オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第148話:猫の勘

 

 

/*/ 帝都アーウィンタール /*/

 

 

バハルス帝国皇帝執務室。

朝日が差し込む中、長机を囲む大臣や将官たちが低くざわめいていた。

 

秘書官ロウネ・ヴァミリオネンが書状を掲げる。

「魔導国がカッツェ平原の遺跡――俗に『猫の城塞』と呼ばれる地を、禁止地域に指定した模様です」

 

ジルクニフは玉座に似た椅子に凭れ、顎に指を当てて目を細めた。

「……猫の王国、か。子供の寝物語だと思っていたが……。魔導国がわざわざ手を出すということは――ただのおとぎ話ではなかったということか」

 

机の下。

皇帝の足元で、灰色の毛並みをした猫――ミリヤが、静かに身を丸めていた。耳だけをぴくりと動かし、皇帝と臣下の会話を余さず聞き取る。

 

将官の一人が声を張る。

「陛下、魔導国はあの地に軍を駐留させております。表向きは“危険地域の封鎖”ということですが、実態は遺物の独占でしょう」

 

別の官僚が口を挟む。

「ですが、あの辺りはカッツェ平原の濃霧地帯。古来より多くの探検者が命を落とした危険地帯です。遺物があるにせよ、近づく価値があるかどうかは……」

 

ジルクニフは薄く笑った。

「ふん。遺物の価値など、あの骨の化け物にとっては取るに足らぬものだろう。だが……禁止地域にしてまで守るとは、そこに何か“利用価値”があると見える」

 

臣下たちが互いに視線を交わす。

「……陛下、魔導国の思惑を探るため、密偵を送るべきでは?」

「いや、魔導国に睨まれれば帝国の寿命が縮みますぞ」

 

議論が錯綜する中、ジルクニフは片手を軽く上げて制した。

「慌てるな。魔導国の意図を測り違えることこそ愚策だ。……猫の城塞は“禁止地帯”。ならば、我らがすべきは――ただ見て学ぶことだ」

 

彼は天井を見上げ、吐息混じりに呟いた。

「この帝国が生き延びるには、魔導国の些細な動きすら見逃してはならん……」

 

机の下。

丸くなったミリヤは、尻尾を一度だけ小さく揺らす。

――その遺跡こそ、かつて自分が過ごした「ねこさま大王国」の拠点。

今は廃墟となり、魔導国に管理される故郷。

彼女の瞳の奥で、誇りと哀しみが交錯していた。

 

 

/*/

 

 

帝国皇都――バハルス帝国皇帝執務室。

長机の上に広げられた地図には、赤い印でカッツェ平原が塗られていた。

 

ジルクニフは腕を組み、低く言葉を落とす。

「……魔導国が禁止にした以上、商人や領主どもが動揺するだろうな。あの辺りでの交易は細いものとはいえ、税収は無視できん」

 

宰相格の老臣がうつむき、声を潜める。

「は……しかし、陛下。下手に禁止令に反すれば、魔導国に口実を与えることになりましょう。帝国の威信を保ちつつ、いかに従属を装うか……難題にございます」

 

ジルクニフは唇を歪め、苛立ちを隠そうともしない。

「従属を装う、か。……滑稽だな。猫の城塞は、おとぎ話に過ぎぬと誰もが笑っていた。だが、魔導国が手を伸ばした瞬間――価値は天を突いた。

……結局、世界の価値を決めるのは“力”だ」

 

臣下たちは沈黙する。反論も同意もできず、ただ目を伏せる。

 

机の下で小さく身を丸める猫のミリヤは、皇帝の靴先をじっと見つめていた。

――ねこさま大王国。

平和な暮らし、祭りの喧騒、畑を耕し、魚を焼く香ばしい匂い。

だが今、その跡地は魔導国の結界に閉ざされ、帝国の議題に上がるただの“禁止地域”に過ぎない。

胸の奥で、静かな怒りがじくじくと疼いた。

 

