オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




第127話:スーパー化

/*/魔導王国・実験室

 

黒き魔導書の影から生まれ出でた少女――精霊エル=ネクロシア。

小悪魔的な笑みを浮かべ、金黒の二重螺旋の瞳をきらめかせながら、彼女はフールーダの手をぎゅっと握った。

 

「じいじ、もっと読もうよ! 次のページ、次のページ~!」

「おお……! そうだ、共に真理を紐解こうではないか、ネクロシア!」

 

フールーダは歓喜に震え、血に濡れた羊皮紙を抱きしめる。

しかし、その身体は痩せ細り、余命の短さが誰の目にも明らかだった。

 

背後で腕を組んで見ていたジョンが、ぼそりと呟く。

「……いや、もう死ぬだろ、このじじい」

 

「えへへー。でもじいじ、まだまだ元気だよ?」

ネクロシアは無邪気に首を傾げるが、その笑顔の裏で、彼女の存在自体がフールーダの精神と命を削り続けているのは明らかだった。

 

ジョンは面倒そうにため息をつき、懐から赤金色に輝く果実を取り出した。

「しゃーねぇな……ほら、“神々の青春のリンゴ”。食え」

 

「な、なにをっ!? そ、それは伝承にのみ語られる――」

 

「細かいことはいい。食わなきゃ死ぬだけだ」

 

ジョンは半ば強引にフールーダの口にリンゴを押し込み、嚥下させた。

瞬間――彼の老いさらばえた肌がたちまち張りを取り戻し、白髪は漆黒に染まり、背筋が伸びる。

フールーダの瞳が若々しい光を取り戻し、次の瞬間――

 

「ぉぉおおおおおおおッ!!」

 

天地を揺るがすほどの咆哮が、実験室を震わせた。

彼の肉体は壮年期の絶頂に戻り、その魔力もまた飛躍的に増大していた。

 

「……若返った、だと……! いや、それだけではない。

我が魂までもが、強化されている……!」

 

ネクロシアがくるくると彼の周りを舞い、黒羽ペンで空中に記号を描く。

「じいじ、もう大丈夫だよ! わたしが手伝うから、星のめぐりなんて関係なくなったの!」

 

「……ほう?」

フールーダは両手を広げ、己の魔力の流れを確かめた。

 

本来ならば年に一度、天体の配置が揃った時にしか行使できぬはずの延命魔法。

だが――ネクロシアが囁き、ペン先で空に「補助構文」を描き込むと、その禁呪は即座に発動した。

 

「〈魂鎖の輪廻延伸〉――!!」

 

黒い光輪が彼の身体を包み込み、寿命の鎖が強靭に伸びる。

余命は一瞬で数倍、いや数十倍にまで引き延ばされた。

 

「……ふ、ふはははははッ! ついに……ついに私は!

死を超越し、無限の探求の時を得たのだぁぁぁ!!」

 

ネクロシアはぱちぱちと小さな手を叩き、屈託のない笑みを浮かべた。

 

「やったね、じいじ! これでずっと一緒に遊べるよ!」

 

ジョンは後ろで頭を掻きながら、ぼそりと呟いた。

「……めんどくせぇのが、また一人完成しちまったな」

 

/*/バハルス帝国 帝都・謁見の間

 

玉座の間に満ちる静寂。

その中で進み出たのは――黒衣をまとった壮年の魔術師。

いや、ジルクニフの記憶の中の彼は、白髪の老爺であり、皺に覆われ、杖を支えに歩くほど衰え切っていたはずだ。

 

「……フールーダ……なのか」

 

その声にはかすかな震えがあった。

 

かつて帝国随一の大魔術師と讃えられた存在。

しかし老衰と限界を迎え、死の床にあると噂されていた人物。

だが今、玉座に膝を折るその姿は――若返り、精悍さすら漂わせ、瞳には狂気を宿した強烈な光を帯びていた。

 

「お久しゅうございます、陛下」

「……貴様、一体……その姿は……」

 

ジルクニフは視線を逸らせない。

見てはならぬものを見てしまったという本能的な恐怖。

フールーダの周囲に漂う魔力は、もはや人間の域を超えていた。

 

「我は、主アインズ・ウール・ゴウン陛下より叡智を賜りました。

死を越え、老いを越え……私は再び“始まり”を得たのです」

 

声が、玉座の間に響き渡る。

それは老人のかすれ声ではなく、若き覇者のような響き。

 

ジルクニフは心の奥底で呻いた。

(……死をも超越させる。老いをも否定する。

魔導王国は人間の常識すら根こそぎ覆してみせるというのか……!)

