オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第107話:観光開始

 

 

 

漆黒の剣の旅は、まずリ・エスティーゼ王国南部から始まった。

 

豊かな穀倉地帯では、麦畑が風にそよぎ、農夫たちの素朴な笑顔が旅人を迎える。だが同時に、貧しさを隠せない村もあり、道端に座り込む子供たちの姿に胸を痛めた。

「……同じ王国なのに、こうも差があるのか」

ペテルがつぶやき、ルクルットは弓を背負ったまま無言で歩いた。

 

やがて彼らは王都へと至る。石畳の通りは人と馬車でごった返し、城門は長蛇の列だった。華やかな宮廷の雰囲気もあれば、裏路地に入ればスラムが広がり、貧民たちが眼光鋭く旅人を睨んでくる。

「王都は……活気と闇が同居しているね」

ニニャは観察するように呟き、ダインは「人の社会の縮図であるな」と頷いた。

 

王都を抜け、北部へ進むと――そこはもはや王国の地ではなかった。

広大な農地で黙々と働くのは、無人のはずの畑を耕すアンデッドたち。骨ばった手が鍬を振るい、ゾンビが牛車を押す。その異様な光景に、ルクルットが思わず息を呑む。

「……すげぇ、これが魔導国のやり方か」

ペテルも眉をひそめた。

「人間がやるより効率はいい。だが、ここに温もりはないな」

 

旅路はさらに北へ。森を抜け、山を越え、彼らはついにアーグランド評議国の地へ足を踏み入れる。

そこは亜人と人間が共に暮らす、独特の国だった。城壁を守るのは獣人の兵士であり、街を歩けばリザードマンやドワーフの姿が珍しくもなく並んでいる。

ニニャは思わず目を輝かせる。

「すごい……ここは、本当に多種族が一緒に……!」

「王国じゃ考えられねぇな」ルクルットが口笛を吹き、ダインは静かに微笑んだ。「共存の形の一つであるな」

 

人の国から、アンデッドの国を越え、そして多種族の国へ――。

漆黒の剣の四人は、一歩ずつ異なる価値観を肌で感じながら旅を続けていくのだった。

 

 

/*/アーグランド評議国

 

 

アーグランド評議国の中心都市へと到着した漆黒の剣は、王国や帝国ではまず見られない光景に圧倒されていた。

 

石造りの大広場には市場が開かれ、人間の商人と並んで、ドワーフが金槌を担ぎ、リザードマンが川魚を売り、オークの女性が焼いた肉串を声高に売り歩いている。街路を守る衛兵は獣人で、獣耳をぴんと立てて巡回していた。

 

「……すごい、本当に色んな種族が」

ニニャが目を輝かせる。

ルクルットは串焼きをかじりながら「肉、うめぇ!オークの姉ちゃん、商売上手だな!」と笑い、ダインは「争いなく共存できるとは、興味深いである」としみじみ観察する。

ペテルは少し周囲を警戒しつつも、戦士らしい眼で街の治安の良さに感心していた。

 

やがて彼らは評議員の一人に会う機会を得た。出迎えたのは、堂々たる体格の獣人の戦士。

「遠路はるばる、魔導国の冒険者か。歓迎しよう。評議国は、力ある者を分け隔てなく遇する」

その言葉に、ペテルが軽く礼を取る。

「我らはただの旅人。だが、そう言っていただけるのは光栄です」

 

評議国の冒険者組合にも足を運んだ。そこでは人間と亜人が机を並べ、依頼を分け合っていた。

「見ろよ、リザードマンとドワーフが同じパーティ組んでるぜ」

「王国じゃ絶対にあり得ないね……」

ニニャは目を丸くし、ルクルットは感心したように呟いた。

 

その夜、彼らは評議国名物とされる「大饗宴」に招かれた。大広間に並ぶのは巨大な魚の丸焼き、ドワーフが醸した濃厚な酒、獣人の狩猟肉、そしてエルフが栽培した果実酒。

「うめぇぇ! 酒が進む!」とルクルットは早々に酔い、ペテルは真面目に食事を取りながらも「……なるほど、力と誇りを持つ国だ」と静かに納得していた。

ダインは多種族たちと交流し「自然への畏敬を共有できる者は、人間だけではないのだな」と感慨を深め、ニニャはリザードマンの術者と魔法談義に花を咲かせていた。

 

漆黒の剣の四人は、評議国での交流を通じて、種族の違いを越えて築かれる新たな価値観を肌で学んだのだった。

 

