ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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第三章 タイトル未公開
40.見えるモノが違う


 ハイランド王国ラウドテブル王宮の一室にある書庫。

 

 整然と並ぶ本をぎっしりと抱えた本棚がひしめくその隙間、人一人が通れるような狭い場所にその少年はいた。

 

 少年は脇に何冊もの本を抱えたまま、空いた手で目についた題名の本を手に取ってはパラパラとめくり、自身の知りたいものでないとわかると棚に戻してはまた別の本を手にする作業を黙々と続けていた。

 

「スレイ」

 

 すると棚の隙間を縫うように現れた水色の髪の天族ミクリオがその少年、スレイに声をかけた。

 

「そっちは順調?」

「そう見える?」

 

 言葉と共にため息交じりの笑みを零すその姿は、成果の程を雄弁に物語っていた。

 

 

 

 出兵していたハイランド軍と共にレディレイクに戻ったスレイとその一行だが、門を越えるや否や予期せぬ歓待を受けた。

 

 情報というものは人間などよりよほど足が速く、そのため既にローランスとの衝突と、そして導師スレイとアリーシャ王女がそれを見事休戦に持ち込んだ事が知れ渡っていたのだ。

 

 自分に向けられる様々な感謝の声に驚きを隠せないスレイであったが、アリーシャの采配によって何事もなく王宮へと入る事が出来たのだった。

 

 

 国王への挨拶も済ました後で王宮内の客間を宛がわれたスレイであったが、休養もそこそこにここ数日は書庫へと出向いていたのだった。

 

 

 

「ドラゴンの伝承はマーリンドで見たものばかりで、ドラゴン自体に関しては創作が殆ど。エリクシールも似たようなものだし、災禍の顕主に至っては名前すら出てこない」

「僕も魔物や薬品関連を当たっては見たけれど、これと言って収穫は無かったね」

「やっぱり本だとこれぐらいが限界かな。あとは各地の遺跡を回るとか、伝承を頼りにアイゼンさん以外のドラゴンを探してみるか……」

「だけど旅の合間にいくつかの遺跡に寄ってみたけれど手がかりは無かったし、ドラゴンがいるかもしれない場所もハイランド王国ではレイフォルク以外無かっただろ?」

「そうなんだよなぁ。……ローランスへ行ってみれば、何か見つかるかな」

「それは……今の情勢では難しいだろうね。それにローランスには……」

「うん。わかってる」

 

 ミクリオが言い淀んだ理由を察するスレイは頷く。

 

 

 スレイも分かっているのだ。

 

 ローランス帝国へ行けば新しい発見があるかも知れない。

 そこでならドラゴンやエリクシールについてより詳しく調べられるだろう。

 

 だがあちらには導師の宿敵、災禍の顕主ヘルダルフがいる。

 戦場ではまず間違いなく手加減していたヘルダルフに、スレイは手も足も出なかったのだ。

 だからこそ今相対する訳にはいかない。

 

 ヘルダルフが去り際に残した『今はその時ではない』という言葉。

 

 思惑は定かではないが、それはスレイにとっても同様であり、『その時』までに力を蓄え導師として災禍の顕主と渡り合うまでに成長しなければならないのだ。

 

 そのためのヒントは、既にある。

 

 

「ところでそれは?」

 

 ミクリオに呼び掛けられ思索を中断する。

 その視線はスレイの脇に抱えられた数冊の本へと移っていた。

 

「ああ、これ。ドラゴン関連の本を探してる時に見つけたんだ」

 

「『歴史の導師、その軌跡』『遡る精霊信仰』『グリンウッド大陸遺跡大全』……。二つはわかるけど、この『遡る精霊信仰』は?」

「もしかしたら天族と関係があるんじゃないかと思ってさ。この著者はあらゆる過去の痕跡から、何千年も大昔の人々が自然現象を敬い畏れ『精霊』として祀っていたんじゃないか、という考察を書き記しているんだ。『現代に残る『天族』という存在の源流はここにあるのではないか』って」

「なるほど。だけど、僕からしたらこの著者の考察は見当違いだと思うよ。僕達天族からの視点で見れば、認識出来ない人間が一時期天族を精霊と呼んでいた時期があっただけだと考えた方がよっぽど自然だ」

「それはそうなんだけどさ」

 

 天族に育てられたスレイとしてもミクリオの言い分の方が正しいだろうと考えている。

 

「でもそうすると天族の起源は何なのかとか、どうして天族と人間の姿がほとんど同じなのかとか、そんな疑問が湧いて来ない?」

「まあ、そうだな」

「実際にはミクリオの方が正しいとしても、この著者のように俺達では気づけない視点を知る事で『当たり前』が『疑問』に変わるってとても面白いと思うんだ!」

「……確かに。天族と人間の姿が同じことが自然だと無意識に思っていたけど、そう言われると不思議に思えてくるね」

「だろ?」

 

 二人は語り合いながら本棚の道を進んでいく。

 

 このような掛け合い、もとい意見の述べ合いは昔からよくやっていたことだ。遺跡探検の際、よく意見を述べ合っては相手を言い負かし、時に納得し合ったりしていたのだった。

 

