部屋にいた変態は服を着た。まぁ制服に着替えた訳だが。俺?着替えてる間は外にいたよ。いくら変態といえど、女子が着替えてる空間に一緒にいる程、常識が欠けてはいない。
「で、着替えた訳だけど。話を聞いてくれるかしら?」
「嫌です」
「なんで!?」
だって服を着ろとは言ったけど、話を聞くなんて言ってないもの。
「あなたが何処の誰で、何の為にここにいるかなんてどうでもいいんです。いや、生徒会長さんであることは知ってますけど」
「あら。知っててくれたの?」
「入学式で挨拶してたじゃないですか」
いくらぼーっとしていたとはいえ入学式に出て来た人くらい覚えてる。髪の色が奇抜すぎるからな。
「じゃあなんで聞いてくれないのよ」
ぷくっと頬を膨らませる生徒会長さん。美人だし様になってるから、そこら辺の男どもなら一瞬で堕ちるだろう。しかし残念ながら俺には無意味だ。いや、可愛いとは思うよ?男が好きな訳じゃないし。でもね第一印象が変態だし、今も猫被ってる感じがするから、イマイチ信用できない。
「例えば、例えばの話ですよ?あなたがこの学園や国の裏事情に関わってる人物で、俺と同室なのもそれ関係だとして、あなたがその説明を俺にして、俺は平穏な生活を送れるんですか?送れるなら聞いてあげてもいいですけど」
今のは全部想像だ。しかし、それが真実だった場合、ただでさえ普通の生活を送れているとは言えない状況なのに、本当に後戻りできなくなる。それだけは勘弁願いたい。
「ふふっ。あなた、本当に一般人だったの?考え方が一般人じゃないわよ?」
「そんな事はどうでもいいんです。で、あなたが同室なんですか?」
「ええそうよ。あなたの荷物はそこに置いてあるわ」
窓側のベッドの脇に、三つの段ボールと二メートル程の包みが置かれていた。
うん、全部ホテルに置いといた物だ。
「じゃあ荷解きしますんで邪魔しないでください」
段ボールを開け、服やら本なんかの娯楽やらを出して、備え付けのタンスに閉まって行く。
「荷解きしながらでいいから聞きなさい」
「?」
「さっきあなたが言った事は大当たりよ」
「!」
やってくれやがりましたよ、この変態生徒会長。いや、まだ重要な事とか聞いていない。望みはあるはず。
「私の名前は更識楯無。更識っていうのは日本の裏で動く対暗部用暗部。いわばカウンターテロ組織ね」
マジぶっ飛ばすぞこの女。なんでそんな大事な事さらっと言っちゃうの。しかも結構がっつりした内容だったよ。
段ボールの中からハンガーを取り出し、制服の上着を掛け荷解きは終了した。段ボールを畳みつつ、更識変態生徒会長に質問する。
「もう一回言いますけど、その話を聞いて、俺は平穏な生活を送れるんですか?」
「送れるわ。むしろ、その為に今から説明するのよ」
ほっ。
良かった。それならすぐにでも聞こう。いくらでも聞いてやろう。
「まぁ、話はあっさりしたものよ。織斑一夏君には織斑先生や『天災』篠ノ之束との繋がりという後ろ盾がある。澵井巧君にはISシェア第一位の企業という後ろ盾がある。でも、君には何もない。後ろ盾どころか、元来私たちが守るはずだったあなたの家族すらいない。ひどい言い方になっちゃったけどね」
「別に気にしてないです」
「ありがと。で、なんの後ろ盾も無いあなたを、あなたを狙う組織や他国から守るために、私があなたと同室になったの」
ふーん。要は俺をどっかの誰かに渡したくない日本の上層部の方々がこの人をよこしたのか。なら何も問題は無い。守ってくれるなら守ってもらうし、守ってくれるなら俺が裏とか暗部とかに関わる事も無い……のか?
