オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
第101話:カルネ・ダーシュ村
/*/ アーグランド評議国 白金竜王の間 /*/
〈ゲート〉の渦が煌めき、青白の人狼ジョンが堂々と歩み出た。
衛兵たちが一斉に構えるが、玉座から響く声がそれを制した。
「――止まれ。彼は招かれざる客だが、無礼者ではない」
白金の竜王ツアー。
光を受けて輝く鱗を持つ巨竜が、黄金の瞳を細めていた。
ジョンは気負いもなく、腰に手を当てて言う。
「よう、ツアー。ちょっと頼みがあってな」
「……頼み?」
竜王の声は冷たく、空気を震わせる。
「アンティリーネが子供たちの面倒を見たいそうだ。カルネ・ダーシュ村に行きたいと言っている。……だから、法国から"引っ越し"していいよな?」
「アンティリーネ?」
「ああ、法国は秘匿してたのか。こっちの呼び方で神人らしい」
――静寂。
玉座の間が凍りついた。
衛兵どころか、従者までもが耳を疑い、顔を見合わせる。
ツアーは目を細め、しばし無言のままジョンを凝視した。
やがて、ため息と共に口を開く。
「……貴殿という存在は、いつも私の予測を超えてくるな。
神人は評議国にとってもは世界のバランスを崩しかねない重要な存在だ。その彼女を国外に出すというのは――」
「いやいや、心配するな。俺が見る」
ジョンはあっけらかんと笑い、牙を覗かせた。
「お前にとっても悪い話じゃないだろ? カルネ村は魔導国の直轄、そこなら他種族と共に生きるってお前の理想にも近いはずだ」
ツアーは再び沈黙した。
やがて、重々しい声で言う。
「……確かに、貴殿の言う理には一理ある。アインズ・ウール・ゴウンの"共存"の理念が、実際に形となるのならば……アンティリーネを縛り付ける理由はないのかもしれぬ」
黄金の瞳が細められる。
「だが、条件がある。カルネ・ダーシュ村において彼女が行うすべての行動は、"共生"を体現するものでなくてはならない。――それを守れるか?」
ジョンは肩を竦めて即答した。
「当然だ。あいつは子供のことを本気で考えてる。無責任な真似はしない」
「……ならば良い。アンティリーネの"引っ越し"を認めよう」
玉座の間にざわめきが広がる中、ジョンは軽く手を上げた。
「助かる。話が早いな、ツアー」
「……まったく。貴殿にはいつも振り回される」
白金竜王はわずかに苦笑した。
「だが、不思議と不快ではない」
ジョンは牙を見せて笑い、〈ゲート〉へと歩み去った。
残された者たちは、あまりに軽やかに世界の均衡を揺るがす人狼を、ただ呆然と見送るしかなかった。
/*/ 野営地の一幕 /*/
〈ゲート〉の光が揺らぎ、ジョンがふらりと歩き出てきた。
戦いの余韻が残る野営地で、アンティリーネは椅子に腰掛け、黒と金のオッドアイを伏せていた。
「……どうだった?」
声は震え、期待と諦めのあいだで揺れている。
ジョンはいつもの軽い調子で片手を振った。
「おう、許可とってきたぞ。お前、カルネ・ダーシュ村に"引っ越し"していいってよ」
アンティリーネの瞳が大きく見開かれる。
「……え……」
「ツアーも"共生"を条件にだが、賛成だってさ。
子供たちと一緒に行きたいなら、行けるぞ」
その言葉に、彼女の肩がぶるぶると震えだした。
次の瞬間、堰を切ったように涙が溢れ、頬を伝う。
「……っ、う……っ……」
泣き声は、これまで押し殺してきた感情のすべてを吐き出すかのようだった。
ジョンは少し気まずそうに頭をかき、そっと近寄る。
「お、おい。泣くほどのことか? 俺はただ、話つけてきただけだぞ」
「……あんた……ほんと、ずるい……」
アンティリーネは顔を覆い、嗚咽の合間に絞り出すように言った。
「子供たちと一緒に……生きられるなんて……もう二度と、そんな未来は来ないと思ってたのに……」
ジョンはしばらく黙って彼女を見下ろし、やがてふっと口元を緩める。
「だったら、泣いてないで笑え。
――せっかく掴んだ未来なんだ。お前の目で、しっかり見届けてやれよ」
アンティリーネは涙で濡れた頬を上げ、黒と金の瞳を揺らしながらジョンを見つめる。
「……ありがとう」
その一言に、ジョンは肩を竦めて背を向けた。
「礼は子供たちに言え。俺はただ、道を整えただけだ」
涙で滲む視界の中で、アンティリーネは初めて心からの笑みを浮かべていた。
/*/ 子供たちとの再会 /*/
アンティリーネが涙を拭い、呼吸を整えたとき、
テントの布をかすかに揺らして、小さな影がふたり入ってきた。
