オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
・色々な考えがあるかと思いますので、ぶーくの考えをあとがきにまとめておきました。
・うちは「ほのぼの」です。
・紛らわしいですが、最終回なのはユグドラシルのダーシュ村です。第14話もあります。
2015.10.5 7:00頃 弟→第
モモンガの応接室で動画スクロールの再生が始まった。
ソファーにはアルベドに膝枕されている人間の姿のモモンガ。その左右にシャルティアとジョン。
セバスとプレアデス、一般メイド達も控えているが、彼らも画面が見えるようにとジョンは全員を自分達の背後に控えさせた。
画面の中では、爽やかな青空。疾走感のあるBGMが流れ、切り開かれていく森にカメラが移りながら、次々と開拓村のメンバーを紹介していく。
村人の殆どを、モモンガもNPC達も知らなかったが、異形種のみならず、人間もエルフもドワーフもいる事に驚いていた。
村長として紹介されたのは、赤い帽子を被った体高1mを超えるデフォルメされた巨大なアヒル。
村長がジョンでは無い事に驚くモモンガへ、ダーシュ村が回数を重ねていったら「村長がやりたい」と、バードマンでアヒルを作ってきたノリの良い奴がいたから任せたとジョンは説明する。ダーシュ村の村長として、川に流され海まで泳いだり、村で作った投石器で飛ばされたり、村長として素晴らしい活躍をしたとジョンは笑う。
勿論、モモンガはそれが何かのネタなのだと理解したが、NPC達はダーシュ村の村長とはそう言ったものなのだと理解した。
最後にジョンの紹介になると、ジョンの背後に楽器を持った4人の人狼形態のワーウルフと、鍬を持った年老いた直立する巨大な猫の姿があった。
NPC達は誰も彼らを知らない筈だったが、ルプスレギナだけが「あっ」と小さく声を漏らした。
「ルプー、わかるのか?」
「はい、よく覚えていないっすけど、小さい頃、お世話になった気がするっすよ」
この4人のワーウルフと1人のワーキャットはジョンのサポートキャラクター《チーム時王》だ。
サポートキャラクターは拠点NPCと違い。ソロでも作成できるPCに紐付けされたNPCだった。
過疎、新規対策に導入されたシステムでもあり、初期状態では1名毎に課金して最大3名。課金でキャラクター登録枠を広げた上で、登録課金する事で追加でサポートキャラクターを作成できる。ギルドの拠点NPCとの違いは一般フィールドを連れ歩け、それにより1人でもパーティが組める事が最大の利点だった。1Lvからスタートし、PC同様のレベリングを行わなくてはならないなど、拠点NPCとは幾つかの違いがある。
最大Lvが50Lvに制限されており、中盤以降は傭兵NPCを使う方が効率的だが、自分でスキルビルドを行えるので生産系スキルを取得させて、生産系PCが助手として使っている事が多かった。
ジョンはナザリック内部でサポートキャラクターを召喚した事は無いので、NPC達は知らない筈であったが、ダーシュ村出身と設定に書き加えられたルプスレギナだけは覚えている気がするという認識に変化していたようだ。
やがて、動画の中では森が切り開かれ、畑を開墾し、家を建て、水車や風車が建てられ、羊を飼って毛を刈り、フェルトが作られ、ジョンがログハウスのウッドデッキで自身をデフォルメしたぬいぐるみを作っているところが映される。
そして、ジョンが何かに気がついたように顔を上げた。
空の色が変わり、森の中から人間を主とした一団が村へ襲い掛かってくる。
火を放ち、畑を燃やし、家を打ち壊し、村人達に襲い掛かる。
だが、村人達も唯の村人ではなかった。手加減一発、岩をも砕く。一人一人が一騎当千の強者達だった。
剣が煌き、超位魔法が飛び交い、村人も襲撃者もお互いに次々と倒れていく。
攻め手も守り手も、どう見ても守護者達と同格。或いはそれ以上の強者が多数存在していた。
(これがカルバイン様が築き上げたダーシュ村)
セバスは畏怖と感動に打ち震えていた。
ジョンの開拓村が焼き討ちにされると知識の上で知ってはいた。
人間は弱い生き物と思っていた。だが、これはなんだ?
