オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第121話:竜王国

/*/ 新装備のお披露目 /*/

 

 ジョンが工房から持ち出したのは、純白と金を基調にした装束一式だった。

 

「名付けて――神官装束《ヒーラーズ・ローブ》だ」

 

 上半身は白布に金糸の聖紋を縫い込んだ軽衣。腰には厚革のベルトが巻かれ、下半身はふわりと広がるスカート状。前面は膝下まで切り上げられ、動きやすさと軽やかさを兼ね備えている。

 足を包むのは黒革のサイハイブーツ。実用的でありながら、姫の気品を損なわぬ仕立てだった。

 

 頭部には「ヒーリングキャップ」。淡く光を宿す白い小冠で、治癒魔法の効力を底上げする力を秘めている。

 

 さらにジョンは長さ一メートル半ほどの武具を差し出した。

「こいつは聖杖だが、メイスとしても使えるように仕込んである」

 

 柄の上部には黄金の聖印が象られ、祈れば聖なる光を放ち、振るえば重い打撃を叩き込む。武器と聖具――その両方の役割を兼ねた特別な一振りだった。

 

 アウレリア姫はそれを抱きしめ、息を呑んだ。

「……とても、心強いです。これなら……」

 

「敵を打ち砕き、仲間を癒す。お前にしか担えねぇ役割があるってことだ」

 ジョンの言葉に、姫は小さく頷いた。

 

 ルクルットが感嘆の口笛を鳴らす。

「流石は師匠。聖女様の出来上がりだな」

 

「ち、違います! わ、私は……!」

 慌てて顔を赤らめる姫に、仲間たちの笑みが広がる。

 

 ペテルが肩を揺らして笑った。

「よかったな、姫さん。これで戦場でも守りは固いし、何より……目立つ」

 

「め、目立つ……?」

 アウレリア姫は裾を押さえて頬を染める。

「こ、こんなに脚が……!」

 

「やめてください!」

 真っ赤になって背を向ける姫を、漆黒の剣の仲間たちは温かく見守っていた。

 

 ――新たな装備と共に、次なる冒険への備えは整いつつあった。

 

/*/冒険者

 

 冒険者の需要は、国によって性格が大きく異なる。

 

 魔導国の首都エ・ランテルにおいては、冒険者の仕事は「未知を既知へと変える」ことに重点が置かれている。未発見の遺跡の調査、未確認生物の捕獲、未知の魔法現象の解明――。直接的な戦闘任務もあるが、それ以上に学術的価値や戦略的価値を持つ情報収集が主であり、冒険者は探索者や調査員としての役割を求められることが多い。

 

 一方、竜王国では事情がまったく異なっていた。

 未だにビーストマンの襲撃被害は深刻であり、国境地帯では村や街が幾度も荒らされている。そのため冒険者は純然たる「傭兵」としての価値が高く、討伐や護衛、戦線での即戦力としての依頼が圧倒的に多い。

 

 さらに近年、魔導国からの経済援助が竜王国に流れ込むようになったことで、冒険者に支払われる報酬も引き上げられていた。危険は大きいが、その分だけ稼げる――それが竜王国における冒険者稼業の実態である。

 

 つまりエ・ランテルでは「知を求める冒険」。

 竜王国では「生存を懸ける冒険」。

 

 アウレリア・オーリウクルスと〈漆黒の剣〉にとって、次の冒険の舞台がどちらになるかは、大きな意味を持つ選択となりつつあった。

 

 依頼掲示板の前で、しばし沈黙が落ちていた。

 エ・ランテルの冒険者たちに回ってくる仕事は、最近では未知の遺跡や魔導的な現象の調査がほとんどだ。危険ではあるが、即物的な戦果や民の救済とはやや遠い。

 

 そんな中、アウレリア姫が口を開いた。

「……私の祖国、竜王国はいまだに獣人たちの被害に苦しんでいます。村が襲われ、人々が怯えて暮らしている。……どうか、彼らを守るために力を貸してはいただけませんか」

 

