オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第16部:ねこさま大王国
第141話:猫の王国


 

 

/*/ナザリック地下大墳墓 モモンガの執務室/*/

 

 

書棚にぎっしりと詰め込まれた古文書の匂いが、微かに空気を満たしていた。

静寂を切り裂くように、ぐりもあが机の上に一枚の古びた地図を広げる。

羊皮紙の縁はすり切れ、ところどころに染みがある。

 

淡い魔光石の照明が、平原の輪郭を照らし出していた。

 

「……そういえば、カッツェ平原ってアンデッドの発生地帯なんだよね。」

ぐりもあは地図の中央を指でなぞりながら、何気ない調子で言葉を落とした。

「でも『カッツェ』ってドイツ語で“猫”の意味でしょ? なんだか変な話だね。」

 

ジョンは椅子にもたれ、腕を組んだまま小さく唸った。

「猫、か……。確かに、妙な一致だな。

 人間の王国や帝国の古い記録を漁ると、この地にはかつて“猫の王国”が存在した、

 という伝承がいくつか残っている。もっとも、学者どもは“子ども向けの昔話”として片づけているがな。」

 

ぐりもあは顔を上げ、ぱちりと瞬きをする。

「猫の……王国?」

 

ジョンはゆっくりと頷く。

「そうだ。子守唄や民話の中に繰り返し出てくる“ねこさま”たちの国。

 王は九つの命を持ち、臣民は影と月に仕える――というくだりもある。

 だが、文献的には裏付けが少なく、ほとんどが語り継ぎだけだった。

 ……少なくとも、最近まではな。」

 

ジョンの声音がわずかに低くなる。

「魔導国で“冒険者”が“探索者”に再編されて以降、

 この平原の地下構造が調査対象になってな。

 探査魔法によれば、地中深くに“人工的な遺構”が確かに存在するらしい。」

 

「……おとぎ話じゃなかったんだ。」

ぐりもあの声が、少しだけ熱を帯びる。

指先が羊皮紙を握り、目がきらめいた。

「本当に“猫の王国”があったのかも……!」

 

「真実はまだ闇の中だ。」

ジョンは地図を見下ろしながら言う。

「だが――少なくとも“カッツェ”という名が無意味でつけられたわけじゃない。」

 

ぐりもあは視線を地図に落としたまま、そっと呟いた。

「……もしカッツェ平原に猫の王国があったなら、それは“ねこさま大王国”の転移跡かもしれないね。」

 

ジョンの目が細くなる。

「その可能性は高い。

 かつて、ねこさま大王国とは交流があった。

 もっとも、友好というよりは、狼の傭兵として依頼を受けていたんだがな。」

 

「……狼と猫のコンビか。」

ぐりもあが小さく笑う。

「種族も性格も全然違うのに、不思議と相性がよさそう。」

 

「実際、そうだったさ。」

ジョンの口元にわずかな笑みが浮かぶ。

「猫は気まぐれだが、戦場では恐ろしく冷静だった。

 狼が前線を押し開き、猫が静かに情報を奪う――あの時代は奇妙な均衡があった。」

 

ぐりもあは胸に魔力書を抱きしめる。

淡い光がページの縁からこぼれ、地図の上を淡く染めた。

「……もし今も、その血脈や遺構が残ってるなら、調べない理由はないよね。」

 

ジョンは頷き、平原の地形線を指先でなぞる。

「遺構が本物なら、古代文明級の魔導機構が残っている可能性もある。

 それに……この地の異常なアンデッド発生率は、どうも“偶然”じゃない気がする。」

 

「……つまり、死者を集める仕掛けが“王国の遺産”かもしれないってこと?」

 

「ああ。

 もし王国が“星の加護”を受けていたなら、

 滅びた後も、星の残光が地脈に残る。

 だが、今は“外なるもの”がそれを歪めている――」

 

ジョンはそこで言葉を切り、目を細めた。

静かな執務室に、紙をめくる音だけが響く。

 

「だから、調査は慎重にやらねばならん。

 おとぎ話の裏に、神話級の残滓があるかもしれない。」

 

ぐりもあは頷き、少し笑みを浮かべる。

「夢があるね。……いや、僕たちにとっては“研究対象”か。」

 