守護者達を全滅させた1500の軍団に等しい攻め手と、それに対抗している村人。
至高の御方、カルバイン様とは弱きものをこれほど強く育て上げられる御方なのか。
そして、一人ナザリックから離れ、モモンガの守るこの地を遠くから守って下さっていたのか。
拳を震わせ、滲む画面を見逃すまいと必死に目で追い続ける。
実際は毎週行われるダーシュ村攻防戦――面白そうなネタ――に釣られたプレイヤーが、数年かけて集いに集った結果なのだが、再生されている動画はどう見ても現実の光景へと変質しており、ダーシュ村とは村人が第十位魔法や超位魔法を操り、戦士職の奥義が繰り出される。何処かの自称剣士にして美少女魔道士の故郷のような魔境と化していた。
これを愉快な状況と笑えるのは、プレイヤーだけであろう。
つまり、この場でこの映像作品をネタとして楽しんでいるのは、モモンガとジョンだけであり、NPC達は初めてみるダーシュ村攻防戦の凄まじさに圧倒されていた。
自分達が下等生物と見下す人間、ナザリック外の種族達の想像を絶する戦い。村人とはこれほどまでに強く逞しい存在だったのか。
デミウルゴスが言った至高の御方々が挑んでいるという神々の世界。それはこれを更に超える高みの彼方にある次元なのだろう。
この世界に転移し、モモンガが自分達は一般人にすら劣るかもしれないと慎重に事を運ぶ理由を、この場にいる者達は今こそ心底理解した。
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輝く鎧を纏った光の騎士が下卑た笑いを上げてアヒルの村長へ切り掛かる。
恐怖からか、脚をもつれさせ転ぶアヒルの村長。
「村長!!」
直立猫の姿をした村人の一人が駆け寄ってアヒルの村長を助け起こす。
けれど、もう光の騎士の無慈悲な剣は目の前だ。
直立猫は村長を庇う様に抱きしめ、ぎゅっと眼を閉じる。
剣が肉を貫く鈍い……しめった音が、した。
「――ッ、ぐッ……あ、ぼ……!!!」
見上げた直立猫とアヒル村長の瞳に映ったのは自分たちを守って、光の騎士の剣に貫かれた少年の姿だった。
「な……なん…でにゃ……?」
その少年は彼らの中でも力弱く、光の騎士に対抗できる筈もなかったのだ。
直立猫のそれには答えず、熱に浮かされたように少年は呟く。
「……俺を守って……父さんは死んだ」
傷口からはドクドクと鮮血が溢れ出し、生命と共に零れ落ちていく。
「俺は……俺を守ってくる人を、死なせたくない……守りたいと思った」
痛みを堪え、自身を切り裂く剣を押さえつけ、泣きそうな表情で続ける。
「……でも……守れなかった」
震える腕で振り上げた剣を光の騎士へ叩きつける。
だが、それは造作もなく避けられ、我が身を貫く剣も引き抜かれ、溢れ出す鮮血と共に力尽きたように片膝をつく。それでも剣にすがり立ち上がろうと力を振り絞る……でも、立てない。
不甲斐無いその姿に、光の騎士は呆れたように声をかける。
「こんなPKしてもペナルティつかない奴らに、何マジになってんだ。馬鹿か、楽しく殺せば良いだろ?」
血を吐きながら、少年の剣に縋る手に力が篭る。
「……PKだとか、ペナルティだとか……そんなのどうでも良いんだ。人は、馬鹿でも、優しい生き物だって俺は俺で証明する」
「馬鹿は馬鹿でもヒーロー気取りの馬鹿か!」
込み上げる嘔吐感は無くならない。熱血は気管を焼き、抉られた胸はそれ以上に痛む。
腕は震え、剣を持ち上げるどころか握力も失せ、取り落とす。けれど、まだ諦めない。
PKされていた自分を助けてくれた人がいた。
「馬鹿だからッ! ヒーローが要るんだッ!! 俺達もそう生きれるって信じる為にッ!!!」
「所詮は子供騙しだろぉッ!」
「――ッ、ぐッ……あ、ぼ……!!!」
もう一度、腹を貫かれた。ねじ込まれた剣が腸を食い千切る怖気の走る音が聞こえる。
「馬鹿が、そのまま死ねッ!」
「あ、ああ……」
目を見開き、打ち揚げられた魚のように口を開く。
少年が微かに残った息で必死に言葉を紡ぐのを、勝ち誇った表情の光の騎士は恨み言を聞いてやろうと顔を近づける。
「なんだ?」
「……俺の、勝ちだ」
少年は剣に貫かれ、死に瀕しながら、誰にも分からない笑顔を見せた。
それは、多分……生命ある限り、こう生きてやろうと人が決めた時、自然と出る決意の笑みだった。
「ああ?」
「ぐッ……村長達はもう、安全に……なった。そし、て……」
横合いから、青と白の人狼が飛び込んでくる。
飛び込んできた勢いそのままに光の騎士へ飛び蹴りを浴びせ、着地と同時に体勢を崩した光の騎士に掌底を打ち込み、一歩踏み込む。背中合わせになると自分の背中で体当たりし、前後に揺さぶられた光の騎士へ止めの双掌打を叩き込んだ。
浮き上がった光の騎士へ、青と白の人狼――ジョンは、双掌打を打ち込んだ掌を重ねて向けると、左の風神拳、右の雷神拳を発動させる。重ねた拳から雷を纏った竜巻が発生し、光の騎士を更に打ちのめし、吹き飛ばす!!
