オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第105話:史上最強の弟子

 

 

/*/エ・ランテル郊外 ― 魔導学院と地獄の訓練

 

 

エ・ランテルの郊外。

 

そこに忽然と姿を現した巨大建造物は、もはや「学院」という言葉では足りなかった。

王都に築かれた王立学校など比較にならぬ規模。白亜の外壁に囲まれた敷地は王宮のそれを超え、塔は天空を突き、広大な講堂や研究棟が並び立つ。

 

「どうせなら王国に作ったのより立派にしようぜ」

「……ええ。これなら、誰もが一目で“魔導国の威光”を理解できるでしょう」

 

ジョンとモモンガはそろって完成した学院を眺め、満足げに頷いた。

 

その陰で、もうひとつの計画が進んでいた。

 

 

/*/ニニャの才能

 

 

漆黒の剣の一員、ニニャ。

少女ながら魔術の才は際立っており、魔術組合長テオの特別授業によって、すでに第3位階魔法を自在に操れるようになっていた。

しかも、近頃は第4位階の片鱗を掴みかけている。

 

「……妙だな」

訓練を観察していたジョンがぼそりと呟く。

 

「なにか気づいたのですか?」とモモンガ。

 

「いやさ……どう考えてもニニャだけ、経験値テーブルが軽い。

必要経験値が半分になってるような気がするんだよな」

 

モモンガは顎に骨の手を添えて思案する。

「経験効率を飛躍的に高める……稀少どころではない才能です。異能と呼んで差し支えないでしょう」

 

「だろ? なら確かめてみるしかない。……ちょっとパワーレベリングしてみっか」

 

ジョンの口元に、いたずらっぽい笑みが浮かんだ。

 

 

/*/ エ・ランテル郊外 ― 地獄のダンジョン

 

 

マーレが造り上げた地下迷宮。

その最下層、5階。

 

そこに徘徊するのは――冒険者階級 アダマンタイト級 の存在たち。

死霊の鎧に包まれた巨躯 デスナイト、黒翼を広げる巨体 スケリトルドラゴン。

 

普通の人間が挑むなら、国家規模の遠征が必要となる難度だった。

 

だがそこへ――オリハルコン級に過ぎぬ漆黒の剣が、無謀にも放り込まれたのだ。

 

阿鼻叫喚

 

「ちょっ、ちょっと待って!? これ本当に訓練なの!? 死ぬ、絶対死ぬから!!」

「うわああああああッ!」

 

悲鳴。叫び。

だが敵は容赦なく迫る。

 

スケリトルドラゴンが顎を開けば、瘴気を帯びた黒炎が吐き出され、石床を融かす。

デスナイトが振るう黒剣は、盾ごと身体を叩き割る威力を宿していた。

 

彼らは恐怖に震えながらも、必死に抗った。

 

「怯むな! 一体ずつ分断して叩け! 生き残るんだ!」

ペテルが叫び、仲間の意識を繋ぎ止める。

 

 

/*/成長の爪痕

 

 

連日の死闘。

命を削るような戦いの中で、漆黒の剣は確かに力を掴み取っていった。

 

 

/*/ニニャ&ペテル ― 連携の一撃

 

 

迷宮の奥、闇に包まれた石畳を踏み鳴らしながら、漆黒の鎧を纏う巨躯が迫る。

燃え盛る紅い眼孔――デスナイト。

その圧倒的な存在感に、仲間の誰もが一瞬息を呑んだ。

 

「……来るぞ!」

ペテルが前に出て、剣を構える。

その刀身には赤々と炎が纏わりつき、熱気が周囲を焦がしていた。

 

巨体のデスナイトが剣を振り下ろす。

その一撃は重く、受けた瞬間、ペテルの膝が石畳に沈むほど。

「くっ……重い!」

 

「ペテルさん!」

ニニャが叫ぶ。

だが恐怖よりも、胸に湧き上がるものがあった。

――守られている。この背に。だからこそ、私も……!

