朝食を食べ終わり、一日が本格的に始まろうとしている時、ルイズは大いに焦っていた。
理由は自らの使い魔、ミラボレアスことミラと…ギーシュの決闘だ。
既にミラはこの場にいない、近くにいたマリコリヌという生徒にヴェストリ広場へ案内させ、決闘に向かったからだ。
「どうしよう…このままじゃ…」
オロオロと、動揺をあらわにしてその場に立ち尽くすルイズ。
「聞いたわよルイズ。あんたのとこの使用人とギーシュが決闘するんだって?随分面白そうなことになったわね」
既に他の生徒達にもその話は伝わっているのか、どこからか聞きつけたキュルケが興味本位でルイズに話しかけた。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないわよ!」
「何をそんなに怒ってんのよ、大丈夫だって、ギーシュだってちゃんと手加減するわよ、死んだりなんかしないって」
キュルケは勘違いをしていた。
ルイズの心配は、ミラが大怪我したり、最悪死んでしまうかもしれないというところにあると。
しかし実際は違う。
「逆よ」
ルイズは短く否定した。
「逆?」
「危ないのはギーシュの方!あいつは私の使用人なんかじゃない!あいつは私の使い魔なの!
あいつの正体はあの、黒いドラゴンなのよ‼︎」
キュルケは衝撃が走ったかのように目を見開いた。
「え……それって…本当に…?」
「本当よ!」
キュルケの顔色が少しだけ青くなる。
「それは…まずいわね…
そっか…だからタバサはこの話を聞いてあんなに…大人しいあの子にしては珍しく…」
「?…タバサがどうしたの?」
「さっきまで一緒に行動してたんだけど、決闘の話を聞いた瞬間慌てて飛び出して…」
「タバサが…?でもそれって、ミラの正体を知ってたってこと?
どうして……私だって昨夜初めて知ったのに…」
「さぁ…私だってタバサとずっと一緒にいるわけじゃないし」
キュルケは手を横に軽く振って、首を傾げた。
「それより早く向かった方がいいんじゃない?あんたはあれの主人でしょ?」
キュルケがルイズを急かす。
主人であるルイズならば、もしかすればあの黒龍とギーシュの決闘を止めることができるのかもしれない。
キュルケはそう考えたからだ。
「そうね…そう!私はあいつの主人なんだから!私が止めずに誰が止めるっていうのよ!」
キュルケに言われ、ルイズは決心したように拳を握り、そう意気込んだ。
(そう、私があいつに気脅されてちゃダメなのよ!)
ルイズはついさっきのことを思い出した。
ルイズは恐れていたのだ。従順だった…いや、そう見せかけていたミラの豹変ぶりに…その威圧感に…
だから何も言えなくなっていた。あっさりと折れてしまったのだ。
たがそんなことではダメだ、自分はあの黒龍の…ミラボレアスの主人なのだから。使い魔と主は一心同体…何も恐れることなんてない。それをキュルケの言葉に気づかされるとは…
ルイズはまっすぐキュルケを見つめた。
「何よ?」
「別に、なんでもない」
ルイズは一言、ほんの一言だけキュルケにお礼を言おうとしたが、犬猿の仲というのもあり…なにより照れ臭かったのでやめた。
ギーシュとミラの決闘の話は瞬く間に広がり、ヴェストリ広場には制止する教師を押し退け生徒達が溢れかえっていた。
毎日変わらない、平凡な毎日(あくまでも貴族にとって)というものに暇を持て余しているのだろう。
刺激を求める者…貴族に嬲られる平民を見学に来た者…賭け目的で来た者…よくわからないまま、流れに身を任せて来た者…心配そうに遠くから眺める者……ここにいる者達それぞれが、様々な目的でこの決闘を見に来ていることだろう。
そんなバラバラの目的を持つ者達でも、全員が一貫して確信していることがある。
この決闘…メイジであるギーシュの方が圧倒的に勝つ確率が高いということだ。
誰もが心の中ではギーシュが勝利すると…そう思っていた。
そう…真剣な表情で二人の決闘者を見つめる、青い髪の少女以外は…
ーーーーーーーーーーーー
時は遡って昨夜。
ミラが改めてルイズの使い魔になった時よりほんの少し前。
僅かな明かりしかない、暗い庭の中、タバサは何者かと話をしていた。
目の前にいるのは彼女の使い魔、風竜のシルフィードだ。
「…韻竜?あの黒い龍が…?」
聞き辛いほど小さな声で、さも当然のように目の前のドラゴンに話しかけるタバサ。ドラゴンに話しかけたところで、答えなど返ってくるのだろうか?