「……あん、た…も、終わ…りだ」
死にかけた少年は、死に瀕して、それでも笑う。
俺が勝てないなら、勝てる人がくるまで時間を稼げば良い。
力が足りても足りなくても、自分のやる事に何の違いも無かったのだ。
気がつくのが、遅すぎたかもしれないが、それでも……。
「しっかりしろッ!!」
「ジョンさん……」
瀕死の少年は、かつて自分を助けてくれた
自分は守りたいものを守れず、世界に絶望し、世界を流離い、絶望の闇は濃くなった。
何処にも人の優しさなど無いのだと諦め、帰ったここでは、仲間達がまだ戦っていた。
人の足を停めるのは「絶望」ではなく「諦観」
人の足を進めるのは「希望」ではなく「意志」
そうだった。それだけだった。今更……もう遅いかもしれないが、最後に自分が望み、憧れた自分になりたい。
世界が無情、人間が無情でも、自分がそうでなければ……。
自分も人間なのだから、自分がそうならなければ、世界は無情、人間は無情って命題を覆せると、自分はただ信じて行動していれば良かったのだ。
気づくのが遅すぎた。
こんな情けない自分が運命に打ち克てるとしたら、それは一瞬。
だが、それは信じるに足りる一瞬だった。
だって、彼は来てくれたのだから。
「ギルドの人たちにも、よろしく…伝えて。――助けて貰えて、嬉しかったよ」
少年は笑って死んで逝った。
ルプスレギナには
自分達が積み上げた大切なものが暴力に踏み躙られ、自分自身の生命さえも失われていくこの時に、どうしてダーシュ村の者達は逃げず、戦い、絶望もせず、笑って満足そうに死んでいくのだろう。
(なんでこいつら絶望しないっすか。ジョン様がいるから? でも、笑って死んで逝くとか。こいつらってジョン様のおもちゃっすよね? なんで大事なものを壊されて死んでいく奴らが笑ってて、ジョン様が悲しそうなんすか? なんか……すかっとしないっすね)
玩具としてではなく、彼らを自分の身に置き換えて見てみれば、今のルプスレギナにも理解できる筈であったが、人間=下等生物=玩具であるとの意識は強く。
ルプスレギナには未だ
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モモンガから見るその動画は、最初こそDQNばかりだったが、優先的に狩られていったのか、途中からノリの良い奴らばかりになって、狩る側も狩られる側も皆楽しそうだった。楽しそうにロールプレイで小芝居をし、殺し、殺され、仲良く死んでいく。
異形種が画面に飛び込んで来ると「今だから言える!」と叫び出した。
「覚えてないと思うけど! たっち・みーさん、死獣天朱雀さん、モモンガさん……」
「ズルイ!」「俺も!!」「乗り遅れるな!!!」と言った声が入り、幾人もの生き残りがカメラに向かってそれぞれ、てんでバラバラにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの名前を呼ぶ。
「「餡ころもっちもちさん、ウルベルトさん、ぷにっと萌えさん……」」
「「……ヘロヘロさん、ペロロンチーノさん、ぶくぶく茶釜さん、タブラさん、武人建御雷さん、たりすまんさん、源次郎さん、ブルーさん」」
「ありがとう!」「アインズ・ウール・ゴウンに助けて貰って良かった」「嬉しかったよ!」「ゲームを今まで続けられました」「楽しかったです!」「骸骨がヒーローに見えた、どうしてくれるw」
「またいつか、ユグドラシル2とかあったら」
『一緒に冒険しましょう!!!』
そうして、ロールプレイによる寸劇の時間は終ったのか、口々に自らが助けられたと思しきアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの名前と、感謝の言葉を叫んでは、攻め手に突撃し、次々と打ち倒されていく。
それは異形、人間の区別無く、全ては覚えていないけれど、確かにモモンガも見覚えのあるアバターが幾人かいた。