 

ふと、その隣から無邪気な声がした。

 

「はろー、じるくにふ!」

 

ちょこんと顔を出したのは――十二歳ほどの、小悪魔的な少女。

赤茶色の三つ編みが跳ね、ゴシックドレスの裾から古代文字がちらちらと浮かび消えている。

 

「わたし、ネクロシア! じいじと一緒に本を読むんだよ!」

 

ぱっと笑うその顔は可憐だ。

しかし――彼女の瞳を見た瞬間、ジルクニフの心臓は凍り付いた。

 

金と黒が渦巻く二重螺旋の瞳。

そこに宿っているのは、決して人の理性が触れてはならぬ“深淵”。

 

(……あれは……何だ? ただの精霊ではない……!

まるで……死そのものを擬人化したような……!)

 

無邪気な笑顔と、存在そのものが放つ狂気との落差に、ジルクニフの胃が捻じれるような不快感を覚えた。

 

「ネクロシア。挨拶を」

「はーい! じいじの主さまのご友人? ……でも、弱そうだね!」

 

ケラケラと笑う声。

その一言が、ジルクニフの背に冷たい汗を流させる。

(……子供の戯言……だというのか? いや……“あれ”は……)

 

フールーダは恍惚とした笑みを浮かべ、さらに続ける。

 

「陛下。私はもう迷いません。命ある限り――否、命の限りを超えて、魔導王国の叡智にすべてを捧げましょう」

 

その言葉は忠誠であると同時に、狂信の宣告でもあった。

 

ジルクニフは玉座の肘掛けをぎゅっと握りしめる。

顔には冷静を装った微笑みを浮かべた。

 

「……そうか。よくぞ戻ったな、フールーダ」

 

口調は穏やか。

だが、内心は絶望と恐怖に支配されていた。

 

(……帝国は、もう完全に呑み込まれている。

フールーダを、ここまで変貌させる力……。

アインズ・ウール・ゴウン――魔導王国。

これは……悪夢だ。抗うなど、もはや狂気だ……!)

 

謁見の間には沈黙が落ちた。

ジルクニフは笑顔を保ちながら、その裏で己の手が汗で濡れているのを感じていた。

 

/*/帝国魔法省

 

「……な、なんという魔力制御……っ!」

「これほど緻密な詠唱短縮が、たった一言で……」

 

魔法省の大講堂。

フールーダは若返った肉体で杖を掲げ、軽く呟くだけで複雑な術式を展開してみせる。

その動きは全て淀みなく、無駄なく、完璧。

 

見守る高位魔術師たちが息を呑む中、フールーダは軽く笑った。

 

「これが、叡智を受け継いだ我が姿よ。

若き弟子たちよ、恐れるな。老いも死も、努力と忠誠によって克服できると知るがよい」

 

その横で、ネクロシアがぱたぱたと走り回っては魔法陣の落書きを描き、勝手に〈召喚魔法〉を発動させる。

小動物の幻影や、低位の骸骨兵士があちこちに出現し、生徒たちは驚きと悲鳴を上げた。

 

「じいじ! ちゃんと見てた? また呼んじゃった!」

「ふふ、よくやったネクロシア。……さて、この現象の理屈は――」

 

無邪気な少女と、狂気の師。

その組み合わせは異様な光景でありながら、弟子たちにとっては畏怖と憧憬を混じらせた“新しい指導者像”として刻み込まれていくのだった。

 

/*/帝国魔法学院

 

若い生徒たちが整列する前で、フールーダは魔法式の改良案を次々と提示した。

「貴様の式はここを削れ。……そうだ、力の流れが二割は改善される」

「お前はここに符を重ねろ。……そうすれば、今より一段階上の魔法が扱える」

 

的確な助言に、生徒たちの顔は驚きと感嘆に変わる。

同時に――ネクロシアが落書きするように空中へ記号を描き、その文字が意味を持って煌めいた瞬間、不可思議な補助魔法が発動する。

 

「おぉ……視界が広がった……!」

「頭が、すっきりする……! これが……叡智の補助……」

 

生徒たちの中に、既に狂信の萌芽が生まれつつあった。

 

/*/帝国皇帝 ジルクニフ私室

 