いや、どっちにしろ関わってしまうのか。なら、先に知っておいても損は無いか。
「まぁ心配しなくても大丈夫よ!IS学園は世界一安全な場所だし、代表候補生や私、世界最強のブリュンヒルデまでいるんだから」
確かに起きるかどうかわからないものを心配するだけ無駄だな。今は明日の試合についての方が先決だな。多少は体を動かしといた方がいいだろう。
「大体分かりました。じゃあ別に俺の行動が制限されるとかは無いんですよね?」
「ええ。流石に学園から出るときは前日までに言ってくれると嬉しいけど」
「了解です。じゃあ、ちょっと外に出てきます」
「?何しに行くの?ていうか、さっきから気になってたんだけど、その長いのは何かしら」
肩に乗せた二メートル程の包みを指差して聞いて来る。
「ただの物干竿ですよ。少し体を動かしてきます」
楯無side
世界に、というか日本に現れた三人の男性IS操縦者の内の一人、佐倉真理君。更識の調べや戸籍、住民票なんかを確認したところ、本当にただの一般人の彼。出生も育ちも学歴も普通としか呼べないものだった。
だからこそ、後ろ盾の無い彼の護衛に私が選ばれた。更識のトップたる私に、国からの命令が来たのだった。
そして今。顔合わせを含めた、彼の現状と私がいる理由を説明した後、彼は外に出ると言った。矢鱈と長い包みを持って。
中身はなぜだか知らないけれど物干竿らしい。何をするんだろう?
「ねぇ。私もついて行っていい?」
ちょっとした好奇心で彼に聞いてみた。
会ってほんの少ししか経ってないけれど、彼はあまり感情を表に出さないようだ。思った事は直ぐに口に出すし織斑先生に文句を言いに行くという辺り、さばさばした性格のようだけど、私が水着の上にエプロンという恰好をして邂逅した時も、家族がいないと言った時も、一切感情が表に現れなかった。しかも、会ったばかりでしょうがないとはいえ、今も私の事を警戒しているように見える。
それでも、心根はいい人なんだろう。今の私の言葉にも直ぐに答えてくれた。
「別にいいですよ。まぁ見ても面白いものでは無いですけど」
「別にいいのよん♪私が見たいだけだから」
彼と私が来たのは、武道場。今日は入学式だったため、使用している部活や人はいなかった。
「それで、ここで何するの?はっ!もしかしてお姉さん襲われちゃうの!?」
「帰っていいですよ。帰り道には織斑先生に気をつけてください」
彼は携帯を取り出して脅して来た。この子、この学園での織斑先生の立ち位置に既に気づいてるわ。
「すみませんが、これ持っていてもらってもいいですか?」
「別にいいけど…」
携帯を受け取ると、彼は包みを開けた。中に入っていたのは、言っていた通り、何の変哲も無い物干竿だった。
彼はそれを壁に立てかけ準備運動を始めた。それが終わると、物干竿を両手で持ち構えた。
ここに来てようやく彼が何をしようとしているのか分かった。
彼がやろうとしているのは槍術。
彼はおもむろに物干竿を回転させる。バトンで言う、コンタクトマテリアルに近いわね。
「早いわね…」
彼の回転はかなり早い。私も槍を使えるけれどここまで早くは出来ない。
彼は左右にぶらしながら槍を振り回している。そして、ピタッと動きを止めた。
「すごいわね。流石、槍桜道場の師範代なだけあるわね」
「町の小さな道場の師範代なんて大した事無いですよ。一般人はほとんどの事を、ある程度までこなしますけど、天才と呼ばれる一線を超える事が出来ません。俺にとってのある程度が師範代までだったってだけです」
天才、ね。
私は幼い頃から天才だなんだと褒めそやされて生きて来た。だから彼の言う事も分かる。
私が苦労もせずに覚えた事を周りの人たちは何時間も、何日も掛けて覚える事に疑問を覚えた事もあった。でもそれは幼い頃の話。今は人と人は違うものだって理解している。だから私はこう言った。
「ほとんどの事をある程度までこなす事が出来る事だって、才能だと思うけれど?」
「………そうですね。時に更識先輩」
「なぁに?」
「俺、明日代表候補生と試合するんですよね」
「ええ、知ってるわ」
IS学園はほぼ女子校だ。だから噂の周りも以上な程早い。今日起こった事でさえ、今日中には学園の生徒全員が知っていると言っても過言ではないくらいに。
だから、男性操縦者の三人がイギリスの代表候補生と決闘する事も知っているし、そのうちの一人が素手の決闘をするって言い出した事も知っていた。
まぁ大体は新聞部の薫子から聞いたんだけどね。
「代表候補生って、生身だとどのくらい強いんですか?」
「なんでそれを私に聞くのかしら?」
「この学園の生徒会長って学園最強なんでしょう?だったら代表候補生より強い人、少なくともどっかの国の代表候補生以上の人が生徒会長になるに決まってるじゃないですか。それに貴女は先輩なんですから普通に授業とかで習ってるはずですし」
別に私がロシアの国家代表と知っての質問じゃなかった。
………べ、別に知られてない事が悔しい訳じゃないんだから!
