オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第120話:洞窟探検

/*/洞窟の探索 ― 入口にて/*/

 

 北東の山脈は、人跡未踏の地と呼ばれてきた。

 切り立つ断崖、霧に覆われた谷、怪鳥が舞う空――その奥に、ぽっかりと口を開ける洞窟がある。まるで大地そのものが、侵入者を飲み込もうとしているかのような闇だった。

 

「……これが、例の洞窟であるか」

 

 ダインが崖上で地図を広げ、険しい顔で呟く。

 

「伝承では古代遺跡の一部が眠っているとか。真偽は定かではありませんが……」

 

 ニニャが静かに補足する。

 

 アウレリア・オーリウクルスは洞窟の闇を見つめ、自然と胸が高鳴った。学院の書物で読んだ「失われた王国の遺産」。それがこの奥にあるかもしれないのだ。

 

「……本当に、入るのですね」

 

 小声で呟く姫に、ペテルが頷く。

 

「当然だ。俺たち冒険者は、未知を切り拓くのが仕事だからな」

 

「ふん、ここまで来て怖気づくわけにはいかんである」

 

 ダインは長杖を握りしめる。

 ルクルットは矢を一本抜き、弦の感触を確かめながら笑った。

 

「暗ぇし、狭ぇし、湿っぽい。だが……こういうとこに限って大物が潜んでる」

 

 入口に漂う冷気が肌を撫でる。松明に火が灯され、ゆらめく光が岩肌を照らした。

 

「皆さま……行きましょう」

 

 アウレリア姫はメイスを握り、震えを隠すように一歩を踏み出す。

 五人の影は重なり合いながら、静かに洞窟の奥へと消えていった。

 

/*/洞窟の内部探索 ― 沈んだ街/*/

 

 洞窟の奥は、ただの岩肌ではなかった。階段を降りるように道が続き、その先に現れたのは――街だった。

 石造りの家々、崩れかけた噴水、街路を縫う石畳。天井から垂れ下がる結晶が仄かに光り、水面に青白い反射を落としている。時間が止まったような景色だった。

 

「……ここは、街だ」

 

 ルクルットが低く呟く。

 

「古代王国の……地殻沈降か、魔法災害で埋没したのかもしれんである」

 

 ダインは石畳の文様を指でなぞり、眉をひそめた。

 

「……転移防止の封刻。ここ一帯、魔法仕掛けで守られている可能性が高いである」

 

 その言葉を裏付けるように、ペテルが踏み出した瞬間、石畳の模様が赤く輝いた。

 

「っ! 退け!」

 

 轟音。頭上から石の槍が雨のように降り注ぐ。

 ペテルが盾で受け、火花が散った。

 

「……トラップか。街ごと沈んでも、仕掛けはまだ生きてやがる」

 

 ルクルットが壁際を睨み、矢を放つ。影に埋め込まれた水晶が砕け、赤い光が消えた。

 

「解除完了……ですね」

 

 ニニャが息を吐く。

 

 街の一角には割れた陶器、錆びた鍋、そして魔法で灯る小さなランプ。姫が手をかざすと、淡い光がまだ残っていた。

 

「……ここで、人々は暮らしていたのですよね」

 

「生活魔導具だ。証拠品になるな」

 

 ニニャが目を輝かせるが、アウレリア姫は小さく首を振った。

 

「……遺品です。乱暴に持ち出すのではなく、記録して、敬意を持って扱いましょう」

 

「姫さんらしい意見だな」

 

 ルクルットが肩をすくめる。

 そのとき――遠くの路地で、石が擦れるような重い音が響いた。

 

「……罠だけじゃねぇ。何かいるぞ」

 

 ペテルが剣を抜き、闇を睨む。

 

/*/洞窟都市での邂逅 ― クアゴア/*/

 

 暗がりの街路に、ずらりと並ぶ影。鋭い爪が光り、こちらを取り囲む。クアゴアだった。

 アウレリア姫が反射的にメイスを握り直すが、ペテルが片手を上げて制する。

 

「待て。……様子が違う」

 

 先頭の赤毛の個体が鼻をひくつかせ、低い声で言った。

 

「人間……剣をおさめろ。我らは戦いを望まぬ」

 

 荒削りだが、確かに人語だ。

 ニニャが息を呑む。

 

「……話せるんですね……」

 

 赤毛のクアゴアは、街の奥を指差した。石畳の裂け目から青白い光が漏れ、かすかに人影のようなものが動いている。

 

「ここは、かつての街。だが、いまは『結晶に侵された人の骸』が徘徊している。奴らは我らを襲う」

 

「結晶に侵された人の骸……?」

 

 姫が眉を寄せると、ダインが低く補足する。

 

