オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

113 / 206
第104話:うちも欲しい

 

 

エ・ランテル・太守執務室

 

 

昼下がりの執務室。ラナーは机上の書類に目を通していた。

そこへ、一通の封書が届けられる。

 

封蝋に刻まれた紋章を見ただけで、差出人が誰か理解できた。

――王国国王、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。

 

白い指先で封を切り、滑らかに目を走らせる。

 

「……“王立魔法学校設立にご尽力いただき、心から感謝申し上げます”」

 

青い瞳が一瞬だけ大きく見開かれる。

しかしすぐに、無垢な笑みを形作る。

 

「……ふふ。私が?」

 

だが、心の奥底で氷の針が突き刺さる。

――自分は何もしていない。

学校設立に口添えした覚えは一切ない。

 

「……では、誰が?」

 

思考は自然とひとつの答えに行き着く。

ナザリック。

至高の御方。

 

かつて、自らが提案した“教育による知識層の育成”を、王国が軽んじて潰した。

その案と酷似した政策が、今、魔導国の名の下に実現されている。

 

「……人間の成長すら、考えの内……?」

 

喉が乾き、背筋を冷たい汗が伝う。

自分と同じ思想に至っているのではない。

――その遥か上に、何十手も先を見据えて、すでに歩んでいるのだ。

 

「……おぞましい」

 

ぽつりと呟いた。

だがその声には、恐怖と同時に陶酔の色が混じる。

 

「人間を、ここまで……。王国の未来すら、盤上の駒として操る……。嗚呼、なんと……」

 

両手で口元を覆い、ラナーは笑みを噛み殺す。

その笑みは姫君の可憐なものではなく、冷たく妖しいもの。

 

「至高の御方……やはり、私はあなたに従うことしかできない」

 

手紙を丁寧に畳み直すと、ラナーは窓の外、活気を取り戻しつつある王都を見下ろした。

そこに生きる人々の姿さえ、ただの“御方の実験材料”にしか見えなかった。

 

 

/*/王都・太守執務室

 

 

手紙を読み終えたラナーは、しばし机に突っ伏すようにして沈思した。

やがて顔を上げ、細い指先で空をなぞる。

 

「……王立学校、ですか」

 

王国に魔法学校ができたなら、次に考えられるのは――。

魔導国の首都エ・ランテル。

そこにこそ、真の“模範”としての学校が設けられるべきだ。

 

「そう、魔導国直轄の教育機関……王国はその影響を受けざるを得ない……」

 

そこでラナーは、はっと息を呑んだ。

手が震え、机の縁を掴んで支える。

 

「ま、まさか……」

 

自分がこの考えに至ることすら、仕組まれていたのではないか。

王国で学校を作り、その存在を羨望するよう仕向ける。

その上で、自分――ラナーの口から「エ・ランテルにも」と提案させる。

 

「……! そ、それが……“意味”なの……?」

 

至高の御方が、自分の小さな才覚をも見抜き、それを利用し、

まるで自ら考え出したかのように錯覚させる。

 

それこそが――“教育の浸透を自然に受け入れさせる最善の道”だったのか。

 

「……っ、ひぃ……」

 

肩を震わせ、背筋を氷が這い上がる感覚に囚われる。

だがその恐怖は、同時に甘美な陶酔をも孕んでいた。

 

「モモンガ様……深淵なる智謀……私などが、考えに及ぶはずもない……」

 

震える声を押し殺し、ラナーは両手を胸に組んだ。

その表情は、恐れに涙を浮かべながらも恍惚に染まっている。

 

「私が……私が御方に試されている。なんて幸せ……」

 

窓の外に広がる王都の景色を眺めながら、ラナーは小さく笑った。

その笑みは狂気と陶酔の入り混じった、人ならざる姫君の笑みだった。

 

 

/*/魔導国玉座の間

 

 

「――ほう」

 

漆黒の玉座に凭れるモモンガの声が低く響いた。

その手には一枚の上申書。差出人はエ・ランテルを治める“黄昏の姫”ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 

内容はただ一つ。

「魔導国立魔導学院」の設立――。

 

