オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第142話:猫のきまぐれ

 

 

/*/ カッツェ平原・猫の城塞 /*/

 

 

崩れかけた石壁の中、ひっそり作った畑が風にしゃらついてる。

あーしは木箱に腰かけ、干した薬草の束を指でくるくる回しながら、でっかいあくびをひとつ。

 

「ふわぁ……マジ退屈。死ぬほど暇」

 

猫耳がぱたりと動く。視線を廃墟の奥までぐるっと回す。

“幻猫の迷宮”に隠してるギルド武器も、ときどき確認するくらい。畑も世話終わり。

飯に困らないのはいいけど、心が干からびるんだよね、こういうの。

 

「……ちょっとくらい出かけてもバレないっしょ?」

 

言った瞬間、もう決まり。

荷物を小さな袋にまとめ、あーしは紫がかった黒猫へ変わる。

しなやかな体で石壁をひょいと越え、平原の影を音もなく駆け抜けた。

 

 

/*/ 帝国首都アーウィンタール /*/

 

 

昼下がりの帝都は、田舎とスケールが違う。市場の呼び声、屋台の匂い、喧騒。

人混みに紛れて、あーしは幼い少女の姿へ戻り、フードを目深にかぶる。

 

「うぇ~……やっぱ街はいいね。にぎやかで、退屈してる暇ない」

 

行列ができてる肉の屋台が目に入る。香ばしい匂いで胃袋を殴ってくる。

口元が勝手にニヤついた。財布の小袋をぎゅっと握る。

 

「よし、今日は肉いっとこ。限界まで」

 

銅貨を出して熱々の串を受け取る。猫耳がぴくつきそうなのをこらえて、がぶり。

「ん~~! これこれ。畑の芋と草ばっかは、流石に飽きるんだよねぇ」

 

肉を頬張りながら、帝都のざわめきを眺める。

「……退屈したら街。正解だわ。城塞に籠ってばっかだと、マジ気が滅入る」

 

足取りは尻尾を揺らすみたいに軽く、あーしは闘技場の方角へ。

 

 

/*/ 帝国首都アーウィンタール・闘技場帰りの賑わい /*/

 

 

夕暮れ。石畳の大通りは熱気でむんむん。焼き串やパンの屋台がずらり、香りで客を引きずる。

 

「……匂いの暴力。最高じゃん」

 

猫耳をぴくつかせつつ屋台前で足を止め、銅貨を数枚。串焼き肉を一本確保。

熱い肉にかぶりつき、頬張っていると、横から会話が飛び込んだ。

 

「聞いたか? 次の闘技会、皇帝陛下が観戦に来られるってよ!」

「マジ? “鮮血帝”を生で拝めるとか一生モンだろ!」

「こりゃ人がごった返すぞ……」

 

目が思わず丸くなる。口いっぱいの肉を慌てて飲み込む。

「……へぇ~、皇帝が直で? ガチじゃん」

 

尻尾があるならふわっと揺れてる。胸の奥に小さな火花。

「戦とか帝国の都合とか、あーしにはどうでもいいけど……強い王様、直で見れるなら、そりゃアリ」

 

串をぺろり。フードを整え、人混みに紛れて闘技場へ向かう。

瞳の奥には、気まぐれな旅人の光と、長い孤独の影が薄く共存していた。

 

 

/*/ 帝国闘技場・観客席 /*/

 

 

闘技場は立ち見すら溢れる熱狂。

「大一番」の告知に、歓声が地鳴りみたいに響く。

 

人の肩、木の柱――器用に飛び移って、あーしは猫の姿で観客席へ潜入。

ぺたりと伏せ、尻尾を小さく揺らし、琥珀の瞳で下を覗く。

 

「へぇ……あれが“天武”のエルヤー、ってやつね」

舞台中央で名乗る大剣士。小さく舌打ち。

「自信満々。まあ強そうだけど」

 

次に呼ばれた名で、客席が爆発した。

――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

「ぶっ……!」

毛が逆立つ。

「皇帝サマ自ら出るの? やるねぇ」

 

どよめきの中、皇帝が悠々と剣を抜く。対峙。

 

