オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

131 / 206
良い子のみんなにぶーくがプレゼントじゃよ~
明日も投稿するよ~3日連続投稿!





第122話:聖女伝説

/*/ 伝わる報せ

 

 戦いの翌朝、村長は震える手で羊皮紙に筆を走らせていた。

 ――竜王国に姫が帰還され、村を救った。

 その事実を一刻も早く女王へ伝えるため、最も足の速い若者に託す。

 

「必ず……必ずお姉さまに伝えてくれ」

 アウレリア姫のその言葉を背に、若者は馬を駆け、北の村を後にした。

 

 やがて数日ののち、王都ドラウディロンへその報せが届く。

 

 宮廷に駆け込んだ使者の口から飛び出した言葉に、重臣たちは耳を疑った。

「……アウレリア姫が、自ら村を救ったと……?」

「信じがたい……だが、この報告が真ならば……!」

 

 女王ドラウディロンの紅の瞳が揺れる。

 妹の勇姿を誇らしく思うと同時に、胸の奥には別の感情も渦巻いていた。

 

 ――あの子は、再び人々の象徴となってしまうのか。

 

 王都に広まった報せは、瞬く間に国中へ駆け抜ける。

 「聖女アウレリア再臨」の噂は火のごとく燃え広がり、街角でも市場でも人々の話題はそれ一色になった。

 

「贄となられた姫様が、民を護るために戻られたのだ」

「神が竜王国を見捨てておらぬ証だ!」

「聖女様に従えば、必ずこの国は救われる!」

 

 信仰にも似た熱狂が広がり、王都の教会では姫の名を冠した祈祷が行われる始末だった。

 

 一方、漆黒の剣とアウレリア姫は、まだ辺境の村で短い休息を取っていた。

 彼らの知らぬところで、すでに"聖女伝説"は王都を揺るがすほどの力を持ち始めていたのだった。

 

/*/ 王都からの迎え

 

 穏やかな朝の空気を破るように、村外れで馬の蹄の音が高らかに響いた。

 砂煙を上げて現れたのは、竜王国の王都から遣わされた騎士たち。銀鱗を模した紋章を胸に掲げ、統制された動きで村に入り込む。

 

「――アウレリア殿下!」

 先頭の騎士が馬を下り、片膝をついて頭を垂れる。

「女王陛下よりの命にて参上いたしました。殿下のご帰還を仰せつかっております」

 

 村人たちは一斉にざわめいた。

 ただの冒険者の一行にすぎなかった彼らのもとに、王都直々の使者が現れたのだ。

 

 アウレリア姫は一瞬ためらったように聖杖を握りしめたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべる。

「……お姉さまが、私を?」

 

「はっ。殿下のご武勇とご活躍は、すでに王都に伝わっております。女王陛下は直ちにお戻りをと――」

 

 その言葉に、ペテルが苦笑を浮かべる。

「……派手にやっちまったからな。隠し通すってのはもう無理らしい」

 

 ルクルットは肩をすくめて矢筒を叩いた。

「こりゃ俺らも王宮に呼ばれそうだな。……場違いすぎて背中がむず痒くなりそうだぜ」

 

 ニニャは少し緊張した面持ちで眼鏡を押し上げる。

「竜王国の王宮……学術的には大いに興味がありますが……あの豪奢な場に立つのは気が重いですね」

 

 ダインは腕を組み、落ち着いた声で言い切った。

「我らは姫殿下の仲間である。それ以上でも以下でもない。堂々としていればよいであろう」

 

 アウレリア姫は仲間たちを振り返り、胸に手を当てて深く息を吸う。

「……では、参りましょう。お姉さまにお会いするために」

 

 その瞳は、不安よりも決意を宿していた。

 

 こうして、漆黒の剣とアウレリア姫は、王都への道を進むこととなる。

 竜王国の心臓部――女王ドラウディロンの待つ宮廷へと。

 

