オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第13部:ささやかな冒険
第112話:小さな逃亡者


 

 

/*/ ナザリック大墳墓・来賓区画 /*/

 

 

白亜の回廊に、どすん、と重たい音が響いた。

巨大な影が差し込む。

 

「やぁやぁ、アウレリア」

氷のように透き通った鱗をきらめかせ、霜の白竜《フロスト・ドラゴン》――ヘジンマールが顔をのぞかせた。

いつものように、のんびりとした声音。

 

「お加減はいかがですか? お部屋に籠もってばかりでは、気が滅入ってしまいますよ」

 

アウレリアは思わず微笑む。

彼の存在は、ナザリックの中でほんのわずかな安らぎを与えてくれる数少ないものだった。

 

「……ヘジンマール様。ひとつ、お願いしてもよろしいですか」

「うん、なんでしょう?」

 

アウレリアは少し躊躇い、そして詩集を抱きしめるようにして言った。

「“漆黒の剣”に……会いたいのです」

 

竜の蒼い瞳が、のんびりと瞬く。

「ふむ。お友だちに、ですか」

 

アウレリアはうなずいた。

「はい……きっと、もう二度と会えないと思っていました。ですが……詩に歌われているなら、生きているはず。どうか、一目だけでも……」

 

ヘジンマールは大きく瞬きをし、顎に爪を当てて考える素振りを見せた。

が、答えはあまりに単純だった。

 

「……それなら、行ってみましょうか」

「えっ?」

 

驚くアウレリアをよそに、白竜は尻尾を軽く揺らして笑った。

「だって、“会いたい”のでしょう? 僕は客分ですし、少し出歩くくらいなら問題ないはずですよ。さ、乗ってください」

 

「……で、ですが」

 

「大丈夫大丈夫」

のんびりとした声で断言し、巨大な背を差し出す。

 

――結果。

 

数分後。

来賓区画の門を抜け出し、白竜の背にアウレリアを乗せたまま回廊を進むヘジンマールの姿は、あっという間に警戒網を揺るがした。

 

「――なっ、待てッ! その姫は研究対象だぞ!」

「フロスト・ドラゴン様、どちらへ!?」

 

アンデッド従者たちがざわめき、慌てふためく。

普段は絶対の秩序に支配されているナザリックにおいて、滅多に起きない“小さな混乱”が走った。

 

「やれやれ……僕はただ、お願いを聞いただけなんですけどねぇ」

のんびりとした調子で呟きながら、白竜は進んでいく。

 

背に揺られるアウレリアは、胸を高鳴らせていた。

(……もし会えるなら。ペテルたちに、本当に会えるのなら……!)

 

だが、そんな彼女の祈りが叶うより早く、当然のようにこの“外出”はナザリックの上層部に察知されることになるのだった――。

 

 

/*/ ナザリック大墳墓・玉座の間 /*/

 

 

静寂を破ったのは、骸骨の支配者の低い声だった。

 

「――逃げ出した?」

 

報告にひれ伏す従者の声が震える。

「は、はい……! フロスト・ドラゴンのヘジンマールが、アウレリア姫を伴って……!」

 

その場の空気が一瞬で張り詰める。

アルベドが一歩前に出た。

黒き翼を大きく広げ、怒気を隠さぬ声音で叫ぶ。

 

「あり得ません! 魔導国が保護した“研究対象”を勝手に連れ出すなど――反逆に等しい行為! 今すぐ処刑すべきです、アインズ様!」

 

怒りに燃える声が、広間に響き渡る。

だが、モモンガは静かに手を上げた。

「待て」

 

白骨の指先の一振りで、玉座の間の空気が支配される。

アルベドは、はっとして口をつぐんだ。

 

モモンガはゆっくりと問い返す。

「……ヘジンマールは、“逃がした”と言ったのか?」

 

従者が小さく首を振る。

「いえ……“お願いを聞いただけだ”と」

 

「お願い……?」

モモンガの赤い光が、僅かに揺れた。

 

「その“お願い”とは……?」

 

「……“漆黒の剣に会いたい”と、姫が」

 

その答えに、広間は一層の沈黙に沈んだ。

アルベドの顔が再び怒りに歪む。

「下らぬ! 人間ごときに安易に情をかけるなど――!」

 

しかし再び、骨の手が静かに上がる。

「……それなら、カルネ・ダーシュ村に送ってやれ」

 