 その声音は揺るぎなく、同時に切実だった。

 

 ルクルットが顎をかいて言う。

「なるほどな。竜王国じゃまだ魔獣退治の依頼が山ほどあるって話だし、報酬も悪くないそうだ」

 

 ペテルは腕を組み、仲間たちを見回した。

「エ・ランテルじゃ探索や調査の依頼がメインだが……竜王国なら、もっと実際に人を救える仕事がある。俺たちが行く意味は十分にあると思う」

 

 ダインは目を細め、静かに頷いた。

「ふむ。姫の願いもある。ならば進路を竜王国に定めるのも道理であろう」

 

 そして視線がジョンに集まった。

 師として、導くべき立場として。

 

 ジョンは短く息を吐き、口の端を上げた。

「いいじゃねぇか。竜王国行きだ。どうせ冒険者やるなら、人助けになる方が性に合う。……それに、姫さんの祖国なら、なおさらだな」

 

 アウレリア姫は胸に手を当て、深く頭を垂れた。

「ありがとうございます……! 必ず、皆さまのお力を無駄にはいたしません」

 

 こうして〈漆黒の剣〉は、次なる冒険の舞台を竜王国へと定めたのだった。

 

/*/竜王国

竜王国王都の冒険者組合。

 昼下がりの広間は、依頼掲示板を囲む冒険者たちで賑わっていた。

 

 〈漆黒の剣〉の五人もまた掲示板の前に立ち、紙束をめくる。

「獣人討伐に村落の護衛……。戦場そのものだな」

 ペテルが唸り、ルクルットが口笛を吹いた。

「報酬も高いな。魔導国の援助が回ってるってのは本当みたいだ」

 

 その時――。

「……アウレリア姫?」

 

 低く鋭い声が背後から落ちた。

 振り返ると、鮮やかな真紅の外套を翻す剣士が立っていた。

 

 漆黒の髪に血を思わせる赤のマント。腰には大剣を佩き、その存在感だけで周囲を圧倒する。

 竜王国の最強ワーカーの一人――〈真紅〉のオプティクス。

 

「……まさか、本物か。アウレリア・オーリウクルス姫」

 剣士の瞳が鋭く細められる。

 

 その名を呼ばれた瞬間、周囲の冒険者たちがざわめき立った。

「姫だと?」「竜王国に戻っていたのか?」「いや、亡命されたと聞いていたはず……!」

 

 アウレリア姫は息を呑み、言葉を探す。

 だが、オプティクスの声はさらに大きく広間に響いた。

「ここに立つのは紛れもなく、竜王国の王女殿下だ!」

 

 一瞬にして冒険者組合の空気が騒然となった。

 ニニャが小声で囁く。

「……これでは隠し通せませんね」

 

 組合長は慌てて駆け寄り、額を床に擦り付ける勢いで頭を下げた。

「姫様! 直ちに王宮へ――すでに使者を走らせました!」

 

 ほどなく王宮からの迎えが到着し、漆黒の剣の一行は視線の渦に見送られながら馬車に乗せられた。

 

 そして、竜王国王宮。

 豪奢な玉座の間にて、彼らを待っていたのは竜王国の女王――ドラウディロン・オリウエール。

 アウレリアの実姉にして、この国を統べる女王である。

 

 玉座の間に踏み入った瞬間、アウレリア姫の足は自然と止まった。

 玉座に座るのは、黄金の髪を誇り気高く背を伸ばす竜王国の女王――ドラウディロン・オリウエール。

 

「……アウレリア」

 

 震えるように名を呼ぶ声。

 次の瞬間、女王は立ち上がり、階段を下りて妹を強く抱きしめた。

 

「お姉さま……!」

「よくぞ……よくぞ生きて帰ってきた!」

 

 玉座の間にいる廷臣たちはざわめきながらも、女王と妹の再会に静かに頭を垂れた。

 抱擁はしばし続き、やがてドラウディロンは名残惜しそうに腕を解いた。

 

「……本当ならば、もっと語り合いたい。だが状況が許さぬ」

 女王の表情はすぐに君主のものへと戻り、硬く引き締められる。

 

