オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第143話:猫の記憶力

 

 

/*/ 帝国皇帝執務室に潜む紫黒の猫 /*/

 

 

机に積まれた紙の山やゴーレムの仕様書の上を、紫がかった黒毛並みを揺らしてのしのし歩く。

あーしは猫の姿で、ジルクニフの執務をこっそり見張ってた。いや、見守ってるって言ったほうが角は立たないか。

 

「――魔導国の動き侮れん……」

 

皇帝サマの小さな独り言。あーしは舌をちろっと出して心の中で笑う。

(そりゃ動くでしょ。飴とムチ、両方使うのがあの手の化け物の常套手段だし)

 

秘書官ロウネ・ヴァミリネンが、静かに書類を差し出す。

「陛下……ゴーレムの運用は各班の試験と討伐を兼ねております。計画通り進めれば――」

 

ジルクニフは溜息をひとつ。

「……アインズとジョン。相変わらず手練れだ。甘い“飴”を差し出しつつ、こちらを試す……」

 

(うんうん、そういう匂いするよね)

あーしは机の端に座り込み、尻尾を小さく打つ。

(飯がうまいから気楽に来てみたけど、ここ、想像以上に“現場”が濃い。退屈しないのは正義)

 

ジルクニフが書類を整理している間、あーしは小さく伸びをして、光を受けた毛並みをさらりと撫でつける。

皇帝の声が低く落ちる。

 

「……利用するか、利用されるか。どのみち動かねばならん」

 

(そう、それ。止まったら死ぬのは王も猫も同じ)

あーしは「にゃ」と短く鳴いて足元で丸くなる。

 

「……陛下、あの猫……妙に落ち着いておりますね」

ロウネの視線が刺さる。

 

(“妙に落ち着いてる”んじゃなくて、“全部見てる”の。猫ナメんな)

ジルクニフは何も言わないが、視線の奥で気付いてる顔をしていた。

あーしは帝国の駒の配置を、静かに、でも確実に見極めていく。

 

 

/*/ 帝国ゴーレム試験班の観察と帝国飯 /*/

 

 

紫黒の毛並みを揺らしつつ、あーしは城塞を抜けて、帝国の試験班が動くトブ大森林の縁へ。

猫の身は便利。茂みも岩陰も、気配を消してスルッと通れる。

 

操縦席に乗り込む学生たち、鉄の騎士(ナイト・ゴーレム)の初期動作。

(へぇ、思ったより素直に動くじゃん。遅いけど疲れないの、地味に脅威だよね)

 

で、合間に屋台へすいっと忍び寄るのが、あーし流の“観察”。

焼きたての串をくわえて影に戻り、一口。

(ん~~、香ばし。やっぱ自給自足だけじゃ満たせないとこ、あるんだよね)

 

戻って観察再開。迷い手つきの学生、オーガに浮足立つ班長、逆に呑み込み早い子。

(“疲れを知らない兵器”を“疲れる人間”が運用する。このギャップを埋めるのが、教育ってやつ)

 

遠くで討伐試験の号令、金属音、ぶつかる轟き。

(やっぱ輝くやつは出る。そういうの、嫌いじゃないけど調子乗ると死ぬよ)

 

課題終盤、班が無事に森を抜けるころ、あーしは茂みに戻って丸くなる。

(帝国は面白い、屋台はうまい。明日も“観察”と“補給”で二毛作ね)

 

夜の森に溶ける紫黒。

小さな猫は、魔導国の計略と帝国の駒の間を、静かに自由に駆け回る。

 

 

/*/ 帝国ゴーレム試験運用見学 /*/

 

 

執務室の高窓。梁の上にぺたり。

あーしは眼下の学院広場で、乗り込み式ゴーレムの実地を覗く。

 

(自立思考を削って操縦者に追従。暴走リスクを極小化、ね。賢い。つまんないけど安全は正義)

 

鉄の巨体がどすん、と踏み鳴らすたび、学生の歓声。

腕の旋回、脚の踏破、反応遅延の癖――全部、目に焼く。

 

その時、背後で皇帝サマの独り言。

 

耳がぴくり。心の底のほこりが、ふっと舞う。

(ジョン……狼の傭兵。……あーし、忘れたいようで忘れてない顔、してる)

 

陽光に毛が紫に光る。

(操縦なら暴れない。観察してもバレない。……けど、ジョンの件は、別腹ってやつ)

 

ゴーレムの動作が洗練され、学生の導線も整っていく。

(さて。安全確認、飯、観察、ついでに“記憶の埃払い”。やることは多いけど――)

 

尻尾をゆらり。

(楽しい方を優先、があーしの流儀。退屈は罪だしね)

 

今日も紫黒の猫は、静かに、したたかに、世界を覗き返す。

 

 

/*/ 大広間・潜伏する猫ミリヤ /*/

 

 

紫がかった黒猫の姿で、あーしは天井の梁んとこや暖炉の陰に身を潜めて、宴の様子を観察してた。

煌びやかな燭台の光が床の金銀の杯や甲冑の輝きに反射して、目に痛いくらいギラギラしてる。

人間どもの笑い声と拍手が渦巻く中でも、猫耳は小声の噂も足音もちゃんと拾ってる。

 

(……あのガキが鉄の騎士6体ぶん働いたってマジ?)

