一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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IS学園にいると碌な事が起きません。

特になにもないまま、クラス代表戦の日がやってきた。何故かは知らんが生徒全員が強制参加の為、仕方なくアリーナの客席に座っている。右隣には澵井が、左隣にはハミルトンが座っている。なんで俺を挟むの?

 

「鈴大丈夫かなぁ」

「心配する相手、間違ってないか?」

「いや、昨日も怒ってたからやり過ぎないかなって思ってさ」

「ああ、一夏は初心者だしな。でも、今日は秘策があるみたいだぞ」

「へぇ、なんだろうね?」

 

あの、俺を挟んで会話しないで貰えます?

そういえば、ここ数日で変わったことが一つあった。それは澵井に対するクラス、学園の態度だ。

以前までの澵井の態度に不快感を抱いている生徒が少なからずいたが、この数日の内にかなり減ったようだ。今では『完璧ドS少年』だと思われていたらしいが、最近では織斑と並ぶ、『正統派ツンデレ王子系』に昇格しつつあるそうだ。

それが昇格なのかは置いといて。

今日の試合は合計六試合。最初は一組対二組、つまり織斑対凰だ。凰をけしかけた責任もあるし最初の試合くらいは見守ろうと思っていたが、今すぐにでも帰りたい。マジで帰りたい。周りの視線が痛い。

 

「あ、出て来たよ!」

 

赤いISを纏った凰が向かって右側のピットから出て来る。その手には青龍刀と呼ばれる、中国武術に使われる中国刀を握っている。ちなみに、凰が持っている青龍刀は、中国では柳葉刀と呼ばれ、刀身の幅が広いタイプの刀だ。

中学のときに、そういうのに興味を持つ事ってあるよね?ついでに言うと、俺の知識の出所は大体中学の図書室からだ。いやぁ、今思えばもの凄い蔵書量だったな、あそこ。

中学時代を思い出し、羞恥と僅かな懐かしさに思いを馳せていると、左側のピットから織斑が出て来た。

アリーナの中央で向かい合う2人は、何事かを話し始めた。一応プライベート・チャネルで喋っているようだが、いかんせん距離が遠くて何を言っているかは聞こえない。まあ何言ってるかは簡単に想像できるけどな。

大方、凰が謝れとか言ってるのに対して、織斑が理由を教えろとか言ってるんだろう。

 

「何言ってるんだ、あいつら?」

「ああ、巧は知らないんだっけ。あの2人が喧嘩してる事」

 

ハミルトンが織斑と凰の喧嘩のあらましを説明している間、俺は更識先輩から届いたメールを読み直していた。

 

『部屋に置いておいた物干竿を持って行ってね♡』

 

更識先輩との試合後、折れて使い物にならなくなった物干竿の代わりに、新しいものを生徒会の会費で購入してもらったのだ。一応形だけの遠慮はしたが、生徒会の人間が自衛するための道具を持っているのは当然だ、という謎理論の元、更識先輩の言葉に甘えて購入してもらった。だが届いたのが今朝の事だったので素振りもしていないのだ。有事の際にしっかり使えるかは疑問である。

つーか何に使うんだよ。隣に専用機持ちがいて、目の前のアリーナにも2人いる。何かあっても俺の出る幕は無い。

 

「…てわけで、2人は今喧嘩中なの」

「へぇ?俺ん時みたいに叱ってやらないのか、真理?」

 

こいつ、変わったと思ったけど、前の性格の一部がまだ残ってんじゃねぇか。

 

「…お前も説明聞いたなら分かるだろ。あいつ等の喧嘩に周りが関わろうとしたら絶対に飛び火する。いくら中立でも馬に蹴られることはあるんだからな」

「馬?」

「日本には『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』って慣用句があるんだよ」

 

説明ご苦労澵井君。師範、じゃないな。じゅりさんからもすっげぇ言われてたし。

『人の恋路は遠くから見守るものよ。間違っても介入しちゃ駄目よ?』

って、すげぇ怖い笑顔で言われたからな。それ以来、恋愛している連中には絶対に近づかないようにしている。

あれ?俺、この学校で誰とも近づけないんじゃ?

