オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第119話:北部遠征そして

/*/北部遠征 ― 目標モンスター「ギガント・バシリスク」

 

 討伐目標は――ギガント・バシリスク。

 その名を聞くだけで、並の冒険者なら蒼白になり逃げ出す存在であった。

 

 全長十メートルを超える巨体。蜥蜴にも蛇にも似た姿は、まさに古の魔獣の生き残り。

 石化の視線を持ち、目が合えば最後、瞬く間に岩像と化す。

 体液は即死級の猛毒であり、触れることさえ死を意味する。

 さらにその分厚い鱗は、ミスリルをも弾くほどの硬度を誇っていた。

 

 巨体でありながら蛇のように体をくねらせ、狭い洞穴や瓦礫の隙間にも侵入することを得意とする。

 逃げ場を塞ぎ、毒と石化で相手を追い詰める――難度83と記される所以である。

 

 漆黒の剣の面々も険しい顔つきになっていた。

「……これは手ごわいぞ。まともにやり合えば全滅しかねん」ペテルが低く呟く。

「正面突破は無理。罠や地形を利用しなきゃ……」ルクルットが槍を握りしめる。

「毒と石化、どちらを優先して防ぐかが肝心である」ダインが慎重に言葉を選ぶ。

 

 アウレリア姫は緊張で喉を鳴らしつつも、メイスを握りしめた。

(……これが、本物の冒険の戦い……!)

 

 彼女の胸は恐怖と同時に高揚で震えていた。

 学院では味わえない「死と隣り合わせの現実」が、まさにこれから始まろうとしていた。

 

 焚き火の赤い光が仲間たちの顔を照らす。

 ペテルは膝の上に置いた兜を手に取り、重々しい声で言った。

 

「……ギガント・バシリスクを討つには、まず正面に立てる奴が必要だ。奴の毒も視線も、普通なら即死だ。だが――」

 

 彼は兜のバイザーを下ろし、鈍色の金属を仲間に見せつける。

 アダマンタイトにジョンの毛繊維を織り込んだ特製の全身鎧。

 

「――こいつなら持ちこたえられる。暗視も視線防御も、兜を閉じれば万全だ。俺が正面に立つ」

 

 ニニャが心配そうに眉を寄せる。

「ペテルさん、一人で囮なんて……」

 

「一人だからこそだ」ペテルは肩をすくめる。「あの巨体を巣穴から誘い出すには、俺が目立つのが一番いい。残りは距離を取って叩け」

 

 ダインが低い声で言った。

「私が周囲の地形を縛る。〈エンタングル〉で足を奪えば動きは鈍るである。それで誘い出しやすくなるであろう」

 

 ルクルットが腰の弓を軽く叩いて笑った。

「俺は矢で注意を引く。頭は狙えねぇけど、目を逸らさせるくらいはできるさ」

 

 アウレリア姫は焚き火に映る瞳を輝かせ、静かに言った。

「……私も力を貸します。〈第三位階天使召喚〉――炎の上位天使、アークエンジェル・フレイムを呼び出せます」

 

 その言葉に、場が一瞬静まり返る。

 ニニャが驚きに息を呑んだ。

「第三位階……そんな高位の天使を……!」

 

 姫は頷いた。

「光の胸当てを纏い、炎を宿す剣を持つ天の戦士です。彼にペテルを援護させれば、正面突破は可能になるはずです」

 

 ルクルットが口笛を吹いた。

「姫様、やるじゃねぇか……! それなら俺たちも遠慮なく射掛けられる」

 

 ダインは腕を組み、冷静に付け加えた。

「囮と護衛が揃うなら、勝機はあるである。ただし退路の確保を怠れば全滅は必至である」

 

 ペテルは兜を握り直し、力強く言った。

「よし。俺が囮になる。姫様はアークエンジェルを呼び、俺の横に立たせてくれ。残りは弓と魔法で削り、奴を仕留める」

 

 炎が爆ぜ、赤い火の粉が宙に舞った。

 難度八十三の魔獣を前に、彼らの決意は固まった。

 

/*/北部遠征 ― ギガント・バシリスクとの遭遇

 

 夜明け前。空はまだ灰色の闇に覆われ、霧が低く垂れ込めていた。

 湿った空気の中で、地鳴りのような音が地を揺らす。

 