ジョンが小さく笑う。

「まあ、夢を追うのも仕事のうちだ。

 現実と夢の境を覗くのが、俺たち探索者だからな。」

 

魔力灯がわずかに揺れ、二人の影を壁に伸ばす。

ぐりもあはその光を見つめながら、穏やかに呟いた。

 

「……ねこさま大王国と狼傭兵の冒険か。

 もし本当にそんな時代があったなら――

 いつか、その物語を掘り起こしたいね。」

 

ジョンは手元の地図を丁寧に巻き上げ、机に立てかけた。

「いずれ確かめるさ。

 過去の影は消えない。掘り返せば、必ず何かが応える。」

 

淡い光が再び照明に反射し、

二人の視線は静かに地図の一点――カッツェ平原に落ちた。

 

外の世界では、まだ風が吹いている。

その地の下に眠る“猫たちの王国”が、

静かに息を潜めていることを、

二人はまだ知らなかった。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国トブの大森林付近の辺境の小村 ナザリック転移直前 /*/

 

 

木造の小さな家屋が並ぶ村の一角。朝の光が窓から差し込み、木の香りと土の匂いが混ざる。あーしは小さな手で木製の食卓を拭き、義理の家族のために朝食の支度を手伝っていた。

 

「おはよう、ミリヤ!」と元気に叫ぶ義妹ルナ。まだ幼く、跳ねるように家の中を走り回る。

「あー、おはよう、ルナ。転ばないでよ」とあーし。照れくさいけど、笑顔は隠せない。

 

父テオドールは斧を肩に、森の木材を切りに出る支度をしながら、鼻をひくつかせる。「おお、今日もいい匂いだな! 元気に働くか!」

母イザベラは鍋をかき混ぜながら、あーしに小さな手伝いを頼む。「ほら、これ混ぜといて」

「あいよ。焦がしたら怒んないでよね」とあーしは笑って杓文字を握る。

 

兄レオンは農具の手入れ、姉ソフィアは家畜の世話、弟エリオットは庭の野菜に水やり。家の中には笑い声が絶えない。あーしもつられて小さく笑う。

 

食卓は質素だが温かい。小さなパン、採れたての野菜、母のスープ。自分の手で並べた料理を家族が喜んで食べるのを見て、胸があったかくなる。

 

「ミリヤ、今日も森に行くのか?」とレオン。

「うん、薬草拾ってくる。足りないやつ、リストに書いといて」とあーし。

父と母は頷き、ソフィアとエリオットも微笑む。

 

片付けを終えて外へ。小さな村道を駆け、森の入口で立ち止まる。質素で平凡な暮らし――でも笑いと温かさがあった。

 

揺れる木陰。あーしは深呼吸して、薬草探しの足を踏み出す。静かな森の奥でも、遠くから家族の声が聞こえる気がした。胸の奥に、ちょいと安らぎと、少しの冒険心。悪くない朝だ。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国辺境の小村・惨劇と逃亡 /*/

 

 

森の向こうから、金属の打ち合う音と馬蹄の響き。丘の影に身を潜めたあーしの背筋に、嫌な予感が走る。

 

「……やだ……やだっての……!」

 

家々から炎と悲鳴。帝国兵――法国の軍服で偽装――が村を蹂躙していた。父テオドールが斧を構えて立ちはだかるも、あっという間に斃れる。母、兄姉、弟妹へ容赦ない刃。

 

「……ふざけんな……!」

 

あーしは草むらに伏せ、声を殺す。涙が勝手に頬を伝う。昨日まで笑ってた顔が、次々と地に伏していく。小さな胸を押さえ、必死に呼吸を整える。

 

「……あーし、見た目は変わんないのに……数年でも、家族として生きられたのに……!」

 

幼い少女の姿のままでも、中身には数百年の孤独と経験。長命の妖精種──今は生き延びることが最優先だ。

 

茂みに潜み、状況を把握する。視線を落とし、紫がかった黒猫へ変身。

 

小さな体で瓦礫と倒木をすり抜け、炎と叫びの中を走る。壊れた村、奪われた家族――すべてが、生き抜く意志を刻みつける。

 

「……もう、巻き込まれない。あーしは生きる。生き抜く、絶対」

 

猫の体は音もなく森の奥へ。外見は幼いままでも、心には長い年月の知恵と慎重さ。影に身を沈め、涙を拭い、息を整える。家族の笑顔と惨劇が同時に瞳に映る――孤独な逃避行の始まりだ。

