第1話 -始まりの合図-
問 以下の意味を持つことわざを答えなさい
(1)得意な事でも失敗してしまう事
(2)悪い事があったうえに、更に悪い事が起きる喩え
姫路瑞希の答え
『⑴弘法も筆の誤り』
『⑵泣きっ面に蜂』
教師のコメント
正解です。他にも⑴なら“河童の川流れ”、“猿も木から落ちる”、⑵なら“踏んだり蹴ったり”や“弱り目に祟り目”などがありますね。
前原玲奈の答え
『⑴天狗の飛び損ない』
『⑵一難去ってまた一難』
教師のコメント
正解です。得意科目になると輝きますね。私が類義語を挙げたにも関わらず、他の類義語を知っているとは思いませんでした。他の教科もこの調子で頑張って下さいね。
土屋康太の答え
『⑴弘法の川流れ』
教師のコメント
シュールな光景ですね。
吉井明久の答え
『⑵泣きっ面蹴ったり』
教師のコメント
君は鬼ですか。
福原教諭が戻ってきた。私はさっきからやたらチラチラと視線を向けられて辛かったので、福原教諭に帰って来てもらえてかなり一安心していた。
福原先生が新しい教壇(とはいえやはり古い物だけど)を持ってくると、また自己紹介が再開した。もうあと数人だ。私の後ろには人がいないので、遅刻してきた数人と赤髪の彼である。
「えー、須川亮です。趣味は____ 」
淡々と自己紹介の時間が流れていることにほっと安堵した。何故あんなに見られていたのかわからないが、兎に角息がつまるというか、心臓が苦しかった。
「坂本君、キミが自己紹介最後の一人ですよ」
「了解」
福原先生に呼ばれて坂本くん(?)が席を立ち、ゆっくりと教壇に歩み寄る。何だか雰囲気に気の入れられないモノを感じて、私はごくりと生唾を呑んだ。
「坂本君はFクラスの代表でしたよね?」
福原先生に問われて頷く坂本くん。どうやら彼がFクラスの代表________つまり現時点での最高得点者という事だ。
「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺の事は代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ」
教壇に立ってそう言う坂本くんは、何だか威厳があって、少し近寄りがたい印象を覚えた。それで自己紹介が終わるのかと思っていたけど、どうやらそれでは終わらないらしい。
「さて、皆にひとつ聞きたい」
クラス全員の視線が坂本くんに集まってゆく。私もきっとその1人で、彼は何かとても大きな事をしたいのだな、と直感的に感じた。坂本くんは教室内の各所に視線を移す。
かび臭い教室。
古い座布団。
薄汚れた卓袱台。
目線が移動している坂本くんを、視線で追いかけ、同時に備品を見ているFクラスの生徒たち。そして、わたし。
「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが____ 」
次の坂本くんの言葉に、
「不満は無いか?」
『大ありじゃぁっ!!』
Fクラスの生徒たちは一斉に叫んだ。
坂本くんは、まさに予想通り、と言わんばかりにうっそりと笑みを浮かべる。
「だろう?俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている」
「(不満があるなら振り分け試験の前に、真面目に勉強していれば良かったんじゃないのかな…)」
何てことはこの周りのテンションを見る限りでは言えそうもないし、言うつもりもない。
嗚呼、何だか少し________
『そうだそうだ!』
『いくら学費が安いからと言って、この設備はあんまりだ!改善を要求する!』
『そもそもAクラスだって同じ学費だろ?あまりに差が大きすぎる!』
面白そうなことになってきた。
私も大概性格が悪いな、なんて思いながら、そっと微笑んでしまう。
「みんなの意見は尤もだ。そこで____ 」
わたし達の反応に満足したのか、坂本くんは自信に溢れた顔に、不敵な笑みを浮かべる。
彼のこれから発する言葉に、私はどきどきと高鳴る胸を押さえながら、きっと生き生きとした表情で彼を見ていることだろう。
「これは代表としての提案だが________ 」
彼は、そう、きっと________「下克上」を望んでいる。
「 _______Fクラスは、Aクラスに“試験召喚戦争”を仕掛けようと思う」