「……来るである」

 ダインが耳を澄ませ、静かに告げた。

 

 やがて、木立の奥で地面を擦る音が響く。ずるずると這いずる重い気配。

 先に現れたのは、暗緑色の鱗に覆われた巨体だった。

 

「でけぇ……!」ルクルットが低く唸る。

 全長十メートルを超える蜥蜴とも蛇ともつかぬ怪物。

 眼は濁った黄緑に光り、視線に捉えられただけで背筋が凍る。

 

 ギガント・バシリスク――難度八十三の魔獣。

 

「俺が出る」

 ペテルが兜を深く被り、バイザーを下ろした。カシャンと音が響く。

 その瞬間、鎧の細部に編み込まれたジョン・フェルト繊維が淡く光を放ち、魔力の揺らぎを吸収していく。

 

 姫は思わずその背に声を掛けた。

「ペテル、無理はしないで……!」

「はっ、無理しなきゃ誘い出せねぇさ」

 彼は剣を肩に担ぎ、巨獣の前へと踏み出した。

 

 ――その時。

 ギガント・バシリスクの眼が光り、石化の波が走る。

 

「視線っ!」ニニャが叫ぶ。

 

 しかし、ペテルは動じない。

 兜のバイザーに刻まれた魔法陣が瞬時に光を跳ね返し、石化の力を遮断した。

 

「効かねぇぞッ!」

 雄叫びと共に大剣を叩きつける。

 火花が散るが、分厚い鱗はほとんど傷を負わない。

 

 その隙に巨獣は口を開き、濁った液体を吐き出した。

 地面が泡立ち、腐食と毒の蒸気が立ち昇る。

 

「毒液――! 後ろに下がれ!」ダインが叫ぶ。

 

 ペテルが毒液を浴びながらも踏みとどまり、盾で受け止める。

 仲間たちは一斉に散開した。

 

「今だ、姫様!」ニニャが振り返る。

 

 アウレリア姫は胸の前でメイスを掲げ、震える息を吐いた。

 白銀の光が広がり、詠唱が空気を震わせる。

 

「――来たりて燃え上がれ! 〈第三位階天使召喚〉!

 アークエンジェル・フレイムッ!」

 

 光の柱が立ち昇り、その中から翼を持つ戦士が姿を現した。

 胸当ては炎のごとく輝き、握る剣は紅蓮に燃えている。

 

 大地を踏みしめ、天の戦士は咆哮した。

「――■■■■!」

 

 その声は勇気を与え、仲間たちの心を震わせた。

 

 ペテルが兜越しに笑みを浮かべる。

「よし、来やがったな……! さあ派手にやろうぜ、相棒!」

 

ギガント・バシリスク戦 ― 初撃の交錯

 

 巨体が揺らぐたび、大地が震えた。

 ギガント・バシリスクは喉の奥から濁った咆哮を吐き、次の瞬間、その眼が妖しく光を放つ。

 

「来るである!」ダインが叫ぶ。

 

 視線が閃き、石化の波が放たれる。

 空気が硬化し、仲間たちの肌に重い圧力がのしかかった。

 

「ぐっ……!」アウレリア姫は思わず目を閉じ、メイスを胸に押し当てる。

 だが、ペテルは一歩も退かない。

 兜のバイザーに走る魔法陣が眩く輝き、石化の力を散らしていった。

 

「効かねぇって言ったろォ!」

 雄叫びと共に大剣が振り下ろされ、硬い鱗に火花が散る。

 

 だが、バシリスクは怯まない。

 巨体をくねらせ、尾を振るう。鉄塊のような尾が地面を薙ぎ払い、岩を粉砕した。

 

「危ない!」ルクルットが矢を放ち、尾の軌道をわずかに逸らす。

 矢は鱗に弾かれたが、その僅かな時間が皆を救った。

 

 続けざまに、バシリスクの口から毒液が弧を描いて飛ぶ。

 腐食する音を立てて地面が泡立ち、煙がもうもうと立ち上る。

 

「退けッ!」ペテルが盾を掲げ、毒液を浴びる。鎧が焼ける匂いが立ち上がった。

 

「ペテル!」姫が叫ぶ。

 