ジルクニフは深く息を吐き、臣下たちに告げる。

「布告を出せ。“帝国としても猫の城塞周辺への立ち入りを禁ず”とな。理由は魔導国と同じ――『危険地帯ゆえ』だ。……表向きはな」

 

ロウネ・ヴァミリオネンが眉を動かし、問い返す。

「では、裏向きは……?」

 

ジルクニフは口元に薄い笑みを浮かべた。

「……商人には“危険地帯を迂回する新たな交易路”を用意してやる。領主どもには“軍の保護”を口実に縛りを強める。……つまり、これは好機だ。

魔導国の禁止指定を利用して、帝国の支配をさらに強める」

 

臣下たちがざわめき、やがて同意の頷きが広がった。

 

机の下、ミリヤは尾をふわりと揺らす。

――人間の思惑の中で、猫の国の記憶が“道具”にされていく。

その事実に、胸の奥で静かな誓いが芽生えていた。

 

「……必ず、取り戻す」

声にはならない小さな決意が、彼女の喉奥で震えていた。

 

 

/*/ 皇帝執務室 /*/

 

 

夜更けの皇都。

皇帝執務室の隅、暖炉の火が赤く揺れている。ジルクニフと側近たちの朝議が終わり、部屋には静けさが戻っていた。

 

机の下から、紫がかかった黒の毛並みを持つ猫がそっと這い出す。――ミリヤ。

彼女は窓辺へ歩み寄り、月明かりに照らされた城下を見下ろした。

 

「……ねこさま大王国を、人間の都合で“禁止地帯”にされてたまるか」

小さく吐き出した言葉は、夜気に溶けて消えた。

 

ジルクニフは賢帝だ。力を求め、機会を逃さない。

だが、彼にとって“猫の城塞”は政治の道具に過ぎない。

ならば――その流れを逆に利用すればいい。

 

ミリヤは瞳を細め、帝国の仕組みを思い描いた。

貴族の利権、商人の欲望、軍の思惑。

そのすべてを、ほんの少し爪で引っかくだけで動く。

猫の民が得意とした「暮らしの工夫」や「目に見えぬ仕掛け」は、戦場でこそ真価を発揮する。

 

「……人間の会議では、猫はただの飾り。けど、本当は――」

爪先で机の脚を軽く引っかく。乾いた音が響いた。

「――小さな爪が、大きな国をひっくり返す」

 

その夜、ミリヤは密かに動き始めた。

帝国官僚の机に忍び込み、商人の書状を少しだけ移し替え、軍の伝令袋に一枚の羊皮紙を紛れ込ませる。

ただの“いたずら”に見える痕跡――けれど、それはじわじわと帝国の決定を変えていく。

 

「ねこさま大王国を、必ず取り戻す」

ミリヤは月に誓い、影の中へ溶け込んでいった。

 

 

/*/ 翌朝 /*/

 

 

翌朝、帝国宮廷。

皇帝ジルクニフの前には重厚な机と、書類の山。

側近ロウネ・ヴァミリオネンが報告を読み上げる。

 

「陛下。昨夜、商人ギルドより“カッツェ平原南部の交易路”の安全確保を要請する文が届きました。奇妙なことに、禁止指定された遺跡の近辺で新しい交易ルートを発見したとのことです」

 

「ほう?」ジルクニフは目を細める。

「魔導国が禁止した場所のすぐ近くに、わざわざ通り道を作ったというのか。……あの連中、余の鼻先で商売をするつもりか」

 

ロウネは慎重に言葉を選んだ。

「また、軍の連絡書簡にも“猫の城塞跡地での補給可能”との書き込みがありました。……が、誰が書き加えたのか不明で」

 

ジルクニフは一瞬だけ考え込み、やがて小さく笑った。

「面白い。魔導国が触れて欲しくない場所を、わざわざ帝国に差し出すような話だな。……利用できるかもしれん」

 

