オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第133話:シャケシャケナゥ

 

 

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円卓の間。

煌びやかな照明の下で、ぐりもあは椅子に腰かけたまま、じっと扉を見据えていた。やがて扉が開き、ジョンが陽気な足取りで入ってくる。

 

「おーい、呼び出されたけど、なにか真面目な話かい?それともお茶会?」

 

「……どちらでもない。君に聞きたいことがある」

 

「ん?」

 

ぐりもあは深呼吸し、静かに告げた。

「――モモンガさんは、すごく苦労してたんだよ。図書館で見た。政治学の本、指導者の心得、帝王学、あらゆる“支配者のためのハウトゥー本”を借りてた。……それでもきっと足りないと思って、必死に勉強してたんだ」

 

ジョンは片眉を上げ、気まずそうに後頭部をかいた。

「……そうか」

 

「そこでだ。ジョンさん」

ぐりもあの瞳が鋭くなる。

「君は、この世界に来てから――いったいなにをしていたのかな?」

 

「えっと……」

ジョンは視線を逸らし、乾いた笑みを浮かべた。

「そりゃあ、NPCたちと仲良くしたり、狩りに出たり、美味い飯食ったり。ああ、ルプスレギナと大笑いしながら夜通し歌ったこともあったな。いやー、結構充実した異世界ライフで――」

 

「……正座」

 

「は?」

 

「正座だ。そこに座れ、駄犬」

 

「ちょっ!?なんで俺が――」

 

「理由は言わせるな。君が笑って過ごしていた間、モモンガさんは“ギルドの長”として必死に踏ん張ってたんだよ」

 

ぐりもあの声に籠る怒気に、ジョンは押し負けるように膝を折った。

「……はいはい、わかりましたよ……。駄犬、正座しましたっと」

 

その姿に、ぐりもあは腕を組んで見下ろす。

「……ジョンさん、君はモモンガさんに全部任せて、楽してきたんじゃないのか?」

 

「違う!」

珍しく、ジョンが即座に強い声を出した。

「違うんだよ、ぐりもあさん。俺は俺なりに考えたんだ。モモンガさんが“支配者”として一人で背負い込んで、息が詰まるくらいに辛そうにしてるのを見てさ……。だったら俺は、あえて楽しく生きて、見せてやろうって思ったんだ」

 

ぐりもあは目を細める。

「……楽しく生きる姿を、見せるために?」

 

「そうだよ!」

ジョンは拳を膝に打ち付けた。

「“支配者”だとか“至高”だとか、そんな肩書き抜きで――俺たちは、ここで笑って暮らしていいんだって。それを俺が証明すれば、モモンガさんだって肩の力を抜けるかもしれない。……そう思ったんだ」

 

一瞬、沈黙。

ぐりもあは長く息を吐き、やや柔らかい声で言った。

「……君なりに考えていたんだね。でもさ、それは“見せてるだけ”で、隣で支えてあげたことにはならないんじゃないかな?」

 

ジョンは悔しそうに唇を噛み、やがてうつむいた。

「……図星だな」

 

「だからね、これからは僕と一緒に、“モモンガさんを支える役”をちゃんとやってもらうよ。いいね?」

 

ジョンは正座のまま、少しばつが悪そうに笑った。

「……はいはい。俺は駄犬ですとも。でも、吠えるときは吠える。……それでいいだろ?」

 

ぐりもあは思わず吹き出しそうになり、肩を落とした。

「……まったく。ほんと、面倒くさい奴だね」

 

その瞬間、円卓の扉が開き、モモンガが入ってきた。

二人は反射的に姿勢を正し――ジョンはまだ正座のまま、気まずそうにモモンガを見上げるのだった。

 

円卓の間の重い扉がきしみを上げて開く。

漆黒のローブを纏ったモモンガが、静かに入室した。

 

「……お待たせしました。打ち合わせに少し時間を取られてしまい――」

 

