オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 帝国皇帝執務室に潜む紫黒の猫 /*/
机に積まれた紙の山やゴーレムの仕様書の上を、紫がかった黒毛並みを揺らしてのしのし歩く。
あーしは猫の姿で、ジルクニフの執務をこっそり見張ってた。いや、見守ってるって言ったほうが角は立たないか。
「――魔導国の動き侮れん……」
皇帝サマの小さな独り言。あーしは舌をちろっと出して心の中で笑う。
(そりゃ動くでしょ。飴とムチ、両方使うのがあの手の化け物の常套手段だし)
秘書官ロウネ・ヴァミリネンが、静かに書類を差し出す。
「陛下……ゴーレムの運用は各班の試験と討伐を兼ねております。計画通り進めれば――」
ジルクニフは溜息をひとつ。
「……アインズとジョン。相変わらず手練れだ。甘い“飴”を差し出しつつ、こちらを試す……」
(うんうん、そういう匂いするよね)
あーしは机の端に座り込み、尻尾を小さく打つ。
(飯がうまいから気楽に来てみたけど、ここ、想像以上に“現場”が濃い。退屈しないのは正義)
ジルクニフが書類を整理している間、あーしは小さく伸びをして、光を受けた毛並みをさらりと撫でつける。
皇帝の声が低く落ちる。
「……利用するか、利用されるか。どのみち動かねばならん」
(そう、それ。止まったら死ぬのは王も猫も同じ)
あーしは「にゃ」と短く鳴いて足元で丸くなる。
「……陛下、あの猫……妙に落ち着いておりますね」
ロウネの視線が刺さる。
(“妙に落ち着いてる”んじゃなくて、“全部見てる”の。猫ナメんな)
ジルクニフは何も言わないが、視線の奥で気付いてる顔をしていた。
あーしは帝国の駒の配置を、静かに、でも確実に見極めていく。
/*/ 帝国ゴーレム試験班の観察と帝国飯 /*/
紫黒の毛並みを揺らしつつ、あーしは城塞を抜けて、帝国の試験班が動くトブ大森林の縁へ。
猫の身は便利。茂みも岩陰も、気配を消してスルッと通れる。
操縦席に乗り込む学生たち、鉄の騎士(ナイト・ゴーレム)の初期動作。
(へぇ、思ったより素直に動くじゃん。遅いけど疲れないの、地味に脅威だよね)
で、合間に屋台へすいっと忍び寄るのが、あーし流の“観察”。
焼きたての串をくわえて影に戻り、一口。
(ん~~、香ばし。やっぱ自給自足だけじゃ満たせないとこ、あるんだよね)
戻って観察再開。迷い手つきの学生、オーガに浮足立つ班長、逆に呑み込み早い子。
(“疲れを知らない兵器”を“疲れる人間”が運用する。このギャップを埋めるのが、教育ってやつ)
遠くで討伐試験の号令、金属音、ぶつかる轟き。
(やっぱ輝くやつは出る。そういうの、嫌いじゃないけど調子乗ると死ぬよ)
課題終盤、班が無事に森を抜けるころ、あーしは茂みに戻って丸くなる。
(帝国は面白い、屋台はうまい。明日も“観察”と“補給”で二毛作ね)
夜の森に溶ける紫黒。
小さな猫は、魔導国の計略と帝国の駒の間を、静かに自由に駆け回る。
/*/ 帝国ゴーレム試験運用見学 /*/
執務室の高窓。梁の上にぺたり。
あーしは眼下の学院広場で、乗り込み式ゴーレムの実地を覗く。
(自立思考を削って操縦者に追従。暴走リスクを極小化、ね。賢い。つまんないけど安全は正義)
鉄の巨体がどすん、と踏み鳴らすたび、学生の歓声。
腕の旋回、脚の踏破、反応遅延の癖――全部、目に焼く。
その時、背後で皇帝サマの独り言。
耳がぴくり。心の底のほこりが、ふっと舞う。
(ジョン……狼の傭兵。……あーし、忘れたいようで忘れてない顔、してる)
陽光に毛が紫に光る。
(操縦なら暴れない。観察してもバレない。……けど、ジョンの件は、別腹ってやつ)
ゴーレムの動作が洗練され、学生の導線も整っていく。
(さて。安全確認、飯、観察、ついでに“記憶の埃払い”。やることは多いけど――)
尻尾をゆらり。
(楽しい方を優先、があーしの流儀。退屈は罪だしね)
今日も紫黒の猫は、静かに、したたかに、世界を覗き返す。
/*/ 大広間・潜伏する猫ミリヤ /*/
紫がかった黒猫の姿で、あーしは天井の梁んとこや暖炉の陰に身を潜めて、宴の様子を観察してた。
煌びやかな燭台の光が床の金銀の杯や甲冑の輝きに反射して、目に痛いくらいギラギラしてる。
人間どもの笑い声と拍手が渦巻く中でも、猫耳は小声の噂も足音もちゃんと拾ってる。
(……あのガキが鉄の騎士6体ぶん働いたってマジ?)
