幻獣と少年
ルイズは不満気であった。
現在トリステイン魔法学院では、土くれのフーケを捕らえたルイズ、キュルケ、タバサの三人を主役とした舞踏会が行われていた。
自分が舞踏会の主役になれることは嬉しい事なのだが…それに対する周りの反応が気に食わなかったのだ。
今のルイズは凄く美しい…いや、もともと綺麗に整った顔立ちをしていたが、周りの人間があまり気づいていなかったのだ。
桃色の髪をバレッタにまとめ、胸元の開いた白いパーティドレスを着込んだルイズは、いつもよりも一層美しさと気高さが増していた。
そんな華麗で高貴な姿と…土くれのフーケの巨大ゴーレム撃破という、討伐任務に大きく貢献したことが相まって、ルイズへの注目度が高くなって初めて周りの者達はルイズの魅力に気がついたのだ。
ルイズの美貌に魅了された男達が、次々とダンスの申し込みをした。
今までまったくのノーマークだったルイズが、沢山の好奇の眼差しを受けている。
しかしルイズが気に食わないのはこの事である。
今自分の周りに集まっている者のほとんどが、今まで散々ゼロだゼロだと馬鹿にしてきた者達だ。
もう馬鹿にされて悔しい思いをしたくない…その思いでフーケ討伐任務に自ら立候補したのだ、その目論見は見事達成したと言えるだろう。
しかしやっぱり…この手のひら返した様な反応は、ルイズにとって気持ちのいいものではなかった。
辺りを見回すと、綺麗なドレスに身を包んだキュルケがたくさんの男達に囲まれて、楽しそうにダンスを踊っているのが見える。
料理の並ぶテーブルには、可愛らしいドレスを着たタバサが、あんな小柄のどこに入るのかというほどの料理を平らげている。
その正面にはミラがいた、ミラは10人前以上はありそうな肉にかぶりついている。
普通は食べたい大きさに、自分でナイフで切り分けて食べるものなのだが、ミラは下品にもそのまま手で掴んで食べている。
その食事風景からはテーブルマナーのテの字も感じられないが、誰もそれを注意しようとする者など存在しない。
いや、注意などできないといった方が正しいだろう、わざわざミラのいるテーブルを避けて移動するほどだ、不快には思っているが、誰もそれを直接言う勇気など無いのだ。
なので、今現在料理の置かれたテーブルの一つが、ミラに占領されている状況にある。
近くにいるのはタバサだけだ、人付き合いを好まない彼女にとって、勝手に人が避けていくミラの近くは、落ち着いて食事ができるため居心地がいいのだろう。進みに進む食事ペースがそれを物語っている。
「・・・・・」
ミラとタバサの視線が会った。
瞬間、双方の動作が時間でも止まったかのように停止し、バチバチと双方の視線の間で火花が散る。
次の瞬間、二人はいっせいに食べるペースを上げた。
謎のアイコンタクトによって、二人の間で大食い勝負が始まったのだ。
「あんたねぇ…もうちょっと上品に食べられないわけ?」
大食い勝負が始まったことによって、更に酷くなったミラの食べ方に見かねたルイズが、主人としてマナーの注意をした。
「固いこと言うなよ我が主ルイズよ。
今はパーティだぞ?少しくらい羽目を外しても構わないだろう…いつも人間の決まりごとに縛られているのだからな」
物悲しげな表情でルイズに訴えるミラ。
とは言っても、本当に最低限のものしか守ってはいないのだが…
「それよりそっちはどうなんだ?
私に構ってそんな所に突っ立ってないで、自分も羽目を外して楽しんだらいいだろうに…
周りの者達を見てみろ、男女で組んで何やら踊っているぞ」
ミラが瓶のコルクを口で抜き取り、瓶のまま酒をガブガブと飲みながら、辺りの者達を顎で指してそう言った。
「…私に釣り合う男がいないのよ」
「…そうか、可哀想に…相手がいないんだな」
「違うわよ‼︎」
哀れみの目を向けてくるミラに対し、ルイズが大声で怒鳴った。
「だったら私が相手をしてやろう」
「はぁ…⁉︎あんたが?
だいたいあんたドラゴンじゃない」
「確かに私は龍だ、だがこうして人の姿に化ければ、人間と同じ手足を持てる…問題ないだろう?
