オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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その他・小話の方が大分増えて、そっちの情報も増えるので時間があれば、そっちも呼んでもらえると幸いです。https://syosetu.org/novel/244941/





第92話:王国の新たな光

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓・武具保管庫 /*/

 

 

「うーん……どれも似たり寄ったりだな」

ジョンは棚に並ぶ武器の山を漁りながら、腕を組んだ。

 

ブレインが“天位剣士”となり、弟子や挑戦者が押し寄せている。

名声に見合う象徴――そう、名刀が必要だ。

 

 

「……自画自賛っぽいけど、これにするか。腐っても神話級だしな」

 

取り出した一本の刀を見つめる。

銘は鉄砕爪刀・魔漆鞘(てつさいそうとう・ましっしょう)。量産型神話級アイテム。

その鞘は、漆黒に深紅の光脈がわずかに走る異様な艶を放っていた。

それは光を反射するのではなく、光そのものを"飲み込む"ような質感。

 

 

 

 

 

/*/ 魔導国王都・冒険者組合 /*/

 

 

「……ブレイン、ちょっとこっち来い」

ジョンは人目の少ない訓練場に彼を呼び出した。

 

「なんすか、師匠」

「お前、いつまでも無銘の刀振ってんじゃ格好がつかねぇだろ。天位剣士だぞ? 弟子だって増えたんだし、背負う名も必要だ」

 

そう言って差し出されたのは、漆黒の鞘に収められた刀。

 

「これは……?」

「鉄砕爪刀・魔漆鞘。俺の爪から作った刀だ。鉄も砕く力があるが、使いこなして鉄を斬ってみせろ」

 

ブレインは息を呑んだ。

鞘から半寸引いただけで、空気が震える。

刃は冷たい月光のように煌めき、持つ者の魂すら映し出すようだった。

 

「……これを……俺に?」

「当たり前だろ。天位剣士に箔がつかねぇと困る。持ってけ」

 

ブレインは深く頭を下げ、震える声で応えた。

「……必ず、この刃に恥じぬ剣士となってみせます」

 

ジョンは肩をすくめ、笑った。

「そういう殊勝な顔すんなよ。似合わねぇぞ」

 

だが内心では――ブレインに“神話”を背負わせることで、彼自身の歩む道がさらに険しく、輝かしいものになることを確信していた。

 

 

/*/ エ・ランテル ラナーの私室 /*/

 

 

煌びやかな装飾の施された部屋。だが、その空気は重い。

ラキュースは一通の封書を前に、眉を寄せていた。

 

「……新国王陛下、ザナック殿下からの親書よ。

“蒼の薔薇は王国に帰還するつもりはないのか”――そう問われているわ」

 

彼女の声には迷いが滲む。

蒼の薔薇はリ・エスティーゼ随一の冒険者チームでありながら、今やエ・ランテルの冒険者組合に籍を置いている。

王国はアダマンタイト級を失い、冒険者の象徴をも喪失した。

 

ラナーは扇子を口元に当て、微笑んだ。

「お悩みになるのも無理はありませんわ。王国に戻れば陛下のために働けますが……冒険者としての自由や使命を考えれば、魔導国に残るのも道理」

 

その傍らで、クライムが直立不動のまま耳を傾けていた。

 

ラキュースは吐息をついた。

「私は……どうするべきなのかしら。仲間と共に選んだ道を翻すことはしたくない。けれど、王国の窮状を見過ごすのも……」

 

「ラキュース」

穏やかな声でラナーが割り込む。

「王国に帰るにしても、今は時期が悪いですよ。魔導国と王国の関係は微妙ですし、下手に動けば陛下の立場を危うくしかねませんわ」

 

扇子の奥で、彼女の瞳が怪しく光った。

「ですが――“蒼の薔薇は魔導国と王国の橋渡しをしている”と答えれば、王国の面子は保てましょう。実際、冒険者としての活動は両国に利益をもたらしていますし」

 

クライムが口を開きかけたが、言葉を飲み込んだ。

彼はただ、ラナーの警護として控えるだけの存在。

だが心の内では――ラナーの言葉が、表向きの提案に過ぎないことを悟っていた。

 