戦争の引き金は、引かれた。
「…………“試験召喚戦争”」
坂本くんの提案に、私はポツリと呟いた。
その提案はどこまでも私を興奮させた。高揚させた。私が“本”以外でこんなにうきうきしたのは初めてだ。
だけど、実際はその提案は受け入れられない。
なぜなら________
『勝てるわけがない』
『これ以上設備が落とされるなんて嫌だ』
『姫路さんが居たら何もいらない』
最低成績者であるFクラスが最高成績者のAクラスに勉強で挑む、と言っているのだから。
これほどまでに勝ち目のない戦いは聞いたことがないし、これほどまでに楽しそうな戦いも、私は見たことがない。
因みに、“試験召喚戦争”と言うのは科学とオカルトと偶然により完成された『試験召喚システム』を使って、テストの点数に応じた強さを持つ『召喚獣』を呼び出して戦うというクラス単位の戦争のことだ。
「そんなことはない、必ず勝てる。いや、俺が勝たせてみせる」
それでも彼は自信満々だ。
私はどこにそんな根拠があるのだろう、と少し疑問符を頭の上に浮かべる。
『何を馬鹿な事を』
『できるわけないだろう』
『何の根拠があってそんなことを』
否定的な意見が教室中に響き渡る。
「あの、」
私が声を上げると、誰もが私を見た。
やっぱり視線が集まるのは得意ではないな、なんてことが頭の片隅を流れた。
でも、私は聞いてみたかった。どこにそんな根拠があるのか。そんな自身を作る要因となる人物がいるのか。
視界の隅で、坂本くんがニヤリとほくそ笑んだ。
「確かに今の私たち____Fクラスには、成績優秀で学年次席レベルの学力を持っている姫路さんがいます。でもそれだけで勝てるとは思えないんです。
坂本くんが姫路に頼った作戦を使っても、どうしても“勝ち”のイメージが湧いてこなくて____どんな根拠があったら、Aクラスに勝てるのかなって…」
「根拠ならあるさ」
「……?」
坂本くんは私の目をじっと見つめていた。
「このクラスには試召戦争で勝つ事のできる要素が揃っている」
「( ____この人はどこまでも、私を楽しませてくれる人だ…)」
私は「そう、ですか」と呟いて、席に着いた。
坂本くんはいつも通り、不敵な笑みを浮かべて壇上から私達を見下ろしていた。
「おい、康太。畳に顔をつけて姫路のスカートを覗いてないで前に来い」
「……!!! (ブンブン)」
「は、はわっ」
必死になって顔と手を左右に振る否定のポーズを取るのは土屋くん。視界の隅でもぞもぞとしていたから何をしているのかと思えば、姫路さんのスカートを覗いていたのか。土屋くんは顔に付いた畳の跡を隠しながら、壇上へと歩き出す。
「土屋康太。コイツがあの有名な、
「…………!!! (ブンブン)」
またもや必死に手を左右に振っているが、私にだってそれくらいは分かる。
学年中で有名なその名前は、男子には畏怖と畏敬を、女子には軽蔑を以て挙げられる。
『ムッツリーニだと……?』
『馬鹿な、ヤツがそうだというのか……?』
『だが見ろ。ああまで明らかな覗きの証拠を未だに隠そうとしているぞ……』
『ああ。ムッツリの名に恥じない姿だ……』
周りが納得していると、土屋くんは否定しながらも頬に付いた畳の跡を隠している。
「(何だか小動物に見えてきたなあ…)」
「???」
「姫路のことは説明する必要もないだろう。皆だってその力はよく知っているはずだ」
「えっ?わ、私ですかっ?」
「ああ、ウチの主戦力だ。期待している」
当たり前のことだ。Aクラスに挑むには姫路さんがいなければどうにもならない。例え私たちがどんな作戦を練ろうがそれは変わらないことだから。
『ああ、そうだ。俺たちには姫路さんがいるじゃないか』
『たしかに彼女ならAクラスに引けをとらないな』
『ああ。彼女さえいれば何もいらない』
さっきから誰かが姫路さんに熱烈なラブコールをしているのが気になって仕方ない。そんなに姫路さんが好きなのだろうか。
「木下秀吉だっている」
『おお……!』
『確かアイツ、木下優子の……』
やっぱり優子の双子の弟だったんだな、と一人納得する。
私の親友は私なんかより全然成績優秀で、品行方正、見目麗しい模範生徒だ。彼氏が出来ないのはどこまでも完璧を求めるが故のその性格と、同性愛(特にボーイズラブ)に興奮する性癖があるからだと思う。それを知る人は少ないと思うけれど。