「市民に魔法の基礎と学問を授け、未来の知識層を育てたい」

彼女はそう記していた。

 

横で控えるアルベドとデミウルゴスは、顔を見合わせる。

至高の御方の深遠なる御心を、まるで察知したかのような提案。

 

――この人間の姫は、どこまで先を読んでいるのか。

 

「……悪くない」

モモンガは短く言い、書状を膝の上に置いた。

「むしろ当然の流れだな。かつての王国でも、知識を軽んじていたゆえに衰退した……。ならば、我らが統べるエ・ランテルに学び舎を建て、未来へ投資するのは理にかなっている」

 

その声音は冷静だが、確かな肯定の響きを含んでいた。

 

 

/*/エ・ランテル広場 ― 太守の布告

 

 

王都からの使者が告げたのは、前代未聞の布告の方法だった。

太守ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフが、自ら民衆の前で「歌」によって語るというのだ。

 

広場に集まった群衆は息を呑み、やがて壇上に現れたラナーの姿を見た。

黄昏の姫は純白の装束に身を包み、黄金の髪を揺らしながら一歩前に進む。

 

沈黙の後、彼女は口を開いた。

その声音は旋律を帯び――演説は“演歌”へと変わった。

 

♪――この街に 未来を刻み

子らに学び舎 与えましょう

魔導の御力 我らを導く

知識こそが 生きる糧――♪

 

澄み切った歌声が石畳を震わせ、広場の隅々まで響き渡る。

どこか哀愁を帯びた旋律が、民の胸をじんわりと熱くした。

 

「……これは……歌で布告を……!」

「姫様のお声が……心に染み渡る……!」

 

老いた者は涙を流し、若き者は拳を握りしめ、子供たちは夢見る瞳で耳を傾ける。

 

ラナーは歌を紡ぎ続けた。

 

♪――魔導国と共に歩み

新しき知を 我らの誇りに

子供たちよ 未来を掴め

その翼は 黄昏の空を越え――♪

 

最後の節が終わった瞬間、広場は割れるような歓声に包まれた。

 

「ラナー様万歳!」

「“黄昏の姫”の慈悲に感謝を!」

「子供を学院に通わせたい!」

 

誰もが立ち上がり、手を打ち鳴らし、涙と笑顔でその場を満たした。

 

演説としては異端であろう。だが、人々の心に焼き付いたその光景は、ただの布告を超え――信仰に近い熱狂を生み出していた。

 

壇上で微笑むラナーは、その声援を浴びながら、冷静に思考していた。

――これもまた、至高の御方の深遠なる御心の一部なのだろうか、と。

 

 

/*/黄昏の騎士 ― クライムの胸の内

 

 

エ・ランテルの広場を揺るがす声――ラナーの歌。

慈愛と希望を帯びたその旋律は、群衆を酔わせ、涙を誘い、やがて熱狂へと変わっていく。

 

その最前列でただ一人、剣を佩いた騎士が膝を折り、深い敬意を込めて姫を見上げていた。

彼こそ、ラナーを守護する剣にして忠実なる従者。

だが、民は彼をこう呼び始めていた。

 

――黄昏の姫を守護する「黄昏の騎士」。

 

クライム。

 

「……ラナー様」

 

その歌声を聞くたびに、胸の奥で何かが燃え上がる。

仕えることは己の誇り。

守ることは己の使命。

だが今、歌に包まれる人々の表情を目にして、彼は初めて悟った。

 

――彼女はもう、ただの王女ではない。

 

民を導き、愛を与える象徴。

そして、その象徴を現世に繋ぎ止める唯一の剣こそ、自分なのだと。

 

「ラナー様は、誰よりも高みに……。ならば俺は、その御傍で影となり盾となり……」

 

拳を握る手に血が滲むほど力を込める。

震えは恐怖ではない。

熱と決意が、体を突き動かしていた。

 

もしも、姫が歩む道に闇が迫るならば――

自分はその闇を切り裂く剣となる。

もしも、姫が流す涙があるならば――

自分はその涙を代わりに流す盾となる。

 

「俺は……黄昏の騎士。あなたのための剣であり、あなたのために朽ちる盾です」

 

