ルイズはノワールの寝所へと着いた。
寝所といっても作りは単純である(一匹のドラゴンが作ったのだから当然だが)、この広い学院の庭…全体的に芝生に覆われているのだが、ノワールが寝所にしている直径30mの範囲は一切の芝生が根絶やしにされ、浅い大きな窪みになっている。
しかし妙だ。いつもならこの時間にはだいたいここで眠むっているはずなのに、ノワールの姿はどこにも見えない。
まだ帰って来ていないのかな?と、キョロキョロと辺りを見回すルイズ。
辺りを見回す内に、ルイズは巨大な円の中心に佇む、一つの人影に気がついた。
「だれ!?」
怪しい人影に向け、思わず大声をだして問答するルイズ。
「・・・・・」
しかし何の返事も帰ってこない。
おまけに相手は黒い衣服に身を包んでいるため、夜の暗闇に紛れて姿がよく見えない。
仕方なくルイズは杖を構えて、警戒しながら人影に近づいた。
近づくと黒衣に包まれていない顔だけは僅かに見えてきた。
結構背の高い…180以上はあると思われる男…年齢は30代前半か、20代後半と言ったところだろう。
しかし何よりも特徴的なのが、首元にまで伸びる長い黒髪からチラチラと見える…紅い瞳だ。
「あんただれ?」
再びルイズが、今度は静かに…そして威圧感を込めて問いた。
手に持った杖は常にこの男に向けておく、魔法の使えないゼロのルイズが使える唯一の魔法爆発。いつもはただの失敗としか捉えてはいないが、この状況においてこの魔法はかなり頼りになる。
それにしてもこの男…いつから学院内にいたのだろうか?
先ほど知らされた侵入者というのは、てっきりあの白いドレスの少女のことを言っているのかと思ったが、この男なのかもしれない…
ルイズは警戒を一切緩めず、目の前の男を睨みつけた。
目の前の男は依然として黙ったままだったが…少し間を開けて……笑っているのか…?微かに口角を釣り上げてこう言った。
「私はあなたの従者でございます。我が主よ」
低くはっきりとした、ダンディーな声だった。
「我が主…?何言ってるの!?あんたなんか雇った憶えないわよ!」
ルイズは杖を向けたまま、男にそう吐き捨てた。
自分の記憶を探ってみるかぎり、自分の実家であるヴァリエール家の中にもこの男のような使用人は一人もいなかった。
それ以前に使用人をこちらにおくるなら、家族の誰かが連絡の一つや二つ寄越してくるはずだ。
それもないとなると、やはりルイズにはこの男が怪しく見えてしかたなかった。
「いいや、私はあなたの従者であることは間違いない。
この姿じゃわかりませんかな?」
この姿じゃわからない…?黒衣の男の言葉に、ルイズは首を傾げた。
しかしここで再び、あるものがルイズの目に写った。
そのあるものとは…
「紅い瞳…あなたノワールなの!?」
いや、そんなはずはないと思いながらも、ルイズの目には何故かノワールとこの男が重なって見えた。
黒衣の男は少し考えるような素振りで「確か…そのような名で呼ばれていたな…」とブツブツとつぶやき、その後にルイズへ向けてこう言った。
「その通りでございます」
ルイズはしばらく黒衣の男の目を見つめた。見れば見るほどノワールのそれと酷似している目だ。そして今気づくと、目の下に鱗のような痣がある。
「ノワールという証拠はあるの?」
しかしまだ完全には信用しきれないルイズは、黒衣の男に自分の身を証明するものを提示しろと言った。
黒衣の男はほんの少しだけ戸惑ったように顔をしかめたが、ふと思いついた風に自分の手を確認して、その手をルイズに差し出した。
「あなたの使い魔という証です。
これでも納得できないと言うのなら、この場で元の姿に戻るというのもありますが?」
ルイズは黒衣の男の手に刻まれたルーンを見た。
間違いない、自分がノワールと契約した時につけたものと寸分違わない。
ミスタ・コルベールも珍しいルーンだと言っていた。なによりあの時のことを忘れることなどありえない。
「じゃあ…あなたは本当にノワール…」
しかし目の前の男が本当にノワールなら………ルイズの感情が爆発した。
「だったら何で…‼︎なんで話せるのに今まで一言も話さなかったのよ!!?私の話も聞かないで…!姿だってろくに見せて無いじゃない!!!」
ルイズは叫んだ。
ただ悲しかったのだ。召喚した使い魔…もちろん主人として、この黒龍を完全に操りたいという欲もあったことは否定しない。しかしそれ以上に、自分の相棒となる相手と、純粋に関係を深めていきたいとも思っていた。
別に相手は望んで来たわけではない、自分の魔法で寝ているところを強引に連れて来られただけだ。そしてなにより、自分と相手との力の差…心を開かないのも無理はなかった。
しかしルイズだってそんなことはわかっている。
わかってはいるが…大声で当たらずにはいられなかったのだ。
「私がどれだけ…‼︎あんたのことで悩んだか…」
目を真っ赤にして、泣きながら怒鳴りつけるルイズに、黒衣の男はゆっくりと片手で制止した。
「私も…突然わけのわからぬ地に呼び出され、それに怒りを感じ…正直に言うとあなたに警戒していました」
そう話す黒衣の男の顔が険しくなったのを見て、ルイズは少し恐縮した。
「しかし…」
そう言って男は表情を緩めた。
「私はこの10日間考えておりました。この世界を飛び回り、それをこの目に収め、これから自分が何をすべきなのかを考えました」
黒衣の男は地面に膝を付き、ルイズの手を優しくとった。
「そして私は決めました。あなたの使い魔になると…あなたを認め、その従者になると…
…改めて申し上げます」
黒衣の男は紅い瞳で、まだ少しウルんでいるルイズの瞳を見つめてこう言った。
「私はあなたの使い魔…なんなりと申しつけ下さい。我が主」
時間が止まったような感覚だった。
言葉で言い表せない気持ちで胸がいっぱいになった。
さっき抱いていた怒りなど吹き飛んだルイズは、しばらく黒衣の男を…ノワールを見つめる。
少し頬が暑くなっているのを感じる…そしてなにより、溢れんばかりに満ちたりていた。
「じゃあ…本当に…私の使い魔に……
………あなたの本当の名前は…あなたは何て呼べばいいの?」
ノワールはルイズが勝手に名付けた名前だ。もちろんこの男には…この龍には本当の名前があるはずと…ルイズはこの龍への呼び名を聞いた。
しかし対する龍はほんの少し対応に困った。
ルイズの想像とは違い、この龍は自分の名前というものに対し、大して考えたことがなかったからだ。
そして一つ二つの間を置き、やがて黒龍はこう答えた。
「私の住む世界の人間からは…こう呼ばれておりました」
「“ミラボレアス”…と」
遠い遠い…場所すら掴めぬはるか遠くの地。
そこではこんな詩が歌われている。
数多の飛竜を駆遂せし時
伝説はよみがえらん
数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時
彼の者はあらわれん
土を焼く者
鉄【くろがね】を溶かす者
水を煮立たす者
風を起こす者
木を薙ぐ者
炎を生み出す者
その者の名は ミラボレアス
その者の名は 宿命の戦い
その者の名は 避けられぬ死
喉あらば叫べ
耳あらば聞け
心あらば祈れ
ミラボレアス
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
彼の者の名を
ルイズに忠誠を誓った、黒龍ミラボレアス。
果たして彼は、一体何を考えているのだろうか…
それはまだ…誰にもわからない。
結論から言うと、ミラボレアスは本気でルイズに忠誠を誓っていません。