オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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ゆく年くる年!
本年中は大変お世話になりました。
10年で完結できませんでしたが、今度ともよろしくお願いいたします。





第126話:死者の書

 

 

/*/魔導王国・王城・謁見の間 /*/

 

 

荘厳な玉座の前で、フールーダ・パラディンが震える手で受け取ったのは、漆黒の革表紙に銀の留め金が嵌め込まれた一冊の本だった。見ただけで常人なら理性を失うほどの禍々しさ。

 

だが、フールーダは違う。むしろ歓喜に満ちた叫びを上げていた。

 

「おおおおっ!! これが、これこそが――古の伝承にある『死者の書』ッ! まさか……まさかこの老骨が、今ここでその真実に触れられるとはッ!」

 

白髪を振り乱し、跪いて本を胸に抱きしめる。

涙を流すその姿に、玉座のアインズは片手を上げて制止した。

 

「……フールーダ。お前の歓喜は理解できる。だが――」

骸骨の口から響いたのは、氷のように冷静な声だった。

「その書を完全に理解すること。それこそがお前への修行だ」

 

「し、修行……と申されますと?」

 

「我が直々に教えることはない。書かれている“真実”を、お前が己の力で解読せよ」

フールーダは一瞬だけ絶句し、そして次の瞬間には狂喜乱舞した。

「な、なんと慈悲深き御裁断! 偉大なる御方より課された試練! ああ、この老骨、必ずや応えてみせましょう! 一字一句、血の一滴までもを捧げ、この“死者の書”を解き明かしてみせまするッ!」

 

アインズは玉座に身を預け、深々とため息をついた。

(……まあ、あれを渡したところで、俺が読んでもSAN値チェックが入るだけだしな。ここは“自発的に暴走してくれる人材”に任せた方が効率的だ)

その横でアルベドが微笑を浮かべる。

「……陛下。見事な采配にございます」

 

フールーダは既に玉座の間を転げ出そうとする勢いで、書を抱えて走り去ろうとしていた。

その背にアインズはぽつりと呟いた。

 

「……頼むから、読んで発狂してナザリックの廊下を駆け回る、なんて真似だけはしないでくれよ」

 

 

/*/ 魔導王国・フールーダ私室 /*/

 

 

机の上に置かれた『死者の書』。

表紙を開くと、そこには既知のいかなる文字体系にも属さぬ、禍々しい曲線と黒炎のような符号が走っていた。

フールーダは一字を視認した瞬間、頭蓋の内側に槌で打ち込まれるような激痛を感じた。

 

「ぐ……ぉおお……っ!!」

 

額を押さえ、吐き出したのは鮮血。しかし、その痛みにすら恍惚の笑みが浮かぶ。

「これだ……! 真理とは、常に苦痛と共にある! ああ、なんと甘美な……!」

次の行を読む。頭蓋が軋む。視界が暗転する。歯が砕け、耳から血が流れる。それでも――フールーダはやめなかった。

 

「もっとだ……もっと私に苦痛を……いや、叡智を与え給えッ!!」

 

『死者の書』から溢れる不浄の輝きが、彼の背後の壁に奇怪な影を浮かび上がらせる。その影はまるで触手のように蠢き、彼の肩や首を撫でていった。

 

「見える……見えるぞ! 死の神の御座す、真なる彼岸の景色が……!」

 

フールーダは血に染まった手で、夢中で羊皮紙に走り書きを始める。自らの身体を削りながらも、確かに「未知なる構文」の断片を人間の文字に置き換えていた。痛みは死の予兆。それを快楽と信じ、彼は更にページをめくった。

 

 

/*/ナザリック地下大墳墓・執務室 /*/

 

 

漆黒の玉座の間ではなく、普段の執務机。

モモンガは手元に届いた報告書を読み終え、無言のまま額を押さえた。

「……ジョンさん。フールーダがまた血を吐きながら喜んでいるそうです」

ジョンは片眉を上げ、手にしたカップを軽く揺らす。

 

「……血を吐きながら喜ぶ、ってどういうこと? もう言葉の並びがおかしいじゃないか」

「報告によると、『死者の書』を解読中に頭蓋が割れるような激痛に襲われ、それを“叡智を得た証”として歓喜している、と」

 

