ゼロの黒龍   作:無想転生

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2ヶ月も経ってしまいました。

申し訳ありません。






挑むは伝説、新米ハンターの戦い

土くれのフーケ…もといマチルダは困惑していた。

 

もはや自分の家族とも言える存在が、自分を探しに来ていたからだ。

 

「どうしてあんた達がここに?」

自分を探してやってきた二人…サイトとリンに、フーケが苦い顔で自分を探しにきた理由を尋ねた。

 

「マチルダさんが牢獄にいれられた、なんて話を聞いたら、じっとなんてしてられる訳ないだろ?」

 

「右に同じだ、お前の救出の為にわざわざ出向いてきた。

私は一応お前の使い魔だからな、黙って見殺しにする訳にもいかない」

 

「・・・・・」

フーケは一層暗い顔で黙り込んだ。

気持ちはもちろん嬉しい。嬉しいのだが…

 

正直今の自分を見られたくはなかったし、知られたくなかった。

盗賊稼業の事は彼らも知っている。だが今回することはそれではすまない。今回の件は戦争に直結し、間接的に大勢の人を殺すことになる。

いくらマチルダがアルビオンの王族達を憎んでいようと、それとはまったく関係の無い人間を巻き込むことになるのだ。

 

いくら二人でも……特にサイトは大きく反発するだろう。

 

だが言わなくてはならない、流石にここまできて何の説明もなしとあれば、それこそもっと大きな反発を買うことになる。

 

マチルダは、チェルノボーグで仮面の男と結んだ契約を、全てサイトとリンに話した。

 

「じゃあマチルダさん、あんたはその、レコン・キスタとかいう奴らに協力するのか!?それも戦争の為!」

 

「あぁその通りだよ、だからあんた達はテファ達と一緒に、安全な場所に避難するんだ」

声を荒らげるサイトに対し、マチルダが目もくれずに冷たく言い放った。

 

「そう言われて、はいわかりましたって帰るわけないだろ!こんなんじゃ納得いかない!」

 

「納得できなきゃどうするのさ、これは私が決めたことだ。

これが今まで私が生きてきた道さ、後から来たあんたなんかに、指図されるいわれはないよ!」

 

睨みつけるような鋭い目でサイトを睨み、マチルダはピシャリと言い放った。

 

彼女は本気だ。サイトは言葉に詰まってしまった。

確かに自分は、この世界に召喚されてからまだ半年しか経っていない新参者だ。マチルダの泥棒稼業の事を知ったのもつい最近だし、彼女はサイトが来るずっと以前から闇の中で生きてきた。あれこれ口を出すのは間違っているのかもしれない。

 

彼女には彼女の生き方があり、また、そうしなければならない理由があった。

サイトもそれは理解しているつもりだ。

 

ただ…理解しているつもりでも、たった一つだけ、どうしても放ってはおけない事があった。

 

「じゃあ何で…何でそんなに震えてるんだよ!!」

 

言葉では強気に見せていても、マチルダの体は確かに震えていた。怯えていた。

表情にも出ていない、ほんの僅かな変化だが、サイトにはそれが分かっていた。確かに過ごしてきた時間は短い、しかし家族のように接してくれた。そんな相手の変化を、気づかない筈がなかったのだ。

 

サイトは真っ直ぐフーケの目を見た。

 

「取り敢えず、戦争の件は後回しだ。そんな状態のあんたを放ってはおけない」

 

サイトは力強い目で拳を握り、フーケに向かってこう言い放った。

 

「俺が行く!理由は分からない。何をそんなに恐れているのかも分からない。

だけどあんたは大切な、俺の恩人だ!家族も同然だ!一人じゃ抱えきれないような重りを背負ってるんなら、俺も一緒に背負ってやる!例え拒否したって、無理矢理にでも背負ってやる!」

 

「あんたには関係のない事だって言っただろ!あんたが来るよりずっと前から私はこうやってーー」

 

「なら俺だってそうだ‼︎もう子どもじゃない!マチルダさんと出会う前から、俺はハンターとして戦ってきた!」

 

フーケの言葉を遮り、サイトは更に叫んだ。

 

「確かに俺はまだ新米かもしれない!まだ狩れないモンスターだって多い!

でも俺だって!訓練を終えた一人前のハンターなんだ!戦える!俺だって戦えるんだ!!」

 

いつの間にか…サイトの目には涙が浮かんでいた。

そしていつの間にか…サイトは「頼む」と、フーケの前で頭を下げていた。

 

「だからマチルダさん…!悲しい顔をしないでくれ!俺を頼ってくれ!

