あの後、雄二は倒れたまま僕の方をじっと見て、目でこう訴えた。
『毒を盛ったな』、と。
『毒じゃないよ、姫路さんの実力だよ』
僕も目で返事をする。いつも一緒に行動している僕らだからこそできる技。こういう時は凄く便利だ。
「あ、足が……攣ってな……」
姫路さんを傷つけないようウソをつく雄二。昨日姫路さんが言っていた通り、確かに優しいかもしれない。
「あはは、ダッシュで階段の昇り降りしたからじゃないかな」
「うむ、そうじゃな」
「そうなの?坂本ってこれ以上ないくらい鍛えられてると思うけど」
事情のわかっていない島田さんが不思議そうな顔をする。余計なことを言い出さないうちに退場させた方が良いかもしれないな。
「ところで島田さん。その手をついてるあたりにさ」
ビニールシートに腰を下ろしている島田さんの手を指差す。
「ん?何?」
「さっきまで虫の死骸があったよ」
嘘だけど。
「えぇっ!?早く言ってよ!」
慌てて手を避ける。ここら辺は一応女の子みたいだ。
「ごめんごめん。とにかく手を洗ってきた方がいいよ」
「そうね。ちょっと行ってくる」
席を立つ島田さん。これでリスクは低減された。
「島田はなかなか食事にありつけずにおるのう」
「全くだね」
はっはっは、と男3人で朗らかに笑う。
一方その後ろ側で僕らは必死に作戦会議を行っていた。
(明久、今度はお前がいけ!)
(む、無理だよ!僕だったらきっと死んじゃう!)
(流石にワシもさっきの姿を見ては決意が鈍る……)
(雄二がいきなよ!姫路さんは雄二に食べてもらいたいはずだよ!)
(そうかのう?姫路は明久に食べてもらいたそうじゃが)
(そんなことないよ!乙女心をわかってないね!)
(いや、わかってないのはどちらかというとお前のことだと__)
(ええい、往生際が悪い!)
卒倒しそうな勢いでふわふわと意識を飛ばしている玲奈ちゃんと、そんな玲奈ちゃんを心配している姫路さんの目を盗んで、
(おらぁっ!)
(もごぁぁっ!?)
その隙に雄二の口の中一杯に弁当を押し込んだ。
目を白黒させているので、顎を掴んで咀嚼するのを手伝ってあげる。ご飯はよく噛みましょう。
「ふぅ、これでよし」
「……お主、存外鬼畜じゃな」
秀吉が何か言っているけど気にしない。
雄二が更に激しく震えているけど気にしない。
「お弁当美味しかったよ。ご馳走様!」
「うむ、大変良い腕じゃ」
「えっ」
まさか!とまるで鬼でも見たかのような形相でこちらを見る玲奈ちゃん。どうやらさっきの言葉で正気を取り戻したようだ。
「わ、私まだ瑞希ちゃんのお料理食べてなかったのに…」
「ごめんね玲奈ちゃん」
「すまんのぅ、ついつい箸が進んでしまったのじゃ」
「そんなに美味しかったんですか?流石だね、瑞希ちゃん!」
「えへへ、お口に合ったみたいで何よりです!」
「もちろん、とても美味しかったよ!ありがとうね!」
「ワシからも礼を言おう、ありがとう」
「あ、それじゃあ私も!ありがとう、瑞希ちゃんっ」
流石の演技力と言うべきか、自信があると本人が話していただけのことはあって、ころころと表情を変える玲奈ちゃん。秀吉も僕も貼り付けた笑みを剥がさない。せっかくムッツリーニと雄二が姫路さんを傷つけまいとしてくれたんだ、繋がなければ!
だけど作ってきてくれたことにお礼を言っているのはみんな同じ気持ちだ。有難く(雄二が)頂戴したのも事実。
「そういえば、美味しいと言えば駅前に新しい喫茶店が_____ 」
ここで話題を逸らしにかかる僕。これ以上下手なことを言って『それじゃ、また作ってきますね』なんてことにならないための配慮_____いや予防線だ。
「ああ、あの店じゃな。確かに評判がいいな」
「え?そんなお店があるんですか?」
「あ、知ってる!ラ・ペディスでしょ?私も行ってみたいなって思ってるんだ〜」
「そうそう、さすがよく知ってるね、玲奈ちゃん!」
とりとめのない会話が続く。作戦は成功した模様、どうやら危惧した事態は避けられそうだ。
「あ、そうでした」
姫路さんがポン、と手を打った。
「ん?どうしたの?」
「実はですね_____ 」
ごそごそ、と鞄を探る。
「デザートもあるんです」
「あぁっ!姫路さんアレはなんだ!?」
「明久!次は俺でもきっと死ぬ!」
雄二が命がけで僕の作戦を止めにかかる。
くっ、反応の良い奴め。
(明久!俺を殺す気か!?)