「たぶんそうなのね、確証はないけど」
しかしその疑問は、突然聞こえてきた子どもっぽい声によって解消された。
驚いたことに、この風竜…シルフィードは人の言葉を自在に扱うことができるらしい。
「…主人のルイズはそのことを全く知らない様子だった」
タバサは言った。
ルイズの後をつけていたりと、彼女の行動をよく観察していたからこそ確信できたことだ。
「…なぜあの黒龍は何も喋らない?」
タバサは自分の抱く疑問を、同じドラゴンであるシルフィードにぶつけてみた。
「うーん…なんていうか…お姉様は虫と会話したことがある?」
シルフィードの突然の問いに、首を傾げながらも答えるタバサ。
「ない」
と言っても、タバサは人とすら会話をすることはあまりないのだが。
「そうなのね、虫と会話しようとする人間なんかいないのと同じ。
たぶんあの黒い龍にとって、人間なんてそんな感じなのね」
このシルフィードの話が本当だとすれば、あの黒龍が人間をどう思っているのかがわかる。
「人間を虫程度にしか見ていない…」
相手は韻竜(と思われる)だ。韻竜は人間よりも高い能力を持っている。それは彼ら自身も自覚している。
だから大抵の韻竜は人間を見下しているのだ。
目の前にいるシルフィードも、最初はタバサのことを見下していて、言うことなど一つも聞かなかった。
ほんの三日前、ある事件がきっかけでようやく認められ、ようやく今の関係に至ったくらいだ
「きゅいきゅい!お姉様、あれ!」
タバサがそんなことを考えていると、シルフィードが突然、どこかを差しながら叫んだ。
シルフィードの差した方に振り向くと、そこには白いドレスの少女が歩いていた。
見慣れない少女のことも気になったが、タバサはそれ以上に少女の歩く方角が気になった。
あの方角は…ルイズの黒龍が寝所にしている場所だ。
タバサは少女の後を追ってみることにした。
白いドレスの少女を追って足を進めていると、グチャグチャ…パキパキ…などと気持ちの悪い音が聞こえてきた。
「うぅ…気味が悪いのね…お姉様、本当に行くの?」
「静かに」
タバサがビクビクと震えながら話しかけてくるシルフィードを小さな声で制止した。
仕方なく黙ったシルフィードだが、本音を言うとこうして何か話してでもいないとどうにかなりそうな気分だった。
だいたいシルフィードも他の使い魔達どうよう、あの黒龍には近づきたくなどなかった。しかし自分の主人がどうしてもと言うものだから、シルフィードは嫌々ながらもおっかなびっくり後に続いていたのだ。
進んでいくたびに音が大きくなってゆく、おそらくこの音は黒龍によってもたらされたもの、音が大きいのは近づいている証拠だ。
タバサとシルフィードは(シルフィードは隠れるには図体がでかいので、人の姿に変身して)物陰に隠れた。
いよいよ黒龍の前についたからだ。
タバサ達よりも先頭を歩いていた白いドレスの少女が、パチンと指を鳴らして黒龍に近づいていく。
驚いたことにあの日、その場にいる者たち全員を畏怖させたあの黒龍に対し、あの白いドレスの少女は一切臆さずに、平然とした顔で近づいたのだ。
【ほう…こいつは驚いた、まさかお前が来るとはな】
辺りに低い声が響き渡る。
タバサとシルフィードは一瞬周りを見渡した。しかしすぐに今の声があの黒龍によるものだということを理解した。
『久しぶりだね』
あいもかわらず笑顔で話しかける白いドレスの少女。
久しぶり…黒龍の口ぶりからもそうだが、まるで以前からの知り合いかのようだ。
ふと、彼女の目に黒龍のそばに落ちているある物が写る。
『食事中…?