 

/*/ローブル聖王国

 

 

聖王国の北部に足を踏み入れた漆黒の剣は、まずその街の空気に違和感を覚えた。

 

人々の表情は一見すれば平穏に見える。だが、笑顔の奥には妙な熱を帯びた光が宿っていた。路地の壁には「慈悲深きカルバイン様を讃えよ」という標語が掲げられ、広場の一角では白い布を纏った者たちが声を揃えて讃美歌を歌い上げていた。

 

「……なんだろう、これ」

ニニャが小声で呟く。

「信仰にしちゃ、やけに統一されているである」

ダインが低く答える。

 

やがて王都に入った彼らは、冒険者組合を訪ねる途中で一人の若い女性と遭遇した。

細身の体に黒髪を束ね、銀色の瞳が真っ直ぐに四人を射抜く。彼女の名は――ネイア・バラハ。

 

「あなた方が、漆黒の剣……ですね?」

彼女の声は落ち着いていたが、その背後に張り詰めた緊張が漂っていた。

 

ペテルが一歩前に出る。

「そうだが……君は?」

 

「私は、カルバイン様を称える会の者です」

ネイアは胸に手を当て、軽く頭を下げた。

「突然で申し訳ありません。けれど、あなた方にどうしてもお話ししたいことがあるのです」

 

ルクルットが眉をひそめる。

「カルバイン様を称える会? 街でも見かけたが、あれは……」

 

「ええ。カルバイン様――あの方こそ、我が聖王国を救った英雄にして、民を導く光です」

ネイアの瞳は、揺るぎない信念に燃えていた。

「ですが、全ての人がその御心を理解しているわけではありません。私は……その誤解を正したいのです」

 

ニニャが慎重に言葉を選ぶ。

「なるほど……でも、私たちはただの旅人よ? 英雄のことを称える会に、私たちがどう関わればいいのか……」

 

ネイアは一瞬だけ目を伏せた後、強く見上げた。

「あなた方はただの冒険者ではありません。魔導国と深く関わる者……そして、カルバイン様が遺された道を理解できる存在だと、私は確信しています」

 

ペテルはしばらく彼女を見つめた後、仲間へと視線を移す。

「……どうする?」

ルクルットは肩をすくめ、ダインは「軽率には動けぬである」と呟いた。

 

その中で、ニニャだけはネイアの真剣な眼差しにどこか心を動かされていた。

「……少しくらい話を聞いてみてもいいかもしれない」

 

こうして、漆黒の剣とネイア・バラハとの接触は始まった。

それはやがて、聖王国の奥深くに渦巻く影と光を知るきっかけとなるのだった――。

 

聖王国の王都――夕刻。

 

石畳の中央広場には、すでに数百人を超える人々が集まっていた。

白い布を纏った信徒たちが列をなし、壇上の周囲には子どもから老人までが熱っぽい眼差しを注いでいる。

 

その中央に立つのは、金髪をひとつに束ねた若き女――ネイア・バラハ。

漆黒の剣の四人が偶然通りかかった時、まさに彼女は声を張り上げていた。

 

「――カルバイン様は、我らを救うために身を投げ出されたのです!」

 

その声は決して大きくはない。だが、響く。

彼女の銀の瞳と揺るぎない言葉が、人々の心を確実に掴んでいた。

 

「その慈悲を忘れぬために、私たちは歩みを止めてはならない!

この聖王国を、カルバイン様が望まれた国へと――!」

 

喝采が広場を埋め尽くす。拍手、歓声、涙する者すらいた。

 

「……すごい熱気だな」

ペテルが思わず呟く。

「地下でこそこそやってるんじゃないのかよ」

ルクルットが目を丸くする。

 

「いや……堂々と民の前に立って、心を掴んでいる……である」

ダインは低く言い、腕を組む。

 

ニニャは群衆を見渡しながら、唇をかすかに噛んでいた。

「これ……ただの信仰じゃない。もっと……強い何かに見える」

 

やがて演説を終えたネイアが視線を巡らせ、四人の姿を見つける。

その瞳が一瞬驚きに揺れ、すぐに深い光を帯びた。

 

彼女はまっすぐに歩み寄り、軽く会釈する。

「……来てくださったのですね。漆黒の剣の皆さん」

 

「いや、俺たちは……」とペテルが言いかけるのを制し、ネイアは続ける。

 

「堂々と集会を開くのは、恐れもあります。ですが――カルバイン様が残した真実を隠すことの方が、余程の裏切りだと思うのです」

 

