ティナside
放課後、ここ最近の習慣となっている徒手空拳の稽古をしに広場へと向かう。MMAを基本としたナタル姉直伝の拳法だ。整備室の大きなスクリーンを使ったビデオ通話で全身の動きと型を習い、それをひたすら繰り返して自分の動き易く力の入り易いものへと昇華する。それがナタル姉に教わった特訓方法だ。
まあ元々MMAの基礎は習っていたし、後はそれをどれだけ自分のモノに出来るか。正直、真理と同等とまではいかないが、せめて肩を並べて戦えるくらいには強くなりたい。
今日は真理が用事で遅れるということで、一人で稽古をしていたのだが、一通のメールが来た事で中断することにした。そのメールの内容が。
『セシリアと鈴が怪我して保健室に運ばれた』
そのメールを確認し、急いで保健室に駆けつけてみれば、そこにいたのは割と元気そうな鈴とセシリアの姿。しかし、ところどころに巻かれた包帯は怪我の大きさを示し、特に頬に張られたガーゼが痛々しく見える。
「鈴、大丈夫?」
「平気よ。別に助けてくれなくても良かったのに…」
「そうですわ。あのまま続けていれば勝っていましたわ!」
「あのなぁ…」
鈴の言葉に同調してセシリアが一夏に言う。その間私は巧とシャルル君から事情を聞いていた。
どうやらボーデヴィッヒさんに一夏を想う気持ちをバカにされたらしく、二対一での喧嘩をしたらしい。しかし、ボーデヴィッヒさんの強さにボコボコにされ、ISが強制解除されても続けようとしたボーデヴィッヒさんに今度は一夏が怒って観客席のシールドを裂いて飛び込み、それに続いて巧が二人を救出。その後一夏とボーデヴィッヒさんの間に入った織斑先生によってトーナメントまでの私闘を禁止され、今に至るらしい。
うーん、この前観客席から避難した身としては、シールドを壊すのはやめて欲しいと思う。でもまあ、二人を助ける為ならしょうがないかな…。
「それで、怪我の具合はどうなの?」
「こんなの怪我のうちに入らな、イタタタッ!」
「そもそもこうやって寝ている事自体無意味、つうぅっ!」
かなり痛いらしい。まあISが強制解除されるくらいだもんね。
そんな二人に無理をするなと言って聞かせる一夏を、私と巧とシャルル君で微笑ましく見ていると、大きな音を立てて保健室の扉が開いた。ちなみに保険医の先生は二人の治療を終えてから職員室に行った。担任に怪我の具合を報告する為だ。
で、誰が来たのかと思えば、もう見慣れたマフラーに桜のヘアピンをした真理だった。
真理はこちらを一瞥もせず、手に持った紙を見ながら全員が見える位置まで来ると、ため息を吐いてから言った。
「客席のシールドを破壊した罰で織斑一夏のアリーナの使用を二週間禁止とする。また、反省文十枚を担任へ提出。学年別トーナメントへの出場は認めるが、訓練中の専用機の使用は二週間禁止。以上」
それだけ言うとくるっと扉の方へと向かう。多分生徒会の仕事で来たんだろうな。大変だなぁ、なんて思っていると、真理の肩を掴んで引き止める巧の姿が目に映る。ん?どうしたんだろ。
「…なんで一夏が罰を受けなきゃいけないんだ?」
ほんの少し気まずそうに顔を顰めた後、巧がそう聞いた。でもそれって聞くような事かな?シールドを壊したんだし、しょうがない事なんじゃないの?