小さく首をかしげて、中央の卓を見る。
ヘジンマールって名の少年が、貴族どもの言葉を笑顔で受け流しながら、肉をつまんでやがる。
見た目は人間の子ども。けど肩や耳のラインに、どう見ても竜の残り香がある。
(……プレイヤー? いや、竜のくせに人型で出てきてる?)
猫の目を細める。戦場で兵器をぶち抜いたあの力の持ち主が、いまは人間の皮で社交してるわけか。
(ふーん。あーしと同じで“人型モード”ってやつか。やるねぇ)
梁の上で尻尾を軽く揺らしながら考える。
(今んとこ帝国を守ってるっぽいし、“褒められたい系ドラゴン”って感じ? 悪いタイプじゃない)
とりあえずの評価は“危険だけど敵じゃない”。
(利用されてんのは分かってるけど、放っとくよりマシか)
黄金の盃の光がヘジンマールの顔を照らすたび、
あーしは目を細めて、その動きと皇帝の視線の交錯を観察した。
(……まあ、いまのとこは見守りでいいか。
問題は、竜が退屈しだした時よね……)
紫黒の毛並みを撫でながら、小さく欠伸。
宴の空気を読み切る猫の目が、静かに次の獲物を探していた。
/*/ 帝都闘技場・観戦中のミリヤ /*/
紫がかった黒猫の姿で、あーしは闘技場の梁んとこに潜んでた。
観客の歓声、砂塵の熱気、血の匂い。全部がごちゃ混ぜになって空に響く。
(やっぱドラゴンだ……! でもなんで闘技場で暴れてんのさ)
氷の翼を広げたフロスト・ドラゴン――ヘジンマール。
光を反射して輝く鱗が、見てるだけで寒気がするほど美しい。
それでも、周囲の観客は歓声を上げ、子供たちは目を輝かせてる。
(……戦いってより、ショータイムって感じだね)
拳を構える武王ゴ・ギン。その巨体と竜の翼がぶつかり合う瞬間、
空気が裂ける音と歓声が一体になる。
(ふぅん。観客煽り上手いじゃん。ちょっと芸人入ってるな)
あーしは尻尾を小さく振って笑う。
(こういうタイプ、滅ぼす気はねーな。人間と遊んでるだけっしょ)
氷の息が砂地を凍らせるたび、観客は悲鳴と歓声を同時に上げる。
それを見て、ミリヤは思う。
(……大丈夫そうだな。
帝国のためってより、自分が楽しんでる感じ。
まあ、危険は少なそう)
そう呟いて、梁の上でくるりと体を丸めた。
紫黒の猫は、竜と人間の熱狂を冷めた瞳で見守りながら、
次の騒動の匂いを静かに探していた。
/*/ 帝国宮廷・政務会議 /*/
重たい空気の会議室。
玉座の上でジルクニフが報告書の山を睨んでた。
「……また暴動か」
その一言で官僚たちがビクッとする。
「はっ……! 若者が闘技場に夢中で、農作業も軍務も……」
(あー、やっぱり。民が暴れりゃ、上は胃にくるんだよね)
あーしは部屋の隅の柱陰からジルクニフの表情を見上げる。
疲れ切った顔、けどその瞳だけはまだ光を失ってない。
(……この人、見た目よりタフだな)
ジルクニフの思考は過去へ。
――あの戦い。
強き皇帝の幻想。だが実際は、ジョンが変身して演じた偽の皇帝だった。
(は? ジョンが?)
あーしの耳がぴくっと動く。
(まじで? あーしの知ってるジョン・カルバイン? あの気功バカ?)
