オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
第96話:慣らし運転は大事
その日の朝。
アインズはいつものように執務室へ赴いた。
すると、机に広げられた報告書を前に、ジョンが珍しく読み進めもせずに唸っている。
「……どうしたのです、ジョンさん?」
骨の口から落ち着いた声が漏れる。
ジョンは顔を上げると、眉をひそめたまま答えた。
「モモンガさん、前に立ててた“チートで一気にレベル上げ計画”あったろ? その前に、全守護者に時間を割けないかなと思ってな」
「時間……? どのくらいを想定していますか?」
「各自、一日ずつだ」
「……アルベドも? デミウルゴスも含めて?」
アインズは思わず聞き返す。
「もちろん」
ジョンは即答した。
アインズは小さく唸る。外交や統治に多忙な二人まで外すのは難しい。
「理由を聞いても?」
ジョンは短く息を吐き、真剣な眼差しで言った。
「ルプーと模擬戦したんだがな……あいつ、レベル100の力を持っていながら、自分の全力を扱い切れてなかった。そりゃそうだよな。俺たちはPvPで何度も全力を出し合ったが、守護者たちは本気で戦った経験なんてほとんどない」
アインズの赤い光が揺らめき、静かに頷いた。
「……確かに。それは見過ごせませんね」
モモンガは骨の顎に手を当て、少し考え込んだ。
「……確かに、ルプスレギナのように日常業務では全力を出す機会がありませんね。私の知る限り、アルベドやシャルティアでさえ本気を出した戦闘は数えるほどしかない」
ジョンは頷き、言葉を継ぐ。
「その結果、いざという時に“力を出し切る感覚”を知らずに戦場に立たされるかもしれない。百レベルの身体能力を持っていても、それを制御できなきゃ無駄だ。
俺とモモンガさんはPK戦で散々鍛えられてきたけど、彼らはそうじゃない」
「……ふむ。つまり、戦闘経験のない天才集団というわけか」
モモンガの赤い光が一瞬強く揺れる。
「そう。だから最低でも一度は全力をぶつけ合う模擬戦をやらせたい。俺たちが相手を務めてもいいし、守護者同士でやらせてもいい」
「……確かに理に適っていますね。戦闘経験を積ませることは、戦力強化以上に“自信”にも繋がるでしょう」
モモンガは顎を撫でる仕草をして、カツン、と骨の指が音を立てた。
「しかし、全守護者に各一日となると……外交や統治のスケジュールをずらす必要がある。アルベドもデミウルゴスも納得してくれるかどうか……」
ジョンは軽く笑って肩をすくめる。
「まぁ、納得させるのも守護者訓練の一部だと思うぜ?」
モモンガは深々とため息をついた。
「はぁ……あなたの言うことは理に適っている分、断りづらいのですよ……」
/*/ 守護者への通達 /*/
数刻後。
玉座の間には、ナザリックの守護者たちが一堂に会していた。
アインズが静かに視線を巡らせると、全員が恭しく頭を垂れる。
「本日、皆に集まってもらったのは――新たな訓練についてだ」
声が響くと、背筋を正す守護者たち。
隣に立つジョンが一歩進み出る。
「理由は単純だ。お前たちは皆、至高の御方の手によって百レベルという力を与えられているが、その全力を使い切った経験はほとんど無いはずだ」
空気がわずかにざわめく。
アルベドでさえ言葉を呑み、デミウルゴスは眼鏡を押し上げて表情を引き締めた。
アインズは頷き、続けた。
「この模擬戦は、皆が己の力を理解し、真に制御できるようにするためのものだ。……そして、私とジョンさんが直接相手を務める」
その瞬間、守護者たちの瞳が驚きと歓喜に輝く。
「な、なんと! 至高の御方が、直々に……!」
「我らに稽古をつけてくださるなど、この上ない栄誉……!」
アルベドもデミウルゴスも、多忙な日々の合間であろうと異論を挟む余地はなかった。
むしろ、誇り高く胸を張る。
アインズは静かに片手を上げ、まとめに入る。
「対戦形式は二対二。ジョンさんと私が組み、順番に守護者二名ずつを相手にする」
「「ははぁっ!!」」
一斉に跪き、声を揃える守護者たち。
その場を包む熱気は、戦場にも劣らぬ迫力を帯びていた。
こうして――守護者たちの「全力模擬戦」の幕が切って落とされることになる。
/*/ 模擬戦 ― 対戦カード発表 /*/
アインズの言葉を受け、守護者たちの間に緊張が走る。
ジョンが一歩前へ進み、軽く掌を打ち合わせるようにして言った。
「今回の訓練は、実戦を想定して“前衛と後衛の連携”を見せてもらう。そこで組み合わせはこうだ」
彼の声に合わせて、アインズが名を告げていく。
「第一戦――デミウルゴスとコキュートス」
燃え立つ炎の知略者と、冷徹なる氷の戦士。知略と力の融合。
「第二戦――シャルティアとアウラ」
吸血鬼の真祖と半森妖精の神童。奇襲と制圧の二重奏。
「第三戦――セバスとマーレ」
拳に生きる老執事と、大地を操る少年魔法使い。堅実な連携。
「第四戦――アルベドとルプスレギナ」
統括守護者と狂笑の戦乙女。盾と牙が共に舞う組み合わせ。
名を呼ばれた守護者たちの表情には、一様に緊張と誇りが浮かぶ。
アインズは赤い光を輝かせ、静かに言葉を重ねた。