ラキュースはしばし沈黙したのち、力なく笑った。

「……なるほど、そうね。王国と魔導国の橋渡し……か。ザナック殿下にそう返答すれば、とりあえずは保てるかもしれない」

 

「ええ、ラキュース。きっと王国のためにもなりますわ」

ラナーはにこやかに頷いた。

 

だが、その笑みの裏に潜む思惑は――誰も知らない。

 

 

/*/ 冒険者の在り方の変化 /*/

 

 

魔導国における冒険者は、かつての「傭兵」から大きく姿を変えていた。

町や村の防衛は、魔導王の命を受けたアンデッド軍団が担ってくれる。

ゆえに冒険者たちは、未知の遺跡や危険なダンジョンに挑む“探索者”としての役割を強め、国家の庇護の下で自由に研鑽を積める存在となっていた。

 

「冒険者が冒険をできる国」――それが冒険者たちにとって魔導国を魅力的にしていた。

 

一方でリ・エスティーゼ王国の冒険者は、従来通りの“対モンスター傭兵”。

辺境の村を襲う魔獣の討伐、街道の盗賊退治、領主の護衛。

危険と労苦は大きいが、報酬は決して潤沢ではない。

 

その差は歴然だった。

心意気ある者ほど「本当の冒険」を求めて魔導国へ流れ、王国に残るのは小銭稼ぎか、組織にしがみつく者ばかりになっていく。

 

王国の辺境では、次第に魔獣の跳梁が増え、防衛線が薄くなっていった。

貴族や領主たちは慌てて兵をかき集めるが、訓練も整わぬ兵では冒険者の代わりは務まらない。

 

その現状を憂う者たちが口にした。

「……魔導国は冒険者を国家の力として抱え込んでいる。我が王国は、ただ流出を見ているだけだ」

 

王国と魔導国の差は、戦場だけでなく、冒険者の在り方からも広がっていこうとしていた。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国 王都・謁見の間 /*/

 

 

ザナック新王は深い溜息をついていた。

辺境からの報告は、日に日に重さを増している。

冒険者不足による魔獣被害。防衛戦力の欠乏。農村の疲弊。

 

「……魔導国に依頼し、アンデッド兵を貸与してもらえれば解決は早いのだ」

側近の一人が口にする。

「だが、陛下……」

「わかっている。北部大粛清の記憶はまだ民の心に新しい。アンデッドが国境を守ると知れれば、恐怖と反発で国は乱れる」

 

王は額を押さえた。

帝国ならば皇帝の求心力で強引に押し切れるだろう。

だが、王国にはそれほどの一枚岩がない。

バルツァー侯を筆頭に、地方貴族は必ず反発する。

 

「……結局、我が王国には“象徴”が足りぬのだ」

ザナックが吐き捨てるように言ったとき、別の声が響いた。

 

「陛下。お忘れではありませんか」

 

年老いた宰相が進み出る。

「聖王国より輿入れした聖王女、カルカ・ベサーレス殿下。あのお方こそ、国民にとって揺るぎなき信仰の象徴。もし殿下が“神の御心により、アンデッドすら王国を護る剣となる”とお認めになれば――」

 

玉座の間に沈黙が広がった。

 

国民感情という最大の壁。

それを超えうる唯一の存在。

“聖王女”と讃えられる王妃カルカ。

 

ザナックは目を閉じる。

「……結局、我が王国の命運は、彼女の双肩にかかっているというのか」

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国 王城・謁見の間 /*/

 

 

ザナック王の前に進み出たカルカ・ベサーレスは、真っ直ぐな瞳を向けていた。

 

「陛下……私は、もはや聖王女ではありません。

ただ一人の王妃として、この国のために祈りを捧げる者に過ぎません」

 

王も廷臣たちも息を呑む。

だがカルカの声は揺らがず、静かな力を帯びていた。

 

「私は……あの時、魔導国に救われました。

ゆえに――その魔導国が“王国を守る”と言うのであれば、私は信じます」

 

短く、しかし決定的な言葉。

 

ザナックは深く息を吐いた。

「……王妃がそう申すのであれば、民もまた従うだろう」

 

だが、廷臣の列にいた南部の貴族たちは青ざめた表情を隠せなかった。

 

