オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エルフ王・デケムの末路 /*/
ジョンは冷めた視線を、力なく横たわる死骸に落とした。
「……さて、ただ転がしておくだけじゃ無駄だな」
鋭い声で命じる。
「装備を剥ぎ取れ。骨の髄まで利用するぞ」
ウルフ竜騎兵団が手際よくデケムの鎧と装飾品を回収していく。
魔導具は解析用に、布や革は証拠としてまとめられる。
「死体は複製だ。……《カタパルト》で王都に撃ち込み、宣告しろ」
ジョンの赤い瞳がぎらりと光る。
「“デケムは討ち取った。降伏せよ”――そう伝えれば、動揺は計り知れまい」
広場に静まり返る兵たち。だが、誰も逆らうことはない。
彼の言葉には、冷酷でありながら揺るぎない説得力があった。
そして、オリジナルの死体は丁重に封印され、漆黒のゲートの向こうへと送られる。
「……後はナザリックだ」
至高の御方、アインズ・ウール・ゴウンの御手により蘇生され、
「記憶改竄」の魔法で徹底的に記憶を洗い出される。
デケムがどのように子供たちを利用していたのか、
エルフ王国の構造、潜む魔術師や反抗勢力の詳細。
そのすべてが、暴かれ、利用され、喰らい尽くされるだろう。
ジョンは低く呟いた。
「無駄はない。……お前の死も、全て我らの糧とする」
/*/ エルフ王国・王都攻囲戦 /*/
王都を包囲する陣営、その中央の天幕。
白髪を後ろに流した元帥――ヴァレリアンは、援軍として現れた人間と魔導国の混成部隊を出迎えると、その戦果を聞いて耳を疑った。
「……な、なんだと……?」
報告した声を遮るように立ち上がる。
「デケム王が……討たれた……だと?」
周囲の参謀たちも一様にざわめき、信じられぬといった表情を浮かべる。
彼らの知る王は、強大な精霊を操る存在。
それを討ち取ったというのか。
冷静な口調でジョンが進み出る。
「王の首はここにある。複製した死体を《投石器(カタパルト)》で王都に撃ち込み、“討ち取った”と知らしめよ。民心は瓦解する」
参謀の一人が声を荒げる。
「な、なんと冒涜的な! 王の亡骸を……」
しかしヴァレリアンは低く唸り、その目に戦場を知る者の光を宿した。
「……いや。理に適っている。降伏を呼びかけるに最も有効だろう」
彼は周囲を見渡し、鋭く命じた。
「すぐに投石器を準備せよ! 城壁に届く距離まで引き寄せろ! 拡声魔法の準備もだ!」
数刻後、城壁の向こうで必死に抗戦を続ける王都のエルフ兵たちの前に、轟音と共に“それ”が撃ち込まれた。
激しく転がり、泥にまみれながらもなお“王の顔”と分かる死骸。
そして空に響き渡る声――。
『聞け! 王デケムは討たれた! 抵抗は無意味だ! 城を開け、降伏せよ! さもなくば――次にこの城を砕くのは石ではない!』
沈黙。
城壁に並んだ兵たちの顔から血の気が引いていく。
王都を覆っていた誇りと恐怖の均衡は、音を立てて崩れ始めていた。
ヴァレリアンはその様子を見て、深く息を吐いた。
「……あれほどの王も、終わってみればただの肉か。……さて、ここからが本番だな」
/*/ 王都・軍議の間 /*/
投石器で叩き込まれた死骸を見届けた後、王都の中枢は騒然となっていた。
残された将校たちが軍議の間に集い、顔を突き合わせて議論が始まる。
「……ついに、あの独裁者が……!」
長く苦渋を舐めてきた壮年の将校が机を叩いた。
「やっと死んでくれた! これで子供たちを無理やり戦場に送り出す必要もない!」
「だが……」
別の将校が険しい顔で言葉を挟む。