…むしろ喜ぶべきだ、龍と共に踊った者などそうそういまい」
「……というかあんた、酔ってない?」
さっきワインをがぶ飲みしたからか、顔を真っ赤にして迫るミラに、ルイズが眉をひそめながら言った。
「酔う…?何を言っている?私が飲んだのはぶどうジュースだ。
…まぁ、確かに少しばかり気分がいいが」
「いや、思いっきりワインって書いてあるし」
ルイズはそう言うが、字が読めないミラにとって、文字などというのは全く効果の無い代物だ。
おそらくぶどうの匂いがしたのでぶどうジュースだと、勝手にそう認識したのだろう。
「そんな事はこの際どうだっていいんだ、手足も自由に動かせるしな。
…それとも、周りの者達と同様に、こう言った方がいいのかね?」
そう言って、ミラは丁寧な姿勢で一礼し、ルイズに向け、まるで献上するかのようにゆっくりと手を差し伸べた。
「私と一曲、踊って頂けませんか?お嬢様」
にっこりと、優しく笑みを浮かべるミラ。
その姿からは、先ほどまで下品に料理を食い散らかしていた大男と同一人物(人ではないが)だとはとても思えない。
これも、ミラボレアスから“始まりの龍”と呼ばれる、あの存在のお陰なのだろう。
正直、使い魔と…しかも人間ならともかくドラゴンと踊るのには少し抵抗があったが…ここまでやっているのだ、初めてミラが人間時の姿を見せた、あの時の夜を思い出させる紳士的な態度で…ならば主人として、その好意は受け止めてやらないといけない…と、ルイズはそう思った。
「そこまで言うのなら、いいわ…
………喜んで」
そう言って、ルイズは差し出された手を軽く握った。
「だけどあんた、ダンスなんて踊れるの?」
「さぁ…」
「さぁ⁉︎」
「大丈夫さ、周りを見たらわかる。
こうやって、音楽に合わせて体を動かせばいいんだろう?」
「え⁉︎ちょ…きゃっーー」
その後、ルイズはめちゃくちゃに振り回された挙句…
周りの者達の目を奪うほど、美しく宙を舞った。
そして、酔っ払ったミラが途中離脱したため、大食い勝負はタバサの勝利となった。
ーーーーーーーー
空に浮かぶ国アルビオン。
その深い森の中に、まるで隠れるように小さな村があった。
まだ薄暗い早朝だが、村にはコーンコーンという、何かを打ち付けるような音が響き渡っている。
音の正体は、錆びた剣を背負った黒髪の少年だった、日課なのだろうか…少年は慣れた手つきで斧で薪を割っている。
「今日はこれくらいでいいかな…」
少年はふぅとひと息つき、額の汗を拭って、刃のついたほうを地面に付けた。
「朝っぱらから精が出るな、相棒」
少年の周りには誰もいないが、はっきりと別の誰かの声が聞こえてくる。
どうやら少年が背負っている剣はインテリジェンスソードと呼ばれる、意思を持つ魔剣だったらしい、インテリジェンスソードは刃元の金具をカタカタと鳴らしながら気さくに話しかけた。
「世話になってるからな…それに鍛える事もできる、だから率先してやっておかないと」
「そりゃ立派なもんだ」
早朝の仕事終わりにのんびりと話をする2人…いや、1人と1本。
透き通るような青い空、心地よい風、今日も平和な1日が始まろうとしていた。
「ここにいたか」
が、しかし…平和は一つの凶報によって崩れ落ちた。
林から聞こえてきた人の声、その声からただならぬ予感を感じ取った少年は、少し眉を寄せてその方向に振り返った。
「どうした?リン」
少年の目の前には、キリリとした顔立ちのハンサムな青年が立っていた。
名前はリンというらしい、慌てて走ってきたのか、銀色の髪を乱し若干息を荒らげている。
「今朝の朝刊だ、早朝から街の方に行っていたんだが…まぁ、とにかく読んでみろ」
リンと呼ばれた青年が、街に貼り出されていた記事を一枚、少年に手渡した。
「なんて書いてあるんだ?」
字が読めないのか、自分が背負うインテリジェンスソードに記事の内容を問う少年。
