ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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36.戦争

「進めぇっ!!我がハイランドの力を見せつけてやるのだ!!」

「迎え撃てぇっ!!勝利は我らローランスにあり!!」

 

 暗澹(あんたん)とした曇り空の下、両国の兵士は剣を掲げ叫び声を上げて激突する。

 金属の耳障りな剣戟はそこら中から響き渡り、敵を殺さんと無数の矢が飛び交う。人の集中する場所には火炎を纏った岩石や大槍が投石機あるいは投射機によって互いに撃ち込まれ、容易く、そして消費されるように次々と命を落としていく。

 正に戦場(そこ)は地獄だった。

 

「これが、こんなものが戦争……!?」

 

 天族三人と共にグレイブガント盆地へと駆けつけたスレイは全景の見渡せる崖の上に立ち、顔を歪ませ呟いた。

 

 見ようとしなくても目に入る、人同士が争う姿と倒れ伏した死体の数々。

 兜で顔が見えないせいもあるのだろう、ここにいる幾万の兵士は一人ひとりが心と感情を持つ人であるというのに、まるでただの記号と化したかのように現実味がなかった。

 

 離れているというのに鉄と土埃の臭いが鼻を突く。

 この臭いの元は剣か。

 それとも血か。

 

「恐ろしいな」

 

 天族であるミクリオ達にとってもこの光景は酷いものであるようで、一様に顔を強張らせている。

 

「行くのですね。スレイさん」

「うん」

 

 ライラがスレイに対し、改めて意思を問う。

 

「導師として、俺はこの戦争に関わる。世界の異変を、災厄を鎮める事が導師の使命なら、この戦争だって放っておいて良いなんて思えない。ついて来てくれるみんなには悪いとは思うけど」

 

 そう言ってスレイは三人の天族に目を向ける。

 

「ホントよね。戦場の真っ只中に突撃するとか、ついていく身にもなって欲しいわ」

「おいエドナ!」

 

 ミクリオがエドナの言葉を咎める。そんなエドナだが言葉とは裏腹にスレイのもとを去る気は無いらしい。

 そんな様子にクスクスを笑みを零すライラは、居住まいを正してスレイに向き直る。

 

「……わかりました。ですがスレイさん、これだけは言わせて下さい。戦場には数多の暗い想念が満ちていて、貴方はそれらに傷つけられるかもしれません。それでもどうか、自分の内にある正しいと思う気持ちを見失わないで」

「大丈夫。俺のやるべきことは変わらない。ここが誰の戦場であってもだ!行くよ、みんなっ!」

 

 そしてスレイは天族と共に戦場へと(おど)り出た。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 シレル達と再会してすぐに、アリーシャは彼女達と今後の方針を話し合うため地図を広げていた。

 

「姫様、恐らく数日中にはローランス軍と衝突すると思われます。マルトラン教官率いるヴァルキリー隊はマーリンドまで移動後、姫様の到着を待つ手筈となっています。如何なさいますか?」

「流石は師匠(せんせい)、いつも行動が迅速だ。兵を率いている者は?」

「ランドン師団長です」

「ランドン……。確かバルトロ(叔父)の派閥に属する者だったか」

「はい。今回の一件、陛下や他の殿下の方々は関与しておりません。バルトロの独断によるものです」

 

 アリーシャはシレルから話を聞きながら現在の状況を整理していく。

 

 ちなみにヴァルキリー隊というのは教導騎士であるマルトラン直属の隊であり、マルトランが過去の戦場で『蒼き戦乙女(ヴァルキリー)』と呼ばれていたことからその名がつけられている。また隊には女性が多く在籍していることも要因の一つとなっている。

 

「シレル、ローランス側の情報は何かあるか?」

「いえ、確かな事は何も。ですが、これだけ大規模ならば恐らくは『黒獅子卿』なるものが軍を指揮するのではないかとの噂が出ております」

 

 黒獅子卿とはここ数年の間に囁かれるようになった正体不明の人物だ。皇帝の側近であり、軍やその他の権限を有しているとされるが正確な名前はおろか、姿までもが謎だった。

 

「そうか……。ここからマーリンドを経由してグレイブガント盆地へ向かうとなると、どんなに馬を走らせても開戦には間に合わない。となると取れる手段は互いの侵攻を止めつつローランス軍を撤退させ、かつハイランド側もランドン師団長を説得して手を引かせることだが……。駄目だ、時間も戦力も足りない……っ」

「戦力って言うと、ローランスとやり合うためのですか?」

 

 アリーシャが停戦への活路を模索する中、口を閉じていたエギーユが割り込んできた。

 

「そうではない。戦争に参加するのではなく、あくまで戦争を止めるための戦力だ。その時既に始まっているであろう戦場に割って入り、戦火の拡大を防ぐ戦力。そしてランドン師団長を説得するための護衛としての戦力だ」

「護衛って、一応拠点はハイランドの領域内でしょう?何故護衛をつけるんです?」

「想像だがローランス兵が潜入してくる可能性がある。侵攻してくる兵を切り崩すなら回り込んで挟み撃ちした方が効率が良い筈だ。それと……恥ずかしい話だが、叔父は私の存在を酷く疎んじている。その派閥の者達も恐らく同様だろう。流石に無いと信じたいが、戦争の最中であることを好機とみて刃を向けて来るやもしれない」