 その声に応えるように、炎の翼が広がった。

 召喚されたアークエンジェル・フレイムが前に躍り出て、燃え盛る剣を振るう。

 炎の斬撃が毒液を焼き払い、空気に赤い残光を残した。

 

「■■■■――!」

 天の戦士の咆哮に、仲間たちの心が奮い立つ。

 

「よし、押し込め!」ニニャが呪文を唱える。

 雷の鎖が空を裂き、巨体を縛りつけようとする。

 

「逃がさんである!」ダインが大地に両手を押し当てる。

 地面から絡みつく蔦が伸び、バシリスクの胴を絡め取った。

 

 しかし――。

 巨獣は恐るべき力で蔦を引きちぎり、雷鎖をもがき砕いた。

 

「ちぃ……やはり容易ではないであるな!」ダインが歯噛みする。

 

 それでも、戦いは始まった。

 ペテルと天使が正面を受け止め、弓と魔法が遠方から援護する。

 そして姫が震える手でメイスを握りしめ、心に誓う。

 

(私も――この戦いで役に立たなくては!)

 

/*/ ギガント・バシリスク戦 ― 決着

 

 氷霜に絡め取られたギガント・バシリスクは、巨体を震わせながら咆哮を上げた。

 毒の唾液が滴り、石化の眼光が空気を歪ませる。だが、四肢を凍りつかせられたままでは動き切れない。

 

「今だ――!」ペテルが地を蹴った。

 

 兜のバイザーを降ろし、アダマンタイト鎧に炎が奔る。

 剣を握る腕に紅蓮の光が宿り、低い姿勢から一気に跳躍する。

 

「――必殺、《火の串刺し》ッ!」

 

 炎の尾を引いて大剣が突き上げられる。

 刃はバシリスクの胸下を穿ち、灼熱の爆風と共に巨鱗を貫いた。

 

「グギャアアアアッ!」

 怪物が怒号を響かせ、氷と炎の中でのたうつ。

 

 その瞬間――。

 

「……光よ、降り注げ。《白銀騎士槍〈シルバーランス〉》!」

 

 ニニャの詠唱が完成し、空が割れた。

 白銀に輝く巨大な槍が天より顕現し、眩き光を放ちながらバシリスクの頭部めがけて落下する。

 

 ズガァンッ!!

 

 閃光と共に槍は頭蓋を粉砕し、巨獣は絶叫を上げながら大地に崩れ落ちた。

 炎と氷と光の三重奏に包まれ、ギガント・バシリスクの生命は潰えた。

 

 沈黙。

 荒野に広がるのは、怪物が倒れ伏した後の静寂だけだった。

 

 やがてペテルが大剣を振り払い、肩で息をしながら叫ぶ。

「――勝ったッ!」

 

 仲間たちの間から歓声が上がる。

 アウレリア姫はメイスを胸に抱きしめ、震える声で呟いた。

「……これが、冒険の……死闘」

 

 彼女の横で、ニニャは額の汗を拭いながらも小さく微笑んでいた。

「でも……一緒なら、乗り越えられます」

 

/*/ 北部遠征 ― 死闘の代償と戦利品

 

 巨体の崩落で地面が揺れ、砂煙が舞った。

 漆黒の剣の面々は勝利を噛みしめる間もなく、互いの無事を確かめ合う。

 

「っ……くそ、やっぱ効いてやがったか」

 ペテルは膝をつき、剣を杖にして息を荒げる。鎧の表面には毒液が弾けた痕があり、ところどころ黒く腐蝕していた。

 

「ペテルさん!」アウレリア姫が駆け寄る。

 兜の隙間から覗いた頬には、うっすら紫色の斑点が浮かんでいた。猛毒が皮膚に触れたのだ。

 

 すぐにダインが詠唱する。

「――〈毒消し〉。まだ残っているな、私の薬草も使うである」

 彼の手際で応急処置は施され、命に関わることは免れた。だがペテルの動きはしばらく鈍ることは避けられない。

 

 一方、ルクルットも肩を押さえて座り込んでいた。鱗の擦過で肉が裂け、血が滲んでいる。

「ちっ、かすっただけでこれかよ……相変わらず厄介な野郎だ」

 それでも笑って見せるのが彼らしい。

 