やがて――

 

南部諸侯はカルカを讃え、アンデッド兵の受け入れを表明した。

「聖王女殿下のお言葉に従うまで!」

「陛下と殿下の御心こそ、我らの支え!」

 

一方、それでも一部の諸侯は烈火の如く反発した。

「アンデッドなど受け入れられるものか!」

「魔導国に魂を売るのか!」

 

かくして北部を失った王国は、残り少ない国土で真っ二つに割れた。

 

 

/*/ ナザリック大墳墓 第9階層・会議室 /*/

 

 

カルカをめぐる王国の対立の報告が終わると、静寂が広がった。

アルベドとデミウルゴスは不敵な笑みを浮かべ、至高の御方に礼賛の言葉を捧げる。

 

「――さすがは、ジョン様……!

王国を二分し、デミウルゴスの計画を超える分断をもたらすとは!」

 

「我らの想像すら凌駕する深慮遠謀……至高の御方に並び立つ知略! まさに――」

 

ジョンは頭をかきながら口を挟んだ。

「あー……いや、違うんだよな。俺はただザナックに“嫁さん紹介するわ”ってしただけで……」

 

会議室に、ピタリと沈黙が落ちた。

 

「えっ?」とアルベド。

「……なに?」とデミウルゴス。

 

ジョンは真顔で続ける。

「いやだから、カルカっていい子がいるから、お前の嫁にどうよ? って思っただけで。

そんな難しいこと考えてなかったんだわ」

 

「……」

 

「…………」

 

全員の視線が一斉にモモンガへと集まる。

 

モモンガは椅子に沈み込み、頭を抱えた。

「お、おおお前はあああっ……! それで国が二分されたんだぞ!? ちょっとした仲介で国際情勢が激変したんだぞ!? 俺の胃がもう……!」

 

「え、でもモモンガさん。嫁紹介って大事だろ?」

 

「大事とかそういう問題じゃなああああい!!!」

 

ジョンとモモンガの掛け合いに、アルベドとデミウルゴスは顔を引き攣らせながらも無理やり解釈をひねり出す。

 

「……さ、さすがジョン様。無意識のうちに盤上を操る……!」

「人知を超えた……いや、神域の戦略……!」

 

「いや、だから考えてなかったって言ってんだろ!」

 

――そしてモモンガは、頭の内側で呻いた。

 

(……どうして俺の周囲には……こんなのしかいないんだ……!)

 

会議室の温度差は混沌の極みに達していた。

 

 

/*/ エ・ランテル 蒼の薔薇の宿舎 /*/

 

 

夕暮れ時、窓から差し込む光が赤く差す。

ラキュースは机に積み上げられた報告書に目を通し、深いため息を吐いた。

 

「……冒険者の仕事、ほとんど残っていないわね」

 

イビルアイが腕を組み、冷たく言い放つ。

「当然だろう。魔導国のアンデッド軍が村や街を護っている。モンスター退治も盗賊討伐も、依頼として成立しない」

 

「裏社会も壊滅したしな」

ガガーランが椅子にどかっと腰を下ろす。

「麻薬だの人攫いだの、そういう連中もなんでか跡形もなく消えてやがる」

 

「……それ自体は、いいことのはずなんだけどね」

ラキュースは苦笑した。

「でも、そうなると私たちが戻ったとしても、仕事がない。王国では冒険者はまだ“怪物退治の傭兵”として必要だけど……魔導国では役割が根本から違っている」

 

イビルアイの仮面の奥から、皮肉を含んだ吐息が漏れる。

「王国に戻ったところでどうなる? 辺境は魔物に蹂躙されつつある。冒険者の士気も落ちてるし、依頼人は減る一方だ。私たちが戻ったところで、焼け石に水だろう」

 

「でもよ」

ガガーランが腕を組む。

「ザナック王は“蒼の薔薇は戻らんのか”って親書を寄越してきたんだろ? あの王様、結構真面目な奴だったよな。放っとくのもどうかと思うぜ」

 

ラキュースは黙り込み、窓の外に広がるエ・ランテルの街並みを見やった。

整然とした街路。夜盗も娼館も見当たらず、子供たちが安全に走り回っている。

――王国の荒んだ街並みとのあまりの違いに、胸が痛んだ。

 

