使い魔の召喚儀式が終わって10日が経ったころ…
ルイズは不安だった。
他に類を見ないほど強力な使い魔を召喚することに成功したものの、未だに魔法を成功させることができていないからだ。
流石にこの一件でルイズのことを表立って馬鹿にする者は減ってきたが、それでも周りのメイジ達からは言葉には出さずとも劣等生あつかいされているのが感じられる。
そして何よりの不安は…自らの召喚した使い魔のことである。
強さの点で言えば問題はない。
他の使い魔達はあの黒龍に一切近づくことがない程に恐れており、この間様子を見に行った時など、複数人の戦士でも倒すのが難しいと言われるオーク鬼を…しかも、3メイルもある大型を仕留めて捕食していた。
あの時感じた威圧感は本物だったことが頷ける。
これだけ強いのに何が不安か…?
簡単な話、逆なのだ。
そう…問題は“強過ぎて”ルイズが扱い切れていないというところにあった。
黒龍…ルイズはこのドラゴンにノワールという名をつけたが…なんにせよ、この龍はルイズの命令を全く聞かなかった。
無闇に暴れたり、暴走したりすることこそは無いものの、背中に乗るなどはもちろん、呼び出しにも全く応じない上に少し触れることすら許さない。
絆を深めようとルイズから歩み寄って見るものの相手にもされず、だいたい寝てるか何処かへ飛び回っているかのどちらかだ。
大抵の使い魔は契約を済ませれば大人しくなるし、主人の命令には服従するものなのだが…
使い魔のルーンにはちょっとした洗脳効果もあるらしいが、それが効いている気配には全く見えない。
おまけにあらゆる使い魔の能力である、主人の視力と聴力の代用もできない。
一応、餌を与える時だけは自分から姿を見せてくれるが、それでも最低限の干渉以外は全て拒絶するし、それに自分の食べ物くらい簡単にとって見せた。
これらの件についてネチネチと煽ってくる、ツェルプストー家のキュルケもムカついたが…
それ以上に、自分はこのドラゴンの主人である資格はあるのだろうか?いつかは自分の使い魔に…ノワールに見捨てられるのではないだろうか…という不安が、ルイズの頭の中を埋め尽くしていた。
「私の使い魔…ノワールはどこにいるか知らないかしら?」
いても経ってもいられなくなり、ルイズはノワールの所に行こうと、居場所を同級生達から聞き回っていた。
「知らないな…」
他の生徒達からすれば、あんな気味の悪いドラゴンなんかに好き好んで近づきたくはなかった。
それ故に居場所など知るわけもない。
「それに主人なら使い魔の居場所くらい把握してるだろ?」
もっともな意見だが、そんなことができるのならこんなに苦労はしない。と、ルイズは心の中でため息を吐いた。
「そう…教えてくれてありがとう、じゃあね」
ルイズは最後の方は聞こえてなかったことにして、そのまま別れた。
ルイズの心に更に靄がかかってくる。
そんなルイズを影で覗く者が一人…青い髪に小柄なルイズよりも小柄で眼鏡をかけた少女、タバサだ。
タバサの目は本から外した僅かな視線で、ルイズの姿を捉えていた。
その日の夜。
この学校の門番の一人である男は、不思議な光景を眺めていた。
目の前にいるのは一人の少女…白く美しいドレスと腰まで伸びた長髪を持つ少女だ。
その白い髪は、人が年老いたら自然に変色していくようなものでは断じてなく…普通の人間が出すのは不可能だろう、そう思わせるほどに美しい白銀の髪だった。
幼さと大人っぽさを持つ矛盾した美しさの顔で、目はルビーのように紅く、全身から白い光を放っている。
少女はゆっくりと門番の近くにまで歩いていき、ニッコリと笑いながら尋ねた。
『黒い龍を召喚した貴族はここにいますか?』
鈴の音のように穏やかで心地よい、綺麗な声だった。