 

 

/*/ 義理の家族を失った後の決意 /*/

 

 

森の影。あーしはぐしゃぐしゃの顔を手の甲で乱暴に拭った。テオドール、イザベラ、レオン、ソフィア、エリオット、ルナ――全部奪われた。胸が裂けそうでも、泣いてるだけじゃ進まない。

 

「……あーし、もう泣いてる暇ない。ここで終わんない」

 

幼い見た目でも、内側は強がるしかない。涙を飲み込み、震えを押さえる。長く生きた妖精種の勘が囁く――生き延びる、ただそれだけ。

 

「……あーし、一人で生きるから」

 

冒険者登録を決意。街に紛れ、孤児として生きるふりをしながら、薬草採取や吟遊詩人で糧を得る。

 

「薬草なら任せな。歌だって、あーし、けっこうイケるし」

 

幼い顔に涙の跡。それでも瞳には覚悟と冷静さ。悲しみは胸にしまい、外向きは明るさと気まぐれで武装――それがあーしの生存術だ。

 

こうして、孤独で慎重な新しい日常が始まる。少しずつ、自分の足で、世界との距離を測り直していく。

 

 

/*/ 酒場での噂と心の揺れ /*/

 

 

夕暮れ、冒険者酒場の片隅。あーしは小さなリュートを膝に、吟遊詩人として歌う。合間に、客の会話が耳へ滑り込む。

 

「帝国が王国戦士隊を襲ったらしい」

「けど、人狼と魔法使いに助けられたって」

「人狼の一振りで天使が何十体、魔法使いは杖で教会を出現させ、死人を蘇生だと」

「異形の騎士も従えてたらしいぜ」

 

猫耳じゃなくても、あーしの耳がぴくっと動く。妖精種の感覚が、ただの与太話で終わらない気配を拾う。けど、胸の奥ではため息。

 

「……〈上位建築作成〉ね。そんな器用なプレイヤー……」

 

浮かぶ名はひとつ。狼の傭兵として隣にいた、ナザリックの人狼ジョン。……でも、現実味は薄い。肩をすくめて、指先は弦を外さない。

 

「……まさかな。期待して裏切られるの、いちばん嫌い」

 

希望なんて持たない。家族を失い、身を隠して生き延びてきた年月が、冷たく教えてくれる。歌声は震えない。だけど胸の奥、小さな火種みたいに、懐かしさがちょっと揺れた。

 

喧騒の陰で、あーしは自分の小さな世界に戻る。人狼や魔法使いの噂にすがらない。慎重に、確実に――今日も生き抜くために歌い続ける。

 

 

/*/ 戦乱の予兆と避難の決意 /*/

 

 

広場で拾う情報の断片。

「帝国と王国、また戦になるってさ」

 

何十年も続いた戦で王国は疲弊。民も軍も擦り切れてる。あーしはもう悟ってた。

「……王国、長くはもたない。巻き込まれたら、また独りで逃げるだけ」

 

なら、戦が収まるまで、誰の目にも触れない場所に隠れるのが正解。

 

目を向けた先はカッツェ平原の廃墟――かつての「ねこさま大王国」の城塞跡。長期潜伏に向いてる。

 

「……あーし、しばらくここに引っ込む。安全優先」

 

数十年単位の潜伏を見据え、物資を集める。食料、水、薬草、道具。猫に化ければ運搬はバレない。

 

森を抜け、川を渡り、広い平原へ。瓦礫の城塞影が見えたとき、胸が少し軽くなる。繁栄は消え、静かな瓦礫の山。……静かなら、それでいい。

 

「……これで、ちょっとはマシになる」

 

猫の姿で廃墟へ潜り込む。壁や屋根の陰を縫い、内部を確認。物資を運び込み、人目につかない生活空間を作る。

 

こうして、あーしの長い隠遁が始まった。外は戦の足音。城塞の中で、紫がかった黒猫は静かに息を潜める。

 

孤独でも、慎重に。確実に生き抜く――それが新しい日常。

 

 

/*/ カッツェ平原・猫の城塞での自給自足生活 /*/

 

 

廃墟の城塞で、あーしは隠れて暮らし始めた。外見は小さな紫がかった黒猫。誰にも気づかれず、城塞の隅々を探る。

 

