であり、あの時からかかさず行っていた儀式。
「――いあ! いあ! アザトース!」
san値チェック
高町なのは
san値 0
状態 救われなかった少女の未来
なのは狂信者エンドです。十年間の間に、最後のsan値も無くなってしまいました。
短い間でしたが、この作品を楽しんでいただけたでしょうか? 楽しんでいただけたのなら、幸いです。
それでは、残りは設定に近い何かと、あとがきを残すだけ。それではまた会いましょう。