「で、どうなんです?」
「そうね……少なくとも、素手で拳銃を持った相手を無力化するくらいの腕は、どこの国の代表候補生も持っているわね」
「そうですか。ちなみに、代表候補生の銃の腕前とか分かりますか?」
「いえ、それは人によると思うわ。でも、あなたが相手するセシリアちゃんのISは遠距離型。生身でも相当な腕を持っていると考えた方がいいわ」
「了解です」
彼は少しだけ俯くと、直ぐに顔をあげて物干竿を構え直した。
そんな彼に、ちょっとした意地悪という訳でもないけど、挑発するように聞いてみた。
「明日の試合、勝てるの?」
「分かりません。そもそも戦えるかどうかも分かりませんし」
「?それはどういう…」
「今日は先に帰ってもらってもいいですか?集中したいので」
私は聞きかけた事を再度聞けずに、道場を後にした。
side out
道場で更識先輩と話した後、先輩には先に帰ってもらった。
「はっ…はっ…」
槍代わりの物干竿を振り回しながら型をこなして行く。
「九の段、雲切」
「十四の段、火消」
「二十九の段、八彩」
「四十九の段、天介」
「九十の段、囲」
型の名前と共に物干竿を振るう。十年も振り回せば体に染み付いたようで、名前も動きも勝手に出てくる中で、頭では全く別の事を考えていた。
俺は女尊男卑が嫌いだ。
それはほとんどの男が思っている事だ。しかも俺は日常的にそれを体験して来た。母親や妹に反抗すればすぐに名前も知らない屈強な男どもがやって来てリンチにされた事もあった。女に恐怖心があるはずの俺がなぜあの金髪にあそこまでの反論が出来たのか。それは偏に、俺を買った研究所のせいだろう。
詳しい経緯は省くが、あそこに行った事で、俺は人として最も重要なものを失った。無くしたものとは、有り体に言ってしまえばストッパーと躊躇だ。ストッパーと躊躇が無いという事は容赦と躊躇いがなくなるという事。だからあそこまで反論できた。
だがこの状態になってから武器を人に向けた事が無い。ストッパーが消え、憎き女尊男卑に染まった女がこちらに武器を向けて来た場合、どうなってしまうのか。
そもそも戦う事すら出来ないのか、それとも、相手を再起不能に、最悪殺すまで止まれないかもしれない。
それだけが不安だった。
翌日の放課後、俺たちはグラウンドにいた。
え?昨日?道場から帰って、シャワー浴びて、食堂で飯食って寝たけど?更識先輩とは何も無かったよ。だって帰ったらいなかったから。
今日の授業も特に何も無かった。強いて言うなら、女子からの視線がすごかった。マジで体に穴が空くかと思った。多分、他の男2人が正々堂々ISで勝負するのに、俺だけが素手で勝負を挑んだ事が原因だろう。
別に何でもいいけど…
「……多くね?」
そう。観客が以上に多い。しかも全員がオルコットを、もしくは織斑、澵井を応援に来ているのだろう、俺に向ける視線が敵意以外の何者でもない。
「ほんとにな。で、なんで真理は物干竿なんか持ってんだ?」
「武器だからだよ」
「ぷっ。それで戦うのか?くくっ」
織斑と澵井が近くに寄って来て、俺が担いでる物干竿を笑う。しょうがないだろ。師範もこれ振ってんだから。
「佐倉、オルコット。準備はいいか?」
俺とオルコットの真ん中に織斑先生が立つ。オルコットは蒼いジャージを着て、二丁の拳銃と弾倉をいくつか持っていた。
「わたくしは大丈夫ですわ」
「俺も大丈夫です」
「それでは、これからオルコット対佐倉の試合を始める。敗北条件はどちらかが敗北を認めるか、私が続行不能と判断した時のみだ。両者、位置につけ」
即席でつくられた試合開始線に立つ。オルコットとの距離は10メートル程。先手は遠距離武器を持ったあっちが取るだろう。
「ISではなく素手の勝負なら勝てると見込んだのでしょうが、代表候補生は素手でも強いという事を教えて差し上げますわ」
「別にどうでもいいよ」
織斑先生が右手を上げる。
「そうですか。それなら……!」
織斑先生がビッと右手を振り下ろす。
「始め!」
オルコットが拳銃を構え、弾を撃つ。
それを躱し、突撃しようとしたところで、何かが頭をよぎる。
思い出したのは、奴隷のように俺と親父を扱っていた母と妹の記憶。今目の前にいるのは、あいつ等と同じ女だ。俺に敵意を向け、相手も俺も武器を持っている。
頭では理解している。それでも俺は___________
「殺す」
その一言を発し、一気に距離を詰める。
「七十一の段…」
物干竿を引き絞る。オルコットは反応しきれていないのか動けていない。好都合だ。
「千鳥」
「!きゃっ!」
引き絞った物干竿を金髪の頭めがけて一気に突く。金髪は足を滑らせたようでギリギリで躱された。いや、たまたま避けられたのか。まぁいい、とどめだ。
「六の段…」
物干竿を振り上げ、腰を抜かした金髪に振り下ろす。
「麒麟!」
「ヒッ!」
目を瞑り、怯えた様子の金髪。しかしそれは金髪に当たる事は無かった。
バキッ!と音を立て、物干竿と金髪と俺の間に差し込まれた木刀がぶつかる。俺の知る限り、この場で木刀を持っていたのは織斑姉弟のみ。弟の方はかなり遠いところから観戦していたのでこの木刀は織斑先生の物だろう。