「……王国には帰りたい。けれど、帰っても役に立てるかどうか……」

 

その呟きに、イビルアイが冷ややかに告げる。

「役に立つかどうかじゃない。今の王国は、魔導国を受け入れるか拒むか、その狭間で揺れている。私たちが戻れば、“魔導国に恩を売られた英雄”として見られる。――足を引っ張られるだけだ」

 

ラキュースは沈黙した。

王国に戻るべきか。

それとも、魔導国に留まるべきか。

 

答えは、まだ見えなかった。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王都 太守館 /*/

 

 

ラナーは机に届いた親書を手に取り、口元に淡い笑みを浮かべた。

「……やはり迷っているのですね、ラキュース」

 

内容は端的だった。

エ・ランテルでの冒険者事情、王国の依頼不足、そしてザナック王の呼び戻し要請。

だが肝心の結論――「帰還するか否か」は書かれていなかった。

 

ラナーは筆を取る。

その白い指が滑るように走り、優美な文字を編んでいく。

 

――王国に戻れば、貴女は“魔導国に恩を売られた女”と呼ばれるでしょう。

――その力は歓迎よりも疑念を招くでしょう。

――しかし、王国の冒険者たちに希望を与えられるのは貴女をおいて他にいません。

 

「……ね、クライム」

ラナーは振り向き、側に控える騎士に視線を送る。

 

「ラキュースは、王国のために戻るべきだと思いますか?」

 

クライムは迷わず答えた。

「はい。蒼の薔薇が戻れば、きっと冒険者たちの士気が立て直せるでしょう」

 

「ふふ……そうね。けれど、それでラキュースがどれほど苦しむか……」

ラナーはわずかに目を伏せ、続けた。

「お兄様は真面目なお方。だからこそ、彼女に頼る。けれど――王国は貴女を英雄として讃えつつ、同時に魔導国の“影”を見るでしょう」

 

彼女は筆を止め、紅茶を口に含みながら囁いた。

「……どう動くのが、魔導国にとって最も面白いのかしら」

 

 

/*/ エ・ランテル 蒼の薔薇宿舎 /*/

 

 

ラキュースは返ってきたラナーの書簡を読み、額を押さえた。

 

「……相変わらず、嫌なところを突いてくるわね」

 

イビルアイが覗き込み、鼻を鳴らす。

「要するに“戻れば利用される、残れば裏切り者扱い”ってことだな」

 

ガガーランは肩を竦める。

「けどまぁ、王国の連中がどう言おうが……オレらがどこにいたいか、だろ?」

 

ラキュースは拳を握り、視線を落とした。

――選ばなければならない。

王国のために帰るのか。

それとも、このまま魔導国に身を置くのか。

 

答えを出す時は、近づいていた。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国北部・廃村跡 /*/

 

 

かつて人の営みがあった村は、いまや静寂に包まれている。

だが荒れ果てたわけではなかった。

 

畑には整然とした畝が並び、家畜小屋からは牛や羊の鳴き声が響く。

そこに人影はなく、代わりに黙々と動く無数のアンデッド――デス・ナイトやスケルトンが農具を操っていた。

 

彼らは休むことなく、日夜を問わず、機械のように効率的に作業を続ける。

畑は豊かに実り、牧場は活気づき、倉庫には山のような穀物と肉が積まれていく。

 

 

/*/

 

 

その物資は整然とした隊列を組むアンデッドの護送隊によって、魔導国の物流網を通じて南へと流れる。

輸送の終着点は二つ。

 

一つは聖王国。復興途上の民を支えるための食糧支援。

一つはリ・エスティーゼ王国南部。国力が衰退し、飢餓に直面する民のための緊急供給。

 

「……魔導国の食糧がなければ、南部は餓死者で溢れていたでしょうな」

商人たちは肩をすくめつつ、積荷を記録する。

 

だが、真に潤っているのは――魔導国だった。

 

 

/*/

 

 

取引に使われるのは王国金貨や聖王国の資源。

金はエ・ランテルの市場に集まり、武具や魔法道具の購入に還元される。

さらに支援の名目で運ばれた食料は「善政の象徴」として魔導国の威信を高める。

 