「相手は我々――ジョンさんと私だ。装備は……全身、神話級で挑ませてもらう」
一瞬の沈黙。
次いで、守護者たちの背筋が一斉に震え、床に額を擦り付けるほどの敬意を示した。
「「「至高の御方が……全力で……!」」」
その声は熱気となって玉座の間に広がり、模擬戦への期待と緊張を一層高めていった。
/*/ 守護者模擬戦 ― 成長の記録 /*/
一日目:デミウルゴス+コキュートス
戦闘開始直後は、攻撃も守りも単調。
デミウルゴスの炎獄は対処され、コキュートスの剣は力任せ。
しかし、数時間を重ねるにつれて二人は役割を切り替え始めた。
デミウルゴスは援護に徹し、コキュートスを最大限活かす配置を選択。
コキュートスもまた、単純な猛攻から一転して「盾」としての動きを学んだ。
――終盤には「知略と剛力」の連携の形が見え始めていた。
二日目:シャルティア+アウラ
序盤は噛み合わず、アウラの獣が囮にしかならなかった。
だが、一戦ごとにシャルティアが“決定打”に集中し、アウラは召喚獣を分散させて相手の動きを制御。
連携が取れ始めると、ジョンの死角を一瞬突くことに成功し、初めて装甲をかすめる傷を刻んだ。
――奇襲と制圧という二人の本領が、模擬戦の中で芽を出した。
三日目:セバス+マーレ
最初は互いの動きを邪魔し合い、地形操作でセバスが足を取られる始末。
だが時間を重ねるごとに、マーレは「環境を整える役割」を理解。
セバスは俊敏な拳の間合いを的確に選び、マーレの魔法と連動した攻撃でアインズの詠唱を一瞬遅らせた。
――師弟のように噛み合う動きが生まれたのは、この日の終盤だった。
四日目:アルベド+ルプスレギナ
序盤はルプスレギナが好き勝手に暴れ、アルベドがフォローに追われた。
だが、戦闘が進むにつれてルプスレギナは“陽動役”を自覚。
アルベドは堅牢な防御で主役となり、ルプスレギナは笑いながら攪乱と奇襲に徹する。
結果、アインズの防壁を一枚剥がし、ジョンの斬撃をアルベドが完全に受け止めるという快挙を達成。
――守護者たちを最も沸かせた戦いとなった。
五日目:総合再戦
再び巡った組み合わせ。
それぞれが前日の反省を活かし、バフ・デバフの維持も飛躍的に改善。
デミウルゴスは戦場全体を操り、コキュートスは“守り”を極める。
シャルティアは一撃必殺の牙を研ぎ澄まし、アウラは空間制御で隙を作る。
セバスは拳で至高の一撃を繰り出し、マーレはそれを補助する舞台を築いた。
アルベドは全力でジョンとぶつかり合い、ルプスレギナは歓喜の雄叫びと共に至高の御方の足を止める。
結果は全敗――だが。
ジョンは肩で息をつきながら笑った。
「最初とは別人みたいだな。今ならPK戦でも勝ちを拾えるレベルだ」
アインズも頷き、赤い光を静かに揺らめかせる。
「……皆、確かに強くなった。敵を知り、己を知ればって奴だな。ぷにっと萌えさんが言ってた」
跪いた守護者たちの胸には、敗北以上の誇りと手応えが刻まれていた。
/*/模擬戦後の雑談 /*/
模擬戦が終わり、訓練場の片隅で小休憩を取るアウラとマーレ。
木陰に腰を下ろした二人は、まだ体に残る余韻を確かめ合うように会話を始めた。
マーレは両手で杖をぎゅっと抱え込みながら、小さな声を漏らした。
「……お姉ちゃん……ジョン様の本気の一撃、すごく痛かったね……。ぼ、ぼく、まだ腕がじんじんしてる……」
アウラも頬をふくらませ、首をひねる。
「そうそう! ただのパンチなのに、なんであんなに痛かったんだろ? 魔法の攻撃でもないのに……」
そこへ、優雅な笑い声が響いた。
「くすくす……無知は罪でありんすなぁ、おチビたち」
吸血鬼のシャルティアが、扇子を口元に当てて現れる。
紅い瞳が楽しげに輝いていた。
「よく聞くでありんすよ。ジョン様の生体武器――爪は、“作成不可能”とされていた【神話級】でありんす」
「えぇっ!?」とアウラとマーレは声を揃えて驚いた。
シャルティアはその反応を楽しむように、さらに言葉を重ねる。
「それだけでも異常でありんすのに……そこに【神話級武装・風神拳】【雷神拳】の力が重なっているでありんす。つまり……」
彼女は指を二本立てて、にやりと笑う。
「ジョン様の拳は、常に二倍痛いのでありんすよ」
「二倍……!」
「そ、そんなぁ……!」
マーレは青ざめ、アウラは思わず自分の頬を押さえた。
「道理で……あんなに痛かったわけだよね……」
シャルティアはうっとりとした声で結ぶ。
「至高の御方の力を浴びられたのなら、それは光栄以外の何物でもないでありんすよ」
その場にいた守護者たちは顔を見合わせ、深く頷き合った。
痛みすら誇り――それこそが、至高の御方に仕える者の喜びだった。
/*/ 至高の御方の教えを語り合う守護者たち /*/
ナザリック大図書館アッシュールバニパルの一室。
模擬戦の後、デミウルゴスは手帳を抱えたまま、同席するコキュートスとアルベドに熱のこもった声を放った。
「――やはり……至高の御方は、戦場においても完璧なお方だ!」
眼鏡の奥の瞳は異様なまでに輝いている。
「“誰でも楽々PK術”と銘打ちながら、その実、これは勝利の法則そのもの!