 ニニャも魔力を絞り尽くし、顔色は蒼白だった。

「ふぅ……《シルバーランス》は……本当に消耗が……」

 アウレリア姫はそんな彼女を抱き起こし、祈るように微笑む。

「ありがとう……あなたがいてくれて、助かったわ」

 

 死闘の爪痕は深い。だが、彼らは確かに勝利した。

 

 その後、巨体を解体する作業が始まった。

 ダインが冷静に指示を飛ばす。

「鱗は貴重である。硬度はミスリル級、武具に加工すれば帝都でも高値で売れるであろう」

「毒腺もだな。ただし扱いを誤れば全員死ぬ。慎重に頼むぞ」ペテルが声を低くした。

 

 鱗を剥ぎ、牙を抜き、毒腺と胆嚢を専用の容器に収める。

 ルクルットが肩の傷を押さえながらも冗談を漏らした。

「これだけの素材、しばらくは食うに困らねぇな」

 

 アウレリア姫は震える指先で、磨き上げられた一枚の鱗を手に取った。

 夕陽に照らされ、虹色の光沢が浮かぶ。

「……こんな恐ろしいものから、宝石のような欠片が生まれるのですね」

 その呟きに、ニニャが頷く。

「冒険とは……危険と美の、両方を見せてくれるんです」

 

 風は冷たかったが、心の奥に熱が宿っていた。

 死闘の代償と引き換えに、彼らはまた一歩、冒険者としての道を刻んだのだ。

 

/*/北部遠征 ― 勝利の夜営

 

 巨体の残骸を後にして一行は安全な丘に野営を張った。

 炎がぱちぱちと弾け、疲れ切った仲間たちの顔を赤く照らす。

 

「……ふぅ。さすがに骨が折れたであるな」

 ダインが干し肉を噛みながら呟く。

「でも勝った。俺たち、まだまだやれるな」

 ルクルットが笑い、傷口を布で押さえた。

 

 ペテルは少し離れたところで鎧を磨いていた。毒の跡は残るが、まだ使えそうだ。

「……こうして帰れるのも奇跡みてぇなもんだ。ありがとな、みんな」

 低く、けれど確かな声音だった。

 

/*/ 北部遠征 ― 天幕の語らい

 

 夜。天幕の中は焚き火の熱がわずかに届くだけで、しんと静まり返っていた。

 戦いの疲労で皆は深い眠りに落ちていたが、アウレリア姫とニニャだけは眠れず、並んで毛布にくるまっていた。

 

「……今日のこと、一生忘れられませんね」

 姫がぽつりと呟く。

「わたしもです。あんな怪物、もう二度と会いたくないですけど……でも、一緒に生き残れたことは誇りです」

 ニニャの答えに、姫は小さく笑った。

 

 しばらく戦いの感想を語り合い、それからふと沈黙が訪れた。

 姫は膝を抱え、ぽつりと漏らす。

「わたくし……いつも"姫"として扱われてきました。同年代の人と、こうして同じ布団で話したり、笑ったり……そんなこと、一度もなかったのです」

 

 ニニャは驚いて顔を上げる。

「……本当ですか?」

「ええ。だから……」姫は深呼吸し、真剣な眼差しで言った。

「ニニャさん。わたくしと……友達になってくれませんか?」

 

 天幕の中に、風の音が忍び込む。ニニャは一瞬きょとんとしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「……はい。わたしでよければ」

「ほんとうに?」

「もちろん。だって、わたしも友達なんて、ほとんどいなかったんです。だから……うれしい」

 

 二人は自然と手を取り合った。

 手のひらは温かく、互いの存在を確かめ合うようにぎゅっと握る。

 

「これからは、友達として……いろんな話をしましょうね」

「ええ。……冒険のことも、夢のことも」

 

 その夜、二人は初めて「身分ではなく、同じ年頃の女の子」として寄り添い、星明りが薄く差す天幕の中で小さな秘密を共有したのだった。

 

 

北部遠征 ― 戦利品の分配と相談

 

 ギガント・バシリスクを討ち果たした翌朝。

 冷たい霧が森に立ち込める中、漆黒の剣とアウレリア姫は倒れた魔獣の骸を前に腰を下ろしていた。

 