農地を無人化したことで反乱の芽を摘み、

アンデッドにより“生産と軍事の両立”を実現し、

そのうえ貿易で利益を吸い上げる――。

 

 

/*/

 

 

リ・エスティーゼ王国の南部貴族の屋敷。

 

「魔導国からの穀物がなければ……我が領民は飢えていた」

「だが、このままでは……!」

 

供給を拒めば餓死。受け入れれば依存。

南部諸侯は板挟みとなり、声を荒げる。

 

一方、王都の民衆は口を揃えて言う。

「魔導国さまさまだ」

「王国の軍より、あのアンデッドたちのほうがよほど頼りになる」

 

 

/*/

 

 

王国は農地を失い、

魔導国は利益と威信を得る。

 

その構図を、玉座の間で報告として聞かされたザナック新王は、

深く椅子に沈み込みながらただ一言――。

 

「……父上の代に終わらなかった結末が、ここに極まったのだな」

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国・王宮 謁見の間 /*/

 

 

北部は無人となり、アンデッドが農作業を担って生産された食料が南部や聖王国に供給されることで、王国はかろうじて成り立っていた。

だがそれは同時に、魔導国への依存が深まることを意味していた。

 

「……このままでは、王国の威信は地に落ちる」

ザナックの声には焦燥がにじむ。

 

そこで進み出たのは、カルカ王妃に仕える高位神官――ケラルト・カストディオであった。

女性である彼女は慎ましく膝を折り、冷静に告げる。

 

「陛下。逆に申せば、この依存こそ、王国が力を取り戻すための好機にございます」

 

「好機だと……?」

ザナックの目が細くなる。

 

ケラルトは恭しく頭を垂れつつ、言葉を選ぶ。

 

「食糧は確かに魔導国から供給されます。ですが――それを“誰が配るか”は王国の手にございます。

忠義を示す領主に優先的に与えれば、人々は“王家に救われた”と感謝しましょう。

民衆が信じるのは供給の源ではなく、その恩恵を与える手でございます」

 

「……つまり、魔導国の施しを王家の功績にすり替えろと?」

ザナックの口調は険しい。

 

ケラルトはわずかに微笑み、肯定を示す。

「民にとって真実より大切なのは、“誰に従えば生きられるか”でございます」

 

その横で、カルカ王妃が柔らかく口を添えた。

「……私は、魔導国に救われました。ですが、この国を導くのはザナック陛下。

民が“王家に従えば生きられる”と信じられるなら、それはきっと正しい道です」

 

ザナックは重苦しく沈黙した。

 

――その時。

 

鎧を鳴らして一歩踏み出したのは、ケラルトの姉にして聖王国最強の聖騎士、レメディオスであった。

金の髪を揺らし、鋭い眼差しで一同を見渡す。

 

「弱いとは罪だ」

その声音は揺るぎなく、力強い。

 

「依存が嫌なら、鍛え直すしかない! 魔導国に救われることを恥じるのなら、自らの腕で立てるようになるだけだ!」

 

脳筋そのものの言葉。

だが、その単純さがかえって玉座の間に重い響きを残した。

 

「……姉上……」

ケラルトは眉をひそめ、思わず苦笑した。

 

ザナックは額を押さえながら、二人の姉妹の対照的な言葉を反芻する。

――冷徹な現実と、脳筋の正論。

どちらが正しいのか、判断を迫られるのは王である自分なのだ。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国・南部諸侯会議 /*/

 

 

「弱いとは罪だ……! ならば、立ち直るしかあるまい!」

レメディオスの言葉は、意外にも南部諸侯の心に火をつけていた。

 

「我らが王国は北部を失った。だが南部が立ち上がれば、まだ再建の余地はある!」

「そのためには、民を活性化させねばならぬ!」

 

会議場にざわめきが広がる。

ある老侯が机を叩いた。

 

「減税だ! 重税に喘ぐ農民や商人を解き放ち、消費を促せばよい!