門番は神秘的な白い光と、少女の笑顔に目を奪われていた。
黒い龍の使い魔というのは…おそらくミス・ヴァリエールが召喚したというあのドラゴン…
門番は答えた。
「あぁ、中の貴族達がそんな話で盛り上がっていた」
そう答えると少女は嬉しそうに笑い…
『そうですか、ありがとうございます』
と言って、トリステイン魔法学院の敷地を跨ぎ、そのまま奥に入って行った。
門番の男はボーッとした表情でそれを眺める。
しかしハッと我に返った男は急いで少女を呼び止めるが、少女の姿はすでになかった。
学院の中は騒ぎになっていた。無理もない、どこの誰かもわからない者が侵入してきたのだから。
平民なのか…いや、着ている衣服の美しさから貴族なのではないか?という声も上がっている。
実際は本当に人間なのかすら疑わしい。
どちらにしてもほって置くわけにはいかない。
ただ防御の魔法を次々と、意図もたやすく打ち破っていることから、ただものではないことはわかる。
しかし夜というのもあり、それほど騒ぎは広まってはいなかった。
なので生徒達の中にはこのことを知らない者も多数いる。ルイズもその一人であった。
結局、昼間はノワールを見つけることができなかったが、そろそろご飯をあげにいく時間だ。
食べ物を持っていれば自分から現れてくれることが多い。
ルイズは早速、肉を一切れだけ手に持って、大部分は使用人に任せて先にノワールが寝所にしている場所へと向かった。
道中、使い魔を連れている、にっくきツェルプストー家のキュルケに出会った。
「あら、奇遇ねルイズ」
わざとらしく、自分の完璧なプロポーションを強調させながら話しかけるキュルケ。
ちなみにこの行動は、体格に乏しいルイズへの嫌がらせのためだ。
「残念だけど、今はあんたに構ってる暇はないの」
ルイズは露骨に嫌な顔を浮かべなから答える。
「何よ連れないわね…
あ、もしかして…また使い魔のこと?」
ニヤケ面で尋ねてくるキュルケに、ルイズはギクリと体を震わせた。
「あ、あんたには関係無いでしょ!」
明らかな動揺を見せるルイズ。
使い魔の話になればまた自慢話と弄りが始まる。ルイズは早くキュルケから離れたかった。
「怒らないでよルイズ。あなたの使い魔が言うこと効かないからって、私に八つ当たりしないでよね。
まぁ…同じドラゴンでも私の使い魔はあなたのと違ってちゃんと言うことを聞くけど」
遅かった。ルイズのわかりやすい反応で確信を得たキュルケは、最近自分の趣味の一つになりつつあるルイズ弄りを始めだした。
キュルケは「おいで、フレイム」と言い、自らの使い魔を呼び寄せた。
まだ子供なのか、少し幼さはあるがそれでも6メイル以上はありそうな、しっかりとしたドラゴンだ。
全身は赤い鱗や黒い棘の生えた甲殻に覆われ、ドラゴンというよりはワイバーンに似ているのか…前足と同化した翼は巨大で逞しい。
獲物を逃がさない鋭い目に、炎を吐き出すことから火龍の一種だと思われる。
「どう?私にぴったりな炎のドラゴン」
キュルケは自慢気に使い魔である火龍を見せる。
「はいはい…すごいすごい。あんたは“微熱”だもんね」
呆れたような顔で適当に拍手をするルイズ。
しかし内心はものすごく羨ましかった。
“メイジの実力を見るなら、まずは使い魔からだ”という言葉がある。その通り、もちろん人によっては違うが腕のいいメイジは大抵すごい使い魔を連れているものだ。
ルイズの使い魔も充分に強い。しかし扱いきれていない以上、その言葉には当てはまらない。
しかしそれを素直に口にだしてしまうと…「まぁこれが、私とルイズのメイジとしての実力の差かしらね」なんて言われそうなのでそれはやめておく。