/*/ 竜王国 王都到着

 

 竜王国の王都は、城壁の外からすでにその威容を放っていた。

 堅牢な石造りの城壁には竜の意匠が刻まれ、塔の頂には金の竜旗がはためいている。街道を行き交う人々の目は、都へ入ろうとする一行に自然と注がれていた。

 

「……すげぇな。これが竜王国の都かよ」

 ルクルットが目を丸くして口笛を鳴らす。

 

「防壁の厚さ、塔の数……実に合理的であるな」

 ダインは冷静に城壁を観察し、独りごちる。

 

「王都の蔵書は有名ですから……」

 ニニャは学者めいた輝きを目に宿した。

「機会があればぜひ、立ち寄りたいですね」

 

 先導していた竜王国の騎士たちが、城門前で手を上げる。

「――ここより先は、王都でございます。姫殿下、どうぞ」

 

 人々のざわめきが広がった。

 伝え聞く"聖女姫"が、ついに王都へ戻ったと。

 群衆の中からは、感嘆と敬意の入り混じった声が次々に漏れる。

 

「本当に……殿下なのか」

「噂以上に……お美しい」

「女神様の再臨だ……!」

 

 アウレリア姫は顔を赤らめつつ、深くフードをかぶり直した。

「……皆が、私をそう呼ぶのですね」

 

「当然だろうさ」

 ペテルが笑い、炎を宿す剣の柄に手を置く。

「食料を民に届け、自分の身を犠牲にした姫様が、今度は剣を取って民を守ってんだ。神話の一ページみてぇな話だ」

 

 アウレリア姫は小さく息をつき、仲間たちを振り返る。

「……でも、私はただの冒険者です。漆黒の剣の一員として、皆さんと共に戦う者です」

 

 その言葉に、村で見送った人々の顔がふと脳裏に浮かんだ。

 恐怖に震えていた彼らが、勇気を取り戻した瞬間――。

 

 城門が大きく開き、王都の石畳が広がる。

 いよいよ、女王ドラウディロンの待つ宮廷へ。

 

/*/ 竜王国 王宮 謁見の間

 

 竜王国王都――その中心にそびえる白亜の王宮。

 荘厳な謁見の間に、女王ドラウディロンが玉座に座す。

 扉が開き、漆黒の剣の仲間たちと共に、アウレリア姫が進み出た。

 

「――アウレリア!」

 玉座にあった女王は思わず立ち上がり、人々の前も憚らず駆け寄る。

 妹の姿を目にした瞬間、女王としての威厳よりも一人の姉としての想いが勝ってしまったのだ。

 

「お姉さま……!」

 二人は抱き合い、長い再会の時を確かめ合う。

 臣下たちもその姿に息を呑み、謁見の間は温かな空気に包まれた。

 

「よくぞ……よくぞ戻ってきてくれた」

 ドラウディロンは震える声で言う。

「北の村を救ったと聞いたぞ。民はお前を"女神の再臨"とまで呼んでいる……。私も、どれほど誇らしいか知れぬ」

 

「私は……お姉さまの国を守りたい一心で戦っただけです」

 アウレリアは控えめに微笑み、聖杖を胸に抱きしめる。

「けれど……私は魔導国に身を捧げた身。いずれは戻らねばなりません。それでも、この竜王国が苦しんでいるのを見過ごすことなど……できませんでした」

 

 女王は一瞬言葉を失い、そして妹の手を強く握った。

「……その覚悟、しかと受け取った。お前がどこに属していようとも、私にとっては妹であり、この国の民にとっては救いなのだ」

 

 彼女の視線が、漆黒の剣の仲間たちへと向く。

 戦士ペテル、レンジャーのルクルット、魔法使いニニャ、ドルイドのダイン――皆が静かに一礼する。

 

「そなたらが……我が妹を守り抜いてくれたのだな」

 ドラウディロンは玉座の主としてではなく、一人の姉として深く頭を下げる。

「竜王国女王として、そしてアウレリアの姉として、礼を言おう」

 