 

「お願い、少しだけでいい、時間を……!」

ニニャは両手を組み、魔力を集中させる。

胸の奥からあふれ出す奔流が、かつてない速度で形を成していく。

 

ペテルは呻きながらも炎の剣を押し上げ、デスナイトの攻撃を受け流す。

「早くしろッ、ニニャ! こいつ、俺一人じゃ持たねぇ!」

 

「……今です!」

ニニャの叫びと共に、光が迸った。

 

「――《白銀騎士槍(シルバーランス)》ッ!」

白銀の光槍が、彼女の掌から解き放たれる。

その輝きは迷宮を照らし、まっすぐにデスナイトの胸甲を貫いた。

 

だが、それでも巨体は崩れない。

咆哮を上げ、なおも振り下ろそうとする漆黒の剣――。

 

「おおおおおッ! 道を開けろォッ!」

その瞬間、ペテルが渾身の力で突き上げた。

炎を纏った刃が、光槍に穿たれた胸の裂け目へと突き刺さる。

 

白と赤、二つの輝きが交わり、爆ぜるようにデスナイトの体を焼き尽くした。

 

轟音と共に、巨体は崩れ落ちる。

残されたのは、荒く息をつく二人の冒険者だけだった。

 

「……倒した、のか」

剣を杖のように支えながら、ペテルが笑う。

隣で、ニニャは肩で息をしながらも、確かに頷いた。

 

「はい……! 私たちで、倒しました!」

 

互いの視線が交わる。

そこには恐怖ではなく、確かな誇りと、共に戦い抜いた絆があった。

 

 

/*/ダイン&ルクルット ― 巨獣狩りの絆

 

 

デスナイトが崩れ落ちたその先――。

迷宮の広間では、もう一体の脅威が唸りを上げていた。

 

骨の翼を広げ、全身を白骨で組み上げられた竜。

無数の牙を剥き、骸骨の喉からは耳を劈く咆哮が響き渡る。

 

「スケリトルドラゴン……っ! こいつ、俺たちじゃ格が違いすぎる!」

ルクルットが《フラウ・ボウ》を握りしめながら後退する。

空気中の水分が凍り、矢の形に結晶していくが、心臓は恐怖で跳ねていた。

 

「怯むなッ!」

前に出たのはダインだ。

その身体が光に包まれ、毛皮が生え、筋肉が隆起していく。

 

「――《グリズリー変身》ッ!」

 

人間の姿を覆い隠すように、巨大な熊へと変貌した。

大地を震わせる咆哮を返し、竜の骸骨と正面からぶつかり合う。

 

「うおおおおおおッ!」

爪が閃き、竜の顎を横薙ぎに叩く。

骨が砕け散り、広間に乾いた破裂音が響いた。

 

だが竜も黙ってはいない。

尾の一撃が振り抜かれ、巨体の熊を吹き飛ばす。

 

「ぐッ……まだだ!」

ダインはよろめきながらも立ち上がる。

血にじむ口から低い唸り声をあげ、再び飛び掛かった。

 

「今だ……ルクルット!」

 

その声に応じて、後方で矢を番えていたルクルットの目が鋭く光った。

「凍りつけッ! 《フラウ・ボウ》――!」

 

彼の指先から放たれた矢は空を切り裂き、竜の翼を貫通した。

瞬間、凍結の魔力が爆ぜ、骨の翼全体が氷の塊と化す。

 

「ナイスだ!」

ダインが巨熊の腕を振り上げ、氷結した翼を力任せに叩き割る。

バラバラと砕け落ちる破片が迷宮を白く染めた。

 

怒り狂った竜が大口を開け、噛み砕かんと迫る――

だが、その瞬間を二人は逃さなかった。

 

「今度こそ……!」

ルクルットの矢が竜の眼窩を貫き、

「うおおおおおッ!」

ダインの熊爪がその頭蓋を粉砕する。

 

轟音と共に、骸骨の巨竜は崩れ落ちた。

 

静寂が戻る。

残されたのは、肩で息をしながらも互いに笑みを交わす二人。

 

「やったな、ルクルット」

「……ああ。俺たちでも、やれるんだな」

 

砕け散った骨の山を背に、二人の胸には確かな自信が宿っていた。

 

 

/*/遠隔観察

 

 

モモンガとジョンは、黒曜の水晶を媒介にした遠隔観測魔法で、エ・ランテル郊外ダンジョンの戦闘を見守っていた。

 

「……いいな」

ジョンがにやりと笑った。

「やっぱりニニャだけ、経験値テーブルが違う。才能がある奴は、こうやって引っ張れば一気に伸びる」

 

水晶に映る少女の姿は、既に冒険者としての域を超えつつあった。彼女の魔力は仲間を背に戦うたびに輝きを増し、今や他の三人よりも一段高みに足をかけている。

 