「ビーストマンの被害は以前より減少してはいる。だが――人間の流通が滞っているせいか、侵攻は苛烈さを増しているのだ」

 

 アウレリア姫が息を呑む。

 女王は続けた。

 

「正面の戦線はウルフ竜騎兵団が抑え込んでくれている。さらに魔導国から派遣されたアンデッド兵が各地で戦ってくれてはいるが……」

 

 女王の目が苦渋を湛える。

「それでも、隙間を抜けて村を襲う小集団に手が回らぬ。家を焼かれ、家畜を奪われ、命を落とす者は後を絶たない」

 

 漆黒の剣の仲間たちは視線を交わした。

 ニニャが小声で呟く。

「……まるで小石を塞いでも砂が流れ込むような戦況ですね」

 

 ペテルが唸るように言う。

「要するに、俺たちの出番ってわけだな」

 

 アウレリア姫は胸に手を当て、真っ直ぐにお姉さまを見つめた。

「どうか……私にもお力を尽くさせてください」

 

 ドラウディロンは一瞬だけ妹を見つめ、そしてわずかに微笑む。

「……頼もしい言葉だ、アウレリア」

 

ドラウディロンは玉座の階段を上り直すと、背後の侍従に視線を送った。

 すぐに一枚の羊皮紙が差し出され、女王の手に渡る。

 

「……ちょうどよい。お前たちに任せたい依頼がある」

 その声に、漆黒の剣の面々は姿勢を正す。

 

「竜王国北方の村が、連日小規模な獣人の群れに襲われている。哨戒線を抜けた残党と思われるが、村人だけでは防ぎきれぬ。駐屯兵を送る余裕もない」

 

 女王は羊皮紙を差し出し、アウレリアの手に握らせた。

「冒険者として動くお前たちにこそ、ふさわしい任務だ。討伐し、村を守ってやってほしい」

 

 羊皮紙には依頼の詳細が記されていた。

 報酬額、発生地点の地図、そして敵の情報――狼型の獣人、推定二十余り。

 少数といえど、村人には脅威でしかない数だった。

 

 ペテルが腕を組んで頷く。

「二十かそこらなら、俺たちでちょうどいいな」

 

「だが油断は禁物である。獣人は群れで連携する狩人だ。罠や待ち伏せを仕掛けてくる可能性が高い」

 ダインが冷徹に補足する。

 

「……俺の弓なら、先に数を削れる」

 ルクルットは腰の矢筒を軽く叩いた。

 

 ニニャは羊皮紙を覗き込み、眉をひそめる。

「獣人の残党……。彼らが“ただの賊”であるなら話は簡単ですが……」

 

「それでも、村を守らねばならぬことに変わりはない」

 アウレリア姫はきっぱりと言った。

 

 その瞳を見て、ドラウディロンは小さく微笑む。

「……立派になったな、アウレリア。姉として、誇らしい」

 

 姉妹の言葉を胸に刻み、漆黒の剣は次の戦場へと心を定めるのだった。

 

竜王国北方の村

 

 竜王国の王都から馬車で二日、荒野を抜けた先に、その小さな村はあった。

 木柵に囲まれた家々は、ところどころ屋根が壊れ、修理の跡も痛々しい。外壁の近くには急ごしらえの塹壕が掘られ、村人たちが槍を手に警戒していた。

 

 その視線が、一行に注がれる。

 そして次の瞬間――。

 

「ひ、姫だ! アウレリア姫が……ご帰還なされたぞ!」

 

 誰かの叫びに村人たちがざわめいた。農夫も、子供も、疲れ切った顔に一斉に光が宿る。

 年老いた村長が杖を突いて駆け寄り、震える声で言葉を絞り出した。

 

「おお……姫様……! このような辺境まで……!」

 

 アウレリア・オーリウクルスは一歩進み、村人たちに微笑みかけた。

「私は冒険者の仲間として参りました。どうか“姫”ではなく、“アウレリア”と呼んでください。皆さんと共に、この村を守りたいのです」

 