 

「そもそも俺はお前を叱った覚えは無いし、誰かを叱れる程偉くもねぇよ」

「ま、その辺は見解の相違ってやつだな。それより、始まったみたいだ」

 

アリーナでは既に2人が剣を打つけあっていた。

凰の振るう二振りの青龍刀を織斑が刀一本で防ぐ。にしても二刀流、か。

 

「鈴って二刀流だったんだねー。かっこいいなぁ」

「しかもたった数ヶ月で代表候補生になったんだろ?まさしく天才だな、ありゃ」

「お前は違うのかよ」

「嫌なこと聞くな、真理。…まぁ俺は会社で用意してくれた訓練メニューをこなしてたからな。そこらの代表候補生に比べれば、訓練の効率は良かったよ」

「ふーん。…私も二刀流練習してみようかなぁ…」

「止めといた方が良い。漫画なんかでも言ってる通り、二刀流ってのは二つの剣を振るってだけじゃないんだ。お互いがお互いの邪魔をせず、且つ連携しつつ同時に動かさなきゃならない。さらにそれと並行して相手や自分の動きも把握して、初めて『二刀流』って呼べるんだ。練習期間は一年や二年じゃ済まないぞ」

 

澵井はツンデレとか王子じゃなく説明キャラになってるな。新聞部への入部をお勧めしよう。

二刀流に関しては俺も同意見だ。もしこの三年間で二刀流を学んで代表候補生やらになりたいんだとしたら、それこそ文字通り寝る暇もなく練習するしかない。二十四時間×三百六十五日×三で二万六千二百八十時間もあればどうにかなるかもしれんな。

それにしても澵井も漫画読むんだな。あれか?海賊でゴム人間が主人公の王道マンガか?あれ面白いよな。

 

「うへぇ…大変なんだね」

「IS戦は剣だけじゃないからな。あの2人は剣で戦ってるけど、セシリアは遠距離特化だし、俺は中遠距離から手数と高火力の武装で叩き潰す。十人十色の戦い方があるんだよ」

「じゃあ真理は絶対槍だね!」

 

何故俺に振る。そもそも俺はISに乗ったことなんて二回しかないんだよ。適性検査の時と入試の時な。

入試の時は動かし方が分からない上に、相手の先生が女尊男卑だったのかボコボコにされたし。素人相手に乱射は良くないと思いますよ。

 

「そもそも俺はISに乗りたくない。槍を習ってるのだって別にISの為じゃないし、何より俺には専用機が無い」

「なんで?一夏も巧も持ってるんだから真理も貰えるんじゃないの?」

「あのな、織斑が持っているのは、織斑千冬の弟というネームバリューがあるからだし、澵井だって世界一位の企業の息子っていう理由がある。それに比べて俺には何も無い。男の稼働データが欲しけりゃ2人の内のどっちかから貰えば良いし。つまり、俺に専用機を作る理由がねぇんだよ」

 

つーか君等試合見なくていいの?今しがた結構大きな変化がありましたよ?織斑がいきなり何かに吹き飛ばされましたよ?

 

「おい澵井、あれは何だ?」

「お前俺の扱い雑じゃないか?」

 

んなことどーでもいいだろうが。それより織斑が吹き飛んだあれは何だ?気になるから早く教えろ。

 

「……あれは衝撃砲。空間を圧縮して砲身を作って、余剰で出た空気を弾にして打ち出す第三世代兵器の一つだよ。特徴は弾も砲身も見えないことだな」

「へー……」

「興味ないんだったら聞くなよ…」

 

聞いたら興味なくなった。

 

「良く知ってるね、巧」

「一応会社で世界中の兵器の勉強したからな。イグニッションプランの兵器は勿論、中国やらロシアやらの兵器も公開されてるデータは大体頭に入ってる」

 

さりげない『俺頭良いだろ』アピールありがとう。

それにしても織斑はよく避けるなぁ。弾はともかく、砲身も見えないとなるとかなり避け辛いだろうに。

そういやこの前の授業でハイパーセンサーの説明してたな。空間やら大気の流れ、変化を読み取れるんだっけ。

 

「多分一夏は勘で避けてる。代表候補生とかになると機体の性能を完璧に引き出そうとして、性能に頼り切りになるんだ。でも一夏はそんな細かいことは出来ない。才能の塊だよ、あいつは」

 

本当に仲良くなってんな、こいつら。

俺は横目で澵井を見る。

以前の澵井だったら、こんなに心配そうに見ないだろう。そもそも織斑ではなく凰の応援をしている筈だ。俺は女性の味方だ、なんて言ってな。しかし今は、明言こそしていないものの、織斑に勝って欲しいと思っている。

 

「ねぇ、一夏止まっちゃったよ?」

「ああ、あれをやるのか」

「あれ?」

 

こいつは織斑の練習に参加してたからな。何をやるのか知っているのだろう。

 