 謁見の間がざわめく。女王が冒険者に頭を垂れるなど、国の歴史でも前例がないことだった。

 

 その時、執政官が進み出る。

「陛下、報告にございます! 姫殿下の武勇と慈悲は王都にもすでに広まり、民の間では"聖女アウレリア"の名が語られております!」

 

 ざわめきが熱を帯び、謁見の間は沸き立った。

 アウレリアは赤面しつつも、静かに答える。

「……私は聖女などではありません。ただ、民を守るために剣を取り、祈りを捧げただけです」

 

 ドラウディロンはそんな妹を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「ならば――短い間でもよい。ここで共にいてくれ。竜王国のために、お前の力を貸してほしい」

 

「……はい。許される限りは」

 アウレリアは頷き、心の奥で決意を新たにした。

 

 ――いつか魔導国へ戻る時が来る。

 だがその時まで、この国と、この民を守り抜くのだと。

 

/*/ 謁見の間 ― 姉妹の再会

 

 玉座から駆け寄ってきた女王ドラウディロンは、年端も行かぬ少女の姿をしていた。

 白磁のような肌に、金細工を散らした薄衣のドレス。

 裾は軽やかに翻り、膝上まで露わな足が眩しいほどに輝いている。

 

「お姉さま……!」

 アウレリア姫が涙ぐみながら抱きつき、ドラウディロンも小さな両腕で妹を抱き締める。

 

 ――だが、その光景を目にした漆黒の剣の面々は、揃って困惑した。

 

(……え、どっちが姉だって?)

(どう見てもアウレリア様の方が年上にしか……)

(あの小さな娘さんが女王……?)

 

 ペテルが喉を鳴らし、ルクルットがひそひそと呟く。

「なぁ……"お姉さま"って呼んでるけどさ……」

「俺も耳を疑った。だって姫さんの方が年上に見えるだろ」

「……いや、もしかしたら竜王族の血筋ってやつで、見た目がそういう……」

「え、ええと……ドレスのせいで余計に……その……」

 

 目を逸らしながら口ごもるニニャ。

 さらにダインが眉間に皺を寄せて囁く。

「竜王族の寿命は人間とは比べ物にならん。つまり、外見は幼子でも、実年齢は……」

 

「千歳超えてたり?」

「……あり得るな」

 

 一同が「なるほど……」と頷いた瞬間、女王が振り返った。

「……なにやら楽しげに囁いているようだが?」

 無垢な少女の顔立ちでにこやかに問われ、漆黒の剣は一斉に背筋を伸ばす。

 

「い、いえっ! 女王陛下があまりにもお美しいので感嘆していただけで!」

「……ふふ」

 ドラウディロンは微笑み、再びアウレリアを抱き寄せた。

 

 ――やはりどう見ても年下の姉と、大人びた妹。

 その不思議な姉妹の絆を前に、漆黒の剣はただ苦笑するしかなかった。

 

/*/ 王宮作戦会 ― ビーストマンの目的

 

 王宮の謁見の間は、戦の気配を孕んでいた。

 壁に掛けられた地図の前で、竜王国の将軍たちが集まり、ドラウディロン女王の下で作戦会議が開かれている。

 

「――では、改めて問う」

 ペテルが手を挙げ、真正面から疑問を投げかけた。

「奴らは何故、人間を攫っていくんだ? 単に奴隷として働かせるためか?」

 

 その問いに答えたのは、年老いた参謀だった。

「確かに労働力としての利用もある。しかし、主目的は"食用"だ」

 

 場の空気が一瞬にして凍りつく。

 ルクルットが息を呑み、ニニャが目を見開いた。

 

「……食肉、ですか?」

 

