オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
OP:新たな冒険の始まり
「次に会うのはユグドラシルⅡとかだといいですね! それじゃあ」
「あ、」
彼はヘロヘロがログアウトするのと同時にログインした。
そのタイミングの悪さに思わず声を漏らした。
最後なのに……ログイン早々、意気消沈した彼に、魔王のような骸骨が振り返ると親しげに声をかけた。
「ジョンさん、遅かったですね」
彼、ジョン・カルバインに声をかけた骸骨は、種族オーバーロードの死霊術師にして防衛戦で不敗を誇ったアインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガ。
そして、異形種である事と社会人である事を加入条件にしているギルドであるから、ジョンと呼ばれた彼の外見も、例に漏れず人間種ではなかった。
ジョンの種族はワーウルフ。
彼は人間形態ではなく、所謂、人狼形態と呼ばれる二足歩行する獣の姿を基本としていた。
その毛並みは青と白で、鼻筋の長い狼の顔。逆立った毛がライオンの鬣のように首周りに生えている。爪は獣のように長く伸び、足はイヌ科の動物と同様の踵が地面から離れて指先だけで立つ構造の物になっている。尻には長くふさふさとした毛に覆われた尾が生えていた。
神話級の装備で身を固める上位陣の中で、普段は敢えて装備を減らし、武道家のズボンと黒帯のみ。上半身は裸で腕輪と指輪を幾つか装備し、武器を持たずプレイヤースキルを極限まで求めるスタイルは、男のロマンであるが故にカンストプレイヤーのお遊びと見られていた。
もっとも、ロマンの為にリアルで格闘技スクールに通いだすような彼に、メンバーは(特にるし★ふぁーなどは)自分たちの仲間に相応しいと囃し立てたものだった。
そのロマンを愛する狼男であるジョンは、失敗を恥じるかのように狼頭をかきながら、モモンガに答える。
「1週間ぶりでしたっけ? 最後だってのに急に仕事が忙しくなって、ギリギリのインになってしまいました」
「私が入っていない間に村を焼かれたとか?」
「ええ、異形種狩りの奴らに。ここ半年は過疎ってたから、結構、開拓できてたんですけどね」
ジョンは自然への憧れが強く、素朴な狩猟農耕生活を再現してみたいと、21世紀初頭に活躍したアイドルグループの活動を真似、ユグドラシルの一般フィールドに自称ダーシュ村を開拓しては異形種狩りに焼き討ちされるのを繰り返していた。
最後だからか、過疎ってる筈なのにPKやら詐欺取引やら増えて世紀末状態でしたと肩をすくめると、ジョンは不安と息を呑み、意を決してモモンガへ問う。
「……皆、来てくれたんですか?」
微かに震えるジョンの寂しげな声。
それに応えるモモンガの声は優しげで、この最後の一日を振り返って愛おしむ。
「全員ではないですけど、朝から入れ替わりで結構来てくれましたよ」
思い出に浸るその姿は温かくも寂しげで、ジョンは自身の寂しさを誤魔化すように軽口で応える。
「来てないメンバーは、きっと今頃、泣きながらアップデートデータのダウンロードしてますよ」
「ああ! ありそうですね。仕事が終らなくて今日中に家に帰れそうに無いってメールも着てましたし」
「ヘロヘロさん以上のブラック勤務が!!」
二人の笑い声が円卓の間に響き、そしてまた、終わりを間近に控えた寂しさの混じった沈黙が降りる。
「それ持って、玉座の間に移動しませんか?」
それを吹き払うようにジョンは、ギルド武器《スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン》を指差した。
「…………」
「モモンガさん?」
「あ……いえ、これはここに……」
「持って行きましょうよ。悪役らしく、ギルドの最後は玉座の間って、皆で決めましたし」
ギルドの象徴であり、命であり、皆と共に作り上げた思い出そのものであるそれを手に取る事を躊躇うギルド長をジョンはじっと見つめた。