言葉を切ったモモンガの視線が、ぴたりと止まる。

そこには、正座させられているジョンと、その横で腕を組んだままじろりと睨むぐりもあの姿。

 

「……何を、していたんですか?」

 

声に感情はないはずなのに、不思議と冷や汗をかきそうな威圧感が漂った。

 

ジョンは慌てて手を振り、必死にごまかす。

「あ、あーいや、その!これは、ストレッチだ!そう、円卓に長く座ると脚が固まるだろ?だから正座ストレッチを……」

 

「へぇ、そんな言い訳が出てくるとはね」

ぐりもあは小さく鼻を鳴らし、あきれ顔で肩をすくめた。

 

「……ストレッチで、正座?」

モモンガの赤い瞳がじっと光る。

「……ジョンさん、あなたは本当に時々、理解できないことをしますね」

 

「ち、違うんだモモンガさん!俺はね、モモンガさんを……」

ジョンが必死に言い訳を始めようとしたところで、ぐりもあがすかさず遮る。

 

「はいはい、もういいでしょ。彼の言い分は僕が聞いたから。モモンガさん、ジョンさんなりに君を支えていた……らしいよ」

 

「……らしい?」

モモンガは小首を傾げる。

 

ぐりもあは苦笑しながら視線をそらした。

「まあ、そこは本人の言葉で聞いてあげて。……ただし、私が横で監視してるからね」

 

ジョンは「ひどいなぁ」とぼやきながらも、観念したように深く頭を下げた。

「モモンガさん、これからは俺も、ちゃんと隣で支えるよ。だから……その、今までみたいに一人で背負い込むなよ」

 

一瞬の沈黙。

だがその言葉に、モモンガの瞳の奥で淡い光が揺らめいた。

 

「……ジョンさん。ぐりもあさん。ありがとう」

 

その声はわずかに震えていた――感情抑制を持つはずの彼が、感謝を隠せないほどに。

 

円卓の間の空気が、少し和らぐ。

だが次の瞬間、ぐりもあが軽く手を叩いて話題を切り替えた。

 

「さて、空気が和んだところで……今後の方針について、もう一度整理しようか」

 

ジョンは「助かった!」と心の中で叫びつつ、正座からそろそろと足を崩すのだった。

 

 

/*/ 円卓の間

 

 

三人はそれぞれの席に腰を下ろした。

 

「ちょっと遠いね」

「……41人分の円卓ですから」

「まあ、声も届くし姿も見える。問題はないだろう」

 

軽口を交わしたのも束の間、空気は再び張りつめる。

 

ぐりもあが指先で卓を軽く叩き、低く告げた。

「――さて。今の脅威は大きく三つ。ひとつは東方のミノタウロス王国。二つ目は姿をくらました《朽棺の竜王》。そして三つ目は南に口を閉ざす“謎の都市”。……どれも見過ごせない」

 

モモンガは静かに頷き、地図を広げた。

「竜王についてはアーグランド評議国からの情報がある。彼らの五柱の一角として協力したこともあったが――今は潜伏し、動向不明。本来なら“自らの領域に籠もる”竜王が、わざわざ身を隠すのは異常です」

 

ジョンが顎に手をやる。

「つまり裏で何かを仕掛けてる。……普通じゃねえな」

 

「しかも“厄災を起こそうとしている”という証言まである」

ぐりもあの声音は冷ややかでありながら、どこか愉悦を含んでいた。

 

モモンガは地図の南へ指を滑らせる。

「次は“謎の都市”。使者を送っても返答はなく、周囲の村落は忽然と消失……危険度は未知数。だが竜王と同等、あるいはそれ以上と考えるべきです」

 

「ふむふむ。どっちも後回しにしたら厄介になるってことだね」

ぐりもあは身を乗り出す。

「竜王は“能動的な脅威”。対して都市は“沈黙する不気味さ”……選ぶなら、どちらを先に潰す?」

 

ジョンが即答する。

「俺は竜王を優先だな。隠れて動いてる以上、時限爆弾みたいなもんだ」

 