 参謀は重々しく頷いた。

「人間は畜産動物に向かぬ。だが、ビーストマンたちの東方の国々ではすでに人間は絶滅に近く、希少な"食材"となっている。そこで我が国から攫い、東へと売り流すのだ」

 

「……!」

 アウレリア姫の表情が蒼白に変わる。

 

「奴らは牧畜を成す知恵を持たぬ。家畜を育てることが出来ぬゆえ、人間に世話をさせ、人間は自らの面倒を見れるから一次産業に従事させ、そして食う」

「……文化の違いと言えばそうだが、食われる側にとってはたまったものではないな」

 ダインが低く唸るように吐き捨てた。

 

 そして参謀の口から、更なる地獄のような実情が語られる。

「彼らにとって最高のご馳走は……妊婦の腹を裂き、取り出した胎児だそうだ」

 

 重苦しい沈黙。

 誰もが言葉を失い、ただ拳を握り締めるしかなかった。

 

「……人間牧場を造って自給自足しない限り、奴らは永遠に襲ってくる」

 将軍の一人が吐き捨てるように言った。

「文化的な変化が起きぬ限り、この生存競争は終わらぬ」

 

 沈黙を破ったのは、ドラウディロン女王の澄んだ声だった。

「ローブル聖王国のように、国境を巨大な壁で覆えば状況は大きく変わるだろう。だが、我が竜王国にそれを築くだけの余力はない」

 

 アウレリア姫は胸に手を当て、震える声で呟く。

「……民を守らねばなりません。どんな犠牲を払ってでも」

 

 その言葉に、会議の場にいた全員の視線が彼女に集まった。

 幼き外見の女王と、大人びた妹の姫。二人の決意が、この国の命運を左右しようとしていた。

 

/*/ 遠隔鏡の観測 ― ジョンとモモンガ

 

 漆黒の大広間。

 黒曜石の台座の上に据えられた〈遠隔鏡〉が淡い光を放ち、竜王国の王宮で行われている作戦会議の様子を映し出していた。

 

 その光景を眺めながら、ジョンが肩をすくめる。

「……ま、ビーストマンなんてのは全滅させるしかねぇよな」

 

 隣に立つ漆黒の鎧姿の支配者――アインズ・ウール・ゴウン、通称モモンガが、わずかに顎に手をやった。

「……可能ではある。だが、評議国や周辺諸国から非難の声が上がるでしょうね」

 

「まぁな。表向きは人類保護の名目で動いてるが、連中からすりゃ"魔導国が侵略戦争を始めた"って言われかねねぇ」

 ジョンが気だるげに答える。

 

 モモンガは映像に映る竜王国の女王――幼い外見のドラウディロンに視線を向け、ぼそりと呟いた。

「……それに比べ、ドラゴン種族は交渉の余地がある。あれらとは共存が可能そうだ」

 

「人間を家畜にして喰うビーストマンと違ってな」

 ジョンは口元を歪め、遠くで祈りを捧げるアウレリア姫の姿を見やる。

「非対称戦だ。正面はウルフ竜騎兵団が何とかしてるが、散発的な村襲撃までは完全に防げねぇ」

 

「だからこそ、こちらからデスナイトを派遣しているのだが……」

 モモンガは静かに首を振った。

「どうしても取りこぼしが出る。完璧な防衛は、戦力比的に不可能だ」

 

「結局、どっかで線引きするしかねぇわけだ」

 ジョンが遠隔鏡を覗き込みながらぼやく。

「なぁに、最悪は俺とモモンガさんで一掃してやりゃ済む話だ。ま、政治的な面倒さえなけりゃな」

 

 モモンガは沈黙し、骨の指先で椅子の肘掛けを叩いた。

 遠隔鏡の中では、アウレリア姫が民を守ると誓いを立てている。

 その光景に、一瞬だけ彼の赤い光の瞳が微かに揺らいだ。

 

/*/ 遠隔鏡の観測・続き

 

