オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 魔導国大使館・応接室 /*/
重厚な扉の向こう、やたら明るい部屋。
ジルクニフがソファに沈み、正面の若造――大使ジョンを射抜くみたいに見据えてる。
あーしは紫がかった黒猫の姿で、陛下の足元で丸まって様子見。耳は全開。
「……やはり、お前たちの目的が分からん。
鉄の騎士に続き、今度は“へびーましんがん”。
与えられるものは、いつも我が帝国の限界を越えている」
ジョンは肩をすくめてヘラッと笑う。
「逆に聞くけどさ、ジルクニフ。俺ら、そんなデカい算段を毎回やってるように見える?」
「……見えるとも。出来すぎだ」
陛下の声は低いけど、ちょっとだけ震えてる。そりゃそうだ、バランスブレイカーばっか投げ込まれてんだもん。
ジョンが身を乗り直して、にやっと笑う。
「お、今日は猫がお供か」
陛下、ちょい目を逸らして細める。
「……また馬車に紛れ込んできたのだ。私が連れ歩いているわけではない」
(はいバレたー。だって退屈だったんだもん。しょうがなくない?)
ジョンが肩を揺らして笑う。
「ふむ、可愛いじゃないか。猫まで掌握してるとは、さすがだな」
「……同行者である」
(“友達”って言っていいのに、素直じゃないんだよねぇ)
そこでジョンが、間を置いて真顔。
「友達だろ、お前」
(……は?)
陛下の心臓の鼓動、足元からでも分かるレベルで跳ねた。空気が一瞬止まる。
「……冗談にしては、質が悪い」
声は冷たいのに、膝の上の拳が微細に震えてるの、あーしは見逃さない。
ジョンは笑って、でも目だけ真っ直ぐ。
「じゃあ本気。俺も、モモンガさんも――お前のこと、友達だと思ってる」
(やるじゃん。そういう言葉、いちばん効くやつ)
陛下は黙って、ほんの少しだけ口元が緩む。
そして低く唸るみたいに言う。
「……では言わせてもらうが。
お前(ジョン)が私に化けて闘技場で“天剣のエルヤー”を倒したせいで、
剣士どもが次々と私に挑戦してくるようになった。どういうつもりだ?
私の“偽物”を、いつでも送り込めるとでも?」
眼光は刃。けど、その奥に“揺れ”があるのも分かる。
ジョンは背もたれにふんぞり返って、指をひらひら。
「いやいや、気まぐれ。貶める気も混乱させる気も無し」
「結果として混乱した!」
陛下、肘掛を拳でコツン。
「……挑みを受ける皇帝など、威信が崩れる」
ジョンは口角を上げ、声の温度を少しだけ落とす。
「だから言ったろ。友達だって。困ってる友達の代役――俺がまたやる?」
(わぁ、正面から投げてきた。これは断れない言い方)
陛下は低く吐く。
「……ふざけるな」
言葉は拒絶、でも色は“頼もしさ”を滲ませる。器用な人だ。
ジョンは満足げ。
「困ったら言え。俺が化けりゃ、挑戦者は片っ端から片づける」
「……だからその“いつでも成り代われる”態度が恐ろしいのだ」
溜息ひとつ。赤い瞳の奥を射る。
「……本当に、お前は友か、それとも――」
「友達だろ」
即答。無駄のない直球。
(……効く。ほんと、効くやつ)
あーしの頭の中でもネタ回し。
(“へびーましんがん”って、やっぱヘビーマシンガン? 銃とか出すの、世界バランス壊れない?
……でもジョン、先まで見て配置してる匂い。
あーしの知ってる“ノリと勢いで地獄まで行くジョン・カルバイン”とは別人級。別枝? 別周回?)
足元の尻尾が小さく揺れる。
(――ま、面白いから良し)
/*/ バハルス帝国 皇帝執務室・宵 /*/
宵。近習も護衛も下げて、部屋は蝋燭一本と影だけ。
ジルクニフは椅子に沈み、長い影を引きずってる。
「……友達、か」
自嘲気味に笑って、
「ふざけるな……」
(うん、分かるよ。玉座に“友達”なんて置くスペース、普通は無い)
あーしは静かに机の端へ跳び、蝋に揺れる炎を横目に、陛下の横顔を見上げる。
ペン先が机をトン、トン、トン。
「……くだらん」
と言いながら、脳内から追い出せないのは“くだらなくない”証拠。
“もし本当に、ただの言葉だったとしたら?”
その想像だけで、陛下は立ち上がる。心臓が早鐘。汗がにじむ。
(大丈夫、落ち着け)
あーしはそっと肩に鼻先を寄せ、指先をぺろ、と舐める。
柔らかな毛並みを頬に擦り付ける。
「……お前……」
驚き、戸惑い、でも胸の奥が少し緩む音がした。
(友達は、だいじ。ね?)