インテリジェンスソードは、目がないのにどうやって文面を読み取っているのかは謎だが、質問通り記事の内容を少年に翻訳した。
「トリステイン魔法学院の生徒が、土くれのフーケの逮捕に尽力したって書いてあるな」
「土くれのフーケの逮捕…⁉︎
フーケって…まさかマチルダさんが⁉︎」
「そのまさかだ、投獄されたのはチェルノボーグの監獄…
他にも色々書いてあんな…こんだけ詳細な情報が載ってるってこたぁ、ガセって訳でもなさそうだ」
「嘘だろ…」
黒髪の少年は言葉を失った、土くれのフーケ…もといマチルダはこの国に迷い込んだ自分、色々と事情はあれど分け隔て無く接してくれた恩人だ。
その恩人が監獄に送られたというのだ、気が気ではない。
「このままだとどうなる?どんな処罰が下されることになるんだ?」
リンと呼ばれた青年がインテリジェンスソードに、マチルダの処遇についてを尋ねた。
「そりゃおめぇ…やっこさんは貴族から盗みを働いてんだ、大勢の貴族に恨まれてる。
極刑…恐らく絞首刑か…なんにせよ、身の保証はできねぇだろうな」
「そうか…」
リンが静かに言った。
一見冷静そのものに見えるが、僅かに表情が険しくなっているのがわかる。
「…で、どうする?」
リンが黒髪の少年に視線を送った。
「決まってんだろ!マチルダさんを救い出す!」
自分の恩人である、マチルダを見捨てるわけにはいかない…黒髪の少年がリンの目をまっすぐ見ながら、威勢良く言い放った。
「そうか…なら私も手伝おう、一応…あいつは私の主人だからな」
リンが首筋に浮かぶ、使い魔のルーンを親指で指しながら言った。
「刑が執行されるのって、いつくらいだ?」
「それはわからねぇが、裁判は一週間後って書いてあるな」
「十分だ、わたしの足ならば間に合う」
黒髪の少年とインテリジェンスソードの話を聞いていたリンがそう言った。
「そうと決まれば早く行こう、マチルダさんだって不安なはずだ。
助けるなら早い方がいい」
「ティファニアには?黙って行く気じゃないだろうな?」
リンが黒髪の少年を睨みつける。
「もちろんテファには俺から言っておくよ。
…ただし、あくまで俺達がしばらくここを開けるってことだけだ」
「…ならいい」
ティファニアはマチルダの妹の様な存在だ、身内と言ってもいい。
そんな関係だからこそ、彼女にもマチルダの身に何が起きたかを伝える必要があるかもしれない…が、心配をかけたくないため、二人はこの事を話さないと決めた。
十数分後…二人と一本は村の外れに立っていた。
「準備はできたな?」
リンが黒髪の少年に問いかける、同時に誰もいない事を確認するため、辺りに警戒を向けていた。
「あぁ、できてる」
少年が威勢良く答えた。
その目は戦前の武人の様に、まっすぐ前を向いて煌めいている。
背中に背負うインテリジェンスソードは、無言のまま刃元の金具をカタカタ鳴らしている。
「よし…なら行くぞ」
リンが一歩足を前に出す。
その瞬間、眩い光がリンの体を包み込んだ。
光が治った瞬間現れたのは、一匹の…一角獣のような馬であった。
白い光と白い鬣…美しすぎるその姿は、正に“幻獣”である。
黒髪の少年は、幻獣のその美しい毛に触れながら、白光を放つ背に乗り込んだ。
『振り落とされるなよ、サイト』
「そっちこそ、遅れるなよ」
サイトと呼ばれた少年は、白い毛を強く握って笑みを浮かべた。
『フッ…』
サイトの皮肉めいた言葉に対し、幻獣は短く笑って大地を踏みしめた。
やがて幻獣の体は白い線へと変わってゆき…
黒髪の少年“サイト”と白き幻獣“キリン”は、雷の如く駆けだした。
14話目(番外編を抜けば13話目)にしてようやく、この物語の二番目の主人公にして、原作主人公のサイトの登場です。
いや長かった。
しかしここで自分の文章力の無ささに恨みます、最後の方もうちょっとカッコよくできただろうに…
どこをどうすれば良かったか、よろしければ意見を頂きたいです。