「問題はその先だ。王を討ったのは“人間”だぞ。奴らに殺されない保証があるのか?」
部屋に沈黙が落ちる。
人間とエルフ――歴史的な不信と憎悪は根深い。
「……待て。我らは人間と戦う意思など本来なかった。ただ、デケムが……!」
将校の一人が唇を噛み、声を荒げる。
「王の狂った“パワーレベリング”のために、我々は人間の軍勢を襲った。そうせざるを得なかったのだ!」
「そうだ!」別の声が続く。
「本来なら我らは森に生き、自然と共に歩む民! 人間を害する理由などない! 戦意もない!」
やがて、議論は一点に収束していく。
「……我々の命を保証してくれるのか」
「投降したなら、降伏したなら……本当に、守ってくれるのか?」
怯えと希望が入り混じった視線が交錯し、誰もが同じ答えを探していた。
「……交渉するしかない」
最も年長の将校が低く呟いた。
「我らは王の暴政の犠牲者であることを訴え、子供たちを解放し、人間と共に生きる道を模索する。そうするしか……生き残る道はないのだ」
/*/ 王都外縁 降伏交渉の場 /*/
王都から派遣された代表の将校たちが、恐る恐る広場へ歩み出る。
そこにはすでに陣を張った連合軍の指揮官たちが待っていた。
「――来たか」
狼の毛並みを纏った巨躯の人狼――ジョンが一歩前に出る。
その背後には、法国のニグン、竜騎兵団の将たち、そしてアンティリーネやクレマンティーヌの姿が並ぶ。
エルフの将校たちは一瞬、息を呑んだ。
そこに立っていたのは人間だけではなかったからだ。
亜人に見える者、異形の竜騎兵、そして人狼――。
「……人間だけでは、ない……?」
若い将校が思わず声を洩らす。
「まさか……他種族と共に……」
ジョンの黄金の瞳が彼らを射抜いた。
「驚いたか。俺たちは人間だけの軍ではない。力を持つ者も、持たぬ者も――人も、他種族も、共に生きる道を選んだ者たちだ」
その言葉に、ざわめきが広がる。
エルフたちにとって「人間と共存する」という発想は遠い夢であり、同時に幻想だった。
一人の壮年の将校が一歩進み出る。
「……ならば問おう。我らの命は、本当に保証されるのか?
我らは望んで人間と戦ったのではない。ただ……王に強いられたのだ」
ジョンはしばし沈黙した。
そして、静かに口を開く。
「俺はお前たちを責めはしない。罪は王にある。子供を戦場に放り出し、血を吸わせ、力を強いた……その狂気にこそ責任はある」
言葉を区切り、力強く続けた。
「降伏を受け入れるなら、命は保証しよう。二度と同じ過ちを繰り返さないと誓うなら――人間とも、他種族とも共に生きる道を示してやる」
将校たちの瞳に揺れる光。
疑念と恐怖の中に、わずかな希望が差し込んだ。
「……本当に、共に生きられるのか……?」
呟きにも似た問いに、ジョンは頷いた。
「共に生き、共に死ぬ。それが強き者の責任だ。
お前たちが選ぶなら――俺はその道を開こう」
その宣言に、王都の将校たちは深く息をついた。
もしかすれば、未来は変えられるかもしれない――そう思わせるだけの重みが、ジョンの声にはあった。
/*/ 王都外縁 解放の広場 /*/
降伏交渉が成立し、王都の門が静かに開かれる。
そこから連れ出されたのは、鎖につながれ、戦場に駆り出されていた子供たち。
兵士でも、戦士でもなく――ただ、帰るべき親を奪われた幼子たちだ。
ジョンが前に出る。
「……もう戦う必要はない。お前たちは自由だ」
その声に、広場の空気が変わった。
拘束を解かれた子供たちが、きょろきょろと周囲を見回す。
次の瞬間――
「ルーギ!」
悲鳴のような叫びが響いた。