………これって美味しいの?』
白いドレスの少女が地面に転がるオーク鬼の頭を見ながら尋ねる。
【いや不味いな、しかし腹は膨れる】
黒龍がバリボリと、骨まで噛み砕いて答えた。
『ふーん…不味いならいいや』
そう言ってオーク鬼から興味を無くす少女、しかし美味しかったらどうするつもりだったのだろうか…
【…で、こんなところまでわざわざ、いったい何をしにきたんだ?】
『ちょっと風の噂で面白いことを聞いたからね、まさかあなたが人間の使い魔として召喚されるなんて』
【耳が早いな、もうそんなことを嗅ぎづけたのか】
『ちょうど“こっち側”に来てたから』
そんな会話を物陰で盗み聞くタバサとシルフィード。白いドレスの少女が言っていた“こっち側”とはなんなのだろうか?と、思考しながら、もっとよく聞こうと更に近づいてみた。
しかしその瞬間、タバサは四つの紅い目玉がこちらを覗いているのに気がついた。
『あなた達…さっきから私の後をつけていた人よね?』
【コソコソと隠れて何をしている?
まぁ出てこいよ。なに…とって食いはしない。ちょうど腹も膨れているしな】
(最初からバレていたのか…不覚)
と、タバサは自分で自分を心の中で責めながら、シルフィードと共に白いドレスの少女と黒龍の前に姿を現した。
「私たちもう食べれちゃうのね、だから嫌だって言ったのね」
【食わんと言ってるだろう】
そう言って震えるシルフィードに、表情はわからないが、おそらく呆れたような顔をしているだろう黒龍が言い放った。
『あなたのその格好を見るに…ここの人間…ですね?』
この建物内ですれ違った人達の中に、タバサと同じような服装をしている者が多数いたので、白いドレスの少女はそう尋ねた。
「そう」
タバサは顔色を変えずに、いつもの様子で短く返した。
見かけは冷静を保っているが、内心はそうもいかない。杖を握り、場合によっては死も覚悟して戦う準備をしていた。
『大丈夫、そんなに警戒しないで、あなた達に危害は加えないから』
【まぁ…その杖で何かしようと言うのなら、話は別だがな】
優しく穏やかに話す少女に、僅かな威圧感を込めて話す黒龍。自分の行動が既に見透かされていることに気づき、タバサは諦めて渋々杖を持つ手を下に下げた。
【なんだやめるのか。
私としてはここで一戦交えるのもおもしろそうだったが】
黒龍が若干笑いながらそう言ったようにタバサは感じた。
『ところで…あなた達の名前は?』
白いドレスの少女が黒龍の冗談半分で言った言葉を受け流し、依然と変わらない優しい口調で二人の名前を尋ねた。
「タバサ」
「シルフィード…あっ、本名はイルククゥなのね」
『そう、いい名前だね。
私のことは…そうだな…えぇと……そうだ“ルーツ”!私のことはルーツって呼んでね』
ルーツと名乗る少女は笑みを浮かべながらお辞儀した。
【自己紹介は済んだか?さっさと本題に入って欲しいんだがな】
三人の横から退屈そうな様子で口を挟む黒龍。
『あぁ、そうだね』
少女は今思い出したかのように黒龍の方へと向いた。
本当に忘れていたのだろうか…そして忘れるくらい大したことではないのだろうか…
そんな考えを持っている者がいても、この少女の顔を見ればそんなものは吹き飛ぶだろう。
先ほどまで耐えることなく振りまいていた笑顔はサッパリと消え去り、真剣な眼差しでまっすぐ黒龍を見つめていた。
『私がここに来た理由はたった一つ…あなたの答えを聞きに来た』
【答え…か】
『何について聞くのかは、あなたにもわかるよね?』
【あぁ、だいたいな】
そう…黒龍はわかっていた。
自分がこの世界に召喚されて以来、ずっと考えていた事…それに関係することだろう。
いや、関係するどころか、まさにそのことだろう。
『あなたは…あの人間の子に仕えるのか、仕えないのか。
あなたがこの世界に召喚されたのが“運命”というのなら…あなたはその“運命”に従うの?それとも抗うの?