モモンガは腕を組み、深く頷いた。

「漆黒の剣そのものも、良い形で成長していますね。三人はようやく2*レベル前後ですが……ニニャは2*を超えている。これは――いずれ魔導国にとっても資産となるでしょう」

 

「もう2週間も閉じ込めておけば、第5位階魔法まで届くな」

ジョンが顎を撫でる。

「……”転移”まで行ければ、使い勝手は段違いだ。どこにでも即座に送り込めるし、現場から救出も可能になる。便利で仕方ない」

 

「ですが、酷使しすぎるのは危険です。精神の均衡を失えば、才能そのものを削りかねない」

モモンガの声は落ち着いていたが、その赤い光の瞳には確かな懸念が浮かんでいた。

 

ジョンは肩をすくめる。

「だな。もう2週間ぶち込もうと思ってたけど……一度休ませるか。肉体も精神も持ってもたん」

 

二人の眼下――血と汗にまみれた冒険者たちは、確かに生き延び、確かに成長していた。

モモンガはゆっくりと手を組み、低く呟く。

「……人の成長とは、かくも儚く、そして力強い」

 

ジョンはその横顔を見やり、にやりと口の端を吊り上げた。

「気に入ったろ? 俺もだ。だからこそ、徹底的に鍛えてやる。魔導国にとって、最高の”道具”にするためにな」

 

二人の視線の先、漆黒の剣の四人は骨の山を背に立ち、かすかな希望を胸に刻んでいた。

 

 

/*/救出の場面

 

 

漆黒の剣の四人は、血と汗にまみれた姿でダンジョンの最下層から引き上げられた。地上の光が差し込んだ瞬間、崩れ落ちるように膝をつく彼らを、ジョンが腕を組みながら見下ろした。

 

「よく無事だったな。……嬉しいぞ」

その声音は厳しくも、どこか誇らしさを帯びていた。

「これでお前たちはアダマンタイト級だ」

 

「え、えええ……」

ルクルットが思わず情けない声を漏らす。

 

「なんだよ、信じないのか?」

ジョンが眉を上げると、ペテルが疲労困憊の顔で苦笑した。

「いや……クレマンティーヌさんやブレインさん、あとは師匠……あの人たちが強すぎて。漆黒のモモンさんと同じアダマンタイト級って言われても、実感が湧かないんだ」

 

ジョンはふっと鼻で笑った。

「アダマンタイト級っつってもピンキリだからな。それでも、デスナイトやスケリトルドラゴンを倒せる冒険者なんざ、そうはいねぇ。胸張っとけ」

 

ニニャはまだ荒い息を整えながらも、仲間のやり取りを聞き、拳をぎゅっと握りしめる。

その視線を見て、ジョンは顎をしゃくった。

 

「それに……お前たちの中でも、特にニニャが伸びてる。もう2週間ほどぶち込めば、第5位階に手が届きそうだ」

 

「……!」

ニニャの目が大きく見開かれる。

 

「そこまで行けば、魔法の研究も格段に捗る。だから伸ばしてやりたいんだが――」

ジョンはゆっくりと仲間たちを見渡した。

「ペテル、ルクルット、ダイン。お前ら……付き合うよな?」

 

ペテルは額の汗を拭いながら、仲間とニニャを見比べる。

「……ったく、無茶させやがって。でもまあ、ここまで来たんだ。最後まで面倒見てやらねぇと」

 

ルクルットは顔をしかめながらも、弓を握り直す。

「正直、命が縮む気しかしないけどな……。でも、ニニャの夢を潰すのは嫌だ。俺もやる」

 

ダインは肩で息をしながらも、拳を突き上げた。

「おおお……! わたしはまだ戦えるである! 次も熊の力で、必ず前に立つであるッ!」

 

ニニャは三人の言葉を聞いて、目に涙を浮かべる。

「みんな……!」

 

ジョンはにやりと笑い、肩をすくめた。

「よし。決まりだな。じゃあ、一回休ませてやる。……その後でもう2週間、地獄ダンジョンにぶち込んでやる」

 

四人はぐったりしながらも、誰一人否を唱えなかった。

彼らはもう、死の淵をくぐり抜けた冒険者――アダマンタイト級と呼ばれるに相応しい覚悟を、胸に宿していた。

 

 

/*/休息のひととき

 

 

地獄のダンジョンから帰還した漆黒の剣は、街での休息を楽しむことにした。

組合で報告を済ませ、宿への道すがら、四人は自然と話題を交わす。

 