 その真摯な言葉に、村人たちの目から涙が溢れた。

 

「なんと……ありがたき……!」

「姫様が自ら戦ってくださるなど……!」

 

 しかし、ペテルは低く声をかける。

「歓迎はありがてぇが、まずは状況を整理してくれ。獣人どもは、どの辺から襲ってきやがる?」

 

 村長は顔を引き締め、木柵の向こうを指差した。

「北の森からでございます。夜になると必ず火を放ち、家畜を奪いに来ます。村人だけでは追い払うのが精一杯で……」

 

 ダインは森を見やり、鼻を鳴らした。

「風の流れ……土の乱れ……ふむ、すでに近くで潜んでいる気配があるである」

 

 ルクルットは矢を一本抜き、弦に軽くあてがった。

「じゃあ、奴らは今夜も来るってわけか。俺たちが相手してやろうじゃねぇか」

 

 ニニャが控えめに補足する。

「結界や警報の術式を簡易的に張っておきます。夜襲にも備えられるはずです」

 

 村人たちはその言葉に安堵し、次々に祈るような眼差しを向ける。

 その中でアウレリア姫は胸に手を置き、静かに宣言した。

 

「必ず、この村を守ってみせます。どうか――ご安心を」

 

 夕暮れが迫る。空は赤く染まり、遠い森の影は不気味に揺らめいていた。

 夜の襲撃に備え、漆黒の剣と村人たちの準備が始まる。

 

/*/ 夜襲 ― 獣人襲来

 

 夜の森を裂くように、不気味な咆哮が響き渡った。

 それは獣の鳴き声ではなく、狩りを前に昂ぶる捕食者の雄叫びだった。

 

「……来やがったな」

 ペテルが低く呟き、腰から剣を抜き放つ。

 刃が月光を受けて煌めき、次の瞬間――刀身に赤々とした炎が走り、燃え盛った。

 

 ごう、と熱風が迸る。村人たちが思わず息を呑んだ。

 

 森の木陰から姿を現したのは、牙を剥き、松明を掲げた獣人の群れ。

 毛皮をまとい、鋭い爪を輝かせ、獲物を狩るような笑みを浮かべている。

 

「年寄りに用はねぇ! 高く売れる奴から捕まえろ!」

「女子供だ! 若いオスも悪くねぇ!」

「生け捕りだぁ! 人間狩りだ!」

 

 村人たちの顔に恐怖が走る。

 ――殺すためではない。捕らえるために来ているのだ。彼らにとって人間は“商品”であり“財貨”。

 

 だが、その視線がアウレリア姫に向けられた瞬間、群れ全体がざわめきに包まれた。

 

「おい……見ろよ……!」

「なんだあの女は……上物だ!」

「捕まえろ! 孕ませりゃ最高のご馳走になるぞ!!」

 

 下卑た笑いが村を覆い、村人たちは絶望の声を漏らす。

 

 その標的とされた姫は、一歩も退かなかった。

 聖杖を胸に構え、澄んだ声で祈りを紡ぐ。

 

「――〈聖なる障壁(サンクチュアリ・ウォール)〉!」

 

 光の壁が村を包み、先頭の獣人が激突して弾き飛ばされる。

 だが群れは怯まず、次々と襲いかかってきた。

 

「上物を汚すんじゃねぇよ!」

 ペテルが吠え、剣を振り下ろす。

 

 ――轟ッ!

