オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第9話:探しものはなんですか。

ジョンが食事を終え、その色々な片付けも済んだ頃、周辺の魔法探査を任せていたニグレドからメッセージが入った。

南東に何者かに蹂躙されて焼かれた村、南西には無事に見える村を見つけたと。どちらもナザリックから半径10km圏内ぎりぎりであり、襲撃者はその範囲では探知できない。

ナザリックから見て北側には森林と山脈があり、そこから広がる森を避け、南に広がる平野の辺に村があるように見えるとの事だった。

 

どうするか。

 

襲撃者が今回の探知範囲におらず、大きな生命反応も見られないのであれば危険はそこまで大きくない筈。

ジョンは少しだけ考えるとメッセージをモモンガへ繋いだ。

 

《モモンガさん、夜が明ける前に焼かれた村を調査して来ようと思います。ユグドラシルでは補助でしかなかったレンジャーの追跡なんかが、今は使い物になる筈です》

《一人で行くとか言わないですよね?》

 

PKKで勢子や囮担当だったからこその心配だろう。

出来ればアウラを連れて行きたいが、守護者達には仕事を割り振っている現在、レンジャーを持っている自分が行くのがベストだ。

 

《人間種のみの村らしいので、セバスとルプー、ナーベラルを連れて行こうと思います。あと俺も人間形態を取ります》

《わかりました。それなら私もニグレドのところからバックアップに入ります》

 

しかし、さっきまで食事摂ったら休むと言っていた自分を笑う。

 

だが、ゲームが終わったら仕事に出るのと変わらない筈なのに、身体の奥から尽きること無い泉のように湧き出てくる気力の充実感はどうだろう。

自分の行き先を自分で決め、自分で行動する事がこの充実感をくれるなら、リアルで自分の成すべき事を見つけ出した仲間達が去って行ったのも宜乎。

 

 

《あとジョンさん。調査が終ったら村人を埋葬して下さいね》

《そのつもりですけど……何か見落としありました?》

《もし人間種のプレイヤーに遭遇しても、埋葬してやっていれば敵対的な行動を取り難いだろうと思います》

《ぷにっと萌えさんの教えが生きてますね。俺、そこまでは気づきませんでしたよ》

 

感心した調子のジョンへ、モモンガは何かに怯えるように問いかけた。

 

《一つ伺いたいのですが、ジョンさんはどうして村人を埋葬してやろうと思ったのですか?》

《え? 昔は動物が死んでたら、埋めてやったそうですよ》

 

不思議そうに返すジョン。

 

《正直に言います。私は……いや、俺は、村人が死んでると聞いても何も感じません。埋葬だって純粋に利益だけを考えての事なんです》

 

モモンガが無い筈の唾を飲み込んだようだった。そして、言葉を続ける。

 

《アンデッドになって同属意識、人間への帰属意識が失われたみたいなんです。鈴木悟と言う人間の残滓が、この身体にこびり付いているだけのような気すらします》

 

恐れ、不安、自身が人間以外の何かになってしまった事へのそれは、精神作用効果無効で打ち消されていたが、じわりと滲み出す汚泥のようにモモンガの心にこびりつき離れてくれない。

 

《なんか問題ですか?》

《え?》

 

《俺たち、元々TVの向こうで戦争や災害、テロや事故で人が死んでたって関係なくゲームしてたじゃないですか? モモンガさんは俺の仲間。俺はモモンガさんの仲間。その意識が変わってないなら、俺たち何も変わってないでしょう》

 

ジョンはモモンガの不安をそれがどうしたと笑い飛ばした。

自分達は元々そんな程度の同属意識しか持ってなかったではないか。自分も、モモンガも、自分達の関係も何も変わってない。

ただ、姿が変わっただけだ。何時も通りに何も考えていない風に、けれど、だからこそ、心からそう思っている風に答えて、ジョンは笑って見せた。

 

 

《モモンガさんがどう思っていても、俺から見て、モモンガさんは何も変わっていません》

 

 

汚泥のような不安はなくならないけれど、ジョンの言葉に胸のつかえが取れたようだった。

暗く冷たくわだかまる恐れは消えないけれど、恐れる暗闇を照らしてくれる陽の光が差し込んだようだった。

 

気安く、無意識に、そんな距離まで踏み込んでしまうジョン。それ故、リアルで友人が出来てもすぐに無くしてしまっていたが、だからこそ、モモンガにとっては大切な友人だった。

 

――ありがとう、ジョンさん。

 

 

/*/

 

 

ジョンはナザリック地下大墳墓の入口、中央霊廟から外へ出た。

素晴らしい夜空がそこにはあった。

 