視察を終えたフールーダとネクロシアは、魔導国に戻った。

残されたジルクニフは、椅子に崩れ落ちるように腰を下ろす。

 

「……はは……見事だ……」

 

その声は掠れて震えていた。

 

「死を超え、老いを超え、叡智を掌握する……か。

帝国随一の賢人が、あそこまで容易く己を捨て、魔導王に縋る姿を見せつけられて……なお、我らが抗えると思える者が、どこにいる……?」

 

冷たい汗が頬を伝う。

自分の手が震えているのを、止めることが出来ない。

 

「……いや……もはや抗うなど愚行。

だが、ただ跪くだけでは……私は……帝国は……ただの玩具になる……」

 

唇を噛み、血の味を覚える。

赤黒い憂鬱が心臓を締め上げる中、ジルクニフは低く呟いた。

 

「……魔導王よ。貴様の示す叡智の先に……果たして未来はあるのか。

いや……あると信じるしかないのか……!」

 

拳を握りしめ、必死に己を保とうとする。

だがその心の奥底では、もう一つの声が響いていた。

 

(――終わりだ。帝国の未来は……既に握り潰されたのだ)

 

/*/ナザリック地下大墳墓・執務室

 

ジョンは茶をすすりながら、報告書に目を走らせるモモンガにぼそりと呟いた。

 

「……いや、別に深い意味はなかったんだよ。

ちょっと預かってたじじいが元気になったんで、友達のジルクニフに顔見せしてやろうかなって思っただけで」

 

「……その“だけで”が帝国にとっては死刑宣告なんですがね」

モモンガはこめかみを押さえて嘆息した。

 

/*/帝国魔法学院・地下研究室

 

フールーダとネクロシアが去った後。

学院の若手魔術師たちは、まだ彼らの残した余韻に酔っていた。

 

「……見ただろう? あれが“叡智の体現”だ」

「本を……精霊に変えただと? あり得ん……だが、現に存在していた……!」

 

一人の青年が、震える手で自分の魔導書を抱きしめる。

「俺だって……俺だって出来るはずだ……! ネクロシアのように、本と一つになれば……!」

 

血走った眼で儀式陣を描き、己の血を垂らす。

「――来い! 叡智の化身よッ!」

 

黒い霧が書物から噴き出した。

だが次の瞬間、それは悲鳴のようなノイズを撒き散らしながら青年の頭を覆い尽くす。

 

「ぎゃあああああっ!!!」

 

霧は不定形の塊となり、青年の口から耳から、血と共に知覚不能な文字列を溢れさせる。

それは“精霊”などではなく、ただの暴走した呪詛だった。

 

慌てて駆け寄った教師が結界を張るが、青年は既に正気を失い、床を転げ回る。

「文字が……喰う……脳を……削って……ッ!」

 

最期には、自らの頭を壁に叩きつけ、事切れた。

残されたのは血に染まった魔導書――ページは黒焦げになり、二度と開くことはなかった。

 

/*/帝国皇帝・ジルクニフ私室

 

「……くっ」

報告を聞き終えたジルクニフは、震える拳で机を叩いた。

 

「フールーダとあの少女が残した影響が……ここまで深いとは……!」

 

彼は天を仰ぎ、苦悶に満ちた吐息を漏らす。

「魔導王国の狂気は……ただ力で押し付けられるのではない。

信仰のように……心の奥底から植え付けられてしまう……」

 

そして、独りごちた。

「ジョン……お前は“友人に元気な姿を見せたかっただけ”だと言ったのかもしれん。

だが――その何気ない一挙が、帝国にとっては終末の鐘なのだ……!」

 

 

/*/帝国魔法学院・講義室

 

床に残る血の匂いは、まだ鉄臭く鼻腔を刺していた。

倒れた若者の死体は布で覆われ、周囲の空気は沈鬱そのもの――だが、その静寂の底に潜むものは畏怖ではなく、燃え上がる欲望だった。

 

「……失敗だ。確かに、結果は惨憺たるものだ」

一人の老講師が呟く。だが、その眼は光を帯びていた。

 

「だが、見ただろう。あの小娘――ネクロシア。彼女は確かに存在していた。

紙と血と詠唱から、確かに“何か”が生まれたのだ」

 

別の中年教師が、声を震わせながら続ける。

「フールーダ殿は、我らの誰よりも深淵を覗き、狂気と親しみ、なお生き残った。

だが……方法は確かにある。彼ひとりに許されしものではない」

 

