ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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42.赤裸々

 スレイは3人の騎士に囲まれていた。

 

 

 普段から愛用している儀礼剣を手に、距離を取りながら油断無く構える。

 対する騎士の武器は二人が剣を、一人が槍をそれぞれ手にしている。

 

 剣を持つ二人がスレイに迫る。

 一人は正面から、もう一人は横合いから繰り出す刃を受け止め弾き、時に避けながら相手と自分の位置取りに注意しつつ、必要に応じて力の強弱をつけて儀礼剣を振り、優位に立ち回る。

 

 死角に入られないよう動き回り、槍を向けられれば剣を交える騎士達を常に間に立たせて盾にし攻撃させない。

 

 騎士達の連携に隙が生じたところで、スレイは状況を一気に崩すために技を繰り出した。

 

「魔神剣!」

 

 振り抜かれた儀礼剣から放たれる地を這う衝撃波に騎士は体ごと吹き飛ばされ、丁度後ろにいた槍を持つ騎士を巻き込み仰向けに倒される。

 

 技を繰り出した際の隙を逃さないとばかりに騎士が剣を振り上げるが、スレイはそれを易々と避けて反撃した。

 

「蒼破刃!」

 

 至近距離で青い衝撃波を受けた騎士は咄嗟に剣で防御するも、大きく弾き飛ばされる。

 

 仲間がクッションになったことで地面に叩きつけられなかった騎士が起き上がり、剣に手を伸ばそうとしたところで喉元に儀礼剣の切っ先を突き付けられ、戦闘は終了した。

 

 

「それまで!」

 

 やや低めの女性の声が周囲に響き渡る。

 

 

 

 スレイは現在、レディレイクの訓練場にて教導騎士マルトランの指導の下、多対一の戦闘訓練を受けていた。

 

 

 ここ最近は城下の人々や兵士達と交流しつつ、大小様々な依頼を受けていた。

 

 そのため導師スレイの評判は上々だ。

 

 

「ふむ。以前に比べて大分動きが良くなったな」

「ありがとうございます!」

 

 スレイは素直に礼を述べる。

 

 

 聖剣祭でマルトランが見たスレイの戦いぶりは、剣を扱えるが戦闘経験に乏しく、まだまだ未熟なものだった。

 

 だが今はルーカスやマルトランによる戦闘訓練で足りていなかった技術が補われ、スレイ独自の剣技を十分発揮出来るようになっていた。

 

 スレイの技術が急激に伸びたのはルーカスやマルトランの的確な教えのためでもあるが、その他にイズチで培われた反射神経や勘の良さ、導師になったことによる身体的な強化に加え、生来の素直さなどがしっかりと噛み合ったためであった。

 

 

 儀礼剣を引いて目の前の女性騎士に手を差し伸べるスレイ。

 握手をするように握り返し立ち上がる。

 

「大丈夫?」

「はい。我々は日頃からマルトラン様からの鍛練を受けています。これくらいは何でもありません」

 

 怪我を心配するスレイに女性騎士は笑顔で応じた。

 

 

 

 再び天族を認識することが出来たスレイだったが、完全に治った訳ではなかった。

 

 今は元通りだが、霊力を使うと途端に見えなくなり胸に激痛が走る。と言うのも、痛みとミクリオ達が見えなくなる恐怖に耐えて一度検証したため判明したことだ。

 

 

 まず霊力は一瞬しか使うことが出来ず、使うと胸に激痛が走ること。

 そして一度使うと再認識出来るようになるまで一時間程待たなければならないことの二つ。

 

 認識出来るようになってからスレイも交えて話し合ったが、やはり治療の案は出なかった。

 そのためとりあえずその事は脇に置き、当分は極力霊力の使用を控えつつ、鍛練や情報集めに注力しようということになった。

 

 先程まで行っていた女性騎士達との戦闘もその一環だ。

 

 

「お疲れ。調子はどう?」

「うん。大分感じが掴めてきた。憑魔や魔物を相手にするのと、人を殺さないように加減して相手にするのとじゃ、かなり勝手が違うみたいだ」

「そうだね。普通の人間に比べて君は力が強くなっているんだ。気絶させるつもりがうっかり殺してしまったとなったら、取り返しがつかないことになる」

「だな。ルーカスやマルトランさん達に感謝だ」

 

