オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カッツェ平原・猫の城塞 /*/
崩れかけた石壁の中、ひっそり作った畑が風にしゃらついてる。
あーしは木箱に腰かけ、干した薬草の束を指でくるくる回しながら、でっかいあくびをひとつ。
「ふわぁ……マジ退屈。死ぬほど暇」
猫耳がぱたりと動く。視線を廃墟の奥までぐるっと回す。
“幻猫の迷宮”に隠してるギルド武器も、ときどき確認するくらい。畑も世話終わり。
飯に困らないのはいいけど、心が干からびるんだよね、こういうの。
「……ちょっとくらい出かけてもバレないっしょ?」
言った瞬間、もう決まり。
荷物を小さな袋にまとめ、あーしは紫がかった黒猫へ変わる。
しなやかな体で石壁をひょいと越え、平原の影を音もなく駆け抜けた。
/*/ 帝国首都アーウィンタール /*/
昼下がりの帝都は、田舎とスケールが違う。市場の呼び声、屋台の匂い、喧騒。
人混みに紛れて、あーしは幼い少女の姿へ戻り、フードを目深にかぶる。
「うぇ~……やっぱ街はいいね。にぎやかで、退屈してる暇ない」
行列ができてる肉の屋台が目に入る。香ばしい匂いで胃袋を殴ってくる。
口元が勝手にニヤついた。財布の小袋をぎゅっと握る。
「よし、今日は肉いっとこ。限界まで」
銅貨を出して熱々の串を受け取る。猫耳がぴくつきそうなのをこらえて、がぶり。
「ん~~! これこれ。畑の芋と草ばっかは、流石に飽きるんだよねぇ」
肉を頬張りながら、帝都のざわめきを眺める。
「……退屈したら街。正解だわ。城塞に籠ってばっかだと、マジ気が滅入る」
足取りは尻尾を揺らすみたいに軽く、あーしは闘技場の方角へ。
/*/ 帝国首都アーウィンタール・闘技場帰りの賑わい /*/
夕暮れ。石畳の大通りは熱気でむんむん。焼き串やパンの屋台がずらり、香りで客を引きずる。
「……匂いの暴力。最高じゃん」
猫耳をぴくつかせつつ屋台前で足を止め、銅貨を数枚。串焼き肉を一本確保。
熱い肉にかぶりつき、頬張っていると、横から会話が飛び込んだ。
「聞いたか? 次の闘技会、皇帝陛下が観戦に来られるってよ!」
「マジ? “鮮血帝”を生で拝めるとか一生モンだろ!」
「こりゃ人がごった返すぞ……」
目が思わず丸くなる。口いっぱいの肉を慌てて飲み込む。
「……へぇ~、皇帝が直で? ガチじゃん」
尻尾があるならふわっと揺れてる。胸の奥に小さな火花。
「戦とか帝国の都合とか、あーしにはどうでもいいけど……強い王様、直で見れるなら、そりゃアリ」
串をぺろり。フードを整え、人混みに紛れて闘技場へ向かう。
瞳の奥には、気まぐれな旅人の光と、長い孤独の影が薄く共存していた。
/*/ 帝国闘技場・観客席 /*/
闘技場は立ち見すら溢れる熱狂。
「大一番」の告知に、歓声が地鳴りみたいに響く。
人の肩、木の柱――器用に飛び移って、あーしは猫の姿で観客席へ潜入。
ぺたりと伏せ、尻尾を小さく揺らし、琥珀の瞳で下を覗く。
「へぇ……あれが“天武”のエルヤー、ってやつね」
舞台中央で名乗る大剣士。小さく舌打ち。
「自信満々。まあ強そうだけど」
次に呼ばれた名で、客席が爆発した。
――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。
「ぶっ……!」
毛が逆立つ。