彼らはアインズ・ウール・ゴウンに所属こそしなかったものの、助けられた事を忘れていなかった。DQNギルドと呼ばれていても、これだけのプレイヤーが最後の最後に、感謝を伝えに集ってくれていたのだ。
ひっそりと、孤独に人目を避けながら、狩場と宝物殿を往復した数年間。
あの輝かしい日々はいつか戻ると信じ、ジョンの誘いにも乗らず、只管にアインズ・ウール・ゴウンを、ナザリックを守り続けた。
外でナザリックを守り続けてくれた友人には、これだけの仲間がいた。そして彼らは、こんな自分の名も呼んでくれていた。
リアルに何も無く、ギルメンだけが特別な輝きを放っていた。ギルメンだけが人の絆を教えてくれた。
けれど、でも、もしかしたら、彼らとも友となれたのではないか。
人の温もりと言うものは、自分が思うよりも案外、ありふれたものだったのかもしれない。
たっち・みーが手を差し伸べてくれた。そこから集った仲間たちが、自分の知らない人の温もり、優しさを教えてくれた。
それが何より嬉しかった。特別だった。
彼等も――そうだったのだろうか。
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動くものも殆どいなくなり、まさしく屍山血河、死屍累々となった村の中、スポットライトに照らされて、Yシャツに蝶ネクタイ、スラックス姿のマイクを持った場違いな男の姿が浮かび上がる。男はオーバーアクションで身振り手振りでショーの開始を宣言した。
「今日は特別サプライズゲストを用意してるんだ。一度は伝説のDQNギルドと戦ってみたかったと言うこのお方、世界ナンバーワンプレイヤー『ワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイム』総合格闘技の現役チャンピオォォォン!!!」
ダラララッと期待を持たせるBGM。ぱっと画面奥がライトで照らされ、そこに見えたプレイヤーの姿に、まだ生きていたジョンが絶叫した。
「勝てるくぁぁぁっぁぁぁ!!! てかあんたリアルのトーナメント中じゃねぇのぉッ!? サインくれよッ!!」
「日本語難しいねぇ、HAHAHA!!」
「嘘つけぇぇぇぇ!! あんたゲーヲタで日本語ぺらぺらだろぉッ!! ――(おお、駄犬が突っ込みで息を切らしている)――今ここには(AOGは)俺一人だけど良いのか?」
「たっち・みーさんとはトーナメントで戦った事ある。むしろ伝説の幕引き、俺じゃ不満か」
「ああ、くそ! フル装備持って来れば良かった……これ以上は無い相手さ」
「チッチッチッ、俺が挑戦者なんだろ」
口でもチッチッチッと言いながら、立てた指を振り、ワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムはジョンに合わせ、装備を落とす。
それを見ながらモモンガは、格闘系は強くなるほどバカっぽくなっていくのだろうかと結構、失礼な事を思っていた。
「実力的にはこっちが挑戦者だけど、ありがたいな。それじゃ精一杯カッコつけさせて貰う――アインズ・ウール・ゴウンが末席に連なるジョン・カルバイン。ワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイム、相手にとって不足なし!!」
大見得を切って、ジョンは最強のPCの前で構えた。
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このPVPは100Lv同士の真っ向勝負だった。
だが、それは高位魔法の飛び交う魔法使いの戦いとも、通常見られる高レベル戦士の戦いとも違い、大技の少ない基本動作の応酬から始まった。
双方が挨拶代わりと虚実の別なく拳の弾幕をぶつけ合う。
自身が100%の力を発揮する為にビルドされたワールドチャンピオン。ロールプレイの遊びがあるジョン。その中身も世界1位とアマチュアの国内4位。
ジョンは一見互角に見えても、自分が心技体全てにおいて劣っている事を初撃で思い知らされていた。