 話しかけてきたミクリオに相槌を打つ。

 

 

 イズチという特殊な環境で育ったスレイは、対人戦闘の経験が乏しい。

 

 ミクリオとの手合せは何度もあるが、それでも子供のチャンバラの延長上に過ぎない。

 しかもミクリオは純粋な杖術使いではなく、水の天響術を主体とした戦い方だ。

 そのため本気で剣を振るうのはウリボアなどの獣や魔物が相手だった。

 

 

 また、導師となって肉体が強化されたことにより力の加減が困難となった。

 

 憑魔や魔物であれば全力で剣を振るっても問題はないが、相手が人である場合はそうはいかない。

 力任せに振るえば盾を破壊出来る程なのだから、その力で人の頭や胴を攻撃すればどうなるかは想像に難くない。

 

 

 ここ数日の鍛練である程度の手加減のコツを掴んだのだった。

 

 

「マルトランさん、俺はこれで戻ります」

「ああ。いつでも来ると良い。今度は私自らが相手をしよう」

「えっと、お手柔らかにお願いします」

 

 好戦的に微笑むマルトランにスレイは苦笑いを浮かべる。

 

 アリーシャから聞いたところによると、マルトランは素の状態であのヘルダルフと数合打ち合ったとスレイは耳にしている。

 

 神依(カムイ)を使わずにこの女傑に勝つのは難しいだろうな、とスレイは思ったのだった。

 

 

 

「それで、これからどうする?」

 

 王宮内に宛がわれたスレイの部屋に戻る途中、ミクリオが尋ねる。

 

「うーん、そうだな……。とりあえず憑魔の情報を集めて浄化していこう。災禍の顕主の事は今は置いておくとしても、憑魔は放っておけない」

「わたくしは賛成ですわ。ですが浄化は……」

「俺の体が元に戻るまでの間は、みんなに頼ろうと思う。それまではみんなに迷惑かけると思うけど……」

「全くだわ。ミボも浄化は弱くて当てにならないし、ホント男は頼りにならないわね」

「…っ」

 

 エドナの言葉に反応するミクリオだが、エドナに言い返す間もなくライラが割って入る。

 

「まあまあ。わたくしとエドナさんに、アリーシャさんも浄化が出来るようになったのですから良いではないですか」

 

 グレイブガント盆地からの帰還中、ライラはアリーシャの短剣を調べていた。

 

 短剣には確かに光の天族の御霊(オーブ)を宿しており、アリーシャが憑魔の浄化や天響術を行使出来たのもこのためだった。

 

 

 だが同時に不可解な事もある。

 

 アリーシャによると、この短剣はまるでアリーシャの意志を汲み取ったかのように、自動で天響術を発動させたのだと言う。

 

 御霊は意志を持たない霊的構造体、つまり端的に言い換えるならば『浄化』や『天響術』の機能が備わっているだけの、ただの『物』だ。

 

 そのためミクリオのように所持している者が能動的に行使しない限り、自ら効力を発揮するようなことはあり得ない。

 

 

 剣の腹に刻まれていた真名にしてもライラやエドナには見覚えのないものであり、天族に取って大事な御霊を何故この短剣に宿していたのかも全くの謎であった。

 

 またライラ達天族は短剣を使っての光の天響術を発動させることが出来ず、アリーシャは試行錯誤の末微弱ながら行使出来た。

 

 そのため、目下アリーシャは天族達の指導を受けながら術の行使の練習中である。

 

 

「万が一わたし達でも浄化出来ない憑魔が現れた時はどうするの?」

「その時は俺とライラが神依で浄化する。一瞬だけ霊力が使えるってことは、神依でも同じだろうから」

 

 様々な弊害はあるがその場合は致し方ない。

憑魔を浄化しないまま放置することなどは出来ないのだ。

 

「そう。なら良いわ」

 

 エドナも納得する。

 

 

 

 そうこうしている内に扉の前へと到着した。

 

 部屋は来賓の者を泊める場所だけあって細やかで上品な意匠がそこかしこに見られ、寝室やラウンジ、ダイニングなどいくつも扉で仕切られている。

 