農業や漁業を支え、第一次産業を興せば――王国は必ず立ち直る!」

 

その言葉に、別の貴族が頷く。

 

「かつて提案された政策と似ているが……」

「いや、今回は“我ら南部の総意”だ! 過去の失敗は忘れよ!」

 

そう――それはかつて、王女ラナーが提示した政策に他ならなかった。

だが当時、既得権益を手放すことを恐れた諸侯が結束して葬り去ったものだ。

 

「……今さら、よく言うものだ」

列席していたレエブン侯が、皮肉を呟いた。

だが諸侯たちは聞く耳を持たなかった。

 

「今こそ時代が求めている!」

「陛下に進言すべきだ! 王国はまだ立て直せる!」

 

会議場は熱気に包まれていく。

 

――そして皮肉にも。

レメディオスの“脳筋の檄”が引き金となり、かつてラナーが潰された政策が、今度は「諸侯の手柄」として復活しようとしていた。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国 王城・政務室 /*/

 

 

南部諸侯が声高に減税と産業振興を叫び、王国の未来を語る報告が届いたのは、日暮れ前のことだった。

 

文書を読み終えたザナックは、机に置いた手で顔を覆い――苦笑をこぼす。

 

「……ラナーの案が、今さら“南部貴族の総意”か」

 

かつて妹が、血を吐くような思いで提示した政策。

だがその時は、目先の利益を失うことを恐れた貴族たちが結束し、彼女を嘲笑いながら潰した。

 

「……あの頃、受け入れていれば――」

喉の奥から、そんな言葉が漏れかけた。

だがザナックは口を噤み、ゆっくりと背もたれに身を預ける。

 

王の立場にある今、過去を蒸し返すことに意味はない。

むしろ、彼らが“自分たちの提案だ”と誇らしげに振る舞う方が、国のためには良いのだ。

 

「空気を壊すわけにはいかぬな……」

 

窓の外、赤く沈む夕日を見ながらザナックは苦い笑みを浮かべた。

王国の未来を担うのは、理想でも正義でもなく――時に、こうした皮肉な“勢い”なのかもしれない。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国 王城・王妃居室 /*/

 

 

夜。

政務を終えて戻ってきたザナックを迎えたのは、燭台の灯りとカルカの柔らかな笑みだった。

 

「お疲れのようですね、陛下」

 

椅子に腰を下ろすなり、ザナックは深い吐息を漏らした。

「……南部貴族が、ラナーの案を“自分たちの新提案”として推し進めている」

 

カルカは少しだけ目を細め、しかし笑みを崩さず答えた。

「よろしいではありませんか。陛下の治世において、民が立ち直ろうとしているのです」

 

「……だが、どうにも腑に落ちぬ。妹の案を笑いものにした者たちが、今になって手柄顔をするとは」

 

苦々しげな夫の言葉に、カルカはそっとその手を取った。

「陛下。正しさを最初に見抜いた者は、時に報われません。けれど……国を思って出した案が、形を変えてでも実を結ぶのなら、それもまた意味のあることだと、私は思います」

 

「……カルカ……」

 

「民が救われるなら、それでよいではありませんか。貴族たちの虚栄や過去の過ちよりも、未来の糧を大事になさってください」

 

ザナックはしばし黙し、そして肩を落として笑った。

「……君には敵わんな」

 

「いいえ。陛下が迷われるのは、それだけ真剣に国を背負っておられるからです。……どうか、私に寄りかかってください」

 

カルカの言葉は、静かに、しかし確かにザナックの胸を軽くした。

王としての苦悩を支える伴侶がいる――その事実が、重責を背負う彼の唯一の救いだった。

 

 

/*/ 王城・小広間 密談 /*/

 

 

カルカは王妃としての儀礼的な微笑みを崩さぬまま、密談の場に現れた。

同席するのは、神官ケラルト・カストディオと、その姉にして最強の聖騎士レメディオス・カストディオ。

 

「王妃様、南部の諸侯からの報告をまとめました」

ケラルトが書状を差し出す。

 

カルカは受け取り、流し見るだけで要点を掴んだ。

「減税によって商人たちが動き出しましたね。農具や種の取引が活発になっているようです」

 

「はい。魔導国からの食糧輸入に依存するよりも、自給力を取り戻すことを民が望んでいます。……ただし、一部の貴族からは不満も上がっておりますが」

ケラルトの声は冷静だった。

 