若い研究員が、血痕を凝視しながら唇を噛みしめる。

「成功例がある以上……我らは、研究せねばならぬ。

――そうでなければ、後世に“怯え続けた無能”と笑われるだけだ」

 

重苦しい空気の中、誰もが口をつぐむ。

しかし、その沈黙すらも「同意」の証であった。

 

やがて、最も老いた教授が杖を床に突き、低く囁いた。

「記録を残すな。今日のことは“失敗”として葬る。

だが……暗闇の奥で火を絶やすな。

――いつの日か、この帝国に“第二の精霊”を顕現させるのだ」

 

その言葉に、複数の瞳が異様な熱を帯びて輝いた。

血に染まった床は、彼らにとって「禁忌の祭壇」であり、同時に「新たな出発点」にすら見えていた。

 

 

/*/帝国宮廷・謁見の間

 

報告を聞いたジルクニフは、金髪を振り乱し、勢いよく玉座から立ち上がった。

黄金の瞳が憤怒に燃え、声はまるで雷鳴のごとく響き渡った。

 

「――愚か者どもがッ!!」

 

広間の空気が震える。

ひざまずいていた文官や魔法省の使者たちは、その気迫だけで血の気を失った。

 

「じい(フールーダ)ほどの力も、狂気も、代償を背負う覚悟も持たぬ者が! 真似事をすればどうなるか、分からぬはずがあるまいッ!」

 

彼は拳を振り上げ、硬く握り締めた指が白くなる。

「待つのは“叡智”ではなく“死”のみだ! 帝国に余計な墓を増やす気か!!」

 

沈黙の中、誰もが息を呑んでいる。

その沈黙を切り裂くように、ジルクニフは高らかに宣言した。

 

「――聞け! 最低でも第5位階魔法に手が届くまで、魔導書の精霊化研究は一切禁ず!

これは帝国皇帝の名による“勅命”であるッ!!」

 

謁見の間にいた魔法省の老若は、一斉に床へ額をこすりつけ、震えながらひれ伏した。

だがその背中からは、悔しさとも執念ともつかぬ熱が滲み出ていた。

 

ジルクニフはそれを感じ取り、苦々しく唇を噛む。

 

(……やめられるものか。あの光を一度見た者は、必ず再び手を伸ばす。

どれほど禁じても、闇に潜って芽吹くだろう……)

 

青年皇帝の胸中には、臣下への怒りだけでなく、未来を予見したがゆえの深い絶望が渦巻いていた。

 

 

/*/ジルクニフ私室

 

独り残った部屋で、ジルクニフは重く椅子へ腰を落とした。

玉座では決して見せぬ、疲れ果てた表情を浮かべながら、両手で顔を覆う。

 

「……これで、一時の狂気は収まろう。

だが――火は、決して消えてはいない」

 

かすかな吐息に混じって、苦笑とも諦観ともつかぬ声が漏れた。

 

窓の外に広がるのは、血のように赤い夕日。

帝都の尖塔を照らし、影を長く引き延ばしていた。

その光景を眺めながら、ジルクニフは低く呟く。

 

「フールーダと……あの小娘の精霊ネクロシアが残した影。

あれは帝国の土に深く染み込んだ。

毒か、養分か……いずれにせよ、芽吹きを止めることはできまい」

 

思考は、遠い未来へと及ぶ。

 

「……やがて芽吹くのは、我が孫の代か。それとも、もっと先か。

その時、帝国は再び“叡智と狂気の選択”を迫られることになるだろう……」

 

額から滑り落ちた汗が机に落ち、しずくの跡を残す。

ジルクニフは拳を握り締めた。

 

「願わくば……次の代がその選択を誤らぬことを。

だが、導ける者はいるのか? 帝国の未来を背負える者が……」

 

沈黙ののち、彼は自嘲めいた笑みを浮かべた。

「いや、結局は私もまた――魔導国の影に踊らされる一人に過ぎぬのだろうな」

 

その吐息は、帝都を包む黄昏の静寂に溶け、消えていった。

 

/*/帝都・路地裏の酒場

 

夜の酒場。油灯の明かりの下、酔客たちが口々に噂を語り合っていた。

 

「聞いたか? 魔導書の精霊と契約したフールーダ様は、若返ったって話だ」

「いや、若返ったどころか……もう老いすらしないらしい」

「不老不死ってやつか? ははっ……やっぱ魔導国は恐ろしいわ」

 