最低限の物資を確保したあと、小さな畑を作る。瓦礫の合間の土をほぐし、薬草や根菜を植える。育ち具合は目で読む。冒険者稼業で磨いた観察眼が、こういうとき効く。

 

「……見つからないように、こっそり。無駄に目立つのはナシ」

 

住処は壁際や崩れた塔の陰。瓦礫と木材を組んで、人目に触れないスペースを確保。寝床、保存庫、調理場、道具置き――すべて外からは見えない導線に。

 

奥の“幻猫の迷宮”には、ギルド武器を隠してる。けど、立ち入るのは必要最低限。そこは聖域。手垢をつけない。

 

朝は畑と薬草、昼は周辺警戒と体を動かす時間、夜は屋内で休む。外界の戦から距離を置くほど、心拍も落ち着く。

 

「……ここなら、いける。しばらくはな」

 

孤独でも、自給自足で地道に生きる。これが、あーしの新ルーティン。

 

 

/*/ カッツェ平原・猫の城塞 /*/

 

 

薄紫の髪を隠すみたいに、あーしは小さな体で瓦礫を渡る。黒猫に変じ、影に紛れて、かつてのねこさま大王国ギルド拠点――猫の城塞へ。周囲にアンデッドの気配。幼い外見のおかげで、大半の外敵にはただの野良にしか見えない。

 

「……ここなら、あーしの方が地の利ある。やれる」

 

内部は廃墟のまま。でも、あーしには隠れ住処がある。瓦礫の隙間には小さな畑、小屋。幻猫の迷宮には武器の確認と記録以外近寄らない。

 

瓦礫の上に跳び乗り、黒冥の杖や魂捕獲宝珠が残した魔力の波動を読む。

「……チッ、まだ瘴気が残ってる。けど、この程度なら抑え込める」

 

結界石を並べ、残留魔力の暴走を一時的に抑える。周囲のアンデッドは鈍り、監視下に。

 

「……今のうちに、整える」

 

残った武器や呪文陣を確認し、壊れた結界を微修復。小さな黒猫でも、妖精種の感覚と場数で、出現地点も危険度も読める。

 

遠くでアンデッドのうめき。

「……大丈夫。まだ危険だけど、あーしがいる間は暴走させない」

 

尾を揺らして巡回を続ける。かつての仲間の記憶が残る場所で、アンデッドの巣と化した平原を、ほんの少しでもマシに保つために。静かに、慎重に。生き抜く、これが任務だ。

 

 

/*/ 猫の城塞・結界突破 /*/

 

 

瓦礫を渡りながら、あーしは魔力波を注視する。身を低く、尾は静かに。

 

「……なんか変だ。瘴気、増えてる……」

 

突然、廃墟の一角で結界石が震え、淡い光。

「……はっ!? なんで今……!」

 

光と同時に、倒柱の陰から黒ずんだアンデッドが這い出す。骨の軋み、錆んだ鎧の擦過音――静寂が裂ける。

 

「……上等。やるしかないでしょ」

 

猫の目が鋭く光る。尾を一閃、結界石から微弱魔力を放ち、群れの動きを刹那止める。

「……ここで止める。あーしの縄張り、勝手に荒らすな」

 

瓦礫の隙間から黒冥の杖を引き抜く。杖先に妖精種の魔力を集中、結界石の力と重ね、アンデッドの群れを押し返す。黒煙と骨の軋みが渦巻く中、光の帯が城塞内を駆ける。

 

「……負けない。誰にも、ここは渡さない」

 

圧力に群れは鈍り、瓦礫へ押し戻される。全身で魔力を感じ、力を緻密に調整。判断、制御、感覚――全部、この小さな体に通す。

 

数分後、群れは完全に停止。結界内で虚ろに立つだけ。あーしは息を整え、尾をひと振り。

「……ふぅ。危なかった。けど、これでひとまず安定」

 

武器と結界石を再確認しながら、低くつぶやく。

「……あーし、ここで平原を少しでも安全にする。誰も近づけさせない」

 

静寂が戻る。けど、外の気配は消えない。覚悟を固め、影で目を光らせ、再び巡回へ。

 

――生き延びる。爪を研ぎ、牙を隠して。あーしは、あーしのやり方で。

 

 

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