拾ったイケメンが自分はウルトラマンだとか言い出したんだけど 作:たいがー MA-2
『見ぃーてください、この行列! 今年で百五十回目の、ウルトラマンフェスティバル。その会場に入ろうと、前日の午前中から、すでに多くの人が並んでいるという――』
「……バッカみたい」
ミソラ ルナは小さく呟き、テレビの電源を消した。ウルトラマンなんて、皆見たこと無いくせに、何をはしゃいでるんだか。
「ウルトラマンなんて、もう居ないのに」
朝日を部屋に取り入れる窓を、遮光モード切り替えて、ルナはスーツを着込んだ。
《今日の最高気温は十三度、最低気温は九度です。お腹を冷やさないように、暖かくしていきましょうね》
頭の中に、女性の声が直接流れてくる。ルナの個人AI『ユリアン』。五十数年前から、日本では生まれた時に、一人に一つのAIを持つことを義務付けている。人の脳に埋め込まれた人工知能は、その人物と共に成長していき、個人個人に合った機能を確立していく。この人工知能との会話は、脳の思念によって行われており、これを応用することで、ネットワークや電話回線に接続した個人AIを使って、遠くの人とテレパシーのような通話を行うことができる。
「今日の紫外線量を教えて」
《今日のUVインデックスは、四です。出来るだけ日陰を利用したほうが、お肌に良さそうですよ》
「そ、ありがと」
《いえいえ、自分の仕事をしただけです》
個人AIは、頭の中にある本体だけでなく、複数の端末に置くことができる。ルナの部屋を管理しているコンピューターや、腕時計型の携帯端末にも、ユリアンが居るのだ。
黒い通勤鞄を肩にかけ、ルナは家を出た。
街中はウルトラマンフェスティバル一色だ。あっちを見ても、こっちを見ても、そこかしこにウルトラマンが見える。今更ウルトラマンを担ぎあげなくてもいいじゃない。今の世の中はウルトラマンじゃなくて、『CREW GUYS』が守ってるんだ。ウルトラマンなんて、本当に居るかどうかも……。
「ルナ!」
背後から声を掛けられた。こんな街中ではしたなく声を上げる女など、彼女以外に居ない。
「ミライ、大きな声を出さないでよ。みっともない」
「あ、そういうこと言っちゃっていいんだ?」
アマネ ミライ。この明るい茶髪の、人をイラつかせる事が特技のような女は、不幸なことにルナの同僚だ。瑠奈と同い年なはずなのだが、クリッとした大きな目と、愛くるしい小柄な身長のおかげか、実年齢より幾分若く見える。そして性格の割には男にモテる。その性格も、男からしたらノリが良いと取られるのだそうだ。ルナにとってこの上なく苦手なタイプだった。
「まったくルナったら、今日も朝から辛気臭い顔してるわね。せっかくのウルトラマンウィークなのに。そんなんじゃ、いつまで経っても男にモテないわよぉー?」
「何がウルトラマンウィークよ、ただウルトラマンを口実に休みたいだけじゃない。こんなことやってる国、日本くらいなものよ」
毎年、ウルトラマンフェスティバルが開催される一週間、日本のほとんどの会社が休みを取る。瑠奈には理解しがたいことだった。ウルトラマンだ何だと騒ぎたててないで、しっかり日本経済のために働いた方が、よっぽど生産性があるではないか。
「夢のないこと言うわね。ま、仕方がないか。世間がお祭り騒ぎしていても、私達は休みじゃないんだものね」
「そうよ。ウルトラマンフェスティバルも、私達のプライベートを犠牲にした上に成り立っているのよ」
「まあまあ、今日からの一週間を乗り切れば、また暇な日々に戻るんだからさ。頑張ろうよ」
電車を乗り継ぐこと四十分。ミライの途切れること無い自慢話と、満員電車の息苦しさにいい加減うんざりし頃、二人は職場の最寄駅に着いた。駅の中は観光客でごった返し、進むのさえ困難な状態だ。
「すーごいわね、これ全部ウルトラマンフェスティバル目当てでしょ?」
隣でミライが呆れたように、そして感嘆するように呟いた。まあ、スリや痴漢も少なからず居るでしょうけど。
「本当に馬鹿みたい。開催まであと二時間半もあるのに」
「ルナって何も分かってないよねぇ。年に一回の行事だよ? 誰だって早く入りたいに決まってるじゃん」
「それが意味分からない。ウルトラマンフェスティバル以外の時は、ミュージアムになんて来ないくせに」
大蛇のような行列を抜け、馬鹿みたいに派手に装飾された、フェス開催地である『GUYS JAPAN』基地、その敷地内の一角に位置したウルトラマンミュージアムの関係者入り口に入った。
ウルトラマンフェスティバルに人々が集まる最大の理由、それは普段立入禁止となっている、GUYSの基地に入ることができることだ。メディアですら入ることのできない基地に、しかもニューフェニックスネストEXの中に入ることができるのだ。その他にも、GUYSの戦闘機による飛行演習など、フェスでしか見ることのできないものがてんこ盛りなのだ。
しかしGUYSの敷地にも、普段から入ることのできる施設がある。それが瑠奈の職場、ウルトラマンミュージアムである。でも、ミュージアムの年間来客者数は、フェス時の来客者が大半を占めていた。
「こう言うときに早く入れると、何か優越感があるよね。GUYSやってて良かったぁ」
「はあ? 何がGUYSよ、私達ただの従業員じゃない。基地内だって入ったこと無いのに」