一撃目。火花、金属音、悲鳴と歓声。剣戟は止まらない。

あーしは肉球で耳を押さえつつ、目は釘付け。

 

「速っ……素人目でも分かる。これ、ヤベぇやつ」

 

最初は押され気味だった皇帝が、一歩ごとに変わる。

踏み込みが深く、斬撃が鋭く、やがてエルヤーを呑み込んでいく。

 

「なにそれ。ずるいくらい仕上がってくじゃん……」

 

〈真空斬り〉が閃き、エルヤーが斃れた瞬間――

歓声が天井をぶち抜いた。

 

「皇帝陛下! 万歳!!」

「天位だ! 天位が生まれたぞ!!」

 

ぽかんと串を咥えたまま固まって、慌てて飲み込む。

「……皇帝って、書類の人かと思ってたけど。見直したわ」

 

ふっと笑み。

「退屈しのぎで来たけど、当たり。……悪くない」

 

金色の瞳に、一瞬だけ“希望”の文字が灯る。尻尾がぱたぱた。

 

「皇帝のトコなら、安全に息できるかも。……ちょっと、顔出してみよっかな」

 

フードを直し、あーしはひらりと観客の影へ消えた。

気まぐれと用心深さ、その両方をポケットに入れて。

 

 

/*/ バハルス帝国 皇帝執務室 /*/

 

 

「……ふぅ」

ポーションの瓶を机に置き、ジルクニフはこめかみを押さえた。

胃の痛みはようやく落ち着いたが、代わりに心の重さが残る。

 

「魔導国からの留学生、ね……。あの爺の言葉を額面通り信じられるほど、若くも素直でもないんだが」

独りごちて溜息を吐いた、そのとき。

 

ふと、机の端にふわりと影が落ちる。

 

「……猫?」

 

紫がかった黒の毛並みの小柄な猫が、いつの間にか椅子の背から机に飛び乗っていた。

光の加減で紫に揺らめくその毛並みは、ただの野良とは思えない艶やかさ。

堂々と前足を伸ばし、机の上の書類を悠然と踏んで歩く。

 

「お、おい……! こら、紙の上はやめろ!」

 

追い払おうとする手に、猫は「にゃあ」と鳴きながらすり寄ってきた。

 

「……なんだ、お前」

 

撫でると、毛並みは驚くほど柔らかく、喉を鳴らす音が静かな部屋に響いた。

ジルクニフは思わず苦笑を漏らす。

 

「……妙なもんだな。魔導国の使者も、帝国の民も、皆、何かを求めて近づくってのに……」

 

「にゃあ」

 

「お前は……ただの猫か」

 

猫──あーし──は尻尾をゆらりと揺らし、机上の羽ペンをちょいちょいと突っつく。

ジルクニフは止める気もなく、ただ小さく笑った。

 

「……不思議だな。お前を見てると、ほんの少しだけ……胃が軽くなる」

 

あーしは返事代わりに、彼の袖をふみふみして丸くなる。

皇帝は目を閉じ、少しの間、静けさを味わった。

 

──まさかこの“猫”が、カッツェ平原の主・幻猫ミリヤ本人だとは、夢にも思わずに。

 

「……しばらくここにいろ」

ジルクニフはそう呟き、再び書類へと視線を戻す。

 

あーしは尻尾を揺らしながら、心の中でにやりと笑った。

(……マジでチョロいな、この皇帝)

 

 

/*/ バハルス帝国 皇帝執務室 後日 /*/

 

 

「陛下、お言葉ですが──」

声をかけたのは秘書官ロウネ・ヴァミリオネン。

その鋭い視線の先、執務机の上には紫黒の猫──あーしが悠々と座っていた。

 

「そのような野良猫を執務室に入れるなど危険です。病気や毒が仕込まれていたら……!」

 

「にゃあ」

 

あーしは気にも留めず、書類を前足でずいずい押しやり、羽ペンの先をちょいちょい。

 

「ご覧ください、陛下! 書類が──」

 

「やめろ」

 

低く響く声に、ロウネは一瞬で口をつぐんだ。

 

「……この猫は残せ」

 