真理も同じ事を思ったようで、面倒くさそうな顔をしている。
「答える必要性が無い」
「…待ちなさい!」
真理が巧を振り切り退室しようとすると、今度は鈴が大声で呼び止める。
「確かに一夏はシールドを壊したわ。でもそれはアタシ達を助けるためだったのよ。それなのに罰を受けるのは筋違いなんじゃない?」
鈴の言葉を聞いた真理が分かり易くため息を吐く。そして、私たちに振り返ると、一夏にその鋭い眼を向けて威圧するように聞いた。
「織斑、お前のやりたい事ってなんだっけ?」
「そんなもん、大事な人を守る事に決まってんだろ!」
「そうだな」
前にも聞いたけど、と付け加える真理。
「今回した事も大事な人を守る為だからしょうがない、と」
「…悪いとは思ってる」
「んなこたどうでもいいんだよ。お前は大事な人を助けるためにシールドを破壊した。何にも考えず、周りに何十人と人がいる場所の、安全を確保するためのシールドをぶっ壊した訳だ」
ああ、そういう事か。確かにそれじゃあ、さっきの罰も納得がいく。当事者達としてはしょうがないことだし、助けてもらった側からすればヒーローみたいな事だけれど、シールドという安全装置が無くなった側からすれば急に危険に晒された事になる。真理はそのヒーローのような活躍の悪い部分の罰を与えにきたのだ。いや、生徒会の仕事で報告に来ただけだけどね。
真理の言葉で鈴やセシリア、箒も、そして一夏も巧もはっとその真意に気づいたようだった。
「で、でも二人はこんなに怪我したんだぞ!」
「だからなんだ。代表候補生同士の、しかも二対一の試合でボコボコにされるなら弱い方が悪いに決まってるだろうが。あと話を逸らすな。今はお前の話をしてんだ」
「っ!」
「そもそもお前は自分の言ってる事の重さを理解しているのか?してないよな、さっきの反応からして」
重さ?大事な人を守るという事の重要さってこと?
「おも、さ?」
「『大事な人を守る』。言い換えれば大事な人以外どうなっても良いってことだ。だから今回も周りの事なんか考えずにシールドをぶっ壊した。他人と大事な人を区別して、命の重さに差を付ける。お前がその事の重さを理解しているなら文句を言うつもりは無かったよ」
その言葉に激昂したのは、一夏ではなく箒だった。
「貴様!一夏がそんな事を思っている筈が無い!」
「お前の話は聞いてない。相手の事も考えずに暴力を振るうお前が他人を語るな。だけど、そうだな。そもそも織斑の願いが間違っているってのは賛同してやる」
「ど、どういうことですの?」
「アンタ、さっきまで散々一夏の事否定してたじゃない」
鈴とセシリアがベッドの上から真理に聞く。セシリアに至っては少し怯えているように見えた。
真理はそんな二人を無視して一夏に語りかける。
「お前は大切な人を守りたいんじゃない。大切な人を傷つける奴を叩き潰したいんだ。自分の考えに賛同してくれない人間を、自分の世界から排除して平和を保つ。実に合理的だ」
ここにきて私は疑問を憶えた。
何故、真理はこんなに皆と敵対するような事を言っているのか、と。
普段の真理なら鈴の声を無視してさっさと保健室から出て行った筈だ。それなのに、今真理は一夏を否定するような言い方ばかりを選んで、皆の敵になろうとしているように見える。
「まあお前の考えなんてどうでもいい。親代わりの織斑千冬にどんな事を言われて来たのか知らんが、その調子じゃ流石のブリュンヒルデも手に余ったか」
「お前!千冬姉をバカにするんじゃねぇよ!」
真理の襟首をつかみあげる一夏を、真理は冷ややかな眼で見ている。
「…世界一位を獲ってもこんなのが弟じゃ報われねぇな」
「お前ぇぇええ!」
「貴様!」
「アンタそれは言い過ぎなんじゃないの!?」
「そうですわ!」
私とシャルル君、そしてさっきからずっと黙りこくり、顎に手を当てて何かを考えている巧以外からの叱責を、真理は半笑いで受け流している。自分の言葉を信じて疑わない。それを体現していた。
私はというと、真理の言葉も事実だと思うし、一夏の言葉もまた一つの事実だと思う。私には二人の気持ちが分からないからどちらの味方にもつけない。本来なら、鈴達みたいに好きな人の味方につくものなんだろうけど。
皆からの叱責の中、真理は考え込んでいる巧を一瞥し、全員に非難めいた視線を投げかけてから保健室から出て行った。
「一体あいつは何なんだ!」
「あいつ、初めて会った頃より性格悪くなってんじゃないの?」
「まぁまぁ、真理には真理なりの考えがあるんだよ」
