拾ったイケメンが自分はウルトラマンだとか言い出したんだけど 作:たいがー MA-2
「ああ、もう疲れた……」
《お仕事お疲れ様です。暗い夜道には十分気を付けましょう。この先、三十メートル、左方向です》
いつも通る帰り道。住宅街の細い道を通るとき、危険はないと分っていても、やはり少し不気味な感じがする。
今日は例年より来客数が五割増しだった。ただチケットを捌くだけの仕事なのだが、同じことを延々とやっていると、突然発狂しそうになる。宇宙人の精神攻撃ではなかろうか。受付でこれだけの疲労なのだから、ガイドの仕事となるとどうなるのだろうか。二日後が心配になってくる。
昔ながらの日本家屋を通り過ぎ、いつもの曲がり角を曲がったその瞬間、目の前が白く塗りつぶされた。
「えっ」
眩い閃光。薄暗かった道が、昼間のような明るさに包まれる。その光が収まっても、しばらくの間視力が完全に失われていた。
「何なのよこれ」
《分かりません。ただ、ルナさんの前方五メートルの位置に、高エネルギーが発生したようです》
「高エネルギー?」
《はい。太陽光エネルギーに近い、プラスエネルギーだと推測されます》
徐々に目が慣れてくる。光があった場所に目をやると、そこには苦しそうに喘ぐ、一人の青年が居た。艶やかな黒髪に、日本人離れした白い肌。百人中百人が美男子だと言うだろうその風貌は、まるで物語の中から出てきた、ファンタジーの住人のようだ。
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
「っうぅ……はあ……はあ……」
額から滝のように汗を流し、肩で息をしている。見たところ外傷は無さそうだが、苦悶に歪められてその表情からは、本当に苦しいという気持ちが伝わってくる。何かの病気なのだろうか。
「こ、こういう時って、救急車呼んだ方がいいかな。警察に連絡したほうがいいかな」
《無暗に近づかず、落ち着いて警察に連絡したほうがいいでしょう。警察なら、救急車も手配してくれますから。警察へ連絡しますか?》
「えっと……ちょっと待って」
ルナは一歩一歩、その青年に近づいて行った。あんなに汗を掻いてちゃ、風邪をひいてしまう。ハンカチを取り出し、彼の額に押しあてた。
「大丈夫ですか?」
「はあ……はあ……奴が、奴が来る……っ!」
凄く苦しそう。ルナはおもむろにその青年の腕を自らの肩に回した。
「家に連れてっても大丈夫かな?」
《おすすめはしません。ですが、ルナさんがどうしてもというのなら、私は口は出しません》
「ありがと、ユリアン」
《念のためにスタンガンを用意しておくことをお勧めいたします》
ユリアンの忠告通り、青年の腰に廻している左手に、護身用スタンガンを持った。
「ほら、しっかりしてよ。重いんだから」
ルナの呼びかけに、青年は低く唸るだけだった。
自分のアパートに近づくにつれ、この状況を見られたら色々誤解されるんじゃないかという不安が、ルナの心の中に芽生えた。男と女が、身を寄せ合いながら、アパートの一室に入っていく。絶対に誤解されるではないか。
《心拍数が上昇しています。ゆっくり深呼吸してみましょう》
「うるさい」
注意深く辺りを気にしながら、やっとの思いで自分の部屋に着いた。青年はまだ意識が朦朧としている。ルナは青年を、自分のベッドの上に寝かせた。冷凍庫の中にあった氷嚢を取り出し、青年の額に乗せる。
しばらくすると、青年の息遣いが規則正しいものに変化し、すやすやと寝息を立ててしまった。
「……思わず連れてきてしまったけど、この状況ってやっぱまずいよね」
一生関わることはないだろうと思っていたイケメンという人種が、自分の部屋のベッドで寝ている。頬が熱くなるのが自覚できた。ルナは青年に布団をかけ、タオルケットと共にソファに寝そべった。
「寒い。エアコン点けて」
《畏まりました。ただ今の設定温度、二十二度です》
ゴォーというエアコンの音を聞きながら、今日の疲れもあってか、ルナはすぐに眠りに落ちた。
朝目が覚めると、見知らぬ男が自分を覗き込んでいる。咄嗟に状況を判断できなかったルナは、思わず声を上げた。
「キャァァ! 変態っ!」
目の前の男を突き飛ばし、枕を投げつけたところで、頭の中にユリアンの声が流れた。
《ルナさん、落ち着いてください。心拍数が上がっています》
「はあ、はあ……あっ」
良く見ると、その男は昨日拾ってきた青年だった。だんだん眠気が覚めてくるにつれ、ルナは自分のしでかした事の重大さを理解し始めた。勝手に連れ込んだだけでも若干アウトなのに、そのうえ変態呼ばわりして突き飛ばしてしまったのだ。これほどまでに気まずいことはない。
「ご、ごめんなさい! ちょっと寝ぼけてただけで……っていうか道で倒れてたから思わず……あの、その、大丈夫?」
「ここはどこだ?」
少しぶっきらぼうな言い方だが、透き通るように綺麗な声だった。思わず聞き入ってしまいそうになる。