「情報集めも大切ですが、まず先に汗を流しては如何ですか?朝からずっと動いていましたし」

 

 模擬戦を長時間続けていたスレイはよく動き回っていた。

 

 そのため多量の汗をかいており、青い上着の所々が色を濃くしている。

 

「確かに汗でベトベトだし、このままだと服も臭くなりそうだ。ミクリオ、いつものあれ(・・)よろしく!……ミクリオ?」

「…え?あ、ああ。わかったよ」

 

 思いつめたような顔をしていたミクリオは、スレイの声にはっと顔を上げて頷いた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 アリーシャは手に持つ報告書に目を通しつつ、王宮内の通路を一人歩いていた。

 

 報告書の大部分は今回の戦争のものであり、その中には『木立の傭兵団』や『セキレイの羽』への請求書類も当然含まれている。

 

 緊急事態であったために、平素であれば目も眩むような金額が記載されているが、それは手続きをすることでハイランド王国が支払うことになっているので問題は無い。

 

 それよりもアリーシャの頭を悩ませているのは報告書と共に自身の手の中にある一通の封書であった。

 

 

 スレイ達の部屋に到着したアリーシャは扉をノックする。

 

「はーい。アリーシャさんですか?」

「そうです。スレイは今居ますか?」

「ええ。今開けますね」

 

 そう言ってライラは扉を開けて出迎える。

 

 促されるままに入室したアリーシャ。

 

 だが周りを見回してもスレイの姿は見当たらない。ミクリオもだ。

 

「どうなさいました?」

「スレイに渡す物があるのでこちらに赴いたのですが、スレイは……?」

「スレイさんでしたら――」

 

 ライラが伝えようとするその前に、側にいたエドナが急に割り込んできた。

 

「大変よアリーシャ。スレイが変なの……!」

「…!スレイがどうしたのですか!?」

 

 一瞬驚いたアリーシャだが、エドナの普段では見られない狼狽えた様子にただならない気配を感じ取る。

 

「ここに来るまでにひどい汗をかいていたの。それで、戻ってくるなり閉じ籠って……」

 

 そう話すエドナの声は、震えている。

 溢れ出しそうな感情を抑えるようにエドナは顔を両手で覆い、一層しおらしい仕草を見せる。

 

 その姿は華奢な少女の見た目も相まって、とても儚げだ。

 

 アリーシャには、エドナが今にも泣き出しそうに映った。

 

「エドナ様、スレイは今どこに!?」

「その扉の向こうにいるわ。スレイは今頃……っ」

「っ!」

「あっ、待って……」

 

 ライラの制止も聞かず、アリーシャはドアノブに手をかける。

 

 

 今思えば、スレイにはたまに物事を自分で抱え込もうとする節がある。

 

 平気そうにはしているが、今の天族が認識出来なくなるかもしれない状態は、精神的には相当辛いに違いない。

 

 胸に走る激痛も、思っていたよりもずっと深刻だったのかもしれない。

 

 従士であるというのに体調の変化に気づけなかった事を悔やみ、自責する。

 

 

 ミクリオ様の姿が見えなかったということは、スレイと一緒にいるのではないか。

 もしかしたら少しでも痛みを和らげようと天響術を使っているのかも知れない。

 

 

 そんな想像がアリーシャの脳内を瞬時に駆け巡る。

 

「スレイ、無事かっ!?」

 

 そしてアリーシャは、勢い良く扉を開け放った。

 

 

 

 

 

「――ちょうど裸でいると思うわ」

「あ」

「え?」

 

 アリーシャの後ろから聞こえてくるエドナの楽しげな声。

 口を半開きにするミクリオ。

 

 そしてアリーシャへと振り向くスレイ。

 

 

 

 

 ――時が固まった。

 

 

 

 

「なっ…なっ…なっ…なっ……!!?」

 

 扉を開けたままの体勢で動きを止めるアリーシャ。

 そして瞬時に顔を真っ赤に染め上げた。

 

 目はこれでもかと見開かれ、口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返している。

 その様は酸欠状態を起こしているようにも見え、事実、この瞬間は息の仕方など頭から吹き飛んでしまっているに違いない。

 

 

 何故そのような様相になったかと言えば、答えは単純。

 目の前のスレイがほぼ全裸だったから。

 