 分厚い鱗は大きな刃でようやく削り取れるほど硬く、血液や毒腺は慎重に採取しなければ危険だった。

 ペテルが手袋越しに小瓶を掲げる。

「猛毒腺は三つ。どれも極上品だな。帝都に持ち帰れば、解毒薬の研究にも高値の売買にも使えるだろう」

 

 ルクルットは鱗を数枚抱え、にやりと笑った。

「この凍ったやつ、矢じりに加工したら一生モンだぜ。……まあ、職人に任せるけどな」

 

 ニニャは白銀の小瓶に淡く輝く結晶を封じ込める。

「これは……魔石です。中に凝縮された魔力は相当なもの。学院に持ち込めば、論文ひとつ書けますよ」

 

 ダインは石化した大地を見やり、低く告げる。

「この爪跡と体液の痕跡、しばらく残るであろう。ここが再び魔獣の巣にならぬよう、報告と封鎖が必要である」

 

 最後にペテルが全員を見回した。

「じゃ、分け前の話だな。戦利品は――毒腺はギルドに納品して報奨金に、魔石は学院に、鱗と骨は持ち帰って加工依頼。金は全員均等で、姫様も含め五等分でいいか?」

 

 アウレリア姫は驚いたように目を瞬かせた。

「わたくしも……ですか?」

「当たり前だろ。命懸けで一緒に戦った仲間なんだからな」ルクルットが笑う。

「……ありがとうございます」姫は深く頭を下げた。

 

 しばし沈黙の後、ダインが地図を広げる。

「さて、今後であるが。北部の討伐依頼はこれで完了。帰路につくか、あるいは更なる探索に進むか」

 

 ルクルットは弓を背にかけ直し、肩をすくめる。

「俺は一度帝都に戻って装備を整えたいな」

「私も同意である。補給と休養は不可欠だ」ダインも頷く。

 

 ニニャは姫を見て、控えめに尋ねる。

「アウレリア姫は……どうされたいですか?」

 

 姫は地図を見つめ、心の奥で揺れ動いた。

学院で学ぶ未来。

漆黒の剣と冒険する未来。

どちらも彼女にとって大切な道だった。

 

「……まずは帝都へ戻りましょう。そして、次の道を……その時に決めます」

 その答えに、仲間たちは微笑み、頷いた。

 

/*/帝国魔法学院 ― 合格通知

 

 北部遠征から帝都へ戻った数日後。

 アウレリア・オーリウクルスのもとに、帝国魔法学院から一通の封書が届けられた。

 重厚な紋章が刻まれた封蝋を割ると、優雅な文字でこう記されていた。

 

――「アウレリア・オーリウクルス殿。入学試験において優秀なる成績を修められたことをここに証す。貴殿を帝国魔法学院の新入生として迎え入れる」

 

 姫は静かに息をのんだ。

 机の上に置いた手紙が、まるで未来そのもののように眩しく見える。

 ここに名を連ねれば、伝説の魔術師フールーダが礎を築いた最高学府で学ぶことができる。

 王族として、知識を磨き、帝国に貢献する道が拓かれている。

 

 しかし――。

 

「よう、姫様。どうした? 難しい顔して」

 声をかけたのはルクルットだった。背にはいつもの弓、口元には人懐こい笑み。

「学院から……合格通知が届きました」

「おお、すげぇじゃねぇか! さすが姫様だな!」

 

 ルクルットの声に、ペテルやニニャ、ダインも集まってくる。

 皆、口々に祝福を口にした。

 

「優秀である。誇るべきことであろう」ダイン。

「きっと学院でも注目されますよ」ニニャ。

「よかったじゃねぇか。これで将来は安泰だな」ペテル。

 

 アウレリアは唇を噛みしめ、仲間たちの顔を見渡した。

 北の荒野で共に火を囲み、笑い、戦い、傷を癒した彼ら。

 その温もりが胸を締めつける。

 

「……でも、わたくしは――」

 

 姫はゆっくりと、けれど迷いのない声で告げた。

 

「学院に行きたい気持ちはあります。けれど……今は、皆さんと共に冒険をしたい。

 わたくしは、この剣と、この旅でしか学べないことがあると信じています」

 