「なあ、アダマンタイト級ってことは……」

ルクルットが真面目な顔をしながらも、どこか困ったように笑う。

「俺たち、『黄金の輝き亭』に泊まらなきゃいけないのか?」

 

「黄金の輝き亭?」

ニニャが首を傾げると、ルクルットは肩をすくめる。

「あそこは都市で一番の高級宿だよ。魔法で鮮度を保った食材を、一流コックが腕を振るって料理するって噂さ。アダマンタイト級冒険者の常宿なんだ。モモンさんだって、あそこを使ってる」

 

「……いやいや」

ペテルは大きくため息をつき、首を振る。

「そんなところに泊まったら、破産するに決まってる。昇級試験は、組合に報告はするけど……わざわざ名乗り出る必要はねえ」

 

「うむ、賛成である」

ダインは腕を組んで厳かに頷いた。

「わたしは今まで通りの宿に泊まるである。ひっそりと、地味に。それが一番、性に合っているのである」

 

「……そうだね。私たちは目立たない方がいい」

ニニャも笑みを浮かべて同意する。

「いきなりアダマンタイト級って知られたら、きっと余計な注目を浴びちゃうもの」

 

決意が固まると、四人はいつも通りの宿に戻ることを決め、必要な補給を整えるため街を回った。

 

まず立ち寄ったのは、バレアレ工房エ・ランテル出張所。

店を一人で切り盛りしているアルシェは、客の気配を察すると顔を上げ、目を丸くする。

 

「あ……漆黒の剣のみんな!」

驚きと喜びが入り混じった声に、四人は笑みを返した。

 

「ちょっと無茶してな。ポーションの補充を頼むぜ」

ペテルが差し出した袋には、ほとんど使い切った回復薬の瓶が詰まっていた。

 

「もちろん」

アルシェは力強く頷き、棚から整然と並べられた瓶を取り出す。

「これでしばらくは安心ね。……本当に無事でよかった」

 

その瞳に一瞬、過去の面影――大切な姉妹の姿を重ねるような陰が差したが、アルシェはすぐに笑顔を取り戻した。

 

次に訪れたのは、ターマイト商店。

中ではヘッケランとイミーナの夫婦が揃って店を切り盛りしていた。

「おっ、漆黒の剣じゃねえか!」

ヘッケランが腕を組み、にやりと笑う。

「噂は聞いてるぜ。地獄ダンジョンを生き延びたんだってな。たいしたもんだ」

 

「本当に、無事でよかったわ」

イミーナも柔らかく微笑み、棚から整然と並ぶ品々を示した。

「今日は何を探してるの?」

 

「消耗雑貨と、あと……」

ルクルットが目を輝かせた。

「これ! 水の出る水差し! 欲しかったんだよなぁ」

 

「おいおい、便利すぎて甘えちまうぞ」

ペテルが呆れた顔をしつつも、実際には喉を鳴らしていた。

「まあ……野営のたびに助かるか」

 

「必要なもんは遠慮なく持ってけ。仲間に使ってもらえる方が、俺たちも嬉しいからな」

ヘッケランが笑えば、イミーナも優しく頷く。

 

一通りの買い物を終えると、漆黒の剣は再び街を歩いた。

それぞれの手には新しい装備や生活魔導具が揃い、顔には束の間の安堵の笑みが浮かんでいた。

 

だがその中でも、ニニャだけは足を止め、魔術組合の塔を見上げる。

――そこには、彼女を待つ特別な出会いがあることを、まだ誰も知らなかった。

 

 

/*/魔術組合

 

 

買い物を終え、荷物を抱えて宿へ戻る途中。

ニニャは立ち止まり、少し緊張した面持ちで仲間に声をかけた。

 

「あの……ごめん、先に行ってて。ちょっと魔術組合に顔を出してくる」

 

「魔術組合?」

ペテルが振り返り、片眉を上げる。

「また勉強かよ。ほんと勤勉だな、お前」

 

「うん。今は学べることを全部吸収したいの」

ニニャは小さく笑って答えると、仲間たちと別れ、石畳の道をひとり歩いた。

 

魔術組合の塔は、いつ見ても威容を誇っている。

けれど王国と違い、魔導国の庇護下にある今、その建物にはどこか張り詰めた気配が漂っていた。

 

扉を押して中へ入ると、ひんやりとした空気が頬を撫でる。

そこで待っていたのは――魔術組合長、テオ。

 

