オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック大墳墓・来賓区画 応接間 /*/
アウレリアが小さな決意を胸に口を開いた。
「……もし許されるなら、私も"冒険者"として歩みたいのです」
その言葉に、同席していたジョンは思わず噴き出した。
「……え? アウレリア姫、冒険者やりたいの?」
アウレリアは少しだけ頬を染め、視線を逸らしながら小さく頷く。
「はい。漆黒の剣の皆と……あの人たちのように、未知を求めて挑みたいのです」
「……ダメだぞ」
ジョンは即答した。
「えー」
アウレリアは思わず子供のような声を漏らす。
「いやいやいや!」
ジョンは両手を振り回しながら立ち上がった。
「よそ様から預かった姫を、冒険者なんて危険な職業につけさせられるわけないだろ!
ダンジョンに潜って罠で吹き飛ばされるとか、魔獣に食いちぎられるとか、普通にあるんだぞ!?」
「……私は竜王国の民を救うためにここにいるのです。危険を恐れてばかりでは……」
アウレリアは反論するが、ジョンは腕を組んで首を振る。
「だーめ。冒険者ってのは"死ぬ覚悟"がある連中がやる仕事なんだ。姫さんはそれ以前に、国の宝だろ」
そのやりとりを玉座に座ったまま静かに聞いていたモモンガが、小さくため息を漏らす。
「……ジョンの言うことも尤もだ。
竜王国から預かった者を勝手に危険に晒すのは、魔導国の立場としても問題だ」
「ほらな、モモンガ様も言ってるだろ!」
ジョンは胸を張ってアウレリアに言い放つ。
アウレリアは肩を落としながらも、唇を噛んで呟いた。
「……けれど……漆黒の剣は、あの方々は……それでも冒険者として立っているのです」
モモンガはその言葉に一瞬だけ沈黙し、玉座の肘掛けを軽く叩いた。
「……ふむ。"冒険者になりたい"という願いを、頭ごなしに否定するべきではないかもしれない」
「モモンガさん!?」
ジョンが目を剥く。
「安心して下さい、ジョンさん。今すぐ彼女を冒険に送り出すわけではない。
ただ……"冒険者としての志"を持つことまで否定するのは、あまりに酷だろう」
ジョンはがしがしと頭を掻きむしった。
「うわー、やっぱりそうなるかぁ……。……モモンガさん、責任取ってくださいよ」
玉座の主は小さく肩をすくめ、表情の変わらぬ顔で苦笑するのだった。
/*/ ナザリック大墳墓・来賓区画 応接間 /*/
アウレリアの「冒険者になりたい」という言葉に、ジョンとモモンガが応酬していたその時――。
静かに歩み出たのは、アルベドだった。
「……姫の望みを、完全に否定する必要はないのではありませんか」
「……アルベド?」
ジョンが目を丸くする。いつもなら「囚われの姫など処分を」と言いかねない彼女が、まるで真逆のことを言ったのだ。
アルベドは柔らかな微笑みを浮かべ、アウレリアの肩に手を置く。
「最近、研究部門からは"進展が鈍ってきている"という報告もあります。
姫自身が何か変化を求めるのは、むしろ良い刺激になるかもしれません」
その声音は、普段の鋭い苛烈さを隠し、まるで慈母のように優しい。
アウレリアは戸惑いながらも、小さく「……アルベド様……」と呟いた。
だが、ジョンはじっとアルベドを見つめて眉をひそめる。
「……何か企んでる?」
アルベドは顔をジョンに向け、ゆっくりと首を横に振った。
「いえ。ただ――何があっても、ジョン様は私のすべてをお許しになる、と」
「……あー……うん。確かに言った」
ジョンは頭を掻き、目を逸らすしかなかった。
アルベドはその様子を見て、まるで勝ち誇るように、けれども優雅な笑みを浮かべた。
モモンガは小さく息を吐き、沈黙を守る。
――姫の「冒険者になる夢」を巡り、思わぬ均衡が生まれつつあった。
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アウレリアは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます、アルベド様。
私のような立場の者の望みを、聞き入れてくださるとは……」
その礼は心からのものだった。
アルベドは微笑を絶やさず、その仕草を優雅に受け止める。
「礼など無用ですわ、アウレリア姫。
貴女がどう歩むのか――それを見届けるのも、我らの務めですから」
アウレリアの顔にわずかな紅が差し、長く閉ざされていた心に光が差す。
その横でジョンは腕を組み、ひそひそ声でモモンガにぼやいた。
「いや絶対裏あるだろ、これ……」
モモンガは「……まあ、アルベドだからな」とだけ返し、空気を濁さぬように沈黙を保った。