 そうこうしている内に二人は長テーブルや椅子が並べられた開けた場所へと出た。

 

 そこには二人の女性天族であるライラとエドナが、片や上品な佇まいで、片やつまらなそうに、それぞれ手に持つ本を読んでいたのだった。

 

「お二人共お帰りなさい。なにやら楽しげな声が聞こえていましたが、お探しの本は見つかりましたか?」

「全然駄目」

「あらまあ」

 

 ライラに首を振って困ったように笑うスレイ。 

 

「だから言ったでしょ。人間が書いた本にドラゴンやら災禍の顕主やらの事が正確に綴られていたら、それこそ不自然よ」

 

 ドラゴンやその他の関連の本を探す前に忠告していたエドナは、眠そうにふわぁ、と欠伸をする。

 

「で、そういう二人は何を読んでいるんだ?見たところ関係無さそうな内容のようだけど」

 

 ミクリオが呆れながら尋ねる。記憶が確かならばこの二人にも頼んでいた筈だ。

 

「最初は探していたんですけれど、飽きてしまいまして……。わたくしはこの『物語』シリーズですね。主人公の少年もしくは青年が異性と出会うところから始まり、次第に仲間を増やし次々と訪れる困難と立ち向かいながら、最後は世界を破壊しようと目論む敵に打ち勝つ王道の冒険小説ですわ」

 

 そう言ってライラが見せたのは年季の入ったかなり厚みのある本だ。シリーズと言うだけあって『交響の物語』や『明星の物語』など、多数の話があるようだ。

 

「意外だな。てっきり恋愛小説物を読んでいるとばかり思っていたのに」

「勿論恋愛もありますわ!主人公を想い続ける幼馴染といった一途な恋模様から主人公を中心に構築されるドロドロの相関模様、果ては物語によっては幼馴染を殺しに来た暗殺者や担任教師まで虜にする主人公など様々ですわ!」

「と、虜って……」

「更に!親友同士のすれ違いや葛藤、仲間の裏切りなど、ドキドキさせるような展開が目白押しなのです!」

「ああ、そう……」

「どうです?ミクリオさんも一度読んでみますか?」

「い、いや…遠慮しておくよ」

 

 ライラが拳を握り力説しているが、何故だろうか。

 

 先程『当たり前』が『疑問』に変わる事が面白いと言っていたスレイと同じように純粋に目をキラキラさせているというのに、ライラからは全く別方向の気配が感じ取れる。

 

 少なくとも前半の説明はともかく、後半の説明で色々と台無しなので少しも読もうという気は起きなかった。

 

 そしてミクリオは心の中でライラとの距離をそっと空けるのだった。

 

 

 エドナが読んでいるのは本にしては珍しい薄い手帳だった。

 

『神秘のネタ帳』という意味深な題名から何が書いてあるのか気になるものの、読んでいるエドナがそれはもう非常につまらなそうにしていることから面白いものではないのだろう。

 

 というより、目線さえ動いていないのだから、恐らくは読んですらいない。

 

 

 そんな中、スレイが気になっているのはエドナの傍にある一冊の本だった。

 

「……『魔女と呼ばれた導師』?」

「…!」

 

 手に取ろうとするその前にサッとエドナに取り上げられてしまった。

 

「たまたま見つけたから、暇潰しに読んでただけよ」

「どんな内容だったの?」

「大したものじゃないわ。導師が貴族を騙して殺したってだけの話よ」

 

 それを聞いたスレイの表情が明らかに曇るが、エドナはそれを無視するように早々と棚に戻してしまった。

 

 

 

 そこへ見覚えのあるツインテールのメイドがやってきた。

 アリーシャ付きのメイドであるクロエだ。

 

 

 スレイを見つけるなり歩み寄って来る。

 

「またここにいらしたのですね。…もし何かお探しの物があるのでしたら、私共もお手伝いしますが?」

「大丈夫、俺達…っ、俺一人で十分だから!」

「……そうですか」

 

 つい当たり前のように天族達も含めて考えてしまうが、認識出来ない一般人からはこの書庫にスレイ一人だけに見えるのだ。

 それを思い出し慌てて言い直す。

 

 そんなスレイの態度に何やら思案気なクロエであったが、気を取り直して自身の用件を話す。

 

「お嬢様とマルトラン様が訓練場にてお呼びです」

「俺を?」

「はい。何でもスレイ様に教えたい技があるのだそうです」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「来たな」

 

 訓練場ではアリーシャとマルトランが待っていた。

 

「お嬢様、お連れしました」

「ああ。ありがとう」

「では導師殿。クロエから聞いているだろうが、今から貴殿に私の技を伝授したい。構わないかな?」

「あ、はい!」

 

 スレイの返事に頷くと、マルトランは地面に突き立てられた太い木の棒に藁が何重にも巻かれた目標に対峙する。

 

 普段はこれで剣技の訓練をしているのだろう。

 

「…ふっ!」

 