(仕方がないんだよ!こんな任務は雄二にしかできない!ここは任せたぜっ)
(馬鹿を言うな!そんな少年漫画みたいな笑顔で言われてもできんものはできん!)
(この意気地なしっ!)
(そこまで言うならお前にやらせてやる!)
(なっ!その構えは何!? 僕をどうする気!?)
(拳を貴様の鳩尾に打ち込んだ後で存分に詰め込んでくれる!歯を食いしばれ!)
(いやぁーー!殺人鬼ーー!)
(そ、それはいくらなんでも見逃せませんっ!それなら私が…!)
(((玲奈(ちゃん)は絶対ダメ(だ)(じゃ)!!!!)))
(ええええ…)
玲奈ちゃんが死を覚悟したような顔つきで告げた決死の覚悟も僕達は止めてみせる。それだけは許しません。それなら僕が食べます。
(……ワシがいこう)
(秀吉!? 無茶だよ、死んじゃうよ!)
(俺のことは率先して犠牲にしたよな!?)
そりゃそうだ。見た目が美少女の秀吉や中身まで完璧に美少女な玲奈ちゃんの方が雄二よりも遥かに重要度は高いんだから。
(大丈夫じゃ。ワシの胃袋はかなりの強度を誇る。せいぜい消化不良程度じゃろう)
(た、たしかに毒を無効化するくらい強い胃の持ち主ですし…で、でもやっぱり危険です!私の胃袋は両親からブラックホールと形容されるくらいだし、もしかしたら!)
(本当によく食べるんだね玲奈ちゃん)
(お恥ずかしながらこの中の誰より食べる自信があります…)
にしてはすらっとしてるよなあ、とその肢体を眺めていれば、視線に気づいたらしい玲奈ちゃんが体を抑えてこちらを睨んだ。ナニソレカワイイ。あとちょっとエロい。
「どうかしましたか?」
「あ、いや!なんでもない!」
「あ、もしかして……」
姫路さんが顔を曇らせる。もしかして嫌がっているのがバレたか!?
「こめんなさいっ。スプーンを教室に忘れちゃいましたっ」
言われてみれば、容器に入っているデザートはヨーグルトと果物のミックス(のように見えるもの)だ。お箸で食べるのは難しいかもしれない。
「取ってきますね」
スカートを翻し、階下へと消える姫路さん。チャンスだ。
「では、この間に頂いておくとするかの」
戦場に向かう戦士のように秀吉が容器を手に取る。
「……すまん。恩に着る」
「ごめん。ありがとう」
「わ、私、やっぱり半分だけでも…」
申し訳なさで俯きがちな僕らにふっと笑いかけ、秀吉は言った。
「別に死ぬわけではあるまい。そう気にするでない。玲奈も、口直しと思ってお主のお弁当を食べることにする、気にするな」
「そう言われると途端に味に自信を失い始めてきました…」
「普通に食べられるものなら美味しいから大丈夫だよ、玲奈ちゃん…」
「すまん秀吉、頼んだぞ…!この後の玲奈のお弁当のためにも!」
「うむ。任せておけ。頂きます」
(みんな捨てないで食べようとするあたり、優しいなあ。手段がなかなか鬼畜だけど)
遠い目をして何か考える玲奈ちゃんはさておき、秀吉は容器を傾けて一気にかきこんだ。
「むぐむぐ。なんじゃ、意外と普通じゃとゴばぁっ!」
また一輪、花が散った。命という儚い花が。
「………ひっ、秀吉くーーーん!」
死なないでー!起きてぇー!!!と泣き叫ぶ玲奈ちゃんと、白目で泡を吹く自称『鉄の胃袋』を持つ秀吉。まさに地獄絵図。この世の終わりとも言える壮観だ。
「……雄二」
「……なんだ?」
「……さっきは無理やり食べさせてごめん」
「……わかってもらえたならいい」
さて、その後帰ってくる島田さんと姫路さんより先に、玲奈ちゃんの賢明な救命活動(殺菌効果のあるお茶をとにかく飲ませた)によりなんとか目を覚ました秀吉とムッツリーニ。二人が帰ってきたと同時に、僕達は口直しとも言える玲奈ちゃんのお弁当を食べ始めた。