アリオスとセレナ。
黒と金の瞳を持つ彼女と同じく、二人も左右で色の違うオッドアイを宿す。
まだ十二歳ほどの小さな身体には、戦場の痛みと重荷が刻まれていた。
「……アンティリーネ」
ぼそりと呼んだのはアリオス。
声は掠れ、まだ感情をうまく乗せられない。
「泣いてるの?」とセレナが首を傾げる。
その問いに、アンティリーネはくすりと笑った。
「ええ、嬉しい涙よ。だってね……」
彼女は膝をつき、子供たちと視線を合わせた。
「カルネ・ダーシュ村に、一緒に行けることになったの。これからは……一緒に生きていける」
二人の瞳がわずかに揺れる。
最初は戸惑い、次に驚き――そして、ほんの少し遅れて、希望の光が差す。
「……本当に?」
アリオスの声は震えていた。
「本当よ。ツアー様のお許しもいただいた。もう、誰にも引き離されない」
セレナがぎゅっとアンティリーネに抱きついた。
「やっと……一緒に……」
涙声で呟くその肩を、アンティリーネは強く抱きしめる。
アリオスは、迷うように拳を握りしめていたが、
やがて一歩前に出て、妹とアンティリーネの背に腕を回した。
三人の抱擁。
そこには、血筋という枷を超えた、確かな絆が芽吹き始めていた。
入口に立っていたジョンがその光景を見やり、鼻を鳴らした。
「……ったく。泣いたり笑ったり忙しいやつらだな」
だが、その声にはどこか優しい響きがあった。
/*/ カルネ・ダーシュ村 混沌と調和の暮らし /*/
村の入り口を踏みしめた瞬間、アンティリーネは目を見開いた。
「……な、なにこの村……?」
畑ではオーガとドワーフが並んで鍬を振るい、
水路ではリザードマンが魚を仕分けている。
ゴブリンたちは陽気に歌いながら荷運びをし、
人狼の若者は子供たちと追いかけっこをしていた。
極めつけは、黙々と畑を耕す鉄のゴーレム。
「こ、これが……カルネ村?」
アンティリーネは混乱を隠せずに立ち尽くす。
「聞いてはいたけど、想像以上の……混沌ね」
だがジョンは涼しい顔で頷いた。
「モモンガさんの教えを守ってきた結果だ。
強者も弱者も、人間も異種族も関係ない。
一緒に汗を流し、食い、笑う。それだけだ」
/*/
学びの場は、村の中心にそびえる「アインズ・ウール・ゴウン教会」だった。
白い石造りの立派な建物。その内部で、犬頭の聖女――ペストーニャが柔らかな声で子供たちを教えていた。
「はい、アリオスくん。今日の算術はここまで。
間違ってもいいのですよ。次はセレナちゃん、一緒に読んでみましょうね」
その優しさに、二人の濁った瞳からわずかに影が薄れていく。
字を覚えるたびに、数を数えるたびに――
「自分が人間である」ことを、彼らは取り戻していった。
アンティリーネも教壇に立つ。
彼女はエルフの歴史、森に残る古き文学を教えた。
その声には時に怒り、時に悲しみ、そして時に希望がにじむ。
「……あなたたちが生きる未来は、過去の犠牲の上にあるの。
だからこそ、知って。忘れては駄目」
/*/
そして、この村の最大の特徴――「筋肉文化」もまた子供たちを変えていった。
畑を耕すときも、狩りに出るときも、村の誰もが己の肉体を鍛えることを怠らない。
「もっと腰を落とせ! そうだ、その方が力が入る!」
オーガがアリオスに叫び、
「セレナ、腕だけじゃなく体幹で引け!」
ドワーフが指導する。
いつの間にか、二人の身体は強く逞しく変わっていった。
剣を振るえば重さに振り回されることなく、
弓を引けば的を射抜く矢が鋭く飛ぶ。
「……不思議」
セレナが夜の囲炉裏の前で呟く。
「戦いじゃないのに、こんなに強くなれるなんて」
アリオスも頷き、静かに拳を握った。
「俺は……この力で守る。奪うんじゃなく、守るために」
アンティリーネは二人の姿を見つめ、胸を満たす。
「そう、それでいいのよ」
彼らの世界は確かに変わり始めていた。
/*/ カルネ村の日々 心を繋ぐ交流 /*/
:* ゴブリンたちとの笑い
ある日、畑で休憩していたアリオスとセレナの前に、ゴブリンの若者が大きなカボチャを抱えて現れた。
「見てろよ!」
彼はそれを頭にすっぽりかぶり、ふらふら歩きながら低い声を作って叫ぶ。
「ワシはデケム王じゃあ~! 民よ、敬えぇ~!」
周囲のゴブリンたちが腹を抱えて笑う。
アリオスとセレナは最初、反応に困って黙っていたが――やがて堪えきれず、くすっと笑いが漏れた。
「ふふっ……へんだ……」
「……あはは……」
これまで張り付いたように無表情だった二人の顔に、初めて柔らかな色が浮かんだ。