ジョンが足を投げ出し、口元を歪めた。

「……そういや聞いたぜ。昔、ビーストマンの都でソウルイーターが一体暴れただけで十万人が死んだってな。獣人どももその話を肝に刻んでるらしい」

 

「事実だ」

 モモンガは淡々と応じる。赤光を帯びた瞳が遠隔鏡の向こうを映す。

 

「なら簡単だろう。ソウルイーターを何体か送り込んで暴れさせりゃ、奴らの国の体なんざ一瞬で崩れる。国家としての機能を失えば、散発的な略奪しかできなくなる……そうなりゃ、後は根絶やしにすればいい」

 

ジョンは軽く笑い、机を指で叩く。

「効率的だろ?」

 

「……制御の問題はない」

 モモンガは低く言い切った。

「ソウルイーターは私の完全な支配下にある。意志ひとつで進軍も停止も可能だ。獣人だけを喰らわせ、人間や協力者に被害を出さぬよう導くこともできる」

 

ジョンの口元に皮肉めいた笑みが浮かんだ。

「つまり……やろうと思えば、獣人国家を丸ごと『餌場』にできるわけだ」

 

「理論上は、そうですね」

 モモンガは微動だにせず、静かに肯定する。

 

「だが、その場合――奴らは散発的な群れとなり、制御不能な野獣と化す。国としての交渉相手も失われ、ただの狩猟対象が辺境に溢れるだろう。それこそ根絶やしにせねば終わらぬ」

 

「……結局、全滅コースは避けられねぇってわけか」

 ジョンは鼻を鳴らし、椅子に深く腰を沈める。

 

モモンガはしばし遠隔鏡を見つめ、静かに呟いた。

「彼らが人間を"資源"としか見ない以上……共存は不可能でしょうね」

 

炎に照らされるアウレリア姫の姿が鏡に映し出され、民を守るその背が小さくも揺るぎなかった。

ジョンは肩を竦め、ぼそりと漏らす。

「ま、そいつは俺たちにとっちゃ都合がいい……"聖女伝説"はさらに広がるだろうさ」

 

/*/ 遠隔鏡・作戦案

 

ジョンが指を鳴らし、卓上の地図を指でなぞった。

「……いっそ獣人の国を"カッツェ平原化"しちまうってのはどう? アンデッドの発生地帯に変えちまえば、東の連中にとっちゃ立ち入り不能な緩衝地帯になる」

 

モモンガの赤光の瞳が微かに揺れる。

「……可能ですね」

 

「国境沿いの村をひとつ"素材"にすりゃいい。皆殺しにして、死体を核に増殖型のアンデッドをばら撒く」

ジョンは軽い口調のまま指先で円を描く。

「デスナイト、ソウルイーター、吸血鬼……そういう連中を撒いて"死の螺旋"を起こしながら獣人領に侵攻させる。後は自走する災厄になる」

 

「……リ・エスティーゼ王国北部での事例と同じ、か」

 モモンガは静かに肯定する。

「有効性は証明済みだ」

 

「東の国々も獣人を買い叩けなくなりゃ、人間の輸入路が閉ざされる。必然的に奴らの需要は高まり、政治的に魔導国に縋るしかなくなるだろう」

ジョンは口角を吊り上げた。

「国ひとつ犠牲にすりゃ、外交カードがいくらでも手に入るってわけだ」

 

モモンガは腕を組み、短く言い放つ。

「……ただし、"餌"をどう撒くかが問題だな。制御を誤れば、被害は獣人にとどまらない」

 

「ま、それはモモンガさんの支配力次第ってやつだろ?」

ジョンが肩をすくめる。

「ソウルイーターも完全制御下にあるなら、問題ねぇはずだ」

 

遠隔鏡の先、村を守って立つアウレリア姫の姿を見やりながら、モモンガは短く沈黙した。

 

「……さて。聖女伝説を広めるために利用するか、それとも緩衝地帯を築くか――決めねばならんな」

 