机の下。

椅子の影に潜んでいたミリヤの尻尾が、わずかに揺れた。

彼女が夜中に差し替えた商人ギルドの書状、紛れ込ませた補給路情報。

それらが今、皇帝の思考を変えている。

 

「ロウネ、交易路の調査を進めよ。……それと、遺跡周辺に兵を置く口実ができた。魔導国の意図を探り、ついでに遺跡の価値も洗い出すのだ」

 

「はっ」

 

ジルクニフの言葉に、ミリヤは小さく微笑む。

――小さな爪痕が、確かに大きな国の進路を変え始めた。

 

 

/*/

 

 

帝国宮廷、朝議の続き。

ジルクニフは机の上に置かれた古い羊皮紙を指で軽く叩きながら、側近たちを見渡した。

 

「……カッツェ平原の遺跡。猫の王国とかいう子供向けのおとぎ話があったな。まさか軍人や商人が本気で信じているわけでもあるまい」

 

学術顧問の老学者が一歩進み出て、深く頭を下げる。

「陛下。伝承の“猫の城塞”は、かつてこの地にあったという生活共同体の象徴でございます。古文書によれば、狩猟や農耕を行いながら、迷宮を拠点として外敵を防いでいた……と」

 

ジルクニフは片眉を上げた。

「ふむ。猫の王国、ね……。生活共同体とはいえ、迷宮を作るほどの技術を持っていたなら、ただの寓話では済まされん」

 

ロウネが静かに補足する。

「陛下。魔導国が禁止地域に指定したのも、単なる偶然ではないかと。彼らがわざわざ触れられたくない理由があるとすれば……」

 

「……価値がある、ということだな」

ジルクニフの声が低く響く。

 

机の下。

ミリヤは丸くなって耳をぴくりと動かした。

――“猫の王国”は本当に存在した。

それは、かつて自分が築いた平和な暮らしの痕跡。

いま、ジルクニフの命令で掘り返されようとしている。

 

「学者団に命ずる。城塞伝承の写本をすべて洗い出せ。現地調査の計画も立てよ」

ジルクニフは鋭く言い放つ。

「魔導国が手を出せぬなら、なおさら余が掘り起こしてやる。そこに何が眠っていようと、帝国の力になるものなら利用するまでだ」

 

ロウネ「はっ」

 

小さな猫の囁きが、ついに帝国を動かす歯車に噛み合った瞬間だった。

 

 

/*/ 数日後 /*/

 

 

数日後。

帝国学術局から分厚い報告書が届けられ、ジルクニフの執務室に広げられた。羊皮紙の地図、断片的な年代記、そして地方伝承の記録が綴じられている。

 

老学者は震える手で眼鏡を直し、読み上げた。

 

「――“猫の王国”とは、正式には〈幻猫の迷宮〉を中心に栄えた生活共同体でございます。狩猟・農耕・交易を基盤とし、外敵から身を守るために迷宮と防壁を整備していた様子が確認されました」

 

ロウネが頷き、補足する。

「陛下、当時の遺構には生活を守るための工夫が随所に見られます。農業用の小規模な灌漑設備、保存食を作るための加工室、薬草を育てる温室……。戦闘目的ではなく、あくまで生活の安定を重視していたようです」

 

ジルクニフは書類の一節に目を止めた。

「……迷宮内部の罠も、軍事的というより“侵入者を避けさせる”ための工夫が多いな。致命傷を与えるより、迷わせ、追い返す……まるで遊び半分のようだ」

 

「はい。伝承では“幻猫”と呼ばれる存在が罠を操り、侵入者を翻弄したと記されています。実際には幻影魔法や幻惑装置だった可能性が高うございます」

 

「ふむ……」

ジルクニフは腕を組み、顎に手を添える。

 