「シャルルさんは優し過ぎますわ!」
真理がこんなに責められているのに、私にはどうする事も出来ない。それが酷く心苦しかった。
真理の言い分もわかる。でも、あんな言い方をされれば誰だって怒る。結局私はどっち付かずなのだ。友達を失いたくないけど、ここで皆に同調する振りをして真理の悪口を言うなんてあり得ない。
私、どうしたらいいんだろ。
そんな事を思っていると、外からドドドドという地鳴りのような音が聞こえて来る。その音はどんどん近づいてきて、ついには保健室の中に突入してきた。大量の女子生徒が。
「織斑君!」
「澵井君!」
「デュノア君も!」
あ、もしかして学年別トーナメントがタッグマッチになったから男子に申し込みに来たのかな。私?私は同じクラスで同じ部活の子と組んだよ。前もって真理に組めないって言われてたし、正直今回のトーナメントは専用機持ちと代表候補生以外、あんまり意味ないだろうし。
「な、なんなんだ?」
「巧、何か知ってる?」
「え?いや、知らない」
「「これ!!」」
先頭にいた女子が突き出した一枚の紙。そこには案の定、タッグマッチになる旨が書かれていた。ていうかこれどっかの掲示板から破ってきたよね。紙の上の方ちぎれてるし。
「私と組もう、織斑君!」
「私と組んでください澵井君!」
「デュノア君!私と組まない!?」
女子に巻き込まれないように箒と一緒に鈴達のベッドの側に移動する。
すると、申し込みの嵐の中、一夏が全員に聞こえるように叫んだ。
「悪い!俺たちもうタッグ決めてんだ!なっ、巧!」
タッグを決めてる、という言葉で私の周りの三人が反応した。ドンマイ。
「いや、悪いけど、一夏はシャルルと組んでくれ。俺、やる事できたから!」
「ええっ!?た、巧!?」
巧はそれだけ言い残すと、窓から外に出て走り去って行った。ど、どうしたんだろ?
ま、いっか。女子たちも「かっこいいー!」とか「男子同士ならしょうがないねー」とか言って保健室から出て行ったし。
あとは、この二人を鎮めるだけだ。
「一夏!あ、あたしと組みなさいよ!幼馴染みでしょ!」
「いえ!クラスメイトである私と!」
無駄な足掻きをする二人を鎮めたのは、一組の副担の山田先生だった。
「駄目ですよー。お二人のISの状態を確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えていました。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥が生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」
二人は渋々引き下がり、話を理解できていない一夏にシャルル君が説明している。そして私は山田先生の後ろ、保健室の扉の影にいる織斑先生に手招きされていた。
皆に気づかれないように出て行くと、織斑先生が聞いてきた。
「佐倉がここに来たな?」
「は、はい」
「お前とアイツの仲が良いのは知っている。だからハミルトン、お前に聞くんだが、アイツは何を話して、中の奴らとどうなった?」
私と真理の仲が良い。つまり、私はみんなの中で唯一中立であの現場を見ていた、ということ。真理と仲良くなる為には、真理を贔屓目で見ない事も重要だから。真理は私と楯無先輩を信頼すると言ってくれた。それは私たちを対等に、肩を並べたい人と認めてくれた証拠だ。だからこそ真理をまっすぐ偽り無く見ようと思うし、真理もそうしてくれているはず。
私は、保健室での出来事を伝えた。私の主観で、でも私情は挟まないように。
話を終えると、織斑先生はため息を吐いた。
「まったく…。しかし助かった。お前も行って良いぞ」
「はい」
私は保健室に戻る事無く、広場へと戻った。後で部屋で鈴に話を聞けばいいし、そもそも話はほとんど終わってるしね。
side out
黙々と目の前に積まれた書類に判子を押しては隣に積み上げていく。最初に生徒会室を訪れたときより少ない書類だが、それでも不思議に思う事がある。
「楯無先輩」
「何かしら…?」
「どうすれば三日でこんなに書類が溜まるか教えて欲しいんですけど」
「………………」
まあ、気にしない事にしよう。
織斑がアリーナのシールドをぶっ壊した事を報告し、それに対する罰と余計な事を伝えに行って戻ってくれば書類仕事。生徒会って大変なんだなぁ。そういや俺って生徒会のなんて役職に就いてんだ?下っ端だし庶務か?