「しかし陛下!」

 

「薬でも神官でも治らない胃の痛みを、この猫が和らげた。それだけで十分だ」

ジルクニフは苦笑しつつ、あーしの背を撫でる。

「……人は皆、陛下陛下と擦り寄るが、こいつは……何も求めん」

 

「にゃあ」

 

(まぁ、肉くらいは欲しいけどね)

あーしは内心で鼻を鳴らしながら、喉をゴロゴロと鳴らした。

 

「見ろ、この毛並み。紫を帯びた黒……まるで帝国の未来そのものだ」

 

ロウネは歯を食いしばったが、それ以上は言えなかった。

 

「……心得ました。ただし、万一のことがあれば──」

 

「その時は、私が責任を取る」

 

「……はっ」

 

あーしは心の中でくすくす笑う。

(責任取るって……マジメだなぁ。ほんと、こういうタイプ、いじり甲斐あるわ)

 

 

/*/ 帝都バハルス 宮廷の片隅 /*/

 

 

「……またあの猫だ」

「陛下が抱いて執務なさってるらしいぞ」

「ただの猫じゃねえ、神獣だとか……」

 

そんな噂が、宮廷中に広がっていた。

紫黒の猫──あーし──は、堂々と宮廷を歩き回り、すでに“陛下の守り神”扱い。

 

ジルクニフが撫でれば胃痛が治る、触れば出世する、見れば幸運が訪れる――

勝手に尾ヒレどころか翼まで生えた話になっていた。

 

「陛下、また机の上で寝かせておられるのですか」

ロウネが呆れ気味に言う。

 

「仕方なかろう。この毛並みだぞ。撫でると心まで軽くなる」

「薬師が泣きますよ」

「泣かせておけ」

 

ジルクニフはあーしを撫でながら微笑む。

忠臣も貴族も、誰も信用できないこの世界で、彼が唯一気を許せるのは――

“猫”だけだった。

 

(……人間って、ホントちょろいな。撫でられてるだけで、信頼しちゃうんだもん)

 

「……人は裏切る。だが猫は裏切らん」

ジルクニフが呟く。

 

「にゃあ」

 

(あーしは裏切らないよ? ただし、“黙って利用する”けどね)

 

 

/*/ 帝都アーウィンタール 宮廷大広間 /*/

 

 

黄金の光が満ちる宴の夜。

貴族たちの視線の先、玉座の傍らには紫黒の猫が優雅に鎮座していた。

 

「……陛下は本当に連れて来られたのか」

「神々しい……! まるで魔獣の王だ!」

「いや、神獣に違いない」

 

(バカばっか。あーし、ただの猫ムーブしてるだけなのに)

 

「陛下、本日の“猫様”もご機嫌麗しいようで」

ロウネがそっと言う。

ジルクニフは杯を掲げながら、腕の中のあーしを撫でた。

 

「当然だ。帝国の守り神だからな」

 

「にゃあ」

あくびをして尻尾を揺らす。

 

その仕草ひとつで、貴族たちが一斉に感嘆のため息を漏らす。

 

「優雅だ……!」

「陛下の御心を映す存在に違いない!」

 

(ふふーん。寝てるだけで尊敬されるとか、チョロすぎでしょ)

 

やがてジルクニフが盃を掲げる。

 

「我が帝国の未来は、必ずや揺るがぬ」

 

その瞬間、あーしがタイミングよく喉を鳴らした。

広間は歓声と拍手に包まれる。

 

「猫さまもお喜びだ!」

「吉兆だ! 吉兆だ!」

 

ジルクニフは内心で苦笑する。

(……本当に、私は猫にまで助けられるのか)

 

一方あーしは、尻尾をゆるりと振りながら心の中で笑った。

 

(助けてる? いや、あーし、ただ寝てるだけだし。

 ま、利用できるうちは利用しとくけどね。皇帝サマ、いいクッションだし)

 

 

/*/

 

 

──こうして、カッツェ平原の幻猫ミリヤは、

帝国の「守護神」にして「皇帝専属クッション」として、

今日も優雅に昼寝している。

 

「……にゃあ(肉くれ)」

 

 

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