ジョンは勢いよく立ち上がり、両手をばっと広げた。
「よーし!じゃあ俺の奥義を伝授してやろう!その名も――」
彼は咳払いを一つ。
「《一週間で勇者になれるスペシャルハードコース》!」
「さらにオプションで、《達人への崖にダイブ死んで元々人生冒険化大作戦》!!」
「修行の疲れを修行で癒し、冒険あっての自分と知らしめ、修行の修行による修行のための生活!」
「二者択一! 冒険か死かを選ぶ、俺の弟子入り生活だ!!!」
あまりの勢いに部屋の空気が固まる。
アウレリアはきょとんと目を丸くし――やがて、くすりと笑った。
「……死ぬかもしれない修行、なのですか?」
「そう! でも一週間で勇者になれる!」
ジョンは胸をどん、と叩き、親指をぐっと立てる。
「俺が保証する! 多分、死ぬ前にはめっちゃ強くなる!」
「……"死ぬ前"に、ですか」
アウレリアは苦笑を浮かべつつも、どこか興味深そうに首を傾げた。
その横で、モモンガがこめかみに手を当てる。
「……お前は本当に、どうしてそう極端なんだ」
アルベドがすかさず口を挟む。
「ですが、アウレリア姫がそれに耐えられるのであれば――確かに大きな成長が見込めますね」
その声音には、奇妙な優しさと毒が入り混じっていた。
「……なあ、アルベド。お前、なんか企んでるだろ?」
ジョンがじろりと睨むと、アルベドは首を傾げ、天使のように微笑む。
「いえ。ただ――何があっても、ジョン様は私のすべてをお許しくださる、と」
「……あー、うん。確かに言った」
ジョンが観念したように頭をかく。
アウレリアはそんなやり取りを見て、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。……私自身、試されるのならば、挑んでみたいと思います」
その瞳は、恐れよりも決意を宿していた。
「お、おい! 本当にやる気か!?」
モモンガが青ざめる中、ジョンはにやりと笑う。
「よーし、決まり! じゃあ明日から崖ダイブ特訓だ!」
「やめろ! 本当に死ぬだろうが!」
モモンガが慌てて制止する声が響き、場は一転して大混乱となるのだった。
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ジョンはモモンガの制止をひらりとかわし、両手を大きく振った。
「大丈夫だよ、モモンガさん!」
「……どこをどう見れば"大丈夫"なんだ」
モモンガが半眼で睨むと、ジョンはすかさず指を一本立てる。
「研究の結果、アウレリア姫は見た目よりずっと頑丈だってわかってるんだ。
それに俺の特訓だって、ちゃんと加減を掴んでる。ブレインとかクレマンティーヌとか、漆黒の剣のみんなとやった経験でな!」
「……いや、比較対象がどいつもこいつも常識外れなのだが」
モモンガの呟きを無視して、ジョンはさらに畳みかける。
「しかもドラゴン相手の実地訓練だって、ヘジンマールでやったし!
崖ダイブだって、水深と角度をちゃんと測ってある! 安全第一、スリル第二! 俺はそこまで考えてるんだ!」
「"安全第一、スリル第二"って何だ……」
モモンガは深くため息を吐いた。
一方で、アウレリアは静かにそのやり取りを聞き、ゆっくりと頷いた。
「……つまり、私のための道は、すでに整えられているのですね」
「おうとも!」
ジョンは胸を張る。
「姫さんが勇者になれるかどうかは、あとは根性次第! 保証する、死ぬほど強くなる!」
「だからその"死ぬ"を保証するな!」
モモンガが思わず声を荒げる。
それでも、アウレリアの目には迷いはなかった。
「……ならば、挑ませていただきます。
竜王国の姫としてではなく、一人の冒険者として」
ジョンは満面の笑みを浮かべ、親指をぐっと立てた。
「よっしゃ、決まりだな!」
アルベドは横でくすくすと笑みを浮かべ、囁いた。
「――やはり、ジョン様の導きに勝るものはありませんね」
モモンガは椅子の背に沈み込み、骨の顎を押さえた。
「……やはり止めるべきだったかもしれんな」
/*/ カルネ・ダーシュ村・修行場 /*/
「アウレリア姫、本気でやるつもりですか……?」
ペテルが額を押さえ、重苦しい声で尋ねた。
「一朝一夕に強くなんてなれないんだぞ!」
ルクルットも慌てたように続ける。
「である。並の冒険者でも数年はかかるのだ」
ダインは深くうなずき、渋面を浮かべた。
「でも……どうしても挑みたいのです」
アウレリアは神妙に頷いた。
ジョンは満面の笑みを浮かべ、拳を打ち鳴らす。
「よし、覚悟は決まったな?頭の中で思い浮かぶ限りのツライ特訓を考えろ――」