その言葉には、揺るぎない信念があった。

広場の人々はなおも興奮冷めやらず、彼女の背中を崇めるように見つめ続けている。

 

漆黒の剣は理解した。

この「カルバイン様を称える会」は決して小さな集団ではない。

すでに聖王国の民の心を、確実に掴み始めているのだ――。

 

喝采の余韻が残る広場に、ネイアはすっと片手を掲げた。

「皆さま――!」

 

群衆のざわめきが静まり返る。

人々の視線はすべて彼女へと集まった。

 

「今日、ここには特別なお方々がいらしています」

 

ネイアは振り返り、ペテルたち漆黒の剣を壇上へと手招きした。

「え、ちょっ……!?」「お、おい、まさか……」

ルクルットとペテルが顔を見合わせ、動揺する。

 

だが広場に集った人々はすでに拍手を始めていた。

ネイアの言葉だけで、それが「歓迎すべき存在」だと理解したのだ。

 

「彼らは――この国のために命を懸け、数多の魔獣や脅威に打ち勝ってきた勇士。

その名も《漆黒の剣》!」

 

ネイアの声が響き渡る。

次の瞬間、広場は嵐のような喝采に包まれた。

 

「おおおおッ!」

「英雄だ! 本物の英雄がここにいる!」

「漆黒の剣、万歳!」

 

ペテルは顔を真っ赤にして俯き、ルクルットは「こんなはずじゃ……」と口をパクパクさせる。

ダインは苦笑しつつも胸を張り、ニニャは冷や汗を垂らしながら群衆を見渡した。

 

「彼らは私たちと同じ人間でありながら、恐れることなく前へ進み続けています。

カルバイン様の御心を体現する者たちです!」

 

ネイアの言葉に再び大歓声が重なる。

壇上に立つ漆黒の剣の四人は、完全に逃げ場を失っていた。

 

だが――その熱気に包まれ、彼らは気づく。

自分たちの背中を信じ、期待している人々が、こんなにも大勢いることに。

 

英雄と呼ばれる重みを、改めて噛みしめる瞬間だった。

 

 

/*/聖王国・南部。

 

 

その街並みは北部と変わらぬ石造りの建物でありながら、漂う空気はまるで別物だった。

 

「……目つきが違うな」

ペテルが小声で呟く。

行き交う人々は漆黒の剣に視線を投げかけるが、その眼差しには憧れや称賛ではなく、猜疑と警戒が混ざっていた。

 

「北部では拍手喝采だったのに、南部じゃ……なんだか、刺すような視線ですね」

ダインが腕を組み、低く唸る。

 

酒場に入れば、その違いはさらに顕著だった。

北部であれば「英雄だ!」と歓待されたはずが、ここでは無言で皿が置かれる。

カウンターの隅で、酔客がわざとらしく声を張り上げる。

 

「最近はよォ、魔導国に与する連中が英雄面して歩いてるらしいじゃねえか。

俺ァ信用しねぇね! 人間じゃねぇ化け物とつるんで、どんな裏があるか分かったもんじゃねぇ!」

 

視線が、漆黒の剣に突き刺さる。

ニニャが顔を伏せ、ルクルットは唇を噛み、ペテルは必死に平静を装った。

 

「……英雄扱いよりは気楽だが、これはこれで……居心地が悪いのである」

ダインの冗談めいた言葉にも笑いは生まれない。

 

南部の空気は、北部の熱気とは正反対だった。

魔導国に対する根深い疑念、人間以外を排斥する硬直した思想――。

漆黒の剣はただの冒険者であっても、こうした社会の歪みから逃れることはできなかった。

 

 

/*/

 

 

酒場を後にした漆黒の剣の面々は、人気のない裏通りに身を寄せて、師匠からの指示について話し合っていた。

 

「……アベリオン丘陵を抜けろ、か」

ペテルが低く呟く。

 

「でも、あそこって元々は亜人連合の勢力圏であるぞ? 普通に考えれば、人間が通れる場所じゃないである」

ダインが眉をひそめる。

 

「それが……魔導国の傘下に入ったから通れるようになった、らしいっすね」

ルクルットが不安げに周囲を見回す。

 

「おかしいよね」

ニニャがぽつりと呟いた。

「魔導国って、アンデッドの国のはずだよ? なのに、亜人まで従わせてるって……どれだけ影響力あるんだか」

 

四人の間に重苦しい沈黙が落ちる。

 