「え?副会長でしょ?」
「副会長って布仏先輩じゃないんですか?」
「私は会計です。本音は書記ですし、佐倉君が副会長になって頂けると私たちとしても大変助かります」
それってあれですよね。楯無先輩が脱走した時に仕事を代わりにしてくれる人がいるから的な助かりますだよね。
「いやでも俺って一番下っ端ですし、庶務とかの方がいいんじゃないでしょうか」
「いれば有り難いけど、役職的に副会長の方が優先して埋めなきゃだしね。最悪庶務はいなくてもいいし」
うーわー。先輩が二人揃って後輩をいじめて来るー。
あ、訓練機の貸し出しの話をしてなかった。
「楯無先輩、トーナメント三日前に訓練機の貸し出しお願いします」
「いきなり話が変わったわね。まあいいけど。それで?真理くんが正規の申請をしないで頼んでくるのも珍しいね」
「まあ、こっちも話が急だったもんで。やっぱ駄目ですかね?」
「私を誰だと思ってるの?生徒会長権限で___」
「ありがとうございます」
「最後まで言わせて!?」
別にいいじゃん。しかも想定内どころか予想通り過ぎてこの人大丈夫かって心配したくなるわ。
それよか、書類もきれいさっぱり消えたし稽古にでも行こうかね。この時間ならティナもいるだろうし。あれ?さっき保健室にいたような。まあいいか。多分飯の時に連絡来るしね。
「じゃあ俺はそろそろ行きます。訓練機の件、よろしくお願いします」
「はいはーい。真理君も澵井君から連絡来たらよろしくね」
「すぐにでも連絡しますよ。俺にはどうする事も出来ませんからね」
「君が考えたんじゃないの…」
「そうでしたっけ?」
少しの談笑後、生徒会室を後にした俺は物干竿を持って広場へとやってきた。いつも通り槍の稽古を始めるが、やはり思うのだ。型を繰り返し、いくらキレのあるものになっても、俺は強くなれているのだろうか、と。
なので、稽古のやり方を変えてみる事にした。ついでにトーナメント用の練習も兼ねて。
ISというのは基本的に空中戦だ。俺のように生身の戦闘を得意とするものとしては、地に足がつかない戦闘は苦手中の苦手。相手の土俵どころか相手の構える獄中のようなものだ。何も出来ずに嬲られるようなもの。まあ飛ぶ相手を見ればある程度飛べるとは思うが。
問題は空中での戦い方だ。俺みたいな生身の戦闘しかしてない奴は、踏む込みや重心の位置を常に気にしながら動く。空中でもある程度動けるが、上半身を捻っての一撃とか全身を使っての大振りの一撃とか、地に足がついている時と比べればお粗末に過ぎる。だからといってISに乗ってしまえば地面では戦えない。
ついでに言えば、俺の適正値はD。IS戦闘には不向きどころの騒ぎではない。授業で乗ったときも、動かそうと思った数秒後に動いたりとタイムラグが凄まじい。無理矢理動かす事も無理ではないが、かなり重い。少なくとも俺では全力で動いて一分持つかどうかと言った具合だ。
故に俺がすべきは、思考の先送り。それに伴った動きと思考のずれを当たり前にする事。
「…はっ、せいっ」
頭で二手三手、それより多くの先を考え、相手の考えを読み、遅れた思考で体を動かす。
でも、やっぱ難しいな。イメージと動きが一緒になっちまう。イメージは先の事を、体は終わったイメージ通りに。
試合でも先の事を考えたりしているが、それでも優先しているのは『今どう動くべきか』だ。遅れた思考、終わった思考で体を動かそうとしても、結局は自分の動きを『今』考えてしまう。だが、適正値が低い俺はこの戦い方を身につけなければならない。
「………ははっ」
何を考えてるんだろうな、俺は。身につけなければならない?そんくらい、出来るに決まってるだろ。
俺は、槍桜ヒメの一番弟子なんだから。
自然と溢れる笑みを抑えながら集中しなおそうと物干竿をクルクル回していると、茂みからガサガサと音が聞こえてきた。誰だ?ティナか?そう思って視線を向けると、現れたのは。
「ここにいたのか、真理」
「…お前かよ」
汗だくの澵井巧だった。
「お前に聞きたい事が有る」
汗を拭いながら、しかしその顔は何かを覚悟した者の面構えになっている。恐らく、俺が二度残したヒントにようやく気づいたんだろう。
だが、まあ。
「八時に寮の屋上へ来い」
今は駄目だ。それに、その役目は俺のじゃない。
澵井は俺の言葉に頷き、広場から出て行った。
さて、アイツが気づいたという事は、織斑と組むのはデュノアになるな。ボーデヴィッヒとの訓練も方向性が決まるし良かった良かった。あ、先輩に連絡しとかないと。もうちょい気づくの遅いかと思ってたけど、案外早かったな。保健室のヒントが効いたのか?まあいいや。これでめんどくさい案件が一つ減ったし。
「あ、真理。稽古はもう終わり?」
「おう。まあ、そうだな。ティナの稽古終わるまではいるつもりだけど」
「そ、そう…」
あ、嫌なのかな?