俺の勝手な押し付けかもしれない…でも!俺はマチルダさんやテファには、ずっと元気で笑っていて欲しいんだ」

 

マチルダは言葉が出なかった。

気持ちは嬉しい、この上なくだ。そしてできるものなら、サイトのこの申し出を受け、少しでもこの震えから逃れたい。

 

しかしそれは駄目だ。敵はあまりにも強大過ぎる。

サイトの実力では、残念だが死にに行くようなものだろう。

 

フーケは唇を噛み締め、沈黙した。

 

「こいつはこうなると聞かないぞ。どうする?」

 

「そうだぜ、せっかく相棒がここまで言ってんだ。

男にこうまで言わせたら、素直に頼ってやるのがいい女ってもんだぜ」

 

自らの使い魔であるリンと、サイトの持つ、インテリジェンスソードのデルフリンガーの声だ。

 

「そう心配すんな。相棒にゃあ俺達が付いてる。

この伝説の名剣デルフリンガー様に、先住魔法を操る幻獣のキリンがな」

 

デルフリンガーがいつもよりも激しく、金具をカタカタと鳴らしてそう言った。

隣で腕を組むリンもまた、素っ気ない態度を取りながらも、デルフリンガーの言葉に同意するように頷いている。

 

マチルダはサイトとリンとデルフリンガーの三人を、順番に見回した。

とても心強く感じる…先程まで心の中で燻っていた不安が、青々とした大空の様に晴れて行くのを感じる。

 

何故だかこの三人なら、どんなことがあろうと、全て何とかできるような気がしてきた。

 

マチルダは口元に笑みを浮かべながら、サイトに優しく語りかける。

 

「本当に…やってくれるんだね?」

 

「あぁ!もちろんだ!!」

 

サイトが力強く返事を返す。

 

「相手はとんでもなく強い。あんたじゃ死ぬかもしれない。

それでも後悔せず、私の為に引き受けてくれるのかい?」

 

サイトは無言のまま頷いた。

 

「ーーそれじゃあ…頼んだよ」

 

マチルダは最後まで躊躇し、言葉に詰まりながらも…その言葉を言った。サイトの待ち望んでいた言葉をーー

マチルダは黒龍との戦いを、サイト達に託したのだ。

 

(…私は本当に、勝手な女だね)

 

そう自称気味に笑うマチルダの後ろで、サイトは腹をくくるように、拳を硬く握り締めた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

サイトはデルフリンガーを構え、黒龍ミラボレアスの正面に立っていた。

 

前に立つだけでも分かる。相手は強い。マチルダの話していた通り…いや、それ以上だ。

 

殺気と覇気がビリビリと肌に突き刺さる。ハンターであるサイトには、大型のモンスターと相対した経験が何度かあるが、ここまでのものは初めてだ。正直逃げ出したいとも思える。

 

だがそうはいかない。約束したのだ、必ずここでこいつを食い止めると。そう誓ったのだ。

 

それはリンとて同じであった。

リンは敵の正体を知っている。それがどれだけ恐ろしい存在なのかも、サイトよりも深く知っている。

だがサイト1人を残して、自分だけ尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない。

敵は想像を絶する化け物、勝ち目は限りなくゼロに近い。しかし逃げる訳にはいかない。リンは戦う事を選んだ。

 

ミラボレアスが動いた。

爬虫類のような紅い眼球でサイト達を捉え、ジリジリと迫り寄る。

 

そして一瞬、動きがピタリと止まった直後、強烈な脚力で一気にサイトに襲いかかった。

 

黒い剣が、サイトの体を切り裂こうと迫ってくる。

サイトはそれに対し、背中に掛けたデルフリンガーを抜いて応戦した。

 

「ぐっ…!くそっ…!」

 

ギリギリと腕を震わせながらも、デルフリンガーの刀身でミラボレアスの剣を受け止めるサイト。しかし腕ごと体を潰されそうな程の腕力の差に、苦痛の声が漏れ始める。

 

「離れろ!!」

 

すかさずリンの、援護のための雷撃攻撃がミラボレアスを撃ち抜いた。

 

リンの放った強烈な雷撃は、人間体であるミラボレアスの肌に、突き刺さるような鋭い痛みを浸透させる。

 

「今のも魔法か…?ギーシュやフーケとも違う、それでいてキュルケの火の玉よりも強い雷撃だ」

 