人混みをかき分けて駆け寄る一人のエルフの女性。
彼女の頬には涙の跡が光っている。
ルーギの瞳が大きく開かれた。
「……か、かあ……さん?」
震える声。小さな体が硬直し、そして堰を切ったように母へと飛び込んだ。
「ルーギ! あぁ、ルーギ……! 無事で……生きていてくれて……!」
母ミューギが抱き締める腕は震えていた。
ルーギはしばらく言葉を発せず、ただ嗚咽を繰り返す。
やがて、小さな声で呟いた。
「……帰りたい。もう……戦いたくない」
その光景を見届けながら、アリオスとセレナは互いに視線を交わした。
二人のオッドアイに、感情の色がわずかに戻っていく。
「……私たちには、帰る場所がない」
セレナがぽつりと呟く。
アリオスも小さく頷いた。
「ここにいても……また利用されるだけだ。外の世界に行こう。学んで、強くなって……」
そして、ジョンを真っ直ぐ見上げる。
「……あなたの言う、“責任ある力”を、俺たちも知りたい」
ジョンは二人の瞳を見つめ返し、静かに頷いた。
「いいだろう。お前たちは俺と共に来い。森の外で、新しい生を選べ」
そのやり取りを見届けながら、アンティリーネは微笑を浮かべる。
「……強い子たちね。だったら私が“寄り添う心”を教えてあげる。力だけじゃなく、支え合うことも覚えなくちゃ」
子供たちの中には親のもとへ戻る者も多くいた。
泣き笑いの再会が広場のあちこちで繰り広げられる。
だがアリオスとセレナは違う道を選んだ。
エルフの未来は分岐点にあった。
再会する者、帰る者、そして――外の世界へ歩み出す者。
その全てを包み込みながら、戦いの幕は静かに下りていくのだった。
/*/ 法国軍前線拠点・解放後 /*/
焚き火の周囲に集まり、子供たちの去就が話し合われていた。
アリオスとセレナは、静かに言葉を紡ぐ。
「……俺たちは、カルネ・ダーシュ村に行きたい」
「カルネ・ダーシュ村にあるんでしょう? 人間と、森の外の人たちが一緒に暮らしてるって……」
二人の声はまだ小さく、だが確固たる意志を宿していた。
ジョンは顎を引いて頷いた。
「いい選択だ。あの村ならば、お前たちは“人間にとっての脅威”ではなく、“共に生きる仲間”として迎えられるだろう」
その横で、アンティリーネが寂しげに唇を噛んだ。
「……私も行きたい。でも、アーグランド評議国への秘匿で、国外には出られないの」
黒と白のオッドアイが揺らぎ、抑え込んでいた感情が滲み出る。
ジョンはしばし黙し、やがて当然のように口を開いた。
「なら、ツアーに話をつければいいだけだろう」
「えっ……?」
アンティリーネは目を瞬かせる。
「俺が許可を取ってやる。白金の竜王に“法国からの引っ越し”を認めてもらえばいい」
まるで荷物をまとめて移住でもするかのような軽さで言うジョンに、クレマンティーヌが腹を抱えて笑った。
「ははっ、神獣様ったら。相手は世界最強格の竜王様だよ? “ちょっとお伺い”で済む話じゃないっての」
「だが、筋を通して話せば通じるはずだ」
ジョンの金色の瞳がぎらりと光る。
「アインズ様の理想は“種族を超えた共生”だ。ならば、ツアーとて理解してくれるだろう」
アンティリーネは一瞬、言葉を失った。
だが次第にオッドアイに涙が浮かび、かすかな笑みが零れる。
「……本当に、無茶を言うんだから。けど……嬉しい」
その場にいたアリオスとセレナが、無表情のままではあったが、小さく頷いた。
彼らの中に、初めて「希望」という言葉が芽吹いた瞬間だった。
次回!
第101話:カルネ・ダーシュ村
僕にはまだ帰れるところがあるんだ。
――こんなに嬉しい事はない。