その答えを聞かせて欲しい』
【仕えない…と言った場合は?】
『私と一緒に元の世界に戻ってもらう』
【やはりそうきたか…】
再び出てきた意味のわからない言葉…“元の世界”?
さっきの“こっち側”という言葉といい、これではまるで…
タバサは先ほどから抱いていた疑問を白いドレスの少女にぶつけた。
「元の世界…ってことは、あなた達は別の世界から来たの?」
まさか…とは頭の中で思いつつの質問だ。
『あー…ちょっとお構いなく話しすぎちゃったかな…あんまり人には聞かれたくない話なんだけど…
やっぱり眠ってもらうかしてから話すべきだったかな…』
少し困ったような顔でタバサを見つめる少女。何と言うか…少々抜けた部分もあるのだろうか。
『まぁ、すでにいろいろとこっちに流れ込んでいるみたいだし、これくらいいっか』
そう言って黒龍の方に向き直す少女。
結局答えずに誤魔化された気がしたが、彼女の反応と言動から、おそらく自分の考察は真実なのだろうと確信するタバサ。
『で…答えは?』
少女の二度目の問いに沈黙で答える黒龍。
『すぐに決めろとは言わない、後3日は待つ。
それまでに決めておいてね』
まだ答えはでないのかと思い、その場を去ろうとしていた少女の背後から、黒龍の低い声が響いて来た。
【いや、余計な配慮だ。
もうとっくに、私の答えは決まっている】
少女の動きがピタリと止まった。
そしてそのまま、無言でゆっくりと後ろを振り向いた。
タバサも声を出さず、黒龍の言葉に耳をすませた。
ルイズとの仲は良くも悪くもないが、この学院に通っている限り、ルイズとも関わることになるだろう。
つまり…答えによってはこれから先、この黒龍と関わることがあるかもしれないということだ。
少女の言葉を借りるなら、自分の“運命”もここで変化するかもしれない。
なんとなく…本当に根拠も確証もない話なのだが…何故かあの龍の存在が、良くか悪くか…自らの果たすべき祈願に大きな影響を及ぼすような…そうな気がしてならなかった。
沈黙の中、黒龍はこの場で、その“答え”を述べた。
【なってやろう、その使い魔とやらに】
つまりルイズの使い魔になると…そうはっきりと述べたのだ。
『本当にそれでいいの?』
【何度も言わせるな。
それにお前と帰ったところで、待ってるのはいつもと変わらん日々だ。こっちの方が楽しめるかもしれないからな】
『以外だね…てっきりあなたなら【人間なんぞに使われるか】とでも言うと思ったのに』
それはタバサも思った。実際に主人であるルイズにもまったく従ってはいなかったのだし。
【まぁ確かに…少し癪だがそこはなんとかなる。
それに…別に私は人間を過小に見ていたりなどしていない】
タバサは少し驚いた顔で黒龍を見つめた。
そして「話が違う」と言いたげに、その目線をシルフィードへと移した。
シルフィードもタバサと同じような顔をしている。それにシルフィードの言ったことはあくまで推測だ、だからタバサもそれ以上は何のアクションも起こさなかった。
【いや、逆に私は人間が好きな方だよ。
弱いくせに向かってくる姿など、実に滑稽だ】
「弱い…」
その言葉を聞き、タバサの眉毛のあたりがピクリと動いた。
この黒龍の言っていることが、人間に対する侮辱に聞こえたからだ。
別にタバサには種族がどうのなどという思想は特にない。しかし自分も人間だ。人間という一つの種族の一部なのだ。
それを馬鹿にされるのは、あまり気持ちのいいものではなかった
【そう…弱いくせに私を討ちにくるのだ…】
そんなタバサの声が聞こえたのか…黒龍は空を仰ぎ見て、答えるように呟いた。
【人間達は私を討ちに来る…そしてその人間達を私が打ちのめす…だがその打ちのめされた同族を見てもなお、人間は私を討ちに来る。
何度も叩きのめしても…何度ふき飛ばしても…何度潰してやっても…人間は諦めずに何度でも、何度でも私に立ち向かってくるのだ】