「真理は知ってるの?」

「知らん。こいつ等については何も知らん」

「そんなこと言わないの!友達でしょ?ちゃんと知ろうとしなきゃ」

 

叱られた。

つーか友達じゃないし。今テロリストが来て、俺か澵井のどっちかを生かしてやるって言われたら問答無用で見捨てるまである。

 

「………で、織斑は何をやろうとしてんだ?説明しろ」

「やっぱり雑だな!」

 

失礼な。お前の見せ場を作ってやってんだろ。

 

「教えて巧!」

「…はぁ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)だよ」

「それだけ言われても分からん」

「簡単に言うと、スラスターからエネルギーを放出して、それを一度取り込み、圧縮してもう一回放出する。そのときに出る慣性エネルギーを利用して、爆発的な加速を得る技術だ」

「要するに停止状態から一瞬でトップスピードになる、ってことか?」

「いや、速度に関しては使うエネルギーに比例するから必ずしもトップスピードになる訳じゃない。一夏は零落白夜も併用するから、残りエネルギーから計算すると……良くて、時速200キロが限度だな」

「いや、200キロってかなり速いじゃん」

 

零落白夜、というのがどんなものかは更識先輩に以前聞いた。自分のシールドエネルギーを犠牲に、相手の絶対防御を強制発動させる、単一仕様らしい。

要するにこれから織斑は特攻するのか。

瞬時加速で一気に凰に近づき、零落白夜による一撃で倒す。

零落白夜というチート技を持つ織斑にしか出来ない、且つ素人にとって単純で強力な策だ。織斑の性格と合わせても、これ以上無い技と言えるだろう。

 

しかし、その技は発動しなかった。

 

たった一機のISが、天井を破壊して、アリーナに降り立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、あれ?」

 

澵井が首を傾げて、黒いISを見ている。ハミルトンも同様だ。しかし、俺は疑問なんか浮かばないくらいに不安でいっぱいだった。ISのことなんか分からない俺でも、あれが危険だと無意識で判断した。

ISとは兵器だ。アラスカ条約で軍事使用は禁止されているが、どの国でもISは軍に配備されている。しかし織斑や凰、澵井、更識先輩の専用機は軍用では無くスポーツ用。つまり兵器としての出力が抑えられ、安全とはいかないまでも、客席に張られているシールドを破壊するようなことはたった一つの例外を除いてありえない。そして、その一つの例外である織斑の零落白夜は近接用武器である為に、基本的には客席のシールドを破壊するには至らない。

だが、あのISは違う。

アリーナの天井に張られている物理シールドとエネルギーシールドを破壊して侵入して来たのだ。確実にスポーツ用のISではない。

そして、最悪なのは、天井を破壊した攻撃が客席に向けられることだ。まず間違いなく人が死ぬ。

 

「クッソ…!」

 

更識先輩に連絡を取るために携帯を取り出すが、昨日寝落ちして充電していなかったことを思い出す。一縷の望みを懸けて電源をつけるが案の定充電は無かった。

 

「おい!更識先輩の連絡先知ってるか!?」

「い、いや、知らないよ?」

「俺もだ」

 

心の中で舌打ちする。あの狸会長め、肝心な所で…。駄目だ、今無い物ねだりしても意味が無い。

とりあえず客席から出ようと立ち上がったタイミングで客席の前に物理シールドが降りる。が、正直不安は拭えない。あのISは天井という、最も固い部分を突破して来ているのだ。こんな壁一枚増えた所で危険であることに変わりはない。

一刻も早く逃げようと非常口の方を見るが、既に何十人もの生徒が押し掛けていた。あと数分でも待てば、この危険地帯から逃れられると思い待ってみるが、生徒の人数が減っているようには見えない。それどころか席から減った分、扉の前の生徒数が増えたようにも見える。

 

「まさか非常口が開いてないのか…?」

 

澵井の言葉に背筋が凍る。

アリーナでは恐らく織斑と凰があのISと戦っている。あいつらは正義感が強そうだし。しかし現状では悪手でしかない。奴の攻撃の危険性を理解しているのであれば、避けるという行為が出来なくなるからだ。だが奴らは理解してなさそうだ。

 

「おい澵井。あの扉を俺たちに被害を出さず壊せるか?」

 

澵井は数秒の熟考の後

 

「できる」

「よし。じゃあ壊せ」

「了解」

 

と、その前にあそこの邪魔な生徒を退かさなきゃな。

とりあえず注目を浴びなきゃならんが…………できるな。

 