 

小さく首をかしげて、中央の卓を見る。

ヘジンマールって名の少年が、貴族どもの言葉を笑顔で受け流しながら、肉をつまんでやがる。

見た目は人間の子ども。けど肩や耳のラインに、どう見ても竜の残り香がある。

 

(……プレイヤー? いや、竜のくせに人型で出てきてる?)

 

猫の目を細める。戦場で兵器をぶち抜いたあの力の持ち主が、いまは人間の皮で社交してるわけか。

(ふーん。あーしと同じで“人型モード”ってやつか。やるねぇ)

 

梁の上で尻尾を軽く揺らしながら考える。

(今んとこ帝国を守ってるっぽいし、“褒められたい系ドラゴン”って感じ? 悪いタイプじゃない)

 

とりあえずの評価は“危険だけど敵じゃない”。

(利用されてんのは分かってるけど、放っとくよりマシか)

 

黄金の盃の光がヘジンマールの顔を照らすたび、

あーしは目を細めて、その動きと皇帝の視線の交錯を観察した。

 

(……まあ、いまのとこは見守りでいいか。

 問題は、竜が退屈しだした時よね……)

 

紫黒の毛並みを撫でながら、小さく欠伸。

宴の空気を読み切る猫の目が、静かに次の獲物を探していた。

 

 

/*/ 帝都闘技場・観戦中のミリヤ /*/

 

 

紫がかった黒猫の姿で、あーしは闘技場の梁んとこに潜んでた。

観客の歓声、砂塵の熱気、血の匂い。全部がごちゃ混ぜになって空に響く。

 

(やっぱドラゴンだ……! でもなんで闘技場で暴れてんのさ)

 

氷の翼を広げたフロスト・ドラゴン――ヘジンマール。

光を反射して輝く鱗が、見てるだけで寒気がするほど美しい。

それでも、周囲の観客は歓声を上げ、子供たちは目を輝かせてる。

 

(……戦いってより、ショータイムって感じだね)

 

拳を構える武王ゴ・ギン。その巨体と竜の翼がぶつかり合う瞬間、

空気が裂ける音と歓声が一体になる。

 

(ふぅん。観客煽り上手いじゃん。ちょっと芸人入ってるな)

 

あーしは尻尾を小さく振って笑う。

(こういうタイプ、滅ぼす気はねーな。人間と遊んでるだけっしょ)

 

氷の息が砂地を凍らせるたび、観客は悲鳴と歓声を同時に上げる。

それを見て、ミリヤは思う。

 

(……大丈夫そうだな。

 帝国のためってより、自分が楽しんでる感じ。

 まあ、危険は少なそう)

 

そう呟いて、梁の上でくるりと体を丸めた。

紫黒の猫は、竜と人間の熱狂を冷めた瞳で見守りながら、

次の騒動の匂いを静かに探していた。

 

 

/*/ 帝国宮廷・政務会議 /*/

 

 

重たい空気の会議室。

玉座の上でジルクニフが報告書の山を睨んでた。

 

「……また暴動か」

 

その一言で官僚たちがビクッとする。

 

「はっ……! 若者が闘技場に夢中で、農作業も軍務も……」

 

(あー、やっぱり。民が暴れりゃ、上は胃にくるんだよね)

 

あーしは部屋の隅の柱陰からジルクニフの表情を見上げる。

疲れ切った顔、けどその瞳だけはまだ光を失ってない。

 

(……この人、見た目よりタフだな)

 

ジルクニフの思考は過去へ。

――あの戦い。

強き皇帝の幻想。だが実際は、ジョンが変身して演じた偽の皇帝だった。

 

(は? ジョンが?)

 

あーしの耳がぴくっと動く。

(まじで? あーしの知ってるジョン・カルバイン? あの気功バカ?)

 

脳内で記憶がぐるぐる。

(でも、同じ名前の奴なんて珍しくないし……いや、でも“魔法で変身”とか、あの人っぽいし……)

 

官僚たちの声が続く。

「陛下、強き皇帝像が民を扇動しております!」

 

ジルクニフは目を伏せたまま思考を巡らせる。

(……幻想でも、信頼を得たのは事実。利用できるなら――)

 

机に手を置いて、黄金の瞳が光る。

「幻想を操る。それもまた、統治の手だ」

 

官僚たちが息を呑む。

 

(……強ぇな、皇帝サマ。

 力はなくても、頭がキレッキレじゃん)

 

あーしは心の中で唸りながら、

(でも、ジョンが絡んでるとなると……ややこしくなる予感しかしねぇ)

と、尻尾を一度だけパタンと打った。

 

 

/*/ 魔導国大使館・外・馬車 /*/

 

 

会議が終わって外へ出たあーしは、夕暮れの石畳を走ってた。

紫黒の毛並みが街の影と混ざり合う。

 

(……陛下、あのジョンって人とどう関わるつもりなんだろ)

 

馬車の準備が進む。御者が手綱を引く音を聞きながら、

あーしは幌の下にすべり込む。音も匂いも消して、気配ゼロ。

 