どこか嬉しそうに話す黒龍の声を聞いている内に、タバサは気づいた。
この黒龍は本当に人間を軽視していない、むしろこの龍の話を聞いていると、何処と無く人間への愛おしさのようなものすら感じられる。
【“始まりの龍”よ、お前はハンターと呼ばれる人間を知っているか?】
『ハンター…確か私達のような龍や、獣を討伐するために武装した人間達…
うんもちろん、私も何度か戦ったことがある。手強い人間達だった』
ハンター…狩人のことだろうか…いや、この少女は「私達のような」と言っている、つまり向こうの世界とやらの人間の職業だろう。だからおそらく、こちらの世界のそれとは少し違うと考えた方がいいだろう。
そんな事を考えながら、タバサは引き続き黒龍の話に耳を傾けた。
【私には胸部の辺りに深い切り傷がある、こいつをつけた者がそのハンターとやらだ。
大抵の傷ならば時間が経てば簡単に再生するが、こいつだけはどうも、そうはならないらしい】
黒龍がよく見えるように前足をあげ立ち上がった。
確かにその胸部には深い傷が刻まれている、まるで巨大な剣で切りつけられたような…そんな傷だ。
しかし驚いた、こんな化け物に対して刀で対抗する人間がいるとは…いや、こんな事ができる者を果たして人間と呼べるのだろうか…微妙なところだ。
【まったく人間というのは面白い生き物だ。
貧弱な体で私に傷をつけ、身の一部を削り取ってみせた。
特にあの人間…私に今だ癒ぬ傷を残したあの人間…奴はその中でも別格だった…
もう一度戦いたいものだな…】
穏やかな声だった。まるで輝かしい思い出に浸っているかのような、そんな話し方だった。
『だったら、なおさら元の世界に未練があるんじゃないの?』
そんな少女の問いに一呼吸間を開けて、黒龍はこう答えた。
【奴とは三度戦を交えた…
だが…もう奴はいない…】
悲しげな声だった、どこか儚い声だった。
【人語を解する猫を人間の街に遣わせて聞いた話だが、奴は十年ほど前に蒸発したらしい】
黒龍は白いドレスの少女をまっすぐ見た。
【それ以来人間との戦いに張り合いがなくなった。それに人間共も腑抜けてしまった。
だからもう…未練など無い。】
少女は黒龍の目を見つめる、迷いの無い目だ。心の底から自分の選択を望んでいる目だ。
『いいんだね?』
【しつこいぞ、そう言ったろう。
それにお前は昔、こんな事を話していたな?本気でかかったお前に相打った人間がいると、そしてその人間というのが、この世界にいるメイジとやらだと】
『確かにしたね、そんな話…憶えてたのか』
【フフフ…実に面白そうじゃないか、メイジ…是非とも戦ってみたいものだ】
黒龍はさっきとは打って変わって、楽しそうに言った。
【願わくばあの男…あの人間のように強く勇ましい人間がいることを祈るが】
『まぁ過度な期待はしないように』
そう言って少女はタバサの方を向いた。
『そういうわけだからあなた達、これからこの子をよろしくね』
再び最初と同様の、輝くような笑顔を浮かべる白いドレスの少女。
「・・・・・」
タバサとシルフィードは無言で応えた。
というより、あの黒龍を“この子”と呼ぶ少女に対し唖然としていた。
【始まりの龍よ、思ったのだがお前、最初から私がこう選択するとわかっていたな?】
『さぁどうかな』
【フン…食えんやつよ、お前が私の性格を知らぬわけがない】
少女は答えなかった。ただフフフッと笑っただけだ。
『そうだ、使い魔になるんなら言葉使いはちゃんとしないとね。
……そう言えばあなた、人の姿にはちゃんとなれるの?』
【あぁ、問題無い】
黒龍がそう言った瞬間、突然その体が光り始めた。
「これでいいだろう?」
気づけば黒龍のいた場所に一人の男が立っていた。
全身を黒龍の鱗のような黒い衣服に身を包んだ、真紅の目の男だ。
これに関してはタバサとシルフィードにもあまり驚きはない、元々この黒龍は韻龍だと推測していたからだ。