「試合は終了だ、佐倉。武器を引け」
「………はい」
かなりの威圧感を出しながら物干竿を押し返して来る。頭も冷えて来た。
俺は金髪を殺そうとした。その事実が頭の中で反芻され、途轍も無い罪悪感が押し寄せて来る。いくら憎んでいる人に近い存在だからといって、俺はこいつに何かをされた訳じゃない。
「今日の試合は終了だ!全員解散しろ!」
織斑先生がギャラリーに向かって叫ぶ。俺はその横で呆然と、ギャラリーが引いて行く様子を眺めていた。
「それで、何故オルコットを殺そうとした?」
グラウンドの整備を終えた俺と織斑先生は尋問室にいた。オルコットは気絶し、山田先生と織斑、澵井に連れられ保健室に行った。
「……すみません。頭に血が上ってました」
「最後の技。あの技を受けた木刀は罅割れ、折れた。そんな技を人体の、それも頭を狙って放つなど、正気の沙汰ではない。何がそこまでお前を怒らせた?」
別にオルコットの言動が原因じゃない。怒ってもいない。ただ、歯止めが利かなくなっただけ。母親や妹とオルコットを重ね、武器を向けられた事に恐怖心を抱き、反撃しなければ、殺さなければと思ってしまった。その思考にストップが掛けられず、あの状態になってしまった。
「何でも無いです。ただ、一つだけお願いがあります」
「?言ってみろ」
今回の試合で分かった事が一つある。それは…
「今後、例え全校生徒が出るような試合があったとしても俺を出場させないでください」
「何故だ。理由を言え」
…………今言う事じゃないけど、なんでこんなに偉そうなんだ。
その思いが顔に出てたのか、織斑先生に睨まれた。咳をして話を戻す。
「オルコットに限らず、女の人と武器を持って向き合えばさっきの様になります。俺の事じゃなく、他の生徒の事を考えて、俺を女子と試合させるのは危険だと思います」
「ふむ」
代表候補生でさえ殺されると分かればあの状態になってしまうのだ。一般生徒が殺意を向けられた場合なんて、想像もしたくない。
しかし織斑先生からの返事は予想だにしない物だった。
「却下だ」
「……………何故ですか?」
「ここはIS学園だ。毎月のように試合形式のイベントがある。そこでお前の力を見せる事が出来れば、狙われることも多少は減るだろう。だからお前も精神状態くらい改善できるよう努力しろ」
…確かに一理ある。だが、努力すると言っても相手が女なら相手が危険だし、逆に女が相手じゃなきゃ意味が無い。もしや織斑先生が相手するのか?それは俺が危ない気がする。
「努力するにしても、相手はどうすればいいんですか?織斑先生が相手してくれるんですか?」
「馬鹿者。私は忙しいんだ。主にお前等男子生徒のせいでな」
「…それは、申し訳ないです」
「まぁいい。相手ならうってつけの奴がいる」
「誰ですか?」
俺はこの後驚愕する事になる。
あの変態の正体を知る事によって。
「ただいま帰りました」
織斑先生から解放され、俺は寮の部屋に戻って来ていた。時刻は夜の八時。
帰宅という意味も勿論あるが、もう一つ理由があった。
「あら、おかえりなさい」
部屋には既に更識先輩が帰って来ていた。バスタオルで髪を拭いているのを見る限り、風呂にでも入っていたのだろう。よって、こういう風にからかってくる事も想定内だ。
「もう少し早く帰ってくれば私の裸が見れたかもね♪」
健全な男子高校生としては残念な気もするが、正直この人の正体を知った上でそれを言われると、見てしまった時、何をされるか分かったもんじゃない。
「そうですね。そんな事より更識先輩」
「なあに?」
「今日の俺の試合、見ました?」
「ええ、見たわよ。代表候補生を圧倒しちゃうなんて凄いじゃない。最後の止めはよくなかったけどね」
どこから見てたんだ?ギャラリーの中にはいなかったみたいだし。ま、見てたんなら話は早い。
「その最後の止め、っていうか最初からなんですけど、何か俺、女と武器もって向き合うと我を忘れちゃうみたいなんですよね」
「へぇ。それで?」
「練習相手、頼みたいんですけど」
「嫌よ。だって我を忘れて相手を殺そうとするんでしょ?もし私が死んじゃったらどうするのよ」
「……そうですね。代表候補生ですら殺しかけちゃったんですから。国家代表も殺しちゃうかもしれませんしね。たかが国家代表というだけで頼んでしまって申し訳ありません。この話は忘れてください」
簡単な挑発。更識先輩はカウンターテロ組織のトップらしい。それに加え、ロシアの国家代表も兼任しているとか。
そんな人がこんな簡単な挑発に乗るとは思っていない。だからこれは布石。次の言葉で彼女を練習相手にさせる。
_____________つもりだったのだが。
「…言ってくれるじゃない…いいわ、国家代表の力を見せてあげるわ!」
「…は?」
嘘だろマジかチョロすぎだろこの人。え、こんな人が裏の組織のトップでいいの?百歩譲って国家代表なのはいいとして、裏の組織のトップがこんなチョロくて日本大丈夫か?
