オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第150話:猫の時間

 

 

/*/ だって猫だもの /*/

 

 

昼下がりの皇帝執務室。

ジルクニフが机に向かい、難しい顔で書類をめくっている。

 

その机の端には、金の瞳を細めて毛を膨らませた猫――ミリヤが、のんびりと前足を舐めて毛繕いしていた。

 

外から見れば、ただの飼い猫の日常。

だがその頭の奥では、静かな〈伝言〉回線がつながっている。

 

――そう言えばさ、ミリヤさんはこっちに来てどのくらいなんだ?

 

ジョンの声。

ミリヤは尻尾を揺らしながら、机の上の書類に目を走らせるふりをして答える。

 

「(……何百年、かな?)」

 

――なぜに疑問形。

 

「(だってさ、年数なんて数えてねーし。長ぇこと経った、としかわかんねーの)」

 

ジョンの溜め息混じりの声が返ってくる。

――……頭の中まで猫になってる。

 

ミリヤは前足でひげを撫で、金の瞳をすっと細めた。

「(そういうもんでしょ。朝寝て、昼ごろ起きて、腹減ったら食って……繰り返してたら、季節も世代も勝手に変わってんの。猫ってそういう生き物だからさ)」

 

――いや、妙に説得力あるな。

 

机に向かうジルクニフが、ふと視線を上げて猫を見やる。

ミリヤは「にゃ」と短く鳴いて首を傾げ、何食わぬ顔で愛嬌を振りまいた。

 

皇帝の目には、ただ可愛げを振りまく猫。

ジョンの耳には、長い年月を超えてなお「猫であり続けた者」の静かな声。

 

――なるほど。……だって猫だもの、か。

 

ミリヤは喉を鳴らしながら、机の上に顎を落とした。

「(そういうこと)」

 

ジルクニフが机に向かい、黙々と書類を裁いている。

その横で、金の瞳の猫がごろりと横たわり、尻尾だけを小さく揺らしている。

表向きは退屈そうな飼い猫。だが頭の奥では、静かな〈伝言〉が交わされていた。

 

――じゃあさ、冒険とかしてないの? 南の謎の都市とか、天空都市とか探したり……。

 

ジョンの声がわずかに弾んでいる。

ミリヤは前足で耳の後ろを掻きながら、淡々と返した。

 

「(してねーよ。一人じゃ危ねぇし)」

 

――……なるほどな。

 

少しの沈黙の後、ジョンの声が再び響く。

――じゃ、俺たちと冒険しないか。きっと楽しいよ。

 

ミリヤの耳がぴくりと動き、金の瞳がかすかに見開かれる。

長い時間を「ただ猫として」過ごし、誰からもそういう誘いを受けたことはなかった。

 

机の上で彼女はわざと大きく伸びをし、喉を鳴らす。

「(……駄犬の誘いって、怪しい匂いしかしねーんだよな)」

 

ジョンはくすっと笑う。

――怪しいかもしれねぇが、退屈はさせないぜ。

 

ミリヤは尻尾をふわりと揺らし、机に頬を落とした。

胸の奥では久しく感じたことのない「わくわく」が、静かに膨らみ始めている。

 

「(……少しだけ、考えてやってもいいけど)」

 

ジルクニフは何も知らず、膝の上に乗せた書類をめくり続けている。

だが机の端で眠る猫の心は、確かに「冒険」という言葉に揺れていた。

 

ジルクニフの執務室。

昼下がりの陽光を受けて、猫の毛並みが黄金色に輝く。

ミリヤは机の上で前足を丸め、退屈そうに尻尾を揺らしていた。

だがその頭の奥では――。

 

――あとな、うちの開拓村カルネ・ダーシュ村にもおいでよ。楽しいぞ。

人間とゴブリンとオーガとリザードマンとドワーフとエルフとトロール、アンデッドにゴーレムまで一緒に生活してんだ!

 

「(……なにそれ。詰め込み過ぎて胃もたれしそう)」

 

――いやいや、みんな仲良くやってるんだ。

朝になるとゴブリンが畑耕して、リザードマンが川で漁して、オーガが丸太担いでくる。

その横でドワーフは酒仕込んで、エルフは楽器鳴らしてて、トロールが大鍋でシチュー作ってる。

 

「(……“文化の衝突”って単語、辞書から消えた?)」

 

――アンデッドは夜通し石垣を積んでるし、ゴーレムは子供の遊び相手だ。

この前なんか、ゴーレム鬼ごっこで十連敗してたぞ。

 

「(……ちょっと見たい気もしてきたじゃん)」

 

――祭りになるとすごいぞ?

種族ごとに屋台が出るんだ。ゴブリンの串焼き屋台、リザードマンの干物市、ドワーフの酒樽即売会、エルフのサラダ屋台……。

で、オーガは丸ごと牛の丸焼き!

