オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第91話:猛者帰り

 

 

/*/ バハルス帝国・帝都闘技場 /*/

 

 

観客席は、まるで祭りのような熱気に包まれていた。

「次の挑戦者は――辺境から来た双剣使いだ!」

「おぉぉぉおお!!」

 

地響きのような歓声。

帝国中から押し寄せる挑戦者たちにより、闘技場の試合数はかつてないほど膨れ上がっていた。

 

中央の砂地に仁王立ちする巨体――武王ゴ・ギン。

その背後には、長年闘技場を盛り上げてきた興行人オスクの姿。

 

「挑戦者が絶えん! こんなに血が騒ぐのは久しぶりだ!」

ゴ・ギンは豪快に笑い、両腕をぶんと振るった。

 

オスクもまた笑みを浮かべ、観客席に手を掲げる。

「見よ! これが武王と挑戦者たちの命のやり取りだ! “天位”を夢見る者どもの咆哮を聞けぇ!!」

 

観客席は一層の熱狂に包まれた。

 

そこへ――突如、空が陰る。

観客たちがざわめき、指をさす。

 

「な、なんだあれは……!? 竜だ……!」

「白銀の巨竜だぞ!?」

 

舞い降りたのは、フロスト・ドラゴンの姿となったヘジンマールだった。

氷の翼を広げ、観客席を震わせる咆哮を放つ。

 

「グオオオオオオオオオッ!!」

 

瞬間、観客席は大爆発のような歓声に包まれる。

「本物の竜だ!!」

「これも挑戦者なのか!?」

「すげぇぇぇ!!」

 

ゴ・ギンは獰猛な笑みを浮かべ、氷竜に向けて拳を構えた。

「面白い! 竜であろうが挑戦者なら叩き潰すまで!」

 

観客席の熱狂は最高潮に達し、闘技場は日ごとに大混乱を極めていた。

挑戦者が増えるほど、帝国の闘技場はかつてない盛り上がりを見せ、ゴ・ギンもオスクも心底嬉しそうに観客の声援を浴びていた。

 

そして観客たちの口々には、ある言葉が飛び交い始めていた。

「次こそ“天位”が生まれるかもしれん!」

「俺も挑戦してやる! いつかは皇帝陛下に認められるんだ!」

 

――狂騒は、まだ始まったばかりだった。

 

 

/*/ 帝国宮廷・政務会議 /*/

 

 

厚い扉の奥、重々しい空気が漂う会議室。

玉座に座るジルクニフは、山のように積み上がった報告書に目を走らせていた。

 

「……また暴動か?」

低い声に、官僚の一人が身を竦ませる。

 

「はっ……! 各地で若者が農作業を放り出し、剣を握り闘技場を目指しております。『俺も天位を目指す』と……街道が挑戦者で溢れ、宿屋や酒場まで混乱……」

 

別の文官が震える声で続けた。

「さらに……治安面でも問題が。敗者が逆恨みし、他の挑戦者に切りかかる事例が頻発。武王に挑めなかった者たちが市中で喧嘩を繰り返しており……」

 

「…………」

ジルクニフは額を押さえ、深く吐息をついた。

 

さらに軍務卿が口を挟む。

「陛下、徴兵の妨げにもなっております。若者の多くが『軍などより闘技場の方が名誉だ』と……軍の志願兵数が激減。逆に闘技場志願者は何倍にも……」

 

「っ……!」

ジルクニフは思わず机を叩いた。

 

「――誰がここまで大事にしろと言った! 闘技場は娯楽であれば良いのだ! 政治と治安にまで影響するなど、狂気だろう!」

 

だが、別の高官は冷静に告げた。

「陛下。今や闘技場は帝国最大の“求心力”です。民は血と汗の勝負に熱狂し、敗者ですら英雄として語られる。……陛下ご自身の“剣を執る皇帝”という幻影が、これを加速させております」

 

「……っ」

言葉が詰まるジルクニフ。

その脳裏に蘇るのは、あの男――魔導国大使ジョンの笑み。

 

「友達だろ?」

あの無邪気な囁き。

 

(……くそっ……! なぜ私は、あの時……!)