ミラボレアスが雷撃で焼け焦げた肌を撫でながら、再び笑みを浮かべた。

 

「…おい相棒、もういっぺんあいつと剣の打ち合いをしてくれねぇか?」

サイトの手に握られているデルフリンガーが言葉を発する。

その声はいつもよりも、真剣な声であった。

 

「剣の打ち合い…?そりゃあいつがあのまま剣で戦うつもりなんだったらそうなるだろうけど…何でだ?」

 

「いや、少し気になる事があってよ。あいつはもしかしたら、俺の探してた使い手かもしれねぇ」

 

デルフリンガーの言葉に驚き、サイトは自分の手元を見下ろした。

しかしゆっくりと話している時間はなさそうだ。

 

ミラボレアスが再び、サイトを目掛けて突っ込んできた。

 

今度は切りつけるような剣の形状ではない、突き刺すような槍の形状をしている。

 

サイトは迫り来る刃を寸前で、横へと跳んだ。

武器を片手に持ちながら地面に手をつき、そのまま前方へと一回転する。

 

地面を転がるサイトの目を、ミラボレアスの紅い瞳が写した。

すぐさまミラボレアスは方向転換し、サイトの方へと槍の先を向け、再び突進攻撃を仕掛けた。

 

それに合わせて、再びサイトも剣を構える。今度は交わすだけではない、ギリギリまで引き寄せ、真横から切りつけるつもりだ。

だが当然リスクはある、避けるのが遅れれば突き飛ばされるだけじゃ済まないだろう。下手をすれば串刺しにされ、そのまま死ぬ…何てことも十分にありえる危険な賭けだ。

 

とは言え、サイトだってハンターなのだ。この程度の危険など、危険の内には入らない。

 

サイトはデルフリンガーの刃先を真横へ傾け、迫り来るミラボレアスに意識を集中させた。

 

しかし、ミラボレアスはサイトの眼前でその足を止める。

リンの雷撃が再びミラボレアスに襲いかかったのだ。

 

刃物をも弾くミラボレアスの硬い皮膚でも、リンの身の内に染み渡るような雷撃をまともに受ければ無事では済まない。

ミラボレアスは片手に持つ盾で、飛んできたリンの雷撃から身を守った。

 

「いいぞ!リン!」

 

ミラボレアスの意識が雷光へと向いた瞬間、サイトは一気に駆け出した。

ミラボレアスの持つ槍をくぐり抜け、デルフリンガーの切っ先を、渾身の力でミラボレアスの懐に突き立てた。

 

「硬い…!」

 

しかしその刃はミラボレアスの硬い皮膚に妨げられ、勢いよく弾かれる。力を込めた分反動も凄まじく、サイトは足を一歩二歩と、思わず後退した。

 

バランスを崩さぬように、足に力を入れて踏ん張るサイトの目線が、ミラボレアスの紅い眼球と重なった。

 

サイトの顔が蒼白に染まる。同時に背中には凍りつくような悪寒が走った。

しかしそれとは対照的に、辺りの温度はみるみると上昇していく。

 

気がつけば、最早熱いだとか、そんなレベルの温度ではなくなっていた。地面に生えた雑草に火が付き、熱気が火傷しそうな程に肌を焼く。

 

「やばい…!」

 

サイトは直感した。次の瞬間に、何が起きるのかをーー

 

爆発的な熱気が放出された次の瞬間、サイトの眼前が赤に染まった。巨大な紅蓮の炎が、サイトの体を包み込んだのだ。

 

身を焼かれるサイトは、炎の熱から逃れようと必死に藻搔いた。

しかし逃れられない。逃げようとするサイトよりも速く、炎は瞬時に燃え広がった。

 

「があああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

苦しみの中、大声で叫び声をあげるサイト。しかし無慈悲にも、炎は弱まることはなく、寧ろ更に勢いを増して燃え続ける。

 

そんな中で…苦痛の叫びの中で、デルフリンガーは声を荒らげて叫んだ。

 

「オレを使え相棒ッ!!」

 

激しく燃え上がる炎ににも負けない程に、デルフリンガーの刀身が眩く輝いた。

その言葉が何を意図しているのかは分からない。サイトは暗闇の中で僅かに光る灯火に頼るように、無我夢中でデルフリンガーを胸の前に突き立てた。

 

熱が引いてきた。デルフリンガーの錆びた刀身が、美しい刃文が描かれた真剣に変わり、炎を吸収していたのだ。

 