一拍置いて、彼は大声で宣言する。
「そんなものは! 天国だッ!!」
漆黒の剣の四人が一斉に凍りついた。
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まずルプスレギナに命じ、信仰系第四位階《高速自然治癒》をアウレリアに付与する。
「筋トレしてる間にも超回復! 治癒チート付き筋トレだ! 最高だろ!」
「……最高かどうかは怪しいですが……」
ペテルが小声で突っ込む。
さらにジョンは課金アイテムを惜しげもなく砕き、アウレリアに経験値を注入する。
「1Lvのままじゃ殺しちゃうからな! よし、10Lvぐらいは上げとくぞ!」
「……殺す気まんまんじゃん」
光がアウレリアを包み、その身体に冒険者の素地が刻まれる。
「……来なさい」
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修行は苛烈そのものだった。
腕立て、腹筋、背筋、スクワット、懸垂、走り込み。
限界が来るたびにジョンの声が飛ぶ。
「限界? 越えろ! まだ行ける!」
鞭が鳴る。痛みが意識を覚醒させる。
限界を越えるたびにルプスレギナの治癒魔法が身体を癒し、再び限界を叩きつける。
回復し続ける肉体に休息は許されない。
それはチートでありながら、精神を削り取る果てしない試練だった。
その声には確かな決意が宿っていた。
汗に濡れ、呼吸を荒げながらアウレリアは地面に手をついた。
何度も腕立て伏せとスクワットを繰り返し、全身が悲鳴をあげている。
その背に、ジョンの声が飛ぶ。
「まだだ! 限界を越えろ!」
しかし体は言うことをきかず、力尽きて崩れ落ちた。
肩で息をしながら、アウレリアはかすれた声を絞り出す。
「……もう……立て……ない……」
その瞬間、胸の奥で小さな光が灯る。
彼女は無意識に言葉を紡いだ。
「――《軽傷治癒》」
手のひらから淡い光が溢れ、背中に残る鞭の跡が癒えていく。
痛みが和らぎ、呼吸も少し整った。
驚きの声をあげたのはペテルだった。
「まさか……自力で魔法を……!」
ルクルットが半ば呆れたように口笛を鳴らす。
「こりゃ本物だな……信仰系詠唱者として目覚めたってわけか」
「である。奇跡の現出……見事である」
ダインが低く唸る。
アウレリアは光の余韻に包まれながら、震える声で呟いた。
「……私が……癒した……?」
ジョンは顎に手を当て、にやりと笑った。
「そうだ。ただし――筋トレで削った分にそれ使うなよ」
「えっ……?」
「治癒魔法で回復したら筋肉が育たねぇ。使うのは鞭打ちで裂けた傷だけにしとけ。
筋肉の悲鳴は財産だ、癒しちゃダメだぞ」
「……そんな理屈、聞いたことありません!」
アウレリアが抗議すると、ルクルットがすかさず叫んだ。
「本人に望まれたからって! だからって竜王国の姫を鞭打ちする!? おかしいだろ!」
「言うな、師匠だぞ……」
ペテルは顔を覆った。
「であるが……やはり常軌を逸している」
ダインも低く付け足す。
だがアウレリアは小さく息を吐き、微笑んだ。
「……それでも……私、冒険者になりたいのです」
その決意を前に、漆黒の剣は誰も言葉を返せなかった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第九階層 玉座の間 /*/
シズはカルネ村から戻ると、無機質な声で報告を始めた。
「――アウレリア姫は、ジョン様の特訓により《軽傷治癒》を発現。
信仰系詠唱者として目覚めました」
玉座に座るモモンガが小さく頷く。
「……なるほど。やはり潜在能力は高かったか」
隣のアルベドが、残念そうに首を振った。
「ですが、始原の魔法には目覚めませんでしたか……。
やはり、姫の血筋では限界があるのかもしれませんね」
「……」
モモンガはジト目でアルベドを見た。
「お前……そんなことまで期待していたのか」
アルベドは無邪気に微笑む。
「ええ。ジョン様の無茶な修行なら、もしかしてと……」
(……いや、そこに期待するのはどうなんだ……)
モモンガは内心で頭を抱える。
だがすぐに別の悩みが襲ってきた。
(……これ、ドラウディロンになんて報告すればいいんだ……。
"竜王国の姫は冒険者志望で、しかもジョンに鞭打ちされて目覚めました"……?
……無理だろ。黙っておこうかな……いやでも……)
玉座の上でスケルトンの頭を抱え、モモンガは現実から目を背けるのだった。
そうだね!ムチムチだね!
割とじゃなくて大問題だぞ、どうすんだよ!
次回!
第114話:コイツ、マジでやりやがった!
怒られろ!