老学者はさらに続けた。

「また、古文書には“女王”の存在が記されております。名は不明ですが、強大な魔力を持ち、王国を治めたと……ただし軍事力で支配した形跡はなく、むしろ人々の生活を支える守護者として語られております」

 

「女王……」

ジルクニフの目が鋭く光る。

「魔導国が禁止指定する理由は、そこかもしれんな。もしその女王に関連する秘宝や魔法体系が残っているなら、帝国にとっても利用価値は計り知れん」

 

ロウネが低く囁く。

「陛下……報告書の末尾には、こうあります。“迷宮の中枢にはいまだ封印が生きており、完全には解明できぬ”と」

 

ジルクニフはしばし黙し、窓の外に広がる曇天を見つめた。

「……おとぎ話だと思っていたものが、実在するかもしれぬか。ならば掘り起こす価値はある。魔導国が手を出せぬなら、なおさらな」

 

執務室の机の下、静かに息を潜める猫――ミリヤの耳が震えた。

過去に生きた仲間たちの平和な工夫が、いま帝国に利用されようとしている。

 

 

/*/

 

 

ジルクニフは報告書を閉じ、机に指先で軽くリズムを刻む。

「……さて。魔導国が禁止にした遺跡を、正面から調査するのは難しい。だが――」

 

ロウネが目を細める。

「……陛下、お考えが?」

 

「うむ。こういう時のために“叛意ある貴族”というものが存在する」

ジルクニフの口元が冷たく笑みを形作った。

 

ロウネは一歩前に出て、声を潜める。

「……まさか、わざと情報を流すおつもりで?」

 

「そうだ。『猫の王国の遺跡には、帝国を揺るがすほどの秘密が眠っている』――そう囁いてやればよい。皇帝をひっくり返す“切り札”があると信じれば、奴らは勝手に動く。叛意のある者ほど、こうした餌に飛びつきやすい」

 

「……そして彼らが雇うのは、帝国の兵ではなく“ワーカー”か」

 

ジルクニフは頷く。

「表向きは我が手を汚さぬ。貴族が独断で動き、遺跡にワーカーを送り込む。もし魔導国に露見したとしても、帝国としては“裏切り者の私兵が勝手にやった”で済ませられる」

 

ロウネは深い溜息をつき、書類を胸に抱えた。

「……陛下は本当に、人を使うのが上手い」

 

「褒め言葉と受け取っておこう。さて、どの貴族に餌を投げるか……裏で魔導国に不満を持ち、かつ欲に駆られやすい者が望ましいな」

 

ジルクニフの視線は窓の外に向けられた。

どこかで野心を燃やし、機会を待つ者たちの姿が、彼の眼にはありありと映っていた。

 

机の下、丸くなっていたミリヤの瞳がかすかに光る。

――また人間の陰謀で、大切な“ねこさま大王国”が利用されようとしている。

 

 

/*/ カッツェ平原・猫の城塞 周辺 /*/

 

 

瓦礫と荒れ地に踏み入ったワーカー隊。侯爵派、伯爵派、子爵派の三隊がそれぞれ迷宮の調査と物資回収のために動いていた。しかし、地下迷宮の結界は生きており、地上の侵入者を監視するデスナイトたちの目を逃れることはできなかった。

 

「……なんだ、この黒い霧は……?」

侯爵派隊員の一人が足元の魔力残滓を踏み、微かな振動に目を見開く。

 

突然、デスナイトが瓦礫の影から浮かび上がり、冷たい刃先を隊員たちに向ける。

 

「うわああっ!」

 

叫びは瞬時に絶たれる。デスナイトの一撃で隊員たちは倒れ、血と魔力残滓が混じった地面に倒れ伏す。残された数人も、逃げ惑う間もなく影に取り込まれるように無惨に倒れた。

 

倒れたワーカーたちはやがて黒く濁った光を帯び、呻き声を漏らす。

「……な、なに……?」

「う、うわあ……」

 