神経質そうに痩せた体を黒いローブで包み、深い隈を宿した目が、じっとこちらを見つめていた。

 

「……来たか」

乾いた声で告げると、彼はゆっくり立ち上がった。

「君の成長については、既に耳にしている。第3位階を超え、第4位階へ手が届こうとしていると」

 

「は、はい……でも、まだまだ未熟で……」

ニニャは思わず視線を落とす。

 

しかしテオは、その手を掲げると背後の棚へと魔力を走らせ、ひとつの古びた書を取り出した。

 

「君に見せようと思っていた。私の秘蔵――王国時代から伝わる古い魔術書だ」

ごとりと机に置かれた本からは、確かな魔力の気配が溢れていた。

 

「! 本当に……見せてもらえるんですか?」

 

「君だからだ」

テオの目が光を宿す。

「正直に言おう。今さら王国に仕える気はない。だが、君のような存在なら……未来を託してもいいと感じる」

 

その言葉に、ニニャの胸が熱くなった。

仲間に守られ、必死に戦ってきた。だが、自分の努力を認めてくれる人がここにいる――。

 

「ありがとうございます……!」

 

ページを開いた瞬間、ニニャの視界に広がったのは、見たこともない魔法式の数々。

指先が自然と震え、心の奥で魔力がざわめくのを感じた。

 

「……すごい……これなら……」

 

テオは彼女の反応を見て、かすかに口元を緩めた。

「いいか、ニニャ。君の成長は異常なほど速い。もし第5位階に到達するのなら、それは私の知識を超える。だが――それでも君には進んでほしい」

 

「はい……! 絶対に、越えてみせます!」

 

その声は、かつて臆病だった少女のものではなかった。

仲間と共に死地を越え、未来を切り拓こうとする、一人の魔術師の決意だった。

 

 

/*/遠隔観察

 

 

暗い部屋に浮かび上がる投影。

ニニャが秘蔵書に没頭する姿を、ジョンとモモンガは静かに見つめていた。

 

「……異能と本人の才能が噛み合ってるのは強いな」

ジョンが唇の端を釣り上げる。

「成長限界も異様に高い。拾い物だったな、ニニャは」

 

その言葉に、モモンガは軽く頷いた。

「確かに。努力だけでは届かない領域がある。だが彼女は……素養も環境も備えている」

 

モモンガは肩を竦め、冗談めかして言った。

「それに比べて私の周りはおっさんばっかり。カジットにフールーダ。知識は確かに一級品だが……花がないんだよなぁ」

 

「……贅沢な悩みですね」

モモンガは小さく溜息をつきながらも、少しだけ笑った。

「ですが、彼らがいなければ築けない基盤もある。花はニニャが補ってくれるでしょう」

 

「まあな」

ジョンは腕を組み、映像の中で夢中に書を読み進めるニニャを見やった。

その横顔には、かつて臆病だった少女の影はなく――ただ未来を切り拓こうとする魔術師の光が宿っていた。

 

 

/*/冒険者組合の訓練場。

 

 

木剣を握った志願者たちが次々と挑みかかる中、ペテルは一歩も退かず炎を纏った剣を低く構えた。

地を擦るように前へと踏み込み、閃光のごとき突きを放つ。

 

「――《火の串刺し》!」

 

炎が槍のように伸び、志願者の胸を貫いたと錯覚させるほどの鋭さで止まる。

一瞬遅れて熱風が広がり、見物していた冒険者たちは息を呑んだ。

 

「……悪くねぇな」

 

低く唸る声が響く。

ブレインが腕を組み、鋭い眼光でペテルを見据えていた。

彼の存在に、訓練場が自然と静まり返る。

 

「今の技、俺の《モガリ笛》に通じるもんがある。

 地を這うように低く潜り込み、隙を突く……その動きがいい」

 

ブレインは片手を抜き、軽く木剣を振るってみせる。

「ただし、まだ粗削りだ。炎に頼りすぎている。俺の《爪切り》は、剣速だけで相手を裂く。

 さらに磨いた《真・爪切り》は、目で追えぬほどの速さで命を断つ」

 

木剣の一閃が空を裂き、冷気すら孕んだ鋭さがペテルの肌を刺した。

思わず背筋が粟立つ。炎を纏う自分の技と違い、そこには純粋に「剣のみで斬る」という極致があった。

 

「……っ」

ペテルは剣を握り直す。

 