 

ジルクニフは拳を握りしめた。

だが現実は、彼の思惑を越えて動いていた。

 

帝都は挑戦者で溢れ、辺境の治安は悪化。

そして闘技場は連日満員、商人たちが財を築き、民衆はさらなる熱狂に沈む。

 

――皇帝がどれほど抑えようと、この狂騒を止められる者は、もはやいなかった。

 

 

/*/ 魔導国大使館・応接室 /*/

 

 

重厚な扉が開き、憔悴しきった顔のジルクニフが飛び込んできた。

出迎えたジョンは、いつもの柔らかい笑みを浮かべて椅子に腰掛けていた。

 

「おやおや……これはこれは、皇帝陛下。今日はずいぶんお疲れのようで」

 

「……笑い事ではない! 闘技場のせいで帝国が崩壊しかけているのだ!」

ジルクニフは机を叩き、荒々しく吐き出す。

 

「敗者が街で喧嘩を繰り返し、治安は最悪。若者は軍を避け、闘技場ばかりに群がる。……私は皇帝だぞ!? なぜ一介の娯楽に国が振り回されねばならんのだ!」

 

ジョンは軽く顎に手を当て、しばし考える素振りを見せた。

そして――悪戯っぽく目を細める。

 

「……なら、簡単だろう」

 

「なに?」

 

「敗者が喧嘩できる元気を持て余しているのが問題なら、その元気を利用すればいい。挑戦者の中で、多少なりとも見どころのある者を――そのまま軍に放り込む」

 

ジルクニフの目が見開かれる。

 

「……軍、だと?」

 

「そう。闘技場で負けた程度で諦めない者なら、足腰が立たなくなるまで訓練漬けにしてやればいい。軍の志願兵不足も解決、治安悪化も抑えられ、民衆も“敗者が次の舞台で戦っている”と納得する」

 

「…………!」

ジルクニフの頭に稲妻が走った。

その発想はあまりに単純で、しかし的確だった。

 

「な、なるほど……そうか……! 敗者を“再利用”すれば……!」

 

ジョンは微笑みを深めた。

「人はね、陛下。“居場所”を与えられると大人しくなるものだよ。勝てば英雄、負けても兵士。どちらに転んでも国の糧になる。……素晴らしい循環じゃないか」

 

ジルクニフは呆然とした。

(……この男……! なぜこうも、私の盲点を……!)

 

だが同時に、胸の奥で奇妙な安堵が広がっていた。

もはや自分ひとりでは制御できない狂騒。

だが――この魔導国大使は、あっさりと手綱を見せてくれた。

 

「……っ、ジョン殿」

ジルクニフは拳を握り、言葉を絞り出す。

「やはり貴殿は……頼りになる……!」

 

ジョンは軽く肩をすくめ、楽しげに返した。

「友達ですからね、陛下」

 

ジルクニフの胸に、再びあの日の震えが蘇った。

 

 

/*/幕間/*/

 

 

ジョンは机に広げた羊皮紙を前に、眉間に深い皺を寄せていた。

「むぅ……知恵のステータスがじわじわ下がってきてる……」

 

その瞬間、彼は懐から丁寧に包んだ竹皮を取り出す。中には――

そう、「知恵の鮭おにぎり」。

 

海苔の貼り付け方がやけに左右非対称で、鮭はなぜか頭から飛び出しそうになっている。

見た目はどう見ても「コンビニで落とした後の拾い直し品」だったが、ひと口噛むと脳裏に稲妻が走った。

 

「……来た! 知恵ポイント、+300!」

ジョンの眼がギラリと光り、瞬時に紙の上の数式を整理してしまう。

 

しかし冷静さを装いながらも、口の端からほぐれた鮭の身がぷらん、とぶら下がっている。

それを見たルプスレギナが、真剣な空気を崩さぬよう、無言でハンカチを差し出した。

 

「……ありがとう。いや、これは儀式の一部だ」

ジョンは真面目な顔で言いながら、結局ハンカチで拭いた。

 

その場の緊張感だけは壊さず、しかし確かに彼の知恵は、鮭おにぎりによって維持されていた。

 

――世界を救う力の源が、なぜか鮭おにぎり。

 

 

/*/ 帝国軍・新兵収容所 /*/

 

 

新設された「闘技場特別志願兵受け入れ口」は、今日も挑戦者の列であふれかえっていた。

 

「次! 敗北確認、腕は? 折れてるな、だが動けるなら合格だ!」

「お前は剣筋が荒いが力はある、重装歩兵へ!」

「そっちの若造、足は速いか? なら伝令兵だ!」

 