:* リザードマンとの泳ぎ
川辺では、リザードマンの戦士がセレナを水辺に誘った。
「水を恐れるな。水はお前を呑むのではなく、抱くものだ」
「……抱く?」
「そうだ。息を合わせれば、水は友となる」
セレナは恐る恐る川に足を入れる。リザードマンの手に導かれて体を浮かべると、不思議な感覚に目を見開いた。
「……わたし、沈んでない」
「それでいい。水はお前を拒まない」
水面に映る自分の顔が――ほんの少し笑っていた。
* ドワーフとの鍛冶
一方、アリオスは鍛冶場でドワーフの親方に付き添っていた。
「鉄は叩かねば強くならん。人も同じだ」
「……叩かれると、痛い」
「痛みを経た鉄は、美しくなる。お前も、そうだ」
親方に手を取られ、アリオスは初めて槌を振るう。
火花の中で、小さな短剣が形を成す。
アリオスのオッドアイに、かすかな誇りの光が宿った。
* 人狼との夜
夜の焚火のそば。人狼のマッシュが二人に語りかける。
「俺たちは群れで生き、群れを守る。それが狼の誇りだ。
……お前たちも、もう群れの仲間だ」
その言葉に、アリオスとセレナは互いに目を合わせ、ほんの少しだけ肩を寄せた。
初めて「一人じゃない」と感じられた瞬間だった。
/*/ カルネ・ダーシュ村・夕暮れ /*/
西の空が茜に染まる頃。
一日の作業を終えた村人たちが広場に集まり、焚き火を囲んで食卓を広げていた。
アリオスとセレナも、その輪に加わっている。
皿に盛られた野菜の煮込みからは、柔らかな香りが立ち上る。
「どうだ? ゴーレムに畑仕事を任せた分、俺たちは料理に力を入れられるんだ」
得意げに話すのは、ドワーフの親方だ。
「……あったかい」
セレナが小さく呟き、匙を口に運んだ。
「森で食べたものより……ずっと」
隣でアリオスも、もぐもぐと口を動かしている。
彼の表情はまだ硬いが、その頬がほんのり赤らんでいた。
焚き火の明かりが二人の横顔を照らす。
周囲のゴブリンや人狼たちが笑い、リザードマンの低い歌声が響く。
異種族と人間が、肩を寄せ合って同じ食卓を囲んでいる――その光景は、二人にとって未知のものだった。
「……兄さま」
セレナがぽつりと呟く。
「ここ……こわくない」
アリオスはしばらく黙ったまま、火を見つめていた。
やがて小さく息を吐き、言葉を返す。
「……ああ。戦いじゃない夜は……初めてだ」
その声はまだ震えていたが、確かな温もりがあった。
二人はまだ自分の感情をうまく言葉にできない。
けれど、心の奥底に芽生えた思いはひとつ――。
ここに残りたい。
ここで生きていきたい。
そう、静かに願い始めていた。
/*/ カルネ・ダーシュ村・アインズ教会前 /*/
昼下がり、読み書きの学びを終えたアリオスとセレナが教会の外に出ると、そこには二人のエルフが立っていた。
一人は元気そうな少年、もう一人はおずおずとした少女。
「――君たちが新しく来た子たち?」
快活な声とともに、少年が片手を軽く上げた。
アリオスとセレナは言葉を返すより先に、息を呑む。
二人の瞳――緑と青。
それは自分たちと同じく「二色に分かたれた王の相」だった。
「……同じ」
セレナがぽつりと呟き、アリオスも無意識に睨むように見つめてしまう。
しかし、アウラもマーレもきょとんとしていた。
「ん? どうしたの?」
「え、えっと……な、何か変なことあった?」
彼らにとっては生まれつきの瞳でしかない。
モモンガに「新しいエルフが来たなら挨拶してこい」と言われただけなのだ。
アリオスは唇を噛みしめ、言葉が出ない。
セレナは小さく首を振った。
気まずい沈黙を破るように、アウラが言う。
「ま、あたしたち、友達になりに来たわけじゃないからさ。ただ――」
緑と青の瞳が鋭く光る。
「弱さは罪。だから強くなって、大事なものを守るんだ。それだけは覚えとくといいよ」
マーレもおずおずと続ける。
「う、うん……守れなかったら、後悔しても遅いから」
その言葉に、アリオスとセレナはハッとした。
まるでジョンが語った「責任ある力」の教えを思い出させるようだった。
二人は深く頭を下げる。
「……わかった」
「……忘れない」
その瞳の奥に揺るぎない意思を見て、アウラとマーレは思わず視線を交わす。
(……意外。ちゃんと分かってる)
(お、お姉ちゃん……この子たち、強くなるかも……)
ほんの少しだけ。
まだ友情には遠いが、確かに一目置いた瞬間だった。
ある意味、ナザリック送りになったと言えなくもないアンティリーネ。
第11部完!
次回!
第102話:王と皇帝
お前、またはげるのか?