「ね、ねぇ。何するの?」

「ちょっとどいてろ」

 

ま、緊急事態だし、しょうがないよな。

 

「澵井、銃あるか?」

「IS用のならあるけど」

「なら…………」

 

俺はシールドの前まで来て、非常口と生徒のいる範囲を見てから、シールドを見て、ある一点を物干竿で指す。

 

「ここに向かって実弾で撃ってくれ」

「あ?こんなとこで撃ったら跳弾してあぶねーぞ?」

「大丈夫。ここなら跳弾してもあいつ等に当たることはない。ハミルトン、そこから五歩以上右にずれろ」

「え、ああ、うん」

 

ハミルトンが移動したのを確認して、澵井がIS用の銃を出す。外観はリボルバー型の六発装填式だが、IS用だけあってでかい。そして何かしらの機能が付いているのかもしれないが、今は大きい音が出せればそれで良い。

 

「準備はいいか?」

「ああ」

「良し、撃て」

 

ガァン、と耳を劈くような音が響き渡る。それと引き換えに、扉の前で騒いでいた奴らが戦戦恐恐といった様子で静かにこちらへと振り返った。

俺は一番後ろの客席の背もたれの上に立ち、声を張り上げた。

 

「今から扉をぶっ壊す!さっさとどけ!」

 

二秒間の沈黙の後、言葉の意味を理解したのか扉の周囲五メートル程の空間を作る。扉を破壊するのは俺じゃなく澵井だからどれくらい離れればいいかは澵井に指示してもらう。

その間にハミルトンに指示を出しておく。これでも一応生徒会の人間だからな。反対側の客席の指示は布仏がしているから放っておくが、こちら側の生徒の避難指示は俺がしなきゃならん。

 

「おいハミルトン。扉が開いて、ある程度人数が減ったら外に出ろ。多分外に教員がいるから後はそっちの指示に従え」

「う、うん。真理はどうするの?」

「これでも生徒会役員だからな。教師共が来るまでは避難指示を出して、逃げ遅れがいないかの確認だな」

「そう……気をつけてね?」

「当たり前だ。俺も死にたかねぇしな。………ほら、そろそろ行け」

「うん。またね」

 

さて、あと一つくらいは扉を壊さないと避難が遅れる。

 

「澵井、あっちのも壊すぞ」

「了解だ」

 

澵井は部分展開していたISを消し、並走する。ところで扉はどうやって壊したのだろう。気になって聞いてみた所

 

「プログレッシブナイフって知ってるか?」

「えーっと、初号機の?」

「ああ」

 

ちょっとだけ澵井コーポレーションの好感度が上がった瞬間だった。

 

「それよりあそこの生徒はどうやって退かすんだ?銃で音立てるのも面倒いぞ?」

「…………お前はナイフ出しとけ」

 

無言で頷く澵井を横目に俺は客席に降りながら走る。今から壊そうとしている扉の前には客席へ降りる階段があり、そこには鉄製の手すりが付いている。

俺は持っている物干竿を思いっきり振りかぶり、走り幅跳びの要領でジャンプして、落下と合わせて手すりに物干竿を叩き付けた。

 

「いっ……つぅ…!…扉を壊すからそこを退け!」

 

手のひらを走る痺れを耐えながらさっきと同じように怒鳴る。つーか痛ぇ。でも物干竿は折れていない。何で出来てんだ、これ?

澵井が扉を破壊したようで生徒が流れて行く。布仏の方はどうなっているか分からないが、多分大丈夫だろう。

それより逃げ遅れがいないか確認して、俺も逃げなければ。は?澵井?知るか。IS持ってんだから大丈夫だろ。

辺りを見回して生徒が一人もいないのを確認しつつ、最初に破壊した扉まで戻る。その際に澵井に、他の生徒達の殿を努めるように言っておいた。あのISがここに来ないとも限らないしな。

 

「よし、じゃあ俺も……うおっ!?」

 

扉の前まで戻り、誰も残っていないのを確認して俺も避難しようとしたその時だった。

立っているのも危うくなる程の振動が客席を揺らした。そして、あろう事か俺から見て右側のシールドが崩壊した。

 

「……っ!」

 

その事実を認識するやいなや、俺は扉に向かって駆け出した。

冗談じゃないっ!こんな危険な場所にいられるかっ!俺はまだ生きたいんだ。生きてあの人達に、そしてあの人に恩返しをしなきゃならないんだ。

そんな決心を嘲笑うかのように、その声は俺の鼓膜を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げろぉっ!箒ぃいいいい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くそっ。