「……まぁ、師匠の指示なら従うしかないだろ」

ペテルが苦笑しながら口を開いた。

「でも正直、怖いな。通れるって保証されてても、相手は元・亜人連合だろ? いつ裏切られるか分からん」

 

「であるな。安全と言われても、安全に思えんである」

「うへ……胃が痛くなってきた」

「……でも、行くしかないんだよね」

 

四人は顔を見合わせ、覚悟を決めるようにうなずき合った。

 

その行き先は、アベリオン丘陵――。

亜人たちの血で染まった土地が、今は魔導国の旗の下にある。

彼らはそこを越え、エルフの国を抜け、さらにスレイン法国へと足を踏み入れることになるのだった。

 

 

/*/アベリオン丘陵

 

 

丘陵へと足を踏み入れた漆黒の剣の面々は、まずその静けさに違和感を覚えた。

かつて亜人と人間が血で血を洗う戦いを繰り広げた地だというのに、風が吹き抜ける音と鳥の鳴き声だけが響いていたのだ。

 

「……妙であるな」

ダインが熊耳をそばだてながら呟く。

「以前ならば、もう矢の一、二本は飛んできてもおかしくない場所である」

 

ペテルは剣を腰に差したまま、周囲を警戒し続けていた。

「気配はある。だが……襲ってこない」

 

木立の影から現れたのは、獣の頭を持つ亜人の一団だった。

筋骨たくましい腕には槍を携え、鋭い牙を剥き出しにしている。

漆黒の剣の四人は即座に構えた――だが。

 

「……通れ」

亜人のリーダーが、低く唸るように言った。

その赤い瞳は敵意ではなく、従属の色を帯びている。

 

「え……?」

ルクルットが矢を番えたまま呆気に取られる。

 

「通れ、と言った。魔導国の御命令だ」

亜人はそれ以上口を開かず、背を向けて森の奥へ消えていった。

 

「……本当に、襲ってこないんだ」

ニニャが小さく呟いた。

「師匠の言った通り……魔導国の支配がここまで及んでるなんて」

 

さらに進んだ先で、彼らは別の驚きを目にすることになる。

川沿いにずらりと並ぶアンデッドの群れ――

しかし、彼らは武器を振るうでもなく、鍬や鋤を手にして土を掘り返していた。

 

「な、何だこれ……」

ルクルットが目を丸くする。

 

「……治水工事、であるな」

ダインは泥に足を取られながらも観察する。

「堤を築き、水路を整備しておる。あれは……人間ではなく、アンデッドの手で」

 

だが、それ以上に異様な光景が目に飛び込んできた。

畑に並ぶ〈豚鬼(オーク)〉たち。

彼らは汗を流し、土を耕している――しかも、その手本を示しているのは骸骨の兵士だった。

 

「おいおい……オークが……アンデッドに農業を教わってるのか?」

ペテルが目を疑うように呟く。

 

「……信じられない、である」

ダインも首を振った。

「本来ならば人間を襲う存在が、耕作を……。しかも指導役がアンデッドとは」

 

ニニャは静かに吐息を漏らした。

「……モモンガさん……いや、アインズ・ウール・ゴウン魔導王のアンデッドが、こんなところまで?

 こんな統制、普通の人間には絶対できない……」

 

漆黒の剣の四人は互いに顔を見合わせた。

世界は、自分たちが想像する以上の速度で変わりつつある。

そして、その中心にいるのは――師匠が仕える「魔導国」だった。

 

/*/

 

その夜、漆黒の剣の四人は丘陵の外れに小さな焚き火を起こしていた。

火に照らされる顔は、昼間の光景の衝撃を引きずっている。

 

「……すごいものを見たな」

ペテルが火を見つめながら、ぽつりと口にする。

「アンデッドが治水をやって、オークが畑を耕す。俺の知ってる常識じゃ、あり得ない」

 

「であるな」

ダインが頷き、熊手のような手を膝に組んだ。

「オークは本来、人間の村を襲い、食い荒らす存在だ。それが鍬を持ち、畑をならしておった。しかも魔導国のアンデッドが指導役……。あれは支配というより、秩序と呼ぶべきである」

 

「でも、あれを見て喜ぶ人ばかりじゃないと思う」

ルクルットが弓を膝に立てかけながら、火に照らされた横顔をしかめる。

「人間からすれば、オークは殺すべき敵で……アンデッドだって忌むべき存在だ。

 なのに、ああやって仲良く農業してる。……『気持ち悪い』って思う人、絶対にいる」

 

「……でもさ」

ニニャが言葉を重ねる。焚き火の炎がその瞳に映り込む。

「人間がやっても飢えてた土地を、オークとアンデッドが組んで耕してるんだよ?