 

「(……胃袋の戦争、開戦)」

 

――トロールのシチューは十人前サイズだし、アンデッドは無言で皿を運んでくれる。便利だぞ。

 

「(……役割分担のカオス、厚盛りだね)」

 

――極めつけはゴーレムの踊りだ! 盆踊りみたいに腕をぐるんぐるん回して、足音で地面が揺れるんだぜ。

 

「(……それ、祭りっていうより地震速報)」

 

机の上で、ミリヤはごろりと転がり、腹を見せながら喉を鳴らした。

外から見れば「お気楽な猫」だが、頭の奥では思わず吹き出しそうになっている。

 

――どうだ? 楽しそうだろ?

 

「(……正直、ツッコミ疲れる村だわ)」

 

――でも一度来たら帰りたくなくなるぞ。保証する。

 

ミリヤは片目を細め、尻尾で机をとんとん叩いた。

「(……ほんとかよ)」

 

――ああ。だって、そこにいる全員が『居場所』を持ってるんだから。

 

猫の耳がぴくりと揺れる。

ほんの一瞬、胸の奥に温かいものが広がった。

 

ミリヤは「にゃあ」と気の抜けた声を出してごまかすと、机の上に丸くなる。

ジルクニフはそんな様子を見て、「気楽なやつだ」と呟き、また書類に目を戻した。

 

机の上で丸まっていたミリヤが、ふと尻尾を揺らす。

「(そういえば、あんた今なにしてんの?)」

 

――ん? 花嫁衣裳つくってる。

 

ミリヤの金の瞳がぱちりと開く。

「(……は?)」

 

――村の村長、エンリって言うんだけどな。結婚してだいぶ経つのに、式をあげてなかったんだ。

せっかくだから綺麗なドレス着せて、ちゃんと式を挙げてやろうと思って。

 

ミリヤはごろりと横になり、耳をぴくぴくさせる。

「(……駄犬にしちゃ、気ぃ利くじゃん)」

 

ジョンがくすっと笑う声が伝わってきた。

――既婚者だからな。

 

一瞬、ミリヤの耳が止まり、目がすっと細くなる。

「(……へぇ)」

 

尻尾が机をとん、とん、と軽く叩く。

そのリズムは退屈のそれではなく、どこか探るような、曖昧な揺れだった。

 

ジルクニフが視線を上げると、机の上の猫はただ気ままに喉を鳴らしているだけ。

だがその内側では、遠い昔の仲間の笑い声と、どこかで誰かを想って動く「駄犬」の姿に、妙な居心地の悪さと温かさが同居していた。

 

ジルクニフの執務机の上で、ミリヤは前足を折りたたんで香箱座り。

外から見れば、陽気に喉を鳴らすだけの飼い猫。

だがその奥では、〈伝言〉の回線が静かに響いている。

 

――既婚者だからな。

 

ジョンの冗談めいた声に、ミリヤの耳がかすかに揺れる。

一瞬の沈黙のあと、ぽつりと声が漏れた。

 

「(……その式、ちょっと覗いてみてーかも)」

 

自分でも驚くくらい自然に出た言葉だった。

 

――おう、いいぞ。村に来るなら大歓迎だ。

上手く抜け出してこいよ。

 

ミリヤの金の瞳が、じわりと細まる。

「(……簡単に言うじゃん)」

 

――猫の足なら、どんな檻からでも抜けられるだろ?

 

くすくすと笑う声が頭の奥で響く。

ミリヤはわざと大きなあくびをして、机に顎を落とした。

 

「(……気まぐれで行くかもだし、行かねーかも)」

 

――それでいいさ。猫だからな。

 

ジルクニフが何気なく視線を上げると、猫は机の上で眠そうに丸くなっていた。

だがその胸の奥では、久しく抱いたことのない「行ってみてー」という衝動が、静かに疼き始めていた。

 

――じゃあ、ジルをエ・ランテルとカルネ・ダーシュ村に招待するか。

名目は何が良いかな。

 

ジョンの声が軽やかに響く。

ミリヤの耳がぴくりと動き、金の瞳が細くなる。

 

「(……あんたね、気楽に言うけど皇帝は忙しいの)」

 

――いや、逆に休養の名目にすればいいんじゃないか?