兵士たちの怒号が飛び交い、治療師が骨を繋ぎながら印を押していく。

昨日まで闘技場で夢を見ていた若者たちが、今日からは帝国軍の一兵卒として編成されていくのだ。

 

最初は不満げだった挑戦者たちも、軍服を渡されると次第に誇らしげに胸を張った。

「俺は敗けたが……皇帝の軍に拾われた!」

「今度は戦場で名を上げるぞ!」

「敗者が敗者のままでは終わらん! 武王より先に天位を掴んでやる!」

 

やがて、この「闘技場帰り」の兵士たちは軍の中核を占め始める。

剣筋は荒い。連携も未熟。

だが一人ひとりの執念と闘志は、従来の志願兵をはるかに凌駕していた。

 

戦術演習の場で、それは如実に表れた。

 

「おい……見たか?」

「三人掛かりの模擬戦を、奴一人で押し返したぞ……!」

「闘技場帰りは本気で命を取り合ってきた連中だ。訓練の遊びなんか通じるかよ……!」

 

やがて、軍内で彼らはこう呼ばれるようになった。

 

――〈猛者帰り〉。

 

戦うために挑み、敗けてもなお刃を捨てなかった者たち。

その眼は獣じみて光り、血の匂いを求めてやまない。

 

ジルクニフが軍議の席で報告を受けた時、顔を引き攣らせずにはいられなかった。

「……な、なんだこれは……軍が……軍が“闘技場の延長”と化しているではないか……!」

 

だが、バジウッドは頬を緩めて答えた。

「陛下。強すぎる兵ほど扱いにくいが……これほど戦意のある軍は見たことがありません。治安問題も収まり、志願兵不足も解決しました」

 

ジルクニフは深く額を押さえた。

(……本当に、あの男の言った通りに……!)

 

 

/*/ 帝国辺境・討伐戦線 /*/

 

 

銃声――いや、魔力の炸裂音が戦場を震わせた。

銃士たちが構える魔銃から、淡い光の矢が矢継ぎ早に放たれる。

 

「うおお、当たったぞ!」

「やれる、俺たちにもやれる!」

 

矢は次々と亜人や魔獣の身体を貫く。だが、巨躯のオーガには効きが薄かった。

厚い皮膚を傷つけはするが、致命傷には程遠い。

 

「くそっ、通常射では止まらん!」

「チャージに入れ!」

 

銃士たちは魔銃を胸の前に構え、魔力を込め始める。銃口の先に光が凝縮し、矢が形を成していく。

 

――だがその間、彼らは完全に無防備。

 

「ぐっ……動けねぇ!」

「来るぞオーガだ、誰か援護を――!」

 

大地を揺るがす咆哮とともに、巨棍が振り下ろされる。

 

その瞬間、猛者帰りの兵士たちが飛び出した。

「おらぁ! 立ってるだけでいいんだろ!」

「チャージしてろ小僧ども! 時間は俺たちが稼ぐ!」

 

武技を重ね、火花を散らす剣戟でオーガを押し返す。

銃士たちは歯を食いしばり、魔銃に全魔力を込めた。

 

「――放てぇぇぇッ!」

 

光の奔流が一斉に解き放たれる。

収束された魔法の矢がオーガの胸を貫き、巨体を揺らがせ、膝から崩れ落とした。

 

「……やった……! やったぞ!」

「銃士もやれるじゃねぇか!」

 

勝鬨を上げる銃士。だがその背で猛者帰りの兵士たちが鼻で笑った。

「ちまちまタメて撃つしかねぇ銃じゃ、俺らがいなきゃ死んでたろ」

「正面から叩き斬る方がよっぽど早えんだよ」

 

銃士たちも負けじと叫ぶ。

「だが、最後に倒したのは俺たちだ!」

「魔銃こそこれからの戦だ!」

 

こうして戦場は、銃士と猛者帰りの張り合いの舞台となっていった。

 

銃士が魔銃で群れを削り、猛者帰りがその隙を補って敵を斬り伏せる。

互いが互いを否定しながらも、実際には絶妙に噛み合う戦法が生まれ、帝国軍は辺境で驚異的な戦果を上げていく。

 

報告を受けたジルクニフは、玉座で頭を抱えた。

「……なぜだ……なぜこうもうまく回る……!? これは喜ぶべきことのはずなのに……!」

 

だが街では人々が熱狂し、兵たちは誇りに燃え、帝国軍はますます膨張していくのだった。

 