 そこに生まれる子供たちは、お腹を空かせなくても済む。――それが本当なら、悪いことじゃない」

 

ルクルットは口をつぐみ、しばらく火の爆ぜる音だけが聞こえた。

やがてペテルが小さく笑った。

「……ニニャはやっぱり、師匠の弟子だな。俺ならまず『気味が悪い』って思うところを、

 お前は『誰かのためになる』って考えるんだから」

 

「そ、そうかな……」

ニニャは少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「……だが確かに」

ダインが火にくべた枝を押し込みながら呟いた。

「魔導国は、かつて人間の国がなし得なかった支配を実現している。

 恐ろしくもあり、また……ある意味では希望でもあるであるな」

 

「俺たちはその一端を見たんだ」

ペテルが剣を傍らに置き、炎を見つめる。

「今度会ったら……師匠に聞いてみたいよ。魔導国は、俺たち人間をどこへ導こうとしてるのか」

 

焚き火の火はぱちぱちと音を立て、星空の下で揺れていた。

その光に照らされる漆黒の剣の顔は、かつてよりも深い影と、そして強い意志を帯びていた。

 

 

/*/エルフの国

 

 

アベリオン丘陵を抜けた先――そこには、かつて絶望に沈んでいたエルフの国が広がっていた。

 

だが今は違う。

 

漆黒の剣の一行が森を進むと、戦場から帰還した子供たちが村へ駆けていく姿が見えた。

彼らはまだ幼いのに、戦神のような眼差しをしていたはずだった。

だが、デケムが倒された今、その瞳には別の光が宿っていた。

 

「……笑ってる」

ニニャが呟いた。

 

「そうだな。戦いの中でしか生きられぬと思っていた者たちが……ようやく、子供らしい顔を取り戻した」

ペテルが剣の柄に手を置いたまま、目を細める。

 

森の奥では、エルフの大人たちが歓声を上げていた。

長きにわたる戦乱で荒れた土地に、少しずつ畑が戻り始め、若木が植えられている。

それはほんの小さな一歩に過ぎない。だが、それでも人々の心に「明日を信じてもいいのだ」という希望を芽生えさせていた。

 

「俺たちは……あの子たちが剣を持たずに済む世界を見届けたいっすね」

ルクルットが少し照れたように言うと、ダインが豪快に頷いた。

「であるな! 戦場ではなく、森で歌いながら弓を放つ日が来ることを祈ろう」

 

一行は村を後にし、さらに東を目指した。

森を抜ける風は穏やかで、背中を押すように彼らを送り出す。

 

やがて道は国境へと至る。

そこから先は――スレイン法国。

人間至上主義の国であり、エルフにとっては長きにわたり憎悪と恐怖の対象であった場所。

 

「……いよいよか」

ペテルが呟くと、仲間たちは一様に頷いた。

 

「法国の地は、今も複雑な渦に包まれていると聞く。俺たちが何を見るかは分からんが……」

ダインが言葉を切り、空を仰ぐ。

 

ニニャが最後に付け加えた。

「でも、師匠が行けと言った道だ。きっと意味がある。――俺たちの旅は、まだ続いてる」

 

希望を取り戻しつつある森を背に、漆黒の剣は重い扉を押し開けるように、スレイン法国へと歩を進めていった。

 

 

/*/スレイン法国・陽神神殿

 

 

広間の壇上に立つのは、陽神の神官長ニグン・グリッド・ルーイン。

厳かな空気をまとい、集った者たちへ向けて力強く声を響かせる。

 

「力弱き人間ならば、他種族と寄り添い、共に生き、共に死ね。

 それこそが、より良き生となり、より良き死となる。

 

 ――神の御言葉だ」

 

陽光を模したステンドグラスから光が差し込み、その言葉に重みを与える。

 

ニグンは続ける。

「我らは人間だけの繁栄を求めてはならぬ。

 亜人とも、エルフとも、時にアンデッドでさえ……

 共に手を取り合い、この地を神の下で築き上げるのだ。

 

 それこそが、真に人が生きる道だ」

 

 

 

壇の下で耳を傾ける漆黒の剣。

ペテルは腕を組み、真剣な眼差しで聞き入っていた。

ニニャは熱弁に圧されるようにしてノートに筆を走らせ、ルクルットは神妙な顔で頷く。

ダインは無言ながらも、その言葉の真意を吟味しているようだった。

 

やがてニグンは、まっすぐに彼らへと視線を向けた。

 

「漆黒の剣よ。

 君たちは人の身でありながら試練を越え、数多の種族と渡り合ってきた。

 だからこそ分かるはずだ――人間だけでは、世界を生き抜けぬことを。

 

 共に歩まぬか?