実際に人の言葉も話していた、だからシルフィードのように人の姿に化けてもおかしくはない。
『うんうん、人の姿になれるのは便利だからね。
でもこれに関してはシルフィードって子の方が上手かな』
「でも私の場合はいちいち服を着なきゃいけないから、そっちの方が便利そうなのね」
シルフィードが褒められて少し嬉しかったのか、照れながら言った。
しかし確かにシルフィードの言い分にも一理ある、シルフィードが人間に変身した場合、服までは作り出せず、裸のままになる。なのでいちいち服を着なければならない。
しかしこの黒龍の場合は最初から服が装備されている、だからその分手間がかからないのだ。
『だからこそだよ』
少女はそれだけしか答えなかった。
結局明確な答えは返ってこなかったが、その話を聞いていたタバサには、なんとなくだがその意味が理解できた。
「目てくれはできてるんだ、細かいことを言うんじゃない」
黒龍がほんの少し顔をしかめて言った。
『ダメだよそんな話し方じゃ。人間の貴族の使い魔になるんだったらちゃんとした話方じゃないと』
「わざわざそこまでするか…」
『文句言わない。ほら、私が人間に話しかける時のような口調で』
明らかに嫌そうな顔を向ける黒龍を押し切り、少女は黒龍に敬語で話すように促した。
「……わかりました」
逆らってもどうにもならなそうなので、いやいやながら言われた通り敬語を使うことにした黒龍。
しかし今までとは違う口調だ、絶対に話している途中で変になったりもするだろう、しかしそこはいつか慣れる、そう自分に言い聞かせる黒龍だった。
『よろしい。
…そろそろあなたの主人である………えーと…名前は…』
「ルイズ」
名前を聞くのを忘れていたのか、ルイズの名前が思い浮かばないので視線を送った少女に対し、タバサが答えた。
『あぁ、ありがとう。
そう、ルイズ…彼女もそろそろあなたのことを探してるんじゃないかな?』
「そうかもな、ここ一週間はしつこいほど私を追い回していたからな」
『あなたは彼女の元に行きなさい。私もそろそろこの場所を去る。
あ、その後ちゃんとまた会いに来てね。あなたに今日中に、人との接し方を教えないといけないから』
「今日中…だと…!?まて、それじゃあ寝る時間は…」
『返事は?』
「………はい」
今日、昼間は一睡もしていない黒龍にとって、夜をずっとレッスンに使うことはきついことだった。
しかしなぜかこの黒龍は白いドレスの少女には逆らえないらしく、本当に渋々だが承諾した。
少女はニッコリと笑って一同を見渡す。
『それじゃあ、私はこれで、暫しの別れということで』
そう言って少女は再び指をパチンと鳴らした。
そして眩いばかりの白光に包まれた体で宙を歩き、そのまま暗闇の中へと登って行った。
「これからあなたは?」
タバサが空へと登る美しい白光に目を奪われながら、隣に立つ黒龍に尋ねた。
「私か?とりあえず主の元へと行くことにしよう。
その後はまぁ…私の求めるものをゆっくり探すとしようか」
黒龍が紅の目を輝かせてニヤリと笑った。
タバサとシルフィードは、ただその地面に立ち尽くし、空を舞う白龍と…地に佇む黒龍を、その両の目でしかと焼き付けていた。
トリステイン魔法学院の上空。
そこはまだ学院の領空内、少女はその領内のギリギリの場所で静止していた。
そして周りには誰もいないが、“少女の姿を覗いている何者か”に対して、白いドレスの少女はニッコリと笑みを浮かべながらこう言った。
『これから大変なことが起こると思います。
何もできないことへの謝罪と、この言葉だけは私から送らせてください』
少女はゆっくりと息を吸い…こう言った。
『幸運を』
余談だが、この時の白いドレスの少女の纏っていた白い光が、とある少女に前へと進む希望を与えていたことは、光りを携えていた本人も知らないことである。
ミラボレアスとギーシュの決闘は次回です。
楽しみにしてくれていた人はすみません。