「……だが、もし南の都市に〈竜王の眷属〉が潜んでいたとしたら?」

ぐりもあの一言に場の温度が下がる。

 

数拍の沈黙ののち、モモンガが結論を下す。

「優先順位は竜王だ。“厄災”という言葉は看過できない。まずは芽を摘む」

 

「決まりだな。探索の布陣をどう敷くかだ」

ジョンは報告書を開き、続けた。

「アウラとマーレの森での探索、ジョンさんの弟子の機動力を活かす。ただし竜王級と接触したら即撤退。……それと、カジットが言ってた。奴の属してたズーラーノーン。その奥に“闇の結社”が潜んでるってな。竜王と繋がってる可能性は高い」

 

「《朽棺の竜王》……死と腐敗を象徴する存在。闇の徒が縋るには格好の象徴だろうね」

ぐりもあはくすりと笑い、椅子に深く腰を沈めた。

「その時は僕も前に出てあげる。せっかく呼ばれたんだ、役に立たないとね」

 

ジョンは思わず声を弾ませる。

「おお、頼もしい!」

モモンガは短く答えた。

「……心強い」

 

こうして、ナザリックの新たな行軍方針は定まった。

次なる敵――《朽棺の竜王》。

 

 

/*/

 

 

「うちの弟子の漆黒の剣は使えますよ」

ジョンは胸を張り、卓上に広げられた地図へ指を走らせる。

「奴らは人間だから、現地の酒場や市場に自然に溶け込める。怪しまれずに噂を拾えるのは大きい。加えて、転移まで使えるようになった。情報伝達の速さは桁違いです。現地人の〈伝言〉魔法は距離が延びると不確かになるが、その点も完全にカバーできる」

 

モモンガが低く唸る。

「……なるほど。確かに諜報活動としては理想的だな」

 

「まずはズーラーノーンの盟主を探す。そこから“闇の奥”を洗うのが筋でしょう。裏社会の拠点を洗うには……モモンガさんのアンデッドを影に潜ませて、監視網を広げるのも良いかもしれません」

 

その言葉に、ぐりもあはじっとジョンを見据えた。

「……本当に駄犬?」

 

ジョンはにやりと笑って、胸をどんと叩く。

「知恵の鮭おにぎりを食べて知能にバフを入れてますから!」

 

「……鮭おにぎり……?」

モモンガが一瞬だけ沈黙し、骨の奥から深いため息を漏らした。

ぐりもあは吹き出しそうになるのをこらえ、真面目な顔でこくりと頷く。

「ふむ。駄犬にしては悪くない策だね」

 

ジョンは得意げに弟子の報告書を開きながら続ける。

「ルクルットは口が軽い分、酒場での聞き込み役。ペテルは真面目だから、商人や騎士団と正規の情報交換に強い。ニニャは魔法で記録を残せるし、ダインはドルイドだけどなんか裏のルートに顔が利く。……人間社会に潜るにはちょうどいい布陣です」

 

「なるほど。確かに表の顔を持つ諜報は、我らでは難しい」

モモンガの声音は、どこか安堵を含んでいた。

 

ぐりもあは唇に指をあて、愉快げに笑う。

「じゃあ、鮭おにぎりが効いてるうちに、もっと案を出してもらおうか。ねえ、ジョン?」

 

ジョンは背筋を伸ばして正座する。

「は、はいっ!バフが切れる前に!」

 

 

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ジョンは報告書を閉じ、ふと思い出したように呟いた。

「そういや……カジットもそうだったけど、裏社会に巣食うアンデッド好きの魔法使い連中って、“魔法の研究のために自らアンデッドになる”みたいな奴ばっかりなんですよね。延々と研究するために死を選ぶ、あの手合い……」

 

モモンガの瞳窩に淡い光が瞬いた。

「……確かに。彼らは生者としての寿命を呪い、永遠を求める。ならば――こちらからアンデッドを前面に出せば、向こうから接触してくる可能性は高い」

 