モモンガは椅子の背にのけぞり、深いため息をついた。

「……大丈夫なんですかね、あのじじい」

ジョンは肩を竦めて苦笑する。

「まあ……ああいう狂気じみた没頭の仕方は研究者気質の一つの到達点とも言えるけど……。普通は死ぬぞ」

 

モモンガは骨の指で机をコツコツ叩きながら、溜め息混じりに呟く。

 

「ユグドラシル時代のイベントアイテムにしても、『死者の書』はプレイヤーすらダメージ受ける危険な代物でしたからね……。まさか現地人に読ませることになるとは思わなかった」

 

ジョンは少し思案し、皮肉っぽく口元を歪める。

 

「でもほら、“死の神の試練”とか言って嬉々として耐えてるんだろ? なら本人にとっては至福なんじゃないか」

「……確かにそうですが……いや、本当に大丈夫なんだろうか……」

 

モモンガは再び報告書に視線を落としながら、骨の指でこめかみを押さえる。

 

「次の一節を読んだ瞬間、耳から血を流し、壁に浮かぶ影が触手のように蠢いた……とあります」

「いやいやいや! もう完全にアウトだろそれ!」

ジョンの突っ込みに、モモンガは骨の顎を押さえ、声にならない呻きを漏らした。

 

「……あのじじい、本当に持つのか……?」

 

 

/*/ 魔導王国・フールーダ私室 /*/ 

 

 

『死者の書』を抱えたフールーダの身体は痙攣し、口からは鮮血が垂れていた。

しかし、その瞳は爛々と輝き、血に濡れた指でなお羊皮紙に走り書きを続けている。

 

「……く、くははは! この痛み、この苦悶こそ真理への扉だ! もっとだ……もっと我に与え給えぇぇ!」

 

「はいはい、じじいストップ。お前それ本気で死ぬぞ」

低い声が割って入る。扉を押し開けて現れたのは、黒衣を翻したジョンだった。ルプスレギナも後に続き、素早くフールーダの背後に手をかざす。「〈ヒール〉! 〈メンタル・リストア〉!」白光と共に老人の砕けた歯や裂けた血管が修復され、濁った思考が一時的に澄んでいく。

 

「ぐ……む、むう……? 私は……」

 

ジョンは机に置かれた『死者の書』をちらりと見やり、淡々と告げた。

 

「俺たちの仲間に“魔導書そのものに魂を持った精霊”がいた。――フールーダ、お前も真似をしてみろ。その書を精霊化して読ませれば、お前自身が血反吐を吐かずとも、安全に内容を解読できるかもしれん」

 

フールーダは一瞬、呆然とした。だが次の瞬間、震えるほどの歓喜が爆発する。

 

「せ、精霊化……! なるほど! なるほどォ! それならば書が自ら構文を解読し、私は結果を享受するだけで済む……!」

 

ルプスレギナが呆れ顔で肩を竦める。

 

「まったく、喜んでるところ悪いっすけど……そのまま続けたら絶対死んでたっすよ」

 

ジョンは腕を組み、無感動に付け足す。

 

「死んでたら神の実験台にもなれないだろ。せいぜい工夫して長生きしてくれ。……まあ、死んでもモモンガさんが面白がってくれるかもしれんが」

 

フールーダは血に染まった口元を拭い、震える声で叫んだ。

 

「お二人の御助言……まさしく死の神の御声! この命尽きるまで、いや、尽きてもなお、私はこの叡智に奉仕いたしますぞ!」

 

ルプスレギナは深い溜息をつきながら、もう一度〈大回復〉を重ねてやるのだった。

 

 

/*/魔導王国・実験室

 

 

重苦しい沈黙の中、フールーダは『死者の書』を祭壇に据えた。

周囲には結界魔法が幾重にも張り巡らされ、立ち会うのはジョンとルプスレギナのみ。

 

「……いきますぞ。

召喚術と禁呪の複合式――“死者の叡智”を、我が血を媒介にして顕現せしめる!」

 

フールーダは短剣で掌を裂き、黒く変色した血をページに垂らした。

その瞬間、室内の温度が一気に下がり、火の灯りが青黒く揺らめく。

 