「長き魔力汚染の果てに変じた存在であるな。肉も血も晶質化し、なお歩く……いわば結晶人である」

 

 赤毛のクアゴアは唸った。

 

「我らは争いを好まぬ。だが、山脈では生きられなかった。強き者が鉱を奪い、弱き者は喰われる。敵は外の獣ではなく、己の同族だ。……我らは敗け、追われ、この地に流れついた」

 

 悔恨ではなく、静かな諦観があった。

 

「土を掘れば虫もいる。地下を歩けば蜥蜴も捕れる。我らには十分だ。ここで静かに暮らしたい。ただ……結晶人だけは脅威だ。武具は扱えぬ。結晶の刃は毛皮を裂く」

 

 赤毛の個体は深く頭を垂れた。

 

「人間よ。もし奴らを追い払ってくれるなら……街に残された武器や器具を、報酬にくれてやる。我らには不要だ」

 

 ペテルが仲間を見回す。

 

「……どうする?」

 

「受けましょう」

 

 アウレリア姫がメイスを下ろし、頷いた。

 

「あなた方がここで暮らせるように。私たちが結晶人を退けます」

 

「恩、忘れぬ」

 

 赤毛のクアゴアは、重く頷いた。

 

/*/クアゴアの生活と、黄金ミミズ/*/

 

 廃墟の住居は土で窓が塞がれ、床には掘り返された穴が広がっていた。寝床だ。湿った土の匂いが濃い。

 

 夕餉には太いミミズ、炙ったトカゲ。硬い指で器用に裂き、低い唸り声で会話しながら楽しげに食べる。

 

「……わたくしには、あの食事を楽しむ自信はありませんわ」

 

 姫が引きつった笑みを浮かべると、ルクルットがくすりと笑う。

 

「まあ、俺たちでもきついな」

 

 だがニニャだけは違った。羊皮紙に目を輝かせて書き込んでいる。

 

「雑食性。人語を持つが文明度は原始的……しかし廃墟を利用する適応が高い。これは記録に値します」

 

 そのとき、クアゴアたちが差し出してきたのは――光沢を帯びる黄金色の太いミミズだった。

 

「黄金ミミズ。泥を吐かせれば、蜜のように甘い。食べるか?」

 

 空気が固まる。

 

「ま、まさか本気かよニニャ!」

 

「礼には礼を」

 

 ニニャは落ち着いて言った。

 

「好意を突き返すのは礼を欠きます」

 

「……しゃあねぇ」

 

 ペテルが腹を括り、先に口へ放り込む。

 もぐっ。ぶちゅ。

 

 眉間に皺が寄ったと思った次の瞬間、ペテルは目を見開いた。

 

「……あ、美味い!? てか……甘ぇ! なんだこれ!」

 

 どよめき。姫は半ば呆れたように口元を押さえ、ダインは腕を組んで唸る。

 

「未知の食材というやつであるな……」

 

 奇妙な甘味が、張り詰めていた空気を一瞬だけ緩めた。

 

/*/結晶人の脅威 ― 沈んだ街へ/*/

 

 クアゴアの長は真顔に戻った。

 

「結晶人だ。硬く、鋭く、冷酷に我らを襲う。子らが狩られる……助けてほしい」

 

 冒険者たちは頷き、再び沈んだ街へ向かった。

 

 裂け目の奥から現れたのは、半透明の結晶に覆われた人影たちだった。

 赤く濁った瞳が虚ろに光り、金属を削るような甲高い悲鳴を漏らす。その音だけで胸が締めつけられる。

 

「……あれが、結晶人」

 

 ニニャの声が震える。

 

「構えろ!」

 

 ペテルの怒号と同時に、最も近い個体が突進してきた。

 

/*/斬撃は通じない/*/

 

 ペテルの剣が閃く――が。

 

 ガキィン!

 

 火花。甲高い金属音。結晶の装甲は傷ひとつ付かず、剣身に欠けが刻まれた。

 

「……斬撃は効かねぇ!」

 

「ならば鈍器である」

 

 ダインが冷静に言い切る。

 

 ペテルはメイスを抜き、渾身の一撃を叩き込む。

 

 ゴシャッ!