こんな性格じゃない筈なんだけどな。

手を伸ばして届く距離なら救ってやる。

届かないなら見て見ぬ振り。

他人の為に自分の命を懸けるなんて、絶対にしない。

本当に、らしくない。

誰の為とか、何かを守りたいとか、そんな高尚な理由じゃない。

ただ、あんな風に、他人に思われる人間が羨ましい。

そして、そんな人間を守って自分の優位性を確認したいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから………こっちを、向けぇぇええええ!!」

 

手に持つ槍は、誰かを守るためと教えられた。

俺は自分を守る為に槍を持った。

そんな俺が、初めて、誰かの大切な何かを守る為に、槍を投げた。

 

「!!真理っ!?」

 

いいから早くそれを倒してくれ。

きっと、今の俺は『俺』じゃない。

織斑や澵井の熱に当てられて、他人の為に動いてしまった。

今の俺は数分後には消えてしまう。

だから、今この瞬間の俺を、感じていよう。

 

目を閉じて、静かに消えて行く『俺』を感じる。

故に、反応が遅れてしまった。気づくことが出来なかった。

 

現在俺は物干竿を投擲する為に、大きな振動で崩壊したシールドの前に倒れ込んでいた。

そもそも俺の腕力でアリーナ中央にいるISに威力を落とさず物干竿をぶつけるには、位置エネルギー、つまりは高さが必要になってくる。だからこそ俺は客席の階段の最上部から跳んで物干竿を投げたのだ。そして、投げることに集中していた俺は着地に失敗し、アリーナ内からでも見える位置で倒れていたのだ。

当然、微弱とはいえ攻撃を受けたISはこちらに攻撃しようとするだろう。

だが俺はその攻撃に対して、回避行動を取る訳でも、ましてや焦りもしなかった。

別に死を覚悟した訳じゃない。

だって

 

 

 

 

「はあ。私が間に合わなかったら死んでたわよ?真理君」

 

 

俺の護衛は学園最強だからな。

 

 

「大丈夫ですよ。更識先輩の事、信用してますから」

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」

「信頼はしてませんけど」

「信頼してくれてないんだ!?」

「自分の行動顧みてから言ってくれます?」

「ひど〜い真理君」

「つーか真理君ってなんすか」

「皆そう呼んでるから私も呼ぼうと思ってね。嫌だった?」

「別にいいです。どうでも」

「どうでも!?」

 

こんな危機的状況なのに、こんなに安心して軽口を叩けるのはこの人の人柄のおかげだろう。つーか背中と肩痛い。さっきまではアドレナリンのせいか全く気にならなかったけど、今になって痛みを感じて来た。あ〜いてぇ。そうだ、保健室行こう。入学して一ヶ月で何回保健室行くんだよ、俺。

 

「あら、向こうも終わったみたいね」

 

向こう、というのは織斑達だろう。終わったということはあのISを倒せたのか。とりあえず死ぬ危険性は無くなった、のか。良かった。

 

「さて、私たちも退散しましょうか。背中と右肩、痛いんでしょ?」

 

左手で肩を抑えながら頷く。それに、今はあいつ等と顔合わせたくないしな。

それら全てを含めた更識先輩の提案に乗って、早々に保健室に行くとしよう。またあの先生に怒られるのかな…。やだなぁ。

 

「俺は保健室行きますけど、先輩はどうするんですか?そういや布仏の方はどうなったんですか?」

「本音ちゃんの方は外から扉を開けたわ。虚ちゃんが中心になって整備科の子達が頑張ってくれたわ」

 

………なんで俺たちの方には来なかったんだ?理由によっちゃ指示した奴ぶん殴るぞ。

 

「…とりあえず聞きますけど、なんで俺たちの方には整備科の人たちが来なかったんですか?」

「だって澵井君がいるじゃない」

 

だと思った。

 

「それより保健室に行くの?」

「そりゃまぁ、怪我した訳ですし」

「じゃ、じゃあ私が治療してあげるから部屋に戻りましょ!真理君も直ぐに休みたいだろうし!」

 

何を言ってるんだ、この人は。

更識先輩は俺の意思を確認せずに、腕部以外のISを解除し、軽々俺を持ち上げた。大体、治療っつったって湿布貼るくらいだから、自力で出来る。つーかなんで頬染めてんの?

 

 

何故この人が俺の目の前に現れると、シリアスな雰囲気が霧散するんだろうか。

そんな疑問を胸に、入学後初の大騒動は幕を閉じたのだった。

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