「……凄い夜空だ。ブルー・プラネットさんにも見せたかったな。後でモモンガさんも地上に引っ張り出さないと」

 

月や星の明かりだけで草原の草が揺れる青い世界が広がっていた。眼の性能が上がってる所為かも知れないが、本当に星の明かりだけで世界が見える。

仲間が愛した。仲間が憧れた自然がここにはあった。

ただ空を見上げて見回しているだけで、感嘆の息が漏れる。

 

「ああ、綺麗だ。皆にも見せてやりたかった……」

 

美しい青い世界に心が揺さぶられ、視界がじわっと滲む。そのまま夜空を見上げて数秒、瞳をぎゅっと閉じて耐えると再び眼を開いた。

立ち止まり、休憩するのはもう少し後だ。今はまだ、行動しなければ。

 

そう決意したジョンの視線の先、空の彼方にぽつりと小さな影が見えた。鳥、にしては高度が高い。

水平に移動している動きではなく、垂直に近い動きでこちらに向かって降下しているように見える。

 

レンジャーの常時発動型特殊技術《タカの目》が働き、視界の中でその影だけがズームされたように拡大された。

本来は命中率と射撃武器の射程に修正の入るものだが、こういった風に機能するらしい。

 

比較物がないので大きさが今一はっきりしないが、体長2~3mの巨大なアリのような生物。その背には蝙蝠のような皮膜の翼があり、律動的に羽ばたいていた。

脚は2対しかなく上の脚は腕になっているようだ。1体、2体……全部で12体の気味の悪い飼いならされた、訓練されたように動く異形の群れは、間違いなくこちらに向かって飛んで来ていた。

 

徐々にそれらが絶えずキーキーと金切り声を上げたり、ガーガーとしゃがれた音を立てて飛んでいるのが聞こえてくる。

どこかで見たデザインを極限までリアルに再現するとこうなるのだろうか。確かに何処かで見た事のある存在だった。

 

 

「まさかと思うけど、バイアクヘー?」

 

 

(これこそ「うへぇぁ」だ。なんでだよ。確かにさっき黄金の蜂蜜酒飲んで呪文唱えたけど、笛は吹いてないし、そんなスキルは持ってないぞ!?)

 

取り合えず各種感知スキルで敵意は感じられないので、自分が召喚した扱いになっているのだろうと思う。

ようやく索敵探知圏内に入ったのか、ナザリック・オールド・ガーダーが上空に対して警戒態勢をとり始める。

 

「ナザリック・オールド・ガーダー、攻撃を停止。別命あるまで警戒態勢を維持」

 

アンデッドでは無い自分の命令を聞いてくれるのか、内心どきどきしながら発したジョンの声に従うナザリック・オールド・ガーダー達。

そして、バイアクヘー達は、不揃いな墓石が魔女の歯のように突き出した乱雑さと、下生えの刈り込み具合とが強烈な違和感を生み出している中央霊廟正面に降り立った。

 

手ごろな大きさで《フライ/飛行》とほぼ同じ速度で飛行できるバイアクヘーは、ワールド間の移動も出来る利便性からクトゥルフ神話系のスキルを取るPC達によく乗り物代わりに利用されていた。

レベル的にはナザリック・オールド・ガーダーとそう変わらず、特殊攻撃も特に持っていないので、例え敵対行動を取られても問題ないだろうとジョンは判断していた。

 

1体を前に出すV字型に並んだ彼らは先頭の1体が、キーキーと聞き取り難い高周波が混じったような声を上げ始める。この辺りはゲーム中と変わりない。意思疎通は出来ないが、召喚者の命令は理解するだけの知性はあった筈。

 

 

「王ノ加護ヲ受ケシモノヨ召喚ニ応ジ……」

 

 

その声の意味が理解できた時、ジョンは思わずバイアクヘーを指差し驚愕の声を上げる……事はなんとか堪えた。

 

(アイエェェぇシャアアアァベッタタァぁぁ!?)

 

「……参上シタコレヨリ我等ハ」

 

 

「バ、バイアクヘー? どうして声が、いや、黄金の蜂蜜酒飲んで呪文は唱えたけど笛は……」

「ソノ拳ニ宿ル王ノ加護ガ黒キハリ湖マデ汝ガ声ヲ届ケタノダ」

 

 

雷神拳、風神拳、その他の装備こそしてないが黄衣の王の衣など、所持している神話級アイテムの作成時にぶち込んだデータクリスタルや外装の設定上ハスターが関っていた。つまりゲームが現実になったことで本当にハスターと繋がりが出来たと言うのだろうか。

もう一つ、彼らの声の音とジョンが理解する声に明らかに差異がある。

バイアクヘーの声が止まっても言葉の意味が続く。彼等の言語は速度が異常に速いのか、ジョンが意味を理解している彼らの声は彼らが口――だと思う。コキュートスの口の辺りに似ているので――を閉じても数秒続いていた。

 

(魔法による翻訳? でも誰が? それともこの世界そのものに翻訳魔法?)