「弱音を吐くとは情けない」

レメディオスが机を叩くように言い放つ。

「弱いことは罪だ。依存が嫌なら、鍛え直すしかない! それは国も同じだ!」

 

カルカは小さく笑みをこぼした。

「姉上らしいご意見です」

ケラルトが呆れたように視線を送る。

 

だが、カルカはその熱血を否定しなかった。

「……けれど、民にとっては救いの言葉でもあります。『弱さを恥じるより、強くなれ』と。確かに王国が生き残るための真理ですね」

 

カルカは書状をそっと閉じる。

「陛下には“国が自ら立ち直ろうとしている”姿を見せることが必要です。魔導国の支援に依存するだけでは、民の誇りを保てませんから」

 

「王妃様……やはりそのお考えに迷いはないのですね」

ケラルトが深く頭を下げる。

 

カルカは穏やかに頷いた。

「私はただ、聖王女ではなく王妃として、この国を守りたいだけです。……そのために、皆の力を借りたいのです」

 

レメディオスは腕を組み、力強く笑った。

「任せてください。弱さを恥じぬよう、この国の兵も民も、叩き直してみせましょう!」

 

その言葉に、ケラルトは半ば呆れながらも口元に微笑を浮かべる。

そしてカルカは、薄い笑みを絶やさぬまま――

(依存からの脱却。その先に見えるのは、真の独立か……あるいは、魔導国との新しい均衡か)

心の内でそう呟いた。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国 南部の農村 /*/

 

 

数か月後。

 

農村の広場では、新しく整備された灌漑用の水路が輝いていた。

かつて干ばつに苦しんだ土地に、今は豊かに水が流れている。

 

「王妃様のご決断がなければ、こうはならなかった!」

「減税で手元に残った金で新しい農具を買えたんだ。収穫量は倍になりそうだ!」

 

農民たちは口々に喜びを語り合い、その声は役人を通じて王都へと届いていた。

 

 

/*/ 王都・謁見の間 /*/

 

 

ザナック王は報告を受け、目を細めていた。

「ふむ……やはり、民は目に見える変化に素直だな」

 

隣に控えるカルカは、静かに頭を下げる。

「陛下の御威光あってこそ。私はただ、民が自ら立ち直るきっかけをお与えしただけです」

 

ザナックは彼女を見つめた。

(……本当にそうだろうか? この女の言葉は、時に私よりも人心を掴んでいる気がする……)

 

彼の胸中に浮かぶ疑念を見透かしたように、ケラルトが前へ進み出た。

「王妃様のお力添えは確かに大きいですが、これは陛下が即断を許されたからこそ実現したもの。民にはそのことを忘れぬよう、私どもが強調して参ります」

 

「ふむ……頼むぞ」

ザナックはわずかに苦笑を浮かべた。

 

 

/*/ 王城・一室 カルカとケラルト /*/

 

 

二人きりの部屋で、カルカは小さく息をついた。

「……王は、私をまだ完全には信用していませんね」

 

「当然です。王妃様は“外”から来た存在。陛下の即位を支える立場でありながら、民の人気は既に陛下に匹敵している」

ケラルトの声は冷徹だ。

 

カルカは微笑みを浮かべた。

「恐れられている、ということかしら。……ならば、私は王を裏切る女ではないと、証明し続けるしかないのね」

 

ケラルトは頷き、視線を窓の外に移す。

そこでは、訓練場でレメディオスが新兵を叩きのめしながら怒鳴っていた。

「弱さは罪だ! 立て! 立て! 立てぬ者は、二度と剣を握るな!」

 

カルカはその光景を見て小さく笑う。

「姉上がああして吠えている間は、王国の兵は鍛えられていくでしょう」

 

「……ええ。ただし“依存からの脱却”を民が本当に望むのか。それはまだ未知数です」

 

カルカは目を細める。

「ええ、だからこそ……民に“誇り”を与えるのです。たとえ魔導国の影響下にあっても、“私たちは弱くない”と」

 

その声は、静かだが力強かった。

 

 





1年を楽しく過ごしたければ若い妻を娶れ
中世の格言です。

次回!
第93話:その手紙

お兄ちゃんは妹が可愛くて仕方ないものなのですよ。
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