打ち込んだ拳が相殺されると見越して溜めを作らず、後ろ向きに回転しながら腰を落とし、チャンピオンの横手に回りながら足元に水面蹴りを放つ。
打ち込んだ脚に大木を蹴ったような感触。大地に根を張った大木を蹴った感触にジョンは身を投げ出しながら、脚を振り上げ、チャンピオンの顎を狙う。
振り上げた脚は空を切り、ジョンの胴体のあったところを通過するチャンピオンのローキックが風を巻き起こす。
バク転で起き上がるとチャンピオンと向かい合った。
ジョンからすれば、実力に違いが有り過ぎ、遊ばれてるか稽古でもつけて貰っている心境だ。
どちらがどれだけ上位にいるのか。その差を知り、緊張で表情を強張らせるジョンをしばしチャンピオンは眺め、にかっと肉食獣のような満面の笑みを浮かべた。
「……DQNギルド呼ばわりされてるけど、ちゃんと強いじゃないか。チートでもなんでもねぇよ。ここ数年はワールド・チャンピオンつっても、キャラクターの性能に頼った奴等ばっかりで、たっち・みーさんみたいにちゃんと強い奴がいなかったんだぜ。トーナメント出てくれば楽しかったのに――俺が」
「荒れっぷりが酷くてさー。気が小さくてねー」
ジョンは弱いなりにまだマシだと言うチャンピオンの言葉に表情を和らげる。
自分が最強などと思った事は無い。いつだって上には上がいた。知力において、武力において、デザインも、ネーミングも、造形も、人望も、何だって自分を上回るギルメンがいた。
そんな自分に勿体無い仲間と共に築いたアインズ・ウール・ゴウンの名はユグドラシルに響き渡り、最後の最後に自分の前に最強のワールド・チャンピオンを引きずり出した。
ここに至り、勝てる勝てないなど如何でも良い事なのだ。
仲間と築いたこの名、誇りを背負い、『力が足りぬ』たったそれだけで、どうして無様を晒せよう。
神でも、人でも、悪魔でも、生命を賭けて守りたいものがあるから戦う。ならば、力届かぬと知ったところで諦めるなど、どうして出来ようか。
そう思えるだけの思い出をくれた仲間達に感謝を。
感謝を決意に、思い出を覚悟に変えたジョンの表情。それに思うところがあったのか、チャンピオンが言葉を続ける。
「いや、ホント惜しいわ。弱くて負けたのにキャンキャン吠える奴ばっかりで、がっかりだったんだぜ」
「アマチュアを褒めすぎだよ、チャンピオン。……最後まで、がっかりはさせないつもりだ」
二人の間の空気が際限なく張り詰めていく。
現実には有り得ないが、二人の間の空気、空間が、双方からの重圧で押し潰され、歪んで行く。
その歪み、押し潰される緊張が、砕け散る瞬間。ついに二人が動く。
一瞬、閃光のように交差する影。
派手なエフェクトも、効果音も発生しなかった長い一瞬が過ぎ、
「ジョン・カルバイン、あんた強かったぜ!」
「あははは! 流石チャンピオン!! 強すぎて涙出てくらぁ。ああ、くそ、勝ちたかったなぁ」
ジョンの胸は大きく陥没し、対してチャンピオンは無傷。
これはワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムと、ジョン・カルバインの埋め難い実力差を物語っていた。
その事実を前に、それでも笑いながら、涙を零しながら倒れていくジョン。
だが、そこに恨みや憎しみの感情が見えない為だろうか、二人の間には何時かの再会、再戦を誓うような清涼な空気があった。
誰も彼もが倒れ、廃墟となった村の中にワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムだけが一人立つ。
カメラが引いて行き、村全体が画面に入ると画面が徐々に暗くフェードアウトして行く。
同時に重低音の効いた荘厳なBGMが始まり『伝説のギルド、アインズ・ウール・ゴウンはワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムの手によって幕を下ろした』とナレーションが入って、エンドロールが始まった。
そして、エンドロールの最後に心からの感謝を、とメッセージが入っている。