 マルトランが槍の先を地面から空中へ、滑らせるように振るうと同時に放たれる衝撃波。

 地を這うように突き進み目標に激突すると、それは根元から裂けて木屑を撒き散らした。

 

「――『魔神剣』。この技の名だ」

「…槍なのに『剣』?」

「この技を編み出した初代は剣を使っていたと聞く。だが見ての通り、槍でも放つことは出来る。他の武器でも同様だろう」

「なるほど。そういえばこの技、蒼破刃に似てるような……」

「ほう。その技を知っているのか」

「はい。『木立の傭兵団』のルーカスが俺に教えてくれました」

「そうか。先を越されてしまったな」

 

 マルトランは言葉に反して面白そうに唇の端を吊り上げる。

 

「ちなみにアリーシャはこの技は習得済みだ」

「そうなの?」

「ああ。私は師匠(せんせい)と違って溜める隙が生じるから、あまり使っていないんだ」

「では導師殿、やってみてくれ」

「はい!」

 

 スレイは魔神剣を習得するべく、マルトランの指導を受けるのだった。

 

 

 

「師匠、私は……?」

「アリーシャは別の技の習得だ。まだ完全にものにしてはいないのだろう?」

「…!」

 

 そう問われ、これからする技がマルトランが得意の秘奥義『翔破裂光閃』であると思い至る。

 

「見ていたのですね。お恥ずかしい限りです」

 

 尊敬する師に未熟な部分を見られていたとあって、アリーシャは羞恥で顔を赤くする。

 

「何やら不思議な力が技量や威力を底上げして放つことが出来たようだが、そのような力に頼らずとも出来るようになっておかねばな。なに、今のお前ならばすぐに習得出来るだろう」

「はい!」

 

 

 そうしてスレイとアリーシャはマルトランの的確な指導の下、各々の技を完全に習得することが出来たのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……何だ?騒がしいな」

 

 異変をいち早く察知したのはアリーシャだ。

 

 技の習得を終え、更にはマルトランとの模擬戦までしたスレイとアリーシャは、一足先に戻ったマルトランと違い訓練場でしばし休息を取っていた。

 

 だが普段とは違う周りの喧騒に気づき、スレイと共に己の武器を手に取り、警戒を強める。

 ミクリオ達天族も同様だ。

 

 

 怒号が除々に近づいてくる中、大きな跳躍と共に黒い靄を纏った獣がスレイ達の目の前に降り立つ。

 

 ハウンドドッグ。

 以前にも戦ったことのある犬型の憑魔だ。

 

「憑魔!?何でこんな所に……!?」

「詮索は後ですわ!」

 

 驚くスレイだが、ライラの言葉で疑問を頭の隅に追いやり構える。

 

 そして儀礼剣に霊力を流し始めたところで異変は起こった。

 

「な、ん……っ!?」

 

 胸を押さえ膝から崩れるスレイ。

 その異常な様子にアリーシャ達も気づいた。

 

「ぐうぅっ……!」

「スレイ!?」

「スレイ!?どうしたんだ!?」

 

 ミクリオやアリーシャが呼びかけるが、反応する余裕もない。額には汗が浮かんでいた。

 

 その一瞬を好機と捉えたのだろう。

 ハウンドドッグは鋭い牙を見せつけ獰猛に噛みつこうとする。だが。

 

「余所見は禁物ですわ!」

 

 その言葉は果たしてアリーシャ達に言ったものか、もしくは憑魔に言ったものなのか。

 

 ライラの放った多数の炎弾が次々に命中し、倒れたところを浄化して元の犬に戻した。

 

 

 

 皆が心配そうに見つめる中、時間が経過すると共にスレイの表情が和らいでいく。

 

 やがてアリーシャへと顔を向けた。

 

「も、もう大丈夫だから……」

「しかし……!」

 

 スレイが言うようにもう痛みは引いているようで、心配させないようにアリーシャに笑いかける。

 その顔を見て言葉を続けられず、とりあえず医者に診てもらおうと提案しようとするアリーシャだったが、続くスレイの言葉を聞いて頭の中が真っ白になった。

 

 

 

「――ところでアリーシャ、みんなは?」

 

 

 

「…………スレイ?何を、言って……?」

 

 言葉の意味を図りかねたアリーシャは眉を顰めるがしかし、嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らしている。

 

「ミクリオやライラ、エドナがどこに行ったのか知らない?さっきまでそこにいた筈なのに、急にいなくなったんだ」

 

 一瞬の間を要して、アリーシャは即座に振り返る。

 だが天族達は変わらずそこにいて、スレイの眼前に立っている。

 

 それが意味するところは、たった一つ。

 

「まさか、そんな……っ!」

「嘘……」

「スレイ、冗談だろう?頼むから答えてくれ!スレイっ!!」

 

 ライラは信じられないというように手で口を覆い、エドナは目を見開いて呟く。

 

 スレイの親友、ミクリオは目の前の事実を恐れるように、自分の声が届けと願うように叫ぶ。

 

 だがスレイはそんな親友に瞳を向けることもなく、何の反応も示すことはなかった。

 

 

 

 スレイは天族を認識出来なくなったのだ。

 






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