 

後でモモンガへ報告しなければと考え、次いで既に従属している様子のバイアクヘー達を見下ろす。

ゲームの中ではスキルで召喚されていた彼等。バフを得るための料理。そして、正式な手順ではないが触媒となるアイテムと呪文で彼らは呼び出された。

現実なのだから、こちらが儀式を行いそれが相手に届けばそれは聞き届けられる。なんの不思議も無い……のか。

だが、クトゥルフ神話のものどもは偶然に単語が並んでも召喚された筈。タブラなどが、そう言った偶然に召喚された神話生物を題材にした小説もあると話していた事があった。

図書館に行けばクトゥルフ神話はある程度揃っている筈だから、確認できるだろう。問題は本物の魔導書になっていたら、どうしようと言う心配だ。

確かクトゥルフ神話では日記でも魔導書になる場合があった筈。その事実にジョンは蔵書を確認する恐怖に震えるが、同時に希望を感じていた。

 

「バイアクヘー、しばし楽な姿勢で待機だ」

 

自分が思い至った考えに興奮し、震えながら、メッセージをモモンガへ繋ぐ。

 

《モモモンガさん、バイアクヘーが来ちゃいました! 大変ですこれ!? 凄いですよこれ!?》

《ジョンさん、クトゥルフ神話系のスキル持ってましたっけ?》

 

《持ってません持ってません。持ってないのに来たって事は彼等、本物の旧支配者の奉仕種族です。彼等がいるって事は旧支配者も、外なる神々もいるって事ですよ》

《旧支配者って良く分からないけど強大な種族とか、次元の狭間に封印されている神々みたいな設定でしたっけ?》

《いや、そこじゃないっす。旧支配者を種族で取ってたギルメンいましたよね。旧支配者が時間や世界を跨いで存在してるなら旧支配者を取ってた仲間が――俺達がこうなったように――そこにいる旧支配者になってるかもしれません。場合によっては召喚で呼び出せるかも……》

 

 

《探しますか!》

《探しましょう!》

 

 

ジョンの天啓(思いつき)にモモンガは即答で答えた。

もし向き合っていたならば、骸骨と人狼ががっしりと手を組んだように力強い言葉のやりとりだった。

 

《ところでこれ、セバス達になんて説明すれば》

《タブラさんの所為にしましょう》

 

大錬金術師の異名を持ち、各種神話に造詣の深かったタブラ・スマラグディナが何か残していたなら有り得るかもしれない……が、自分なら兎も角、モモンガがギルメンの所為にすると言うのにジョンは違和感を覚えた。

 

《タブラさんのマインドイーターはネタ的に遡ればクトーニアンですけど……何でもタブラさんの所為にするのは一寸。るし★ふぁーさんなら兎も角……。モモンガさん、アルベドになんかされた?》

 

《……仕方ないですね。私の言う通りに》

《今の間はなんだ? まさか!!》

《いいですか、セバス達が》

 

モモンガが必死に話を逸らそうとする様にジョンは眼を見開く。これは面白い事が起こっているぞ、と。

 

《え? うそ? 骸骨って●●●ついてたの?》

《黙って聞かないと助けてあげませんよ》

《サー! イエッサー!!》

 

 

悔しいので、パンドラズ・アクター並のびしっとした綺麗な敬礼で応えて見せた。

 

 

/*/

 

 

「お待たせ致しました。」

 

セバスがルプスレギナとナーベラルを伴って霊廟から出てくる。

プレアデスの二人は、メイドとして隙の無い動きで御淑やかにセバスと合せて一礼してくる。

食事の際に見せていたルプスレギナのくるくると移り変わる表情からすると別人のようだ。

 

それを見ながらこちらも上位者として振舞わなければと、ジョンも見栄を張って、それらしく答えてみせる。

 

「ん、ご苦労。先ずは任務の前にこいつらを紹介しよう。……来い」

 

その声に中央霊廟正面で待機していたバイアクヘー達が飛び上がり、キーキーガーガーと金切り声やしゃがれた音を立て始める。

異形のその姿をセバスは見た事があった。名状し難き姿を持つ至高の御方が使役していた存在の一つだった。

 