「ん!このアスパラ巻き、凄く美味しいね、玲奈ちゃん!」
「ほんと!? それ、今日の自信作なの!塩加減にすごく気を使って…」
「わかるよ!アスパラの茹で加減もバッチリ!柔らか過ぎずしゃきしゃきで…」
「わぁ〜嬉しい…!明久くんってお料理得意なの?」
「え?うーん、人並みには…?」
「そうなんだ…!」
「なんじゃ、こちらのクロワッサンも大変美味じゃのう」
「本当ですね木下くん!さくさくの生地にバターの香りがして、とっても美味しいです〜!」
「こっちのサンドイッチも美味しいわよ!きゅうりにトマト、ハムにレタス…全部みずみずしいし、どこのお野菜使ったらこんなに美味しく出来るのかしら…」
「………エビフライも美味しい」
「よかったなムッツリーニ、今日は美味しいエビフライをたくさん食べられたな…」
「………(コクリ)」
「ん、肉じゃがも美味いじゃないか。玲奈は料理はよくやるのか?」
お料理談義に花を咲かせていた玲奈ちゃんと僕に声をかけてきた雄二。質問に対して、にこにこと笑っていた玲奈ちゃんは、少し照れたような表情をした。
「わ、私、さっきも言った通りよく食べるから、その…普段はダイエットも兼ねて、自分で出来る限り美味しいお野菜とか、カロリーの低いものを作るようにしてて…あとは、お母さんがお料理上手なの…」
「? いいじゃない、お料理上手なお母さん!羨ましいよ〜」
「………そう、思うでしょ?
お料理上手な母を持つと、料理に対して凄く厳しくなるの…」
更に遠い目をして苦笑いをする玲奈ちゃん。いったいどんなスパルタ教育のもと料理をしてきたのか、大変気になる。
「その昔、食べることばかりだった私に料理を作ることを勧めてきた母…自分で食べるものだし、作ってみたいと言う気持ちで軽々しく了承した私がお馬鹿だったの……っ」
「も、もういいよ玲奈ちゃん!そんなに涙目になってまで語らなくても!」
「そ、そうだぞ玲奈!忘れてくれ、今の質問ごと記憶から!」
「………美味しいことが、重要…!」
「そうじゃぞ玲奈!ほら、これも美味しいのう!」
「そ、そうですよ玲奈ちゃん!過程はどうあれ美味しいお料理なんですから!」
「そうよ!ね、玲奈も食べましょ!? ほら自信作のアスパラ巻きよ〜〜」
お箸を持ってこられてむぐ、と口にした玲奈ちゃんは、涙を流しながら美味しそうにむぐむぐと咀嚼する。ほらこれも、と次から次に料理を口に持っていけば、玲奈ちゃんはうっうっと泣きながらも料理を食べ続ける。その姿が妙に可愛らしく、思わず目を覆った。萌えの過剰摂取はいけない。
「………」
途中から楽しくなってきたらしい島田さんは、自身が食べることも忘れてただひたすらに玲奈ちゃんの小さなお口に料理を運び続ける。
むぐむぐ、もぐもぐ。
いつの間にやら泣き止んだ玲奈ちゃんは、美味しい気持ちを隠せないようにぱぁっと綻ぶような笑顔を見せ始めた。可愛い。
「………はっ!美波、もうだめだよ!みんなの分なくなっちゃうよ!」
「「「「正直お腹いっぱいです」」」」
可愛すぎる玲奈ちゃんの食べっぷりのせいでこちらはもうご馳走様です、という感じだが、それはさておき。
お腹が空いていることに違いはない僕らは、玲奈ちゃんに勧められるがまま、あれやこれやと料理を食べ進め…
「「「おお〜〜、完食!」」」
大きめの三段の重箱はあっという間に全員の胃袋の中へと消えていった。いやぁおいしかった。久しぶりの食事が身に染みる。
それでは全員で、ご馳走様でした!と手を合わせれば、重箱を片付けていた玲奈ちゃんはびっくりしたように目を瞬かせたあと、また綻ぶような笑顔で「お粗末様でした!」といった。
色々あったはものの、なかなか楽しい食事会になりました。まる。