ぐりもあが指先で卓を叩き、面白そうに笑う。

「餌で釣る、ってことか。いいね。じゃあ捜索部隊の長にはオーバーロードを据える? その配下にシャドウデーモンやら、潜入特化のアンデッドを組ませて……表の人間社会を徘徊させれば、闇の住人は食いつくんじゃない?」

 

ジョンはうなずきながらも、顔をしかめた。

「ただ、その場合……戦力バランスは慎重にしないと。下手すりゃ“天災級”に認定されますよ。この世界じゃLv90近辺で十分に災厄扱いでしたから。……デケムの時みたいに」

 

モモンガはしばし黙考する。

「……その通りだ。こちらの“力”を見せすぎれば、大陸諸国が一斉に牙を剥く。だが、影で囁かれる程度に存在を誇示するなら、ちょうど良い誘い水になるかもしれない」

 

ぐりもあがにやりと笑って頷いた。

「じゃあ、“影の王”を演じるアンデッドを放つのも面白いね。闇の徒はそういう虚飾に弱いから」

 

ジョンが苦笑しつつ正座を直す。

「なるほど……鮭おにぎりバフが効いてるうちに、良い策を思いつけました」

 

「……やっぱり駄犬」

「駄犬にしては冴えてる」

モモンガとぐりもあの声が重なり、円卓に小さな笑いが広がった。

 

 

/*/ 円卓の間

 

 

ジョンが正座のまま身を乗り出した。

「じゃあこうしましょう。漆黒の剣の4人は人間ですから、表の社会で動くのにうってつけです。冒険者ギルド経由で噂や裏話を拾えば、貴族や商人層にも自然と繋がれる。しかも転移を覚えたおかげで、報告も即座にナザリックへ戻せる。現地人の“伝言”魔法だと遠距離は不確実ですからね」

 

ぐりもあが頷く。

「うん。彼らは“表の顔”として動くわけだ。あくまで人間冒険者として世間に紛れ、ナザリックの存在を匂わせない。まさにフロントだね」

 

モモンガは顎に手を当て、続けた。

「対して、裏社会は……アンデッド部隊を放つ。オーバーロードを長とし、潜入や諜報に長けたシャドウデーモン、ナイトシェイド、デスナイトなどを配下につける。表立って“恐怖と死の象徴”として噂が広がれば、闇の住人が自ら接触してくるはずだ」

 

ジョンは慎重に言葉を選んだ。

「ただし……戦力の見せ方には注意を。カジットやズーラーノーンのような魔法狂いは間違いなく食いつきますが、見せすぎれば大陸諸国が動く危険がある。あくまで“影の王”として暗に存在を示すくらいがいいでしょう」

 

「影の王、か……」

ぐりもあが指先で円卓をとんとんと叩き、楽しげに微笑んだ。

「いいじゃない。それなら“噂を操る存在”として、こちらの情報網も自然と拡張できる。漆黒の剣が拾った情報と、アンデッドが引き寄せた闇の情報――両方を合わせれば、竜王への道も見えてくる」

 

モモンガが深く頷いた。

「よし、二重作戦とする。漆黒の剣は表の世界で動き、アンデッド部隊は裏の世界で餌を撒く。両輪で《朽棺の竜王》の所在を探るのだ」

 

ジョンは思わず息を吐き、鮭おにぎりの包みを握りしめた。

「……やっぱり俺、駄犬じゃなくて“知恵の犬”かもしれませんね」

 

「駄犬に知恵がついたからって、駄犬であることは変わらないよ?」

「でも駄犬にしては役立った」

 

ぐりもあの冷笑とモモンガの小さな相槌に、ジョンは肩を落とした。

 

こうして、表と裏の二重捜索作戦――《影の王》作戦が始動した。

 





知恵の鮭は便利です。
私は鮭おにぎりよりシーチキンマヨが良いなぁ。

次回!
第134話:影の王

名前決めるのが一番時間かかるよね。
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