トリステイン魔法学院学院長、オールド・オスマンは自分の机と睨めっこをしていた。
要因は昨夜騒ぎになった侵入者である。
事件の後被害を確認するため、特に宝物庫を中心に学院中を調べさせたが、生徒に危害を加えたわけでもなければ、何かを盗み出したということでもなかった。
『遠見の鏡』を使って侵入者が何者なのか割り出そうとしても、侵入者の魔法か何かに阻害され、所々が砂嵐のように荒れて、音にもノイズがかかっていた。
辛うじて絞り出せた情報は、侵入者は白いドレスを着た少女であることと、目的はミス・ヴァリエールが召喚した黒いドラゴンであること…
そして最後に、これは明らかに向こうを覗き見る存在…つまり自分の存在を把握しての発言なのだが…
遠見の鏡ごしにはっきりとこちらを向いて言った言葉…『幸運を』意味はよくわからなかった、しかし一種の忠告…のようなものなのかもしれない。
頭を抱えるオスマンの左側にある秘書の執務机では、緑髮で眼鏡をかけた美女、ミス・ロングビルが黙々と書類に羽ペンを走らせていた。
そしてその足元には、箱を被った何かがゴソゴソと少しずつ動いている。
箱を被った何かはそのまま、ミス・ロングビルに気づかれないように彼女の足元に近づいた。
目論見通り、ミス・ロングビルは作業に集中していて気づかない。せいぜい床に箱が落ちていると思う程度だ。
ロングビルの足元に到着した箱を被った何かは、ゆっくりと箱をあげその隙間から、ロングビルの太ももとスカートに挟まれた、僅かだが確かに見える
しかとパン…
「おお、我が使い魔テリーよ、ご苦労じゃった。
して…どうじゃった?」
オスマンが自分の元に近づいてきた箱を被った生物を見て言った。どうやらオスマンの使い魔だったらしい。
オスマンの使い魔は被っていた箱を脱ぎ捨てた、現れたのは一匹のネコだ。
しかしネコにしては少し奇妙である、そのネコは二本足で立ち、なんと人間の言葉を話したのだ。
「はいですニャご主人、白でしたニャ」
その言葉を聞いたロングビルが顔を真っ赤にして、キュッと股を閉じた。
「でかしたぞテリーよ、また今度マタタビを買ってやろう。
しかしそうか白か…純白か…ミス・ロングビルには黒が似合うと思うのじゃが…そうは思わんか?」
「オールド・オスマン…今度やったら王室に報告しますよ!?」
ロングビルは顔を赤くしながら、無理に作った笑顔でオスマンに言った。
しかし隠しきれない怒りを眉間に浮き出た青筋が語っている。
「下着を見られたくらいでそんなにカッカしなさんな。それだから婚期を逃すのじゃ」
その言葉にキレたロングビルが目にも止まらぬ速度でオスマンの頬にビンタを食らわせた。
「きょ…今日は一段と過激だのう…ミス・ロングビル」
ヒリヒリと痛む、頬についた紅葉のような真っ赤な手の後を抑えながら話すオスマン。
「そんなんだから嫁のもらい手が…」
「まだ言いますか?」
「いや、冗談じゃ…」
懲りずにまだセクハラ発言を続けようとしたオスマンだが、杖まで取り出したロングビルに気脅されて口を閉じた。
「それにしても…前任の使い魔であったモートソグニルも、ワシの目となって城中を駆け回ってくれたりと優秀じゃったが…おぬしも負けぬくらいに優秀だなテリーよ。
本当によくやってくれている」
ちなみにモートソグニルとは、オスマンがテリーの前に使い魔にしていたハツカネズミのことだ。
二年前に寿命でお亡くなりになったため、代わりにテリーが使い魔として召喚された。
「照れますニャご主人」
主人に褒められて嬉しそうに毛繕いをするテリー。
そんな二人の会話を聞いていたロングビルが、心の中で(「何がよくやってくれている」だ、このクソジィジィ‼︎)と吐き捨てた。