歌い終えたラナーが振り返り、静かに微笑む。

その金色の瞳がまっすぐにクライムを見つめ、そっと口を開いた。

 

「――ありがとう、黄昏の騎士」

 

その言葉は、群衆の歓声に勝るほどに鮮烈に、クライムの胸へと響いた。

世界のすべてが止まったように思えた。

ただ、彼女の声と微笑みだけが、永遠のように刻まれる。

 

民の喝采が再び巻き起こる中、クライムはひとり心に誓う。

 

――この命、黄昏の姫に捧げよう。

 

 

/*/英雄譚のはじまり

 

 

ラナーが歌を終え、クライムを「黄昏の騎士」と呼んだ瞬間。

広場を埋め尽くす民衆の心に、一つの像が鮮烈に刻まれた。

 

「……黄昏の姫と、黄昏の騎士だ……」

誰かがつぶやいた小さな声は、やがてさざ波のように人々の間を駆け抜けていく。

 

「まるで英雄譚のようじゃないか」

「姫を守る忠義の騎士……。あれは物語の中だけの存在だと思っていた」

「いや、我らの目の前に本当にいるんだ!」

 

人々は涙を拭い、互いに肩を抱き合い、時に拳を振り上げて叫んだ。

 

「黄昏の姫、万歳!」

「黄昏の騎士、万歳!」

 

熱狂は波のように押し寄せ、広場は祈りと歓声に包まれる。

子供を抱いた母親は、その幼子に耳打ちする。

 

「覚えておきなさい。あなたが大きくなる頃には、きっとあの方々の物語は語り継がれるのよ」

 

老人は震える声で言った。

 

「長く生きたが……本物の英雄の始まりを見られるとはな……」

 

ラナーは人々の熱に微笑みながらも、内心は冷ややかだった。

――すべては、計画の一部。だが「黄昏の姫」と「黄昏の騎士」という新たな伝説が生まれたことは、想定以上の力を持つ。

 

その傍ら、クライムは歓声の渦に気圧されながらも、胸の奥で静かに誓いを固めていた。

――もしこの物語が英雄譚となるなら、自分は最後までその騎士として生き抜こう。

 

こうしてエ・ランテルに、ひとつの物語が芽吹いた。

やがて語り継がれるであろう伝説――

「黄昏の姫とその騎士」 の幕開けであった。

 

 

/*/城館の一室

 

 

その熱気を窓越しに聞きながら、クライムは思わず笑みを浮かべていた。

かつて王都の片隅で“ただの兵士”として生きていた自分が、今はラナーの護衛騎士であり、恋人として共に歩んでいる。

 

「……ラナー様。みんな、あなたの優しさを信じていますね」

胸に手を当てて、彼は心の底から誇らしげに言った。

 

ラナーはそっと微笑む。

その金の髪が窓から差す陽光に照らされ、淡く光を帯びる。

「クライム。私はただ、できることをしているだけよ。民が未来に希望を持てるなら、それだけで十分」

 

その横顔を見つめるクライムの瞳に、熱いものがこみ上げた。

「……やっぱり、俺は……ラナー様に一生を捧げたい」

 

彼女はその告白を受け止めるように、小さく首を振りながらも、柔らかい微笑を崩さなかった。

 

ラナーの胸の内

 

――けれど。

 

ラナーの心の奥底は、冷たい波に揺れていた。

 

ザナックから届いた王立学校設立への感謝の手紙。

自分は何もしていないのに、同じ発想を抱いた存在が確かにいる。

 

ナザリックの支配者、至高の御方――。

人間の成長すら己の手の内に収めようとしているのか。

 

震える指先を抑え、ラナーは再び笑顔を浮かべた。

この身がどれだけ深淵に囚われても、愛しいクライムにだけは、慈悲深き姫としての姿を見せ続けるために。

 

こうして「魔導国立魔導学院」の設立は、民にとっては希望であり、ナザリックにとっては知識の収穫場となった。

そしてラナーにとっては、己が選んだ“黄昏の道”をさらに深く進む一歩となったのである。

 

 





感謝の気持ち。感謝の心。美しい兄妹愛ですね(棒

次回!
第105話:史上最強の弟子!

誰だろう?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。