「あっ、そうよね、ごめんなさい。ここは一応私の家で……」
「そんなことは見たらわかる。ここはどこの星だと聞いている」
「え?」
見たところルナの方が年上なのだが、その青年の物言いは大分上からだった。そのことに少しムッとはしたが、それより気になることがあった。ここはどこの星か、まるで宇宙人のような質問だ。ルナはもしやと思い、質問してみた。
「もしかして、スペースジェネレーション?」
スペースジェネレーション、所謂“宇宙生まれ”だ。現在の地球は、エネルギー資源がほとんど枯渇している。そんな問題の解決を宇宙に求めた人類は、月や火星、そして土星の衛星へと開拓を進めた。次々と様々な企業が異星に進出していき、地球以外に移住する人間の数が爆発的に増えることになる。地球以外で生まれた人々も数多く、最も人口の多い火星には、約六億人以上のスペースジェネレーションが居るのだ。ちなみに、地球で使われるエネルギーのほとんどが、火星にある「スペシウム」で賄われている。
この青年もおそらく、初めて地球に来たスペースジェネレーションなのだろうと、ルナは見当をつけた。
(乗ってきた船が墜落したのかしら。でも、そんなニュース聞いてないし)
《はい。そういったニュースはありません》
青年は何も答えず、質問を繰り返した。
「質問に答えろ。ここはどこの星なんだ!」
その乱暴な言い方に、ルナも流石に眉を顰める。
「ちょっと、年上に向かってその口のきき方は無いんじゃないかしら? ここは地球よ、安心して」
「チキュウ……地球だと!?」
青年は弾かれたように窓の方に駆け寄り、驚愕の表情で外を眺めた。
「ここが、隊長達が戦った、地球なのか……?」
「えっと、大丈夫?」
「何故、俺は地球に……君、何かを知っているのか?」
青年は突然振り返り、ルナに詰め寄った。整った顔が至近距離にあることに、ルナは赤面して思わず顔を逸らした。
「と、とりあえず座りましょ。今コーヒー入れるから、話はそれからに」
「そんな時間は無い。今すぐに戻らないとっ!? うぐぅ……」
青年は胸を押さえて倒れこんだ。
「だ、ダメよ無理しちゃ。早く座って」
「くっそ……」
「病院行く?」
「いや、大丈夫。これくらい、少し休めば」
とてもそうは見えなかった。
コーヒーを入れ、ルナは青年の隣に座り、話を聞くことにした。
「私は貴方が道で倒れていたのを見て、ここに連れて来たんだけど……。貴方名前は? どこから来たの?」
「俺の名前は……」
青年は困ったように口をパクパクするだけで、何を言わなかった。
「まさか、記憶がないの?」
「え、いや」
「困ったわね。記憶がないとなると……」
やっぱり警察に届けた方がいいのかしら。そんな事を考えるが、目の前の美青年を見るたびに、
心の奥底の邪念が湧きあがる。ここ数年、恋人という存在が居ないルナ。言ってしまえば、人肌恋しいのだ。そんな中に転がり込んできた美青年。性格に難が有りそうだが、これほどのチャンスがまた来るとは思えない。
何とかして、留まらせることが出来ないだろうか。
「何処から来たかも、思いだせない? 何か覚えてることは?」
「俺は……M78星雲、光の国からきた」
「…………は?」
「この星では、ウルトラマンと呼ばれる存在です」
性格に難が有り過ぎた。自らをウルトラマンだと名乗るなんて、とんだ電波君だった。ウルトラマンおたくの部類なのだろう。ルナとは趣味が合わない。
「はあ、そういうのホントに寒いのよね。嘘をつくならもう少しマシな嘘をつきなさいよ」
「嘘なんてついていない! 俺は宇宙警備隊の……!」
「っていうか、さっきから言ってるけど、その口調をどうにかしなさいよ」
「む……すみません。少し混乱していて、失礼な態度を」
青年は先ほどとは打って変わって、殊勝な態度を取り始めた。無理もないか、とルナはコーヒーを飲みつつ息を吐いた。恐らく何かの事故で記憶を失って、自分の中にあるウルトラマンの記憶と、自分を重ねてしまったのだろう。ルナは少々無理やりに、そう決定づけた。
これからどうしようかと、頭を捻っていると、頭の中にユリアンの声が響く。
《現在午前七時です。仕事に遅れてしまいますよ》
「あっ! 忘れてた!」
「え?」
拾ってきたイケメンに気を取られ、仕事の事を完全に忘れていた。ルナは急いで着替えを――
「――あっち向いてて!」
「は、はあ」
危なかった。一人暮らしが長かったので、家に男がいるという状況に慣れていない。
スーツに着替えたルナは、黒い鞄を肩にかけ、青年に向きなおった。
「……着いて、くる?」
「え?」
「ウルトラマンフェスティバルやってるけど、もし良かったら」
「ウルトラマン……はい! 行きます!」
「あ、でも、言っておいてなんだけど、やっぱり体が……」
「大丈夫です。太陽に当たっていれば、すぐに回復しますよ」
「ふふっ、なるほど。分かったわ……名前まだだ。私はミソラ ルナ、よろしく」
「俺は……そう、ホシノ マモルとでもしておきましょうか」