PKKを繰り返し、PKギルドとしての悪名が轟いてしまったアインズ・ウール・ゴウン。魔王の軍勢と呼ぶならば、それに相応しい力を持ってやろうと皆で駆け回り、作り上げたスタッフはワールドアイテムに勝るとジョンは思っていた。
そのギルド武器を作り上げるために皆で協力して冒険を繰り返した日々。
チーム分けして競うかのように材料を集め、外見を如何するかで揉め、各員が持ち寄った意見を纏め上げ、すこしづつ作り上げていったあの時間。
それは『アインズ・ウール・ゴウン』の最盛期の――最も輝いていた頃の話だ。
だからこそ、その時に、雑談だったかもしれないけれど、『悪役は悪役らしく最後は玉座の間』と皆で話した事をやろう。それがこの場にこれなかったギルメンの意志でもあると、ジョンはこの場にいない彼らの代理と代表をするつもりで、この素晴らしいギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長を務め続けてくれたモモンガの背中をそっと押した。
モモンガは少し逡巡した後――その手を伸ばし、杖――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掴み取る。
手におさめた瞬間、スタッフから揺らめきながら立ち上がるどす黒い赤色のオーラ。時折それは人の苦悶の表情をかたちどり、崩れ消えていく。
作り上げられてから一度も持たれた事が無かった故にデザイン設定で上がっていても、実際に見るのは初めてのエフェクト。
こだわり過ぎのエフェクトに皆で騒がしく過ごした日々を思い出し、「……こだわり過ぎでしょう」とモモンガはステータスが劇的に上昇していくのを感じながら呟く。
象徴であり、一度も持たれなかったギルド武器を持ち出す事にギルドの最後を思う。その寂しさは、、、
「うわッ!?、きもッッ!?」
ジョンの声に木っ端微塵に吹き飛ばされたけれど。
その声にモモンガは笑みを浮かべる。この脳筋だが、自分と同じようにリアルにものを持たない彼がいてくれたお陰で、最後の数年はどれだけ救われただろう。何も考えていないようで、空気を読まないようで……実際、ほぼ間違いなく何も考えていないと思うが……誰も彼もが去ってしまったと胸が締め付けられる度に、何かしら仕出かしてくれた。
自分は一人ではない。それにどれほど救われただろう。
その想いと共に最高位のスタッフを握り締め、モモンガは努めて低い声で呼びかけた。
「行こうか、ギルドの証よ。いや――我等がギルドの証よ」
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二人は円卓の間を出て歩く。
一人であれば、もうこの部屋に戻る事も無いのだと感慨に耽ったかもしれない。
けれど、二人は今日、最後だから短い時間ながら来てくれた仲間たちを思い出しながら、玉座の間へ進んでいく。
「そう言えば、来てくれたメンバーは最後だからとNPCの設定やAIを調整していきましたね。……ヘロヘロさんがジョンさんにルプスレギナ見てくれって言ってましたよ」
「ルプーの? それは楽しみですね」
10階層に降りた広間に待機しているセバスと6人の戦闘メイド。
その内の一人、同じワーウルフと設定されていた赤髪の三つ編み褐色美少女。メイド服と修道服を合わせて2で割ったような服装をしているルプスレギナ・ベータの設定を確認しようとジョンは近づいていく。
文字通り狼であるジョンの視線にさらされてもルプスレギナの表情に変化は無い。先ほどから変わらず、あるかないかの微笑を浮かべたままだった。
だが、ジョンがルプスレギナの前に立った時、彼女はにっこり笑ってウィンクをした。
「可愛い……って、こんなモーションあったっけ!? あれ、モモンガさんでは反応しない? ……条件付のモーション追加してったのか……。ヘロヘロさん即興でこんなスクリプト追加できるなら、もっと良い職場があるだろー」
AI担当だったヘロヘロとすれ違った事を悔やみながら、他に何か無いかと設定テキストとAIをざっと確認する。