情報収集から始まり、虚偽を撒き散らし、奇襲でもって決着をつける……!
あの戦術思想は、美学としか言いようがない!」
アルベドは両手を胸に当て、うっとりと頷いた。
「本当に……モモンガ様は、どこまで我らを導こうとされるのか。
その御心に触れるたび、胸が熱くなります……」
「ウ、ウム……!」
コキュートスは四本の腕を固く握り、震える声で言葉を継ぐ。
「情報ヲ集メ、守リヲ固メ、ソシテ――虚偽ヲ突キツケルコトデ勝利ヲ得ル……。
至高ノ御方ハ……戦場ニオイテモ……完璧ナル御方……!」
デミウルゴスは身を乗り出し、力強く言葉を重ねた。
「そうですとも! さらに“時にPKした相手のドロップ品を返して恨みを買わぬ”――あの慈悲深さ!」
アルベドは瞳を潤ませ、恍惚とした声を漏らす。
「あぁ……戦術の極致にして、人の心までも掴む御方……。あの方に比肩し得る存在など、この世にありましょうか……」
「否!」
コキュートスが即答する。
「至高ノ御方ニ勝ル存在ナド……存在シ得ヌ!」
三者の声は次第に高まり、やがて一つとなった。
「「「至高の御方は偉大なり!!」」」
その声は大図書館の天井を揺らし、ナザリックの静寂を熱狂で塗り替えた。
――そして、デミウルゴスが胸に手を当て、低く震える声で続ける。
「この叡智……後世に至るまで決して失われてはなりません。
私の手記だけでなく、正式に記録し、最古図書館に納めるべきかと!」
アルベドはハッと目を見開き、すぐさま同意の声を上げた。
「それこそが至高の御方への忠誠!
叡智を後世に伝え、子々孫々に至るまで御心を学ばせるのです!」
「ウ、ウム……!」
コキュートスもまた全力で頷く。
「ナザリックノ者スベテガ……コノ戦術ヲ学ビ……御方ノ御力ヲ理解スル……!
最古図書館ニ納メルハ……必定ッ!」
三者は互いに顔を見合わせ、力強く拳を突き合わせた。
「「「至高の御方の叡智を後世に!」」」
三者の拳が固くぶつかり合った、その時――。
通路の向こうから、骨の杖を携えたスケルトン・メイジが静かに歩み寄ってきた。
ナザリック最古図書館の司書長、ティトゥスである。
無機質な声が、場に水を注すように響いた。
「……“誰でも楽々PK術”でございましたら、すでに至高の御方の叡智として整理済みでございます。
最古図書館の《至高の御方の棚》三列目、二十四番に納められておりますよ」
「な、なんだと……!」
デミウルゴスは目を見開き、手帳を取り落としそうになる。
アルベドは震える唇を押さえ、やがて陶酔した声を漏らした。
「やはり……! 我らが考えつくことなど、とうに御方は為されていたのですね……!
どこまでも、どこまでも我らの先を征かれる……」
「ウ、ウム……!」
コキュートスは思わず膝をつき、武器を捧げ持つようにして叫んだ。
「流石ハ至高ノ御方……! 完璧ナル叡智……! 全テハ既ニ備ワッテイタノカ……!」
デミウルゴスは両手を広げ、声を震わせた。
「我らが至高の御方は、常に未来を見据え、道を示しておられる!
何と偉大なお方であろうか!」
三人は熱に浮かされたように叫び、
「「「至高の御方は偉大なり!!」」」
その声が再び大図書館の静寂を打ち破った。
ティトゥスは静かに一礼し、再び背を向ける。
その背中に、三人の尊崇の眼差しが釘付けとなった。
「……やはり至高の御方の御心は、我らには計り知れぬ……」
こうして守護者たちは、己らの浅慮を恥じると同時に、
至高の御方の偉大さを改めて胸に刻むのであった。
第10部完!
次回より第11部:半森妖精の神人!
第97話:友達100人できるかな?
うるせぇ!このペド野郎!