『アインズ・ウール・ゴウンの皆さんへ心からの感謝を。この動画は一般公開用とは別Ver.です。一般公開Ver.では本当にギルドが壊滅したかのように偽装工作しておきます。残り僅かですが、最後まで冒険を楽しみましょう!!』
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「……それで、最後は侵入者がまったく来なかったんですね」
余韻に浸るようにNPC達が誰も口を開かない中、モモンガは静かにジョンに語りかけた。
「ん、俺達が知らない所で恩返ししてくれた人が結構いたようだよ」
「私がやってきた事は……無駄ではなかったんですね」
「ギルメンも、それ以外の人たちも、皆、ありがとうってさ」
ずっと一人だった。ギルメンだけが孤独を癒してくれた。人の善意、友情を感じられたのは、人を信じられたのは、ここでが初めてだったのだ。
失くしたくなかった。汚したくなかった。
だから、仲間が誰かを助けたいと言えば手を貸した。PKされている者がいれば手を差し伸べた。
リアルに何も持たない自分だが、いつかは彼らと同じようになれるのではと信じた。
けれど、リアルを持つ仲間達が一人去り、二人去り、寂しさに耐えられず、もう捨ててしまおうかと迷い。
自分は結局、何も持てないままなのではないかと涙を流した。
瞳が熱い。
今もこの耳に残っている。
アインズ・ウール・ゴウンを、仲間達の名を、自分の名を呼ぶ声と感謝の言葉。
自分は一人ではなかった。
思い出に目を向けるばかりで、自分は目を閉じていただけだったのか。
自分もあの素晴らしい友と同じようになれていたのか。
「私……いや、俺にも、ジョンさん。……俺にもギルメンの他にも――」
「あの人達は皆、モモンガさんを友達だと思ってるよ、きっと、間違いなく――モモンガさん?」
瞼を震わせて涙が零れる。
誰かの温もりに支えられながら、嗚咽を漏らしながら、髪を撫でる優しい手に張り詰めた糸は解れ、優しく、温かい闇に包まれ、意識は沈み込む。
そうして、モモンガの意識は微睡みに溶けて、堕ちていった。
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「お休み、モモンガさん。……仮初めでも、良い夢を」
《自己変身》で50Lv相当の人間になったモモンガが、アルベドの膝を枕に眠りに落ちている。
(俺達、リアルで一人きりだったけど、決して孤独ではなかった。少なくとも、そう信じられるだけで俺は救われたよ)
食事をし、会話を楽しみ、思い出に心を震わせ、涙を流した。
泣くと言うのは心の代謝の一つだ。泣いて、寝て、精神をリセットすれば気持ちも落ち着くだろう。
あれだけDQNに恨まれていたアインズ・ウール・ゴウンを、この本拠地を、数年間に亘って数人で守り通したモモンガの知謀は綺麗事だけではなかったのだ。それを知る身からすれば、村人の埋葬、殺戮死体。それに同情しない程度で自己否定などモモンガらしくもない。
PKKで、ナザリックの維持で、あれだけ悪辣な手段を取れる人が、何をナイーブになっているのか。
大方、最後の一週間だからと碌に寝ないでユグドラシルにログインし、ギルメンを待っていたのだろう。
美味い飯を食べて、ゆっくり寝て、そして何時もの調子を取り戻して貰いたい。
「アルベド、そのままモモンガさんが起きるまで膝枕しててくれ。変身が解けるまで後8時間くらいはある筈だから、静かにな。涎も垂らすなよ、絶対だぞ。静かに出来るなら、額か頬にキスするぐらいは許す。一度だけだぞ? それ以上は、ダメだ。お前絶対に自制できなくて、モモンガさんを起こすからな」
無言でコクコクと、モモンガを起こさないように静かに頷くアルベド。
そう言う可愛らしい姿も見せてやれば、モモンガさん即堕ちるのにとジョンは思ったが、見ていて面白いので当分黙っていようと決める。
セバスに毛布をかけさせ、アルベドと一般メイドを残し、全員を静かにモモンガの私室から退出させる。