俺はそう思わずにはいられなかった。
「えっと、じゃあ先輩っていつなら暇ですか?生徒会の仕事も忙しいでしょうし」
「そうね、とりあえず朝なら確実に時間が空いてるわ。あとはその日の仕事量によって変わるわね」
「じゃあ早速明日の朝からお願いしていいですか?」
「いいわよ」
よかった。とりあえず練習相手は確保出来た。あとはどれだけ俺が冷静でいられるか、母親達と面影を重ねずにいられるかだ。それまではどうにか更識先輩に耐えてもらおう。
もう今日は疲れた。風呂に入って飯食って寝よう。
「じゃあ俺は風呂に入ってきます」
着替えを持って、俺はシャワー室に入った。
寝間着に着替えて部屋に入ると更識先輩がベッドでゴロゴロしていた。いやどうでもいいな。なんか腹も減ってないし、もう寝よ。
「あら?もう寝るの?」
「ええ。もう疲れたんで。更識先輩はどうします?寝るなら電気消しますけど」
「そうねぇ…そうだ!あなたが更識先輩って呼ぶのをやめたら寝るわ!」
「は?なんて呼べばいいんですか?」
「下の名前かな。たっちゃんでも可」
「そうですか。永遠に起きてていいですよ。おやすみなさい」
かなりどうでもいい案件だったので無視する事にした。俺はベッドに入り枕元の電気を消す。すると、更識先輩が俺の腹の上にダイブしてきた。
「うぐっ!……何すんですか?」
若干怒気を含んでしまったが、更識先輩は意にも介さないようでニコニコと話す。
「つれないわねぇ。まだ九時だし遊びましょうよ〜」
「疲れてるって言いましたよね。…そういえば、昨日の夜は何処行ってたんですか?」
「気になっちゃう?お姉さんが夜に何処行ってたのか」
「特には。すぐ答えられないなら言わなくていいです」
「もう〜!…あなた友達いないでしょ」
「そうですね。いらないですし。ていうかそろそろ降りてください。重いです」
「なっ!今重いって言ったわね!?」
「人間一人を乗せてたらそりゃ重いです」
当たり前じゃねぇか。
「つまらないわね〜。そんなんじゃ彼女も出来ないわよ」
「余計なお世話です。ほら、早くどいてください」
顔だけをあげて、更識先輩のほうを見るとにやぁと、いたずらっ子のような悪い笑みを浮かべていた。
……もうどうでもいいから寝かせてくれ…。精神的にかなり疲れたんだよ。
「分かったわよ。はい、どいた」
そう言って更識先輩は俺の隣に寝転んで来た。簡単に言うと同じ布団に入って寝ている状態だ。
更識先輩は俺がうろたえると思ったんだろうが、甘い。確かにこんな美人が同じ布団に入っているという状況はかなり嬉しいものだが、正直言って、今日は疲れがたまりすぎて眠いんだ。しかも春先ということもあってか、夜は中々冷えている。
「ふわぁ〜……おやすみなさい……」
「えっ!?ちょっと!え、え!?」
人肌の温度の抱き枕が眠気を誘う。もう駄目だわ。明日の朝変態扱いされるかもしれないが、というかされるだろうが、その時はこの人の裸エプロン写真を織斑先生に提出しよう。
俺は更識先輩を抱きしめたまま、深い眠りに落ちた。