瓦礫の間で腐敗と魔力の混じった霧に包まれ、彼らはゾンビとして蘇る。元の理性や目的は薄れ、ただ命令に従うだけの存在となってしまった。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 /*/

 

 

「侵入者だ」

モモンガが顔あげた。アンデッド支配で繋がった無数のアンデッドの内、猫の城塞の護衛に派遣したデスナイトから報告があった。

 

「侵入者は全滅させたか……ルプスレギナを派遣しよう。ルプスレギナに現地へ飛んでゾンビどもから情報を引き出すよう伝えよ」

 

 

/*/ カッツェ平原・猫の城塞 周辺 /*/

 

 

変形メイド服の裾を翻して地上船から舞い降りたルプスレギナは出迎えたデスナイトと侵入者の成れの果てを見る。

 

「こいつらっすね」

 

彼女は静かに呪文を唱えると、死亡したワーカーたちの魂を呼び寄せる。黒い霧の中で呻きながらも、魔法の力で彼らは声を持つ。

 

「誰が…我々を…ここに?」

「……依頼主……は……ヴォルクス侯爵……」

「目的は……遺跡の…回収……」

「……我々は……迷宮の奥へ…」

 

ルプスレギナは指先で魔力陣を描き、声を導くように促す。

「……貴族たちの命令っすか。誰に依頼され、何をしていたのか、はっきりしてちょうだい」

 

ゾンビとなったワーカーたちの声は、かすれたが明確に情報を伝える。

 

依頼主:ヴォルクス侯爵、ベレノス伯爵、カリオス子爵

 

依頼内容:幻猫の迷宮やカッツェ平原の遺跡から重要物資や情報を回収

 

目的:それぞれの派閥の利益と、皇帝への影響力拡大

 

ルプスレギナは魔法の力でその情報を紙のように目の前に浮かべ、確認する。

 

「なるほど……やはり貴族たちの思惑すか。彼らの野望が、ここで命を失わせたわけだ」

 

背後の夜風に揺れる黒髪を整え、ルプスレギナは静かに呟く。

「……この情報を皇帝に届ければ、次の一手が見えるっすね」

 

 

/*/ バハルス帝国・皇帝執務室 /*/

 

 

帝城の重厚な扉が静かに閉まる。ジョンは胸の狼紋に手を置き、肩を軽くすくめながらジルクニフの前に立つ。執務室の奥で皇帝は書類に目を通していたが、顔を上げて彼を迎える。

 

「……ジョンか。何かあったのか?」ジルクニフは落ち着いた声で問いかける。

 

ジョンは前足のような手を机に置き、肩越しに皇帝を見つめる。

「ジル、聞いてくれ。貴族たちが密かにワーカーを送り込んでた。幻猫の迷宮、カッツェ平原の遺跡のことだ」

 

ジルクニフの眉がわずかにひそまる。

「……密かに?そんな重要な遺跡だったのか?」

 

ジョンは肩をすくめ、言葉を続ける。

「信じられないかもしれないけど、あの迷宮には大したものは眠ってなかった。禁止地域にしたのは、古い知り合いの猫の王国、『ねこさま大王国の遺構』をこれ以上荒らされたくなかったからだ」

 

ミリヤは耳を立て、瞳を大きくして観察する。

“この声、この言い回し……やっぱり知ってる人の名前だわ。”

彼女は尾をぴんと立て、床の陰に潜みながら、二人の微妙な呼吸や視線の動きを読み取ろうとする。ジョンの口元のわずかな笑み、ジルクニフの眉間の緊張。猫の勘が、二人の間に深い信頼と暗黙の了解があることを告げていた。

 

ジルクニフは椅子に背を預け、静かに息を吐く。

「……なるほど。生活系のギルド、あのような平和なギルドか……かつての友人というわけだな」

 