そうすると、AIのコメントに『モモンガさんと最後までギルドを守ってくれてありがとう。ルプスレギナは第*次ダーシュ村出身とかどう?』
「マジか!? ヘロヘロさん、どうせなら後1年早く!! モモンガさんギルド長権限でこれ(AIコメント)を設定に書き込んで下さい!!!」
「ああ、ジョンさん。AI組んだり、外装つくったり出来ないからって、遠慮してましたっけ」
活動メンバーが減り、事実上、自分たちだけとなっても律儀にメンバーの作ったものだからと手を加えずにいたジョンの喜びように苦笑しながら、モモンガはルプスレギナの設定の最後に『第*次ダーシュ村出身』と書き加えた。
セバスとプレアデスを引き連れ、最終防衛の間を通り抜け、玉座の間への扉を開けるとモモンガを迎えるようにアルベドが控えていた。
本来、ナザリック全域を巡回している筈の彼女が最後の時に玉座の間でギルド長を待っていた。
その偶然に、AIでしかない筈のシモベたちに意志があるような気がして、ジョンは笑みを浮かべた。
「そう言えばタブラさんも?」
「ええ、お昼ごろに……アルベドたちの設定も何か弄ってましたよ」
うへぇ、タブラさん設定魔だから変更点を見つけられるかな。
そう言うジョンを横目に見ながら、モモンガはコンソールを開いてアルベドのプロフィールを眺める。
「「ながっ!!」」
プロフィール欄にびっしりと書き込まれた文字が、モモンガが軽く弾くようにしてスクロールしてもまだ続いている。
「久々に見たけど、流石は守護者統括。タブラさん力入れ過ぎでしょう」
「そうですね。あ、ようやく最後に……ん?」
最後の一文に、ジョンとモモンガは目を点にする。
「「……『モモンガを愛している。』?」」
「最後は『ちなみにビッチである。』だった筈? タブラさん改変してったんだ……」
記憶を呼び起こしながらジョンは首をひねる。
文字制限ギリギリまで書き込んだ設定だったので、彼は何回かに分けて読んだ事があるのだ。
「タブラさーん!! 何やってんですか!!」
「いやいやいや、あのギャップ萌えのタブラさんだからこそ、最後までギルドを守ってくれたモモンガさんになら愛娘であるアルベドを嫁に出しても良い……と。これはタブラさん自身が自分をネタにしたギャップ萌え? ……タブラさんには萌えないぞ。俺は」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
仲間たちの置き土産で、最後までしんみりした空気とは無縁でいられそうだ。
二人とも両親はすでに無く、外には友達も殆どいない。彼らにはこのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』こそが自分と友達の輝かしい時間の結晶なのだ。
壁には41の大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている。
モモンガは旗のサインが表す名前を読み上げていく。一つの名前を読み上げる度に、脳裏にそのメンバーとの思い出が過る。
そんなモモンガにジョンは心からの感謝を込めて声をかける。
「……リアルのどこよりも、ここが、ナザリックこそが、俺の帰る場所で、今まで味わえなかった青春の場所でした。ありがとうございます。モモンガさんがギルドマスターであってくれたから、俺はここまでプレイし続ける事が出来ました」
「私も感謝しています。ジョンさんが居てくれたから……開拓とか目的を持ってプレイを続けてくれたから、私も最後まで続けられました。……また、一緒に冒険しましょうね」
モモンガのその言葉。また、一緒に冒険を……それはきっと、ギルドメンバー全員に共通する想いだろうとジョンは信じた。
周囲を見回す。もう時間は数秒もない。
ジョンは玉座を見上げる赤い絨毯の上に移動し、万感の思いを込め、遠く響く吠え声を上げた。
それはユグドラシルに別れを告げる声であり――
そして――新たな冒険の産声だった。