『死者の書』が震え、表紙の革が波打ち始めた。

そこに刻まれた無数の禍々しい符号が、まるで心臓の鼓動のように明滅する。

 

「き、来た……来たぞぉ……!」

フールーダの歓喜の叫びに合わせ、ページが勝手にめくられ、異様な光が溢れ出す。

 

やがて本の中央から黒い靄のようなものが這い出し、それは形を変えながら人影を模した。

少女の輪郭。

白く透き通る肌。

黒曜石のように光を吸う髪。

そして何より、目に映るだけで正気を侵す深淵の輝きを宿した瞳。

 

十二歳前後に見える幼い少女がそこに立っていた。

黒と銀の装飾を纏い、背中からは紙片のような影が舞い散る。

 

「……我が名は――エル=ネクロシア。

頁の底に眠り、死者の囁きを綴る精霊」

 

その声は囁くようでありながら、部屋全体に直接響き渡るような圧を持っていた。

 

フールーダは恍惚と涙を流す。

「成功だ……! 『死者の書』が、己の声を持った! これで……! これで私は無限の叡智に至れる!」

 

だが次の瞬間、ネクロシアの瞳が細まり、白い手をすっとフールーダに向けた。

そこから伸びたのは、黒い紙片のような触手。彼の頭部を掴もうとする。

 

「おっと危ない」

ルプスレギナが即座に〈サンクチュアリ〉を展開し、紙片の触手を弾いた。

 

ネクロシアは首を傾げ、無感情な声で告げる。

「……制御者を試す。――お前に“読む資格”はあるのか?」

 

ジョンは目を細め、口角をわずかに歪める。

「なるほどな。本を精霊化するってのは、結局“こちらの覚悟”も試されるわけか」

 

フールーダは血と涙にまみれた顔で、狂気的な笑みを浮かべる。

「ならば良い……試せ……! 我が魂は既に死を超越しておる!

ネクロシアよ、我が命を以て証明してみせようぞ!」

 

祭壇の上、少女の姿をした精霊は一瞬だけ表情を変えた。

――無垢な子供のような、冷酷な神のような微笑みで。

 

「ならば――開け、“死の頁”を」

 

室内に満ちる圧は、更に深淵の闇へと沈み込んでいった。

 

 

/*/魔導王国・実験室

 

 

青黒い燐光が室内を満たし、結界が悲鳴を上げる。

フールーダの身体は血に塗れ、衣服は裂け、白髪は乱れていた。

しかしその両眼は爛々と輝き、なおも立っていた。

 

祭壇の上の少女――エル=ネクロシアは、静かに彼を見下ろす。

白い頬にかすかな笑みが浮かぶ。

 

「……合格。お前は“読む資格”を得た」

 

その声が響いた瞬間、室内を圧していた重苦しい圧力が霧散した。

燃え尽きた蝋燭がひとりでに灯り直し、空気が再び流れ込む。

 

フールーダは膝を突き、震える両手で顔を覆った。

そして次の瞬間、狂気的な歓喜を爆発させる。

 

「おおお……っ! 認められた! 我が叡智が、我が魂が……死者の書そのものに認められたのだッ! これぞ至福、これぞ至高の栄誉ッ!」

 

ルプスレギナは思わず額に手を当てる。

「……あんた、あと一歩で死んでたっすよ。よくもまあそんな元気に騒げるもんす」

 

ジョンは腕を組んだまま、淡々と呟く。

「……本気で“死んでもいい”って覚悟がなきゃ、あの試練は通らなかったんだろうな。

まあ、狂気じみてるが……結果的には成功だ」

 

ネクロシアは祭壇からふわりと降り立ち、無表情な幼子の顔でフールーダの前に立つ。

「これより、我はお前の影。――頁をめくるごとに、叡智を囁こう。だが忘れるな。真理に触れる代償は、常に血と魂だ」

 

「無論! 何を惜しむものか! この命、この身、この魂すら捧げよう!」

フールーダは涙と血にまみれながら、ネクロシアの小さな手を取ろうとした。

 

ジョンは小さく肩を竦め、ルプスレギナに目配せする。

「……ま、これで“安全に解読できる手段”は整ったってことだ。よかったな、じじい」

 