「モモンガ様っ!?」

 

「別に友人に会う程度、問題ないだろう。

 ――友人、か」

 

低く呟くその言葉には、ほんのわずかな感情の揺らぎがあった。

ギルドメンバーとの過去が、不意に胸をよぎったのかもしれない。

 

アルベドは悔しげに唇を噛み、しかし玉座に座す主の意志に逆らうことはできなかった。

「……御意」

 

玉座の間の空気は冷え切ったまま。

だが、アウレリアにとっては“光”へと続く扉が、今、確かに開かれつつあった。

 

 

/*/ ナザリック大墳墓・玉座の間 /*/

 

 

アウレリアの要望を受け入れると告げた後も、アルベドの顔には納得の色が浮かばない。

黒き翼を震わせ、ついに口を開いた。

 

「モモンガ様。やはり監視を付けるべきです。

 漆黒の剣と会うなど――人間同士の情に絆され、魔導国の威信を揺るがしかねません」

 

その声音には、嫉妬とも警戒ともつかぬ鋭さが滲んでいた。

 

しばしの沈黙ののち、玉座から響くのは柔らかな声だった。

 

「……アルベドは心配性だな」

 

「っ……!」

 

モモンガの骸骨の顔に表情はない。

だが、その声音には微笑みを思わせる温かみが含まれていた。

 

「だが、その気遣い……私は嬉しく思うぞ」

 

アルベドの頬がかすかに紅潮し、胸に手を当てて深く頭を垂れる。

「……モモンガ様……」

 

モモンガは続ける。

「ならば、許可しよう。アウレリアをカルネ村に送る際、監視を付けるが良い」

 

「御意!」

アルベドは勝ち誇ったように答え、すぐさま従者に指示を飛ばした。

 

――かくして、アウレリアの“友との再会”の旅路には、知らぬままナザリックの影が寄り添うこととなった。

 

 

/*/ カルネ村・広場 /*/

 

 

村の広場は、今日も穏やかな喧騒に満ちていた。

農具を担ぐ者、井戸端で談笑する者、そして村を護るゴブリンたちの姿――。

そこへ、馬車が一台、ゆっくりと止まった。

 

「……アウレリア!」

最初に声をあげたのはニニャだった。

小柄な魔法詠唱者は、目を丸くして駆け寄る。

 

「おお……本当に……」ペテルが言葉を詰まらせ、

「久しいであるな」ダインが腕を組みながらも表情を緩める。

ルクルットは頭をかきつつ、照れたように笑った。

「……生きてたのか。いや、変な言い方だな。元気そうで安心したぜ」

 

アウレリアは一人ひとりを見回し、こみ上げるものを抑えきれずに微笑んだ。

「……皆さま……会いたかった……」

その瞳には涙が光り、しかし声は澄んでいた。

 

彼女は両手を胸に重ねて言う。

「こうして再び会えたのは……きっと奇跡です。

 あなたたちは――今でも、私の友でいてくれるのですね」

 

仲間たちは無言で頷いた。

それだけで十分だった。

 

だが――その感動の光景を、冷ややかな影が見下ろしていた。

 

広場の外れ。

陽の光に届かぬ木陰に、揺らめく影が潜む。

それはシャドウデーモン。

闇に溶けるようにして、誰一人気づかぬまま、主の命に従い監視を続けている。

 

そしてもう一人。

赤金髪に無表情の少女――シズ・デルタ。

無機質な瞳で広場をじっと見守り、護衛として堂々と立っている。

村人の目には“無口な傭兵”にしか映らない。

 

しかし彼女の視線は、アウレリアと漆黒の剣の交流を一つも漏らさず記録していた。

 

「……感情の高ぶり。涙。抱擁。……人間の“再会”」

シズは淡々と呟く。

「――報告対象」

 

その声には温度がなく、ただ機械のように主への忠誠だけを響かせていた。

 

アウレリアはまだ知らない。

この再会の場に、常にナザリックの冷徹な視線が注がれていることを――。

 

 

/*/ カルネ村・集会所 /*/

 

 

簡素な木造の建物。

窓から差し込む柔らかな陽光の下、村人が用意した粗末ながらも温かな食事が机に並んでいた。

そこに腰を囲むのは――漆黒の剣の四人と、アウレリア・オーリウクルス。

 

最初に口を開いたのはアウレリアだった。

「……竜王国は、今どうなっているのですか?」

 