そう、オスマンが自分の使い魔を使ってやっていることのほとんどがセクハラ目的のものだ。
モートソグニルが使い魔だった頃も、ネズミの小さい体と自分の目の代わりとなる能力を活かし、その殆どを覗きの為に使用していた。
流石に生徒にまでは手を出していないと思いたいが…実際の所どうなのかはわからない。
しかしこう、何度も何度もセクハラ行為をしてこられると、仕事にも集中できないし心を落ち着かせることもできない。
幸いネズミのモートソグニルと違い、今回の使い魔テリーは人間の言葉を扱うことができる。きちんと言い聞かせれば止めるようにできるかもしれない。
しかし、この愛くるしい生き物にキツく言うのは正直何だか心が痛む、それに本人の意思でやっているのではなく、あくまでオスマンの指示なのだ。
やはり一度、キツイ罰を与えなければならないんじゃ…と、ロングビルがテリーと戯れるオスマンを睨みつける。とそんな時、部屋の中にコンコンというノックの音が響き渡った。
「…入りたまえ」
ガチャ、という音とともに禿げ頭の教師…コルベールが慌ただしい様子で部屋の中に入ってきた。
「こんなに朝早くからどうしたんじゃ?もうそろそろ授業の始まる時間じゃろう?」
「それが…それどころでは…」
「慌てなくてもよい、深呼吸でもしてもう少しゆっくり話しなさい」
走って来たからか、息を切らしながら話すコルベールに、オスマンが落ち着けと片手を振って促した。
言われたとおり二、三度ゆっくり深呼吸するコルベール。
そして息を整えて、自分の言うべき事をオスマンに伝えた。
「ヴェストリ広場で生徒が決闘を始め、大変混乱になっております。
止めに入った教師も大勢の生徒達に邪魔されて、止めるに止められないと」
オスマンはため息を吐いた。
侵入者事件があった翌日の朝というのにこんな騒ぎを起こすとは…
「…暇を持て余した貴族ほど質の悪い生き物はおらんわい」
「場を収めるため、《眠りの鐘》の使用許可を求める者もいますが…」
「バカモノ、こんな事に宝具を使うやつがあるか」
「それはそうなんですが…」
「何かあるのかね?」
何か含みのあるいい方をするコルベールに、オスマンが尋ねた。
「決闘を行っている生徒の一人というのが、ミスタ・グラモンで…」
「あぁ…グラモン家の四男の…あそこは父親の代からの女好きじゃからのう…どうせ原因も、女の子絡みで何かあったとかじゃろうな
…で、そのグラモンがどうかしたのかね?」
「いえ、問題なのはミスタ・グラモンではなく、その対戦相手の方で…
ミス・ヴァリエールの使用人を名乗る男なのですが…」
「ふむ…ミス・ヴァリエールと言えば、例の…」
「はい、だから私も少し気になりまして、早急に学院長に報告をと」
「・・・・・」
オスマンが考え込むように髭の生えた顎に手を添えた。
「…ワシの記憶が正しければ…ヴァリエール家からは使用人のことなど聞かされていなかったがのう?」
チラリとロングビルの方へと視線を送ったが、彼女もそんな話は聞かなかったらしく、まったく検討もつかないといったふうに首を振っていた。
「そうか…ふむ…その男は本当にヴァリエール家から配備された人間なのかね?」
「あまり詳しくは…しかしミス・ヴァリエール本人は公認しているようですね」
「ならば本当に…いやしかし…ミス・ヴァリエールがその男に騙されているという可能性もある…」
オスマンは少し考える様に首を捻り、再びコルベールへと視線を戻した。
「眠りの鐘の件じゃが、いつでも使える様に、準備だけはしておいてくれと、伝えてくれるかのう?
今はまだ…見るだけに留めるとしよう」
そう言ってオスマンは杖を一振りした。
杖に反応して、壁にかかった鏡からはヴェストリ広場…決闘の現場が映し出された。