「GUYSの敷地内で働いてれば、それはもうGUYSの一員よ。それに、ルナはライセンスだって持ってるし。もういっそ、CREW GUYSに入隊しちゃえば?」
冗談じゃない。確かに、ルナは十六歳の時にGUYSのライセンスを取得したが、それはただ大学受験のためであって、GUYSに入隊するためではない。
ミュージアムの制服に着替え、更衣室を出ると、人の良さそうな温和な微笑みを浮かべる、中年の男が居た。
「あ、ミライちゃん、ルナちゃん。おはよう!」
このミュージアムの館長、オオクボ リュウセイ。見た目通り人懐っこい性格をしていて、器の広い尊敬できる人物だ。ついでにおでこも広い。ただ、無類のウルトラマン好きであり、ルナとは趣味が合わない。
「おはようございます、オオクボ館長」
「おはようございます!」
「うん。今回は百五十周年ということもあって、例年より忙しくなるかもしれないから、頑張ってね」
「はい」
そうはいっても、ルナの初日の仕事はただの受付係だ。確かに数が多いと大変ではあるが、ミュージアムの案内役をしているミライに比べたら、そこまで苦労はないはずである。大変なのは役割がシフトされる三日目と最終日、しかも最終日は来客者数が一番多いと予想される日で、疲労もピークに達するだろう。何故その最終日に自分がガイドなのかと、ルナは頭を抱えた。
ミュージアムのガイド、ウルトラマンやGUYSに興味のないルナにとっては、最大の難関だ。ガイドであるルナより、客の方が多くを知っていることもある。その点、ミライは上手かった。客よりも、下手をすればGUYS隊員よりも多くの事を勉強し、持前の明るさやトーク術で、老若男女を魅了する。それはもう身震いするほどの手腕だった。なるほど、通りで彼女と合コンへ行くと、自分が引き立て役になるわけだ。
「ルナ? 何、どうしたの? そんな怖い顔して。スマイル、スマイル! 仕事の基本だよ!」
ルナの眉間を親指でマッサージしながら、ミライは無垢な笑顔でそう言った。余計なお世話だ。
ウルトラマンミュージアムは、四つのコーナーに分かれている。
一つはウルトラマンコーナー。かつて地球を救ったウルトラマン達を、当時の証言に基づき、アーカイブに残された貴重な映像と共に紹介するコーナーだ。
二つ目は地球防衛隊コーナー。歴代の地球防衛隊の、現存する実際の戦闘機や、武器などを紹介するコーナーである。
三つ目は怪獣・超獣コーナー。GUYSのアーカイブドキュメントに残された、恐ろしい怪獣や超獣のデータを紹介していく。
そして最後が、宇宙人コーナー。宇宙人による地球侵略の歴史や、その宇宙人のテクノロジーによる地球の科学技術の進歩を紹介していくコーナー。
展示物の他にも、敷地内でのマケット怪獣を出現させるというイベントが、三日目にある。今回のマケット怪獣は、未だルナにも知らされていない。分っているのは、CREW GUYSとの合同で行うということだ。ファンの間では、新マケット怪獣のお披露目だという見かたもあるらしい。興味はないが。
持ち場の受付カウンターに行くと、そこには自分と同じ制服を着た女の子が居た。
「逃げちゃダメ、おつちかないと、おかつちないと……あれ?」
「……アズミちゃん、大丈夫?」
掌に人の字を書き、必死に飲み込んでいる後輩に、居たたまれずに声を掛ける。
「ミ、ミミ、ミソラさん。き、緊張しちゃって、震えが止まらないんですぅ」
「そう……」
紺色の三つ編み以外に、特に目立つところは無い、所謂地味な女の子、それがシノハラ アズミだ。今年からここに就職した新人で、ルナが研修を行ったアズミは、それはそれは良い子だ。自己主張しない性格に、地味な見た目に、話下手。仕事の後輩としては最低ランクだが、一緒に居て自分を引き立ててくれる容姿の子がいると、安心する。ミライの事で日常的にストレスを抱えているルナは、事あるごとにアズミを傍に置いていた。
ここに来て半年ほどになるが、今回は彼女にとって初めての大仕事となる。緊張するのは当然だろう。ルナはあまり緊張したことが無く、アズミの気持は理解できなかったが、一応先輩としてアドバイスすることにした。
「別にそんなに緊張すること無いわよ。いつも通りでいいの」
「で、でも、いつもはあんなにお客さん並んでないじゃないですか!」
アズミの指さす方向には、真正面の大きな入口の向こう側に、数百数千といった数の人々が、仰々しく一列に並んでいる。確かに、普段のガランとしたミュージアムからは、想像できない数であった。
「……はあ、お客さんの数なんて関係ないわよ
「そんなこと言ったって」
「後ろを見てみなさい」
「え?」
ルナはアズミと共に後ろを向いた。受付カウンターのすぐ後ろには、ウルトラマンコーナー広がっている。そしてその一番前に、四分の一スケールの初代ウルトラマン像が、まるで我々を見守るかのように、悠然と立っている。
「およそ二百年前、私達人類を命を賭して守ってくれた、光の巨人。貴女の後ろには、いつも彼がいるのよ。何も恐れることなんてないじゃない。最強の戦士が、貴女を守っているんだから」
「……ミ、ミソラさん。ありがとうございます! 私、頑張りますぅ!」
「うん」
柄にもないことを言ってしまった。ルナはすぐさま仕事モードへと戻り、顔には完璧なまでの営業スマイルを張り付ける。
『開場まで、あと一分です。笑顔でお客様を、お迎えしましょう』
館内放送が、戦の始まりを告げた。