「皇帝サマ自ら出るの? やるねぇ」
どよめきの中、皇帝が悠々と剣を抜く。対峙。
一撃目。火花、金属音、悲鳴と歓声。剣戟は止まらない。
あーしは肉球で耳を押さえつつ、目は釘付け。
「速っ……素人目でも分かる。これ、ヤベぇやつ」
最初は押され気味だった皇帝が、一歩ごとに変わる。
踏み込みが深く、斬撃が鋭く、やがてエルヤーを呑み込んでいく。
「なにそれ。ずるいくらい仕上がってくじゃん……」
〈真空斬り〉が閃き、エルヤーが斃れた瞬間――
歓声が天井をぶち抜いた。
「皇帝陛下! 万歳!!」
「天位だ! 天位が生まれたぞ!!」
ぽかんと串を咥えたまま固まって、慌てて飲み込む。
「……皇帝って、書類の人かと思ってたけど。見直したわ」
ふっと笑み。
「退屈しのぎで来たけど、当たり。……悪くない」
金色の瞳に、一瞬だけ“希望”の文字が灯る。尻尾がぱたぱた。
「皇帝のトコなら、安全に息できるかも。……ちょっと、顔出してみよっかな」
フードを直し、あーしはひらりと観客の影へ消えた。
気まぐれと用心深さ、その両方をポケットに入れて。
/*/ バハルス帝国 皇帝執務室 /*/
「……ふぅ」
ポーションの瓶を机に置き、ジルクニフはこめかみを押さえた。
胃の痛みはようやく落ち着いたが、代わりに心の重さが残る。
「魔導国からの留学生、ね……。あの爺の言葉を額面通り信じられるほど、若くも素直でもないんだが」
独りごちて溜息を吐いた、そのとき。
ふと、机の端にふわりと影が落ちる。
「……猫?」
紫がかった黒の毛並みの小柄な猫が、いつの間にか椅子の背から机に飛び乗っていた。
光の加減で紫に揺らめくその毛並みは、ただの野良とは思えない艶やかさ。
堂々と前足を伸ばし、机の上の書類を悠然と踏んで歩く。
「お、おい……! こら、紙の上はやめろ!」
追い払おうとする手に、猫は「にゃあ」と鳴きながらすり寄ってきた。
「……なんだ、お前」
撫でると、毛並みは驚くほど柔らかく、喉を鳴らす音が静かな部屋に響いた。
ジルクニフは思わず苦笑を漏らす。
「……妙なもんだな。魔導国の使者も、帝国の民も、皆、何かを求めて近づくってのに……」
「にゃあ」
「お前は……ただの猫か」
猫──あーし──は尻尾をゆらりと揺らし、机上の羽ペンをちょいちょいと突っつく。
ジルクニフは止める気もなく、ただ小さく笑った。
「……不思議だな。お前を見てると、ほんの少しだけ……胃が軽くなる」
あーしは返事代わりに、彼の袖をふみふみして丸くなる。
皇帝は目を閉じ、少しの間、静けさを味わった。
──まさかこの“猫”が、カッツェ平原の主・幻猫ミリヤ本人だとは、夢にも思わずに。
「……しばらくここにいろ」
ジルクニフはそう呟き、再び書類へと視線を戻す。
あーしは尻尾を揺らしながら、心の中でにやりと笑った。
(……マジでチョロいな、この皇帝)
/*/ バハルス帝国 皇帝執務室 後日 /*/
「陛下、お言葉ですが──」
声をかけたのは秘書官ロウネ・ヴァミリオネン。
その鋭い視線の先、執務机の上には紫黒の猫──あーしが悠々と座っていた。
「そのような野良猫を執務室に入れるなど危険です。病気や毒が仕込まれていたら……!」
「にゃあ」
あーしは気にも留めず、書類を前足でずいずい押しやり、羽ペンの先をちょいちょい。
「ご覧ください、陛下! 書類が──」
「やめろ」
低く響く声に、ロウネは一瞬で口をつぐんだ。