 

 炎が弧を描き、迫る獣人をまとめて薙ぎ払った。焼け焦げた毛皮と悲鳴が夜気を裂く。

 燃え盛る剣を振るうたび、赤い軌跡が闇を切り裂き、戦場を焦熱の地獄へと変えていく。

 

「よっしゃあ! 俺の矢に貫かれて眠れ!」

 ルクルットの矢が暗闇を裂き、喉を正確に射抜いた。矢羽根に仕込んだ油が炎に触れ、さらに敵を焼いた。

 

「大地よ、敵を縛れ――〈蔦の枷(バインディング・ヴァインズ)〉!」

 ダインの魔法で蔦が伸び、数体の獣人の足を捕らえる。身動きできずにのたうち回る獣人を、ペテルの炎剣が一閃して焼き払った。

 

「燃え尽きろ――〈火球(ファイアボール)〉!」

 ニニャの火炎が炸裂し、爆風が獣人を吹き飛ばす。石壁が震え、夜空に火の粉が舞い上がった。

 

 村を背に立つアウレリア姫は震える村人たちに呼びかけた。

「恐れないでください! 私たちがいます――必ず、あなたたちを守ります!」

 

 その声に勇気を得て、村の若者たちも槍を握り直す。

 炎と光、矢と大地の力が交錯し、夜の村を照らした。

 

 そして、闇の奥から一際大きな影が現れる――。

 獣人の中でも特に巨大で、鋼鉄をも裂く鉤爪を持つ“獣将”。

 

 全身は黒鉄色の毛皮に覆われ、片腕には人間の鎧を無理やり嵌めたような装甲を纏っている。

 群れの獣人たちが一斉に道を開け、その巨体を讃えるように吠え立てた。

 

「ほぉ……面白ぇ。人間にしてはやるじゃねぇか」

 獣将が嗤い、爛々と輝く瞳でアウレリア姫を見据える。

「だが、そいつは俺の獲物だ。誰にも渡さん!」

 

 その声は、まるで戦場全体を圧するかのようだった。

 

「姫さん、下がってろ!」

 ペテルが一歩踏み出す。燃え盛る剣が唸りを上げ、熱がさらに強まった。

 

「……っ! 私も戦います!」

 アウレリア姫は聖杖を握り、きらめく光をその身に纏う。

 

 夜戦は、さらに苛烈さを増していった――。

 

/*/ 炎剣と鉤爪 ― 獣将との激突

 

 村を覆う炎と光、その中心で激突する二つの影。

 

 ペテルの炎剣が唸りを上げ、獣将の鉤爪と火花を散らす。

 剣と爪がぶつかるたび、轟音が村の広場を震わせ、地面にはひび割れが走る。

 

「はぁぁっ!」

 渾身の突き。炎を纏った刃が獣将の胸を狙う。

 だが獣将は片腕で払い落とし、そのまま反撃の蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐぉっ!」

 ペテルの身体が吹き飛び、石垣に叩きつけられる。炎剣が手を離れ、土に突き刺さった。

 

「ペテル!」

 ルクルットが叫び、矢を連射する。暗闇を裂く鋭い矢が、獣将の体を次々と射抜いた。

 だが獣将は構わず前進し、矢を肉ごと引き抜きながら嗤う。

 

「小蝿のようにうるせぇ……!」

 巨大な爪が横薙ぎに振るわれ、ルクルットが後退しながら必死にかわす。

 

「――〈蔦の枷(バインディング・ヴァインズ)〉!」

 ダインの呪文に応じ、大地から蔦が噴き出した。獣将の両足を絡め取り、動きを封じる。

 

「今だ! 仕留めろ!」

「燃え尽きろ! 〈火球(ファイアボール)〉!」

 ニニャの魔法が炸裂し、炎が獣将を包み込む。爆風に村の家々の窓が震え、空気が焦げた。

 

 だが炎が晴れると――獣将はなお立っていた。毛皮は焦げ、皮膚はただれていたが、その目は狂気に輝いていた。

 

「ぬるい……! もっとだ! もっと楽しませろォ!!」

 獣将は咆哮と共に蔦を千切り、煙を突き破って突進する。

 

「――そこまでだ!」

 立ち上がったペテルが炎剣を引き抜き、獣将の進路を塞いだ。

 顔から血を流しながらも、その眼光は燃え盛る炎と同じように強靭だった。

 

「俺が……お前を止める!」

 

 剣を握り直した瞬間、アウレリア姫が祈りを高らかに響かせる。

「〈聖なる加護(ディヴァイン・ブレス)〉――どうか彼に力を!」

 