 このスレイン法国と、神の道を」

 

 

 

言葉に込められた熱意は、誰の耳にも嘘とは思えなかった。

それはもはや、かつての「陽光聖典の隊長」ではなく――

陽神の神官長として確固たる信念を抱いた男の言葉であった。

 

 

/*/スレイン法国・陽神神殿

 

 

熱弁を終えたニグンが壇上から降り、漆黒の剣の前に歩み寄る。

その眼差しには、揺るぎない信仰と共生の理念が宿っていた。

 

「共に歩まぬか? このスレイン法国と、神の道を」

 

しばしの沈黙の後、ペテルが一歩前に出る。

その顔は真摯でありながらも、決して揺るがぬ決意を湛えていた。

 

「……俺たちは、人として生き、人として死にたい。

 ならば、その相手は――カルネダーシュ村の人たちだと思っています。

 彼らと共に笑い、共に苦しみ、共に未来を築いていきたいんです」

 

ニグンの目が細められる。拒絶の色はない。ただ、深い理解の影が差す。

 

ペテルは続けた。

「ですが……あなた方と友情を育むことはできる。

 それは、俺たちにとっても、きっと大切なことです」

 

そう言って、ペテルは手を差し出した。

ニグンは短く息を呑み――やがてゆっくりと、その手を握り返す。

 

「……そうか。ならばそれもまた、神の御心であろう」

 

両者の間に、確かな握手が交わされた。

漆黒の剣とスレイン法国。

互いの道は別であっても、今この瞬間、友情という細い糸で結ばれたのだった。

 

 

/*/スレイン法国・陽神神殿の一室

 

 

ニグンとの握手を終え、客間へと案内された漆黒の剣は、与えられた部屋で腰を下ろしていた。

机の上には地図が広げられ、街道や国境線に赤い印が付けられている。

 

ペテルが顎に手をやりながら口を開いた。

「師匠からは、カッツェ平原を越えて竜王国に入れとの指示だったな」

 

ルクルットが眉をひそめる。

「でもカッツェ平原は……アンデッドの巣窟だろ? 無秩序に湧き出るって話じゃないか」

 

ニニャが地図を指差す。

「ただし、法国から竜王国へ伸びる街道、それからエ・ランテルから竜王国へ繋がる街道は、魔導国によって整備済み。アンデッドの掃討も進んでいて、街道上は比較的安全だって聞いたよ」

 

ダインが腕を組み、低く唸る。

「……つまり、選択肢は二つである。

 ひとつは、このまま法国からカッツェ平原を抜けて竜王国入りする道。

 もうひとつは、一度エ・ランテルへ戻り、そこから竜王国に入る道であるな」

 

静かな間が流れた。

確かに法国から直接抜ければ距離は短い。だが、未知の危険も多い。

一方でエ・ランテルに戻れば安全は増すが、時間は余分にかかる。

 

「……どうする?」

ペテルが仲間の顔を順に見回す。

 

ニニャは地図に視線を落としながら答える。

「師匠の意図は竜王国でしょ。どっちを通るにしても、そこに辿り着ければ良い。でも……『どれだけの経験を積むか』が大事なんだと思う」

 

ルクルットが肩をすくめて笑った。

「だよな。楽な道ばっかり選んでたら、アダマンタイトの名が泣く」

 

ダインも頷く。

「危険を避けるより、制御された危険を選ぶ方が得策である。

街道を進む限り、カッツェ平原も通行は可能であるはず」

 

最後にペテルが深く息を吐き、頷いた。

「……よし。決まりだな。法国からカッツェ平原を越えて竜王国へ向かおう。

 俺たちは、英雄の領域に片足を突っ込んだんだろ? なら怖気づいてはいられない」

 

その言葉に、三人の仲間は力強く頷いた。

地図の上、カッツェ平原を越える線に指が走る。

――漆黒の剣の次なる旅路が、また決まった。

 

 





明日を信じるように、ナザリックを信じて下さい!

次回!
第108話:なんかバレてる!

俺たちアダマンタイト級になったの秘密っていったよね、師匠!
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