やがて、ミラボレアスの炎は全てデルフリンガーに吸い込まれ、一切の後も残さずに完全に消火された。

 

「見たか相棒!これが俺の力だぜ!」

 

「どうだ!」と言わんばかりに、デルフリンガーがいつもより強く金具を打ち鳴らした。

 

「あぁ…!凄ぇよデルフ!お前がいなきゃ今頃やられてた」

 

サイトが力強くそう答えるが、やはりダメージは深刻なようだ。

喉は焼かれ、ただ呼吸するだけで強く痛み…フラつく足を懸命に支えながら、顔を歪めて必死に立っていた。

 

「随分と辛そうだな、立つだけで精一杯なんじゃないか?」

 

ミラボレアスが紅い目でサイトを見下ろす。

 

「うるせぇ…!俺はまだやれる!」

 

「それはそれは、ご立派だな。だがーー」

 

弱味を見せずに、ミラボレアスに対して堂々と睨みつけるサイトであるが、足に鋭い痛みが走ったのか、そのまま崩れるように膝をついた。

 

「体はついていけていないようだな」

 

ミラボレアスが立ち上がる事すら出来ないサイト見下して、その姿を鼻で笑った。

 

サイトは立ち上がろうと、足に力を入れた。

しかし立てない。痛みと脱力感に呑みこまれ、まったく動かすことができないのだ。

 

「クソッ…!」

 

悔しさから、サイトは負傷した自分の足を殴りつけた。

もちろん逆効果だ。骨の芯まで響くようなさらなる痛みが、サイトの足に駆け巡った。

 

「…やれやれ、威勢の割にはもうギブアップか?これなら昨日戦った土くれのフーケの方がまだ楽しめたぞ?」

 

そう言いながら、ミラボレアスは挑発するように、わざとらしく大きな欠伸をした。

 

だがサイトにとっては、そんな欠伸よりも、ミラボレアスの発した「土くれのフーケ」という言葉の方が、よっぽど大きな挑発だと受け取れた。

 

「土くれの…フーケ…マチルダさんか…!」

 

「なんだ知り合いだったのか?なるほど、大方仕返しに来た…と言ったところか?だが勘違いするなよ、私は主人の通う学院から盗みを働いたフーケを捕らえただけだ。人間の社会じゃあ、こちらの方が正当性というものはあるだろう?」

 

「・・・・・」

 

サイトは返す言葉が出なかった。

事実そうだ。悔しいが、ミラボレアスの言葉は的を得ている。

 

自分にとってはどれだけ大切な存在であろうが、盗賊は盗賊。盗みは盗みだ。当然ながら、取り返す側に是がある。

 

そんな事はわかっている。だがそれでも…あの怯えていたマチルダの姿を思い出すと、その歩みを止めることができなかった。

 

「何度も同じ手をくうと思っているのか?」

 

「ぐあっ…!」

 

突如ミラボレアスが横を向き、再びミラボレアスに電撃を放とうとしたリンの足を、ボーガンで射抜いた。

 

足に矢が刺さり、リンの足から血が流れる。傷口に、矢先から滲み出た赤黒い光が流れ込み、魔法で電気を作り出そうとする働きを阻害する。

 

「龍属性の攻撃か…?」

 

リンの不自然な様子を見たサイトがそう言った。

実際にそれを使うモンスターとは戦った事がないが、龍属性には他の属性攻撃を消し去る特徴があるらしい。

 

「妙だな…その手に持つ人間の武器。何処から取り出したのかもそうだが、何故お前がそんな物を扱える?」

 

頭で顔を歪めながらも、リンがそう問いただした。

 

「どうやら私は特別な使い魔であるらしくてな…詳しくは私自身もよく分からんが、その力と私の力がうまい具合に結び合ったのだろう」

 

ミラボレアスがガンダールヴの印を見せつけながら言った。

 

その印に一番素早く反応したのは、サイトの剣、デルフリンガーだ。

 

「その左手…やはりそうか。おめぇが俺の探していた使い手だな?」

 

「ほぉ、これを知っているのか。そして探していたと…だが残念だったな。私は別に剣など欲していないし、こうやって武器を使って戦うのも、私にとってはお遊びに過ぎない事だ」

 

「へっ、残念なもんかよ。おめぇみてぇな武器を雑に扱いそうな化け物、こっちから願い下げだ」

 