 光の柱がペテルを包み、炎剣の紅蓮が白光を帯びる。

 熱と光が合わさり、刃はまるで太陽の欠片のように輝いた。

 

「おおおぉぉッ!」

 ペテルが全身の力で剣を振り下ろす。

 獣将の鉤爪と激突し――凄絶な轟音が夜空を裂いた。

 

 炎と光が弾け、村全体を白々と照らす。

 

「ぐぉぉぉぉぉっ!」

 獣将が押し負けまいと叫び、筋肉が隆起する。

 剣と爪の力比べ。均衡は崩れず、互いの膂力と意志が火花を散らす。

 

「ペテル! 負けるな!」

「立て! 押し込め!」

 仲間たちの声援が響く。

 

 そして――ペテルは歯を食いしばり、己を奮い立たせた。

「俺たちは……誰一人……渡さねぇ!!!」

 

 炎剣がさらに燃え上がり、ついに鉤爪を弾き飛ばした。

 紅蓮の軌跡が宙を裂き、獣将の肩口から胴へと深々と叩き込まれる――!

 

/*/ 炎剣奥義 ― 火の串刺し

 

 炎剣の斬撃を浴びた獣将は、巨体をよろめかせながらもなお立ち上がった。

 肩口から胸にかけて深々と裂傷を負い、血を滴らせている。だがその瞳はまだ狂気に爛々と輝き、牙を剥き出しに吠えた。

 

「ぐははは……見事だ、人間! だが……まだ倒れんぞぉッ!」

 

 ふらつく足取りでありながら、獣将は再び鉤爪を構え、突進する。

 周囲の村人たちが悲鳴を上げ、仲間たちも身構える。

 

 だが、ペテルは静かに一歩前へ踏み出した。

 その瞳には恐れも迷いもなく、ただ燃え盛る炎のような決意が宿っていた。

 

「……これで終わりだ」

 

 低く構えた炎剣の刀身が、眩い紅蓮に包まれる。

 地を蹴った瞬間、炎が地表を裂き、赤い尾を引きながら突進した。

 

「必殺――〈火の串刺し(フレイム・インパール)〉!!」

 

 炎剣が槍のように一直線に伸び、低い姿勢から突き上げる鋭い突き。

 突進の勢いと渾身の力が合わさり、まるで火焔の槍が大地から噴き出すかのようだった。

 

「ぐぉおおおおっ!!?」

 獣将の胸を貫き、背へと突き抜ける炎の刃。

 紅蓮の光がその体内を焼き尽くし、巨大な影が仰け反った。

 

 次の瞬間――。

 炎が爆ぜるように獣将の全身を包み、咆哮もろとも夜空へと消え去った。

 

 ごう、と熱風が吹き荒れ、炎の残滓が火の粉となって舞い散る。

 ペテルは息を吐きながら剣を引き抜き、ゆっくりと構えを解いた。

 

「……終わった」

 

 その姿を、仲間も村人も呆然と見つめていた。

 炎の残光に照らされるペテルの背中は、まるで英雄そのものだった。

 

 アウレリア姫は胸に抱えた聖杖をぎゅっと握りしめ、祈るように小さく呟いた。

「……ありがとう、ペテル」

 

 夜襲は終わった。

 村を守り抜いた炎剣の勇者の名は、今宵確かに刻まれたのである。

 

/*/ 勝利の夜明け

 

 炎に包まれた獣将が灰となって崩れ落ちると、残っていた獣人たちは蜘蛛の子を散らすように森へ逃げ去った。

 静寂が戻る。夜風に揺れる草の音と、かすかな火の粉のぱちぱちとした音だけが響いていた。

 

「……勝った……のか?」

 誰かの掠れた声。

 

 次の瞬間、村人たちの間から歓声が湧き上がった。

 生き延びた安堵と、恐怖から解き放たれた喜びとが入り混じった涙声だった。

 

「守ってくれた! 本当に……守ってくれたんだ!」

「神さま……いや……姫さまのおかげだ!」

 