脳内で記憶がぐるぐる。
(でも、同じ名前の奴なんて珍しくないし……いや、でも“魔法で変身”とか、あの人っぽいし……)
官僚たちの声が続く。
「陛下、強き皇帝像が民を扇動しております!」
ジルクニフは目を伏せたまま思考を巡らせる。
(……幻想でも、信頼を得たのは事実。利用できるなら――)
机に手を置いて、黄金の瞳が光る。
「幻想を操る。それもまた、統治の手だ」
官僚たちが息を呑む。
(……強ぇな、皇帝サマ。
力はなくても、頭がキレッキレじゃん)
あーしは心の中で唸りながら、
(でも、ジョンが絡んでるとなると……ややこしくなる予感しかしねぇ)
と、尻尾を一度だけパタンと打った。
/*/ 魔導国大使館・外・馬車 /*/
会議が終わって外へ出たあーしは、夕暮れの石畳を走ってた。
紫黒の毛並みが街の影と混ざり合う。
(……陛下、あのジョンって人とどう関わるつもりなんだろ)
馬車の準備が進む。御者が手綱を引く音を聞きながら、
あーしは幌の下にすべり込む。音も匂いも消して、気配ゼロ。
中ではジルクニフが外を見つめてる。
背中の後ろで、あーしは小さく丸まり、尻尾を体に巻いた。
(よし。これで後ろから全部見張れる。
ジョンの本心も、陛下の出方も……バッチリ観察してやる)
馬車が石畳を滑り、夜風が幌を揺らす。
あーしは息を潜め、金の瞳と影の皇帝の背を見つめた。
(……怖いけど、目ぇ逸らす方がもっと怖いからね)
風が毛並みをなで、あーしの瞳が小さく光る。
(陛下とジョン。
二人の動き次第で、帝国も、あーしの居場所も変わる……)
馬車は街を離れ、夜の闇の中へと消えていった。
紫黒の猫は、誰にも気づかれぬまま、
歴史の裏を、静かに見届けていた。
/*/ 馬車内・街道 /*/
紫がかった黒の毛並みの猫――あーしは、馬車の座席の陰に身を潜め、陛下たちの会話に耳をそばだててた。
馬車の中は静か。革の軋む音と、外の車輪のリズムだけが響いてる。
「……ジョン殿、今回は助言を頂き感謝する」
ジルクニフの低い声が響く。
「いや、俺の考えを示したまでだよ。陛下がどう動くか、興味深く見守りたい」
(……やっぱこの二人、ただの仲良しじゃないね。どっちも“考えてる側”の顔してる)
あーしは尾をくるんと体に巻きつけ、呼吸を潜めた。
バレずに聞いてやろう……と思った矢先。
「……ん?」
低く落ち着いた声。
ぞくりと背筋が凍る。――セバス。ジョンの執事。あのヤバいお爺さんだ。
座席の隙間から鋭い視線が差し込み、紫黒の影を射抜いた。
(……ッ!? この執事、気配感知おかしいでしょ! 80Lv超えとか反則!)
毛が逆立つ。息を止め、じりっと這って逃げようとしたその瞬間、
ジルクニフの声が静かに割り込んだ。
「……ああ、こいつか。ついてきてしまったのだな。私の猫だ」
(っ……陛下!? フォロー早ぇ!)
セバスの目が一瞬驚き、すぐ冷静に戻る。
「陛下……」
そのまま深く頭を下げた。
ジルクニフは猫のあーしに目を向けて、落ち着いた声で言う。
「安心せよ。危害は加えぬ」
(……助かった。マジで危なかった……!)
そこへジョンが笑いながら口を開いた。
「おや、ジル。猫を飼っていたのか。いい趣味だな」
「……これは、ただの同行者である」
陛下、顔ちょっと赤い。いや可愛いけど、バレてる気配しかないんだけど!?
あーしは足元で丸くなりながら、小さく心の中で毒づいた。
(……これ以上喋られたら絶対バレる……! てかジョン、気づいてるよね? 絶対わざとでしょ)
馬車は静かに街道を進む。
紫黒の小さな影――あーしは、ジルクニフの“猫”として、
この先の展開をこっそり見守ることになった。
/*/ 馬車内・街道(続) /*/
揺れる馬車の中。
あーしは陛下の足元で丸まりつつも、耳だけはピンと立ててた。
「……軍の活用方法は、やはり有効だと思うのだが……」
ジルクニフの声は低く慎重。
「ええ。敗者を無駄にせず、国のために循環させる――それが最も効率的でしょう」
ジョンの声は柔らかい。けど、底に鋭さがある。
(……“敗者の再利用”ね。
闘技場で熱狂を作って、経済回して、兵も再生産。……完全に計算づくだわ)
あーしは顎を前足に乗せながら、尻尾で床をぱたんと叩いた。
(てか、ジョンってこんなに頭回る人だったっけ?
あーしの知ってるジョン・カルバインは“ノリと勢いで地獄まで行く系”だったんだけど……別人?)
ジルクニフが息をつく。
「……お前の言う通りだ。私はこの狂騒を完全には制御できぬ。
“強き皇帝”という幻想に、国ごと呑まれている」
(……そっか。やっぱり、“皇帝の剣”を振ったのはジョンなんだ……)
あーしは胸の奥がきゅっと痛くなるのを感じた。
(本当は戦えないのに、国のために立ってる。……この人、思ったより根性あるな)
風が幌の隙間から吹き込み、毛並みがそよぐ。
木々の影が流れるように馬車を追い越していく。
(……ふふ。
あーし、もう少しこの旅に付き合ってみよっかな。
危険? まぁ、面白けりゃそれでいいでしょ)
小さな瞳がわずかに光る。
“皇帝”と“策士”、そして“猫”。
馬車の中で繰り広げられる会話を聞きながら、
あーしは自分がこの時代の「裏の目撃者」になりつつあることを悟っていた。
(――さて、次はどんなネタが聞けるのか……楽しみじゃん)
紫がかった黒の毛並みが、夜風に揺れた。