「お前の《火の串刺し》は、炎を槍に変えて突破力を生み出している。

 ならば極めろ。それはお前だけの武技になる。俺が《真・爪切り》を信じて振るうように、仲間はお前の技を信じる」

 

言葉の一つ一つが重かった。

剣を極めた男が、認め、そして次の道を示してくれている。

 

ペテルの胸に熱が広がる。

「……必ず磨き抜いてみせます。いつか、あんたの技と並べるように」

 

ブレインは薄く笑みを浮かべた。

「その意気だ。技に魂を込めろ、ペテル。剣士ってのは、そういうもんだ」

 

訓練場に再び木剣の音が響き、炎を纏う剣とブレインの木剣が火花を散らした。

 

 

/*/森での修練 ― 二人の確認

 

 

エ・ランテルの外れ、深き森。

ここは野生の魔獣も時折現れるが、彼ら冒険者にとっては実力を確かめる格好の場所だった。

 

ルクルットは森の奥に立ち、静かに呼吸を整えた。

背には《フラウ・ボウ》。

ジョンから託されたその魔法弓を、彼は今や自分の身体の一部のように扱うことができる。

 

「……よし」

彼が指を弦に掛けると、空気が一瞬にして凍りついた。

透明な矢が形を成し、冷気が周囲を白く包む。

 

「射抜けッ!」

 

放たれた氷の矢は、疾風のごとき速度で飛び、五十メートル先の巨木を正確に撃ち抜いた。

木肌は瞬時に凍りつき、まるで氷柱のように白く染まっていく。

 

「……はぁっ!」

彼は矢を続けざまに三本放つ。

氷矢は弧を描いて飛び、それぞれ異なる角度から同じ的に突き刺さった。

次の瞬間、木全体がパキパキと音を立てて崩れ落ちた。

 

ルクルットは額の汗を拭い、にやりと笑う。

「……やれる。これなら、アダマンタイト級だって言われても胸を張れるな」

 

その横で、ダインが静かに木々へ手を触れていた。

目を閉じ、大地の息吹を吸い込みながら呪文を紡ぐ。

 

「――《加速》」

 

彼の身体が一瞬にして軽くなる。

葉を踏み、枝を駆け抜け、まるで森そのものと溶け合ったかのような速さ。

彼は瞬く間にルクルットの背後に回り込んだ。

 

「っ!? ……気配が消えた!?」

ルクルットが驚きに目を見開く。

 

「自然と共にあれば、足取りは風と同じになるのである」

ダインは低く答え、再び手を地に当てた。

 

「――《間欠泉》!」

 

地面が唸りを上げ、轟音と共に水柱が吹き上がる。

森の中で信じられない光景にルクルットは思わず身を引いた。

滴り落ちる水滴が二人を包み、あたりは一瞬にして霧に閉ざされる。

 

「……こりゃ、敵なら間違いなく足を取られるな」

ルクルットが目を細めると、ダインはわずかに頷いた。

 

「さらに――」

ダインが天を仰ぐ。雲間を紫電が走った。

 

「――《雷撃を呼ぶ》!」

 

雷鳴が轟き、巨大な閃光が大木を貫いた。

その衝撃で枝葉が吹き飛び、焦げた匂いが漂う。

 

「……ッ!」

ルクルットは目を覆い、唇を震わせる。

「お前……雷まで呼ぶのかよ……! 正直、鳥肌立ったぞ」

 

「条件はある。曇り空でなければ使えぬが……竜をも落とすには十分である」

ダインは淡々と答えるが、その声には確かな自負がにじむ。

 

ルクルットは弓を握り直し、仲間を見た。

「……やっぱ俺たち、強くなったな」

 

「無論である。だが――」

ダインは真剣な目でルクルットを見据える。

「わたしたちが強くなるのは、仲間のため。ニニャを守るためである」

 

「……ああ、そうだな」

ルクルットは力強く頷いた。

 

二人は互いに拳を突き出し、ぶつけ合った。

乾いた音が森に響き、その決意を確かなものにする。

 

「次の地獄ダンジョン、必ず生き残るぞ」

「当然である」

 

二人の誓いは、森の奥で新たな力となり、2週間後の試練へと向かっていった。

 

 

 





うちは活人拳だから死んだら終わりなんて酷い事は言わないよ

次回!
第106話:英雄の影!

弟子だけじゃない。僕も頑張るよぉっ!
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