「……この猫は残せ」
「しかし陛下!」
「薬でも神官でも治らない胃の痛みを、この猫が和らげた。それだけで十分だ」
ジルクニフは苦笑しつつ、あーしの背を撫でる。
「……人は皆、陛下陛下と擦り寄るが、こいつは……何も求めん」
「にゃあ」
(まぁ、肉くらいは欲しいけどね)
あーしは内心で鼻を鳴らしながら、喉をゴロゴロと鳴らした。
「見ろ、この毛並み。紫を帯びた黒……まるで帝国の未来そのものだ」
ロウネは歯を食いしばったが、それ以上は言えなかった。
「……心得ました。ただし、万一のことがあれば──」
「その時は、私が責任を取る」
「……はっ」
あーしは心の中でくすくす笑う。
(責任取るって……マジメだなぁ。ほんと、こういうタイプ、いじり甲斐あるわ)
/*/ 帝都バハルス 宮廷の片隅 /*/
「……またあの猫だ」
「陛下が抱いて執務なさってるらしいぞ」
「ただの猫じゃねえ、神獣だとか……」
そんな噂が、宮廷中に広がっていた。
紫黒の猫──あーし──は、堂々と宮廷を歩き回り、すでに“陛下の守り神”扱い。
ジルクニフが撫でれば胃痛が治る、触れば出世する、見れば幸運が訪れる――
勝手に尾ヒレどころか翼まで生えた話になっていた。
「陛下、また机の上で寝かせておられるのですか」
ロウネが呆れ気味に言う。
「仕方なかろう。この毛並みだぞ。撫でると心まで軽くなる」
「薬師が泣きますよ」
「泣かせておけ」
ジルクニフはあーしを撫でながら微笑む。
忠臣も貴族も、誰も信用できないこの世界で、彼が唯一気を許せるのは――
“猫”だけだった。
(……人間って、ホントちょろいな。撫でられてるだけで、信頼しちゃうんだもん)
「……人は裏切る。だが猫は裏切らん」
ジルクニフが呟く。
「にゃあ」
(あーしは裏切らないよ? ただし、“黙って利用する”けどね)
/*/ 帝都アーウィンタール 宮廷大広間 /*/
黄金の光が満ちる宴の夜。
貴族たちの視線の先、玉座の傍らには紫黒の猫が優雅に鎮座していた。
「……陛下は本当に連れて来られたのか」
「神々しい……! まるで魔獣の王だ!」
「いや、神獣に違いない」
(バカばっか。あーし、ただの猫ムーブしてるだけなのに)
「陛下、本日の“猫様”もご機嫌麗しいようで」
ロウネがそっと言う。
ジルクニフは杯を掲げながら、腕の中のあーしを撫でた。
「当然だ。帝国の守り神だからな」
「にゃあ」
あくびをして尻尾を揺らす。
その仕草ひとつで、貴族たちが一斉に感嘆のため息を漏らす。
「優雅だ……!」
「陛下の御心を映す存在に違いない!」
(ふふーん。寝てるだけで尊敬されるとか、チョロすぎでしょ)
やがてジルクニフが盃を掲げる。
「我が帝国の未来は、必ずや揺るがぬ」
その瞬間、あーしがタイミングよく喉を鳴らした。
広間は歓声と拍手に包まれる。
「猫さまもお喜びだ!」
「吉兆だ! 吉兆だ!」
ジルクニフは内心で苦笑する。
(……本当に、私は猫にまで助けられるのか)
一方あーしは、尻尾をゆるりと振りながら心の中で笑った。
(助けてる? いや、あーし、ただ寝てるだけだし。
ま、利用できるうちは利用しとくけどね。皇帝サマ、いいクッションだし)
/*/
──こうして、カッツェ平原の幻猫ミリヤは、
帝国の「守護神」にして「皇帝専属クッション」として、
今日も優雅に昼寝している。
「……にゃあ(肉くれ)」