ペテルが一呼吸置き、言葉を選びながら答える。

「竜王国は――光輝剣《セラブレイト》が獣人の首魁を討ち、ウルフ竜騎兵団が前線を押し返しています。

 さらに魔導国から派遣されたアンデッド兵が加わったことで、被害は以前より格段に減っているとか」

 

アウレリアは俯き、握った指先に力を込めた。

「……祖国は救われつつあるのですね。

 私がここに来た意味が……確かにあったのかもしれません」

 

静かな声に、ルクルットが思わず拳を握りしめる。

「なんてこった……あんたがそんな目に遭ってたなんて……」

 

ダインが重々しく言葉を継ぐ。

「であるが……生き延びたのは僥倖である。

 貴女が居るだけで、再び竜王国に希望が戻るであろう」

 

しかし、アウレリアは小さく首を振った。

「私は……もはや“囚われの姫”に過ぎません。

 自由を得た今も、国を救う力など……持ち合わせていないのです」

 

その言葉に、場が一瞬静まり返った。

 

だが、ニニャがそっと口を開く。

「アウレリア様……力なんて、最初から誰も持っていません」

控えめに微笑みながら続ける。

「僕たちだって、ただの冒険者です。

 でも……誰かが助けを求めているなら、足を止めることはありません」

 

アウレリアは驚いたように顔を上げた。

 

ペテルも力強く頷く。

「そうだ。俺たちは英雄じゃない。けれど“冒険者”だ。

 未知を求め、困難に挑む――それが冒険者の生き様だ」

 

ルクルットは苦笑を浮かべて肩をすくめる。

「国ひとつ背負うのは勘弁だけどな。……でも、友達を助けるぐらいなら、話は別だ」

 

「である」

ダインが深く頷いた。

「我らは貴女を見捨てはしない。……仲間であるからな」

 

「……仲間……」

アウレリアの瞳が大きく揺れ、頬を伝うものが光る。

「私にとっても……あなた方は、唯一の光です」

 

その瞬間、集会所の空気は温かなものへと変わった。

外で見張るシズの無機質な瞳にも、その情景が静かに刻まれていく。

 

アウレリアは涙を拭い、真っ直ぐに漆黒の剣を見据えた。

「――もし再び竜王国を歩む日が来たなら。

 私はその時、あなた方と共に……“冒険者”として国を救いたい」

 

漆黒の剣の四人は無言で頷いた。

その誓いがいつ叶うかは分からない。

だが確かに、再会を祝う仲間の絆だけは揺るぎなくそこにあった。

 

 

/*/ ナザリック大墳墓・玉座の間 /*/

 

 

闇に包まれた荘厳な玉座の間。

シズが跪き、淡々と報告を終える。

 

「……以上が、カルネ村でのアウレリア姫と“漆黒の剣”のやり取りです」

 

玉座に座すモモンガは、静かに頷いた。

「なるほど……。友人に会うために、か」

不意に、低く呟く。

「――友人、か」

 

一拍置いてから、視線をシズに移した。

「そういえば、シズ。……ローブル聖王国で出会った少女、ネイア・バラハ嬢のことを覚えているか?」

 

シズは瞬きをひとつだけして、こくりと頷いた。

「……はい。あの時、私に“頑張れ”と声をかけてくれた人間。……友達。後輩」

 

「会いたいとは思わないか?」

モモンガの声は、どこか柔らかい。

 

シズは少しだけ俯き、ゆっくり答えた。

「……もし、時間があれば。……でも、聖王国は遠い」

 

「そうだな。……遠い」

モモンガは玉座に身を預け、仮面の奥で思考を巡らせる。

 

ナザリックにとって“人間の友”など無意味かもしれない。

だが、目の前のNPCがかつて交わした小さな友情を、確かに大切にしている――。

 

「……機会があれば考えよう」

それ以上は語らず、片手を軽く振る。

 

シズは黙って頭を垂れ、音もなくその場を辞した。

 

残されたモモンガはひとり、低く呟く。

「……友人、か。

 不思議なものだな……この世界に来てから、そうした縁にばかり囲まれている」

 

玉座の間の静寂が、再び主を包み込んだ。

 

 





第13部:ささやかな冒険!開始
友か……なにもかもが懐かしい

次回!
第113話:もし私の願い事が!

翼が欲しい?
授けよう(エナドリ
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