ジョンは少し笑みを浮かべ、肩を竦める。

「そうだ。アインズ・ウール・ゴウンと付き合いしてくれた数少ないギルドの一つだ。迷宮そのものより、そこで生活していた痕跡や秩序を守る方が重要だった」

 

ミリヤは目を細め、耳をぴくぴくさせる。

“言葉の裏、表情の裏……ジョンは安心させるように話してるけど、本当に伝えたいのは、迷宮を守ることの重要性ね。”

 

ジルクニフは窓の外を見つめ、静かに呟く。

「……わかった。貴族たちの暗躍を阻止し、あの遺構の保護が必要ということか」

 

ジョンは胸の狼紋に手を置き、力強く言う。

「そうだ。無秩序に荒らされれば、迷宮の秩序も潜伏者の痕跡も消えちまう。貴族どもに利用される前に、俺たちで守らなきゃならん」

 

ジルクニフは椅子に深く腰を下ろし、静かに頷く。

「……お前の言う通りだ、ジョン。古き友の遺産を守ること、それが帝国の責務でもある」

 

ジョンは肩をすくめ、微かに笑む。

「よし、これで迷宮の秘密を守る手がかりは揃ったってわけだ」

 

ミリヤは尾を巻きながら、心の中で小さく呟く。

「やっぱり……知り合いだったのね、あのギルドと。言葉だけじゃなく、背中や視線まで覚えてる……猫の勘は侮れないわ」

 

その瞳に驚きと、少しの安堵が混ざる。ジョンの言葉に嘘はなく、帝国と魔導国の間に生まれた暗黙の了解も、静かに納得できたのだった。

 

 

/*/ バハルス帝国・皇帝執務室・面会後 /*/

 

 

ジョンが執務室の扉に手をかけ、静かに退出する。

ミリヤは机の下に丸くなったまま、しっぽを揺らしてその後ろ姿を見送る。

 

“ああ……しゃべれない。ジルクニフの前では、普通の猫として振る舞わないと……”

胸の奥で小さくため息をつく。

 

ジョンが廊下に出ると、周囲には使用人や衛兵の姿はない。

ミリヤはそっと机の下から飛び出し、ジョンの後をつける。

 

“ここなら……誰もいない。やっと聞けるかもしれない。”

 

床に足音を立てないように気をつけながら、ジョンの近くまで駆け寄る。

目で彼に問いかける。言葉にはできないけれど、全身で「本当に迷宮には大したものはなかったのか」と伝えようとする。

 

ジョンはふと横を見て、ミリヤの視線に気づく。

「……お前、興味あるか?」

小さな声でそう話しかけるが、もちろん猫の耳だけで反応する。

 

ミリヤは尾を軽く振り、耳をぴんと立てる。

“うん……そうなんだ……”

心の中でそっと頷き、ジョンの説明を待つ。

 

ジョンは少し笑みを浮かべ、廊下を進みながら、まるで自分に語りかけるかのように言う。

「大した宝はない。重要なのは、秩序と痕跡を守ることなんだ。迷宮そのものよりも、そこで暮らしていた者たちの痕跡を守ること――それが一番大事さ」

 

ミリヤはその言葉を心で反芻し、目を細める。

“なるほど……守るために動いてる、ってことね。了解……”

 

彼女はそっとジョンの後ろをついて歩きながら、秘密の質問のタイミングを探す。

“もっと聞きたい……でも、今じゃない。安全な場所で、ちゃんと聞こう。”

 

廊下の静けさに包まれ、ミリヤの小さな心は、魔導国の行動と迷宮の秩序を守る意味をそっと理解し始めていた。

 

 

/*/ 皇城・閑散階段踊り場 /*/

 

ミリヤは肩を小さく震わせながら、金色の瞳を輝かせてジョンを見上げる。

「……あんたは、アインズ・ウール・ゴウンの、ジョン・カルバインなんか?」

 