…と、そんなやり取りをしている二人の前に、一人の少女が現れた。
白いドレスに…白い長髪…学院で騒ぎになっているあの少女だ。
『こんばんわ』
気のいい笑顔で挨拶する白いドレスの少女。
「「こ…こんばんわ」」
あまりにも唐突なので、釣られて二人も挨拶を返した。
『あなたが…黒い龍を召喚したメイジですか?』
紅色の目でルイズの姿を写しながらそう尋ねる少女。
その目からはノワールに似たものを感じるが、ノワールの不気味な威圧感とは違ってなぜかとても安心感がある。
「…あ…あぁ…うん…そうだけど…」
目の前の少女の、吸い込まれそうな綺麗な目に見とれるルイズ。見知らぬ誰かと話しているというのに、自然と見つめ合う形になっていた。
『そう!』
少女はルイズの答えを聞き、より一層、今までで一番嬉しそうに、眩しいくらいの笑顔でニッコリと笑った。
『これから大変なことになるかもしれないけれど…仲良くしてあげてくださいね』
そう言ってルイズから視線を外した少女は、キュルケの隣にいるフレイムの鼻先を撫でる。
心地良さそうに表情を緩ませるフレイム。
少女はそれを優しい眼差しで眺めながら『あれ?あなたはあっちの世界の…』と、小さく呟いた。
そしてキュルケとフレイムを交互に見渡して…
『あなたたちも…よろしくね』と言い、一礼してそのまま去って行った。
二人はその姿を、嵐が通り過ぎた後のように呆然と眺めていた。
ルイズは今、夜中の暗い道を歩いている。
この先を進めば自分の使い魔、ノワールの寝所があるからだ。
ここまで来るのにずいぶんと時間がかかった、あの後侵入者が入っただとかでしばらく教師達に足止めされていたからだ。
しかしどうしてもノワールの元へと行きたかったルイズは、教師達には黙って、こっそりと抜け出して来たのだ。
(いつもの時間よりもだいぶ遅れてしまった。ノワール…お腹をすかせてるかな…?)
ふとそんな事が脳裏に浮かび、自然と早足になるルイズ。
(いや…別にノワールは私のことなんてまってないか…)
と、今度は別の考えが浮かび、ルイズの足は減速した。
そのまま負の感情が頭の中を支配し、ルイズの足はどんどんと重くなっていった。
ふとルイズは空を見上げた。
「きれい…」
思わずそんな声が漏れた。
白い光を放つ何かが、夜空を舞っていたのだ。
ルイズは一瞬、流れ星か何かかと思ったが、流れ星がこんな不自然に動くわけはないと、自分のその考えを否定した。
まったく正体のわからない謎の光体だが、なぜか不思議と不気味ではなかった。
むしろどこか暖かくて心地よい…その白い光から神秘的な神々しさすら感じられる。
そういえばこの光は見たことがある、ついさっきだ。
と、ルイズは自分の記憶を遡った。
そうだ…あれはついさっき…ほんの一時間ほど前に出会った、あの白いドレスの少女だ。
今思えば思うほど不思議な少女だった。しかしなぜか怪しいとは思えなかった。彼女を見た時の印象はそう…ちょうど今上空で輝いている、あの白光のような印象だ。
侵入者と聞いても全く危険だと思えなかったのも、頭の中ではその侵入者が彼女だということがわかっていたからだろう。
結局あの少女はなんだったのだろうか?ノワールと何か関係があるみたいだったが…
ルイズは上空に浮かぶ白い光を眺めながら物思いにふけっていた。
やがて白い光は暗闇の中に溶けるように、ふわりと消えてしまった。
それを見たルイズの心は、どことなく虚無感や喪失感で満たされた。
しかし気づけばルイズの心には、さっきまで頭の中を支配していた不安感が無くなっていた。
今はただ単純に、ノワールの元へと行かねばならない。
そうすれば…何かが変わる気がした。
ルイズは軽くなった足取りで…白光に導かれるように先へと進んだ。