 正確にはパンツのみ着ている状態だが、どちらにせよ普段顔以外の肌が見えないスレイとは、露出の度合がまるで違う。

 

 更には引き締まり、かつ筋肉のついた肌を伝う汗が微妙に光を反射させ、よくわからない妖しさを引き出していた。

 

 

 ミクリオはと言うと、スレイの横で水球を浮かべていた。

 

 スレイから受け取った衣服を石鹸と共に水球に放り込み、水流を操作して撹拌(かくはん)していた。

 要するに洗濯をしているのだ。

 

 水の天族であるミクリオは自在に水を操作出来る。

 そのため洗うことは勿論、水分を抜いて乾かすことも容易だ。

 

 水の天響術は日常生活において、非常に便利な術と言えるのだった。

 

 

「きゃああああっ!」

「えぇっ!?」

 

 我を取り戻したアリーシャが叫び声を上げる。

 裸を見られた側であるのに、何故か叫ばれたスレイは非常に困惑した。

 

 ちなみにライラは顔を赤くして手で顔を覆いつつも、細い指の隙間からばっちり見ており、エドナに至っては取り繕おうともせず、ニヤニヤ顔を浮かべて上から下までしっかりと視界に収めていた。

 

 

「う…ぁ…ああの、こ、これはその…わざとではなくて!だ、だから……!」

 

 アリーシャは明らかに狼狽していた。

 何か言わなければと思いながらも、空回って上手く言葉に出来ない。

 

「と、とりあえず良いから、早く閉めて!」

「す、すすまない!」

 

 バンっ!と音を立てて閉められる扉を背にして、アリーシャは疲れ切ったように息を切らしていた。

 

「興奮した?」

「してませんっ!!」

 

 アリーシャはエドナの言葉を即座に否定する。

 

 興奮はしていた。

 ただしスレイの裸を見たからではなく、見てしまったがための羞恥によるものだが。

 

「スレイのくせに、なかなか良い体してたわね」

「普段は服や衣でわかりませんが、思った以上に鍛えられてましたわね」

「子供っぽい顔は減点ね。でも後五年か十年もすれば良い男になりそう。ね?アリーシャ?」

「わ、私に振らないで下さい!」

「どうして?筋肉のついた男の体って芸術的だと思わない?」

「た、確かに鍛え上げられた武人の肉体は、そ、その…芸術的だと思いますが……」

「アリーシャさん、はしたないですわ!」

「い、いえ!あくまで一般論で、私がそういう趣味という訳では……」

 

 そう言いつつ、脳裏に浮かぶのは先程見た光景だ。

 

 程良く盛り上がった胸や腹筋、くっきりと浮かぶ鎖骨、背中からお尻にかけての引き締まったラインなど、思い出しただけで顔が熱くなってしまう。

 

 はっと気がつくと、目の前にはエドナのニヤニヤ顔がそこにあった。

 

「興味、あるんでしょ?」

「いえ、その……」

「あるんでしょ?」

「……な、無いことも無いかもですが……」

「ふぅん。……エッチな子ね」

「ハレンチですわー!」

「なっ!ち、違います!私は――!」

 

 アリーシャの必死な弁明もエドナとライラには届かない。

 ガールズトークはしばらくの間続くのだった。

 

 

「全部聞こえてるんだけど……」

「全く、何やっているんだか……」

 

 そして、扉の前で話しているために、アリーシャ達の会話はスレイ達に筒抜けであった。

 当事者であるスレイは耳を赤くし、ミクリオは処置なしとばかりに呆れ返っていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 騒ぎが治まりスレイも着替え終わった頃、ようやく本題に入ることが出来た。

 

 アリーシャにはまだ赤みが残り、微妙にスレイを直視しようとしない。

 

「それで、俺に渡したい物って?」

「あ、ああ。これなのだが……」

 

 アリーシャは封書を手渡す。

 

 受け取って開いて見ると、どうやらそれはハイランド王国国王からのパーティの招待状であった。

 

 

「これは?」

「今回の君の活躍を祝して、という名目でパーティが開催される。その主役として是非出席して欲しいそうだ」

 

 そう告げるアリーシャの顔は曇っていた。


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