ジョンは目を見開き、口元を押さえる。

「しゃ……しゃべった!?」

 

金の瞳が、驚きと期待、そして少しの不安で揺れるミリヤを、ジョンは瞬時に見抜く。

「もしかして……ミリヤさんか? ねこさま大王国の!?」

 

だが、その声はまだ宮中に響き渡る。廊下の奥から門衛や使用人たちの足音が慌ただしく近づき、二人に視線が向けられる。

 

ジョンは慌ててミリヤを肩に乗せ、金色の瞳が光る猫を抱きしめるようにして走る。

「まずい……人目を惹いちまった!」

 

踊り場の階段を駆け下りると、ミリヤの金色の瞳が、恐怖と好奇心、安心が入り混じった光で輝く。小さな体を肩にしっかりと押し付け、彼にしがみついた。

 

/*/ 宮廷内 /*/

 

使用人や侍従たちはざわめき、噂が走る。

「皇帝の猫が、魔導国の使者について廊下を駆けている!?」

「まさか、皇帝の愛猫が密かに行動しているとは!」

「これは……大事件だぞ、陛下!」

 

廊下は一時、混乱の渦に包まれる。

 

ジョンは息を整えながら、肩に乗ったミリヤの金色の瞳を見下ろす。

「……危なかったな。でも、これでやっと、秘密の話も少しはできそうだ」

 

ミリヤは小さく喉を鳴らし、肩の上で体を丸める。金色の瞳は少し潤み、安心と信頼を表している。

“やっぱり、あんたはジョン・カルバイン……ねこさま大王国の知り合い……本当に守ってくれるんだ……”

 

廊下の騒ぎを背に、二人は静かな場所を求めて駆け抜けていく。

宮廷は一時、皇帝の猫と魔導国の使者という不思議な騒動で大混乱となった。

 

 

/*/ 皇城・奥の中庭 /*/

 

二人は人目を避け、中庭の陰になる回廊にたどり着く。夜風がそよぎ、静寂が支配する場所だ。ジョンは肩に乗せたミリヤの体をそっと下ろし、膝の上に座らせる。金色の瞳が月明かりに反射して、さらに神秘的に輝く。

 

ミリヤは少し警戒しながらも、ジョンをじっと見つめる。その瞳には、疑問と期待、そして信頼が混ざっている。

 

「……あんた、本当にジョン・カルバイン……ねこさま大王国のこと、覚えてるんだな?」

小さな声で問いかけるミリヤ。

 

ジョンは微笑み、膝に乗った猫の頭を軽く撫でる。

「もちろん覚えてるさ。あの迷宮で、みんながどんなふうに生活してたかもな」

 

ミリヤは耳を立て、金色の瞳を大きくして真剣に聞く。

「……迷宮、あの幻猫の迷宮……あれ、荒らされてないんだろ?」

 

ジョンは少し眉をひそめるが、落ち着いた声で答える。

「うん。禁止区域になってるおかげで、まだ秩序は守られてる。貴族たちが密かにワーカーを送り込んでたけど、俺たちが見つけたからな」

 

ミリヤの瞳がさらに輝く。小さな体が膝の上で少し膨らみ、毛が逆立つように見える。それは驚きや安心、そして少しの緊張のせいだ。

 

「……ジョン、あんた、守ってくれるんだな……?」

その金色の瞳が、彼をまっすぐに見据える。

 

ジョンは微かに笑い、猫の頭を軽く撫でながら答える。

「ああ。ねこさま大王国の仲間たちのことは、俺が守る。迷宮も、遺構も、誰にも荒らされないようにな」

 

ミリヤは小さく喉を鳴らし、膨らんだ体を少し丸めて安心したように身を委ねる。金色の瞳には、信頼と少しの好奇心が映り込む。

 

「……じゃあ、これからも話を聞かせてくれるか?」

 