最初は笑い混じりの冗談。だが、次第に声色は熱を帯びていく。

 

「もし契約できたら……俺だって若い頃の強さを取り戻せるのか?」

「魔術師じゃなくても可能性はあるって話だ。俺の甥っ子なんざ、明日から学院の門叩くってよ」

「俺だって……せめて十年若けりゃ……!」

 

酒場の外。闇市では既に「魔導書の精霊を呼び出す儀式」と称する怪しげな秘術書や護符が売られ始めていた。

 

/*/帝国魔法学院

 

教師たちの間でも、噂は尾ひれをつけて囁かれる。

 

「……精霊との契約で不老になれる。あれはもう常識になりつつある」

「禁じられた研究だと分かっていても……若い連中が飛びつくのは時間の問題だろう」

「いや、もう始まっている。昨日、下級生が〈召喚陣〉を独自に描いていた」

 

彼らの声には畏怖と興奮、そして抑えきれぬ欲望が混ざっていた。

 

/*/帝都・街角

 

子供たちですら夢を語る。

 

「ねぇ、将来は魔導書の精霊と契約して、ずっとお母さんと一緒にいたい!」

「バカ、それより王様に仕えて一生遊んで暮らすんだ!」

 

笑いながら走り去る子供たち。だがその無邪気さこそ、帝都に広がる幻想の深さを物語っていた。

 

――やがてこの噂は、憧れと羨望と恐怖をないまぜにしながら、帝国全体を覆っていくことになる。

 

/*/帝国宮廷・執務室

 

報告を終えた文官たちが退出し、広い執務室に静寂が戻る。

机に両肘をつき、額を押さえたジルクニフは深い吐息を漏らした。

 

「……“天位”の狂信者どもに踊らされていた頃の方が、まだマシだったな」

 

皮肉めいた独白。

だがその声音には疲弊と苛立ちが滲んでいた。

 

「少なくとも、あれは外からの熱狂だった。制御も対処もできた……だが今のこれは違う。

帝都の隅々にまで“精霊との契約”という幻想が染み込んでしまった」

 

窓の外では、夕暮れの街並みに灯りが一つ、また一つと点り始めている。

だがその光の下では、商人が偽の護符を売り、学生が禁じられた召喚陣を描き、老人が「若返り」の夢を追って路銀をはたいていた。

 

「……誰もが望む不老不死、永遠の若さ。それをちらつかせる狂気ほど恐ろしいものはない」

 

ジルクニフは椅子に深く背を預け、視線を天井に向けた。

その表情は、かつて「鮮血帝」と呼ばれた男の鋭さを失わずとも――そこに宿るのは諦観の影だった。

 

「……魔導国よ。これもお前たちの狙いか……それとも、ただの副産物か」

 

その呟きは誰に届くでもなく、静かな執務室に吸い込まれていった。

 

/*/帝国宮廷・執務室

 

「……いや、副産物などで済むはずがないな」

ジルクニフは目を細め、机の上に置かれた酒杯を手に取った。

 

脳裏に浮かぶのは、若返り、瞳に狂気と輝きを宿していた“じい”フールーダの姿。

その隣で跳ねるように笑い、古代語めいた謎の落書きを空中に描き散らすネクロシア。

 

――あの二人の登場に、帝都の学者たちは熱狂し、学生たちは憧れを抱いた。

それが今、街の隅々にまで染み込み、噂と妄信を育てている。

 

ジルクニフは短く笑った。

「くっ……はは……あの老骨を、友と呼んでいた頃が懐かしいものだな」

 

笑いながらも、酒杯を持つ手は僅かに震えていた。

あれはただの老人でも、ただの精霊でもない。

一度その姿を見せられたが最後、理性ある人間ですら抗えずに“夢”を追ってしまう。

 

「……あれは兵でも宝でもない。災厄そのものだ」

 

杯を干し、重く息を吐く。

「結局……魔導国が何を為さずとも、我らは自ら狂気へ沈んでゆく。

ああ、本当に……“天位の熱狂”の方がまだマシだった」

 

窓の外では、帝都の灯りがさらに増え、夜の闇に浮かんでいた。

それはまるで、街そのものが見えざる焔に包まれて燃え上がっているかのようだった。

 

 





契約と言ったら、キスですよね!
キス!キスの天ぷら美味しい!

次回!
第128話:叡者の額冠!

まーた、馬鹿な事始めたよ
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