 一瞬の静寂ののち、ペテルがにやりと笑った。

「よし、決まりだな。俺たちの仲間は学院よりも冒険を選んだ。……なら、次の依頼を探すか!」

 

 ルクルットが高らかに笑い、ニニャは安堵の微笑みを浮かべ、ダインは静かに頷いた。

 

 アウレリア・オーリウクルスは胸の奥で確信した。

 選んだ道は容易ではない。だが、この仲間となら――どんな試練も越えていける。

 

/*/ 学院関係者の反応

 

 帝都の宿舎。

 ヘジンマールは差し出された報告書を目にして、しばし沈黙した。

 その背後には、いつものように三人娘――アイク、セルデーナ、クアイアが控えている。

 

「……学院からの正式な返答は、辞退」

 少年の姿をとった彼は、かすかに目を伏せて苦笑する。

 

 アイクが静かに言葉を添えた。

「姫様は……漆黒の剣と歩むことを選ばれたようです」

 

「そうか」

 ヘジンマールは帳面を閉じ、窓の外に目をやった。帝都の空は暮れかけて茜色に染まり、鐘の音が遠くから響いてくる。

 

 セルデーナが低い声で呟く。

「……惜しい選択でございます。学院であれば、さらに多くを守れたはず」

 

 クアイアは微笑みを浮かべたまま、首を振った。

「けれど……姫様は、今を共に生きる仲間を選ばれたのです。それもまた真実」

 

 しばらく沈黙が流れる。

 やがてヘジンマールは小さく肩をすくめた。

 

「結局、僕の庇護よりも、彼らと並び立つことを望んだわけだ。……らしいと言えば、らしいな」

 

 その声には悔しさよりも、どこか誇らしげな響きがあった。

 アイクたちはそれを聞き取り、互いに目を合わせてわずかに頷く。

 

「ヘジンマール様」

「ん?」

「……それでも、我らは姫様を遠くから見守り続けます。彼女がどの道を選ばれようとも」

 

「……ああ。竜血の共鳴で繋がった以上、無関心ではいられない。せめて背を向けぬように――な」

 

 窓の外で、夜の星がひとつ、瞬いた。

 学院という道を捨てても、アウレリア・オーリウクルスの旅路はこれからも続いていく。

 それを見つめる者たちの想いもまた、途切れることはなかった。

 

/*/ 次なる冒険へ ― 出発

 

 朝靄の中、街の北門がゆっくりと開かれていく。

 露に濡れた石畳が白く光り、行き交う荷馬車の音がこだまする。

 

「荷は確認したな? 保存食は三日分、矢筒は二本満杯だ」

 ペテルが点検を終え、革手袋を鳴らす。

 

「俺のフラウ・ボウも調整済みだ。次はどんな獲物が待ってるんだか」

 ルクルットが鼻で笑い、背の弓を軽く叩いた。

 

「私は新しい地図を手に入れた。北東の山脈に、未踏の洞窟があるらしいである」

 ダインが巻物を懐に戻しながら、淡々と告げる。

 

「……未知の洞窟……。魔物も、宝も、あるかもしれません」

 ニニャは僅かに表情を緩め、荷車に積んだ布包みを撫でた。

 

 アウレリア・オーリウクルスは深呼吸をしてから、皆を見渡す。

 その胸元には学院の合格通知が、まだしまわれずに折り畳まれていた。

 けれど、それはもう答えを出したはずの紙。

 

「わたくしは……やはり、皆さまと共に歩みたいと思います」

 背筋を伸ばして告げると、仲間たちは一斉に微笑んだ。

 

「言うと思ったぜ、姫さん!」

 ルクルットがからかうように笑い、ペテルが頷く。

「なら決まりだ。これからも、俺たち〈漆黒の剣〉の一員として働いてもらう」

 

 姫は頬を紅に染めつつも、力強く返した。

「はい……! アウレリア・オーリウクルス、共に戦います!」

 

 雲間から差す朝日が、彼らの背を照らす。

 街を後にする五つの影は、未知なる冒険の大地へと伸びていった。

 

 

 





自分から労働に出るとかエライ!
拙者、働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる。

次回!
第120話:洞窟探検

なんかこいつらが一番、冒険者してる気がする。
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