「そうかい。だがどうする?電撃を扱うメイジは、足を射抜かれまともに動けない。お前の持ち主は既にボロボロだ。この状況をどうやって切り抜ける気だ?」

 

絶対的に優位に立った今、ミラボレアスはその余裕から笑みを浮かべて敵を見下した。

 

力尽きる寸前に対し、ミラボレアスは五体満足で健在だ。

状況は絶望的…だがサイトには策があった。慢心しきった龍の鼻っ柱に、痛い一撃を食らわせる方法があった。

 

「誰が…ボロボロだって?」

 

サイトは笑った。

そして腰に付けたポーチに手を突っ込み、ガラス瓶を取り出した。

ガラス瓶の中には緑色の液体が入っている。サイトはそのまま、何の躊躇いもなく、ガラス瓶の栓を抜き、緑色の液体を全て飲み干した。

 

するとどうだろうか、先程まで立ち上がれない程にボロボロだったサイトの体が、立ち上がり、走れる程に回復していた。

 

「いくぞリン!!」

 

サイトが合図を送るように、リンに向かって叫び声をあげた。

そして再度ポーチの中に手を入れ、取り出した物をミラボレアスに向けて投げ飛ばした。

 

「何だ…?」

 

ミラボレアスがサイトの投げ飛ばした玉を注視した。

見た所、ただ変わった形をしただけの玉であり、当たったとしても、とても攻撃力があるとは思えない。

食らっても無傷だろう。しかし邪魔なのには違いない。ミラボレアスは飛んできた玉を払いのけようと腕を伸ばした。

 

ーーミラボレアスは気づいていない。既にもう手遅れだという事に。

“見る”という行為そのものが、敵の術中へと嵌る、大きな一歩なのだ。

 

瞬間、サイトの投げた玉は、ミラボレアスの眼前で炸裂した。

 

「目がぁぁぁぁぁっ!!!」

 

景色が真っ白に染まった。

激しい閃光が、ミラボレアスの眼前を中心に、一気に宙を駆け巡ったのだ。

 

正に目も眩む程の光である。直視してしまったミラボレアスの眼球は、一時的にその機能を低下させ、瞳も開かない程の痛みがミラボレアスを襲う。

 

すかさずサイトが、デルフリンガーでミラボレアスに斬りかかった。

しかし、サイトの技術とデルフリンガーの切れ味では、ミラボレアスの硬い表皮を傷つけることは叶わない。

 

切ると言うよりは、殴ると言った方が正しいだろう。そしてサイトのデルフリンガーは、確かに敵の体に切り傷をつける事こそはできなかったが、弾かれた際に、ミラボレアスの体に確かな衝撃を加える事には成功した。

 

「ぐおっ…!?」

 

視力を失い、平衡感覚の一部を損なった為、ミラボレアスの足はフラフラと定まらない、不安定な状態へと変わる。

そこへデルフリンガーの一撃が加わり、ミラボレアスのバランスは完全に崩壊し、ミラボレアスは膝から一気に崩れ落ちた。

 

「こっちだ化け物!」

 

「調子に乗るなッ!!」

 

ミラボレアスが龍の咆哮の様な、おぞまじい叫び声を上げる。

目を潰されて頭に血が上っているのだろう。ミラボレアスは聴覚と嗅覚を頼りに、挑発してその場を走り去る、サイトの後を追いかけた。

 

「こっちだ!」

 

サイトが再び叫んだ。

明らかに何処かへ誘い込んでいる様子だが、逆上して冷静さを失ったミラボレアスはそれに気づかない。

 

ミラボレアスは呼ばれるがままに、サイトに誘導され、罠が設置された場所へと誘い込まれた。

 

サイトはある一定の場所を、大きく輪を描いて避けて走った。その場所は巨大なネットが張られ、土が少し盛り上がっている。

 

しかしミラボレアスはそれに気づかない。

 

「何だ…これは…?」

 

その場所へ足を踏み入れた直後、ここにきてようやくミラボレアスは、自信に降りかかった異変に気がついた。

 

「まさか…私は今、落ちているのか?」

 

突然の浮遊感…足元が崩れていく感覚…そう、ミラボレアスは落下していた。

サイトはミラボレアスと戦う前に、あらかじめこの場所に、大型のモンスターをも沈める巨大な落とし穴を掘っていたのだ。

 

「かかった!」

 

ミラボレアスの落ちていく姿をその目で確認し、サイトは次の行動へと移った。

 

「小細工を…!だが視力は戻った、こんな所…直ぐに脱出してやる」

 