/*/ 王城聖堂 ― 夜の祈り

 

 夜の王城は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 深き闇を払うように、ただ聖堂だけが燭火に照らされ、荘厳な空気を宿している。

 

 その祭壇の前に、ひとり跪く影があった。

 純白の装束に身を包んだアウレリア姫である。

 

 彼女は両手を胸に組み、膝を折り、切実な声を静かに紡いでいた。

 

「どうか……この国を、この人々をお守りください。

 私はただ……彼らの安寧を願うだけです。

 どうか――神よ、御力を……」

 

 その瞬間、空気が重く変わった。

 

 燭火が揺れ、聖堂の石壁に伸びた影が波打つ。

 冷たい気配が、祈りを裂くように訪れる。

 

 ――どぉん。

 大地の奥底から心臓を叩くような音が響いた。

 

 アウレリア姫が驚き、顔を上げた瞬間、祭壇の上に"それ"は現れた。

 

 漆黒の外套をまとい、純白の小手をはめた異形の存在。

 その姿は蒼白の光を背に受け、まるで生と死の境界から滲み出たような威容だった。

 

 そして、声ではない"声"が聖堂全体を満たした。

 耳からではなく、魂そのものへ響く囁き。

 

「――最早、私には誰であろうと関係がない。

 人であろうと、獣であろうと、皆同じだ――」

 

「――我と共に往くか。彼らと共に死ぬか。

 人の子よ、我が元での生と死を望むか――」

 

 アウレリア姫は震える息を呑み、聖杖を抱きしめた。

 しかし、逃げず、問いかけに答える。

 

「……あなたは……」

 その瞳に映る存在を見つめ、言葉を絞り出す。

 

「――死の神……スルシャーナ……」

 

 その名を口にした瞬間、聖堂の天井を突き抜けて蒼白の光輪が広がった。

 王城全体がその光に照らされ、兵や侍女たちが慌てて駆けつける。

 

 そして目にしたのは――

 跪く姫と、その背後に立つ"死の神"の幻視。

 

 人々は膝を折り、震えながら叫んだ。

 

「姫様が……神を呼び下ろされた!」

「聖女様だ! 聖女様が死の神スルシャーナを……!」

 

 こうして、祈りと顕現は一つに結びつき――

 アウレリア姫の伝説は、王城を揺るがしながら新たに刻まれていった。

 

/*/ 王城聖堂 ― 死の神の宣告

 

 蒼白の光に包まれた聖堂に、凍りついたような静寂が訪れる。

 その中心で、死の神スルシャーナは純白の小手を掲げると、感情の欠片もない声を紡いだ。

 

「――我は、いずれの種も区別しない」

 

 低く、それでいて全域を震わせるような響き。

 王城の壁を越え、王都全域にまで届いたかのように、人々の心を射抜いた。

 

「――人も、獣も、皆ただの命に過ぎぬ。

 飢える獣が獲物を裂くように、飢えた人もまた獣を殺す。

 違いなど無い。血を流し、肉を喰らい、死に至る――ただそれだけ」

 

 その言葉は、王城に集まった者たちの魂を直に揺さぶった。

 人は恐怖に、獣は憤怒に。

 しかし、死の神の視線は揺らがない。

 

「――我が前に立つすべての命は、同じ天秤に置かれる。

 人の子よ、汝らが何を誇ろうと、獣が牙を鳴らそうと。

 我にとって差はない」

 

 蒼白の光が強く輝き、床に刻まれた巨大な魔法陣が展開する。

 文字とも記号ともつかぬ光の紋様が浮かび、絶えず姿を変えながら聖堂を覆った。

 

「――ゆえに裁く。

 獣が人を襲えば、同じ裁きを人にも与える。

 人が獣を喰らえば、その身もまた我が糧となる」

 

 アウレリア姫は蒼白な顔で、両手を胸に組み、声を震わせた。

 

「ま、待ってください……! どうか人々を……!」

 