言葉の代わりに、手に頬をこすりつける。喉を小さく鳴らす。
ジルクニフは長く息を吐き、炎を見つめた。
「……友達か……」
蝋燭の灯が、孤独の角を少しだけ丸くする。
その夜、猫の温もりが皇帝の胸の穴を、針の先ほどでも埋めた。
(ま、あーしは“クッション兼センサー”だから。
泣きたくなったら撫でな。課金は焼き肉一本)
/*/ バハルス帝国 皇帝執務室・宵 /*/
紫がかった黒の毛並みのあーしは、陛下の膝におさまってる。
ジルクニフはゆっくり息を吐いて、あーしの目を見下ろした。
「……お前に話すのも、馬鹿げているのだが」
陛下の声は低く、ちょっと震えてる。
「私は……一人で、長くやってきた。誰も信用できず、誰も近づけず……」
(知ってるよ。そういう顔、もう見飽きたっての)
あーしは爪を立てず、膝の上で丸くなるだけ。耳はちゃんと開いてる。
「だから……“友達”という言葉に、戸惑っている」
陛下の手が、あーしの頭を撫でる。
「友を持つということが、どういうことか……忘れてしまったのだ」
(ふーん。なら、思い出すまで一緒にいりゃいいだけ)
あーしは小さく喉を鳴らして、手に顔をすりっと押しつける。
「……だが、な」
目を閉じた陛下が静かに続ける。
「お前のような存在が、そばにいてくれるなら……少しは、救われるかもしれん」
(救済は有料、って言いたいとこだけど。今夜はツケでいいや)
ぺろ、と指先を舐め、もう一度頬を擦る。
「……友か」
さっきより柔らかい声。
「……なるほど、こういう気持ちも、悪くないな」
蝋燭の明かりが揺れて、影もいっしょに揺れる。
あーしはそのまま抱えられて、陛下の胸の鼓動がちょっと落ち着いていくのを感じた。
「……よし……明日も、帝国のために、私はやるしかない」
(そうそう。あーしがクッションしてやるから、折れんなよ)
あーしはひと鳴きして、そのまま膝の上で眠った。
/*/ バハルス帝国 皇帝執務室・深夜 /*/
翌晩。
そっと扉を押して、あーしはまた膝にぴょん、と飛び乗る。
「……お前は、どうしてこうも人を惑わせるか」
陛下は撫でながら、かすかに笑う。
「“友達だ”と言ったあの男も、な」
(ジョンね。あの言い方はズルい。効くの分かっててやってる)
「……なるほどな」
陛下が呟く。
「ただの言葉ではない。あいつは、街も闘技場も、俺の国も、全部使って守ろうとしている……」
(計算尽く、ってやつ。あーしの知ってる脳筋ジョンとは別物に見えるけど)
顔をこすりつけて喉を鳴らすと、陛下の肩が少し落ちる。
(ほら、甘えるって大事。やり方は教えるから)
廊下の官僚や近習が、陛下の表情の“柔らかさ”に気づいてざわつく。
(バレた? でもいいや。柔らかい皇帝も、悪くないっしょ)
朝日が差し、蝋燭の光と混ざって部屋が少し明るい。
陛下はあーしを抱えたまま書類を開く。
(よし、今日もやる気スイッチ入りました)
「……お前も、友かもしれん」
(“かも”じゃなくて友。ついでに専属もふもふ)
あーしはゴロゴロで返事した。
/*/ 帝国宮廷・執務室 /*/
「……私はそんなもの望んでいない……!
なぜ、私が知らぬところで“英雄皇帝”に祭り上げられねばならんのだ……!」
(はいはい深呼吸)
机を叩いた陛下の膝に、あーしは無言で飛び乗る。
顔をすり寄せ、ゴロゴロを強める。
「……っ」
手が止まる。
(そう、それでいい。いったん止め)
「……お前は……わかっているのか……」
撫でる手に、困惑と、ちょっと安堵の温度。
脇でバジウッドたちがほっと息をつく。
「陛下、少し落ち着かれましたか」
(落ち着いた。というか落とした。落としてから考えろが鉄則)
陛下はあーしを抱き寄せて丸める。
「……せめて、お前くらいは……我を理解してくれておるな」
(理解どころか、取説書いてやろか? “撫でる→冷静化→意思決定”)
空気が少し軽くなる。人間って単純で助かる。
/*/ 小さな作戦会議(猫つき) /*/
陛下が息を吐く。
「……ふむ、こうしておれば、少しは冷静になれるか……」
(でしょ? では議題どうぞ)
あーしは指先にじゃれつきつつ、視線は書簡の端へ。
(そこ、優先度落として。こっちは並行化。で、闘技場の熱狂は“逃がし弁”に回す)
「……なるほど、確かに……」
陛下の目が細くなる。
「闘技場の熱狂を利用し、民衆を掌握する……ジョンめ、確かに計算しておるのかもしれぬ」
(うん、ジョンは“導線”を作ってる。だから乗るにしても、手綱は離すな)
陛下が頷き、指で机を二度、軽く叩く。
「……よし、こうする。地方の豪族には幻影を信じさせ、民衆には英雄皇帝の像を維持させる。
だが、実際に剣を振るうのは“影”――ジョンの役割だ」
(正解。影は影、表は表。役割分担はっきり)
あーしは小さく身を丸め、目を細めてうなずく代わり。
「……ふむ、これなら帝国も、私も、無理をせずに済む」
陛下は計画の最終確認に戻り、ふと膝の上を見て微笑む。
「……ありがとう、友よ。いや、これは……助っ人か」
(友で助っ人でクッションで、時々ブレーキ。請求は焼き肉一本な)
あーしは尻尾で“了解”の一打ち。
作戦は回り始めた。猫つきで。