「それはおっかねぇ。だが、なるほど……。前者はともかく、後者なら当てがあります」

「それは?」

「ルーカス率いる『木立の傭兵団』です。まあ、代金は吹っかけられるかもしれませんが」

「だが彼らは請け負ってくれるかどうか……。傭兵は戦争などの国家間や勢力間などの因縁が付き纏う争いには参加しないと聞いたことがあるのだが?」

「ハイランドの傘下に入ってとなると断ると思いますが、護衛ならば大丈夫でしょう」

 

 アリーシャは少しの間思案する。

 

「助かる。ではすぐに連絡を取ってもらえるだろうか?」

「わかりました」

「シェリー、この者と共に行って交渉してきてくれ」

「承知しました、姫様」

 

 町の傭兵は普段、商人やその荷物を魔物や盗賊から守る護衛任務についていることが多い。戦争に参加するとなると傭兵は使い捨ての道具として使われる可能性があるため請け負うことは無いに等しかったが、護衛であれば請け負ってくれる可能性はあった。

 それが既に面識のあるルーカスならば可能性は更に高くなる。

 

 

 エギーユとシェリーは交渉のため出て行った。

 

 

「あとは戦場だが……」

 

 アリーシャは眉間を寄せて頭を悩ませる。

 

 両軍の間に介入する以上、生半可な実力では意味をなさない。だからと言って両軍の衝突を放置すれば戦争は激化し、止めるタイミングを失うだろう。

 

 アリーシャが師と仰ぐマルトランならば実力的に申し分ないが数の不利が圧倒的だ。いくら『蒼き戦乙女(ヴァルキリー)』と謳われた英傑と言えども数万を超える兵の衝突を止めることなど不可能だ。

 可能性があるとすればただ一人。

 

 だがアリーシャは自分達の戦争に()を巻き込むことに対して、そしてひいてはそれにより()が後に被るであろう影響に対して、強い躊躇(ためら)いを覚えていた。

 

 そんな時、今まで事の成り行きを見ていたその()が動いた。

 

「アリーシャは俺達の仲間だ。困っているなら手を……」

「スレイさん」

「スレイ、それは駄目だ(・・・・・・)

 

 手を貸す、と言いかけたスレイの言葉をライラが遮り、すぐ後にアリーシャも首を横に振る。

 

「これは国同士の争いだ。私が君の従士だから、仲間だからという理由で君を巻き込むわけにはいかない」

「スレイさん。貴方はこの時代において、ただ一人の導師です。であるならどの国にも属さず、常に中立でなければなりません。戦争に介入するとなれば貴方は両国から注目されることになりますわ。それがどのような意味を持つか、おわかりですか?」

「人智を超えた力は必ず勝利をもたらす。人間達はどんな汚い手を使ってでも手に入れようとするでしょうね。あなたを……いえ、導師の力を便利で強力な兵器として」

 

 アリーシャとライラがそれぞれ口にし、エドナが意味について補足する。

 

「……」

「ここは慎重になったほうが良いんじゃないか?」

 

 押し黙るスレイへ、ミクリオは諭そうとする。

 

「策が無い訳ではないんだ。私がランドン師団長を説得する間、マルトラン師匠やヴァルキリー隊にはハイランド軍の後方から兵に戦線からの撤退を訴えてもらうつもりだ。叔父の独断による侵攻戦だからローランスとしても深追いはして来ないだろう。停戦すれば後は国同士の交渉の場へと持っていけば事は治まる。道のりは険しいがやってやれないことはないはずだ」

 

 アリーシャもスレイを安心させるかのように今考え付く案を提示する。だがそれは見方によっては自身に言い聞かせているようにも見て取れた。

 

「……わかった。なら、俺は一人の導師としてこの戦争に介入する」

「「「!?」」」

 

 その言葉に一同が驚く。

 

「スレイさん、戦争とは互いの事情と思惑のぶつかり合い。己の正義を掲げながら争う双方はどちらも悪となり得ます。そこに導師が介入するということはどのような結果を招くかは、わかっていますね?」

「わかっているつもりだ。それでも俺はこの戦争を見過ごせないし、止めたい。それはアリーシャの願いだけじゃない、導師としてみんなを守りたいんだ。そしてこれが、今の俺に出来ることだと思うから」

「スレイ……」

 

 

 スレイはライラの問いに対し、力強く断言した。

 

「済まない。感謝する」

 

 

 アリーシャは自分の願いをくみ取ってくれたスレイに対し、心の底から礼をする。

 

 そしてそれぞれ停戦へ向けた行動を開始した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 当初は拮抗していたかに見えていた両陣営だったが、時間の経過と共にハイランドが押され出した。というのも、この戦争は先にハイランドが仕掛けたにもかかわらず、まるで侵攻を予期していた(・・・・・・・・・)かのようにローランス側の軍備が整い過ぎていたのだ。

 