「はぁ……安全、っすか? どう見ても死ぬまで突っ走りそうなんですけど」

ルプスレギナは深くため息をつきつつ、〈大回復〉をもう一度フールーダにかけてやった。

 

祭壇の前、老人と幼い精霊が並び立つ光景は、奇怪にして荘厳だった。

 

 

/*/魔導王国・王城・謁見の間

 

 

再び玉座の間。

漆黒の玉座にアインズが座し、アルベドが傍らに控えていた。

 

そこへフールーダが血で染まった衣を引きずるようにして進み出る。

その背には、一冊の書から生まれた幼い少女――エル=ネクロシアが静かに従っていた。

 

「陛下ァァ……っ! やりましたぞ! ついに、“死者の書”を精霊化することに成功いたしました!」

 

フールーダは玉座の前で跪き、歓喜のあまり額を床に叩きつける。

アインズは片手で顎を支え、赤い光の瞳を細めた。

 

「……魔導書の精霊化? 成功……したのか?」

 

(おいおい……そんなシステム、ユグドラシルには無かったぞ。

……いや、こっちの世界の独自現象、ってやつか?)

 

アルベドはわずかに眉を上げ、ネクロシアを見やる。

幼い姿で無表情に立つ彼女は、しかしどこか底知れぬ冷気を放っていた。

 

「……陛下。これは確かに“自立した存在”として顕現しています。

ですが……制御を誤れば危険かと」

 

「ふむ……」

 

アインズは玉座から立ち上がり、ゆっくりとフールーダとネクロシアを見下ろす。

 

「……まあいい。フールーダ。お前がその存在を従えることができるならば、それも成果の一つだ。

ただし――決して、ナザリックに害を及ぼすな」

 

「ははぁぁぁっ! この老骨、魂を削ってでも御命に従いまする!」

 

フールーダの声が玉座の間に木霊する。

その横でネクロシアはただ一言、冷たく呟いた。

 

「……我は頁。主に従い、叡智を囁こう。だが真理の代償は……血」

 

アインズは心の中で「……やっぱりヤバい気がする」と強く思ったが、

表情には出さずにゆっくりと玉座へ腰を下ろした。

 

 

/*/ナザリック地下大墳墓・執務室

 

 

フールーダの退室後。

報告を受け終えたモモンガは椅子に深くもたれ、骨の指で額を押さえた。

 

「……大丈夫なんですかね、あのじじい」

 

机上にはネクロシアの顕現を記録した報告書が置かれている。

ページの端には、血に濡れたフールーダの筆跡がびっしり。

 

ジョンはそれをめくりながら、淡々と呟いた。

「まあ、狂気と天才は紙一重ってやつでしょうね。……でも、見方を変えれば大発見じゃないですか」

 

「……大発見?」

 

「ええ。魔導書そのものを精霊化して顕現させられるってことは――」

ジョンはわざとらしくページを閉じ、モモンガを見やった。

 

「“ぐりもあ”さんが残していった辞書やノートを探して、それを媒介に召喚したら……もしかしたら“ぐりもあ”さんを呼び戻せるかもしれない。

あの人、魔導書の精霊だったんですし」

 

モモンガの赤い瞳が、ふっと大きく瞬いた。

 

「……っ!」

 

一瞬、骨の手が震えたのを自覚し、慌てて机に置き直す。

 

(……そうか。ぐりもあさん……。

あの人の姿を、もう一度……?)

 

「もちろん、確証は無いですよ。あくまで可能性の話です。でも……“死者の書”ができるなら、辞書の精霊化だって理屈上はアリでしょう?」

 

ジョンの軽い言葉に、モモンガの胸に温かい感情が広がる。

それは不死の身体になってから久しく感じなかった種類の感情だった。

 

「……なるほどな。いや、確かに……。

――ありがとう、ジョンさん。少なくとも……“可能性がゼロではない”と分かっただけでも、少し救われた気がします」

 

モモンガは椅子に背を預け、静かに天を仰ぐ。

その胸の奥に、久しく忘れていた「仲間への再会の望み」が灯っていた。

 

 





おじいちゃん良い空気すってるんだけど、描写し辛い。
でも幸せなんですよ、本人は。

次回!
第127話:スーパー化

お正月三が日も毎日更新しちゃうぜ!
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