ジョンはうなずき、夜風の中で静かに笑う。

「もちろんだ。誰にも邪魔されない場所で、ゆっくり話そう」

 

金色の瞳を輝かせたミリヤは、肩を少し膨らませながら、ジョンの膝の上で安心して丸まる。

二人だけの秘密の時間が、静かな中庭に流れ始めた。

 

 

/*/ 皇城・奥の中庭 /*/

 

膝の上で丸まった金の瞳のミリヤが、しばらく静かに夜風を感じたあと、ゆっくりと口を開く。

 

「……あの迷宮、ただの石の穴じゃねぇ。庭も水路も、夜に光る苔も、全部“暮らし”のための設計だ。」

 

ジョンは膝に乗った猫を撫でながら、興味深げに耳を傾ける。

 

「庭には小さな噴水や、夜になると光る苔があった。水路には魚や小さな生き物がいて、勝手に増えないようにルールがあったっす」

 

ミリヤの金色の瞳が、月明かりを映して輝く。膨らんだ毛並みは、興奮と懐かしさで少し逆立っている。

 

「迷宮の部屋ごとに、私たちの生活用の工夫があったっす。罠も殺すためじゃない。迷わせて帰らせる、内側の猫や小動物に危ねぇ動きがいかないように作ってあんの」

 

ジョンは眉をひそめ、微笑む。

「なるほど……単なる迷宮じゃなくて、生活そのものを守るための仕組みだったんだな」

 

ミリヤは小さく頷き、膨らんだ体を少し縮める。

「だから禁止は正解。無秩序に入られたら、一発で秩序が死ぬ。……わかるよね?」

 

ジョンは目を細めて、金の瞳をじっと見つめる。

「……そうか。だから俺たちが守らなきゃならないんだな。迷宮だけじゃなく、生活そのものも」

 

ミリヤは小さく喉を鳴らし、安心したように膨らんだ体を丸める。

「それでいい。あーしは、あんたを信じる」

 

夜風に揺れる中庭で、金の瞳の猫と冒険者は静かに未来を見据える。迷宮の秩序と、ねこさま大王国の生活の記憶は、まだ誰の手にも渡らず、二人だけの秘密として残されるのだった。

 

 

/*/ 皇城・奥の中庭 /*/

 

 

膨らんだ毛並みの金の瞳・ミリヤが夜風に吹かれながら、そろそろ戻らなきゃと心配そうに小さく身を縮める。

 

ジョンは膝に乗せた猫を見下ろし、軽く笑う。

「ジルのところで、ちゃんと飼い猫やってるのか?」

 

ミリヤは小さく喉を鳴らし、金の瞳を細めて答える。

「ま、そう見えてりゃ上出来でしょ。二十年くらい、こうして平穏に過ごせたら最高」

 

ジョンは一瞬考え込むように目を細め、やがて肩をすくめる。

「そうか……それなら、無理に迷宮の話とか無理に聞かせなくてもいいんだな」

 

ミリヤは少しうれしそうに、でもどこか寂しげに膨らんだ体を揺らす。

「あんたと話せて、ちょっとスッとした。……じゃ、戻る。ジルが心配すっから」

 

ジョンは膝の上の猫を撫でながら、軽く笑む。

「安心して戻れ」

 

ミリヤは少し小さく喉を鳴らし、夜風に揺れる背中を丸める。

「そろそろ、ジルクニフのところに戻らないと……心配するっす」

 

ジョンは膝の上で丸まるミリヤの体を軽く抱え直し、微笑む。

 

「そうか……じゃあ、安心して戻れ。ジルもきっと喜ぶ」

「迷宮も記憶も、あーしらの生き方も。勝手に踏みにじらせない――それだけは、頼んだよ」

 

金の瞳が夜空を映し、膨らんだ毛並みが月明かりに輝く。小さな猫の心には、昔の王国の記憶と、今守るべき秩序の両方がしっかりと刻まれていた。

 

 

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