 死の神は静かに姫を見下ろした。

 その視線に温情はなく、ただ冷徹な"自然"のような威厳があった。

 

「――姫よ。願うか」

「……はい」

「――ならば示せ。汝が命を燃やし、祈りを捧げる限り。

 人は獣と同じ末路を逃れ得るかもしれぬ。

 だが忘れるな――我が天秤は常に等しきものを計る」

 

 その宣告と共に、聖堂を包む光が夜空へと突き抜けた。

 王都中の民が、夢の中でさえ蒼白の光を見上げ、震える。

 

「――選べ、人の子よ。

 我と共に歩むか。彼らと共に死ぬか。

 静観は、無い」

 

 その瞬間から、死の神スルシャーナの裁きは人間と獣人を分け隔てず降り注ぐ――

 そう、人の子にとっても、試練の時代の到来を告げる鐘となったのだった。

 

/*/ 王城聖堂 ― 誓いと裁き

 

 蒼白の魔法陣に照らされた聖堂。

 死の神スルシャーナの声が空気を震わせ、人と獣を分け隔てぬ裁きを告げた瞬間――

 

「……っ!」

 

 アウレリア姫は震える膝を必死に押さえつけ、祈る姿勢のまま涙をこぼした。

 その瞳には、恐怖ではなく、民を思う切実な願いが宿っていた。

 

「どうか……!」

 声が掠れる。

「どうか人々を――! 私に力があるのなら……! この身が尽きるまで、何度でも剣を取り、祈りを捧げましょう!

 人を護り抜くために……私は、戦います!」

 

 姫の叫びは、清らかに響いた。

 その涙と誓いに呼応するように、死の神を取り巻いていた魔法陣の輝きが一瞬、柔らかさを帯びる。

 

 冷徹な声が、わずかに揺らいだ。

 

「――誓ったな。姫よ」

「……はい……!」

「――ならば、汝ら人の子の命は、汝の祈りに委ねよう。

 だが忘れるな。我は等しく天秤を傾ける。

 汝が燃やす命火の分だけ、裁きは遅れるのみ……」

 

 スルシャーナが純白の小手を振り下ろした。

 

 次の瞬間――聖堂を満たす蒼白の光が、王都を越えて大地の果てまで駆け抜けた。

 その光はまるで大河の奔流のように北へ、東へと広がり、獣人たちの営む集落へと押し寄せていく。

 

「グォオオオ――ッ!!?」

「な、なんだ……ッ!? 体が、冷え……」

 

 ビーストマンの戦士が次々と膝を折り、目と口から蒼白の霧を吐き出して倒れていった。

 獣人の村では母が子を抱いたまま動きを止め、戦場においては咆哮をあげる兵が次々と崩れ落ちる。

 

 その死は炎でも剣でもなく、ただ"生命の灯"そのものを刈り取るものだった。

 

 王都の民はその光景を知らない。

 ただ、祈り続ける姫の姿を見て――彼らの命が救われたのだと信じ、涙を流すばかりだった。

 

「――汝の誓いに免じ、人の子への裁きは緩めた」

 死の神の声が、姫の耳にだけ届くように囁く。

「だが、獣どもは……相応の死を受ける」

 

 聖堂を包む光が静かに収束し、死の神の姿は巨大な白狼の頭上へと戻っていく。

 

「――誓いを違えぬ限り、我は見守ろう。人の子よ」

 

 アウレリア姫は涙を拭い、祈りの姿勢を崩さずに深く頭を垂れた。

 その心に、重く、しかし揺るぎない決意が刻まれる。

 

 こうして――

 人々は一時の救済を得、獣人の国には死の奔流が押し寄せることとなったのだった。

 

 

 





久しぶりの神様ロールにのりのりです。
バレようが何しようが圧倒的な力が説得力を持つのさ。


次回!
第123話:三度の黒い涙

またやるのか、お前ら。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。