「……迷惑なら先戻るけど?」
「いや、迷惑じゃないよ!そ、そうだ!何もしないなら私の稽古見ててくれない?重心の位置とか足運びとか変になってないかとかでいいからさ」
「そんくらいなら全然いいけど」
「じゃあ、お願いね」
ティナは準備運動を、俺は柔軟をして、それから一時間。ティナの稽古を見ながら、時にアドバイスをしたりして過ごした。途中で楯無先輩に連絡もしたが。なんていうか、メールの履歴がほとんどティナと楯無先輩なんだよな。あと時々布仏先輩。
ティナの稽古が終わり、二人揃って部屋へと戻る。なんか毎日こんな感じだな。
部屋の中には制服姿の楯無先輩がベッドで寛いでいた。
「皺になりますよ、それ」
「あら、おかえり真理君。もうすぐ時間だから待ってるのよ。雰囲気に合わせた衣装は必要でしょう?」
「俺は気にしませんけどね。主人公染みた奴らには必要かもしれませんが」
廊下で自分の状態に気づいちゃうような俺には必要のない感性だな。
「知ってる?人は誰もが人生の主人公なのよ」
「知ってますよ。てか、何なんです?なんていうか、こう、気取ってて腹が立つ感じです、今の先輩。あれですか、久しぶりの出番だから気がイっちゃってるんですか?」
「何よー!その通りですー!生徒会室と部屋でしか出番無いから、偶の出番に恰好付けようとしてるんですー!」
メタいなー。
それよか、汗流さなきゃ。マフラーも洗わなきゃだし。
「じゃあ俺シャワー浴びますんで、出る時には一言ください。こんな時間になったのは俺のせいですし、先輩が帰ってくるまでは起きてますから」
「それは嬉しいけど、晩ご飯はどうするの?ティナちゃんと食べるんでしょ?」
「今日は断ってきました。万が一にも食堂で澵井に会ったら嫌ですし、先輩に仕事任せてるのに暢気に飯は食えませんよ」
「真理君…!ありがとー!」
飛びついて来る楯無先輩を空中で止め、近くにある俺のベッドに押し返す。うつぶせになったまま動かないが、時間になったら勝手に動くだろう。
俺はシャワー中の札を掛け、汗を流し始めた。
楯無side
あー、良い匂い…。じゃなくて。
名残惜しいけど、真理君のベッドから降りる。添い寝の約束も取り付けてるし、なんだかんだ抱きついても振り払ったりしないしね。
それより、澵井君と会うための準備をしなければ。自分の机から一冊のファイルを取り出す。澵井コーポレーションに関する資料を纏めたもので、澵井君に渡す為にある程度情報を削ったのだ。それでも澵井君が必要としている情報は十二分に載っている。
「真理君。そろそろ行ってくるわ」
シャワー室の前で声をかけると、中の水音が止まる。
「お願いします。戻ってきたらお茶でも淹れますね」
「…それは、早く帰ってこないとね」
自然と溢れる笑みのまま、再開された水音が小さく響く部屋を後にする。目指すは、真理君が澵井君に指定した寮の屋上。
まったく、自分の事になると無頓着なのに、人のお膳立ては上手いんだから。今日はいい感じに風も吹いていて、且つ満月だ。恰好付けるなら絶好の月夜。
いつもの扇子を持って屋上へ上がり、安全の為のフェンス際に立ち、満月を見上げる。背後から見れば月に私のシルエットが被る形だ。うむ、カッコイイ。
「さて、そろそろね」
腕時計で時間を確認する。秒針が長針と重なり、八時になったと同時に屋上の扉が開かれる。
まだ振り返らない。
向こうが声を出すまでは、無言で居続ける。
人事を尽くし、尽くす為に助けを求める者にこそ、力を貸す。
それが、生徒の長たる生徒会長の、私の矜持だ。
「…………あなたは?」
彼はこれから自分の過去と向かい合う。
その時、彼はたった一人で戦う事になる。それでも戦う意味は一人じゃない。誰かの為に戦う彼には、力が必要だ。
だからこそ、私は。
「私は貴方達生徒の長、生徒会長の更識楯無。貴方の戦いの手助けをする者の名前よ」
振り向き口元を隠すように開いた扇子には『助太刀』の文字。
月を背に、私は不敵に笑ってみせるのだった。