 人々はアウレリア姫へと駆け寄り、震える手で裾にすがった。

 幼子を抱いた母親が、涙をぼろぼろとこぼしながら頭を下げる。

 

「姫さま……ありがとうございます……! この子を、助けてくださって……!」

 

 アウレリア姫は膝を折り、その小さな頭に手を置いた。

 優しい微笑みを浮かべながら、澄んだ声で告げる。

 

「どうか顔を上げてください。私は……みなさまを守るためにここに来たのです。

 竜王国は、必ず立ち直ります。だから、恐れずに……共に生きていきましょう」

 

 その声は静かでありながら、不思議と胸の奥に火を灯すような力があった。

 村人たちは互いに抱き合い、涙を拭い、少しずつ笑顔を取り戻していく。

 

 仲間たちはその光景を見守りながら、それぞれに胸を熱くしていた。

 

「……やれやれ、聖女様だな、ほんとに」

 ルクルットがぼそりと呟くと、ニニャが小さく笑みを浮かべる。

 

「いいえ、彼女は聖女ではなく――竜王国の誇り高き姫君です」

 

 その言葉に、アウレリア姫は少しだけ顔を赤らめ、視線を伏せた。

 

 やがて、夜空の東の端が白み始める。

 長い夜が明け、村は確かに守られた。

 だが、これは始まりに過ぎない。――竜王国を脅かす獣人との戦いは、まだ続いていくのだ。

 

/*/ 村の休息と“聖女伝説”

 

 夜明けの光が差し込み、村にはようやく安堵の空気が戻っていた。

 倒された獣人たちの骸は片隅に集められ、村の若者たちが手際よく片づけを進める。

 その一方で、戦い抜いた冒険者たちは焚き火を囲み、ひとときの休息を得ていた。

 

 だが、村人たちの視線はひとりに集中していた。

 

「……姫様が、またお救いくださった……」

「魔導国に贄として身を捧げ、飢えから私らを救ってくださった姫様が……!」

「今度は冒険者を率い、自ら剣と祈りで我らを護ってくださった!」

 

 感極まった老人が、杖をつきながら膝を折る。

 それに続き、次々と人々が地に伏し、涙ながらに祈るように姫を仰ぎ見た。

 

「姫様は慈悲深き女神の現身じゃ……!」

「いや、再臨じゃ! 神の御使いが竜王国に舞い戻ってくださったのだ!」

 

 熱狂は留まることを知らなかった。

 子供を抱いた母親は「この子に姫様の名を授けたい」と口にし、若者たちは「我らも剣を取り姫様に従おう」と声を上げる。

 

 アウレリア姫は困惑したように目を瞬かせ、頬をほんのりと赤らめた。

「そ、そんな……私はただ……皆さまと共に、この国を守りたいと願っただけです」

 

 だが、その謙虚な言葉すら、人々にとっては神託のごとき響きを帯びていた。

 「共に生きよ」という慈悲深き女神の言葉――そう信じて疑わぬ眼差しが姫を取り囲む。

 

 仲間たちは、そんな光景を少し離れたところから眺めていた。

 

「……完全に聖女様扱いだな」

 ペテルが肩をすくめ、炎を纏う剣を膝に立てかける。

 

「姫さん自身は否定してるけどな。こうなっちまうと……もう止まらねぇ」

 ルクルットがにやりと笑う。

 

 ダインは小さくため息をつきつつも、口調はどこか柔らかかった。

「だが、それで民草の心が救われるのならば……悪いことでもあるまい」

 

 ニニャは静かに頷いた。

「姫は確かに象徴になり得る方です。戦火の中で、人々を導く光として」

 

 アウレリア姫は焚き火のそばで小さく肩を縮めながらも、それでも村人たちひとりひとりに言葉をかけ、励まし、抱きしめていた。

 ――竜王国の民にとって、その姿は確かに“聖女”の再臨に映っていた。

 

 





もう開き直って、わかんないところはオリジナルだぜ。

次回!
第122話:聖女伝説!

セント・プリンセスってルビ振ろうと思ったけど、思いとどまった。

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