 そのためあちらこちらでハイランド兵が敗走を始めた。だがこれは戦争であり、また国同士の侵攻戦である以上、ここで進撃を止める理由など何一つ無い。

 

 勢いづいたローランス軍が逃げるハイランド兵を追撃しようとしたその時だった。

 

「蒼破刃っ!」

 

 青い衝撃波の連続に先頭にいたローランス兵が次々に倒されていく。

 

「な、何だっ!?」

「おおっ!あれは……!」

「ど、導師様だ!我らが導師様が加勢に来て下さったぞ!」

 

 突然の事態に戸惑うローランス兵とは反対に、ハイランド兵は導師の出現によって活気づく。

 

「狼狽えるな!セルゲイ団長と同じ気の使い手が一人増えただけのこと!さっさと片付けてしまえ!」

 

 ローランス兵の誰かがそう叫んだことを皮切りに徐々に気を持ち直していき、スレイに対し剣を向け突進してくる。だが。

 

「行ってらっしゃい!《天紅(てんべに)!》」

「《出でよ、絡み合う荘厳なる水蛇!アクアサーペント!》」

 

 ライラの放った鳥の形をした炎がスレイ達の周囲を旋回するようにローランス兵を牽制し、ミクリオの放った水蛇が次々と蹴散らしていく。

 

 ここでようやくスレイが只者ではないと知ったローランス兵は異質なものと対峙しているかのようにたじろいだ。

 

「敵の進軍が止まったぞ!我らも導師様に続けぇ!!」

 

 この瞬間を好機と捉えたハイランド兵が気炎を上げて突撃しようとする。しかしそれは彼らにとって予想外の形で遮られてしまった。

 

「な、何だこれは!?導師様、これは一体何のつもりですか……!?」

 

 突如、ハイランド兵の目の前で石柱が隆起したのだ。それも一本だけではない。いくつもの石柱がハイランドの進行を邪魔するように等間隔に並んで出現したのだった。

 

 地の天族であるエドナの仕業であるが、普通の人間には天族を認識することは出来ない。そのため今も背を向けローランスと対峙している導師スレイの仕業だと、誰もが思った。

 

「ローランス、ハイランドの双方に告ぐ!今すぐに戦いを止め戦場から退け!」

 

 スレイは大声を張り上げ両軍の撤退を促す。この介入によって戦闘が中断しているこの場所での声はとても良く響いた。

 はじめは意味がわからず動きのなかった両陣営だが、スレイの意図を理解したのか除々

に困惑が広がっていく。

 

 進軍しなければならない、だが不可思議な術を使う者が邪魔で進軍出来ない、という膠着状態のまま時間だけが過ぎていく。そんな中、果たして動きがあった。

 ローランス側がじりじりと後退を始めたのだ。

 

 わかってくれたと期待しかけたスレイだったが、そうではなかった。

 

「どうやら撤退する気は無いみたいね」

「君に大槍と矢を集中させるように密かに命令していたよ」

 

 そうスレイに伝えるエドナとミクリオであるが、どうやって知ったのかと言うと文字通り何も隠すことは無い、動きを不審に思った二人が堂々と正面から近づいて盗み聞きしたのだ。

 

 普通の人間には認識されないことを利用した、天族にしか出来ない芸当だった。

 

 

「放てぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 距離を十分に取ったローランス軍から号令が響くと同時に放たれる、丸太程もある尖った大槍と数えられない程の大量の矢。それらがスレイ目掛けて一斉に襲い掛かる。

 

 だがスレイに焦りの色は欠片も見られない。

 

「ライラ」

「はい」

「『火神招来』」

 

 瞬く間に神依化したスレイ。炎の纏う大剣を一閃させると同時に、大槍も無数の矢も全てが一瞬にして焼失した。

 すぐに神依を解除する。戦場には不気味な静寂が包まれた。

 

あれ(・・)は本当に人間なのか……?」

「ば、化け物……っ」

「こ、殺される……!」

 

 そして次第に漏れ聞こえる、スレイ(導師)を恐れ、怯える声。

 畏怖の感情が戦場全体に行き渡った頃合いを見計らい、スレイは再度口を開く。

 

「ローランス、ハイランドの両陣営に今一度告ぐ!戦いを止め、今すぐ退け!!」

「ぐ、ぐぅっ……!て、撤退だ!撤退するんだっ!!」

 

 命令が響くと共にローランス軍は徐々に撤退していく。ハイランド軍も同様であった。

 

「良かったの?」

 

 辺りが静かになった頃、おもむろにエドナが尋ねた。

 

「……うん。今は、これで良い。多少強引でも早く戦争を終わらせた方がいいと思うから」

「スレイ……。彼らにもいつかわかってくれる人がいる。ルーカス達がそうだったようにね」

「……そうだな。そうだと良いな」

「そうですわ。信じましょう」

「うん」

 

 沈んでいたスレイの表情に少しだけ笑顔が戻るのだった。

 

 

 

「――感傷に浸る余裕などあるのか?導師」

 

 滑り込んできた声に気づき周囲に目を向けると、そこには闇の天族サイモンが不敵に口元を歪めて立っていたのだった。

 


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