「シャルティア、今日は貧乏くじを引かせて悪かったな」
「いえ、ペロロンチーノ様が私をどうお思いだったのか知れて幸せでありんす」
「そうか」
廊下に出て、シャルティアに詫びれば、これまでに見た事が無いような可憐で幸せそうな微笑みを返してくれた。
これはペロロンチーノも堕ちると、ジョンが確信する笑顔であった。
自身の創造主が何を思って自分を創造したのか知れた事が、心の余裕に繋がり、この笑顔に繋がっているのだろう。
「ジ、ジョン様、胸の傷は? 手当ては必要っすか?」
何か泣きそうな顔でルプスレギナが自分の身を案じてくる。
先ほどの動画、ヨトゥンヘイムの一撃の事を心配しているのなら。
「ルプー、あれはもう一週間ぐらい前の話だ。とっくに治ってる」
ルプスレギナに録画なのだから、今、怪我をしている訳でないと説明するも、今度はセバスが口を挟んでくる。
「では、ここしばらくはどちらに?」
NPC達は本当に心配性だ。そもそも今朝方、一緒に村の調査に行って来たではないかと呆れながら答えた。
「セバスまで。……ったく、一回殺されたけど蘇生アイテムがあったから問題ないよ。ちょっと(リアルが)忙しくて帰りが遅くなって悪かったよ」
「「「一回、殺された?」」」
廊下の気温が十数度落ちたような寒気だった。360度の視界の中、NPC達の目が据わっているのが分かった。
作者が年を取らない事で有名だった漫画のような、【ドドドド】という効果音が聞こえてきそうな空気だった。
え? ヤバ、俺、地雷ふんだ?
「ちょっ、セバス、シャルティア、怒るな。ああ、ルプー泣くな。ユリ、ちょっとルプーをっておおい、そっちもか!?」
【殺された】はNGワードだった。
怒気とオーラを漏れ出させるセバスとシャルティアを宥め、「死んじゃダメっすー!」と泣き出したルプスレギナをユリに任せようとするが、プレアデスも一般メイドも泣き出しており……どうすりゃ良いんだ、これ?
モモンガには久しぶりに安らかな夜が訪れたが、ジョンの騒がしい夜はまだまだ始まったばかりだった。
汚れ(涎)もこなせるとか守護者統括マジ有能。
今回の展開については色々な感想があるかと思います。殲滅戦による欝展開を期待されていた方には申し訳ないのですが、積み上げた積木を横からばーん!されるのは確かに面白くないものですが、我が身で考えると嫌なだけではゲームを止めてしまうと思うのです。
そして、AOGは伝説のDQNギルド、PKギルドと呼ばれていても、PKK(プレイヤーキラーキラー)を行うことを目的とした自警団的な集まり「最初の9人」を前身としていますし、ウルベルトさんの「―――ここまで来たならば、その勇者さまたちを歓迎しようぜ。俺たちを悪とか言う奴が多いけど、ならその親玉らしく俺たちは奥で堂々と待ち構えるべきだろ」このセリフからも、自ら望んでPKをしておいて、やり返されたら逆恨みする人たちからの評価を受け、厨二病らしく「なら、真の悪って奴を見せてやるぜ!」的な発想に至ったとぶーくは感じます。
確かにAOGのメンバーは善人ではなく「非常に我侭な人達」であっただろうと思いますが、ナザリックの作り込み、ロールプレイの為にキャラをネタビルドし、その上でPVPに勝ちに行く姿勢を見ると、メンバーがそれぞれに美学を持ってゲームを行っていた人達なのだと思います。
そう言った人達は恨みも買うでしょうが、味方になってくれる人達も少なからず存在したと思います。故にナザリックを守る為、AOG以外に友となれる者はいないと瞳を閉じ、自ら孤独を選んで、狩場と宝物殿を往復してたモモンガさんはそれに気がつけなかっただけだと、ぶーくは信じます。
ですから、焼き討ちすらもポジティブに受け止め、楽しみに変えられたジョンがいたからこそ、今回の話のようなイベントが発生し、モモンガさんは過去の自分にも可能性があった事を知り、仲間達と作ったものを守るだけではなく、それを背負って外へ踏み出していく事を選び、自分は一人でも孤独ではなかったと信じて欲しくて、このような展開としました。