ミラボレアスが穴の中から上を見た。鋭い目つきで上空を…地上を睨みつける。

そして身動きを封じている土や石を払いのけ、強靭な握力で穴の中から這い上がった。

 

「時間稼ぎご苦労だ。だがそれでさようならだな、人間」

 

ミラボレアスの手が地上を掴んだ。

高熱を身に纏っている。再び炎を出すつもりだ。

 

「その前に自分の周りを見回してみるんだな」

 

赤い目が真っ直ぐサイトを睨みつける。

口調こそは冷静だが、怒りはまだ静まっていない。ミラボレアスの目にはサイトしか写っていなかった。

 

そしてそれが、自分を窮地に追い込むことを知らずに…

 

「これは…!人間の…!」

 

巨大な赤いタル…それが、ミラボレアスの側に大量に配置されていた。

 

爆風と轟音が吹き荒れる。

サイト達の目の前は、タルいっぱいに詰まった火薬が爆発し、爆炎と煙に覆われていた。

 

「やったか…?」

 

腕で顔を覆いながら、サイトは爆炎の中を覗き見た。

かなりの威力の爆発だ。大きな岩でも簡単に吹き飛ばせるだろう、それだけの大火力が備わっている。

 

ーーだが、しかし。

 

『死ぬかと思ったぞ、こいつめ』

 

背筋が震える。

声が僅かに低くなってはいるが、確かにあいつだ。

確信できる、あの赤い目が…黒い煙の中で不気味に光っているのだから。

 

『流石に脆い人間の姿では、あの爆発には耐え切れなかった。

こっちに来て初めてだ、死ぬかもしれんところまで追い込まれたのはな』

 

サイトは絶句した。

罠まで周到に用意してまで挑んだ、その挙句の結果がこれだ。

 

(やっぱり俺は…ハンターとしてはまだ…!)

 

ミラボレアスの口の中から火が漏れ出した。

今度こそは確実に、サイトを焼き殺すつもりだ。

 

絶対絶命。

ーー瞬間、ミラボレアスに再び閃光が襲いかかった。

 

駆け抜けるは、一頭の白い幻獣。

キリンがバチバチと、鬣から青白い電気を発しながら、サイトとミラボレアスの間に立ち塞がった。

 

『!!?…なるほど、お前か…随分と人間に化けるのが上手いらしいな、全く気がつかなかったぞ』

 

ミラボレアスが一瞬、驚いたように目を見開きながらも、すぐさま警戒するように目を細め、キリンを睨みつけた。

 

キリンは答えない。堂々とした態度で佇んだまま、小さくサイトにこう促した。

 

『退くぞ』

 

キリンはそのまま、角をサイトの服に引っ掛け、首の力でサイトを持ち上げ、自分の背に乗せて駆け出した。

 

『逃すかッ!!』とばかりに、ミラボレアスが咆哮をあげる。

走り去ろうとするキリンに目掛けて、口から火炎弾を吐き出して追撃した。

 

しかし火炎弾は、空中で火花を散らして弾け飛んだ。

キリンが空中に生み出した雷で、火炎弾と相殺させたのだ。

 

その隙を見計らい、キリンは更にスピードを上げ、その場から全速力で逃走した。

 

『このまま逃すと思うな』

 

猛スピードで駆け、点になったキリンを追うため、ミラボレアスが翼を広げた。

 

しかしここで、ミラボレアスは空の異常に気がついた。

 

フネが出ていたのだ。

自分が乗る筈だったフネが既に、空の上を飛んでいた。

 

もともとこの任務に同行した目的は、これから向かう戦地に用があったからだ。置いていかれるわけにはいかない。

それにあのフネには、おそらくルイズが乗っている筈だ。一人のまま放ってはおけない。

 

キリンの後を追うのは諦め、ミラボレアスはフネへと飛び立っていった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『ここまで来れば安全か…』

 

街が遠くに見える場所まで走って来たキリンが、息を荒らげながら、ミラボレアスが追ってきてないかを確認する為、後ろを見回した。

 

「勝てなかった…!任せろって、自分から言ったにも関わらず…!」

 

キリンの背の上で、サイトが心底悔しそうに、歯を食いしばり拳を握り締めた。

 

『そう悲観するな、勝てなくても仕方ない。あれは私から見ても化け物だ』

 

 

静まりかえる空間の中…その中で、サイトの無念に吠える声が、辺りに響き渡った。

 

 

 


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