 

 胸部に蜘蛛の巣状のヒビ。隙間から淡い魔力の火花が散る。

 

「ひびが入ったぞ!」

 

「――〈ショック・ウェーブ〉!」

 

 アウレリア姫の衝撃波がヒビを押し広げ、結晶体が軋む。

 

「〈シルバーランス〉!」

 

 ニニャの白銀の槍が貫いた瞬間、結晶人は粉々に砕け散り、光の粒になって床へ降り積もった。

 

 しかし、路地の影からさらに赤い瞳が覗く。

 

「……まだ来るぞ」

 

 沈んだ街は、再び軋む足音で満ちていった。

 

/*/生け捕りの価値/*/

 

「鈍器で割れるのは分かった。だが、こいつら……」

 

 ペテルが舌打ちする。

 ダインは冷徹に断じた。

 

「知能は劣化し、自我すら残っておらん。ただの魔物である」

 

 けれどニニャは砕けた残骸を見つめ、目を伏せる。

 

「……それでも。一体でも生け捕りにできれば、研究資料になるかもしれません。人が、どうしてあんな姿に変わってしまったのか……調べる価値があります」

 

「どうやって捕まえる」

 

 視線が集まる中、ニニャは息を整え、両手を胸の前で組んだ。

 

「……私がやります。〈全種族魅了(チャーム・スピーシーズ)〉」

 

 青白い光が円となって広がり、結晶人の群れを包む。

 大半は抗い、なお突進してくる――だが、一体だけがぐらりと揺らぎ、動きを止めた。

 

「効いてるのは……一体か!」

 

「上出来だ!」

 

 ペテルとルクルットが壁となり、姫が衝撃波で押し返す。

 粉々に砕け散る結晶の中で、ひとつだけ“残す”ことに成功した。

 

 魅了にかかった結晶人は、赤い瞳を鈍く揺らめかせながら、ふらりとニニャの傍に立つ。敵意は消え、ただ命令を待つ従者のようだった。

 

/*/退路の確認 ― 地上へ/*/

 

「この遺跡は転移禁止の術式が施されている」

 

 ダインが石壁をなぞり、術式の残滓を確かめる。

 

「つまり、外に出てから転移だな」

 

 ペテルがメイスを担ぎ直す。

 

「こいつを守りながら脱出するのは骨が折れるぞ」

 

 ルクルットが結晶人を睨む。

 アウレリア姫は、ひび割れた口元に人の面影を見て、静かに胸へ手を置いた。

 

「……かつて人であったなら。その痕跡を、未来に役立ててあげたいです」

 

「決まりだ。連れ帰る」

 

 ペテルが短く言い切る。

 

 崩れた石門を抜け、冷たい地上の空気を胸いっぱいに吸い込む。

 外の光が結晶の体表に淡く走ったが、ニニャの魔法がその存在を縛り止めていた。

 

/*/約束の報酬/*/

 

 地上には、クアゴアの長が待っていた。

 

「戻ったか、人間たち」

 

「約束どおり、結晶の怪物は排除した。お前たちの住処はこれで安全だ」

 

 ペテルが答えると、長は鼻を鳴らし、背後の若者たちに合図した。

 布に包まれた品々が運ばれてくる。剣、盾、装飾品、そして幾つかの魔導具。

 

「約束の報酬として受け取れ。我らには不要だ」

 

「……すげぇな」

 

 ルクルットが息を呑む。

 

「互いに敵意を持たぬこと。これを約したい」

 

「承知した」

 

 ダインが頷く。

 アウレリア姫は、長へ小さく礼をした。

 

「あなた方が静かに暮らせますように」

 

「恩、忘れぬ」

 

 クアゴアの長が深く頭を垂れた。

 

/*/エ・ランテル ― 冒険者組合へ/*/

 

「転移の準備は整った」

 

 ニニャが杖を掲げる。

 光の魔法陣が足元に広がり、次の瞬間、白光が一行を包んだ。

 

 白光が収まった時、彼らはエ・ランテルの冒険者組合の転移陣の上に立っていた。

 周囲がどよめく。異質な存在――結晶人が、そこにいるからだ。

 

「待ってください! この個体は魅了魔法で制御下にあります!」

 

 ニニャが両手を広げると、組合長アインザックが姿を現した。

 

「……なるほど、噂通り無茶をして帰ってきたな」

 

 アインザックは結晶人を観察し、腕を組んで考え込む。

 

「危険だが、価値はある。研究者に引き渡すべきだろう。魔導国は“未知を既知とする者”に報酬を惜しまぬ」

 

 ほどなく研究班が到着し、魔法障壁の中へ結晶人が収められていく。

 ニニャはその光景を見て、ようやく小さく息を吐いた。

 

「……ただ斬って砕くだけじゃなくなる。もし、この異形が“人に戻れる道”があるのなら」

 

 アウレリア姫が静かに頷く。

 

「未来へつながる一歩ですわね」

 

 その夜。報告を終えた彼らは酒場へ戻り、ようやく緊張を解いた。

 ――だが、持ち帰った“動く結晶人”がもたらす波紋が、小さくないものになることを、まだ誰も知らなかった。

 





報酬を細かく描写するのを忘れてた!

次回!
第121話:竜王国

なんかもうネタバレしてそうw
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