 

/*/ 帝国軍・戦術評議会 /*/

 

 

辺境での実戦報告は、帝都に驚きをもたらした。

銃士と猛者帰りの兵士の連携が、想像以上の効果を上げていたのだ。

 

「銃士が敵を削り……猛者帰りが守り切り……最後に魔銃の一斉射でオーガを倒す。これが反復されれば、損害は最小限に抑えられる」

魔法省の戦術官が興奮気味に報告する。

 

「だが、これは偶然の噛み合わせでは?」と懐疑的な将官が口を挟む。

「いや、すでに複数戦線で同様の結果が出ております。帝国軍の“新しい戦術”として定型化できるかと」

 

議場にざわめきが広がる。

銃士は農民や町人から即席で育成される新兵。

猛者帰りは闘技場を経て鍛えられた古強者。

一見すれば相性の悪そうな二つの存在が、互いの弱点を補い合う形で“帝国軍の新骨格”を成しつつあった。

 

「銃士と猛者を前衛に……騎士は後方から指揮を取り、必要な場面では鉄の騎士を投入する」

「……まさに、帝国軍の三位一体戦術だな」

 

 

/*/

 

 

こうして新しい編制が定まっていった。

 

銃士:一般市民から登用され、魔銃を用いて戦列を形成。群れを削り、遠距離で牽制する。

 

猛者帰り:闘技場を経た屈強な兵士たち。銃士の隙を守り、突撃時の矛となる。

 

騎士:正規の貴族出身者。騎士の中でも特に優秀な者は“鉄の騎士”のパイロットとして機動兵器戦を担う。

 

近衛騎士:さらに選ばれたエリートは皇帝直属の近衛に昇進。宮廷と皇帝の象徴的守護者となる。

 

 

/*/ 帝都・演習場 /*/

 

 

赤い塵が舞う広大な演習場。

銃士たちが一斉に魔銃を構え、光弾を放つ。

その隙を突いて突撃してくる模擬のオーガ役に、猛者帰りの兵士が雄叫びを上げて立ち塞がる。

さらにその背後で、黒鉄の巨兵――鉄の騎士が重々しく動き、戦場の均衡を支えていた。

 

「……これが、帝国の新しい姿か」

玉座から視察に訪れたジルクニフは、無意識に拳を握りしめていた。

 

銃士、猛者、騎士、鉄の騎士。

それらが噛み合うことで、帝国軍はかつてない強さを手に入れつつあった。

 

「……だが、この力が……果たして、帝国の未来を救うのか……」

 

ジルクニフの胸に広がるのは誇りと、そして拭いきれぬ不安だった。

 

 

/*/ 帝都・皇帝執務室 /*/

 

 

戦術評議会から戻ったジルクニフは、机に報告書を積み上げたまま、重苦しい溜息を漏らした。

 

「……銃士、猛者、鉄の騎士……そしてそれを統べる新戦術。すべてが噛み合いすぎている」

 

報告を読み返せば読み返すほど、帝国軍がかつてない力を得つつあることは明らかだった。

しかし、ジルクニフの胸に広がるのは誇りよりもむしろ不気味さだった。

 

「……まるで、最初からこの形を描いた者がいるかのようではないか」

 

銃士という即席兵士を支える“魔銃”の技術は、魔導国から流入したものに端を発している。

猛者帰りの制度も、あの男――ジョンの一言から始まったものだ。

鉄の騎士の製造法すら、魔導国が気前よく渡してきた。

 

「……そうだ。全ての根源は魔導国……いや、あの大使にある」

 

ジルクニフは拳を握りしめ、机を叩いた。

“友達だろ”――その一言に心を揺らがされた自分が、いかに無防備だったか。

もしやあれも、すべて計算づくの罠だったのではないか。

 

「……我が帝国は強くなりつつある。だが、それすらも魔導国が望んだ形なのだとしたら……」

 

窓の外に広がる帝都の街並みを見下ろしながら、ジルクニフは低く呟いた。

 

「――私は、魔導国の掌で踊らされているのかもしれんな」

 

その声には、怒りと焦燥と、そしてどうしようもない不安が入り混じっていた。

 

 

 





ザナックって好きだったのになんで死んじゃったの。
推しがみんな死んでしまう。

次回!
第92話:王国の新たな光!

仰ぎ見るなら、おっさんよりもアイドルが良い
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