中ではジルクニフが外を見つめてる。

背中の後ろで、あーしは小さく丸まり、尻尾を体に巻いた。

 

(よし。これで後ろから全部見張れる。

 ジョンの本心も、陛下の出方も……バッチリ観察してやる)

 

馬車が石畳を滑り、夜風が幌を揺らす。

あーしは息を潜め、金の瞳と影の皇帝の背を見つめた。

 

(……怖いけど、目ぇ逸らす方がもっと怖いからね)

 

風が毛並みをなで、あーしの瞳が小さく光る。

(陛下とジョン。

 二人の動き次第で、帝国も、あーしの居場所も変わる……)

 

馬車は街を離れ、夜の闇の中へと消えていった。

紫黒の猫は、誰にも気づかれぬまま、

歴史の裏を、静かに見届けていた。

 

 

/*/ 馬車内・街道 /*/

 

 

紫がかった黒の毛並みの猫――あーしは、馬車の座席の陰に身を潜め、陛下たちの会話に耳をそばだててた。

馬車の中は静か。革の軋む音と、外の車輪のリズムだけが響いてる。

 

「……ジョン殿、今回は助言を頂き感謝する」

ジルクニフの低い声が響く。

「いや、俺の考えを示したまでだよ。陛下がどう動くか、興味深く見守りたい」

 

(……やっぱこの二人、ただの仲良しじゃないね。どっちも“考えてる側”の顔してる)

 

あーしは尾をくるんと体に巻きつけ、呼吸を潜めた。

バレずに聞いてやろう……と思った矢先。

 

「……ん?」

 

低く落ち着いた声。

ぞくりと背筋が凍る。――セバス。ジョンの執事。あのヤバいお爺さんだ。

 

座席の隙間から鋭い視線が差し込み、紫黒の影を射抜いた。

 

(……ッ!? この執事、気配感知おかしいでしょ! 80Lv超えとか反則!)

 

毛が逆立つ。息を止め、じりっと這って逃げようとしたその瞬間、

ジルクニフの声が静かに割り込んだ。

 

「……ああ、こいつか。ついてきてしまったのだな。私の猫だ」

 

(っ……陛下!? フォロー早ぇ!)

 

セバスの目が一瞬驚き、すぐ冷静に戻る。

「陛下……」

そのまま深く頭を下げた。

 

ジルクニフは猫のあーしに目を向けて、落ち着いた声で言う。

「安心せよ。危害は加えぬ」

 

(……助かった。マジで危なかった……!)

 

そこへジョンが笑いながら口を開いた。

「おや、ジル。猫を飼っていたのか。いい趣味だな」

 

「……これは、ただの同行者である」

陛下、顔ちょっと赤い。いや可愛いけど、バレてる気配しかないんだけど!?

 

あーしは足元で丸くなりながら、小さく心の中で毒づいた。

(……これ以上喋られたら絶対バレる……! てかジョン、気づいてるよね? 絶対わざとでしょ)

 

馬車は静かに街道を進む。

紫黒の小さな影――あーしは、ジルクニフの“猫”として、

この先の展開をこっそり見守ることになった。

 

 

/*/ 馬車内・街道(続) /*/

 

 

揺れる馬車の中。

あーしは陛下の足元で丸まりつつも、耳だけはピンと立ててた。

 

「……軍の活用方法は、やはり有効だと思うのだが……」

ジルクニフの声は低く慎重。

「ええ。敗者を無駄にせず、国のために循環させる――それが最も効率的でしょう」

ジョンの声は柔らかい。けど、底に鋭さがある。

 

(……“敗者の再利用”ね。

 闘技場で熱狂を作って、経済回して、兵も再生産。……完全に計算づくだわ)

 

あーしは顎を前足に乗せながら、尻尾で床をぱたんと叩いた。

(てか、ジョンってこんなに頭回る人だったっけ?

 あーしの知ってるジョン・カルバインは“ノリと勢いで地獄まで行く系”だったんだけど……別人?)

 

ジルクニフが息をつく。

「……お前の言う通りだ。私はこの狂騒を完全には制御できぬ。

 “強き皇帝”という幻想に、国ごと呑まれている」

 

(……そっか。やっぱり、“皇帝の剣”を振ったのはジョンなんだ……)

あーしは胸の奥がきゅっと痛くなるのを感じた。

(本当は戦えないのに、国のために立ってる。……この人、思ったより根性あるな)

 

風が幌の隙間から吹き込み、毛並みがそよぐ。

木々の影が流れるように馬車を追い越していく。

 

(……ふふ。

 あーし、もう少しこの旅に付き合ってみよっかな。

 危険? まぁ、面白けりゃそれでいいでしょ)

 

小さな瞳がわずかに光る。

“皇帝”と“策士”、そして“猫”。

 

馬車の中で繰り広げられる会話を聞きながら、

あーしは自分がこの時代の「裏の目撃者」になりつつあることを悟っていた。

 

(――さて、次はどんなネタが聞けるのか……楽しみじゃん)

 

紫がかった黒の毛並みが、夜風に揺れた。

 

 

 

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