「そして____前原だ」
何故自分の名前が呼ばれたのか皆目見当もつかない。
「…え?」
「このクラスにも知っている人は数人いるようだが、前原玲奈といえば文系科目において驚異的な点数を持つ図書委員長だ。図書委員長という称号から特殊能力を持ち、得意科目である国語では学年主任である高橋教諭をも凌ぐと言われる」
「ま…待ってください!そんな根も葉もない噂話で____「それだけに飽き足らず、教師陣から全幅の信頼を寄せられていて、教師たちからは『困った時の前原』とまで言われているらしい」
それは、試召戦争と関係あるんでしょうか……」
たしかに、図書委員長という称号から特殊能力を持っているのは確かだ。でもそれは400点オーバーであれば誰もが持つことが出来るもので、私はそれが現代国語であればどれだけ点数が低くても使用可能というだけのものだ。他にも、点数を消費しないというメリットはあるが、私は召喚獣の扱いには慣れていないのでデメリットも少なからずある。
『前原さんは本が大好きだからなあ』
『それと可愛くて優しい。俺たちみたいな男にも分け隔て無く声をかけてくれるし』
『真面目で高橋先生や鉄人から可愛がられてるよなあ』
最初以外は認めない。
「坂本くん、まさか根拠って私のことも…」
「当然、この俺も全力を尽くす」
坂本くん、無視しないで。
『確かに何だかやってくれそうな奴だ』
『坂本って、小学生の頃は神童とか呼ばれていなかったか?』
『それじゃあ、振り分け試験の時は姫路さんと同じく体調不良かなんかだったのか』
『実力がAクラスレベルが3人もいるって事だよな!』
いけそうだ、やれそうだ。そんな雰囲気が教室内に広がっていく。自分も頼りにされていたことが少しながら不服だが、私は大人しく黙っておいた。今、士気を下げるようなことを言えば、後ろ指を指されてしまう。
「それに、吉井明久だっている」
……シン―――
さっきまで上がっていた士気が、一気に落ちるのをこの身で感じた。
「ちょっと雄二!どうしてそこで僕の名前を呼ぶのさ!全くそんな必要はないよね!」
吉井くんが豪快に自分を下げてみていることを少し不思議に思いながら、私は苦笑いを溢した。
『誰だよ、吉井明久って』
『いや、知らん』
吉井くんはそれなりに有名だと思う。
何せあんな不名誉且つ恥ずかしい勲章を貰っている訳だし、それをひけらかすわけではないけど、なんとなく名前だけなら知っている、という人はいくらでもいるだろう。
「ホラ!せっかく上がりかけてた士気に翳りが見えてるし!僕は雄二たちと違って普通の人間なんだから、普通の扱いを________ちょっと雄二、なんで僕を呆れた目で見るのさ!士気が下がったのは僕のせいじゃないでしょう!!?」
「(吉井くんのせいではないけど、吉井くんが普通の人かどうかと言われると、少し考えものだよね…)」
坂本くんは説明を続けた。
もしかして、と思って口を開こうとすると。
「そうか。皆は余り知らないようだから教えてやる。こいつの肩書きは《観察処分者》だ」
坂本くんは吉井くんが嫌いなのだろうか。
「……それって、馬鹿の代名詞じゃなかったっけ?」
言うまでもなく、その肩書きは他の生徒も知っている。________というか、知らない人は少ないと思う。
「ち、違うよっ!ちょっとお茶目な十六歳につけられる愛称で」
「そうだ。バカの代名詞だ」
「肯定するな、バカ雄二!」
________《観察処分者》。学園生活を営む上で問題のある生徒に課せられる処分で、吉井くんが唯一 この学園でこの処分を受けているのは有名だ。
「(でも吉井くんは何となく、そんなに酷い汚名を受けるほど酷い人には見えないんだよね…優しそうな好青年、って感じで…)」
と、私がそんな事を考えていると、
「あの、それってどういうものなんですか?」と姫路さんが首を傾げながら坂本くんに聞いていた。
そんな姫路の質問に坂本くんは答えた。
「具体的には教師の雑用係だな。力仕事とかそう言った類の雑用を、特例として物に触れられるようになった召喚獣でこなすと言った具合だ」
坂本くんの答えに姫路さんはキラキラと目を輝かせながら、吉井くんに羨望と尊敬の眼差しを送ったが、実際の所はそんなに良いことばかりではない。どちらかというと“罰”にしかならないデメリットばかりである。