「この者達を覚えているか、セバス。そうだ。我等が盟友の一人が使役していた『黒きハリ湖』より来たりし、翼ある貴婦人バイアクヘーだ。

 しかし、我等が盟友が戻ったわけではない。我等と盟友は今、遠き断絶の彼方にある。夢見るままにまちいたる盟友たち。

 だが、我が声は虚無の空を越えてバイアクヘーへ届いた。ならば我等は銀の鍵の門を越え、盟友たちへ声を届ける事も、再び行き来する事も出来るだろう。

 

 探すぞ、セバス。

 

 銀の鍵も、門も、何処かにある筈だ。この世界全てを手に入れ、タンスと言うタンスをこじ開け、日記と言う日記を紐解いて、この世の神秘全てを手に入れるぞ」

 

「はっ!!」

 

《ふぅ、こんなものでしょう。》

《すげぇ、なんでこんなセリフがすらすら出てくんだ。しかもセバス達の目がきらきらしてる》

《組織のトップは夢を語らないといけないんですよ。先週読んだ本に書いてありました》

《どこの自己啓発本だよ》

 

それにしても、組織としてか……社会人としては下っ端で使われる立場ばかりだったが、こういう時、自分はどうすれば良いのだろうか。

 

『次の現場行くぞって言われたけど○ソ上司。何するとも何用意しろとも言わねぇから、行った先で、何であれが無いこれがないって言い出してYO』

 

誰の愚痴だったろうか。ああ、自分の愚痴だ。

確かにそんな事は良くあった。事前の段取り、連絡が無く、始めてから当然の不備が出ては怒られ、怒られながら『だったら先に言えよ、○ソが!』と何度、胸の中で罵った事だろう。

セバス達を見回す。やる気に満ち溢れた目だ。

このやる気を失わせるようでは《上司/群れのリーダー》失格だろう。自分がやられて罵った事を行わず、自分がしてもらいたかった事をすれば良いのだろうか。

 

 

「バイアクヘーを迎える為、先に出てしまった。本来であればナザリック内部でお前たちに伝えるべきだったのだが、先ずはすまない。そう言っておこう」

「そのような事を為されずとも」

 

「俺が為すべきと思った事を為さねば、俺はいつか俺自身が忌避していた存在になってしまう。だから、セバス。言わせてくれ。俺の段取りが少々悪かった。すまない」

「勿体無いお言葉です」

 

セバスにありがとうと返し、顔を見ながら話を始める。

 

「さて、今回お前たちとはここから南東に10km程にある焼き討ちされたと思われる人間種の村を調査に向かう。ニグレドの探知によれば10km圏内に人間の集団と言えるものは、南西10kmの位置に同じく人間種の村――こちらは無事だ――があるだけで、襲撃者らしきものは発見できなかった。また、先にセバスが1km範囲を調査したように危険なモンスターも探知にかかっていない。

人間種の姿しか発見できてないので、異形種に対して忌避感がある事も予想される。その為、今回は完全に人間形態を取れる者のみでチームを編成した。俺も人間形態を取る」

 

そう言って人狼形態から人間形態へ姿を変える。

銀髪金眼、褐色肌の逞しいウルフカットの青年で、勿論リアルのジョンとは似ても似つかない。

 

《銀髪金眼イケメンですね。ジョンさん》

《ちっくしょーめー、あ、俺が畜生だ》

 

珍しくジョンを囃し立てるモモンガ。

 

ジョンが自分の外装ネタにしたのは20世紀末から続く異形種格闘ゲームのキャラクターだ。

狼だから眼は金色で、勿論ゲームなのだから人間形態はイケメンだよねと、軽い気持ちから人間形態を作った。厨二病を発症していた初期はそれでも良かった。素直に俺かっけーと悦に浸れた。

 

だが、アインズ・ウール・ゴウンに入り、異形種のまま超カッコイイ・ロールをするウルベルトやタブラ、モモンガ達を真近で見て痺れた。

イケメンが、カッコイイのは当たり前。人間からかけ離れた容姿でロールし、それで尚もカッコイイと感じさせる。これこそ真のかっこ良さだと信じた。

それ故、パンドラズ・アクターに悶えるモモンガのようにジョンは己の人間形態を恥じた。

課金アイテムで変える事も出来たが、己の戒めとして敢えて残し、いつの日かウルベルトやタブラのような超カッコイイ・ロールが出来るようになろうと誓っていたのだ。

 

端から見れば、どう見ても厨二病を拗らせたようにしか見えなったが、ジョンにとっては『イケメンが、カッコイイのは当たり前』その戒めのセリフは、モモンガにおける『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前』と言う、たっち・みーの言葉に等しい重みを持っていた。

 

 

もっとも、そのセリフが誰のセリフなのかは、発言者の厨二病が完治している可能性もある為、ここでは伏せて置く。

 

 


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