“異種族共存の実例を視察”とか、“農業改革の調査”とか……それっぽい理由つけてさ。

 

「(……もっともらしいこと言ってるけど、実際は駄犬の思いつきでしょ)」

 

――まあな。でもほら、ジルもストレス溜まってそうだし。

たまには村でゴブリンに囲まれて宴会して、オーガに肩揉まれて、ドワーフの酒飲んで、エルフに歌ってもらえばいい気分転換だろ。

 

「(……それ、気分転換ってより混乱招くやつ)」

 

――でもトロールのシチューは絶品だぞ? 一口でジルも笑顔になるに違いない。

 

ミリヤは机の上でごろりと転がり、尻尾をぱたぱたさせた。

「(……ほんっとに連れてったら、帝国の官僚泣くと思う)」

 

――そん時ゃ、“猫のせい”にしとけばいいさ。

 

ミリヤの口から、思わず「にゃっ」と吹き出すような声が漏れた。

ジルクニフが怪訝そうに視線を向けるが、猫はただごろごろと喉を鳴らすばかりだった。

 

 

/*/ バハルス帝国・皇帝執務室 昼下がり /*/

 

机の上で丸くなって、紫がかった黒い毛並みをふくらませる猫――ミリヤ。

金の瞳でジルクニフの指先と書類の流れをじろっと追う。(……相変わらず忙しそうだし。ま、あーしは“置物”のフリしとくけどね)

 

ジョンが書類の束を片手に、ちょい肩に力入った顔で口を開く。

「ジル……いや、陛下。カルネ・ダーシュ村に、また視察に来ないか? 異種族共生の名目で……ついでに村長の結婚式もあるんだ」

 

ジルクニフはちらと机の上のあーしを一瞥、威厳そのままの声。

「……ふむ。異種族共生の“実態”を、我が目で確認せよ、か。興味深い。しかし、私の膨大な政務をその程度の理由で割くのは容易ではない」

 

(ほら来た。簡単に首なんて縦に振らないよね、うちの陛下。そこが好きでもあるけど)

 

ジョンは身を乗り出して笑みを混ぜる。

「帝国の視察としても建つし、何より楽しい。ジルも、きっと面白いと思うぜ」

 

「……“面白い”とな。帝の権威を誇示する見せつけではないのだな? ――よろしい。ならば同行しよう」

 

(お、折れた。やるじゃん駄犬。……いや、既婚の駄犬か。めでてぇこった)

 

あーしは、尻尾をひとなで揺らしながら金の瞳でジョンをちらり。(さて、どんな見世物になるのか……ちょっとワクワクすんじゃん)

 

ジョンが安堵の笑み。

「よし、決まり。カルネ・ダーシュで異種族共生の視察、そして村長の結婚式――ジル、楽しんでくれよ」

 

ジルクニフは威厳を崩さず、書類を抱え直す。

「“楽しむ”とは何か――それでもよい。私は帝として“調和”の実相を確認する。それが主目的だ」

 

窓からの光が、机上のあーしの毛並みに金の縁取りを落とす。(……よし。視察は確定。式も見れる。抜け道の算段は――ま、猫足なら何とかなるっしょ)

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・臨時会議場 午前 /*/

 

 

広場に組んだ簡素な会議場。天蓋、長机、椅子――飾りは素朴、でも“混ざり合い”を主張してる。

ジルクニフは中央席。黒の外套に紫の縁取りが光をはね返し、否が応にも視線を集める。

 

やがて各国の顔がそろう。

ザナック国王は金色の鎧で堂々、ドラウディロンは人化の威圧感そのまま。法国のニグンは軽やかに笑み、ローブルのネイアは冷たい眼差しで全体を測る。

 

ジルクニフが低く響く声で口火を切る。

「よくぞ来た。此度の視察、我が帝国の“異種族共生”を、その目で確かめるがよい」

 

(視線の殴り合い、始まったね。王様同士の挨拶って、言葉より間合いが物を言うんだわ)

 

ジョンが肩をすくめて空気をほぐす。

「まあまあ、堅くなんな。今日は村長の結婚式もある。力抜いて見てってくれ」

 

けどジルクニフは揺れない。黄金の眼差し、一直線。

ザナックが小さく息を整え、ドラウディロンが背筋で威厳を返す。ニグンは口角だけで微笑み、ネイアは刃みたいな視線をジルに投げる。

 

ジルクニフ、机に手を置いて宣言。

「本日の視察は義務であり示威でもある。無益な対立は、ここでは一切許さぬ。――理解したな?」

 

各首脳が頷く。重みのある静寂。

ジョンが場を動かす。

「さ、行こう。畑も工房も、鍛冶場も市場も――“一緒に暮らす”ってのがどういうことか、じっくり見物してくれ」

 

会議場の隅。あーしは香箱座りで、尻尾をゆらり。(ゴブリンの畑、リザードマンの魚場、ドワーフの酒、エルフの歌……トロールの鍋、アンデッドの配膳、ゴーレムの盆踊り。――うん、祭りの匂い)

 

ジルクニフは書類を側近に渡し、一歩前へ。

「……よかろう。見せてもらおう。“人と亜人が交わる”という、その現実を。だが覚えておけ。我が目に映る一切は評価の俎上に載る」

 

風が旗と天幕を鳴らし、日差しが刃みたいに白い。

(さて――“混ざる強さ”と“混ざれない痛み”、どっちが勝つか。あーしの目は誤魔化せないよ?)

 

異種族共生視察、その幕が静かに、でも確実に上がった。

 

 

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