そんな姫路さんの視線に、吉井くんも手を振りながら苦笑いで否定した。
「あはは。そんな大したもんじゃないんだよ、姫路さん」
確かに召喚獣を自分の思い通りに動かせると言うのは凄く便利だけど、フィードバックなどのデメリットがあるからこその《観察処分者》であって、凄い事ではない。学園にとって問題児とされる相手に課せられる、ペナルティなのだから。
『おいおい。《観察処分者》って事は、試召戦争で召喚獣がやられると本人も苦しいって事だろ?』
『だよな、それならおいそれと召喚出来ないヤツが一人いるってことだよな』
当然、そんなペナルティを課せられた人が自分から進んで戦闘に参加するのはただのMかど変態だけだろう。何せ、召喚獣が戦闘中によって受けた痛みが自分に帰ってくるのだから。
「(絶対にすっごく痛いよね…)」
考えるだけで、身体に痛みが伴う感覚があるような気がして、思わず肩を抱いた。
「気にするな。どうせ、いてもいなくても同じような雑魚だ」
「雄二、そこは僕をフォローする台詞を言うべきだよね?」
ただ単に吉井くんの恥を暴露したかっただけのようで、私は苦笑いどころか少し心が痛くなった。
なんだか吉井くんが可哀想に思えて、考えていたことが口からするりとこぼれ出る。
「でも観察処分者は私達と違って召喚獣の扱いには長けていたよね…」
「…〜〜っ前原さんほんと優しい…!!!」
「えっ」
別にそこまで目をキラキラさせて、しかも瞳に涙を溜めながら言われるようなことを言ったつもりはないのだけど。
私がきょとんとしていると、どうやら私が吉井くんを庇うとは思っていなかったのか、坂本くんは少し吃りながらも言葉を発した。
「と…とにかくだ。俺達の力の証明として、まずはDクラスを征服してみようと思う」
自信たっぷりなその言葉は、どこか勝ちを確信しているような気がして。私は思わず彼をじっと見つめてしまう。
彼は不思議な力を持っているのだろうか。
そのメンバーに何の根拠もないことは分かっている。
確かに作戦によっては勝ち目がないとは言えないが、木下くんは演技にばかりかまけていて全く勉強していない、と憤怒する優子を知っているからそんなに成績が良いとは思わないし、坂本くんが本当に成績がいいならとっくにAクラス行きしているはずだ。
彼は士気を挙げるために自分の名前を挙げたに過ぎない。そして私もそうだ。姫路さんも私も、今時点では得点は0であり、戦力にも数えられない。
回復試験を受ける時間を稼ぐのに、相手がDクラスでは少し無理がある気がした。
「皆、この境遇は大いに不満だろう?」
『当然だ!』
「ならば全員
『おおーーーっ!!!!』
「俺たちに必要なのは、卓袱台ではない!Aクラスのシステムデスクだ!」
『うおおーーーっ!!!!!』
「お、おー……」
みんなから遅れて、姫路さんは小さく腕を上げた。
何故だろう。彼は、彼には力がある。
どこか、他人に力を与えるような、活力を与えるような。悪知恵が働くというか、何となく彼のことを少し恐ろしく思ったと同時に、尊敬した。
満足そうに笑みを浮かべた坂本くんは、吉井くんに_____
「明久にはDクラスへの宣戦布告の使者になってもらう。無事大役を果たせ!」
死刑宣告をした。
「……下位勢力の宣戦布告の使者ってたいてい、酷い目に遭うよね?」
「(確かにそうだよね…私が小説を読みすぎなだけなのかもしれないけど…)」
自分の思考回路がSF小説やらバトル漫画やらに乗っ取られているのか、私と吉井くんは同じことを思っていたらしい。
「大丈夫だ。奴らがお前に危害を加えることはない。騙されたと思って行ってみろ」
「本当に?」
「もちろんだ。俺を誰だと思っている」
吉井くんに優しい笑みを浮かべているが、私はさっきの吉井くんへの行動で、彼が“吉井くんに優しい”人には思えなかった。普通にしていれば多分きっと、優しい人なんだろうと思うけど。
だけどそんな坂本くんに、吉井くんは次第に警戒を解いていく。このままでは吉井くんは完全に騙されてしまいそうだ。
「大丈夫、俺を信じろ。俺は友人を騙すような真似をしない」
しかし、私がオロオロしている内の追い討ちの一言で、吉井くんは遂に騙されてしまった。
「わかったよ。それなら使者は僕がやるよ」
「ああ、頼んだぞ」
完全に騙されている吉井くんが哀れになってきて、私は思わず声をかけた。
「あの________ 」